Eight-Ninth 終わらぬ戦い、避けられない壁(夜明けの星)
―あらすじ―
“ルノウィリア”の黒幕と対峙するウチは、真っ先に実の父親を狙う。
最上級技使ってきて驚いたけど、ウチらは互角以上の戦いが出来ていた。
そんでシルクも参戦してきて、彼女は“チカラ”を暴走させて一気に攻める。
親友が命を賭して作ってくれた隙を突いて、ウチは長年嫌ってきた暴君を打ち負かす事が出来た。
――――
[Side Haku]
「シルク! 無事やんな? 」
『危ナカッタケド、何トカ……』
やけどシルク、ウチには大丈夫なようには見えへんのやけど……。ウチは大嫌いな暴君に勝ったけど、結果を見届けずに親友の方に駆けよる。逆鱗で攻めとったでその間のことは分からへんけど、元通りの位置にあるで、多分サイコキネシスで“絆の従者の証”を結び直しとったんやと思う。暴君に背を向けて親友に尋ねたんやけど、笑ってくれてはいるけど凄く弱々しい。“チカラ”を暴走させとったで仕方ないんやけど、見るからに疲れてしんどそうやし、ウチの頭に響いてくる声に抑揚がない。多分シルク自身は、いつも通り語りかけてくれとるつもりやと思うけど……。
「やけどシルク、喋り方が……」
『オカシイ、ッテ事ヨネ? 』
気になったで訊こうとしたけど、多分シルクはウチが訊いてくるのを予想しとったんやと思う。ウチの言葉を遮り、訊こうとしとった事を伝えてくる。さっきのは気のせいやと思ったけど、やっぱり改めて訊いてみると凄くヘン……。喋り方の他に、口から血を流しとる以外は普通やけど……。
『多分“チカラ”ヲ暴走サセタ副作用ダト思ウケド、イツモコウナルノヨ』
「ってことはシルク? これが普通なん? 」
『エエ……』
「けほっ……! 」
「シルク! 」
ぜっ、絶対大丈夫やないやんね? いつものことって聞いて安心したけど、そんな気分はすぐにどこかに行ってしまう。ウチの事を心配させまいと微笑んでくれてはいるけど、弱っとるところを見慣れとらんせいか余計に心配になってしまう。おまけに咳き込んだ今、息と一緒に大量の血を吐いてしまっとる。それもダンジョンとは比べものにならない量やから、尚更……。
「……」
『大丈夫、ッテ言イタイケド、限界ネ……』
こう言葉を伝えてくれとるシルクは、本当に限界らしく、腰を下ろしとる。それに息も絶え絶えで、体重を支えとる前足も凄く震えとる。今までは全然そんな気はせぇへんかったけど、こんなシルクを見とると、入院しとった、って事が本当のような気がしてくる。そのぐらいふらふらで、メガネ超しの焦点も定まってないような気がするし……。
「シルクがそう言うんなら、相当なんやな……。暴君も倒せた事やし、休んどいたら? 」
『ソウサセテモラウワ……』
ここで横目でチラッと見てみると、向こうは向こうで戦闘は終わっていたらしい。何喋っとるんかは分からへんけど、主犯のグソクムシャが膝をついとるで、間違いないと思う。シリウスの事やから何となくそんな気がするけど、多分降参するよう説得しとるんやと思う。やからその間にウチは、倒れる寸前のシルクをゆっくり休ませてあげる事にした。
『……ソウイエバコンナ事、前ニモアッタワネ』
「そうやな。確か“黒の花園”の時やったな……」
ウチに体を預けてくれとるシルクは、ふとあることを思い出したらしい。“黒の花園”といえばラテ君達が“ビースト”を討伐しに行ってくれた場所の突入地点やけど、ウチが初めてシルク達を救助した場所でもある。“空間の歪み騒動”の時やったから、シルク達が二回目に来てくれた時やけど……。
「あの時来会えてへんけど、イベルダルさん、元気しとるかな……? 」
『私ハ会エテナイケド、サードサンガ言ウニハ今回ノ事件ニモ協力シテクレテルソウヨ? 』
そうなんやな? そういえば“弐黒の牙壌”はマスターランクでもそう簡単に許可は出んはずやけど、もしかするとサードさんが特別に許可してくれとったんかもしれへんなぁ……。例の場所絡みである人の事を思い出したけど、ウチはそれがきっかけであることに気づく。“弐黒の牙壌”はサンドラさん達……“エアリシア”の親方が潜入権を持っとるダンジョンやけど、危険度が規格外やから基本立ち入り禁止になっとる。やけどそんな中、ラテ君達とランベルさんに潜入の許可が下りた。一応ラテ君は非公式やけど突破しとるし、サードさんも“ビースト”の事知っとったで、やからやと思うけど……。
「そうなん? 」
『ソう聞イテルワ。ラテ君達――』
シルクも人伝に聞いたみたいやけど、保安協会代表のサードさんから直接聞いたんなら間違いないと思う。サードさんがシルク側で動いとったって時点で、何となく――
「〜♪ ー♪ ・〜♪ 」
「……? 」
『何カしラ……? 』
何となく察しはしとったけど、ここで急に、何の前触れもなく笛の音が聞こえてくる。高すぎなくて心地良い音やけど、何か不思議な感じもある気がする。そもそもこの部屋に、笛なんて無かったような気がするけど……。
