1-1 祝いの席での一幕
0.9
…ええっと、これで全員揃いましたね。
皆さん、こんにちは。
今回は僕達のコースを選んで頂き、ありがとうございます。
皆さんはこの世界の事を、案内人から聴いていますね?
…よかった、ちゃんと聴いていますね。
このコースは僕達、悠久の風…、草の大陸を中心に案内する事になります。
異世界から来た皆さんにとっては、僕達のチームは「ダンジョン時・闇・空」の主人公にあたるかもしれませんね。
長話をするのも時間が勿体ないので、そろそろ出発しましょうか。
それでは、皆さんを僕達が拠点にしている町、トレジャータウンにお連れします。
皆さんの旅が、記憶に残るものになるといいですね。
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…
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1 祝いの席での一幕
[Side Ratwel]
「ふぅ、やっと着いた…」
「風の大陸からだと、やっぱり遠いですね」
ここは草の大陸に位置する、トレジャータウン。一仕事終えて帰ってきた僕達は、思い思いに一息つく。町の入り口だからくつろぐことは出来ないけど、少なくとも僕は、入り口にある三叉路に着いたらようやく安心できる。海岸の方から差し込む朱い日差しの効果もあって、より一層安心感を与えてくれていた。
「本当にそうだよね。…でも、こっちは何ともなくて安心したよ」
パートナーとも呼べる二人の呟きに、ブラッキーの僕、ラツェルがこう声をあげる。今回の仕事の事もあって心配だったけど、この様子だとここは何ともなさそう。僕の能力でも察知できなかった事だったから、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
「今回は自然災害だったから、仕方ないよ」
そんな僕にワカシャモの彼女、ベリーがこう声をかける。彼女も救助活動を終えてヘトヘトのはずだけど、僕が見た限りではそんな感じは無さそう。初めて出逢った四年前…、僕がイーブイで彼女がアチャモだった頃からそうだけど、そんな彼女の笑顔にいつも支えられてきた。僕だけじゃなくて、今は各大陸を駆けまわってるウォルタ君もそう思っているはず。
「そうです。だからラテ、そこまで心配する事は無いです」
その彼女に続いたのが、僕達のチームで唯一のメンバーで、シェイミのソーフ。今は夕方だからもうすぐ姿が変わるけど、フワフワと浮いている彼は、ハハハと薄い笑みを浮かべながらこう言う。相当疲れが溜まっているらしく、彼はかなり低い位置で浮遊している。昼間まで救助活動をしていたっていうのもそうだけど、その後の移動も結構大変だった。パラムタウンからのラプラス便で少しは休めたけど、カピンタウンからの陸路がかなりキツかった。内陸から海側にかけて強い風が吹いてたから、尚更だと思う。
「…うん。とりあえず、先にラックさんへの報告だけでも終わらせちゃおっか」
「そうだね。セカイイチは無いけど、代わりにアレがあるから、いいよね」
「二週間も連絡をとれなかったかったですから」
ラックさんなら大丈夫だと思うけど、あのフラットさんが厄介だからね…。気にかけてくれてるから、嬉しくもあるけど。その人達のことを考えると複雑な気分になったけど、とりあえず僕は頭を別の方に切り替える。早く休みたい気持ちはあったけど、それでもやる事は終わらさないといけない。ギルドを卒業した身だけど、建前上は暖簾分けっていう事になっている。ソーフの言う通り、心配しているはずだからね。親方への手土産は準備できてないけど…。
「だから…。…ふぅ…。心配させないためにも、でしゅね」
「そうだね。…じゃあ、行こっか、プクリンのギルドに」
時間的にギリギリだけど、大丈夫だよね。分岐点から坂へと登った先を見上げていたソーフは、急に眩い光に包まれる。慣れない人が見ると驚くかもしれないけど、流石に僕達はもう慣れている。ランドフォルムに戻った彼は、少し高くなった声で話しかけていた事の続きを言う。締めという感じで、最後にベリーが高台の頂上を見上げながら声をあげた。
「うん」
それに僕も、すぐに頷く。疲れている身体でこの階段を登るのは気が滅入るけど、これも僕達にとっては習慣の一つ。何のためらいも無くそっちに足を向け、揃って登り始める。陽が沈んで暗くなったから、僕とベリーが身につけているアクセサリーが、ぼんやりと青い光を放っていた。
