第九十二話 終わった役目
--古代の遺跡--
「フン!そんなことだろうと思ったわ」
メガヤンマを半ば脅しながら聞き取ったこと、それはアレフトというヒトカゲ率いるチームに自分が作った力を提供し、その引き換えにリーフ達を妨害するというものだった。以前メガヤンマがヨノワールと行動を共にしていた時、時の停止に巻き込まれたアレフト達四人を救出し、そう持ちかけたという。
「さ…さぁこれでいいだろう……。もう解放してくれても--!!」
メガヤンマが懇願していたがその時に彼の体からポッと光の粒子が発生した。それを見たメガヤンマの顔が恐怖で引きつった。
「ッ!!あああああああああああああああぁっ!!嫌だあぁッ!!私はまだ消えたくないっ!!」
いきなり狂ったように叫び出すメガヤンマを見てジェット達は構えた。また何か仕掛けてくるのではないか、そう考えざるを得ずにいつでも攻撃を出せる準備を整えていた。だがメガヤンマは一行に暴れることを止めることはせず、またジェット達を襲う気配もない。
「一体……どうしたのだこいつは……」
まるで今から殺されるのではないかと思うほどの恐怖を爆発させ狂ったように泣き叫ぶメガヤンマ。初めは何かの作戦だと疑ってかかったジェットやクローも次第にただならぬ彼の脅え方に演技ではないと本能的に察した。
「っつああああぁっ!!!やめろおおおぉっ!!私の体から出てくるなこの光がぁっ!!私は消えたくないんだああぁっ!!」
そんなメガヤンマの言葉とは裏腹に彼の体から発する光は徐々に数を増し、そして彼の体の一部がなんと消えかかっていったのだ。彼が奇声に交じって発した“消える”という言葉をジェット達は実感する。
--か……体が消えて……こ、こんなところで……私は消えたくは--
消滅する自分の体を見てメガヤンマは最後まで恐怖を隠しきれずに今までの普段の彼の傲慢な態度からは想像もつかないほど脅えた顔つきのままそのまま彼の姿は完全に消滅してしまった。驚いたことに今までジェットの攻撃によって欠けた羽根のパーツすらも一つ残らずに消えていったのだ。
「…………」
目の前のポケモンの消滅。そんな到底信じがたい光景にクロー達三人は絶句し何も言葉を発せなかった。その三人の様子には心なしか恐怖さえも感じているように見えた。ただジェットだけは冷静にこの状況を観察していた。尤も観察したところで状況が変わることはなかったが。
--時限の塔--
「うぅっ……」
時限の塔の崩壊に思わず意識を失った四人にあまりにダメージが蓄積して倒れたリーフ。そんなリーファイの中で真っ先に意識を取り戻したのはルッグだった。彼は倒れていた状態から辺りをきょろきょろと見回していた。そこにはかつては赤い色が混じっていたのが青くなっており正常になっていた空、柱が何本も折れた状態での時限の塔頂上、そして先ほどの自分と同じように倒れているファイア、ウォーター、スパークの姿があった。
「これって……」
状況が正確につかめないルッグはどうなっているかよくわからなかった。時の停止は止められたのか?それとも間に合わずにあの暗黒未来のようになっていたのか。彼にはパニックから解き放たれずに首をひねっていた。そこでスパークやファイアも同じように目を覚まし、またそれに気付いたルッグも2人に近寄る。
「スパークさん!!ファイア君!大丈夫でしたか!」
「……おぉ、ルッグか」
「ルッグさん……」
スパーク達もはっきりと状況がつかめずに辺りをきょろきょろと見回した。ふと見るとウォーターだけ大した傷がないのに倒れていたことにルッグは気付く--
ドゴッ!!
