壱陸 赤砂の遺跡の迷い人
あらすじ
四時間かけて飛んだ僕達は、祭壇に向かうために赤い砂丘に降り立った。
そこにある漆赤の砂丘というダンジョンに潜入したが、そこでは赤い砂嵐が発生していた。
だけど僕達は構わず進み、そこで道具の使い方についての講習を行う。
実戦形式だったけど、問題なく突き進んでいった。
――――
[Side Wolta]
「はぁ…、はぁ…。…ししょー、これで、抜けましたよね…? 」
「うん、砂嵐も止んだから、そのはずだよ〜」
…だけど、やっぱりキノトにはプラチナレベルは早かったかな…? 一応突破はしたけど、この感じだとキノトにはキツかったのかもしれない。砂嵐の影響はないとはいえ、そもそものレベルがプラチナまで跳ね上がっている。僕がついているから大ダメージを食らう事は無かったけど、常に警戒していたり、場の空気に呑まれたり…、精神的にも疲労が溜まっていたのかもしれない。だから後半の方は、講習はやめて突破する事だけに専念していた。モンスターハウスに迷い込まなかったのが不幸中の幸いだけど、そういう事もあって予定よりもかなり時間がかかってしまっていた。
「です…、よね…。ちょっと暗くなってきてるけど…、調査…、できますか…? 」
「詳しい調査じゃなくて史跡の状態を見に来ただけだから、問題ないよ〜」
そうじゃなかったら、今日は最寄りの町で泊まって、次の日に調査をするからね。ダンジョンでかなり体力を消耗したキノトは、息を切らせながらこう訊いてくる。確かに彼の言う通り、空は砂の色に染まり始めていて、陽の光は弱くなってきている。砂漠だからまだ日中の熱が残ってるけど、多分あと何十分かしたら一気に気温が下がってくると思う。それまでには出るつもりだから、問題ないけど…。
「五分ぐらいで終わるから、キノトはゆっくり休ん…」
「ししょー…、向こうのあれ…、何でしょう…? 」
「ん、向こう…? 」
奥の方といえば、見に来た祭壇があるはずだけど…。ゆっくり休んでていいよ、バテてる弟子にこう言ってあげようとしたけど、僕はその彼に遮られてしまう。彼は僕達が向かう先、祭壇の方に何かを見つけたらしく、ふらつきながらも顎でその方向を示す。弟子の彼に言われて、僕もその方に注意深く目を向けてみる。その先にあったのは、赤い砂煉瓦で組まれた祭壇と、その前で倒れている黒い誰…
「しっ、ししょー! 誰かが…! 」
「うん、僕も分かったよ! キノト! 」
「はっ、はい…! 」
こっ、これって、絶対にマズイよね? そこにあった…、いや、倒れていたのは、黒くて小さい種族の誰か…。意識を失ってるのか、前のめりに倒れたまま全く動かない。近くにはその人の持ち物らしい何かが落ちてるけど、幸い鞄は開いてないみたいだから散らかってはいない。この場所で何かがあったのかもしれない、直感的にそう感じた僕、多分キノトも、声を揃えて同じ事を言い放つ。倒れてるならすぐ保護しないといけないから、僕は四肢に力を込め、その人の元に大急ぎで駆け寄った。
「ねぇ、きみ、大丈夫〜? 僕の声、聞こえる? 聞こえたら返事して! 」
「……っぅっ…」
「ししょー…! 」
「…大丈夫。意識はあるみたいだよ〜」
呼びかけに反応してくれたから、最悪の状態じゃないのは確か、かな? 翼を広げた状態で倒れているその人、種族はスバメだと思うけど、僕はその人の体を前足で軽く揺する。するとそれで気付いてくれたらしく、その人は詰まったような声を絞り出してくれる。反応はしてくれたから、ひとまずは大丈夫、そう判断してキノトの呼びかけにこう声をあげる。怪我とかまではまだ分からないけど、パッと見た感じでは外傷は無さそうな感じだと思う。
「ぅっ…、はい…、何とか…」
「良かった。痛い所とかは、ないですか〜? 」
「…うん…、体中が痛い…、けど…、…えっ? 」
体中が? それなら、早く何とかしないと…! 僕の呼びかけで完全に意識が戻ったらしく、その人…、スバメの彼女は表情を歪める。一応しっかり喋れるみたいだけど、相当痛むのか、切れ切れになってしまっている。そんな彼女に僕がこう訊ねてみると、彼女はゆっくり目を開けながら答えてくれる。だけどその彼女は、目の焦点が合ってから、凄く驚いたような表情…
「えっ、なっ、なに? こっ、これって…、ポケモン? ポケモンが…、喋った? 」
「喋るって…、きみって変な事を言うんだね…? 頭でも打った…? 」
「わっ、わからないけど…、ポケモンって…、ゲームだけの存在じゃあ…」
「…ん? ゲームだけの、存在…? 」
…なんだろう? こういう事、どっかでも聴いたような…。…どこだったっけ…? スバメの彼女は取り乱した様子で変な事を言ってるけど、僕はどこか、彼女が言い放ったことが引っかかってしまう。僕は人伝いでしか聴いてないけど、こういうようなセリフをどこかで聴いたような気がした。キノトはもの珍しそうに彼女に訊ねているけど、僕は今まで経験してきた事と照らし合わせながら、彼女が言った事について考えてみる。
「…あっ、もしかして…」
すると案外早く、僕はある事と照合する事が出来た。その事を基に、僕は彼女にこう訊ねてみる。
「きみって、“人間”、だったりする? 」
「ししょー、何言ってるんですか? 人間なんて何千…」
ラテ君は少し違うけど、こういう事は向こうの諸島で聴いた事がある。だから僕は、直接的に彼女にこう訊いてみる。もし向こうでのケースと同じなら、彼女は絶対にこう答える、こんな風に仮説を立て、その答えを待つ。何も知らないキノトにとってはブッ飛んだ質問だけど、僕が思ってることが本当なら、この質問をするのが一番早い。
「当たり前でしょ…? 立とうとしても全然立てないけど…」
「やっぱり…」
だとしたら、彼女は“導かれし者”…? だけど、その印の紋章は無いよね…? それなら、ラテ君みたいなパターン? …ううん、違う。じゃあ…、何故…? だけど、“元人間”、って事は確かだよね…?
