III:彼らが進む道
始まりの島に集いし三人と一匹。
彼らの目的はサカキの生み出したロケット団を壊滅させること。いや、少なくともミュウはそう目論んでいる。そして他の三人はサカキ本人に会うことを第一目的としている。
「じゃあ、現状を説明してもらおうかしら」
ミュウは三人が乗ってきたと言っていた船の甲板に腰をおろしていた。
とりあえず本土に戻る前にミュウは寄る場所があるらしく、そこに三人を連れていくとのことであった。だがミュウは孤島に暮らし始めてからの年月が長く、今日本がどうなっているのかを把握していない。
「とりあえず俺達のボスは今や日本を統括している存在だ。シルフカンパニー社の社長として表の社会で生きながら、裏社会ではロケット団のボスをこなしていたからな……器はあるんだろうよ」
ガイがあまり面白くなさそうにミュウに説明していく。もともと人の下で働くということ自体ガイにとっては不本意なのかもしれない。だがそれもすべては自分の野望のためにと自身に言い聞かせてきた。
「あの方は今の地方チャンピオン達によるそれぞれの治安維持の体制を崩すことなく、人々の生活に急激な変化をもたらさなかったわ。だから、世界は今までの軸を保っていられている」
モモはいつになく真剣な口調でそう語る。
「ミュウさんは何が知りたいんですか?」
あらかたのざっくりとした、だが簡潔な説明を終えてしまった二人の後にジンがミュウに尋ねる。
「チャンピオンになれる制度に変更は?」
ミュウのその質問をガイは良くわからないといった表情を浮かべるも、丁寧に答える。
「あまり大きな変更点はない。ただジムが年に出すジムバッジが一つと限定された。そしてそこのジムリーダーがそのジムで職を続けるにはそのジムバッジの死守が義務づけられた」
ミュウは少し考えてからまた質問を連ねていく。
「つまり年にポケモンリーグに挑戦できるのは最大で一人ということよね?」
「……ああ、そうなるな」
指摘された部分にガイもなにかしらの違和感を覚えたのか、すぐに肯定の意を示さなかった。
ミュウの洞察にモモは彼女なりに勘繰りを働かせる。
「アノ人らしいわね。それにあなた達はアノ人がつくりあげたシナリオも知っているのでしょう?」
ミュウはそれだけで全てを見透かしたようなそんな表情を浮かべ、それに三人は呆気にとられるだけであった。
「私達が知っているのはあの方がホウエンのチャンピオンダイゴに私達が企てたテロ事件の全てをなすりつけたってことだけよ。その前座の準備を私たちがしただけ」
モモは自分がサカキの下で成してきた全てのことを告げる。
そしてそれをミュウはただ黙って聞く。
「他には? 例えば、誰かのマークなんかを命令されなかった?」
ミュウはモモから伝説のポケモンの捕獲任務やハナダデパートの破壊任務、オーキド研究所の処分などの話を聞きそう訊ねる。
「誰かのマーク……?」
モモがそう聞き返すのに対してジンははっと顔の表情をあらわにする。
「あら、ジンは知っているみたいね、誰かしら?」
ジンはミュウから直視され、その視線から逃れることができず唇を震わせながらも二人の人間の名前を口にする。
「顔は覚えているのよね? だったらその二人を見つけた時は教えてね、私が始末するわ」
ミュウの瞳には明らかなる悦びの色が煌めきつつあった。物騒なことを言いながらも、口元が歪んでいくのを三人はただ黙って見ていることしかできなかった。
「まあそれよりもロケット団という組織は面倒なものになったわね。アノ人の野望そのものを具現化している組織……それが表社会のシルフカンパニーと深くからみあっている、それを壊すのは困難極まりないわね」
そう、表と裏のトップが担う表裏一体の組織。その組織体勢は厳密には分かれてはいても内側では密接な経理体勢を取っている。つまり片方が壊れればもう片方が崩れるという方程式が成り立たないのである。
同時にロケット団とシルフカンパニーが壊滅しない限りサカキの築き上げた籠城は崩すことはできない。
ならば道は一つ、サカキの首を直接狙いにいくこと。しかし彼らはそれを望んではいない。
「難しいわね、まさかこの私がここまで頭を悩ませられるなんて。ふふっ、こんなことを越えられないようではその資格もないと言いたいのかしら」
サカキとの付き合いが長かったからとだけでは説明はつかないだろう、彼女がミュウであるから、ミュウであるゆえにここにいる三人には理解の及ばない範囲までの思考がなされていくのである。
「僕達は一体、どうすれば?」
ジンは若干の焦り感じつつ、縋るようにミュウに問う。
「私の捕獲と引き換えにあなた達には報酬がいくんでしょ? 思い出してみなさい」
そう、この任務はガイ達三人のミュウによる始末されることを目論まれた上で言い渡された。でもなければあんな報酬が用意されるわけがない。
しかしロケット団という組織はあまりにも大きい。ミュウを捕獲し帰ったとならば上層部はそうそうに彼らの首を切ることはできない。
研究所の班長就任、望みの地方を統括するチャンピオンの座取得、あるいはロケット団内での階級特進。すべてがジン、ガイ、モモの望まんとする報酬が任務の発布書には書かれていた。
