第七十三話 容赦なく忍び寄る魔の手
リーフ達が未来に拉致されてからほぼ同時刻、ただ一人だけ免れたスパークはダンジョンを抜け出した後、特にあてもなく歩きまわっていた。
「ハァ……ハァ……」
スパークはドサッと音を立ててその場にあった木にもたれかかるように座り込んだ。顔色が悪く荒い息使いをしていることから相当疲労していることがうかがえる。最早彼の頭の中が”こんらん”状態に陥っていた。
水晶の洞窟に盗賊であるジュプトルをとらえに向かい、そこに見ず知らずのヨノワールとメガヤンマが現れた。そして信じられないことに彼らは自分の仲間そして息子達を見たことのない空間に拉致していったのだ。勿論スパークもそのあとを追ったが時すでに遅し、時空ホールは閉じてしまい結果彼のみをとり残すこととなったのだ。あまりの出来事にパニックに陥っている。
「……くそっ……」
彼はそう小さく口にして地面を殴った。その手は小刻みに震えていることから尋常ではないショックを受けているとうかがえる。そんな時突如として気配を感じ
「……十万ボルト!!」
スパークはとっさに十万ボルトを放った。十万ボルトが直撃した木々は黒焦げになっていた。
「ほぉ、オレ達に気付くとは流石だな」
「そこにいるのは誰だ!!いるのはわかってる!出てこい!!」
スパークが怒鳴ると四体のポケモンが姿を現した。それを見たスパークが
「ま た お 前 ら か」
先ほどの緊張した表情が一変、拍子抜けした様子でそう言い放った。何を隠そう彼らの正体は最早厨二病全快の四人組、ゼニガメズであったからだ。
「おいキサマ!!なんださっきの珍妙な台詞は!!」
「だって、あの場面はボスクラスの奴が出て緊迫する場面かと思ってたのによりにもよってこんな奴らが相手なんてよ……」
スパークが頭をポリポリかいてそう呟く。
「黙れ!貴様に生まれ変わったニューゼニガメズを思い知らせてやる!行くぞ!」
「なんでもいいけど 手早く終わらせてくれよ。時間ないからさ」
「くそ〜っ!こうなったら皆!合体だ!!」
リーダーのゼニガメが叫ぶと、ゼニガメズは合体をした。いや、この場合はただ重なっただけと言い換えるべきだろう!
「スパークよ!我ら兄弟の力を思い知らせてやr……」
「アイアンテール」
重なった状態のゼニガメズをスパークは鋼鉄の尾で攻撃した。攻撃を受けたゼニガメズはぐらぐらと不安定になりながらも持ちこたえている。
「あわわわわ、崩れる〜っ!!」
「じゃあ崩れろ」
そう言ってスパークはただ積み上げただけのゼニガメズをガスッと蹴った。
『うわああああああああああああああああぁぁっ!!!』
蹴られた衝撃に耐えきれずにゼニガメズはそのまま崩れ落ちてしまった。それを見たスパークはまたしてもはぁとため息をついた。
「おい!我らの決めポーズを崩すとはどういうつもりだ!!」
「いや、だから時間ないっての」
「そうだ、我々に無駄な時間は残されてはいないのだぞ」
『っ!!?』
突如聞こえた冷たい声。ゼニガメズとスパークは声のした方向に振り向く。
「バ、バクフーンさま!!」
「(こ、こいつがファイアの言ってた……)」
声の正体はゼニガメズの上司でもありジェットの相方で、そして何よりファイアの実兄であるバクフーンであった。意外な敵の登場によりスパークの表情に緊張が走る。
「ゼニガメズよ。こんなところで何をしている」
「はっ!あやつを捕まえにいったであります!!」
緊張のあまりかリーダーの赤ゼニガメはいつもとは違う口調で受け答えをした。それを聞いたバクフーンはギロリと睨みつけながら赤ゼニガメに詰め寄った。睨まれた赤ゼニガメはその眼光に凍りつく。
「愚図が、勝手な真似をするなと言ったはずだ」
「うっ!」
