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ティータイム 2nd time-カフェ-
9杯目 君へのカタチ



 この頃感じる不安。
 それを作っているものについて考えた。
 考えて考えて、たどりついた答え。
 それは。彼女との繋がりの形。
 不安。それは。
 それがないことに要因していた。
 自分と同じような立場だと思っていたラテ。
 けれども、ラテにはりんがいて。
 父娘という繋がりがある。
 そしてりんには、彼女との確かな繋りがある。
 だから、ラテは同じではない。
 まだ間接的ではあるが、繋りがないわけではないのだ。
 繋りの形。
 人とポケモンの繋り。
 その象徴を、人はモンスターボールと呼ぶらしい。
 けれども、自分と彼女の間にはそんなものはなく。
 それが、自分が不安に思う要因。
 とても大切にしてくれている。
 それは痛いほどに知っている。
 けれども、それは確かな繋りなのか。
 彼女がどこかに行ってしまったら、自分は一緒に居られるのだろうか。
 だって、所詮は上辺の繋り。
 そう思ってしまう自分もいて。
 思いたくもないのに思ってしまう。
 もしそれを、彼女が知ってしまったら。
 悲しませてしまうかもしれない。
 それは、とても嫌だから。
 だから、この答えはそっと。
 そっと、自分の奥にしまっておくのだ。



*



 ことり。
 置かれたのは。
 赤と白の。丸いもの。
 机上に置かれたもの。
 茶イーブイも机上に降ろされた。
 案内されたのは、先程いたロビーとは違う雰囲気の部屋。
 机を挟んで対面するように配された椅子に、つばさとお姉さんはそれぞれ腰かける。
 つばさが机上に置かれた紙面に目を通す。
 ずらりと並べられた活字に目眩がしたが、これを突発しなければ前に進めない。

「がんばるっ」

 小さく呟く。
 これは茶イーブイのため。
 これは保護ポケモンを引き取るための申請書なのだ。
 これを書かなければ、彼を迎えることが出来ない。
 つくづく、人間は面倒なものだと感じる。
 だが、これが決まりなのだから、仕方がない。
 いざ、ペンを手につばさのにらめっこが始まる。
 ときどきお姉さんに聞きながら、つばさは紙面に書き込んでいく。
 茶イーブイはその姿を、不思議そうに眺めた。
 彼女は何を難しい顔をしているのか。
 そんなに難しい顔をするのなら、辞めればいいのに。
 そう思って彼女の顔を覗きこんだら。

「ごめんね、今は大人しくしててくれるかな?」

 と、言われてしまって。
 ひょいっと抱き上げられたと思ったら、そのまま床に下ろされてしまった。
 振り返って見上げれば、再び紙面と向き合い始めて。
 不思議だな、と思った。
 難しい顔をするのなら、辞めればいいのに。
 つばさには、難しい顔よりも笑った顔の方が似合うのに。
 けれども、何か大切なことなのだろうとも思った。
 だって、彼女の真剣なこの瞳は、自分が覚えている限りでは見たことがない。
 だから、白イーブイは連れて来なかったのかもしれない。
 別室に案内されるときに、自分も着いていくと訴えた白イーブイを思い出す。
 どんなに必死でも、今日のつばさは折れなかった。
 白イーブイがいたら、きっと今頃は邪魔が始まっている頃合だろうと、容易に想像ができた。
 ではなぜ、そんな大切な場面に居合わせているのが自分なのだろうか。
 ブラッキーがいないのは分かる。
 白イーブイの相手が出来るのは、きっと彼だけ。
 ファイアローは。
 彼なら真っ先に着いてくると思ったが、今日は何かを察していたのか、大人しくじっとしていた。
 ただ、その瞳が揺れていただけ。
 くるるっと鳴いていただけ。
 なぜ、自分だけなのか。
 その理由を。
 本当は、分かっているのかもしれない。
 でも、認めてしまったら。
 もし、そうではなかっとしたら。
 先程から胸の中で、期待と不安が浮かんでは弾けて消える。
 もう、あの頃には戻れない。
 自分はもう、独りにはなれない。
 後戻りが出来ないのなら、もう。
 もう、前に進むしかないのだ。
 机上に置かれた、赤と白の丸いもの。
 知っている。
 あれは、人がモンスターボールと呼ぶもの。
 それは、つまり。もしかして。
 期待してもいいのだろうか。
 ねえ、いいのかな。
 でも。でも、もし、そうじゃなかったら。
 違ったら、自分はどうすればいいのだろうか。