「分からへんけど、何かいい感……っ? 」
あれは……、絶対そうやんな? 聞いてて安らぐ音やったけど、そんな気持ちはすぐどこかに飛んでいってしまう。そもそも出所不明の笛やから気にはなるけど、演奏の後で起きた変化に思わず声をあげてしまう。何の仕掛けがあるんかは分からんけど、笛を吹いたグソクムシャ……、シリウス達が対峙しとった相手の後ろが、急に歪み始める。かと思うと歪みは白く色づき、時計回りに渦巻きはじめる。こんな特徴的……、それも最近何度も見てきたモノやから、一目でピンとくる。横目で見た感じやとシルクもきづいたみたいやけど、それは――
「くっ、“空現の穴”? 何で“空現の穴”が――」
九カ所全てを消滅させたはずの、異世界への穴。ウォルタ君の話やと九カ所だけのはずなのに、何故か今、ここに出現してしまっとる。おまけにそれだけやなくて――
「――・……っ! 」
「なっ、何なん、あの生き物は? 」
ドククラゲのようなぜりーのような……、何とも言えない生き物が渦から飛び出してくる。
『ワッ分カラナイわ……! 』
シルクも声を荒らげてしまっとるけど、シリウス達の方も騒然としてしまっとる。……やけどその中でひとり、取り乱さずにハッと何かに気づいた様子のひとがおる。それは……。
「じっ、自信は無いですけど、多分“ビースト”だと思います」
普通と違う姿のルガルガンで、ウォルタ君の弟子のキノト君。自信は無さそうな様子やないけど、確かにあの生き物を見て言い切っていた。
「びっ、“ビースト”?俺はあんな“ビースト”、見たこと無い! 」
『“ビースト”ッテ、確かニ九体倒シタハズよネ? 』
完全に取り乱してしまっとるウチらとは正反対で、半透明な生き物は静かに、ふわふわと空中を漂っとる。見た感じあてもなくって感じでもなさそうやけど、あの生き物は真っ直ぐと、ある場所に向かう。その場所は――
「……何……だ、あの……生き物……は……」
いつの間にか目を覚ましていたらしい、“エアリシア”の市長。暴君の真上まで移動すると――
「なっ……何……をし――っあぁぁっ! 」
覆い被さるように襲いかかる。上の方の丸っぽい部分に頭がすっぽり収まるまでまで
飲み込み、ふわりと浮き上がる……。
『ジク! 』
「父さん! 」
いきなりのことでウチ、それから隣のシルクも、思わず声をあげてしまう。やけどウチらの反応なんかお構いなしに、カイリューを取り込んだ“ビースト”は“空現の穴”までふわふわと漂っていく。
「…………」
そのまま一切止まることなく、渦の中に吸い込まれていく……。
「“太陽”の愚民が……、出来るものなら……、俺を追い捕まえてみな……。無理だとは……思うがな。……ふはははは……っ! 」
それを待っとったんかは知らへんけど、何故か左肩から大量の血を流しとるグソクムシャが大声で笑い始める。かと思うと後ろを見ずに跳び、“空現の穴”へと飛び込んでいってしまった。
「嘘やろ……。あと少しで捕まえれるところやったのに……」
「遅かったか……」
こうなるんなら、シルクとしゃべる前にシリウス達の方に行けばよかった……。あと一歩のところで逃し……た事になるで、ウチの頭ん中に後悔が過ぎる。シルクのことも心配やったけど、本来なら暴君を倒した後ですぐにシリウス達の方に応援に行くべきやった。そうすれば暴君が“ビースト”に取り込まれる事も無かったしもうひとりの首謀者を逃がすことも無かったはず……。サードさんもやってしまった、って感じで呟いとるけど、これは動けるのに動かんかったウチの――
「……いや、そうとも限らねぇぞ? 」
「えっ? 」
「はいっ? 」
ウチ自身も諦めモードになっとったけど、この空気をミナヅキさんが打ち破る。いままでずっと何かを伺うように黙っとったけど、彼は正面を向いたまま口を開く。あまりに突拍子な言葉やったから、キノト君とシリウスは思わず頓狂な声をあげてしまう。ウチも耳を疑ったけど、ミナヅキさんがある方向を指さしとるで、首を傾げながらも目を向けてみ――
「なっ、何でまだ残っとるん? 」
見てみて凄くビックリしたけど、その先には変わらず漂い続ける白い渦……。何故か出現した“空現の穴”が、静かに異世界への口を大きく開けていた。本当なら“ビースト”がおらんで消えるはずなのに……。やからウチは、思わず驚きで声を荒らげてしまった。
『分カラナイわ! “空現の穴”ッテ、普通ナラ消エルハズヨネ? 』
「そのはずだ、うん」
シルクから伝わってくる言葉も、さっきよりは抑揚があるけど荒れてしまっとる。ウチもそうやって聞いとるし、実際に“玖紫の海溝”でもそうなっとるのを見とる。サードさんとシリウスも驚いとるみたいやか――。
「あっ! そしかして――」
とここで、急にキノト君が声をあげる。この感じやと何かに気づいたと――
「もしかして“ビースト”が倒されてないから、そのまま“空現の穴”が残ってるんじゃないですか? 」
「あっ……」
言われてみれば……、そうやんな?