「あいてええええぇっ!!」
ウォーターをひっくり返しその鳩尾に思い切りルッグは棒で小突いた。急所を突かれたウォーターはそのまま十メートルほど飛び上がった。ルッグはそんな彼を見てため息をつく。
「やっとお目覚めかクソ雑魚亀野郎」
「なっ!!誰が雑魚だこの野郎!あとヒトを起こす時に棒で小突くな!」
「雑魚ってあんたしかいないだろ。現にリーフさんの防御に一人だけ離れてしまって迷惑かけただろ〜が」
早速口論を始める始末のこの2人。しかしファイアは口論には気にも留めずにルッグの発した”リーフ”の三文字に真っ先にファイアが反応する。彼は辺り一帯を探し回るがリーフの姿はどこにもない。
「お前達、目を覚ましたようだな」
背後から聞き覚えのない声が聞こえてきた。そこには先ほどまでリーファイと戦っていたディアルガの姿があったのだ。四人は反射的に身構えディアルガを睨む。ディアルガは構えずともよいと四人を諭した。その穏やかな口調や体の正常な色から四人の本能が戦う必要はないと感じ取れた。そんな四人の構えが解けたことを感じたのかディアルガは続ける
「お前達のおかげで時の停止を食い止めることができた。礼を言うぞ」
「それよりもディアルガ!!リーフはどこ!!?」
ディアルガの賛辞の言葉には耳もまた向けずにファイアは血相を変えてリーフの居所を尋ねた。話を続けようとしていたディアルガもその剣幕におされ、半ば表情を曇らせて視線をしたにやる。そこにあったのは
傷ついてぐったりしたまま倒れているリーフの姿があったのだ。そんな痛々しい彼女の姿を見てファイアは矢のように飛び出しリーフのもとに駆け寄る。
「迂闊にさわらない方がよい。ある程度の応急処置はしておいたがその者の傷は深い……。早急に戻って治療を施してやってくれ……」
そう語るディアルガの顔つきは沈痛の一言だった。彼女を気づつけた原因、そして事の顛末(てんまつ)はほかならぬ自分であることはディアルガ自身が一番分かっている。だからこそ真っ先にリーフに出来る限りの処置を施したのだ。しかしファイアは原因が分かってはいるがディアルガの事を怒りを帯びた様子で睨むように凝視していた。
「落ち着いてくださいファイアくん。とにかく今はいち早くジェットやジュプトルさんと合流してラックさんに診てもらいましょう」
リーダーが危篤の今この場で指揮をとったのはルッグだった。焦っているウォーターややや酔いが入っているスパークではいささか頼りないと考えてこともあり彼が率先して前に出る。そんな彼の落ち着いた様子を見たのかファイアも涙を拭きながらこくりと頷いき時限の塔を後にする。
「----まだ彼らは知らないようだな。彼女のこれからの過酷な運命を……」
--古代の遺跡--
「ぬっ!!やっと来たか!!遅いぞ……!!?」
消滅したメガヤンマから時間にし十分後、ジェットはあの後も時限の塔に入ることもできずにただリーフ達を待つことしかできずに次第に苛立ちを募らせていた--
が、いつになくボロボロのリーフになぜか不在のジュプトル。そのことを直視したジェットの怒りは自然と消えていった。
「すいませんが話してる時間はあとにしてください。早く研究所へ戻りましょう!!」
ルッグの気迫に気圧されたジェットは”お、おう……”とだけ漏らし通信機を片手(?)に彼らを送った張本人、ノコタロウのもとへ連絡をとった。連絡が取れるとすぎにでもリーフ達は元の研究所へ戻された。
--ノコタロウの研究所--
「や〜れやれ、早速仕事かいな」
既に状況を伝えられていたラックは白衣に着替え治療の準備を整えていた。しかし彼の相変わらずよく言えば飄々とした、悪く言えばヤル気の感じられない雰囲気は相変わらずである。そんなかれにはノコタロウはあえて何も言わずにいる。
「おう、お帰り。んでその嬢ちゃんの容態はどうだい」
相変わらずの態度でラックはリーフの状態を聞く。勿論彼もこんなことで正確なことが聞けるはずもなくファイア達の怒りを買ってしまう。悪りぃ悪りぃとラックは半笑いで謝罪するとひょいとリーフを抱えあげる。
「お前さん達は少し休んでな。ノコタロウ、ちょいとばかし手伝ってもらうぜ」
「お、おぅ……」
ラックに半強制的に連れられてノコタロウも後を追う形でリーフの治療のアシスタントをすることになった。
--????--
--こ……ここは……?