 ねえ、ボクの前から。
 ボクの前から、いなくならないで。





*





「書けた!」

 顔を上げたつばさに、お姉さんは紙面を覗きこむ。
 少しずり落ちた赤縁めがねを指先で直すと、記入不備や漏れがないかをざっと確認する。

「よし、大丈夫そう」

 そう言うと、紙面を手にお姉さんは立ち上がる。

「データとして入力してくるわね」

 つばさが一つ頷くと、片手をひらりと一つ振って部屋を出ていった。
 それを見届けると、つばさの肩から力が抜けた。
 知らぬうちに強ばっていたらしい。
 正式な書類。
 こういった類いのものは、いつまでたっても慣れないものである。
 一つ息を吐き出したところで、茶イーブイのことを思い出す。
 そうだ、先程床に下ろしたままだった。
 そう思って、彼に目を向けて。
 橙の瞳が見開かれた。
 煌めくものが見えた。
 それは、彼の大きな瞳からこぼれ落ちて。
 目からたくさんのものを溢れさせて、彼はこちらを見上げていた。
 慌てて抱き上げて、膝上に乗せる。
 すると、再度こちらを見上げて。

―――ボク、ここにいたいの

 涙で濡れた茶イーブイの瞳が、まっすぐにつばさを見つめる。

―――ボク、どこにもいきたくない

 やっと見つけた。
 “ボク”が“ボク”で在ることのできる場所。
 ここが“ボク”の場所。
 ここ以外では“ボク”ではいられない。
 わがままだって分かってる。
 今までのようにずっと、時の流れに身を委ねていればよかった。
 だって、自分の意思とは関係なく物事は動いていたから。
 それが当たり前だから。
 でも、その当たり前を壊してまで、欲しいと思うものができた。
 きっと今手を伸ばさなければ、それは掴めない気がして。
 そうやって、思っていることをつばさに伝えてみた。
 初めて、わがままを言った。

「………」

 つばさの目が、静かに瞬いた。
 瞬いて、その目は机上のボールに向けられ、それを手に取った。

「これはね、あなたのモンスターボール」

 茶イーブイが小首を傾げる。

―――あなたって、だれ?

 その返答に、つばさの顔に小さく笑みがこぼれた。
 形にしなければ伝わらない。
 思っているだけでは伝わらない。
 もう、彼は分かっているのに。
 でも、明確な形が欲しいのだ。

「カフェのモンスターボールよ」

 くしゃり、一つ頭を撫でた。
 そしたら、ぶるりと彼の身体が震えて。
 思いっきり膝上を蹴りあげられて。
 ちょっと、膝上が痛いかな。
 そう思っている最中に、彼は眼前に迫ってきていて。
 橙の瞳が見開かれる。
 あ、これは。
 そう思ったときには遅かった。

 がっしゃーんっ!

 そんな音を盛大に響かせて。
 茶イーブイを顔面に張り付けたまま、つばさは椅子ごと後ろに倒れこむ。
 痛みに顔をしかめるも、それは顔面に張り付いたマスクで隠されて分からない。
 と、ばたばたとした足音が聞こえた。
 それも複数。
 一つは、とても軽い足音。軽快な足音。
 これには、聞き覚えがあった。
 嫌な予感がする。
 とりあえず、顔面のマスクを剥がして。
 そう物事の順序を決めていたのだが、歩くトラブルは待ってくれなかった。
 がちゃり。
 部屋の扉が開かれる。

「だ、だめよ。ラテちゃんはちょっと待って…」

 慌てた声音はお姉さんのもの。
 その彼女が紡いだ名は。

「ラテちゃん、ストップっ!」

 流石のスマートなお姉さんと言えども、元気な幼子を止めるのは容易ではない。
 それが、彼女となれば尚更。
 別名、歩くトラブル。
 つばさ今、命名した。
 その白イーブイが今、部屋に飛び込んだ。

―――カフェだけ、あそんでもらってるのずるいっ!

 戦慄した。
 待った、止まって。
 そう言いたいのに、叫びたいのに。
 口が茶のマスクに塞がれ、もがもがするにとどまる。

「つばさちゃんっ!」

 お姉さんの声が聞こえた。
 次いで聴こえるのは、ふえ?、という間の抜けた声。
 声と共に、茶のマスクが顔を上げた。
 それに伴って拓ける視界に、白が飛び込んだ。
 その距離は縮まる。
 縮まるのに比例して、視界の白の比率が上がって。
 こちらに向かって駆けている。
 そう認識した頃には。

―――ラテもはりつくのっ!