「そっ、そうですよね。今思い出しましたけど、自分も“参碧の氷原”でもそうでした」
『“肆”と“漆”、“玖”デモソウダッタワネ』
「そうやん! 」
キノト君に言われて初めて気づいたけど、言われてみればそうだったと思う。シリウスとシルクが言った四カ所だけやなくて、ラテ君達が行ってくれた“捌白の丘陵”でもそうやった、って聞いとる。
「それなら、まだムナールを追えるな! 」
希望の光が見えてきたって事もあって、ウチ……らの声のトーンがかなり上がる。“空現の穴”が残っとるってことは、ウチらもあそこに飛び込めば後を追える。あまり声をあげる事が無かったミナヅキさんもこう言っとるで、より一層実感できた気がする。
『……ダケドハク、私は……ココマデミたイネ』
やけどひとり、シルクだけは、若干暗めのトーンで言葉を伝えてくる。
「そっか。そうなりますよね」
「……どういう事なん? 」
キノト君にはこの意味が分かったみたいやけど、ウチには理解出来ん。心当たりと言えば……、ふらふらな状態で動けそうに無いってぐらいやけど、シルクは口元の血を拭っとるし、そもそもキノト君はシルクの今の状態を知らへんはず……。
『ソモソモ私自身限界ガ来てるケド……、ココカラ先ニハ行ケナイワ……』
行けない……?それってどういう――。
「ですよね……。世界の成り立ちから話さないといけないんですけど、世界は“時現”と“空現”が重なって出来てます。ぼくはししょーとか……、ソレイルさん達から聞いて知ったんですけど、ぼく達は生まれた“時代”と“空間”に縛られてるみたいです」
“時代”と“空間”……? ってことは、ディアルガとかパルキアが関係しとるんかな……?
『補足スルナラ……、シードさんの“時渡り”トカ、ソウイウ類の事カシラ? 』
「それで合ってます」
この事に詳しいんか、キノト君が順を追って説明してくれる。伝承のことでスケールが凄く大きいけど、ウォルタ君の弟子の彼なら知ってても良さそうな感じはある。時々シルクが補足を入れてくれとるけど、流石にシルクは確信はないらしい。そのままキノト君は、詳しくない私達に世界の成り立ちを教えてくれた。
「一応軸の上なら移動出来るんですけど、“時空の壁”……、障壁があって同時には超えられないんです。ぼくは前に触っちゃったからよく分かるんですけど、“時空の壁”に触ったり超えたりすると、軽くても記憶が無くなったり……、最悪姿そのものも変わっちゃったりするんです」
記憶が無くなって姿も変わる……? それって――
「ってことは、ラテ君が記憶無くしたのも……、その“時空の壁”? に触ったからなん? 」
『ダト思ウワ』
やっぱり……。
『人間からイーブイニナッテルカラ、その説デ間違イナサソウネ』
「なるほどな。っつぅ事は、俺とシリウスが出会うのはあり得ねぇって訳か」
「自分は三千百年代の生まれでミナヅキさんは“月の次元”出身なので……、そうなりますね」
……ん? って事は、シリウスも――
「ということは自分も、これ以上は追えないと言うことですね」
「なら俺も不可能だな、うん」
……えっ? サードさん、今なんて……。
「公には公表してないが、元はと言えば俺は二千百年代に
創られた存在だ。だから俺は二千百年代出身と言って過言では無いだろうな、うん」
知らんかった……。やけど創られた存在って、どういう事なんやろう……? やけどシルクが無理でシリウスも行けない。サードさんも過去の世界出身で無理って事は――
「と言うことは、俺とキノト、ハクだけがムナールとジクを追えるのか」
「サードさんも無理なんて思わへんかったけど、そうなるやんな」
三人で行くことになるやんね? シルクとシリウスが行けへんのは分かったけど、ウチにはサードさんも行けへん理由が分からへん。このか感じやと隠しとる事が沢山歩きがするけど、今それを聞いてる暇はなさそう。結局ミナヅキさんに先を越されたけど、暴君とあのグソクムシャを追えるのは三人だけ……。キノト君んぽ実力は道中で見てきたけど、ミナヅキさんがどのぐらい戦えるのかは未知……。けどそうも言ってられへんから――。