ふとリーフが意識した先にいた場所、そこは何もない真っ白な空間だった。
--わたし……ディアルガと戦って……そのあと意識がとんで……、死んだのかな……
そう寂しげに思索するとリーフの目の前には前触れなく一人のポケモンが現れた。ディアルガである。あまりに唐突に現れたことに一度は驚くもすぐに平静を取り戻しディアルガの言葉に耳を傾ける。
「リーフよ。よくやってくれたな。特にお前には本当に感謝してもしきれないくらいだ。ありがとう……
だが……」
リーフは最後のバツの悪そうなディアルガの表情がどうにも引っかかった。同時に何かよからぬことがおこるのではないかと本能が告げたのか身構えてしまう。
「リーフよ。未来の世界の者のお前が未来世界を変える……それは--」
--お前が消滅することに他ならないのだぞ--
--1時間後--
「ッ!!?」
その後ラックは驚く程速い速度でリーフを治療していた。ノコタロウも間近でそのテクニックを唖然とした表情で見ながらも彼を最低限の補助はしていた。その甲斐あってかリーフは一時間で意識を取り戻したのだ。
だが、どうにもリーフの様子が先ほどからおかしいことはラックの目にも見えるほどにわかっていた。汗だくになり傷とは違った苦しそうな様子、まるで悪夢をみていたかのように苦しんでいたのだ。そしてまためざめる時も悪夢からめざめた様子であったのだ。
「こ、ここはどこッ!!?」
いつになくあたふたした様子でリーフは必死に状況を確認しようとしていた。
「落ち着け。ここはノコタロウの研究所だ。安心しなお前さん達はちゃんと目的を果たしたんだぜ」
慌てた様子のリーフをなだめるようにラックがリーフの体を押さえた。一見すれば落ち着いたように見える彼女の様子も医者であるラックにはどうにも様子がおかしいことは目に見えていた。だがしばらくは一人にして様子を見ておくことにし、彼ら2人は部屋を去っていった。
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ラック達が部屋から確認するや否やファイアはリーフの事を開口一番に口にした。ラックは笑いながらファイアの頭をポンポンと叩き大丈夫ぜと軽く諭すように言った。それを聞いたファイア達は皆徐々に笑みを浮かべ中にはハイタッチをするものさえもいた。
「でもな……あいつも結構疲れてるみてぇだから、もう少し休ませてやらねぇか?」
ラックの提案に渋々受け入れたものもいたが、皆承諾をした。喜びのあまりへたに傷に触るようなことをしかねないと考えたからだ。
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「…………」
意識を失っていた時に見たあの夢、--歴史を変えると自分が消滅する--。リーフの脳内にはこのことで気持ちがいっぱいいっぱいになっていた。あまりにも唐突に衝撃的なことを聞かされた。そしてただの夢だと信じたかったのだ。だがそんな彼女のおもいも儚く散るような確定的なことが起こる。
「------!!?」
いきなりリーフの全身に殴られたような衝撃に襲われた。その苦しみに思わず反射的に体を押さえた。だが、リーフにはこの感覚にあの考えに確信を持った。
--間違いなく自分は消滅する--
--数十分後--
「なぁノコタロウ。そろそろリーフも落ち着いたと思うから様子見てきて」
「けっ!!何でよりにもよってお前に指図されなあかんねん」
ウォーターに指図され渋々リーフの休んでいる部屋の扉に手をかけるノコタロウ。むすっとした彼の顔つきだったがその顔も次第に豹変することになる。
「------ッ!!?」
「あぁん?どうしたんだよ?」
普段のノコタロウならウォーターのその言い方に飛びかかるのではないかと思うほど生意気な態度でウォーターがノコタロウの真後ろまで近寄ってきた。そしてノコタロウは叫ぶ。
「リ……リーフがいない!!」
辺り一帯が凍りついた。そんな硬直状態を破ったのはファイアであった。
「てんめノコタロウ〜っ!!何でちゃんとリーフのこと看てねぇんだこのクズ作者あああああああぁっ!!」
「が……がはッ…!」
パートナーがいなくなったことに激昂しショックを受けたファイアは反射的にノコタロウに八つ当たりで彼の首を思い切り締めつけた。それはノコタロウが死ぬんじゃないかと思う程の力がこもっていた。そんなファイアをラックがなだめる。
「こんなところで八つ当たりをしてもしかたねぇだろ。とにかく今はあの嬢ちゃんを探すことが先決だ」
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--湖--
「……はあっ、はぁっ……」
初めてリーフとファイアが出会った湖、そこでリーフは肩で息をしていた状態で涙を流していた。
--何でっ!!何でわたしが消えなきゃいけないの!?せっかく世界が元通りに戻ったのに!!
リーフは自分に定められた運命にただ自責の念に駆られていたのだ。そしてこの事実を知られたくないがために思わず部屋を出ていったのだ。
ザッザッ
「ッ……!!」
彼女の背後から複数の足音が聞こえてきた。リーフは反射的に音のした方向へ振り向くとそこにはファイア達の姿があったのだ。だがどこかその様子は怒っているようにさえ感じられる。
「リーフ……、どうして出て行っちゃったの……」
今までとは違い、無感情に怒りをあらわにするファイア。よほど心配だったんだろうなと分かったのだろうか誰一人として彼に突っ込み事はなかった。だが彼の冷淡な怒りもリーフの体を見て消え去っていった。
「ッ!?り、リーフ……その体……どうしたの……?」
リーフの体から発せられた謎の光を見てファイア、否それ以外の面子も驚きそして何か言いようのない不安感を感じていた。今まで涙を流していたリーフも涙をこらえながら口を開く。
「--ファイア……それにみんな。ごめんなさい、どうやらここでお別れみたい……」
『えぇ……』
「えぇっ!!?」
あまりにも唐突な”別れ”の二文字。驚くスパーク達に加えて涙を流すファイアが思わず声を出す。ファイアの不安感が的中してしまったのだ。ファイアには何か鈍器のようなもので殴られた衝撃が走る。
「未来の者は歴史を変えてしまうとそのまま消滅してしまう--。ディアルガがそう言ってたのよ……。たぶんジュプトルも同じようにして消えていったんだと思う……。」
--!!あのメガヤンマが消えたのももしや!!
