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2011年冬企画 ★結果発表
日時: 2011/01/16 21:57
名前: 企画者

☆ごあいさつ
皆様新年明けましておめでとうございます。今年は2011年。なんと21世紀になってから早10年と、信じられないほどの時の流れの速さを感じずに入られません。
さて、その2011年冬の企画、ポケノベが新体制となって二回目の企画となります。
どうぞ気軽な気持ちでご参加していただければこれほど幸いなことはありません。


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☆企画概要
◇主旨

短編の小説作品を投稿し、その完成度を競います。

◇日程

・テーマ発表日  :1月17日(月)
・作品投稿期間  :1月24日(月)0:00〜2月12日(土)23:59
・投票期間  :2月13日(日)0:00〜2月24日(木)23:59


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☆参加ルール
◇基本規約(必ずお読みください)

・企画作品は必ず今回より設置される企画用掲示板の2011年冬企画スレッドへと投稿してください。

・一作品につき必ず一レス(30,000字)に収まる長さにしてください。

・投稿作品はテーマに沿ったものにしてください。テーマの説明は後述。

・今回はAテーマを一次創作可、Bテーマをポケモン必須のテーマとします。お間違いのないようお気をつけください。

・参加のための申請などは一切ありません。気まぐれでのご参加もドンと来いです。

・作品投稿の際のHN(ハンドルネーム)は自由です。複数投稿してそれぞれ別のHNを使用しても構いません。

・過度に性的、および暴力的な文章はご遠慮ください。また、それらの判断基準は運営側で判断させていただきます。

・ポケモン以外の二次創作はおやめください。

・お一人様につきの投稿数は三作までです。

・投稿の際の記事には以下の内容を必ず記入してください。
@作品タイトル(※掲示板の仕様上、必ず“題名欄”に記入してください)
Aテーマ
B本文
 なお、あとがきなどの本文終了後の文章のご記入は任意です。

・以上の内容が守られない場合、投票の凍結、最悪の場合は作品を削除することがあります。




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☆投票ルール
投票ルールの詳細は、投票ページトップにてご参照ください。

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☆テーマ
・A「もう一度」


 「また改めて」「再び」「あと一回だけ」など、他にもこの言葉の意味すものは様々あります。
 使う状況によっては、ガサツな意味にも繊細な意味にも成りうる。あなたにとっての「もう一度」とはなんですか?


・B「氷」(ポケモン必須)

 冬と言えば雪。というのが普通ですが、氷なんていかがでしょうか?
 真冬の湖面から冷凍庫の中まで、様々な場所に存在する「氷」はあなたに何を想像させるのか。


・目次 >>10
・結果 >>18
メンテ

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リフレイン【あの日に戻れたら】 ( No.1 )
日時: 2011/01/27 10:12
名前: 紅蓮

Aコース投稿 御題『もう一度』
 
 目覚まし時計の音を聞きながら、俺は布団から抜け出し時計のスイッチを切った。
 (もう、あれから3ヶ月になるんだよな……)
 毎朝起きた瞬間から感じ続けているどうしようも無い空虚な感覚。

 ――彼女が、もうこの世にいないと言う事。

 理解してはいるが納得なんて出来ていない。彼女は交通事故で帰らぬ人となった。
 加古屋未来……真っ直ぐで純粋で、何時も俺の話を笑いながら聞いてくれる相手。
「今まで隣にいるのが当たり前だったからな……」
 今年は受験が控えているのだが、そんな事を考えている余裕は今の俺には全く無い。
 とにかく、逃れたい――今の苦痛、絶望から逃れる事で頭の中は一杯だ。
 だが、未来がいた事を忘れられない俺がこの世にいる事。その事実が無くなってしまうのも嫌だった。
 結局俺は弱過ぎるのだ。諦める事も、忘れる事も出来はしない。目を瞑ればすぐに彼女の姿が思い浮かぶ。
 (未来……)
 俺は制服に着替えながら、彼女と初めて出会った時の事を思い出し始めていた。

 小学校1年の頃から未来とは仲が良かった。何をするにも一緒だった。
 成績も優秀でスポーツも女子陸上部ではトップクラスの実力を持ち、誰にでも好かれる性格。
 非の打ち所の無い彼女は男子生徒からも女子生徒からも慕われ、また頼りになる存在だ。
 そんな彼女が俺の事を好きになってくれた事、一緒にいてくれた事が嬉しかった。それなのに――

「静司、未来が……未来がトラックに撥ねられたって」

 友人がかけてきた電話の内容がとても信じられなくて、でも葬式では信じざるを得なかった。
 冷たくなった動かない彼女の顔を見て、涙をただ流し続けた事をよく覚えている。
 哀しさが溢れた時、人はあそこまで脆くなってしまうものなのだと言う事を知った。
 その後から俺はただ生きてきた。目的も無く、ただ漠然と空虚な毎日をこなすだけ。
 そこに幸せも無ければ喜びも無い。彼女との思い出だけが少しだけ俺を癒してくれる。
 しかし新しい幸せや喜びが無ければ全ては無意味だ。あの日まで自分は生きる屍だった――

 あの日、俺は何時もの様に学校の帰り道を歩いていた。夕暮れ時で自分の他には猫の子1匹姿を現さない、寂しい住宅街をただ歩く。
「ん……」
 ふと道端に落ちていた時計に目が止まった。普通の腕時計にしてはやたら文字盤が大きい、いびつな形をしている。
「なんだこれ。電卓機能もついてんのか?」
 俺は時計を拾い上げ、暫くその時計をいじくってみた。文字盤の下に1から9までのボタンが付いており、西暦から日付設定をする事も出来るらしい。
 壊れてはいない事を確認した後、俺は時間を合わせてみる事にした。
「西暦は2015年、5月の……」
 ゼロを押してから別の数字を押せば日付の入力が完了する。だがその時俺は手が滑り1日前の日付のボタンを押してしまった。
「なんだよ6日になっちまったじゃんか」
 こんな事にむきになっている自分が可笑くて、俺は笑った後溜息をつく。自分もまだ、笑う事は出来たのか。
 そう思っていた時、唐突に周囲が漆黒の闇に包まれ、それが数秒間続いた後また元に戻る。場所は同じ住宅街の中だ。
「何だ今のは!?」
 ワケが解らないまま帰宅した後、俺はテレビのニュースを見てさらに驚愕した。

『5月6日のニュースをお伝え致します』
「嘘だろ……」
 戻っている。間違いなく1日前のさっきと同じ時間に戻ったのだ。
 過去にも未来にも飛べる時計、そんな夢の様な時計が何故か俺の手に握られている。
 (助けに行ける。未来を救える!俺が交通事故さえ止めてしまえば彼女は助かるんだ!)
 その日は興奮して眠れなかった。事故が起きた時間と場所、大体の事は既に把握している。
 明日その時間の前に日付を合わせ、戻ってしまえば助ける事が出来るハズだった。
 (何でこんな凄い時計が道端に落ちてたのかは解らないがコレで解決だ、何もかも!)
 興奮のあまり眠る事も難しい。明日は学校に行かないつもりだった。どのみちそれがズル休みになる事は無い。

 自分の通っている高校から大分離れた場所にある交差点。人通りは少ないのだが交通量は非常に多かった。
 近くにある電柱には花束が置かれている。恐らく、誰かが未来の事を思って置いてくれたのだろう。
「全部無かった事にすればいい」
 この場所で日付を変更すれば3ヶ月前の2月3日に戻れるハズだった。事故は昼頃に起きたからその前の時間で待てば良い。
 (でもアイツは……どうしてあの日高校を休んでこんな所に来たんだろう?)
 明かされなかった謎だった。帰宅後に彼女の死を知ったのだがその日彼女が登校してこなかった事に不安を覚えた事を忘れはしない。
 (まぁ解るさ。全部解る。戻って未来を救って……話を聞けば良いじゃないか)
 一抹の不安を無理やり振り払いながら、俺は時を遡る事が出来る時計の日付を変更した。

 周囲が一瞬暗転し、そして元に戻る。怖気が走る程の寒さが突然俺を襲い、俺はセーターを着てこなかった事を後悔した。
「2月に戻ってきたんだ。間違い無く」
 時間は先程と同じ11時半。事故は12時近くに発生したハズだ。電柱に置かれていた花束も消えている。
 寒さに震えながら俺は電柱の影に身を潜めた。この場所に俺がいる事は本来おかしいハズなのだ。
 下手に彼女以外の人間に姿を見られて後々面倒が起こる事は避けたかった。待つのは当たり前だが本当に寒い。
 (晴れだから良かったけど、雨が降っていたら大変だったな。何も考えずに戻ってくるんじゃなかった……)
 そんな事を考えている間にその時間は近付きつつある。彼女の姿が遠くから見えてきた。俺は身を潜めてその機を窺う。
 未来は走ってきたらしく肩で息をしていた。辺りを見回し人がいないかどうか確認している様にも見える。
 交差点の信号が青から赤に変わった。この辺りの車道はスピードを出して通行している車が殆どだ。
 未来はその光景に怯えている様にも見えたが、何を思ったか突然車道に飛び出そうと走り出した。
「待てよ!」
「!?」
 咄嗟に俺は電柱の影から飛び出し、大声を出しながら車道に足を踏み出そうとした未来の腕を掴んで強引に歩道に戻した。
「静司、どうして……?高校に行ってたんじゃなかったの?」
「胸騒ぎがしてお前を探してたんだ。どうしてこんな……」
 事をするんだ、と言おうとした所で俺は言葉を止めてしまった。未来が大粒の涙を零しているのを見たからだ。
「引き止めて欲しくなかった。貴方にだけはこんな土壇場で会いたくなかったのに……」
 泣きじゃくる彼女を慰めつつ、俺は発作的に同じ行動を取らせない様に安全な場所へと誘導した。

 自分でも本当は解っていた。そうじゃないかと思いつつもそう思う事が怖かった。
 自殺――自ら飛び出して死んだ。強かった未来が、そんな道を選択してしまうなんて信じられなかったのだ。
「クラスの女友達と色々あって、周りも自分自身もすっかり嫌になって……消えてしまいたいと思ったの。
 止められたく無かったから誰もいない時間を選んだハズだったのに……」
 未来は詳しい事を俺には話してくれなかった。でも話してくれなくても良かった。全部無かった事に出来るのなら。
「未来、よく聞いてくれ。俺は……とても信じられないかもしれないが、時を遡ってお前を助けに来たんだ」
「えッ……」
 怪訝な顔をする彼女に対して、俺は大きな文字盤がついている腕時計を見せた。
「この時計で過去に戻れる。恐らくは未来にもだ。お前が経験した事はこれを使えば無かった事に出来る。
 何回だってやり直せるんだ。お前が死ぬ必要なんて無い。この時計さえあれば全部変わるんだよ!」
 彼女は涙を止め、俺から時計を受け取ると信じられないと言った表情で俺の顔を見た。
「やってみればいいさ。お前にとって嫌な出来事が起こる前まで戻って、そこからやり直せばいいんだ」
「……本当に、そんな事が出来るの?」
 震える手で彼女は文字盤の近くにある数字のボタンを押し、現在――2015年の2月3日では無くその半年程前にあたる2014年の7月1日を選択した。
「戻ってこいよ。俺は何時でもお前の味方だからな」
「有難う」
 その瞬間、彼女は俺の視界から姿を消した。

 そして、それから何年もの月日が過ぎた。俺達は大人になり結婚をして、幸せな毎日を送っている。
 過去彼女が体験した事については俺も深い詮索はしなかった。もう無かった事になっているハズの出来事だ。
 そんな事より彼女が生きていて、俺の側にいてくれるだけで俺は満足だった。
「静司、宅急便が届いたんだけど」
 未来の声を聞きながら、俺はその荷物を彼女から受け取り自分の部屋に持ち運ぶ。差出人は不明だったが宛名は俺の名前になっていた。
「なんだコレ」
 箱を開けると長ったらしい説明書と何のものか解らない沢山の部品。
 説明書には最初に、こんな事が書かれていた。

『この時計を完成させて、今貴方が持っている時計を『あの場所』に置いてきてください。未来の俺自身より』
メンテ
ミステリーサークル ( No.2 )
日時: 2011/01/29 00:48
名前: Rと名の付く勇者

Aコース投稿 御題『もう一度』


 俺の家の傍には手を付けられていない田畑がいくつかある。
 理由は良く分からないが、何十年も昔から手を付けられておらず、少し背の高い雑草が伸び放題。
 俺が物心付いたころから、その田畑をずっと監視している爺さんが居た、俺が物心付くころから爺さんなのだから今はもっと爺さんなのだろう。色こそ落ちているものの頭髪は元気で何処と無く力強い印象があった。
 どうやら俺が物心付く前からずっと田畑を監視していたらしく、近所の人によると朝早くにふらっと現れて、夜遅くにふらっと消えるらしい。特に職についている様子も無く、かといって衣類などは何時も綺麗で生活に困っている風でもなかった。
「坊主、ミステリーサークルって知ってるか?」
 昔、俺が勇気を振り絞って爺さんに話しかけた時、爺さんはチラリと俺を見て開口一番に俺にそう聞いた。
 ミステリーサークル、海外の麦畑などが円状に倒される現象で、もちろん見たことは無かったし、当時の俺はミステリーサークルなんて知らなかった。
 知らないと答えると、爺さんは俺にミステリーサークルとは何かを散々説明した後にまた田畑に目を向け、
「俺は昔この田んぼにミステリーサークルが出来るのを見た」
 と目を細めながら言った。
 まだ若かった俺は純粋に凄いと思った。今なら爺の戯言と鼻で笑うだろう。
「最も、俺が見たころはまだミステリーサークルなんて名前は無かったし、誰も信じちゃぁくれなかった。ミステリーサークルなんてハイカラな名前を知ったのはここ十年さ」
 俺は爺さんに『何故この田畑を監視しているのか』を聞いた。
「もう一度、見たいだけさ」
 途方も無い答えに、当時の俺は少し拍子抜けした。子供心ながらに大人は働かないと生活していけないことが分かっていたし、それなりの娯楽が必要であることもわかっていた。だから爺さんのその行動が理解できなかった。大体、それならビデオでもセットしておけばいいじゃないか。と爺さんに当時の俺の語彙の範囲内で伝えた。
「お前さんには分からないかもしれないが、ああいうのは生で見ないと意味が無いのさ」
 一呼吸おいて。
「俺が三十歳位のころの話だ、当時俺はそれなりに仕事が成功しててそれなりに大金を儲けていた。坊主、癌って知ってるか?」
 俺は『鳥の種類』と答えた、小学校の授業でそれについての小説を読んだばかりだった。
 爺さんはガハハと笑い。
「残念、零点だ。まぁいい、要するにもう少しで死んじまうってお医者さんに言われたんだ」
 なんとなく、怖かった。死と言う物が身近に無かった。もう少しで死ぬ、と言うことが現実に起こりうることにとてつもない不安を覚えた。
「俺はショックだった。ショックでヤケ酒……真夜中にお酒をがぶ飲みして家に帰ってたんだ。そのときだよ
 ふと見た田んぼの稲穂が次々と倒れて田んぼに模様を作ってた。俺はとても怖かったが、見とれたね。酔って幻覚を見たとか、とうとうお迎えが来たのかとか思ったりもしたが何のことは無い、翌朝見てみるとやっぱり稲穂がなぎ倒されて模様が出来ていた。田んぼの持ち主はたいそう怒っていたがな」
 持っていたペットボトルに口をつけて。
「坊主は見たこと無いから馬鹿な事だろうと思うだろうが。あれは本当に素晴らしかった、この世のごちゃごちゃした事全てがどうでも良くなるほどに俺の常識から外れていた。どうしてももう一度見たかったんだ、もう一度同じ光景が見れるまで、死ねない。と思った」
 爺さんが言ったとおり、当時の俺、いや、今の俺でも分からない。当時の俺は馬鹿なことだと思った。
 爺さんは俺のほうを向いて両手を広げ。
「それから、この辺一帯の田畑を買った。毎日通った。どうしても見たかったんだ。それに見ろ、俺は生きてる。毎日のウォーキングが良かったのかどうかは知らないがね。いまだに医者は首をひねっとるよ」
 その時は、この爺さんは凄い人なんだと思った。自分の考えられる人間像からかけ離れていたし、何となく自分より凄いと思った。単調に生きている自分の周りの大人と比べ、かっこいいとすら思った。
 だが、それ以降自分が成長するに連れてあの爺さんは馬鹿馬鹿しいと思うようになった。ミステリーサークルが二人にイギリス人の悪戯だったと知って以降は尚更だった。
 だがあの爺さんは以前とあまり変わらなかった。少し変わった事と言えば登下校している生徒たちの監視役をしている事ぐらい。もちろんミステリーサークルなんて現れていない。