 完全に、ふわもふな毛玉に顔を隠された。
 本日二度目。
 視界が白に染まる寸前。
 部屋の入口から覗く、闇色の何かを見た気がした。
 その口が弧を描く様を。



◇   ◆   ◇



 じゃーという音は、蛇口から水が流れる音。
 洗面台を前に、つばさは顔を上げた。
 そこに映るは、鏡に映された自分の顔。
 どこかそこに、疲労が滲み出てる気がして、皮肉めいた笑みがもれた。
 やっと解放された。
 先程まで張り付けていた二色のマスクは、何とかして剥がせた。
 再度水で顔を洗ったあと、蛇口をひねる。
 濡れた顔を拭おうと思ったとき、タオルを置いてきたことに気が付く。
 まじか。
 自然に乾燥を任すしかないか。
 そう結論をだしたところで、ふわりと浮遊したタオルが独りでに近付いてきた。
 否、これは“サイコキネシス”。
 放った主は分かっている。

「ありがと、りん」

 タオルを受け取り顔を拭うと、顔を向けた。
 そこにいるのは、闇色に身を包んだ彼。
 視界が白に染まる寸前に見た闇色。

「ねえ。ラテ止めなかったの、わざとでしょ」

《何のことだ?》

「シュークリームだけじゃ気がすまない?」

《さあな》

 そう言うと、こちらに背を向け離れて行く。
 だが、ブラッキーの尾が楽しそうにひょんっと揺れていて。
 これは楽しんでいる、と確信した。
 思わず嘆息がもれるが、しばらくは遠ざかるブラッキーの背を見つめていた。
 形にしなければ、伝わらない。
 思っているだけでは、他者には決して伝わらない。
 それを、茶イーブイの件で実感した。
 迎えようと思っていた。
 けれども、それを態度で示さなかった。
 言葉にしてもいなかった。
 だから、あの子に寂しい想いをさせてしまった。
 それで思ったのだ。
 それは、ブラッキーにも言えることではないのだろうか。
 思い出したくなくて、触れてこなかったことがある。
 それはきっと、お互いに。
 そろそろ、覚悟を決めて向かい合うべきかもしれない。
 近すぎるために触れてこなかった。
 だって。もしかしたら、恨まれているのかもしれない。
 隻眼となる要因を、結果的とはいえ作ってしまった自分を。
 お互いに向き合ったら、ブラッキーは自分を拒絶するかもしれない。
 そうなったら、きっと自分は。
 そこまで考えて、頭を横に振る。
 考えたってそれは全て、“かも”。
 ただの憶測に過ぎない。
 彼ならきっと、受け止めてくれる。
 そう、想っている。
 前に進まないと。お互いに。
 そう思って、咄嗟に彼の尾を掴む。

《……っ!》

 突如走った僅かな痛みに、ブラッキーは顔をしかめて振り返った。

《何だ》

 細められた金の瞳に、不機嫌な色が混ざって。
 しまった、と内心つばさは思う。
 だが、もう引けないと思った。

「今夜、話があるの。いい?」

 はあ?
 そう答えかけて、ブラッキーは押し黙る。
 いつになく真剣な瞳だったから。

「そろそろ、お互いに向き合う頃合でしょ」

 続けられた言葉に、ブラッキーは察する。
 左目の古傷が疼いた気がした。
 確かに、頃合かもしれない。
 だが。それでも。

《俺は》

 いつになく真剣なつばさの瞳。
 そこから、覚悟の色を見つけた。

《俺は、そこまで強くない》

 ふいっと金の瞳をそらし、つばさに背を向ける。

「りんっ」

 呼ばれた名には気付かぬふり。
 掴まれたままだった尾を、ばしんっと一つ払い、つばさの手を弾いた。
 今すぐ、この場を離れてしまいたかった。
 気付くと駆け出していて。
 何度も彼の名を口にする声が追いかけて。
 けれども、彼が振り返ることはなかった。出来なかった。
 自分は、つばさ程に強くはない。
 あの真剣な瞳で何を言おうというのか。
 あの時の行いに、隻眼になったことに後悔はない。
 あるのは、在るのは。
 彼女の夢を壊してしまったことへの。
 ポケモントレーナーをやめて、ただのトレーナーになった。
 バトルもやめ、旅もやめた。
 その原因を作ったのは。自分だ。
 まだ互いに幼い頃。彼女は自分に語った。
 バトルは楽しいよね。
 その言葉に、互いに頷き笑った。
 楽しいならさ、それを極めてみたいな。頂点まで行けなくても、そこまで羽ばたいてみたい。
 つばさ。その名の通り、背に翼を持った彼女は、羽ばたいていくのだと思った。
 どこまでも。どこまでも。
 けれども、その両翼をもいでしまったのは。自分なのだ。
 なのに。そんな自分へ向けて、何を言おうというのか。
 彼女の瞳に、覚悟の色を見つけた。
 何の覚悟を決めたのか。
 どうしたら。

《どうしたら、お前みたいに強くなれる?》

 立ち止まって紡いだ言葉は、誰への問いかけか。
 それは、彼にも分からなかった。
 つばさは何を。
 何を、この自分へ言うのか。伝えようというのか。
 それを聞くことが、とても恐ろしく。
 自分は逃げ出した。
 臆病者だなと、自虐的な笑みがこぼれた。

ばす ( 2018/06/21(木) 22:45 )