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セキエイに続く日常 > セキエイに続く日常 > 46 208-彼等の時間 F を読んだ感想
投稿者:竜王 2021/06/03(木) 01:45
 いつも更新お疲れ様です。「彼らの時間」を拝読させていただきました。とても面白かったので感想を書かせてもらいます。
 まず、冒頭の掴みがうまいです。端的に「フューチャートーナメントが開かれる」という提示から読者に何がこの話で起こるのかを想定させる。しかし、そのトーナメントを開催する意図はわからないと謎を作り出す。そうすることでホップの描写にすっと入っていけるんですよね。そういった配慮のうまさは風さんならではだと思います。そこから場面が転換してモモナリの描写。どうしてモモナリがガラルで起こっていることに噛むことになるのか。それを丁寧に描写することによって読者へのストレスを軽減してくれていると感じました。モテる文章だなあと思います。
 そして、モモナリがホップやビートと出会う場面について。ホップやビートがモモナリに敵意を抱き、そこで自分の内面を見つめ直す展開がよかったです。後ほど詳しく述べますが、モモナリはこの話においてボスキャラの役割を担っていると考えて読みました。
 さらにモモナリとネズとの会話について。ネズは流石に大人でモモナリの発言に怒ったりしないですが、「だからオメーは、カリスマになれねーんですよ」のチクっとした嫌味が原作キャラの機微をうまく捉えて作品に落とし込んでいると思いました。原作キャラの解釈がうまいと感じたのはネズだけでなく、ビートもまたそうでした。


 >だが、ビートの中に存在する理ではそれは違った。
 モモナリの言葉には、哀れみがあった。慰めがあった、悲しみがあった、慈悲があった。同情があった。
 だが、モモナリの言葉には、共感が一欠片ほども存在しなかった。それを悲しいことだとか、不幸なことだとか、そういうことを思ってはいても、それに対する共感などない。そういう言葉だ、そういう視線だ。
 施設で育ったビートは、そのような言葉、視線を多く経験してきた。可愛そうだ可愛そうだと口では言い、それなりの施しもあるが、かけらほどの共感もない人間を、彼は多く見てきた。
 そして、彼にとってそれは耐えることのできぬ屈辱であった。それらの言葉を、視線を、施しをうまく利用する人間はいただろう。だが、彼はそれができるほど誇り低くはなかったのだ。
 故に、彼は友人がそのような視線を向けられていることに我慢ができなかった。


 この部分がビートにある気高さと過去の経験が絡まり、キャラクターに立体感を持たせられている技巧がすごいです。風さんが書くキャラはしっかり土台が作られているので読者が違和感なく受容できる。だからモモナリというオリジナルキャラクターが絡んでもキャラ像がぶれない、これは洗練された技術があるから為せるものだと思いました。
 次に魅力を感じたのは「チャンピオン」の描写について。作中では繰り返し「チャンピオン」と呼ばれ、名前が与えられていない。「チャンピオン」は語ることもないし、作中の描写では性別すらわからない。登場人物にとっては「チャンピオン」はもちろん人間ですが、私には「チャンピオン」が人間でなく「チャンピオン」という概念そのものに思えました。
風さんの作品からは徹底して「原作におけるチャンピオン」が描写されていないところが面白いなあと思います。
 そしていつもながら、バトルの描写がとてもうまい。ただポケモンが動いているだけではなく、トレーナーが互いの手を読み合い、そしてポケモン同士が戦う。この四者の緊張関係を苦労せず書き分けているよう見えるのはとても難しいだろうに、それをしっかりとこなしている。そして、モモナリがダイマックスをお披露目するところがかっこいいです。


  >「僕も使ってみようじゃないか! 新世代! 最前線! 僕はこの道を歩こう!」


 このモモナリの叫びがいい。トーナメントに出る前は「最後のチャンピオンロード世代」や、ビートから「ダイマックスも知らぬこの星の裏側の旧世代は、礼儀どころか、倫理も持ち合わせていないらしい」と言われたり「旧世代」の象徴のように語られていました。そのモモナリが殻を破って新世代の戦いについていこうとするところが好きです。しかも、ただ漠然と後追いをしているわけではない。


  >『めざめるパワー』という技を、彼らは知らない。あまりに非効率的だからと、歴史の中に消えた技を、ポケモンの可能性を信じる男たちの技術を、彼らは知らないのだ。


 『めざめるパワー』がガラルにないが、「旧世代」に生きるモモナリは知っている。だから、『ダイソウゲン』をつかうことができるという結論は理にかなっているし、まさにこれ以外ないとしか言えませんでした。ここでモモナリというキャラの格がしっかりと立っているのが素晴らしいと思います。
 最後に文体について。文章にギアがかかる瞬間が本当にいいです。場面の盛り上がりに応じて文体を変化させるところに配慮と技巧が行き届いているなと思います。例えばここです。


>「そんなこと、世界に認めさせる必要はない。自分がそう思うなら、それでいい……いまここで、君がそれを認めさせないといけない相手ってのは」

 目に見えぬ一瞬の早業、モモナリが腰のボールをすでに投げている。

「この、俺だろうが!!!」

 濃い砂嵐が、スタジアムに吹き荒れ始めている。

 カントー・ジョウトリーグトレーナー、モモナリが、勝負を、仕掛けてきた!


 この部分は「彼らの時間」のピークをここに持って行こうとしていると読んでいて感じました。風さんの作品では感嘆符を使っている箇所が少ないのですよね。ただ、この箇所では三つも感嘆符が重ねられている。そこにモモナリの感情がの昂りが込められている。それに、一人称の変化も工夫の跡だと読みました。普段は“僕”なのに、この箇所で“俺”になることでギャップを持っていく。
 そして、何と言っても最後の「カントー・ジョウトリーグトレーナー、モモナリが、勝負を、仕掛けてきた!」という箇所ですね。ポケモン原作の一文を持ってくることによってバトル開始前のやり取りを綺麗に締めていると思いました。しかも、この一文を挿入することによって物語の結末を暗示している。ポケモン原作の構造として、「勝負を仕掛けた側」は敗北することが義務付けられています。つまり、モモナリはこの対戦において「負ける役割」を担っている。だから、この話における主人公はモモナリではなく、ホップたちであり、モモナリはむしろボスキャラであるのかと解釈しました。だから、「彼らの時間(チャンピオンズ・タイム)」でり、モモナリは最後にダンデと戦わないのかなと考えました。物語の展開でなく、文体で作中の構造を練り上げる技術がうまいと思います。
 それでは、ここらで失礼します。ガラル編、本当にお疲れ様でしたー!
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