 ある日の真夜中、俺は誰かが叫んでいる声で目が覚めた。
 ひどく大きな声で叫んでいる、耳を澄ますとあの爺さんが昔と変わらぬ声で「坊主、坊主」と叫んでいた。
 何故近所の人間や自分の親などが起きないのか不思議でたまらなかったがひとまず体を起こして、家から出てみる事にした。
 家の近くで、爺さんが田畑を指差し「坊主、坊主」と叫んでいた。家から出た俺を見つけると。
「坊主、坊主! 早く来い!」
 と、俺を急かす。
 俺のことを覚えていた事に驚いたがそれ以上に爺さんの慌てように驚いた。長い事あの爺さんを見ているがあんな挙動をする人間ではない。
 ついに、頭がおかしくなったのかと思った。そして俺のその疑問は爺さんが放った次の台詞でさらに深いものとなる。
「早く来い! ミステリーサークルだ!」
 それを聞いた俺は駆け足で爺さんに近寄る。
 爺さんは俺の肩を片手で揺さぶると、田畑を指差した。
 路上の薄暗い照明で薄っすらとだけ草木が見えた。
「遂に、遂に見る事ができた。凄い、やはり凄い。坊主にも見えるだろう」
 爺さんは高く笑いながらそう言う。いや、笑いと言葉が混じる事もあったので良く聞き取れないところもある。
 そして爺さんは、田畑に倒れこんだ。それまで元気だった人間が急に力なく倒れたので俺は動揺した。
「おい! 爺さん! どうしたんだよ!?」
 屈んで、爺さんの体を揺さぶる。その振動で爺さんの髪の毛がはらはらと抜け落ちる。
「救急車、救急車を呼ばないと」
 携帯を持って出なかった事を後悔しつつ、立ち上がり、もう一度田畑を見た。
 そこには何時もと何の代わりも無い田畑がただただ広がっていた。本当に何時もと変わりは無かった。爺さんが騒いでいるときも、何にも無い。ただの田畑だった。爺さんは幻覚を見たのだろうか。
 その思考をかき消すように、強烈な腐臭が鼻腔を付いた。
 その方向に顔を向けると。倒れた爺さん、ぐずぐずと音を立てながら爺さんの体がすさまじいスピードで腐敗していた。
 何にも無い風で爺さんの頭から毛が舞う。俺以外の誰が見たってこれは異常だ。
 どう考えても爺さんは死んでいる。救急車は呼ばないほうがいい、仮に呼んだとしてもこの状況をどうやって説明するのか。
 爺さんが骨だけになるまで、それほど時間はかからなかった。否、いまや骨までも土に返らんとしている。
 もしかすると、爺さんの体はとっくの昔に限界だったのではないだろうか、だが爺さんの『もう一度』と言う強い気持ちがそれを許さず、結果、幻覚を見せる事で……
 いや、それとも、俺が今見ているこれが幻覚なのでは、そもそも爺さんなど存在するのか。
 それだけ考えて、爺さんが居た場所を見た。もはや骨すらも残っておらず、着ていた衣服もどこかへ……
 あまりの事に何もなくなった俺の頭の中で、爺さんに対する最後の疑問がよぎった。
 爺さんは、幸せだったのだろうか。
メンテ
不思議なあの子は素敵なこの子 ( No.3 )
日時: 2011/01/31 22:07
名前: 乃響24

 Aコース お題「もう一度」


 マサゴタウンのナナカマド研究所。ここがそう言う名前だと知ったのは、ずいぶん大人になってからのことだ。小さい頃のぼくにとっては、生まれて育ったところ、というだけだった。
 いろんなポケモンたちがいるけど、みんなぼくと同じくらいの年頃。
 お母さんやお父さんはいなかった。代わりに人間の研究員さんたちが、僕たちのことをずっと見てくれている。それから、お守りをしてくれるフローゼルおばちゃん。
「もう少ししたら君たちも大きくなって、トレーナーさんと一緒に冒険するんだ。こことはお別れだけど、きっと大丈夫。早く大きくなってね」
 人の言葉はずっと聞いているから何となく分かる。ある日、研究員のお姉さんは僕にそう言い聞かせてくれた。
 研究所の中のモンスターボールがぼくの部屋、ってことになる。朝になったら起きて、みんな外で遊ぶ。研究所を出れば公園みたいな広場があって、小さなポケモンたちが遊べるようになっている。砂場にジャングルジム、でっかい機関車、滑り台、なんだか登ってみたくなるオブジェ。
 一日中、ここの公園で遊んで、日が暮れたらごはんを食べて研究所のボールの中に帰る、そんな毎日を繰り返していた。
 ぼくもいつかは、ここを離れて、旅に出る。森までかな。山までかな。それとももっと、遠くかな。
 遠くに見える山を眺めて、たまに思いを馳せていた。

「なぁなぁ、これどこまででっかくなるかな」
 ヒコザルくんが嬉しそうに息を荒げて、砂場の山をぼくに見せた。木の枠で囲まれて、少しへこんだ砂場。その真ん中に、ちょっと分かるくらいの小さな山が作られた。乾いた周りの土と違って、掘り起こした黒い土だ。
「ポッチャマもでっかくするの、手伝ってよ」
 ヒコザルくんは指のある手で土の山を指して、ぼくに言う。
「いいよ」
 そう言って、ぼくはぺたぺたとヒコザルくんの後を追う。ヒコザルくんにはかなわない。ぼくはあんなに早く走れないから。
「じゃあ、おれはこっちの土を持ってくるから、ポッチャマはそっちな」
「うん、分かった」
 僕は頷いて、足元の土をかき集める。ぼくの手に指はないから、何かをすくったりするのはちょっとむずかしい。とりあえず、土を掘ってみる。後でどうすればいいかなんて、思いつかないけど。
「ふう」
 一息ついて、ふと顔を上げたら、知らない子が立っていた。水色の体に、大きな耳と、黄色い目。四本足なのは、友達のナエトルくんとちょっと似ているかもしれない。砂場のすみっこのほうで、こっちを見たり、目を逸らしてみたりしている。どうしたんだろう。
「おい、ちゃんと掘れよ」
「あ……う、うん」
 ヒコザルくんがきいきいと大声を上げる。ぼくは思わず気の抜けた返事をして、また掘り始めた。やっぱり、ヒコザルくんにはかなわない。怒ったら、うるさいんだもの。
 しばらく掘ったところで顔をあげると、まだあの子はそこに立っていた。そろそろと砂場に降りて、申し訳なさそうに脇でひとり、前足で砂に絵を描いて遊び始めた。
 ぼくの両手はいつのまにか止まっていた。気がついたらあの子のことをぼうっと見つめていた。
 フローゼルおばちゃんが優しい声で言い聞かせてくれたことがある。どんなときでも、みんなで仲良くやるんだよ。
 いま、それを思い出した。

「ねぇ」
 僕は声を上げてあげてみる。恥ずかしくって、声が上ずったかもしれないけど、しっかり息を吸い込んだ。
 あの子はこっちを向いてくれた。
「一緒に遊ぼうよ」
 心臓がどきどき言ってる。断られたらどうしよう、と思って、体が固まった。あの子の目を見て、動けなくなってしまった。
 でも、あの子の顔は、ぱぁっと明るくなって、
「うん」
 って返事をしてくれた。
 明るくて優しそうな声。こんな声なんだ。ぼくの胸の中まで明るくなっていった気がした。
「今ね、砂でおやま作ってるんだ。一緒に大きくするの、手伝ってよ」
「分かった。土掘るのは任せて」
 金色の目をぱっちり開いて、自信満々にあの子は言った。前足で土をかいて、山にかぶせていく。あっと言う間に、あの子の足元の土は随分深くまで掘られてしまった。
 あの子の体は全身水色だと思っていたけど、水色なのはお腹の辺りまでで、それより下は黒に近い灰色をしていた。ちょっと驚いて見とれていると、顔に土がべしんと当たって、ヒコザルくんが笑いだしそうになっていた。ぼくはちょっと不機嫌な顔をした。でも、土がシャワーのように掘り出されていく様子が面白くて、すぐにまたそっちに目を奪われた。
「すごい」
 一度に同じ方向から土をかぶせたから、少し縦長になっちゃったけど、それでも山は目に見えるほど大きくなった。
 前足を半分くらい真っ黒にしたあの子は、ふう、と一つため息をついて、しっぽをふっと揺らした。
「こんなもんかな」
 ぼくはくちばしをぽかんと開けて、その場に突っ立っていた。水色のあの子の姿が、どういうわけかきらきら輝いて見えた。
「すごいすごい! もっとやってよ」
 僕は自然と声を上げて、あの子に顔を近づけていた。
「いいよ、今度は……こっちからやろっかな」
 ちょっと場所を移動して、後ろを向いて前足で掘って行く。黒い土が宙を飛んで、ぼた雪のように砂山に積もっていく。
「わぁ」
 ぼく思わず声を漏らした。
 砂場のそばで、ボール遊びをしている子たちが騒いでいる。ちょっと近くの方で、おーい、俺も混ぜてくれよ、と言う声が聞こえた。ふと横を見ると、ヒコザルくんがいつのまにか、いなくなっていた。
 でも、水色のこの子と一緒にいたくて、気づいていないふりをした。

「あぁ、疲れた」
 四回ぐらい穴を掘ったところで、あの子も息が上がっちゃって、腰を下ろすしかないみたいだった。
「すごいよ、きみ! それ、どうやってるの?」
 ぼくは聞いた。水色の子はなんだか不思議そうな、でもちょっと誇らしげな顔をして、ぼくの方を見つめた。
「カンタンだよ。ほら、こうやってさ」
 山に背中を向けて頭を下げると、足元から土が飛び出してくる。ぼくも真似をして、後ろを向いて、頭を下げて両手の羽で土をすくって後ろで投げてみた。ぽいと軽い力で土は飛んでいくけど、あんなに早くはできない。
「ちがうよ、こうだよ」
 あの子がちょっと不機嫌な声で手本を見せてくれる。ぼくも力を入れて両手の羽を強く動かしてみるけど、やっぱり上手くいかない。
「だから、もうちょっと足を……」
「わぁ」
 あの子が喋ってる途中で、僕は大声を上げてしまった。あの子の後ろに、とても大きな、黒い毛に覆われたポケモンが立っていたから。
「コリンク」
「あ、ママ」
「もう、勝手にどっか行って。探したんだから」
 こんなにでっかいのが、この子のお母さん。それに、この子の名前、コリンクって言うんだ。
 僕はそんなことを考えて、お母さんのことを見つめるコリンクを見ていた。
「こんなに前足汚しちゃって、もう! ウチでキレイにしないと。帰るよ」
 コリンクのお母さんはコリンクの首根っこをくわえて連れて行こうとした。だけど、
「やだもん」
 とコリンクは首をぶるぶる振った。コリンクのお母さんは肩を落として、ため息をついた。
「そんなこと言っても、もう夕方だし、真っ暗になっちゃうよ」
 うー、と唸って、コリンクは下を向く。
「また明日もあるんだから、今日は帰る」
 コリンクのお母さんはそこまで言うと、コリンクも諦めたらしくて、しょげた顔で僕の方を見た。
「……バイバイ」
「バイバイ」
 半分反射的に、ぼくも同じ言葉を繰り返した。
「バイバイ、ちゃんと言えたね」
 コリンクのお母さんは、少し笑って、コリンクの首根っこをくわえて持ち上げようとする。
「ちょっと待って」
 コリンクはぼくの方に近寄って、前足を出した。
「ママが言ってた。ニンゲンの子供は、お別れする時ゆびきりげんまんって言うのをするんだよ」
「へぇ、どうやるの?」
 初めて聞いた。ぼくは興味しんしんで、コリンクに聞く。
「キミの指とわたしの指を合わせて」
 そこまで喋って、コリンクは言葉を止めた。ぼくの手に指はない。
「じゃあ、これでいいや」
 コリンクは笑って、手のひらと羽の先っぽを合わせる。ゆびきりと言うより、握手みたいになった。
「明日もきっと、会えますように。ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます! ゆびきった」
 コリンクは高らかに歌い上げて、僕の羽から前足を離す。コリンクのお母さんに帰ろう、と言って寄り添った。
「じゃあ、バイバイ」
 振り返って、またどこかへと歩いていく。たぶん、コリンクのおうちに帰るんだろう。ぼくは追いかけようとして、一歩だけ前に踏み出した。それから、すぐに諦めた。
「バイバイ」
 ぼくはもう一度呟いた。
 その時、胸の奥がじんわり熱くなってきた。どうしよう、とめられない。
 我慢したけど、涙が溜まって、ぽろん、ぽろん、と落ちていった。
「バイバイ」
 明日もきっと、会いたいな。