「ちょっと前に起き上がろうとしたんだけど…、何故か力が…」
「人間とは体のつくりが違うから、仕方ないかな〜? 横に転がって、そこから足で勢いをつけると起き上がれるよ〜」
「違うって…、なんで知ってるんですか? 人間は何千年前…」
「こう…、かな? …うん、起きれた」
うん、何とか起き上がれたね? 僕の問いかけに当然のように答えた彼女は、倒れたままの状態で呟く。予想通りの答えが返ってきたから、僕は確信と共にすぐにその方法を教えてあげる。キノトは信じられない、って感じで声を荒らげてるけど、キノトよりも先に彼女に説明するのが先…、かな? だから僕は、キノトには少し待ってもらって、彼女が起きるのを手伝ってあげる事にした。
「人間とは勝手が違うから、大変だったでしょ〜? 」
「うん。何でかは分からないけど、教えてもらったら起きれました。…でも何で…? それだと…」
「…きみには信じられないかもしれないけど、心して聴いて」
ラテ君でも初めて聞いた時は信じれなかったみたいだから、多分この人もそうなるかな…? 僕が教えてあげた方法で、彼女はすぐに起き上がる事が出来ていた。その彼女は不思議そうにしてたけど、それでもどこか、ホッとしたような表情を浮かべていた。だけどその表情に、すぐに疑問の感情が混ざってくる。この感じだと薄々感づいてるかもしれないけど、認めたくない、そう、心の中で揺らいでいそうな雰囲気を僕に与えていた。
だから僕は、その彼女の迷いを払ってあげ…、いや、払わないといけない。彼女にとっては信じられない事だけど、これが彼女の“真実”…。どんな反応をするか分かりきってるけど、それでも僕は、彼女に対して口を開く…。
「きみは今、スバメっていうポケモンになってる。そしてもう一つ、きみは元いた場所とは違う世界にいる。何でかは分からないけど…」
「ぽっ、ポケモン? わたしが? 」
「うん、ぼくもびっくりしてるけど、ししょーが言うなら、そうなのかな…? 」
「でっ、でも何で? 」
「急に言われても信じれないよね〜? 何か姿を写せるものがあるといいんだけど…、それは後になるかな? それから…、一つ訊きたいんだけど、きみって自分の事で何か覚えてる事、ある? 」
ラテ君は完全に記憶を失ってたみたいだけど、彼女達みたいに一部だけ、っていうパターンもあるからね。彼女達の方だと、ありがたいけど…。ちょっと暗くなってきたから見にくくなってきたけど、やっぱり彼女は信じられない、っていう感じで声を荒らげる。キノトも信じきれてないみたいだけど、半信半疑、っていう状態なのかもしれない。相変わらず首を傾げてるけど、何とか信じようとしてくれてると思う。それから僕は、親友のケースを思い出しながら、彼女に対して次の質問をしてみた。
「わたしの、こと? …うん」
「名前とか、そういうの覚えてたら、ぼくたちも呼びやすいんだけど…」
「名前? えーっと…、うん。今思い出したけど、わたしは紫音、望月シオン。十五歳で、ぼんやりとしか思い出せないけど、勉強とかスポーツとかをしてた…。…あっ、そうだ。チアリーディング、チアリーディングをしてたよ。どちらかというと、勉強するより体を動かす方が好きだよ。わたしの事で覚えてるのは…、このくらいかな? 」
思ったより、覚えてたみたいだね? 抜けてるところもあるみたいだけど、これだけ覚えてるなら、大丈夫だね。最初は何かが引っかかったみたいに詰まってたけど、すぐに思い出せたらしく、名前から教えてくれた。その彼女、シオンさんはそれをきっかけに、次々に思い出せたらしく矢継ぎ早に語ってくれる。僕達が知らない言葉もあったけど、ひとまず基本的な事は覚えていそう。ホッと安心しながら、僕はシオンさんの事に耳を傾けた。
「十五? ぼくと同じだね! …じゃあぼく達も自己紹介しないとね! ぼくはイワンコのキノト。ししょーに弟子入りして学者を目指してるよ! シオンちゃん、よろしくね! 」
「うん、よろしく」
