C12 癒やすチカラ
[Side Chatler]
「…、ハイドの事は頼んだで! 」
「頼んだって、何すれば良いの! 」
そっ、そんなこと言われても、何したら良いかわからないよ! “ルノウィリア”っていう集団と戦っていたわたし達は、数で圧されて思うように戦えていなかった。わたし、ハクさん、ハイドさんの三人は背中合わせになって戦っていたんだけど、理性がない人達に紛れたサメハダーに襲われて、それどころじゃなくなってしまっていた。相手は多分ハクさんを狙ってたんだと思うけど、庇ったハイドさんが代わりに攻撃を受けてしまう。タダでさえ短くなってる右腕を攻撃されていたから、とてもじゃないけどハイドさんは戦えなくなっていた。
それでわたしはどうしたら良いか分からなかったんだけど、ハクさんは咄嗟にわたし達を戦闘から逃がす。結局何も訊いたり読み取ったり出来なかったんだけど、探検隊バッジについてる機能を作動させてした。光に包まれながらわたしはこう訊いたんだけど、その途中で目の前が真っ白になったから、多分伝わってないと思う。一瞬おそってきた浮遊感が消えたかと思うと、わたしとハイドさんはダンジョンじゃないどこかに飛ばされて? しまっていた。
「それにここはもしかして…、“リヴァナビレッジ”…? だけどこんなにボロボロだっ…」
「…ぅっ…、っくぁぁっ…」
「そっ、そうだった! …ふぅ、ハイドさん! 大丈夫? 意識はある? 」
村のことも気になるけど…、今はハイドさんを何とかしないと…! 急に景色が変わったから、わたしは浅い水面から一通り見渡してみる。ぱっと見た感じ木で組まれた桟橋とか…、筏の上に建てられた建物がいくつ見える。こういう場所はダンジョンに潜る前に来たばかりだから、それだけでわたしはどこなのかピンとくる。…だけど違うところがいくつもあって、“玖紫の海溝”に行く前はこんなにボロボロじゃなかった。多分店か何かだと思うけど、一番近い建物は壁とか屋根が崩れていて、所々に焦げたような跡が残ってる。桟橋の方にも深い傷が沢山あって、こっちの一部には凍ったり、複雑に絡んだ蔓とかがあったりもしてる…。そういうことは専門じゃないけど、ほんの少し前にここで戦闘があった、二等保安官のわたしでもすぐに気づくことが出来た。
…だけど気づいたのもつかの間、すぐ左からした呻き声で、わたしは現実に引き戻される。ハッとそこに目を向けると、さっきの戦闘で大けがを負ったフローゼル…。水が紫色じゃないし明るいからよく分かるけど、浸かってる患部からの出血がもの凄く激しい。…凄く惨くて見るだけで吐き気がしてくるけど、彼の右腕があったらしい場所は酷く食い千切られていて、そこから滝のように赤い液体が流れ出てしまっている…。わたしが初めて会った時には既に肘ぐらいまでしか無かったけど、今はそれ以上…、完全に肩から先が無くなってる…。
…吐き気も合わさって我に返ったから、水深が三十センチぐらいって事もあって、ひとまずわたしは元の姿をイメージする。光が収まってエネコロロの姿に戻してから、わたしは声をかけながら重傷を負ったハイドさんを前足で揺する。
「…ぅっ…あぁっ…、…うん…」
『うっ…、腕…が…』
よかった…、何とか意識はあるみたいだね。見ただけでも十分に分かるけど、ハイドさんはまともに喋れる状態じゃなさそう…。だからわたしは、彼の心を読むために強く意識を向ける。すると消えそうな弱いものだったけど、ハイドさんの声が頭の中に響いてきた。
「…ハイドさん、喋らなくていいから…、言いたいことを頭の中で考えて! 」
『…っ…、シャトレア…、さん…、一体…、何を…』
「“読心術”でハイドさんが考えてることを読み取るから! 」
『読…心…術…? 』