 夜ボールに入って眠る前、研究所に敷いてある毛布の上で、フローゼルおばちゃんに今日のことを話した。
「コリンクがうちに来てね、一緒にお山作ったんだ。すごいんだよ、穴掘るのすっごい早いんだよ」
 話してるうちに、ちょっと盛り上がってきてしまって、気付かないうちに手足をぶんぶん振り回していた。
「うんうん、そうかい」
 ゆったりした口調で、フローゼルおばちゃんは相槌を打って、頷いた。
「新しい友達が増えたんだねぇ」
 ぼくはなんだか誇らしい気持ちになった。
「でもね」
 フローゼルおばちゃんは小さな指を立てた。
「どんな時でも、みんなで仲良くやってほしいと、あたしは思うんだよ。ポッチャマ、その子と遊んでるとき、最初に遊んでたヒコザルはどうしてたのかな?」
 あ、と声を出しそうになった。ぼくは思い出して、しまった、と思い直した。
「……全然、なんにも」
「おかまいなし、だったんだろう」
 ぼくは頷いた。途中からヒコザルくんのことを完全に無視して、コリンクにばっかり夢中だった。ヒコザルくんに、なんてことをしてしまったんだろう、と自分を責めたい気持ちでいっぱいになった。フローゼルおばちゃんの手が、僕の頭を撫でた。あったかい手だな、と思った。とん、と軽く叩くと、またフローゼルおばちゃんは喋りだす。
「……明日、ヒコザルに会ったらちゃんと謝るんだよ。昨日はごめん、って。いいね」
「うん」
「さ、今日はもう遅いから、寝るんだ。おやすみ」
 背中をぽんと叩かれて、僕は自分のボールに戻った。
「おやすみ」

 朝になって、ヒコザルくんはぼくを見るなり、わざとらしく顔を背けた。やっぱり、昨日のこと、嫌だったんだろうな。
「ヒコザルくん」
 ヒコザルくんどこかへ行こうとする。たぶんぼくから遠ざかろうとしている。ぼくは構わずに続けた。
「昨日は、……ごめんね」
 悪いのは分かってるけど、何が悪いのかをはっきりと言葉に出来なくて、思ったより上手には言えなかった。
 ヒコザルくんはちょっとだけこっちを見て、視線を下に落としている。
「謝ってるんだから、許してあげなよ。男の子だろ?」
 黙っていると、横からフローゼルおばちゃんがヒコザルくんに言葉を投げかける。
 ぼくらはその場に止まって、ヒコザルくんの言葉を待つ。
「分かったよ。いいよ」
 暫くしてから、ちょっとぶっきらぼうに、ヒコザルくんはそう言ってくれた。
「もし今日、あのコリンクが来たとしても、仲良くできるかい?」
 フローゼルおばちゃんの言葉に、ちょっとうつむき加減になって、ヒコザル君は小さく頷いた。
 ほっ、と僕は一息ついて、公園の庭につながるテラス窓の方を見た。差し込む朝日があまりに眩し過ぎて、右の羽根で目を隠す。羽根で影を作って、外を見ると、一匹のポケモンの姿があった。
「おはよう!」
 光が強すぎるせいか、そう言ったあの子の姿は、とてもきらきらして見えた。

 新しく加わった友達は、すぐにみんなの輪の中心になった。とても明るくて、やんちゃだった。フローゼルおばちゃんや研究員の人を困らせるイタズラを思いついたりもする。ぼくもヒコザルくんも、だいたいはコリンクの味方になって、一緒にあれこれ企んだ。誰がやったのかなんてすぐばれちゃうけど、みんな懲りずにまた手を出す。だって、あのドキドキはやみつきになるから。
 コリンクは足も速くて、かけっこさせたらヒコザルくんよりも早い。かけっこでは一等賞だった。 あれから砂山づくりはずっと続けていて、ぼくらの仲のシンボルとしてずっと残しておいた。ぼくらの体なんてすっぽり入ってしまうくらい大きくなった。砂場中の砂という砂は、ひとところに集められて、もうこれ以上大きくならないんじゃないかと思った。
 ずっと一緒にいられたらいいな、と思うけど、夕方になったらコリンクのママが迎えに来て、ぼくらはぎこちなくゆびきりげんまんしてお別れをする。雨の日は来てくれなくて、次の日が待ち遠しかった。昔は好きだった雨も、あまり好きになれなくなってしまった。明日もきっと会えるかな、ってフローゼルおばちゃんに聞いたら、きっと会える、って言われて、ぼくは毎日眠りにつく。

 そんな楽しい日々が終わってしまうなんて、考えたことがなかった。
 終わりは突然やってきた。
 ある日、砂場の山のてっぺんがぱっくり割れて、半分以上崩れて無くなっていたのだ。
「え、なんで」
 朝一番、コリンクが呟いた。
 ショックで何も言えない。とっても大事にしてたのに。悲しさと、残念さが混じったようなものが、胸の奥からこみ上げて来て、それを押さえつけるのに精いっぱいだった。
「どうせ誰かがぶつかって、壊したんじゃないの」
 ヒコザルくんはぶっきらぼうに、軽く呟いて、顔を横に向けていた。まるでどうでもいいみたいに。
 振り返ったコリンクの形相は、凄まじかった。歯を食いしばって、きっとヒコザルくんをにらむ。
「何だよ」
 ヒコザルくんがその目線に気付いた時にはもう遅かった。
 コリンクが体当たりして、ヒコザルくんを押し倒す。
「何するんだ……っ」
 乱暴に、コリンクはヒコザルくんに乗っかって、ひっかこうとしたり、噛みつこうとしたりした。ヒコザル君は両手両足をばたばたさせて、何とかさせないようにしている。
「あんたが壊したのね! ばか! ばか!」
 ヒステリックな声を上げて、コリンクは攻撃する。
「壊してない!」
 ヒコザルくんのパンチが、コリンクに入る。後ろにのけぞった瞬間、ヒコザル君は体勢を立て直し、今度は思いっきりコリンクを殴りつけた。
「俺じゃないもん!」
 裏返る程の大声で、ヒコザル君は叫んだ。
 しばらく取っ組みあっている二匹を、ぼくは何もできずにただ見ていた。
「やめて……ふたりとも、やめてよ」
 声に出してみたけど、届くほどの力はない。泣きたいのか、怒りたいのか分からなくなって、ぼくは、とぼとぼと研究所のボールの中に戻った。
 それから、ヒコザルくんとコリンクのけんかがどうなったかは、ちゃんと見ていないから分からない。どうにでもなればいい、そんなやけっぱちな気持ちで、目をつぶった。

 うとうととし始めたその時、誰かがぼくをボールから出した。ボールの外に出ると、知らない男の子が、ぼくのことを見下ろして、笑っている。
「……それで、これがポッチャマだよ」
 研究員のおねえさんが、ぼくを指して紹介する。
 あぁ、そうか。この街から旅立つトレーナーは、ヒコザル、ナエトル、ポッチャマの三匹から一匹選んで最初のパートナーにする。ぼくは今、この男の子に選ばれてるんだな。
「どの子にする?」
 研究員さんが男の子に尋ねる。
「おれ、どれにするか決めてたんです。この子……ポッチャマにします」
 元気に、はっきりとした声で答えた。
「おめでとう、これで君も立派なポケモントレーナーね」
 はい、と研究員の方を向いて大きくうなずく。男の子はぼくを抱き上げ、目をまじまじと見た。ぼくも彼の目をじっと見た。これから、おれがいろんなところに連れてってやるよ。そう言われているような気がした。
「おれ、カズキ。これから一緒に頑張ろうぜ。よろしく」
 カズキはボールのスイッチをぼくに当て、中に戻した。いつも寝床として使っているボール。
「名前はどうする?」
 カズキはうーんと腕を組んで、少し前かがみになる。
「そうですね……あとで考えます。次の街に着くぐらいまでには決めようかな」
「そう」
 研究員さんはにこりと笑った。
「じゃあ、行ってきます」
「頑張ってね」
 一連のやりとりを見ていたけど、これから旅に出る実感なんて全くなかった。ボールの中は今までと全く変わらなかったからかもしれない。
 目の前に見えるあの山を越えて、街を抜けて、このシンオウ地方を駆け巡る。一体何があるのだろう、と期待に胸を膨らませる暇もなく、ぼくはこの子と一緒に街を出る事になってしまった。
 ゆびきりするの、すっかり忘れてたなぁ。
 寝起きのぼうっとした頭で、そんなことを考えていた。

 旅を始めてから、色んなものに出会った。
 コトブキシティみたいな目が回るくらいの大都会があるかと思えば、ソノオタウンみたいに一面に花が咲き乱れる町もあった。
 旅の途中で、仲間が増えた。みんなそれぞれ違う性格で、たまにけんかもしたりするけど、上手く取り持つのが僕の役目となった。正直僕自身バトルが得意っていうわけじゃないけど、でもメンバーからしたら「いてくれないと困る」存在らしい。よく分からないけど、みんなと一緒にいられるのは嬉しいし、いてもいいんだと自信が持てる。二度の進化を経験したけど、大きくなったのが図体だけじゃなければいいな、と思っている。
 エイチ湖のリゾートを抜けて、初めての海。カズキと一緒に歩いて、他のメンバーと一緒に水遊びしたときは楽しかった。砂山を作ろうという話になったとき、ふと、研究所の広場を思い出したりした。旅立つ前の記憶は、半分ぐらいはもう薄れている。赤ん坊の頃のことをちゃんと覚えていられないのは、脳細胞の生まれ変わるスピードがとても速いからだ。だから小さいころのことは、大事なことだけ残って後はどんどん忘れていってしまう。ミオシティの図書館で得た知識を、カズキは得意げに話していた。
 キッサキシティに向かうのは、骨が折れた。大雪になって、道中のポケモンセンターから一歩も外に出られない日が3日も続いた。出たら出たで、雪道に足を取られて中々先に進めない。そんな中、ぼくの体をそり代わりにして滑るなんてアイデアは、誰も思いつかなかっただろうな。
 旅の途中で、やがて気付いた。旅に出ると言う事は、今までの友だちとお別れをすることだ、ということに。もう、ヒコザルくんにも、コリンクにも、会うことはないのだ。時々そのことを考えて、どうしようもない暗い気持ちにとらわれた。


 そんな長い旅も、いよいよ終わりに近づいている。
 シンオウ地方の各地を巡り、ジムバッジを全て集めて、最後にトレーナーが集う場所。ポケモンリーグだ。

 午前中に一回戦を勝ち抜き、今日はもう予定はない。そんなトレーナーとポケモンのために、芝生のスペースが設けられている。
 そこを見ていたら、何となく研究所のことを思い出して、カズキに連れて行ってもらった。カズキは試合に気疲れしてしまったらしく、ベンチでぐっすり眠っている。
 そういえば、研究所の広場もこんな感じだったなぁ。辺りを見回して、そんなことを思う。遊具は無いけれど、色んなポケモンとトレーナーがいて、それぞれ別のことをしている。
 ふと右を見ると、一匹のレントラーが僕のそばに近寄ってきたことに気付いた。
「こんにちは。あなたも一回戦勝ったの?」
 首を傾げて尋ねてくる。声を聞くと、どうやらメスらしい。
「うん。とは言っても、僕はバトルしてないんだけどね」
 あはは、と笑ってみせる。彼女は首を軽く振って、にこりと微笑んだ。素敵な笑顔だと思った。
「バトルは一対一に見えても、一匹一匹がそれぞれ頑張らなきゃ勝てないものだからね。ここにまだいられるってことは、キミもきっと強いんだと思う」
「そうかな。……そうだといいな。ありがとう」
 僕は少し恥ずかしくて、はにかんだ。
「ところで、君はなんていうの……?」
 僕はレントラーに尋ねる。名前を聞きたかったのだが、ストレートに聞くのも乱暴な感じがしてはばかられる。濁しながらの言葉だったが、彼女は意味を汲み取ってくれたようだ。
「私? がおーねって言うの。マスターが付けてくれたんだ。キミは?」
 うっ、と言葉に詰まる。昔は良かったが、今は少し名乗りにくい。
「……ポコピー」
「ぷっ」
 ちょっと小声で言ったつもりだったけど、レントラーの大きな耳にはしっかり聞こえていたらしい。がおーねは噴き出して、顔を背けた。
「ご、ごめん」
「いやあ、いつものことだから」
 目をつぶって、肩を落とす。ポッチャマだった頃はいいけど、エンペルトのごつい体にこの名前は大したミスマッチだ。
「進化したての頃、うちのトレーナーに謝られたことがあったよ。『お前がこんなでっかくなるって知ってたら、もうちょっと別の名前考えてたのに』って。
 でも、今となってはポコピーでもいいと思ってる。だって、それで僕にあったポケモン達が笑って、僕に心を許してくれるんだもの。君も笑ってくれた」
 剣のようなつばさを広げて、おどけて話してみる。
「体まで張っちゃうとは、こりゃ一本取られました」
 がおーねは満面の笑みを浮かべた。笑ってしまえば、いがみ合った相手とも仲良くなれるきっかけになる。
「ポコピーって優しいんだね。小さい頃を思い出すよ」
「小さい頃?」
「うん、私が今のご主人にボールでゲットされる前の話ね。よくママのところを抜け出して、遊びに行く公園があったの。場所は……マサゴタウンだったかな。あの辺り。ヒコザルとか、ポッチャマとかと一緒に遊んでいたの。すごく仲が良かったんだけど、ヒコザルとけんかしちゃって、一緒にいたポッチャマは次の日からいなくなってた。そのあとすぐに、ヒコザルもいなくなってさ。そのまま結局けんか別れ。もう会えないって分かってたら、あんなことしなかったのになぁ」
 ため息をつくように、がおーねは言った。
 僕ははたと気がついた。もしかして、この子は。
「だから私、ポッチャマとかヒコザルとか、その進化系を見かけたら、話しかけてみることにしてるの。もしかしたら、あの時お別れしちゃった子たちと出会えるかもしれないから」
 なるほど、それで僕に話しかけてきたわけだ。
「それで、その子に会ったらどうするの?」
 僕は聞いた。
「そうだねぇ。まず、謝りたいと思う。ずっと楽しくやってたのに、勝手にかっとなって、全部台無しにしちゃったのは私だから」
 僕もがおーねも顔を広場の方に向けて、しばらく、沈黙していた。僕の目線はだんだん下に下がっていく。
 心臓の鳴りを抑えるのに必死だった。間違いない。がおーねはあの時のコリンクだ。まさか、こんなところで出会えるなんて。
 この子は気付いていないんだ。僕が言わなきゃ、この再会はきっと、なかったことになってしまう。
 少し遠くの方で、がおーねの名前を呼ぶ声が聞こえる。がおーねはそっちの方を向いて、立ち上がる。
「あ、そろそろ私行かなきゃ。ポコピー、話を聞いてくれてありがとう」
「う、うん」
 僕は小さな声でそうつぶやく。だめだ。と心の中で声がする。言うなら彼女が行ってしまう前、今しかない。
「あの……さ」
 がおーねは振り返った。なに、と優しい声。僕は顔をきっと上げて、がおーねの目を見据える。
「そのポッチャマ、僕なんだよ」
 僕は言った。
 がおーねは金色の目を見開き、その口は半開きになっていた。
 一言告白したら、胸の奥の方からするすると言葉が続けて出てきた。
「あの時ヒコザルくんとコリンクのケンカを止められなかったこと、ずっと後悔してた。どうしようもなくて、嫌な気持ちをずっと抱えてた。あの時、止められなくて、ごめん」
 本音だった。あんな別れ方なんて、僕の方こそしたくなかった。でも、時間はかかってしまったけど、もう一度会えたから、言いたいと思った。
 がおーねは真顔になって、僕の方に近づく。何をするかと思ったら、頭を僕のお腹に押し付けた。長く伸びた黒いたてがみはふさふさで、くすぐったくて温かい。
「ポコピーが謝ることないじゃない」
 下を向いているから顔は見えなかったけど、声が震えているのが分かった。
 僕はがおーねを傷つけないように、そっと両方の羽根でがおーねを包み込んだ。不器用な僕には、上手く包みこめてなんかないだろうけど、こうするしかないような気がした。すると、小さくむせび泣く声が聞こえた。