―――
[Side Ratwel]
「…どう、ラテ? 」
「うーん、まだ開いてるから、大丈夫だと思うよ」
こんな時間まで開いてるなんて珍しいけど、まぁ、間に合ったんなら、いっか。相変わらず足は重かったけど、僕達は難なく小高い丘を登りきる。その先に見えるのは、この町の主要機関ともいえる建物。周りはもう暗くなってるから、真っ先に目に入るのが、道の左右二ヶ所で赤々と燃える光…。僕の目線ぐらいの高さで、松明がゆらゆらと揺れていた。その先に見えるのが、ある種族をそのまま模ったテント。一見小さなテントだけど、この地下が、この建物の本当の施設…。この下には、僕とベリーが卒業した探検隊のギルドがある。
そろそろ話に戻るとして、陽が沈んでいるからよく見えないらしく、僕の隣でベリーがこう尋ねてくる。それに僕は目を凝らし、篝火の先の建物に目を向ける。悪タイプって事もあって暗い所でも目は利くから、そういう訳で訊いてきたんだと思う。なので僕は、見た通り…、推測も交えてだけど、彼女達に教えてあげた。
「こんな時間まで開いてるなんて、珍しいでしゅね」
「何かあったのかな…。まぁいいや。とりあえず、早く足形検査だけでも済ませちゃおうよ」
「そうだね」
そういえばこんな事、前にもあったっけ。確かにソーフの言う通り、日が暮れた後でも開いていることは滅多にない。ベリーが言う事もあり得ると思うけど、とりあえずその事は考えなくてもいいと思う。その事はもう僕達はもちろん、町の人達の間でも結構知れ渡っている。…つい話が脱線しちゃうけど、このまま立ち話もアレだからって事で、ベリーがいつものアレを提案する。二週間ぶりの流れに一安心しながら、僕もいつものように、道の真ん中の格子の上に乗った。
「…あれ? 」
「何も聞こえないね」
その上に乗ったけど、何も起こらない。聞こえるのは、時々聞こえる潮風の音と、松明からのパチっと弾ける音…、それだけ。いつもならすぐに見張りの声が聞こえるはずだけど、それが無かった。
「そういえば、チャームズが来た時もこんな感じだったよね」
「空間の歪みの騒動が終わった後だから…、三年ぐらい前でしゅね」
「なら、誰かが来てるんじゃないかな。こういう事、結構あったし」
あの時も大変だったけど、そうかもしれないね。何となくそんな気はしてたけど…。身に覚えのある光景に、ベリーがこんな風に呟いた。そういえばもうそんなに経つんだっけ? 彼女の言葉で、僕の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。あの時ウォルタ君がいなかったら、僕達はここにはいないかもしれない…。未来の世界で助けてくれたウォーグルも、姿を変えたウォルタ君だったし…。…とにかく、彼女の言葉で、懐かしさがこみ上げてきた。だけど、このまま思い出話を始める訳にもいかない。懐かしさを頭の端の方に追いやって、向きを百八十度変えながら、テント側に跳び下がる。だよねって付け加え、後ろのそれに目を向けた。
「そうだね。私達ってここでは顔パスで入れるから、行こっか」
「でしゅね」
これもいつもの事…。こう言う結論に至ったから、僕はすぐに元の方向に向き直る。後ろの方で二つの足音が聞こえるから、二人もちゃんとついてきていると思う。松明の間を通り抜けた時、スタッ、と着地する軽い音がしたから間違いないと思う。チェックも無しに入るのは気が引けるけど、仕方ないよね? こう自分を正当化しながら、僕達は古巣であるギルドの入り口に入っていった。
―――
[Side Ratwel]
「あっ、だから検査をしてなかったんだね」
これなら、納得だよ。螺旋階段を下りたその先では、ある意味予想通りの光景が広がっていた。地下一階は静まり返っていたけど、その下は真逆だった。それなりに広い空間が、色んな人であふれかえっていた。最初は誰かが来てるのかな、って思ったけど、どうやらそうではないらしい。部屋の壁には、いつもと違う華やかな飾り付けが施されていた。
「あっ、ラテ君、ベリーちゃんにソーフさんも、間に合ったでゲスね」
「何のことか分かんないけど…、とりあえずは? 」