そう、言い放ちバクフーンはみぞおちにパンチを入れた。殴られた赤ゼニガメはそのまま気絶してしまう。
「お前達はすぐに戻れ。あの人は私がやる」
「しかし!バクフーン様!」
「どうせ、お前達なんぞ残しておいても足手まといにしかならん。さっさと消えろ」
彼の冷たい一喝を受けゼニガメズは文字通り尻尾を巻いてその場を去っていった。
「お前がファイアの実兄か……」
「名を知られているとは光栄ですね」
スパークも彼の悪行はよく知っていた。バクフーンは年上相手からか敬語で受け答えした。だが、今のスパークには彼の丁寧な言葉が帰かえって神経を逆なでしていた。
「お前のせいでファイアは……」
--辛い目にあった。--
そう言おうとしたが、言いきれなかった。実兄に攻撃されたファイアのことを思ったスパークは忍びなく思い俯いてしまっていた。
「バクフーン。お前はこの場で倒す!!」
「フッ、残念ですが、今の手負いのアナタではワタシを倒すことはできませんよ。ワタシとて無駄な争いは避けたいのですが」
「残念だが、その要求はのめないな」
スパークはフンと鼻であしらう。
「仕方ないですね……。スパークさん、アナタには消えてもらいます……」
そう言った瞬間バクフーンの姿が消えた。正確には姿が見えなくなったのだ。だが、その原因も直に確認できた。
「ぐっ!」
彼の姿が消えた刹那、スパークの体に鋭い痛みが走った。自身の体を確認してみると切り傷が生じていた。
「ちっ!十万ボルト!」
スパークは敵の姿を凝視し、確認したところで十万ボルトを放った。狙いは定まっていたため、十万ボルトはバクフーンに接近していた。
「遅い」
しかし、バクフーンにはいとも簡単に最小限の動きで十万ボルトを避けられてしまう。
「やはり強がっても体は正直ですね。動きが鈍ってますよ」
バクフーンはフッとバカにした笑みを浮かべスパークを挑発した。
「フン、最初から本気だしたら疲れるだろ。本気など後で出せばいいのさ」
口ではそう強がるスパークだが、実際にはバクフーンの圧倒的なスピードに焦っていた。戦闘の基本中の基本である攻撃があたらなければどうしようもない。スパークはバクフーンの圧倒的な実力差を感じていたのだ。
「(そろそろ時間が来るな……)これで終わりにしてやる……」
バクフーンは背中に大量の炎を溜めこんでいた。何を出すかは分からないが恐らく炎タイプの強力な技を出すことは容易に想像できた。
「くっ!!十万ボルト!!」
「噴火!!」
スパークはバクフーンのはなった最強の炎技、噴火に十万ボルトで対抗した。だが十万ボルトと噴火では威力の差があまりにもありすぎた。噴火によって生じた大量の溶岩を帯びた岩石が十万ボルトを打ち消しながらスパークに向かって接近していく。
「くそっ!!あんなの食らってられんぞ!!電光石っk……」
「遅いですね」
スパークが電光石火を駆使して噴火を免れようとしたが、すでに目の前にバクフーンが攻撃の体制に入っていた。
「ぐはあぁっ!!」
バクフーンの技ではなく”こうげき”を食らいスパークは吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。しかし、それでも体制を立て直して、反撃の機会をうかがうが……
「なっ、なんだ……」
スパークは眼前の光景に目を疑った。先ほど放たれた噴火の岩石が空中で静止しているのだ。神通力で全ての岩を操っていたのだ。そしてバクフーンが、
「……終わりだ」
「ぐっ……」
そう小さく呟くと、空中で静止していた岩石がさながら”りゅうせいぐん”の如く猛スピードでスパークに向かっていった。最早全ての落石を避ける力は彼には残されておらず。
ガラガラガラガラガラガラガラ!!