 がおーねのトレーナーが焦って迎えにくることはなかったから、まだ時間はあるらしい。しばらくして、がおーねは顔を上げた。
「あの砂山、夜の冷え込みで砂が乾燥して割れちゃったんだって。ヒコザルのせいなんかじゃなかった」
「ヒコザルにはまだ会えてないの?」
「うん。会ったらあの子にこそ謝りたいと思ってる」
「そっか」
 今頃、きっと立派なゴウカザルになっていることだろう。強気なヤツだから、トレーナーは苦労しているかもしれない。あいつにも、いつかまたもう一度会える日が来るといいな。
「それじゃあ、今度こそ、行くね。……その前に」
 がおーねは右の前足を出す。
「ゆびきりの代わり。また会えますようにって」
 ああ、昔も指きりしてたっけ。すっかり忘れていたけど、思い出した。
 人間みたいな指は無いけれど、僕らはかたい羽と大きな前足を通して約束できる。あの時と同じように、僕らはゆびきりをする。
「ポケモンリーグが終わったら、僕らはマサゴタウンに帰るつもり。全部終わったら、また会おう」
 今までにないぐらい、明るい気持ちがこみ上げて、大きな笑顔ができた。がおーねも同じ顔をして、大きく頷いた。
「私のご主人もマサゴタウン出身だからさ、帰ったら会いに行くよ。きっと」
 またね。
 僕は大きな羽根で、不器用に手を振った。







☆10528字でした。まさか1万越えするとは思わなかった。
 今回参考にしたものです。聞いてたら懐かしくて切ない気持ちになります。
 http://www.youtube.com/watch?v=LJqTDbWDfQc
メンテ
七賢者、ヴィオ ( No.4 )
日時: 2011/02/05 22:02
名前: 春野郎

Bコース お題「氷」




 私が始めてホドモエの冷凍コンテナに入ったのは、まだプラズマ団が存在していた頃。
 王であるN様の『友達』を守るため、私と八名の団員は冷凍コンテナの中で震えていた。N様の友達は氷タイプのポケモン、バニプッチ。気温の低い場所を好むそのポケモンのためだけに私達は冷凍コンテナに身を隠していたのだ。
 もちろん王であるN様がそうしろと指示した訳ではない。だが、冷凍コンテナ内に身を隠す事を王であるN様が止めた訳でもない。
 氷の部屋は年老いた私の身には辛く厳しいものだった。皮膚は切れ、歯が鳴り、目が霞む。それに、ボールの中に入っている私のポケモンにも良い環境ではない。私は死を覚悟しながらも王であるN様の『友達』を守った。
 寒さに震えながら私は考えた。今現在、王であるN様の友達であるこのバニプッチは幸せかもしれない。だが、私達はどうなのかと。私と八名の団員、そしてそれぞれが保持しているポケモンは幸せではない。この差はなんなのだ。王であるN様は自らの『友達』を非常に思っていらっしゃる、それは十分に分かっている。だが我々は? 王であるN様にとって私達はなんなのだ?
 それまで考えて、私は自らを戒めた。王であるN様を疑うなんてなんと愚かな事なのだろう。王であるN様は私などより遥か遠くにいらっしゃる方だ、あの方に間違いなど無い。寒さで思考力が落ちている。
「お前達、もっと私を包め、寒くて敵わんぞ」
 私は、自らの中に渦巻いている感情を団員にぶつける事で何とかしようとした。事実、寒かったというのもある。
 だが、そんな事をせずとも良かった。その直後の巻き起こった出来事のおかげで私はそのような事を考える暇など無くなったのだ。
「やれやれ、本当に隠れていたとは。寒いならメンドーだけど外まで案内するよ?」
 それが私達に向けられている言葉だというのはすぐに分かった。声がしたほうを見るとまだ幼い、めがねを掛けた少年と髪をまとめた少女。
 彼らが私達の敵であることはすでにプラズマ団員から聞いていた。
 腰のボールの触れる、王であるN様の友達はまだ其処にいた。
「今預かっているのは王の友達であるポケモン。こんなところで傷つける訳には行かぬ。お前達、こやつらを蹴散らせ」



 そして、今再び私は冷凍コンテナの最後部に居る。
 周りは氷だらけで寒さが私の体を刺すように攻める、寒さに呻いた事で口から漏れた白い息すら凍て付く様に感じる。
 王であるN様が『あの戦い』に敗北し、ゲーチス様が消えてしまわれた事で、私ヴィオを含む七賢者はイッシュの方々へ身を隠した。皆が私と同じことを考えているのならば、それは追われることを嫌ったからではない。誰にも邪魔されず、一人で考えたかったのだ。王であるN様の事、自分たち七賢者の事、理想の世界の事、この世の全ての事。全てがリセットされた今、一人で。
 身を隠すのならばもっと適した場所があったのかもしれない。だが、私はあえてそれを嫌った。
 この寒さ。この老体を亡き者にすることも可能かも知れぬこの寒さこそが、今の私の求めるものなのだと思った。
 空気を吸う、息を吐く、心臓が鼓動を刻む。それらは何でも無い事、それは一つの生命としてただ存在しているだけの事。それでは駄目、それでは生きていると言う感覚が無い、抜け殻なのだ、何かが入っていた空っぽの器。置物、何も考えない置物。空中にふわふわと浮いた存在、何にも触れられる事がないと言う事は、何にも触れる事が出来ないと言う事と同意義。
 楽しかろうと、苦しかろうと、生きていると言う実感は重要なのだ。否、生きているという実感が無ければ楽しみも苦しみも生まれぬ。何も無い、空中に浮いた抜け殻が何を感じる事が出来ようか。
 ゲーチス様は、間違いなく私に生きているという実感をくださった、その結果何をしたかったのか。そんな事はどうでも良い。少なくとも私が王であるN様に従い、お守りしていた頃には間違いなく私は生きていた。私にとって重要なのはそれだけだったのかも知れぬ。
 コンテナの壁は一面が凍りついていた、私は両の手のひらをそれに付ける。
 瞬く間に手のひらの感覚が無くなる、まるで手のひらだけすっぱりと無くなってしまったかのようだ。
 そして、余りの寒さにこれまで以上に体が震える。私は手を離した。
 そう、この震えこそ、この苦しみこそ、私が求めていた生きているという感覚。
 何故あの時、王であるN様を疑ったのか。それはあの寒さ、苦しみによってヴィオという人間がより強く自らの意識に現れたからに違いない。
 そして、王であり、私の生きているという実感そのものであったN様を失った事により、私はこの場所を求めた、この凍て付く氷の世界を求めた。生きているという実感が欲しいためだけに。
 自然と口端が釣り上がる、目頭が熱くなり、涙がこぼれる。だが、それすらも頬を伝う前に凍りついた。
 私は自らの境遇に気づいたのだ。なんと悲しく、愚かなのだろう。私はもはや通常の生活では生きているという実感を得られぬ、ただの抜け殻。
 腰に手を当て、つい最近まではモンスターボールがあった場所を弄る。ここに身を隠す前に私のポケモンは全て逃がした、彼らは全てこの氷の環境に適したポケモンたちではなかったのだ。
 彼らがいればまだ違っていたのだろうか。彼らと共にいればまだ私は生きていただろうか。王であるN様は「ポケモンを完全にしたい」とおっしゃった、未だにそれは高貴な考えだと思う。だが、それは本当にポケモンを開放する事でしか成し得ないのか。現にポケモンを手放した私は苦痛でしか生きている実感を得られない。現状の人とポケモンの関係ではポケモンは完全な存在になれないのだろうか。手放してしまった今、それすらも分からない。
 入り口のほうから、聴きなれない音がした。
 見ると、あの時の少女が其処にいた。何故ここに来たのだろう。妙な少女だ。
 少女は私の存在に驚いた風だったが、すぐに腰のボールに手を当ていつでもポケモンを繰り出せるようにしながら私に向かって歩を進める。
 無駄な心配だ、私はポケモンを持っていないし、そもそも彼女が私の敵であったのは王であるN様とゲーチス様の敵であったからだ。抜け殻の私にとって彼女の事などどうでも良い。
 それよりも、人と向き合うのは久しぶりだ。長らく動かしていなかった唇を動かすと微かに強く白い息が舞った。
 近づいてきる彼女を手で制し、私は言った。
「また ここに来たのか? 物好きなトレーナーよ。その好奇心に応じて少し語ってやるとするか」
メンテ
永遠少女 ( No.5 )
日時: 2011/02/12 11:56
名前: breakthrough

 Aコース「もう一度」

 嘘でしょどういうことよ何が起きてるの。いや、何が起きてるかは分かってる。吹っ飛んでいるんだ。それなりに体重があるはずのサイドンが、あの男のナゲキに空き缶を投げるかのように投げ飛ばされた。いや、投げ飛ばされただけでまだ終わっちゃいない。「なんとか着地してっ、サイドン!」甲高い声に応えるかのようにサイドンは重々しい音を立てながらきちんと足から地面に降り立ち、気合いで堪えた。その衝撃で突風が起き、私のやや長めの髪が煽られる。今は身だしなみなんてどうでもいい。そんなことよりもサイドンの対応能力は素晴らしい、perfect! しかしこれで勝負に勝ったわけじゃない。相手が驚いているスキを狙うんだ。「地均し!」サイドンが地面を踏みつけると激しい衝撃波が周囲を、ナゲキを襲う。ダメージを受けて動きが鈍ったところを追撃、attackだ。「メガホーン!」自慢の大きな一本角を突きだし走り始めたサイドン。なのに、なのに、ナゲキはそれを待ってましたと言わんばかりにあえて角の一撃を受け止め、サイドンをがっちり掴み、当て身投げを放つ。disgusting! サイドンの防御力でもこれはもうダメだ。再び宙に浮かされたサイドンは、もう完全に身動き出来ず、派手な音を立てて地面に落っこちるとそのまま動けなくなった。「これで決まりだ。もういいだろ」男はナゲキをモンスターボールに戻すとこちらをチラと見て踵を返し、何も言わずにさっさと立ち去ってしまった。……。男の姿が見えなくなると、身体中の力が抜けに抜けてぺたんと座り込んでしまう。どうして。どうして、どうしてあの男に勝てない。視界が急に霞み、鼻水が止まらない。起き上がったサイドンが心配そうに見つめるなか、一人ただ咽び泣いた。

 ポケモンセンターの待ち合い室、サイドンの回復を待つ。もう涙の跡は残していない。やはりまたしてもあの男に勝てなかったか、と落ち着いた頭で先ほどのバトルを反芻する。あの男とは十八年程前に同じ故郷で出会い、育ち、同じスクールで学んだ。そしてスクールの頃から何度も何度もさっきのようにポケモンバトルを挑み続けた。しかし勝てたことはたった一度もなかった。悔しい。悔し過ぎる。恐らく私はあの男にはきっとひたすらじゃれついてくる仔犬くらいにしか思われてないだろう、一度も名前を呼ばれたことすらないのだから。「勝負よ!」と声高に叫んでもあっさりいなされ、そんな様子を周りに見られ笑われ貶されで、安い自尊心は傷つきヒビ入り粉砕されてしまった。なのにそれでもあの男にもう一度もう一度と挑み続けようとするのは、トバリのゲームコーナーで失敗した人間があと一万だけあと一万だけとしぶとく食い下がるのと同じようなものなのかもしれない。ああ嫌だなあ、そんなことをしなければそこそこのポケモントレーナーとして細々と暮らしながらなかなかの毎日を過ごせただろう。恋人を見つけどこかの街に住み着き子を産み平和に暮らせたかもしれない。なのにどこまでも旅をするあの男の足跡を踏み辿るかのように、旅する男を追いかけて挑むだけ。本当に嫌だなあ。こんなことをしている年月があればもっといろんなことを出来ただろう。でもここまで来てしまったんだ、こんなに時間を費やしてしまったんだ。引き下がれば終わらせれるのにそうしてしまうと今まで長い間頑張った自分を否定するだけになってしまう。青春を丸ごと懸けた戦いは何も成さずに終わってしまうのが、本当に一番嫌なことだなあ、と思った。

「どうしたのそんな不貞腐れた顔して」急に声がかかって振り返る。そこには緑のワンピースと柔和な笑みを纏った一人の大人びた女性がいた。彼女は私と同じ故郷及びスクール出身だ。旅をしている途中で恋人を見つけこの街に住み着きまだ子を産んではいないが平和に暮らしている。数少ない私の友人の一人でもある。彼女は私の隣の席に座った。ねぇ、と一言おいてから彼女が話しかけてくる。「まだ彼のこと追いかけてるの?」「……うん」彼女と会う度にいつも尋ねられる問いだ。この問いのあと、大抵彼女はそれを咎める。いっそどこかのジムリーダーになれだの恋人を見つけ安定した暮らしをしろだのと。だが今日は違った。「そっか、本当に好きねぇ」「え?」いつもはこの後の説教が、心配してもらえて嬉しいのと同時に若干うざったいのだが、どうしてか今回はにっこり笑いかけてくるだけだ。なんなんだろう。「ねぇ、最近思うんだぁ。一生を懸けて追い続けれる人がいるっていいことだって」「どういうこと?」「ロマンチックじゃない? ただ悔しいだけでこんなに頑張れないわよ」「……そうかなぁ」「そうそう。だって好きなんでしょ、彼のこと」「えっ、違うって!」「あははっ、照れちゃって」慌てて両手を彼女の方へ突きだし否定のジェスチャーを取る。「彼に自分のことを認めて欲しいんでしょ? 自分に振り向いて欲しいんでしょ?」「……」どうなのだろうか。少なくとも、あの男に恋心を抱いてるなんてことはないはず。でも勝って自分の強さを認めさせたいのは確かだ。「ところで××ちゃんがもしももう一度彼と戦って勝っちゃったら、その後はどうするの?」「えっ?」「何も考えてないの?」「う、うん」俯きながら肯定する。安定した生活を送る彼女に不安定な生活を送っている、と馬鹿にされてる感じがした。あの男を倒すという目標はあまりに高く広い壁過ぎて、その先の風景のことを何も見えていなかった。考えれば、あの男が突如旅を終えれば私の旅も終わってしまう。そしてあの男がポケモンバトルを辞めてしまえば私の今までの苦労が全て水泡だ。未来のビジョンなんて何も見えてなかったのだ。この街で落ち着いて暮らし始めた彼女はなんて計画的な大人だろう。あまりにも自分が子供過ぎる。なのに、彼女は「羨ましいなぁ」と私に言ってきた。「なんで?」「一途じゃない。彼の背中を追って走り続けるなんて、いかにも青春で羨ましいわ」「そういうものなのかな」「そういうものなの。さしずめ××ちゃんは永遠少女、ってとこね」「なぁによそれ」「もう二十歳過ぎなのに少女漫画の主人公みたいに一途だもん」「馬鹿にしてるのぉ?」「だぁからしてないって」二人して意味も分からず笑っていると、ジョーイさんがサイドンの入ったモンスターボールを持ってくる。「治療終わりましたよ、すっかり元気になりました」「ありがとうございます」モンスターボールを受け取ると、横にいた彼女がモンスターボールを見つめる。「どうかした?」「なんでもないよ。それよりさ、永遠少女の夢が叶うよういいモノあげちゃうんだから」