「……わかった。シルク、シリウス、サードさんも、ウチら三人で決着着けてくる。やから、待っとって」
一人一人に目を向け、こう呼びかける。それと同時に渦の前に出て、人文にも同じように言い聞かせる。ウチも気持ちを切り替えながら、みんなの反応を待つ。
「心苦しいですが、頼みましたよ」
まず初めに、パートナーのアブソル、シリウスが真っ直ぐな目で激励してくれる。
「はい! 」
次にキノト君が、気合い十分って言う感じで元気に返事してくれる。
「俺も“月”を裏切った時からそのつもりだ。だから今更降りるつもりはねぇよ。そもそも俺自身も、ムナールとのけじめをつけたい」
ミナヅキさんは腕を組み、何かを心に決めたような……、鋭い表情をしとる。
「そうやんな。絶縁しとっても、ウチの親が起こした事件やからな……。ここで終わるんも、後味悪いし――」
ウチはウチで、思っとる事をそのまま口にする。キノト君は師匠のウォルタ君から引き継いで、ミナヅキさんは元の世界を断ち切ろうとしとる……。三人それぞれが強い想いがあって行くわけやから、そのリーダーになり得るウチがしっかりしないといけない……。やからウチは――
「じゃあキノト君、ミナヅキさんも、いくで」
残ることになった三人の想いも背負――
『チョット待って! ソノ前に……』
んっ? ウチは“空現の穴”に向き直り、先陣を切ってその中に飛び込もうとする。やけど何を思ったのか、急にシルクがウチらのことを呼び止める。
「――、……」
『“絆により、我らを護り給へ”……』
一瞬何かと思ったけど、すぐに響いてきた台詞でピンとくる。いつの間にか青い目の残像が無くなっとったけど、シルクは“絆の加護”を発動させてくれる。
「なっ、何だ? 」
ウチらは慣れとるでどうって事無いけど、初めてのはずのミナヅキさんは思わず声をあげてしまう。まぁ当然と言えば当然やけど、急に水色のオーラを纏いすぐ弾けることになるで、無理ないと思う。
『“絆の導きに、光あれ”……。気休メニシカナラナイと思うケド……』
これも“チカラ”……? 初めてやけど……。立て続けにシルクは、今までに聞いたことの無いセリフを唱え始める。絆の、って言っとるで、“チカラ”の一つには間違いないと思う。……やけど少なくともウチは、シルクがこの“チカラ”を使っとるのを見たことが無い。
「“絆の導き”だな、うん」
「そんな“チカラ”があったん? 」
「自分も初めてですけど、どういうものなんですか? 」
サードさんは多分過去に見たことがあるからやと思うけど、ウチと同じでシリウス、キノト君も、揃って首を傾げとる。
「“失われたチカラ”の一つで、“絆の加護”で護られている対象に逃げ足の特性を付与する。その代わりに“絆”は、二十四時間身動きがとれなくなる、そう聞いているが、間違いないか? 」
多分シルクが自分で話してくれるつもりやったと思うけど、それよりも早く口を開く。
『エエ、合っテルワ』
話してくれている間に、さっきよりも濃いオーラが纏わり付く。サードさんが話してくれたけど、これは多分、“絆の加護”を発動させんと使えんからやと思う。
「いつも思いますけど、シルクさんって本当に凄いですよね……」
「まぁいつものことやでな」
「俺にはさっぱり分からねぇが……」
「……んじゃあシリウス、シルク、サードさんも、行ってくるで」
気を取り直して、一段落したって事でもう一度声をかける。ルガルガンの二人にはもうかけたで、今度は残る三人に呼びかけてみる。
「ああ! 」
「はい! 」
三人とも大きく頷いてくれたで、ウチを先頭に異世界への扉……、“空現の穴”へと飛び込んだ。
つづく……