「そうだよ! 」
何回か必死で呼びかけたら、ハイドさんは何とか心の中で応じてくれる。この感じだとまだまだ半信半疑みたいだけど、今はそんなこと、気にしてられない。だって早く出血を止めないといけないし、わたしも手当の方法とかも訊きたい。だから仰向けに水に浸かってるハイドさんを前足で支えながら…。
「だからハイドさん、まず何すればいい? 」
朦朧としてるハイドさんにこう問いかけた。
『…陸に上げて…、傷口を…上にして…ください…』
「右の方を上だね? 」
心の声も途切れそうになってるけど、ハイドさんは何とかわたしの質問に答えてくれる。どういう意味があるのかは分からないけど、だからといって他に何をしたら良いのかも分からないから、とりあえずわたしは言う通りにしてみる。まずは彼の左側に回り込んで、無事な左腕を彼の頭側から引っ張ってみる。水に浮いてるからこれだけで動いてくれて、わたしはそういう感じで彼を水の無い十メートル後ろの方に引っ張ってみる。
「くぅっ…」
「ごっ、ごめん! 傷口が染みた…? 」
『大丈…夫で…』
「やっぱりここだったんだー。…リフィナ! 」
「いまいく! 」
え…誰? ハイドさんを陸の方に引っ張り始めたら、急に顔を歪めて呻きはじめる。傷口を触っちゃったんじゃないか、って不安になったけど、ハイドさんは心の中で違う、って教えてくれる。だけどハイドさんがそう伝えきるよりも前に、水の深い方から声が一つ聞こえてくる。誰なのかさっぱり分からないけど…。
「…って凄い出血…。エネコロロのきみ、フローゼルに一体何が…」
『ええっ? うっ、嘘でしょ? 腕が…無い…? 』
声がした方に目を向けると、丁度浅いところに上がってきた一人のシャワーズ…。彼はハイドさんの血で赤く染まった水を見ると、血相を変えてわたしを問いただしてくる。心の中でもこう言ってるから、一目見ただけでハイドさんの怪我の度合いが分かったらしい。わたしの頭の中に響いてきた彼の声も、どこか唖然…、呆然としたニュアンスが含まれているような気がした。
「話すと長くなるんだけど…、“玖紫の海溝”で敵に襲われて…」
「玖紫のって…、もしかしてあんた、シラが言ってたハクの仲間? 」
『“玖紫の海溝”って事は…、ハク以外の二人ね、きっと』
『…酷い…。乱暴に咬み千切られてるみたいだけど…、こんな攻撃の仕方をする野生、海溝にいたかな…? 』
えっ? もっ、もしかしてこの人、ハクさんのこと知ってる? ハイドさんの側に泳いできたシャワーズは寄り添うとすぐに怪我の具合を診始める。心の声を聞いた感じだと何か詳しそうな感じだから、もしかするとこの人は医者か何かなのかもしれない。一応ハイドさんが手当の方法を教えてくれようとはしていたけど、本職の人が来てくれたから凄く助かる。だからわたしは、この人のことは後回しにして桟橋の方から走ってきた人に目を向けることにした。
桟橋の方の人…、リフィナって呼ばれてたリーフィアは、わたしが直接言った言葉にすぐ反応する。バシャバシャと足下を濡らして駆け寄ってきたんだけど、彼女はビックリしたような感じでわたしを問いただしてくる。わたし自身も驚いたんだけど、ハク三の名前が出てきたって事は、少なくとも知り合いなんだと思う。っていうことはもしかすると、この人がハクさんの先輩なのかもしれない。
「“玖紫の海溝”に行く、ってハクちゃんから聞いてるよ。…それよりもきみ、ここで一体何があったか教えてくれるかなー? 」
『追い返したと思ったのに、まさか残ってた殺し屋にやられたんじゃあ…』
「さっきもリーフィアに言ったんだけど、ダンジョンで野生じゃない人にやられて…」
こっ、殺し屋? “月”からの侵入者だけじゃなくて、そんなのまでいたの?