 彼女とポケモンセンターで出会ってから十日経ち、あの街から二つ先の街に着いた。あの男ももちろんこの街にいる。もう一度、勝負を挑む。彼女と話していろいろ考えた。ジムリーダーや、四天王などといった強豪トレーナーに勝っても満たされず、あそこまであの男に固執する理由は一体なんなのか。考えても出なかった答えはきっとあの男と戦えばわかるかもしれない。お昼が過ぎた頃、外を出歩くあの男にエンカウントを装ってたまたま会ったわね、と言ってから勝負を挑むのだ。もう何年もそうしているから、あの男も偶然なんて下手くそな嘘だと思っているだろう。それでも気恥ずかしいからいつもいつもそうしている。今回もそうやってたまたま出会ったフリをしてせっかくだから勝負しようと言ってやった。男はいつもみたいにまたお前か、とは言わなかったが、黙って頷いた。バトルが出来る程度の敷地に移動し、モンスターボールを手に握る。今度こそ勝つ。今回も使用ポケモン一匹の勝負だ。勝ってやる。そう意気込んだときだった。「聞いてくれ」こんな風に対戦前に話しかけられるのは初めてだった。「この勝負の後、俺は旅をやめる。これが最後の戦いだ」「えっ……?」唐突に通告された最終戦通告。意味がわからない、どうして。なんで。しかし男はお構い無しにポケモンを出す。「行くぞ、これが俺の旅の終着点だ! ラグラージ!」ラグラージは彼のエースポケモン。彼の言うよう最後にはふさわしいかもしれない。いまだ何が起きているのか処理出来ない私は、緊張によって現れた大量の手汗をかいた右手に握ったモンスターボールからドサイドンを放つ。「こないだのサイドン、進化したのか」前の街であの彼女に夢が叶うようにともらったモノ、それはプロテクターだった。十日前よりもより屈強に進化したドサイドンは、私の中でのけじめをつけるためのポケモンだ。「ドサイドン、地震!」大きい動作で地面を強く踏み鳴らすドサイドン、大地が揺れ身体が揺れ視界が揺れてラグラージの動きを制限させる。「怯むな。泥遊びからのマッドショットだ」地面をあっという間に泥に変換し、それをホースから水を放つよう打ちつける。ドサイドンは右手一つでマッドショットを受け止める。マッドショットに対応していて動けないドサイドンに、ワザを放ちながらもラグラージは近づいてくる。nasty! 狙いはこっちか。「地均し!」「ジャンプしろ!」ドサイドンが大きく右足を振り上げ、降ろし、地面を揺らす。が、泥と化しぬかるんだ地面に勢いよく足を突っ込んだがためにドサイドンは泥に足をとられてしまった。跳び上がったラグラージはそのままドサイドンに飛び掛かろうとしている。ラグラージは空中、空中にいれば自由な動きは出来ない。good! チャンスは今だ。「岩石砲!」ドサイドンの右手の穴から人間の頭くらいの岩がラグラージ目掛けとてつもない速度で発射、ヒット! wow! great! 素晴らしい! 相性が相性だがあんな攻撃を受ければただでは済まない。勝った! 吹っ飛ばされたラグラージは力なく地面に落下し消えた。消え……た? What happened? 状況を処理する前にドサイドンの背後から穴を掘るして出てきたラグラージがいた。まさか岩石砲をぶつけた相手は身代わり! なんて失態、岩石砲の反動で動けぬドサイドンに精一杯のハイドロポンプが。ドサイドンは背後からの攻撃に必死に耐えようとしたが堪えきれず膝から崩れKO。「また負けちゃった……」私もドサイドンよろしく膝から崩れ、うつむいた。これがこの男との最後の勝負、もう一度次のチャンスという訳にはいかないだろう。結局一度も勝つことがなかった。悔しい悔しい悔し過ぎてどうにかなりそうだ。その一方、戦って確信したことがある。どんな強敵と戦っても満たされることがなかった私の心、その理由が。私が戦ってきたどんなポケモンバトルの先にもいつもあの男がいた。たった一人、たった一人あの男が常に私の心の中にいた。ポケモンバトルをしていても常にあの男のことを考えていたし、ポケモンバトル以外のことをしてるときもあの男は今頃どうしているだろうかなどと思っていた。これが所謂恋だとかいうものなのか。こっちはこれほど想っているのに僅かな言葉しか交わされず無表情でバトルをし何も残さず去って行くあの男。彼女の言う通りだ。認めて欲しい。それもある。でもそれよりも振り向いて欲しかったのだとようやく自覚した。もっとその声が聞きたいのだ。もっともっとその動作を瞳を戦う姿を全部全部全部全部全部見ていたい。それを最後の最後、今になってようやく気が着いたのだ。「××」ふと名前を呼ばれた。顔を上げればすぐそこにあの男、手を差しのべてくれた。その手を握り、立ち上がる。彼の顔は目と鼻の先、何故だか急に胸うつ鼓動はアクセル踏み出す。彼の目を直視出来ず、右を向く。ヨーテリーを連れ散歩する老人が視界にinto。名前を呼ばれたのは初めてだが、こうしてこんな近くで彼の顔を見るのも初めてだ。「何よ……、いつもは負けたものには情けなしみたいな感じじゃない」「××、君に礼を言いたい」名前を呼ばれる度にどこかくすぐったい、嫌なようで嬉しいようで。感情の処理能力を越えた脳は溶けきったかのようで何も考えれない。改めて男の顔を向くと、いつになく真剣な眼差しだった。「君は俺を強くしてくれた。あの日スクールで俺が君に勝った後、君がもう一度とリベンジをしたお陰で俺は強くなるきっかけを得た」彼も緊張しているのか早口で口から溢れる言葉が噛みそうでやや危なっかしい。「ど、どういうこと?」「一度勝った相手には特に負けられないから、リベンジしにきた君に絶対負けたくなかった。君が何度も何度も挑んでくれたお陰で俺は負けられなくなり、強くなれた」「……」そんなことはどうでもよかった。貴方に旅をやめて欲しくない、今まで通り貴方の跡を追って戦いたい! そう言いたかったが、言ってはならないワガママかもしれない。開いた私の口からは、ただスースー息が漏れるだけ。でも嫌だ。もう跡を追っていけないのは嫌だ。一人にしないで欲しい。「君が強くなればなるほど俺もまた強くなれた、だからチャンピオンとして招かれるようになった」「え?」「今までの俺の活躍から、チャンピオンにならないかと誘いを受けた」「そ、それで旅をやめるの?」「ああ。だからこそこの勝負で俺は旅をやめる。今の俺は君がいてこそだ。だから……」彼は一旦咳払いして視線を反らし、再びこちらを直視する。「だから、俺と一緒に来て欲しい! 君なしでは俺は戦えない。俺が推薦すれば君は四天王にはなれるだろう、だから今度は俺と共に戦って欲しい!」嬉しいような、ズレているような。脳は再起動した。考えるだけ考えに考えて言葉を気持ちを口から心から伝えよう。「ごめんなさい」彼の顔が一瞬にして曇る。やめてほしい、そんな寂しい顔は見たくない。「でも!」強く声を張り上げる。下に向き始めた彼の視線が再び私を見る。「でも、私は貴方の元に行く。チャレンジャーとして、四天王を倒し、チャンピオンの貴方のとこまで! そしてもう一度戦うの! 私はずっと貴方を追い続けてきた。だからこそこれからも追い続けたいの」彼は思いもよらない返答にたじろいだが、ただ一つ頷いた。「必ずまた貴方と戦う。それまで絶対負けないでね」「約束するよ」彼は右手を差し出した。その右手に応え、互いに握手。彼の暖かい手が、心の奥までしみてとても心地よかった。リザードンに乗って飛び去った彼の背中を見送る。もう一度貴方と会ったとき、今度は私が気持ちを伝える番だ。




☆あとがき☆
 5481字です。
 ちなみに最後の一行で半分くらいを占めてます。
 こんな主人公みたいな一途な恋愛してみたいなぁ。是非、××には自分の名前を入れてみてください。
 きっと妄想し終わってから虚しくなります。
メンテ
凍てつく愛 ( No.6 )
日時: 2011/02/10 01:22
名前: 地のごとく大らかに



【Bコース:氷】

目覚めた時、耐え難い寒気を吐き気を覚える。うっすらと開いたカーテンの合間から朝の日差しが一筋の光となって仄かに輝いている。
一戸建とはいえ、一部屋しかない家は無意味なまでに空間が大きく、暖房をつけても部屋全体が暖かくなるまで相当な時間と光熱費を要する。
四天王で稼いだ貯蓄を使って家のリフォームをすべきだったとカンナは毛布を頭から被って低くうなった。
ベッドのすぐ隣で横たわるゴンベ人形を掴んで放り投げ、彼女は小さな棚の取っ手に手を伸ばし、無造作な手つきで体温計を探る。
思いのほか自分の身体は水を吸った着物のように重くなった。ようやく先の細いプラスチック製の機器を手に取った。
汗でぐっしょりのシャツの襟ををめくり、脇に挟んだ。測るまでもなく体温計の値は平熱を大きく上回っていた。

―― こじらせちゃったみたい。

家の中はあらゆる大陸のデパートで見かけた縫い包みが所狭しと置かれていて、部屋の中央に立つと彼らの作り物の瞳が自分に集中する。
壁のジャンパーに手をかけ、羽織る。火照って寒気を感じる身体に厚着をしたところで寒気を防げるとは限らないが気休めにはなるだろう。
この辺境の島には医療所は設けられている筈がなく、診察を受けるにはクルーザに乗って本土の病院に向かうほかない。
玄関からドアを開けて外へ出ると真冬の冷気が顔へ吹き付けた。そして愕然とする。
いつも見る島の明方の光景が全く違っていた。影の向きが西と東で逆転している。寝起きでぼんやりした頭をめぐらせて、彼女は俄かに気付く。

朝だと思い込んでいたけど今は夕方だった。

私は半日ほどベッドの上で眠っていた。道理で一晩寝たにしては頭の中の時計が狂ったような感じがするわけだ。
この時間帯では本土に行っても病院が閉まっている。途方に暮れていると、見覚えのある顔の女性が彼女の前の芝生に立ち入ってきた。
幼い頃から世話になっている育て屋のお婆さんだ。穏やかな笑顔が一番似合うが、今は不安げな表情をしている。

  「あらあらカンナちゃん。今朝何度もノックしたのよ」
  「ごめんなさい、風邪でずっと寝込んでいたみたい」

育て屋のお婆さんはカンナが物心つく前からずっと世話になっていた。
ポケモンにも人間にも分け隔てなく面倒見が良く、とても柔和な人柄であったお婆さんは、カンナの事を成人した後も、四天王となった今も
『カンナちゃん』と愛称で呼び続けてくれた。格式ばった世界の中でずっと暮らしていると、今のような愛称で呼ばれる事が心地よくなってくるものだ。
ふっと笑みを浮かべたカンナは赤縁の眼鏡を治しながら答える。

  「大丈夫よ。丁度四天王の休暇中だから。不幸中の幸いね」
  「そんな事言いなさんな。無茶ばかりしてたら命取りよ」

命取りなんて単語が出てくるなんて…相変わらず大袈裟な事をいう人だとカンナは苦笑混じりに頷く。
するとお婆さんは何かを思い出したように皺くちゃの手をぽんと叩いて拍子を打った。

  「あ、そうそう思い出した。昨日カンナちゃんが赤い帽子の男の子と一緒に追い払った…その、何とか団という連中だっけ」

笑顔が急に引きつった。北東の洞窟にてあの少年と共闘した記憶がすぐ鮮明に蘇ってきた。
共闘した彼の名前はレッドという名前で、かつては聞き覚えのない街の出身で無名のトレーナーだった。
だが、警察のロケット団にまつわる事件の裏側では不思議と彼の名前が何度も登場し、ついにリーグにて彼女は彼に一度敗れた。
彼と彼のパートナーの絆の力は、向かい合って戦ったあの時も、向きを揃えて戦った昨日も変わらず凄まじい強さを誇っていた。  

お婆さん曰く、今レッドはロケット団の残党の討伐という目的で、遥か南に浮かぶ七島の草の根を掻き分けて連中を追っているらしい。
本当は彼女も追いたかった。追って自分の生まれ故郷を争うとした罪を懺悔させたかった。けどこんな時に限って身体が言うことをきいてくれない。

  「今日はゆっくりお休み。後で特性の卵粥作ってあげるから」
  「…うん」

帰路につくお婆さんを作り笑顔で送ったカンナだが、心の中は悔しさで溢れていた。
ふと前に居座る家を見やると、東に向かっていた影がさっきより伸びている。眠る気分じゃなかったが、カンナはしぶしぶ再び家に入った。



熱はさっきより輪をかけて酷くなり、実を覆う寒気がさっきよりも勢いを増してきた。息が更に熱を増している。
育て屋のお婆さんが卵粥を持ってきてくれた時は差ほどでもなかったのに夜が更けてくると途端に悪化した。
毛布の中に丸く包まれているのに真冬の雪山に閉ざされているような感覚…。今まで痛めつけてきた冷気というポケモンの武器が自分に降りかかっている。
そのような気さえしてくる。病気になると色々な事柄がマイナス思考となって現れる。あの話は本当だとカンナはつくづく思った。

着せられたような閉塞感は濡れ衣から鉛の鎧に様変わりし、汗だらけ服を着替えることも適わない。
自分のパートナーに助けてもらおうと棚の上のボールに手を伸ばそうにも、今の彼女の手持ちには両手を使って看病できる者は居ないことに気付いた。
頼みの綱のルージェラは昨日の戦いで負傷してしまい育て屋に一度預けている。ラプラスやパルシェンは賢い子だが少し難しい。ヤドランは正直言って問題外。

―― なんてことなの…

急に絶望感に襲われた彼女は、モンスターボールを手に取るのを諦め、そのまま腕の力を抜いた。
一瞬細い指の先にボールが当たって棚から転げ落ちたが、もう彼女は失神するかのように眠りについた。
最後に目に映った部屋中のぬいぐるみ達が心配そうに自分を眺めていた。



苦しい夜を越えて朝を迎え、ほぼ一日眠っていたカンナは目覚めた。外のピジョンの鳴き声や、島の住民の話し声が小さく聞こえてくる。今度こそ朝だ。
だが最初に目に映ったのは家の天井ではなく、乳白色で少し滑りのある不思議な物体が間近に広がっている。