まぁキノトと同い年なら、上手くやってくれそうだね? 多分同い年だって分かったからだと思うけど、キノトはパッと明るい声でこう名乗りを上げる。ねっ! っていう感じで右の前足を上げ、そのままシオンさんの方にさし出す。そんな彼に触発されたのか、シオンさんは初めて笑顔を見せてくれる。本当に人間だったみたいで翼は畳んでないから、彼女もすぐに右の翼を前に出し、彼のそれと重ねて上下に軽くふる。ここで初めて見たらしく、シオンさんは自分の翼に凄くビックリしてたけど…。
「シオンさんだね? 僕はウォルタ。今の種族はミズゴロウ。歳は十七で、これでも考古学者をしてるよ〜」
「じゅっ、十七歳で? 」
「うん。シオンさんの世界だと、ちょっと若すぎるのかな〜? こっちの方でも、学者としては若いのかな? …そもそも学者は少ないけど。そういう事だから、よろしくね〜」
「うん、よろしくおねがいします」
他にもあるけど、すぐに分かるかな? 自己紹介する流れになってるから、僕もそのまま自分の事を紹介する。十七で学者をしてるって事には驚かれたけど、師匠の一人は十六で学者だったから、僕が最年少? じゃないけど…。…その事は置いておいて、次に僕は、彼女の世界の事と比べながら、もう少し詳しい事を教えてあげた。最後に僕も、右の前足を出し、彼女と握手を交わした。
「うん! …ししょー? もう暗くなっちゃったから、そろそろ戻ります? 」
「そうだね〜。祭壇も何ともなかったし、引き返してもいいかな〜」
「引き返す…? 」
「うん。ぼく達、結構遠くから来ててね、飛んで来たんだよ」
「えっ、飛んで…? 」
これは…、案外早く言う事になりそうだね。いつの間にか日がすっかり暮れていたらしく、キノトは満点の星空を見上げながら、僕に提案してくる。シオンさんの件が合ったからそれどころじゃなかったけど、陽が沈む前の感じだと、何の損傷もなさそうだった。だから僕はこう判断し、彼の問いかけに大きく頷く。もちろんシオンさんは不思議そうに首を傾げていたけど、キノトは天頂の星々のような表情で、彼女に言っていた。
「うん! ししょーは特別でね、変身して空も飛べるんだよ! 」
「えっ、そっ、空? 」
「そうだよ! ねっ、ししょー? 」
「あははは…、キノトに全部言われちゃったかぁ〜。今の僕が本当の僕だけど…」
どのみち飛んで帰るつもりだったから、同じかなぁ…。キノトが全部バラしちゃったけど、僕の事を当然のように語ってくれる。彼は光り輝く星空を見上げ、すぐ僕の方に視線を向ける。あまりの勢いに苦笑いが出てしまったけど、ひとまず僕はこう答えておく。どうなっても結果は同じだったけど、そのまますぐに目を閉じ、僕はウォーグルとしての姿を強くイメージする。すると僕は空の月に負けない強い光に包まれ…。
「こっちは仮の姿。ウォーグルっていう種族で、シオンさんと同じ飛行タイプだよ〜」
「えっ…、なっ…」
「シオンちゃん、ビックリしたでしょ? あとこれって、シオンちゃんの鞄だよね? 」
「かっ…、あっ…、うん」
高くなった視界で、こう続ける。彼女から見ると凄く大きな種族に変わったから、今まで以上に驚いた表情で、茫然と立ち尽くす。だけどキノトが得意げに話しかけ、いつ気付いたのか分からないけど、落ちていたそれを引きずって持ってきてくれていた。
「やっぱりそうだったんだね〜? …じゃあ、荷物は僕が持つから、背中に乗って」
「シオンちゃん」
「うっ、うん」
キノト、ありがとね。キノトが持ってきてくれた荷物を受け取って、僕は首から提げてから体勢を低くする。シオンさんは唖然としちゃってるから、そこをキノトが誘導してくれる。気の利く弟子に感謝しながら、二人が背中に乗るのを待つ。飛行タイプの種族を乗せるのは変な感じがするけど、スバメになったばかりだから、仕方ないかな…?
「じゃあ、いくよ〜! 」
「うん! 」
「はっ、はい」
そういう訳で、二人とも乗ってくれたから、僕は力強く大きな翼を羽ばたかせる。いつもより多く乗せてるけど、最寄りの距離なら多分大丈夫、かな? そんな予想をしながら、僕は赤い砂を舞い上がらせて飛びたつ。満天の星空の下、最寄りの町を目指して史跡を後にした。
続く