無情にも岩は彼を下敷きにしてしまった。バクフーンはその様子を表情を崩すことなく見つめていた。
「……この程度か」
なぜかふぅとため息をつく。敵を倒したにも関わらずどういうわけか彼の表情が曇ったのだ。
--ここまでなのか私は……--
--息子のためと啖呵を切っておきながら……--
--このままでいいのか……--
--まだだ!!ここで、こんなところで終われるか!!--
「何っ!?」
落石の山がほんのわずかだが動いたのがバクフーンには気付いた。既に引きかえす準備をしていたが、動きのあった方に振り返る。すると徐々に動きが大きくなり……
「な、なんだと!?」
バクフーンは驚愕した。無理もない、大量の岩石の下敷きになったはずのスパークが岩石を壊しながら出てきたのだから。
「(岩石の溶岩の熱が引いている。氷技でも使ったのか!?)」
「その通り」
まるでバクフーンの心中を見透かしているかの台詞を言い放った。事実完ぺきに見透かしているのだが。
「私たちピカチュウがつかえる氷技、何か言ってみな」
「……めざめるパワー」
「正解♪」
スパークはボロボロにも関わらずにやりと笑みをこぼしながらそう言った。高温の物質を急激に冷やすと脆くなり強度が鈍る。スパークはとっさにそのことに気づき下敷きにされた状態でめざめるパワーを放ったのだ。
「流石です……と、いいたいところですが今のアナタはすでにボロボロ。どうやって私に勝つつもりですか」
「……」
バクフーンの言葉にスパークは閉口する。脱出はできたもののダメージの差や純粋なレベルでは圧倒的劣っているのは目に見えている。
「そこまでは考えてないね♪お前さんを倒すことしか今は考えれないから」
「……ほぉ」
今までの焦った様子が嘘のようにスパークは笑みを崩さなかった。だが、決して彼は開き直った訳ではない。ただ……
「私はもう”負ける前から負けるつもり”など毛頭ない!!」
彼は先ほどの自分が精神的に負けていたのに気付いた。
「電光石火!!」
「ちっ」
スパークは電光石火でバクフーンに突進した。しかし威力は所詮先制技、大したダメージにはならなかった。
「(噴火のダメージを減らしに来たか。だったら)火炎放射!!」
噴火という技は尋常ではない威力と引き換えに、ほんの少しでもダメージを負うと威力が落ちてしまうというデメリットがある、それはたとえ一だけのダメージだとしたもかなり影響してしまう。
「雷!!」
自身に迫りくる火炎放射にスパークは雷で対抗。二つの技が相殺され、爆発を生じる。
「(くそっ!やはり威力が足りない!!)」
スパークは純粋な自身の力不足を感じずにはいられなかった。こればかりは自身の力では限界があることは彼もわかっていた。
「(せめてあれがあれば……。私たちピカチュウがつかえる”でんきだま”があれば……)」
スパークがそう願っていた時
「お〜い!!バクちゃ〜ん!!頼まれたもの持ってきたぜ〜っ!!」
そこにサメハダーのジェットが何かを持ってバクフーンに近づいてきた。スパークは彼の持っているものをみて表情を喜々とさせた。
「ぐっ、動け……動いてくれ……。
私の体あああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
スパークは自分の体に鞭を打って全身全霊でジェットに突っ込んでいった。
「うおおおおおぉぉぉっ!?」
あまりの出来事にジェットはただあたふたとするだけだった。
「よしっ!!!」
スパークはジェットが持っていた”でんきだま”を奪い取った。まさにドンピシャのタイミングで彼が現れた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」
「あのクズめ……」
あたふたとするジェットをバクフーンは怒りの形相で睨めつける。実はこの2人、このあたりで落ち合い、道具を渡し合うことにしていたが、よりにもよって彼がこのタイミングで持ってくるとは予想はしていたが、あっけなく奪われるとは思ってなかったのだ。
「行くぞ!!うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ぬっ!あれは!」
スパークは体中からおびただしいほどの量の電気を体から発した。その状態を見たバクフーンは何の技を出してくるか用意に想像できた。
「ぬおっ!なんじゃありゃ!」
「ジェット。お前は下がっていろ。邪魔だ」
「へ、へ〜い」
ジェットはまるで手下のようにずごずごと去っていった。
「(あの技は間違いない!!だが電気玉を得ただけで習得したというのか!?)」
バクフーンはその光景に驚きながらも自身も技の準備を整えていた。火炎放射を超越するほどの高密度の炎を口に纏う。
「行くぞおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!
ボルテッッカアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!」
「(やはり来たか!)ブラストバーン!!!」
炎と電気の最強の技どうしがぶつかりあい、先ほどの爆発を超越する規模の爆発が生じた。
「うおおおおっ!!!」
戦いを見守っていたジェットはその勢いに思わず目を瞑る。
煙が晴れると、そこには……
「うぐっ……」
傷を負いながらも立っているバクフーンと
「…………」
バクフーンよりも深い傷を負い、肩で荒い息使いをしながら膝をついているスパークの姿があった。
「……とっさでボルテッッカーを使えるところは流石ですが……
甘いですね。コントロールもきかないわざなどでワタシを止められるわけがない」
バクフーンは無情にも自分とスパークとの力の差を説いた。いくら最強技でも技の制御ができなければ威力は最大限には発揮されない。そこが先ほどのぶつかり合いの明暗を分けたのだ。
「さて、我々も時間がない、ここで終わりにしてやる……」
「(まずい!!このままじゃやられる!!)」
スパークが自身の敗北を覚悟したとき!!