  「…のわっ!?」

あまりの驚きに漫画のような言葉を発してしまった。慌てて声を上げるとその乳白色の物体はゆっくりと動き、頭上数センチで鳴き声をあげる。
ラプラスの下顎がアップで彼女の額に乗っかっていた事に気付くのに随分時間がかかった。
起き上がると昨晩のような寒気も吐き気も殆ど感じなくなっている。ベッドの前でラプラスは彼女の起床に嬉しそうに首を少し傾げた。
氷ポケモンのラプラスは季節に応じて変温するらしく、冬のこの時期なら彼女の氷嚢代わりにうってつけの体温だったのだろう。

  「ラプラス…一晩中看病してくれたのね」

その問いかけにこくりと頷くが、ラプラスはふらついている様子である。やはり寝不足なのだろう。
彼女は何も言わずそのラプラスを優しく抱いた。大きな体格であるラプラスには一部屋しかない一戸建ての家にぴったりのサイズだった。
リフォームしなくて良かった、とカンナは思った。



今回の短編のネタにおいて、ヒントを出してくださった一葉様に心から感謝申し上げます^^
(流石にフルコースは無理がありましたがw)
メンテ
僕と君との二年間 ( No.7 )
日時: 2011/02/11 13:20
名前: こしたん

A「もう一度」





 インイングリッシュ、僕が一番好きな言葉は『ワンスモアプリーズ』だ。
 何が好きって、その便利なところである。そう言うと安っぽいというか、なんだか白々しい感じがするけれど、僕はとかくこのフレーズが大好きだ。ワンスモアプリーズ。その響きが、僕には時に魔法の呪文にさえ思えるのである。ワンスモアプリーズ。
 僕と英語との出会いは中学一年の時だと言えるであろう。西洋かぶれがDNAレベルで染みわたってしまった今日のニッポン、ひとたび街に繰り出せば横文字の雨あられに襲われるご時世であるからして、もちろん僕だって胎児の頃から英語のことは知っている。なんともなくカッコイイものであると、幼児の頃には気付いていたに違いない(これは僕が神童だったと言いたいのではなくて、近代現代の普通の子なら、たいがい誰もがそうであろう)。小学生の頃には絵を描くのに、とりわけマンガの主人公の服をデザインするのに、アルファベットを適当に並べて『ピブドゥングス!』等々謎の単語を創作したりしていた。当時の僕は特に『R』がお気に入りで、まぁそんな話はいいや。とにかく僕は中一の春、始めて本物のそれらと触れあうこととなったのである。ザッツアイアムゆとり世代、揶揄したいならすればいい。
 ここまで来れば気付いていただけるかもしれないが、僕は英語が苦手である。勉強科目としての話ではあるが、苦手というか嫌いである。嫌いというか大嫌いだ。僕の勉強嫌いの全ては英語に起因していると言っても過言ではない。まず話すのが嫌いである。あの英語独特の発音を先生に強要されるところが最悪だ。習いたての頃、クラス全員でRの巻き舌の練習をしている光景など失笑モノだった。すぐに僕はRが嫌いになった。また、書くのや読むのも苦手というか、正直よく分かっていない。なぜ、「僕は英語が嫌いだ」と素直に言わずに「僕は嫌いだ英語が」だなんてめんどくさい順番で言葉を並べているのか、全く理解に苦しむ。先生は日本語よりも英語の方がうんと簡単なんだと力説するけど、どう考えても日本語の方が音も形も圧倒的に美しく分かりやすい。日本国の識字率がそれを表しているではないか。こんな教育が許されていいはずがない。世界基準がジャパニーズに合わせるべきだ。
 当然聞くのも嫌いだ。だけども、僕がそれに対して他ほどの苦手意識を持たないのは、先に述べた魔法の言葉のおかげである。
 一年の春、何回目の授業だったであろうか、きっと片手で足りるくらいだ。先生が渾身の最終奥義でも繰り出すかのような表情で配布した『授業で役立つ英語』と銘打たれたプリントの中に、ひょうひょうとしてそいつはいた。キャッチアコールドとか、アイハブアクエスチョンとか、そんなメンツと肩を並べて、そいつは右列の下から五番目で己の出番を待っていた。先生が順番に発音し、生徒にリピートアフターミーさせて、一つずつ解説を加えていく。出番はすぐにやってきた。
「ワンスモアプリーズ」先生。
「ワンスモアプリーズ」生徒のやる気あるやつ。
「もう一度お願いします。先生や友達の言ったことが聞き取れなかったときに使います」
 その時、僕はその偉大さにちっとも気付かなかったと言ってもいいだろう。
 それから僕が彼の力に気付かされるまで、それほど時間はかからなかった。先生が僕に何か尋ねる。僕は慌ててプリントを見る。
「わ、わん、すもあ、ぷりーず」
 カタコトの英語。先生は笑顔を浮かべる。子供たちが未知なる外国語を使い始めるのが何とも嬉しいらしかった。もっと好きになってもらいたい、その一心で、先生は、今度はゆっくりはっきりと、同じ言葉を繰り返す。
 ゆっくりはっきりと。絵本を読み聞かせるように、馬鹿にしてるのかと思わせるくらいに、ネイティブが顔をピクピク引きつらせるほどに、ゆっくりしっかりはっきりと。
 そう、このフレーズの素晴らしさは、単に繰り返させるだけではなくて、その聞き取り難易度を著しく低下させるところにある。リスニングの楽なのは、リーディングよりも単語が簡単な傾向にあるからだろうけど、簡単な単語さえ普通には聞き取れない僕にとって、『ワンスモアプリーズ』はまさに天からの賜り物、授業で恥をかかないための救世主であった。定期テストなんていうのはできないと決まってるものだから、この際どうでもいい。
 正直に言うと、僕はワンスモアプリーズについてそれほど詳しくない。恥ずかしながら綴りも書けない。『ワン・スモア』だか『ワンス・モア』だかさえ知らない。『もう一度』に『一』が入っていることを考えれば『ワン』と『スモア』なんだろうが、ならば二度目をお願いする時には『ツー・スモア』になるんだと思うと、それは何となく間違っているような気がしてしまう。でも、耳だけ働かせるリスニング、口だけ動かすスピーキングにおいて、綴れるか否かなど大した問題にはならないではないか。意味が分かればそれでいいのだ。そして、それっぽいならなおのこと良い。ワンスモアプリーズのそれっぽさはなかなかのものだ。全然聞き取れていなくても、『アイドントアンダースタンド』より全然分かっている風である。最後に疑問符をいれて、『ワンスモアプリーズ?』と語尾を上げる感じにすると、更にアメリカンでナイスだ。できる男みたいだ。惚れる。そのうち彼女もできる。
 進級し二年になって、過去形がどうとかいう話になって、文法理解は困難を極めた。僕は日ごとに英語への嫌悪感を募らせていく。そんな中で、新しい先生が何気なく口にした言葉が、僕の心をぐわしと掴んだ。
 先生が指名して、生徒の一人がもごもごと何か言う。先生が教卓から身を乗り出す。
「パードゥン?」
 パードゥン? ぱーどぅん? Pa−Dwun?
 僕どころか、言われたその子も、かわいいあの子も、クラスの大半がぽかんとした。
 その時のショックは計り知れない。それはもう一つの魔法であった。それも、僕の覚えているそれよりも幾分端的で、数ランク強力な呪文である。僕は愕然とした。世界のすべてだと思っていたものはただのチンケな防壁で、それがみるみるうちに打ち崩されて、新たなるフィールドが彼方へ広がっていくように感じた。
 ワンスモアプリーズ? ――もう一度お願いします。
 パードゥン? ――もう一度お願いします。
 短い。その差は歴然であった。しかもちょっとカッコイイと来た。大人っぽい色気さえ滲み出ているように感じられた。
 でも、だからこそとも言えるけれど、僕はそれからも「ワンスモアプリーズ」の方を愛用し続けた。問題はその溢れる英語っぽさだった。当時の僕の中に、というかおそらくクラス中がそういう雰囲気だったのではないかと思うのだけど、英語を下手に英語らしく発音するのは、国語の音読を感情込めてするのと同じで、恥ずかしいことのように扱われていた。カタカナ英語が大多数であり、大多数こそが正義だったのだ。うまげに発音する輩の英語は、陰で嘲笑の的とされていた。そんな僕らにとって、与えられた新たな呪文は、存在そのものが『英語かぶれ』であり、少し高度すぎるスキルであった。たまに使っている人を見ると、それはなんだか「ませてる」みたいで、僕らは無意識にその単語を敬遠していた。
 二年生も終わりに差しかかった三学期のある日、英語の抜き打ちテストが始まった。
 その内容に僕らは辟易した。英会話のテストだというのだ。僕らはかねがねペーパーテストの畑の子であった。喋ることを求められても、それが『テスト』になることは極めて稀であった。テストという響きが僕らの表現を萎縮させた。英語コミュニケーションの授業イコール楽チンという等式を抱いている僕らにとって、正しく喋ることは至難の業であるように思われた。……そういえば、僕らの、僕らの、とさっきから言っているが、それを直接友達に確認した訳ではない。それでも、その発表を受けての教室のざわつきを見れば、皆が動揺していることは想像に難くなかった。
 出席番号一番の犠牲者を引きつれて、先生が嬉しそうに教室を出ていった。二番が青ざめている。一番との生死を分かつジャンケンに勝利した三十九番は、後ろ寄りの出席番号の生徒から賞賛の眼差しを浴びている。ちなみに僕の出席番号は三だった。順番待ちのために二番が名残惜しそうに教室を出ていく。一番の帰還が、すなわち僕への赤紙であった。僕はもうしばらくの後に、一番と立ち替わりに戦地へ赴いていく。ということは。ということはだ、ほんのちょっとの情報収集でさえ、ああ、ままならないのではないか――ああ。あああ。パニック。頭真っ白。突然膝が震えだした。
 僕は唇を噛みながら、英語の教科書を開いた。その表紙の裏に挟まれた色褪せた再生紙を取り出す。折りたたまれたそれが、こんな時になかなか開かない。指が焦って言うことを聞かない。落ち着け。落ち着け落ち着け。半閉まりのドアの向こうに続く廊下に人影、まだ動くな動いてくれるな。四番と五番のゲラゲラ笑ってんのが煩わしい。押し寄せる恐怖に僕は思わず人差し指を舐める。親指とそれで挟んで擦ると、プリントはようやくその身を許してくれた。
 ガラリ。その日常音が、僕の戦場へのいざないであった。
 教室のざわめきが最高潮に達して、僕の混乱を更に助長する。一番がヘラヘラ笑いながら席に戻り、僕に向かって「行けよ」とアゴで言う。僕は立ち上がる。膝が。思わずプリントを握りしめる。ああ膝が。僕は歩きだした。きっとそれはぎこちない、初めて立ち上がった類人猿のような二足歩行になっていたに違いない。
 授業中の廊下は、気温も景色も寒々しいものだった。廊下のつきあたりに存在する家庭科室の前に、丸イスがひとつぽつんと置いてある。テスト会場はあの扉の向こうだ。
 通り過ぎる教室から響いてくるあんな声やこんな声をバックミュージックに、僕は静かに歩を進めた。しわの入ったプリントを開く。『授業で役立つ英語』と書かれたその紙の上で視線を滑らせ、右列の下から五番目と気持ちを合わせた。もうすぐ二年になる付き合いのそいつが、俺がいるから大丈夫だろ、と僕に微笑みかけてくる。
 ――『ワンスモアプリーズ』。
 そうだ、そう言えばいい。何度でも、聞き取れるまで聞きなおせばいいのだ。僕にはこいつがいる。こいつさえいれば、向かうところ敵なしだ。そもそも聞き取れないのは先生のせいだ。指導力に問題がある。更に言えば、先生の英語の発音に問題がある。立ち聞きしたところによれば、オーストラリアからの交換留学生であるライアン・ブレイドマンくんは言ったらしい。オーストレィリアでハ、先生みタイに強イ、エクセンッ(多分アクセントのことだと思う)つけマセーん! ――つまるところ、先生は英語が下手くそなのだ。それを文句も言わず、僕らは聞き取ってあげている。聞き返すのはそう、何も僕らの過失ではない。
 ついに家庭科室前につきあたった。丸イスに腰掛け、プリントに目を落とす。それが小刻みに震えている。ああ、寒いな。指先が一段と冷えるや。閉まりきった扉の向こうから、何やら声が聞こえてくる。すりガラス越しに二つの人影。僕は耳をそばだてる、その時、僕は僕の心臓が、異様な速さで鼓動していることに気付いた。ばくばく。ああ嘘だ。緊張なんてしていない。ばくばく。少し寒いから、そう、熱を生産しようとしてるんだ。気合いに燃えているのさ。ばくばく。ああもう、うるさいうるさい、静かにしやがれ。
 笑い声が聞こえた。人影が動いた。僕は反射的にものすごい勢いで立ち上がった。勢い余った。ふくらはぎに何か当たった。ヒヤリ? がんがぎゃん。無人の廊下に、倒れるイスの悲鳴が響いた。なんだこれ漫画か!
 からからと引き戸が開いて、二番が出てきて、転がっているイスを見て、晴れやかな顔で僕を見た。こいつくそ、なんだその、まるで「何もかも上手くいったぜ楽勝!」とでも言いたげなオーラを纏った表情は。青くなってたくせに。僕より中間悪かったくせに。
 ご丁寧にイスを直して、二番が廊下を去っていく。その背中を見やって、すると、僕の中になんだか、確信めいた感情がふつふつ沸き上がってきた――そう、この合戦、かなり余裕で僕の勝ちだ。当然だ。僕にはワンスモアプリーズがついている。二番にできて、僕にできないはずないじゃないか。
 僕は一歩踏み出した。膝の震えは武者震いだ。指が冷たいのはそうさ、心にその温度をくれているから。心臓の猛りが僕を鼓舞する、いざ征かん、僕に幸あれ。
 二番が開け放った引き戸を、僕が後ろ手に閉める。――さあ、楽しいイングリッシュの時間だ!
 家庭科室の長机の一角に、それと不似合いな英語科の先生が一人笑顔で座っている。手元にはクラス名簿らしきものと、伏せられた何枚かのプリントが置いてある。先生が手招いた。僕はそれに応じながら、右手の中の『授業で役立つ英語』プリントをポケットの中に突っ込んだ。
『簡単な会話文だけだから。ちょっと成績入るけど、まあ軽い気持ちでやればいいので』
 今や恋しきクラスルームでの先生の言葉が、ふと思い起こされる。
『そんでルールなんだけど、はい騒がない! コレ重要ね。家庭科室に入ったら、英語以外に使ったらダメです。日本語喋ったら減点だからね、気をつけてね』
 目の前の先生が、英語で何か言いながら、手近なイスを指し示した。僕はそれに座った。先生は名簿を一瞥すると、どうしようもなく嬉しそうな顔で話しかけてきた。
「ハロー、ユウスケ」
 僕は、言い淀んだ。
 先程までの根拠のない自信、もとい強がりが、一瞬にして蒸発した。
 そう、そこはもはや、いつもの家庭科室ではないのだ。英語のみに支配される、特別な情報空間。まさに未知の領域、人生における未踏の地であった。対峙する男は異国の野獣か、ともかく常識の通じる相手ではないのは確かだ。心から溢れんばかりに見えていたその笑顔も、だんだん貼り付けた能面のように思えてきた。
 ポケットに手をつっこむ。君がそこにいる。ならば僕は平気だ。
 ハロー、と返して、僕はこれ見よがしに、ハワイユー、と続けた。先生はニッコリと笑って、何か分からぬことを返した。この流れ。いつもの授業では、次に生徒はファインセンキューと返す。定石通りにやると、先生はウンウンと頷き、また訳の分らぬことを言った。第一関門突破だ。先駆け部隊を蹴散らした。なんだか自信が漲ってきた、よしいける、僕はいけるぞ!
 それからもテンプレ通りの会話が続く。僕はやや詰まりながらもそれに答える。
『今日は何月何日?』『今日は何曜日?』『今何時?』『ところで好きなスポーツは?』もちろんインイングリッシュ。
 僕が英語を返すたび、先生がウンウンと頷く。迷いのない動きで、名簿らしきものに何か書き込んでいく。僕は胸の中で、心臓がたぎるのを感じていた。
 ああ、僕ってやつは、自分の能力をあれほど卑下しておいて、なんて憎い男なんだろう。クラスのやつらも、成績の競争相手である僕の大失敗を祈っているはずだ。期待に答えられなくて申し訳ない、悪いがここまで痺れるほどに完璧だ!
 顔は火照って仕方ないが、気がつけば膝の震えは収まっていた。体がリラックスしているのを感じる。焦りから解放されていく。いい感じだ。このまま、最後まで、最後まで……
 ゴチャゴチャと外国語を唱えながら、先生が伏せてあったプリントを一枚差し出す。僕は迷いなくそれをひっくり返す。そこにイラストがあった。どこぞの教科書に載っていそうな可愛げのないイラストだ……イラ、ス、ト?
 先生が喋った。長い。僕は聞き取れなかった。
 立て続けに先生が喋った。何か違う音だ。僕は聞き取れなかった。
 ばくばく。心臓が踊り始める。な、なんだ? 今なんて? 先生はニコニコしてこちらを見ている。僕の解答を待っているのだ。つまり僕の喋る番だ。ばくばく。何か聞かれたらしい。何を? このイラストに関係あるのか? 僕はイラストに目をやる。ばくばく。うるさい心臓黙ってろ! ――それは、とある体育祭の一風景をデフォルメしたイラストであった。
 その時、僕の脳神経を鋭い電流が駆け廻った。突然の閃きに、思わず僕は視線を落とした。冬の制服の、右のポケット。そこに君。囁く声。焦んなよ、俺がいるだろ?
 僕は顔を上げた。先生は口角を上げ、きょろっと剥いた瞳で僕を見つめてくる。
「……ワンスモアプリーズ」
 それは、僕の唱えるのに許された、最高火力の魔法であった。
 先生は微笑みを浮かべる。それはまさしく天使のスマイル、でも見方によっては悪魔のうすら笑いだ。先生が肘をつき、身を乗り出す。僕はそのひび割れた唇を凝視した。
 今度はゆっくりはっきりと、設問が繰り返される。……ッ、ウェザー? なんだっけ、そうか天気だ! 体育祭の空は灰色の雲が垂れ込めている。曇りです。えぇっと。え、えぇと……
「イッツクラウディー!」
 イエス! 先生が拳を握った。僕も思わずガッツポーズを振る、いそうになるのをなんとか堪えた。ただ顔はにやけていたに違いない。ワンスモアプリーズの威力を、改めて思い知らされた瞬間であった。
 先生が何か言う。僕がワンスモアプリーズする。先生がもう一度繰り返す。ぼんやりと輪郭が見えてくる。イ……、ほわっ……、がーる、どぅーいんぐ、……? 女の子、いんぐ? 視線をイラストへ。女の子は走っている。「イッツランニング!」先生が頷く。
 先生が何か言う。僕がワンスモアプリーズする。先生がもう一度繰り返す。ぼんやりと輪郭が見えてくる。ふー……うぃずざぼーい? 男の子、うぃずざ……って何だっけ隣? 視線をイラストへ。そこには明らかに教師と思わしき人物。「イッツティーチャー!」先生が頷く。
 あぁなんと素晴らしきワンスモアプリーズ! こんな有能な相棒を僕に与えたもうたマイゴッドに感謝したい。なんだか英語ができてるみたいだ。二番の清々しい顔の表すところも分かるような気がする。英語って楽しいのかも。僕がそんな風に血迷った時、先生が手元の半ピラを見て、次の設問を繰り出した。
「――――――?」
 やはり聞き取れない。僕はすかさず呪文を唱える。
「ワンスモアプリーズ」
 先生は呆れたように笑って、もう一度繰り返した。
「――――――?」
 ぼんやりと輪郭が、輪郭が。あれ?
 見え、て……こない。
 ばくばく。煩わしいほど心臓が。膝が震えだした。見えてこない。先生が見ている。もはや偽りとしか思えない笑顔で。ばくばく。どうする。もう一度? もう一度、ワンスモアプリーズするか? あぁ、でも、『ちょっと成績入るけど』、この言葉が引っかかるのだ。何度も何度も繰り返せば、二度どころか三度も四度も聞かないといけないことを悟られれば。そりゃ成績は下がるに違いない。でも分からなかった。聞き取れなかった。ならばアイドントアンダースタンドとでも言えばいいのか。嫌だそんなのプライドが許さない。僕にだって、できないなりに譲れないものがあるのだ。ならばどうする? 僕は視線を落とす。右ポケットの中でしわくちゃになっているものを、ここに引っ張り出したかった。その折り目を、机の下でこっそり展開したかった。でも先生が見つめている。こんなにも見つめられている。一体どうすれば――突然、僕の視界に、ぽかんと口を開けたかわいいあの子の幻想が飛び込んできた。
 胸が高鳴った。頭に血が上ったとは、まさにこんな状態だろう。しかしこれはとんでもない裏切り行為なのではないか。劣悪非道な行いではないだろうか。先生は僕をどう見るだろう、そして何より君は? 脳内で擬人化されたそいつが笑いかけてくる。平気だよ、いっちまえ。ああ。君は、君ってやつは!
 僕は先生と視線を交わらせ、ぐっとヘソに力を入れて姿勢を正し、心を込めて、渾身の一言を発した。
「……パードゥン?」
 しばらく黙っていた僕の口から発せられた響きに、先生は少し驚いたようだった。
 パードゥン。それは、僕が避け続けてきた単語だった。英語臭すぎ、ませてるなどとはやし、使う輩を下に見た。しかし分かっていた。その内に秘めたる力を。パードゥンの持つ、潜在的なかっこよさも、漂う英語できてる感も。だからこそ僕は今、この禁忌を解放する。二度も繰り返させているという事実を少しでもくらますためには、パードゥンの力が必要であると信じたのだ。
 先生は一瞬の間ののち、口を開き、ゆっくりはっきりと、三度目の読み上げを実行した。ぼんやりと輪郭が、ついに、ついに見えてくる。ドゥー、……、……、テント、……? テント。ドゥーが来たときはあれだ、イエスかノーかだ。二者択一。僕は視線を落とす。その稚拙なイラストの中には、テントらしきものが連なって描かれていた。
「イエス、アイドゥー」
 先生は頷いた。ペンを走らせた。何か、肩の荷がストンと下りたような気分だった。乗り越えた……。疲労感が僕の心を融解する。およそ気の抜けた顔をしていたんだろう、先生はちらりと僕を見、それから次の設問へ移った。
「ハウメニーチェアズ――、キャリー――?」
 反射的に口を『ワンスモア』の『ワ』の形に開いたが、僕はそれを一度閉じざるを得なかった。
 思わず我が耳を疑った。……聞き取れた、のか?
 火照った脳味噌がぐちゃぐちゃとかき混ぜられるように、僕は混乱していた。聞き取れた。そんなことあるか? 現にあったではないか。そこで僕は分岐点に立たされた。聞き取れた言葉を信じて、すぐさま解答するか。念のため、ワンスモアプリーズを使うか。しかしそれは愚問であった。なぜなら、それまで、英語の支配を受けた魔法の教室の中央で、僕の戦況は悪化の一途を辿っていたから。なんとか砲撃を逃れたとはいえ、二回聞き返してしまったことは取り返しようのない事実だ。鋼のシールドで押し切られ、前線がどんどんと後退していく。本陣がざわついている。ばくばく。沈黙に響く僕の鼓動が、なんて重い。急ぎ策を練らなければ。この状況を打開するために。だとして選択は簡単だ。ハウメニー、いくつですか。チェアはイスだ。キャリーって何だ? 聞き取れなかったところは? でも、分からなくとも、質問の意味はやすやすと理解できるではないか。
『イスの数はいくつですか?』
 これだ。これに決まっている。聞き返し、減点を誘う必要性など、これっぽっちもないではないか!
 僕は呼吸を整えた。膝はもう震えていない。頭はそう、さっき火照ったとはいうものの、今は至極冷静だ。どこからか再び自信が湧き上がってくる。先生が目を輝かせて僕を見た。その期待に答えてやる。僕だってやるときはやるんだ。息を吸い、身を乗り出し、僕はゆっくりはっきりと、胸を張って解答した。
「ファイブ!」