「私はアノ人のつくりだしたもの全てを壊したいけどあなた達はそうでもないのでしょ? アノ人に会いたいから私についてくる。ならば私を引き換えにあなた達はあなた達の望む報酬を手に入れてアノ人にあいなさい」
だがそれはミュウを犠牲にするということだ。
「でも、それじゃお前がっ……」
「あら気遣ってくれるの?」
ガイのことをいじるような目でミュウが答えるも、微笑みを浮かべる。その仕草にガイは舌打ちをしながらも顔を背けて言葉を濁す。
「私は私でどうにかするわ。でもねその前にあなた達には私と一緒に向かって欲しい場所があるの」
ミュウは座っていた甲板から立ち上がると遙か彼方の海原を指差す。
「あなた達がアノ人に会って何をするのかわからないけど、これだけは言えるわ」
自分のことを黙って見守る三人へとミュウは、意地の悪そうな笑みを再度浮かべて告げる。
「アノ人にあなた達の声は届かない。なぜならアノ人はそういう人間を選んだのだから」
ミュウの言っている言葉の真意を三人は理解することができなかった。できなかったが、それでも腑に落ちる点がそれぞれにあったのだろう、彼ら三人の表情には些かの影が落ちる。
「でもそれでいいのよ。あなた達三人の過去、そして抱く未来はアノ人の理想に近い」
まるでこれから起こるであろう全てを知っているかのように、ミュウはただそう淡々と告げるのみであった。
しかし三人はミュウに本人が言った言葉の真意を探ることはできなかった。なぜならばガイ、モモ、ジンは誰にも明かしていない自分達の未来を胸の中に潜めているからである。自分達の未来を、確信をもって抱いているものは少ない。そんな人物をサカキは己の足と目で見つけ出した。それにはそれなりの理由があるのは明らかであろう。だからこそ、だからゆえに三人はなぜ自分達なのかをわかりそうながらにわからないでいた。それを確かめたいのだ。
「ふふ、それにあなた達も感じているはずよ? なぜアノ人に拾われて、そしてなぜこの三人なのかをってね。なぜ持っているポケモンがその三匹なのかもね」
「「「!!」」」
そう。ガイが持つリザード、モモの持つカメール、ジンの持つフシギソウ。彼らが彼らのポケモンとの出会いはてんでばらばらである。ただの偶然の一致として思っていた三人であったが、ミュウと出会いお互いの記憶の欠片を見てしまい、話を聞くにつれ自分達の間における共通点を見つけたのであった。
「だからアノ人は人間ながらに面白いわ。私に人間に対する興味を持たせてくれたしね」
三人はミュウの最近の過去は聞き及んだ。しかしミュウの遙か昔のことは何も知らない。ミュウがどこで生まれ、どのようにしてこの世界で過ごしてきたのかを。
「あなた達はアノ人から真実を聞くことになる。そしてそれは正しいことだとあなたたちは思うでしょうね、例え世界がそれを悪だと言おうともね。お喋りが過ぎたかしら? でも一つ言えることはまだ時期ではないということ」
ミュウは一体どこまで見透かしているのだろうか。ただ頑なに今でも実行できそうなことを実行しようとはしない。
「アノ人に会う前に、あなた達には知ってほしいことがあるの。それがアノ人の成し遂げようとしている野望に近づくことになるわ」
「ちょっと待て。俺達のボスが成そうとしていることはこの世を良くするためなのか?」
ガイはミュウにそう訊ねる。
「野暮な質問ね。あなた達は自分達が悪事に加担していると思っているの? 思っていたらそれはこの世の為じゃなく、アノ人の為、自分の為ということ。もしそう思っていないのだったらそれはこの世の為、アノ人の為、自分の為ということよ。わかる?」
つまり自分が悪と思うか善と思うかはさして問題無いということなのだろう。
「アノ人に会いたいのでしょう? だったらこの世がどうのこうの言ってるんじゃないわよ。自分が世の中の為にあるんじゃないのよ、世の中が自分の為にあるんだからね」
「僕たちはどこに連れて行かれるんですか?」
ジンは一歩ミュウへと近づく。
ミュウはそんなジンを見ながら、ふふっと隠して嗤う。
「あなた達が身につける必要があるのは自分自身よ。それさえ手に入ればアノ人があなた達を選んだ価値があるということ」
「どういうこと?」
モモもさすがにミュウの独り善がりな言い分に腹がたってきたのだろう、若干口調にドスがまじってきた。
「アノ人があなた達を選んだ。その理由を私は理解した。ならばアノ人の理想に近づけさせようとしているだけよ。それをあなた達がどうとらえるかはあなた達次第ということよ」
またもミュウは人ではできない、人の上に立つ存在だからこそ成せる意地の悪い視線を三人に向ける。
「へっ。難しいことは考えてねえさ、俺はお前についていくと言った。男に二言は無い。それに俺は自分で道を見つける」
「ガイくんの言う通りよ。たとえあなたやあの方に利用されるだけの立場だったとしても、私は見つけて見せる」
「そうですね、この世界がこの先どう進んでいくのかを僕は自分の目で見てみたいから。そして自分がどうしたいかを決める為に、今はあなたについていきます」
ミュウは三人の決意を受け止めながら、彼らに背中を見せて唇をゆがめる。
「だからこそ、人は面白い」