「野生じゃないですって? 」
「となると…、うん、わかった。リフィナ、しばらくフローゼルの事を看ててくれる? すぐ中に包帯とか持って連れてくるから! 」
「なるはやでね」
「わかってる! 」
わたしは簡単にハイドさんの事を話したけど、リーフィアとシャワーズ、ふたりとも驚きで変な声をあげてしまう。わたしはわたしで別のことに驚いたんだけど、二人は野生じゃ無い人に襲われた、って事に驚いたんだと思う。シャワーズの方しか読んでないけど、同じ驚き方をしてるから、リフィナっている人も殺し屋にやられた、って思ってるんだと思う。そんなことを考えていると、何を思ったのかシャワーズは小さく声をあげ、知り合いらしいリーフィアにこう声をかけ、背中で頷いて水に飛び込んでいった。
「…ひとまずシラ…、シャワーズに道具とか頼んだから、フローゼルを陸に上げるの手伝って」
「えっ、うん。でもきみは…」
「リフィナ。ソロの探検隊でランクはウルトラ。依頼が無い時は役場の事務作業の手伝いなんかもしてるわ」
あっ、探検隊員だったんだ。ってことはもしかして…、シャワーズの方がハクさんの先輩? 水の中に潜っていったシャワーズを見送ってから、リフィナっていう人はわたしに指示を出す。一応わたし一人でしようとしてたことだけど、流石に陸に上げるのは前足では大変だと思うからありがたい。だからすぐに頷き、気を失いそうなハイドさんの左側に就く。脇の所を押すような感じで、ハイドさんを筏の方に運んでいった。
「探検隊、なんだ。…ええっとわたしはシャトレアで、二等保安官。もしかしたら聞いてるかもしれないけど、ちょっとした訳があってハクさん達と潜入してた、って感じかな? 」
代表からは極秘、って言われてるから、ウルトラランクのこの人に言う訳にはいかないよね。
「保安官…、と言うことは彼が救助隊員のハイドね? 」
「元、だけどね。大けがして最近引退したばかりみたいだけど…」
詳しくは聞いてないけど、その時に尻尾と肘から先を失った、って言ってたよね、確か。
「そう…。…この辺りなら良さそうね」
傷とか汚れとかも少ないみたいだしね。ほんの少しハイドさんを動かしたところで、リフィナさんは先に筏の方に上がる。そこから前のめりになるような感じで、ハイドさんの左肩の辺りを前足で掴む。そこから陸の方に引き上げるような感じでしてたから、わたしはハイドさんの身体を押し上げるような感じで手伝ってあげる。二人だから問題なかったけど、引き上げるのと平行してわたし達はお互いの情報交換もしておいた。
「シャトレアと言ったわね。潜入してたみたいだから、オレンの実の類は持ってるわね? 」
「うん。でも全部使っちゃって…」
オレンの実って事は、まずはハイドさんの体力を回復させるのかな? ハクさんがくれた、毒に効く薬ならまだ余ってるけど…。
「…あっ、そうだ。リフィナさん、回復なら出来るよ」
回復ってことは、“チカラ”使えば早いよね? ハイドさんを挟んで向かい合わせになってるけど、その状態でリフィナさんはわたしに訊いてくる。丁度今ハイドさんの傷口を上にしたところなんだけど、まだ止血できてないから赤く染まっちゃってる。…ダからだと思うけど、リフィナさんは回復技でひとまずは状態を落ち着かせるつもりなんだと思う。そうわたしは思ったから、わたしは彼女の問いかけに大きく頷く。
「回復技? エネコロロなら…、癒やしのす…」
「違うけど、見てて」
エネコロロが使える技だとそうなるけど、違うからすぐに首を振る。一瞬首を傾げるのが見えた気がするけど、見届けること無く、わたしは目を閉じ、意識レベルを急激に高める。“加護”を付与する対象のハイドさんを強く意識し…。
「…“我が志に、光あれ”! 」
発動のきっかけになるセリフを唱える。すると直接見た訳じゃ無いけど、いつも通りならハイドさんに淡くて赤い光が纏わり付き、すぐに弾ける…。普通ならここで目を開けるんだけど、自然回復力を高めてくれる“志の加護”でも限界がある。この先は発動させたことないんだけど、ヴィレーがそっちの方が効果が高い、って言ってた。“志の加護”を付けた人にしか効果が無いみたい、だけど…。…けど発動はさせたから、わたしは習った通りに発動させていく…。
「…“志の名に於いて、我が術を汝に捧ぐ”! …くぅ…っ! 」
さっきとは別の言葉を読み上げ、わたしの中にある何かを解放する。すると多分ハイドさんから消えたばかりの光が再び纏わり付き、それが更に濃くなる。濃くなった赤い光が患部に集まり、そこで激しく光を放つ、はず…。
「え…、なに…、これ…。それに…あなたは一体…」
「“志の
擁護”…、先代達は…、そう呼んで…、たみたい…」
これを発動させると、“志の賢者”は対象一人につき四時間身動きがとれなくなって、技と“読心術”も十八時間使えなくなる。その代わりに“志の加護”がついている最大五人の、体力と状態異常、疲労を完全に回復し、欠損とか障がい、一部を除いて完全に治す事が出来るらしい。…発動させた後、体中に重りが沢山付いたみたいに、怠くなるなんて思わなかったけど、これでハイドさんの容態もマシになるはず…。
続く……