「……っ!!一体なんだ!」
「どぅわっち!!なんか急に暑くなってきたぞ!!」
突如として日差しが強くなってきた。あまりの日差しに暑さに強いバクフーンまでもが目をくらませる。
「大文字!!」
「ぐっ!!」
日照り状態で威力が大幅に上がった大文字がバクフーンに直撃した。効果はいま一つだが、前述の通り威力が大幅に上がっているのでかなりのダメージとなった。
「な、なんなんだ……」
「大丈夫ですかスパークさん?」
「あ、あんたは……」
スパークを助けたポケモンは、
「まさかこんな所でお嬢様(・・・)が出てくるとは思いませんでしたよ。こんなところにいては危険ですよ」
バクフーンが言うお嬢様……、キュウコンはスパークを介抱する。
「お嬢様だからと舐めて頂いては困りますわ。それよりもあなた方、わたくしの恩人をこのような目にあわせて……。覚悟はできてるんでしょうね……」
キュウコンはバクフーンとジェットを睨めつける。バクフーンは自分を睨むキュウコンを凝視する(ジェットは以前彼女にコテンパンにされたからかビクビクとしていたが)
「(ここまでだな……)しまいだ」
『えっ!?』
バクフーンの意外な言葉に彼以外の全員が素っ頓狂な声をあげる。
「これ以上やっても我々が害を負うだけだ。ジェット、引くぞ」
「お、おう!!」
バクフーンとジェットは穴抜けの玉で姿を消した。
「ぐっ……、ま、待つん……だ」
スパークはバクフーン達を追おうとしたが、戦闘のダメージが尋常ではなかったのかその場に倒れこんでしまった。
「とっさにボルテッッカーを体得できるとは……、やはり流石と言うべきですね……」
バクフーンは誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。
「なんだ?何ニヤニヤしてんだ?」
隣にいたジェットが今まで見たことのない彼の笑みに違和感を感じていた。
「フン、なんの実間違いだ。キサマのミスでまたしても失敗しておいてニヤニヤしてるわけないだろう役立たずが」
「へいへい、す い ま せ ん で し た 〜 」
口ではそう言うもやはり相方の異変を感じずにはいられなかったジェットであった。諌められたにもかかわらずまるで反省していない口調での謝罪を口にする。
「うぅ……ここは……」
スパークが目を覚ました。彼が周りをきょろきょろと見渡してみると、いかにも高級そうな家具、天井にはシャンデリア、そして自身が寝ていたベッドは人間が使用しているそれと全く見劣りしないようなベッドで寝かされていることに気付いた。
「気付かれましたか?」
「あ、あぁ……」
隣から自分がよく知るポケモン、キュウコンの声がした。次にスパークは自分の体を見回すとあちこちに傷ができた個所に丁寧に包帯が巻かれていた。察するに彼女が全ての手当てを施したのだろう。
ガチャ
「失礼します。お嬢様。少しお話が」
不意にドアが開き、ワルビアルが入ってくる。
「わかりましたわ。すいませんスパークさん。少々お待ちくださいね」
「あぁ」
そう言い残してキュウコンは部屋を後にした。今部屋には彼一人が取り残されている。
「ふぅ……。なんかこうやって休んでいるのが凄く久し振りな感じがするな……」
スパークがぼそりと呟く。そこで再びドアが開いた。
「スパークさ〜ん♪」
喜々とした声を出しながら入ってきたのはサザンドラだった。彼の両手(?)には何かが入っているビンがあった。いつぞやの彼ならこんな芸当はできなかったに違いない。
「ん?何しに来たんだ」
いつもとは一味違った彼の様子にスパークは一瞬疑問を抱いた。だが彼の両手に握られているものを見ると彼もニヤニヤとした表情をする。
「ふふふふふ、分かってるくせに♪」
サザンドラの言葉を聞くとスパークはキラーンと目を光らせた。悪い顔である。
「ギャハハハハハハハハハハ!!!いいぞ!!いいぞ!!」
数分後、部屋は居酒屋に近い雰囲気になったいた。酒を飲んでハイになってるスパークが同じく酒を飲んで完全に酔っぱらった、サザンドラを煽っていた。
「よっしゃ!よっしゃ!!今度はドジョッチすくいでもやってみろ〜っ!!」
「合点承知で〜や〜んす!!」
怪我なんてなかったと言わんばかりにはしゃぎまくるおっさん2人であった。