 ニヤリ。
 先生がそんな風に笑った。

 ……そこから一体いくらのやりとりがあったのか、僕はよく覚えていない。真っ白だった。テストの途中だと言うのに、完全に燃え尽きてしまっていた。ふと気がついた時、先生はセンキューと言って、それからまた何か訳の分らぬことを言って、ドアの方を指差した。退出命令。テストは終わったのだ。
 僕は立ち上がった。激しい後悔で目の前が埋め尽くされていた。後悔後悔後悔。一歩とて動くことが叶わない。後悔後悔後悔後悔後悔。右ポケットがやたらと重い。ああ、もう一度、もう一度だけでも、やり直すことができれば。もう一回やりたい。あの設問だけでも、あのチェアの設問だけでも、やり直すことができさえすれば。僕はためらうことなく、ワンスモアプリーズを使うのに。僕はなんてバカなんだろう。先生の悪魔の含み笑いが脳裏にべったりと貼りついている。その後すらすらとペンを走らせる光景があまりに衝撃的すぎて。なんてこった、ああ、しかも、魔法の呪縛の部屋の外から、二番の声と四番の会話が聞こえてくるのだ。
「まじで、超簡単だから。ビビって損したって感じだわ」
「一番も言ってたな、皆も聞いた感じ楽勝だろって。まあ英会話とか楽に決まってるけど」
 ――あそこさえ、あそこさえもう一度することができれば、僕だって……!
 猛烈な後悔の念が僕を取り巻いている。なぜワンスモアプリーズと添い遂げることができなかったんだろう。なぜ気を抜いてしまったんだろう。なぜ悪魔の追撃を許してしまったんだろう。もう一度、やれさえすれば。僕は、僕は。もう一回聞くのに。ワンスモアプリーズするのに。
 突っ立っている僕に先生が怪訝な顔を向けてくる。僕の中で、『もう一度願望』の膨らみが臨界点を突破しようとしていた。そうだ、頼んでみればいい。今言わなければ、また僕はこれ以上の後悔に襲われるに違いない。言えばいいのだ。もう一度、と。唱えればいいのだ。魔法の呪文を。もう一度、お願いします。その呪文。僕を幾度も救ってくれた、頼もしすぎるその言葉を。
 ホアッツアップ? 先生が目の前に立つ僕を見上げる。意を決して、僕は手中の切り札を、先生に向けて突き付けた。
「ワンスモア、プリーズ?」
 先生はきょとんとした。
 廊下を行く足音と、間抜けに掠れた口笛が、のどかに空間を流れていった。
 先生は笑った。天使でも悪魔でもなく、ただちょっと小馬鹿にしたような、教師らしからぬ笑顔を浮かべた。そして言った。
「試験は終わりです、クラスに戻りなさい。そう言ったんだよ」

 魔法の、解けた瞬間であった。









おわり。お付き合いありがとうございました。
あまりにも雑なタイトルしか思いつかなかったので
よかったら素敵な名前をつけてあげてください。
メンテ
銀色の季節 ( No.8 )
日時: 2011/02/11 16:55
名前: 粉雪

Bコース「氷」



「寒い」
言い捨てた僕は、室内だと言うのに分厚いコートを羽織っていた。
シンオウ地方キッサキシティ、僕は今、この街に来ている。
雪国シンオウの中でも最北端に位置するこの街は、僕が想像していたよりもずっと寒かった。
一歩踏み出せば膝まで雪に埋まり、寄せられた雪がまるで壁のようにそそり立っている。
まさしく一面銀世界と言う奴だ。

そんな銀色の世界の寒さに耐え兼ね、慌てて飛び込んだポケモンセンター、そこは外に引けを取らないくらい寒かった。
「暖房が故障してしまったみたいなの、少し寒いけど我慢してね」
これは少しどころじゃない。
言ったジョーイさんはさすがと言うべきか、いつもの制服にカーディガン一枚と非常に寒そうな格好をしていた。
さすが雪国の育ち、いやこのジョーイさんがキッサキ出身かはわからないけど。
とにかく温暖なホウエン育ちの僕には耐えられなかった。
昼間はフレンドリィショップに避難していたが、夜になって閉店、仕方なくポケモンセンターに帰ってきたのだ。
最初は相棒、炎ポケモンのヒコザルを抱いて暖を取っていたのだが、窓の外の雪景色に誘われ飛び出していってしまった。
寒さに凍える主人を置き去りにして行くのだから質が悪い。
なんて薄情者だ。
そんなわけで、外で跳ね回るヒコザルを窓越しに眺めながら震えていたのだった、今ここ。

「あいつは寒くないのかねぇ」
「炎ポケモンは体温が高いですから、寒さには強いんですよ」
知ってる、だから湯タンポ代わりにちょうど良かったのだ。
「ジョーイさんは寒くないんですか?」
「えぇ、慣れてますから」
なんと逞しい。
僕なら何年この街で暮らしたって慣れる自信はない。
等と考えていたら……
「制服の下には腹巻き巻いてますし、これカイロ入れるポケットが付いていて暖かいんですよ、ストッキングは耐寒素材で血行を良くする効果もある……」
なんだ、慣れているのは寒さではなく寒さ対策か。
それなら真似できるかも知れないが、残念ながらお店はもう閉まっている、今夜は大人しく重ね着に重ね着を重ね、ダルマのようになって耐えるしかない。

