01 テンガン山
次の朝、サンは日が昇るのと同時に目を覚ました。
テントから出てみると、シロナのいる方のテントは起きた気配がない。
雨は夜中のうちに上がったようで、うっすらと蒼い空がはっきり見えた。
霧は晴れて、昨日は見ることのできなかった崖や岩が朝日に照らされる。
彼女はふらふらと岩の下から出ると、少し歩いて雨で湿った岩に腰かけた。
座ったところからはちょうどテンガン山が見えた。山頂は相変わらず雲で覆われて見えないが、雪で真っ白に染まっているのだろう。
彼女はぼんやりとテンガン山を眺めていた。
(世界はあそこから始まったのだろうか。なぜだろう、天に近いからだろうか。その先にある宇宙は何なのだろう。確かアカギは新しい宇宙を求めていた、宇宙をどうする気なのだろう)
考えているうちにテンガン山がはっきり見えてきた。太陽を見るととうに昇りきって眩しい光を放っていた。
彼女はちらりと岩の下を見た。まだシロナは起きていないようだった。
そろそろ起こした方がいいと思った彼女は立ち上がって岩の下のシロナのテントの方に向かった。
彼女は少し迷った後、シロナのテントを開けてシロナを起こした。
「なあに……あら、もう朝なのね」
シロナはテントからごそごそと這い出て立ち上がって伸びをした。
「テンガン山がよく見えるわね」
サンは先程まで見ていたので、そうですねとだけ言うと朝食の支度を始めた。
朝食を終えて、サンとシロナは再び北に向かって歩いた。
「あれがロープウェイ乗り場よ」
シロナが指差した方を見ると、尖った屋根の建物から2本の綱が遠くの方へ伸びていた。
「あれに乗っていけばカンナギまですぐよ」
「カンナギは遺跡が多く残されていると聞いています。見れますか?」
「一部見学禁止の所もあるけど見学できる遺跡はたくさんあるわよ。博物館もあるし昔の文献も保存されてるわ」
「読めるんですか?」
「そういえば神話に興味があるんだっけ?」
その問いに彼女は黙ってうなずいた。
「扱いが大変なのもあるから原本は難しいけど写しがたくさんあったはずよ」
ロープウェイ乗り場に着いた彼らは券を買ってロープウェイに乗り込んだ。
「ここからの眺めいいのよ。今日は霧もないからよく見えるわ」
「何度も来ているんですか?」
「ええ、実家がカンナギにあるの。私の祖母はカンナギタウンの長なのよ」
そんな話をしていると、眼下にいくつもの遺跡のようなものが見えてきた。カンナギタウンに近付くにつれてその数も増えてくる。
「カンナギは街の半分以上が遺跡だからね。街の中心に行けばもっとすごいわよ」
「なぜカンナギには遺跡が多く残っているんですか?」
「昔栄えていた場所だってこともあるけど、何より昔から変わらない暮らしを続けてるからかしら。遺跡を守ることがここの暮らしだから。民家も昔のものが多いし」
彼女は下を見た。
遺跡までの道は整えられ、遺跡も汚れが少なく壊れてはいるがきれいだ。手入れされている証拠だろう。
カンナギタウンの手前に到着し、彼らはロープウェイを降りた。
「シロナさんの用事ってなんですか?」
「お婆ちゃんにこのお守りを届けに来たの」
そう言ってシロナはカバンから小さな袋に入ったお守りを取り出した。
所々欠けた石に組紐が通された簡素なお守りだ。よくわからない模様が彫られている。
「ズイタウンで見付けたの。この手のお守りはお婆ちゃんが詳しいの」
「そうなんですか」
「あなたも来る?いろいろ資料とかあるわよ」
「いいんですか?」
「うん。お婆ちゃんも喜ぶわ。神話に詳しいからいろいろ聞いてみて」
そう言って二人はカンナギタウンの中心の方へ歩いていった。