タイムパラドックス。それは未来をなんらかの形で変更すると矛盾が生じるためにその世界の者も消滅してしまうこと。現に元は暗黒世界の者であったリーフも歴史を変えたために消滅の定めが待っていたのだ。そしてこの出来事をよく知らないジェットも目の前で消滅したメガヤンマと同じように光を発して消えようとするリーフを見て一人で確信を持つ。
「ファイア。今まで一緒に探検してきたけど……。凄く楽しかったよ……」
「いやだ……そんな別れみたいなこと……言わないでよ……」
ファイアはボロボロと涙を流しリーフにすり寄ってきた。涙声になり声が上手く出ない状態になりながらも必死に懇願する。リーフの体はファイアの涙や鼻水まみれになっていった。
「ぼ…ぼく…リーフがいてくれたからここまでやれたんだよ……?リーフがいなくなったら……ぼ、ぼく……また一人に……」
「ダメ--」
穏やかな口調を一変させリーフはいつになく厳しい口調でファイアの言葉を制した。めったにきかない言葉に泣きじゃくっていたファイアも思わず顔をあげた。
「わたしがいなくなってもちゃんと強く生きて。それに……もう一人じゃないでしょ……?」
そうリーフはファイアの頭を優しくなでてそう諭した。決してファイアは一人ではない。それは紛れもなくファイアには……”仲間”がいてくれることに他ならない。ファイアはすっと後ろを向いた。--確かに僕は一人じゃない!!……で、でも!!
--!!光が強くなってきた……
リーフの体から発している光がより激しくなっていた。消滅まで既に時間がない。リーフはそう悟り身に着けていたスカーフ等の道具を手放す。
「ルッグさん」
「は、はい!!?」
唐突に名を呼ばれ裏声で返事をするルッグ。リーフは重い足を動かしながら彼に近づいていく。
「次のリーファイのリーダーはルッグさん。あなたに任せてもいいかしら?」
「………はい」
あまりにも突然すぎる任命。だがルッグはそれを受け入れリーフのリーダーである証のバッジを受け取った。ファイアは今の精神状態ではとてもではないがこなせないと判断し彼に託したのだ。
--よかった……。これでもう思うことは……
「ファイア、最後に一つお願いが……」
「えっ……?」
リーフの口から発せられたお願い。顔と涙をリーフの体に押し付けるようにしていたファイアはふっと顔をあげた。
「この幻の大地のこと……。これを他の皆にも伝えてほしい……。こんなことを二度と……起こしてはいけないから……」
「う……うん!!」
リーフの口からは伝えられない。だからこそファイアに大切なこの事件のことを託した。ファイアもその意思を汲み取ってハッキリとこたえた。それはリーフを少しでも安心させたい、心配をかけたくないという一心に他ならない。
--光が……!!
リーフを包んでいた光が一層激しさを増し、彼女の下半身は既に消滅していた。
「リーフ!!」
「リーフさん!!」
今までこらえていたウォーターとルッグも思わずこらえきれずに涙を流しながら叫んだ。この2人もファイアと同じ量の涙を流れていた。
「や……約束だからね……わたしの大切な…………」
もう一度リーフは自分の体に顔をうずめたファイアの頭をなでていた。だが消滅が迫ってきたのかリーフの言葉は所々が途切れて、次第にファイアをなでていた蔓までもが消滅していった。とうとう彼女もこらえきれずに涙を流し、それでいて笑みを見せながら--
--消えていった。ずっとリーフにすり寄っていたファイアは思わず転倒してしまい地面に突っ伏した。そして消滅してしまったリーフの姿を儚い希望を持って探っていた。何かの冗談だ。きっとすぐにでも戻ってくる。そう信じたかった。だが--
「リ、リーフ!!?リーフ!?」
無情にも彼女の姿はどこにもなかった。この瞬間ファイアの脳裏には改めて認識された。パートナーが本当に消えてしまったのだと。そう認識されると言いようのない悲しみが込み上げてきた。そして--
「うわああああああああああああああああああああぁ!!!」
湖に一人の少年の悲痛な叫び声が響いたのだった……。そしてそんな彼の心理状態を表すかの如く大粒の雨が降りしきったのだった……。