お祭り騒ぎのギルドに呑まれそうになっていると、一番近くにいた人物が、僕達の事に気付いたらしい。ホッと安心したような表情を浮かべながら、僕達にとっては一番近い先輩の彼、ビッパのブラウンさんが声をかけてくれた。種族上仕方ないけど、僕と同じく頭の上に疑問符を浮かべ、ベリーが応じる。身長差で見下ろすことになってるけど、ひとまずこう返していた。
「ええっとブラウンさん、今日って誰かの誕生日でしたっけ? 」
「スズネさんの誕生日は…、まだ早いでしゅよね」
飾りつけしてあるからそんな気がしたけど、違うよね。このままだと何でこうなってるのか分からないままだから、ひとまず僕はこう尋ねてみる。飾りから考えるとそんな気もしたけど、まだまだ日数がある。結局ソーフが訊いてくれたけど…。
「そういえば悠久の風の三人は知らなかったでゲスね。色々あって先延ばしになってたんでゲスけど、先週ヘルツさんが卒業試験に合格したんでゲス」
「ヘルツさんが? 」
「そうみたいです。自分も知らなかったんですけど、そうらしいですね」
そっか、ヘルツさん、卒業できたんだね。そういえば、っていう感じで、ブラウンさんはこう語る。ヘルツさんっていうのは、同じく僕達の先輩のドゴーム。彼は僕達が入隊する前から受験ていたらしい。僕達が先だったのが凄く申し訳ないけど、これとそれでは話は別。念願が叶ってよかったですね、そういう想いの方が強くなっていった。
ベリーが首を傾げながら訊き返していると、ラックさん…、親方様の部屋の方から、誰かが近づいてくる。彼もどうやら、僕達と同じでここで知らされたらしい。その証拠に、彼も僕達と同じで着の身着のままで場から浮いた身なりをしていた。
「あっ、シリウスさんも来てたんでしゅね」
「こんな偶然もあるんだね。シリウスはどうしてここに? シリウスも知らなかったみたいだけど…」
場違いな格好をした彼は、全体的に白い毛並みで紺色の角みたいなのが特徴の種族…。親友のうちの一人で、アブソルのシリウスだった。彼と出会ったのは、遠征で霧の湖に行った少し後ぐらい。当時は各地で時が止まり始めていて、その関係で調査の協力をしてくれていた。最初は僕達の別の友達が仲良くなってたんだけど、その彼女達を通じて、話すようになったって感じかな。彼のチームまもう一人いるんだけど、見た感じその彼女は来ていないらしい。今の立場を考えると仕方ないのかもしれないけど…。
「一言で言うなら、フラットさんにアドバイスを貰いに来たって感じですね。別件でカピンタウンに用事があったので、そのついでに寄ったんです」
「フラットさんって事は、ギルドのこと? 」
「そうなりますね。就いてみて分かったんですけど、副親方っていうのも、大変ですから」
「ミーにはよく分からないでしゅけど…」
そっか。噂では訊いてたけど、本当だったんだね。親友の彼はハハハと明るい表情を浮かべながら、こう語る。陸路を帰ってきた僕達にとってはついで、っていう距離ではない気がするけど、彼にとってはそうなのかもしれない。別件っていうのも、もしかするとギルド関係なのかもしれない。最後は苦笑いになってたけど、僕の質問に気兼ねなく答えてくれた。
「弟子のみんなをまとめないといけないもんね」
「設立してから一年経つので、そこはもう慣れましたね。…ラテ君達も大変だったみたいですけど、向こうは大丈夫でした? 」
「うーん…、大丈夫、とは言えないかな…」
自然現象だから仕方ないんだけど、お世辞にも無事だったとは言えないかな…。元々ギルドの出だから、彼の苦労は何となく分かる気がする。立場は違ったけど、フラットさん…、ここの副親方のペラップを何年も見てきたから、容易に想像ができた。それを今、シリウス達がしてるんだー、そう思っていると、その彼が徐に話題を変える。僕達の事をどこかで聴いていたらしく、心配そうに訊ねてきた。
「依頼の方はギリギリこなせたんだけど、帰る直前に大雨に降られてね…。僕達は何ともなかったんだけど、パラムタウンの近くの村で土砂崩れが起きたんだよ。ラプラス便が欠航してて帰れなくなったから、その後は救助に徹してたよ。地元の救助隊の人達と協力してだったから、まだマシだったのかな…。大雨の影響で、中々進まなかった…」
この事を知ってるって事は、カピンタウンで豪雨の事を聴いたのかな? 向こう、としか言ってなかったけど、とりあえず僕はこの二週間で会った事を、彼に話す。災害救助は初めてだったから、あの光景は今でも鮮明に覚えている。あまり話す気にはなれなかったから、村の惨状は伏せてだけど…。それをシリウスは、真剣な表情で聴いてくれた。
つづく……