そろそろ眠ろうとヒコザルを呼びに行く。
室内も寒かったのだが、やはり外は段違いに寒かった。
「おーい、ひー坊、帰ってこーい」
呼んでみたが返事はない。
夢中になると周りが見えなくなる奴だ、少し遠くまで行ってしまったのだろうか。
世話の焼ける奴だ、寒いから早く戻りたいと言うのに……
どちらに行ったのかと辺りを見渡す。
はて、昼間は雪の壁があったと思うが?
目を向けた先には、まるで乱雑に積み上げられたような雪の坂である。
そこは、ちょうどヒコザルが遊んでいた辺りだ。
「……おい?」
僕は一つの可能性を思い付いて雪山に駆け登る。
「まさか、埋まったのか! いるなら返事!」
遊んでいたヒコザルが、勢い余って雪の壁を崩してしまったのだ。
崩れた雪山も、いなくなったヒコザルも、すべて辻褄が合う。
「ジョーイさん! ジョーイさーん!」
ジョーイさんはただ事ではない叫び声にすぐに飛び出してきてくれた。
「ヒコザルが居なくなったんです、もしかしたらこの下かも知れない!」
「それは大変、すぐに助けなきゃ」
ジョーイさんは慌ててポケモンセンターに駆け込むと、二人のトレーナーを連れてきた。
「レントラー、探して! 見破るよ!」
女の子がレントラーを繰り出すと見破るを指示する。
眼光ポケモンのレントラーには、透視能力があるのだ。
レントラーが一声高く鳴く。
ヒコザルを見つけたのだ。
「行け、ドリュウズ、穴を掘るだ」
続けてもう一人の少年が繰り出したのはドリュウズだった。
ドリュウズはドリル状の腕を振り上げ……
「は? なに、これじゃあ穴を掘るじゃなくて雪を掘るだ? 雪穴でもなんでも穴は穴だろ、いいから掘れー!」
少年に叱責され慌てて雪を掘り進むドリュウズ。
そしてドリュウズは五秒も経たない内にヒコザルを抱え飛び出してきた。
「ひー坊、無事か?」
「大変、氷状態になってるわ」
僕達は急いでヒコザルをセンターに運び込む。
「急いでお湯を沸かして! 後毛布も!」
ジョーイさんがテキパキと他の職員達に指示を出していく。
だが、それを悠長にまっていられない。
少しでもヒコザルを温めようと、僕は素手でヒコザルを抱き締める。
ヒコザルの身体は驚くくらい冷たかった。
身体が凍り付いているのだから当たり前だ。
「こんな時に炎ポケモンが居れば……」
「炎ポケモン?」
少年が呟き、女の子が問い返す。
「炎タイプの技で温めるんだ、他にも火炎車とかは自分の状態異常氷を回復する効果も望める」
……。
「あ」
使えるじゃん、火炎車……

翌日、僕の両手は霜焼けになって、ヒコザルは雪を怖がるようになっていた。

メンテ
君のいない海 ( No.9 )
日時: 2011/02/11 21:37
名前: 蛇蜥蜴

Aコース「もう一度」




 浅瀬の岩影ではじめて君の姿を見つけた時、岩の一部かと思った。
 外見なら背負った殻は綺麗に渦を巻いている方がいいし、目はまんまるでパッチリしてる方がいいし、青い触手はなるたけ長さがそろっている方がいい。
 ちょっと高望みかもしれないけれど、たぶん一族同士だと僕を見て同じことを考えるはずだからね。お相子、お相子。
 もちろん君に向かってこんな理想を語ったところで意味がない。なぜなら君と僕は別の種族だったから。つまり、それと分かるくらい見た目が全く違っていたから。君は僕のような渦巻きの殻なんて背負っていなかった。君の体はつぶれた半月型で下半分が真っ黒、上半分が茶色い甲羅そのものだった。君の目はなんと四つもあって、そのうち二つはちょんと甲羅についたまるで黒い砂粒のように小さい目。もう二つは下側の黒い部分についていて、丸くて赤くてちょっと不気味に輝いていた。触手だってそうだ。君は黄色い爪のような四本足では僕のようにくねらせることなど出来やしないだろう。

 要はあの時、見たこともない姿をした君に僕は好奇心をそそられたわけだ。

「やあ、こんにちは」

 僕は早速君のそばまで泳いでいって挨拶をした。表情はほとんど読み取れなかったけれど、突然ふらりと現れた僕に君は驚いたようだった。

「あの……はじめまして」

 あぁやっぱり女の子か、とそこまでは想定内だったんだけどな。
 別段可愛いとは思わなかった容姿から、どこから出すのかと思うような綺麗な声が返ってきたので実を言うと少し面喰らった。おまけに僕の周りにいる女といえば年齢問わず陽気な性格ばかりだったからこういう控えめな反応には慣れてなかったんだ。
 あれ。なんか邪魔しちゃったかな。そんなつもりじゃなかったのに、と僕はなんだか急に自分がものすごく軽薄な奴に思えてきて、無神経に話しかけたことが恥ずかしくなった。

 にしても困ったぞ。まごついたせいで会話の流れを不自然に止めてしまった。だけど僕を見る君の目は僕よりもっとずっと反応に困っている。
とにかくこの気まずい雰囲気を早くなんとかしないと。声をかけた側としてそれくらいの責任は果たさなきゃいけないと思ったんだ。

「えっと、はじめまして。僕は―――」
 名乗った後で、
「君はここで何してたの?」
 よし。完璧な繋ぎだ。
「私ですか? ……これといった理由は特にありません」
 ……うわぁ、なんかいきなり行き詰まったじゃないか。
 どうしよう。そんな風に返されても困る。一体どんな反応をすればいいっていうんだ。
「ほ、へ−、そうなんだ……」
 僕のバカ。こんな上ずった声じゃ取り繕ったのが見え見えじゃないか。
 だけど、君は。

「でも好きなんです、この浅瀬が」

 みゅっと瞑られた赤い瞳。うわぁいい笑顔。さっきまでの君の顔とは見違えるようだった。なんだか、なんだか変な気分だ。
理由がないのに変でしょう? と続けた君に僕は慌ててそんなことないと言い張った。変な気持ちなのは僕だ。あ、いや、そういうことなら僕だってこの浅瀬が好きだ。
 今日みたいに晴れた日は太陽の光が底の白い砂地まで届いて、水の中が明るく透き通るから随分遠くまでよく見える。そうするとむくむく好奇心が湧いて、もっとずっとその先に続く海に泳いでいきたくなるんだ。もちろんそれだけじゃないさ。この浅瀬を探索してるといつも色んな発見があって物凄く楽しい。それにここは食べ物が豊富だ。
 僕の長い説明を、君は口を挟まずに最後まで辛抱強く聞いてくれたっけ。

「ところで君はどこから来たの?」
「あ、はい……デコボコ入り江です」
「そりゃ遠いね。僕はこの近くのトゲトゲ洞窟に住んでるんだ」

 ちょっと慌てがちに話す僕。しっとりと語る君。互いの雰囲気に慣れてきたところでようやく会話も流れ出した。君の事。僕の事。この浅瀬の事。君の事。僕の事。きみの事。キミの事。そして気がつくとすっかり夕方になっていた。君は帰らなくちゃと言い出した。デコボコ入り江はここから遠いから無理もないと思った。だけどなんだか物足りない。せっかく君と仲良くなれたのに。
 このまま、さよならなんて言いたくない。もう一度会いたい。
 だから言った。
「楽しかったよ。今度いつ会えるかな?」
「では……また明日」
 その返事がたまらなく嬉しかった。あの時はそんなに自覚がなかったけど、今ではその意味がよく分かるよ。


 君と僕は“友達”になった。そうしてちょくちょく顔を合わせるようになった。
 今度いつ会おうか。と別れ際に切り出すのはいつも僕だった。
 横に並んでのんびりと泳ぐ日もあった。岩の数を数えて回ったこともあった。君が物凄く綺麗な石を見つけたことがあった。僕がおもしろい形の海草を見つけたこともあった。  

 きっとくだらないことで笑った。たぶんつまらないことで怒った。もしかしたら馬鹿馬鹿しいことで哀しんでいた。ひょっとしたら面白くないことも楽しかった。
 不思議だった。どんな些細なことも、一つ一つが君といれば輝いて見えたことが。
 君が僕より早く「今度いつ会えますか」と言ってくれたあの日。その理由がうっすらとわかったような気がした。


 ある日こんな事があった。天気が良かったのでなんとなく浅瀬に出掛けると、黒い岩の上に登っている君の半月型の後ろ姿が目に止まった。声をかけようとした途端、僕は君への挨拶の言葉をごくんと飲み下す羽目になった。
 突然岩陰から現れた知らない奴。そいつが親しげに君に話しかけている。驚いたことになんと君はそいつに微笑みを返し、とぷんと水に潜るとそいつと並んで浅瀬から深みへ向かい出したんだ。僕はまるで触手一に本残らず吸盤が生えたかのようにその場に釘付けになった。君がこの浅瀬で僕以外の誰かとあんな風に歩いている姿を今まで一度だって見たことなかったから。

 一体何者だろう。僕はどきどきしながら近くの岩に身を隠して、君と連れだって歩くそいつを観察することにした。そいつはこの辺の水中じゃ珍しい二足歩行をする奴だった。そのせいで背がぐんと高くて、ひょろりと細いくせに全身茶色い殻に覆われて頑丈そうに見えた。両手はそれぞれ切れ味の良さそうな鎌型で角度によってぎらりと輝いた。あれならどんな敵もばっさり一刀両断出来そうだった。ただしあの平ぺったくてでかい頭だけはいまいちだと思った。だけど馬鹿にしようものならあの鋭い眼で一睨みされるだろう。そうなれば僕を含めて大抵の奴は怖じ気づくに違いない。
 なのに、あんなに恐そうな奴とどうして楽しそうにしていられるんだい、君は。

 その瞬間、僕は自分が勝手に彼を悪者にしようとしていることに気がついた。
 僕は背負った殻ごと頭を左右に振ってねじ曲がった考えを吹き飛ばそうとした。違う、そうじゃない。あの君が。あの君が仲良く話せる相手だぞ。厳つい見た目と違ってきっと凄くいい奴に決まってる。よく見るとでかいのに君の歩幅に合わせてゆっくり歩いていたりしててさ。すごく親切じゃないか。なんでも見た目から勝手に決めつけるのは僕の悪いくせだ。
 ―――でも。
 ―――だけど。
 一見恐いそいつの鋭い目が君に向けられる度。大切なものを見るかのように優しくなるのがどうしてだか許せない。
「あの!」
 僕は岩陰から飛び出して叫んだ。子どもじみた行動なのは分かってる。でも君の笑顔もそいつの笑顔も、何もかも全部……
君とそいつは振り返って僕を見た。君は僕の名を呼んだ。顔にはいつものように優しい笑みが浮かべて。一方君の隣のそいつはなぜか僕を見てニヤリとした。
 そして。
「お前がそうか。俺の妹が世話になってるとかないとか」

 忘れもしない、あの言葉。
 結局あれ以降、僕は君のお兄さんに一度も頭が上がらなかったな。


 僕と君が“友達”じゃなくなった。それはある星の綺麗な夜のことだった。
 その日、いつも調子で浅瀬で一緒に過ごしていたらなぜか夕方になっても君は帰ると言い出さなかった。不思議に思ったけれど僕は少しでも長く君といる時間が欲しかったからあえて何も言わなかった。
 その間にも太陽は空を真っ赤に焼き尽くし、気が済んだ様子で水平線に隠れてしまった。そして薄い色から濃い色へ順に塗り重ねていくかのようにもどんどん夜が深まっていく。
 それでも君は僕の隣にいた。岩の上の僕らは顔を見合わせることもなく、横に並んだままじっとしていた。言葉も交わさなかった。
 ただ黙って、少しずつ増えていく星を見ていた。
 そのうちに夜空が星で溢れてしまいそうになった。
 さすがに気が引けて僕は君に声を掛けた。
「もう真っ暗だ……帰り、大丈夫?」
「……」
「……あのさ、送ってくよ」
 君は僕の方を向いた。僕も君の方を向いた。
君は僕の目をじっと見つめた。僕も君を見つめ返した。
 君の赤くて丸い目は暗い闇の中で仄かな光を放っていた。
 どんな星より綺麗に輝いて見えた。
「―――ありがとうございます」
 不意に名前を呼ばれ、礼を言われた。
「そんな、送ってくのなんて大したことじゃ……」
 照れてそっぽを向いた僕に君はしっかりとした声で続けた。
「いいえ。いつも、いつも……ありがとうございました」
 そんなにしょっちゅう感謝されるようなことしたかな。記憶にはなかった。
君と一緒にいるのが楽しかったし笑顔を見たかったから。嫌がることは絶対しないように気をつけていたけれど。
 そろりと振り返った僕は、
 君の目の端にきらりと光る雫を見てひっくり返りそうになった。

「ど、どうしたんだ!?」
 ななな、な、泣いてる! 泣いてる! 僕が泣かせたのか!?
「……このままでは……もう、あなたと会えなくなるのです」

 君の言葉の意味が分からなくて。頭の中が真っ白になった。

「ど…いうこと?」
「これ以上、あなたと親しくしてはいけないと……」
 そんなバカな……
「誰がそんな事言ったんだ!」
「一族の者達が……私の兄を除いて、皆あなたと会うことに反対しているのです」
 一体理由はなんなんだ。納得がいかない。
「どうしてだよ……」
「……異性と親密な関係を築くのは、同じ一族の者だけにしろと……」
「……! でも……僕と君は友―――」
「ただの友達……ですか?」

 すがるような君の瞳。“友達”。――――いい言葉だよな。
でも。

「……やっぱり、少し違う……かもしれない」
「私達は親友……でしょうか?」
…… ……
…… ……
…… ……
…… ……

「……ごめん。好き」
「……はい」

 辺りが暗くて本当に良かった。


 その数日後。運命の日がやって来た。君は一族を捨て僕と一緒に来ることを決めた。あの優しい君がこんな親不孝な決断をしたのは身を切られるような思いだったろう。あの時僕は有頂天になって気が回らなかった。ふたりで誰も知らない遠い海へ行こう。それしか考えていなかったんだ。
出発は夜だった。いつもの浅瀬で待ち合わせをした僕の元へ君がやって来た。驚いたことにあの背の高いお兄さんを連れて。
「ごめんなさい……兄にだけ打ち明けたのですが、見送るといって聞かなくて……」
「よお。お前ら駆け落ちするそうだな」
 僕はしれっと言ってのけたお兄さんになんと答えればいいのか分からなかった。
「あれだ、俺も似たような経験してっから……失敗したらぶっ飛ばすぞ」
「あ……はい」
 お兄さんはびくつく僕の殻を鎌で傷つけないようにそっと叩き、君には聞こえないように囁いた。
「まあなんだ、妹をよろしくな」



 深く、深く。出来るだけ深く。暗い海底をめざしたのには顔見知りに会うのを出来るだけ避けるためだった。僕は触手を君の爪のような足に巻き付けて、はぐれないようにして泳いでいった。聞いたことはあって実際見るのは初めてという場所をいくつも通り過ぎた。辺りはますます暗くなり、寂しい光景が延々と続く。途中ですれ違う者もぽつぽついたのについには誰もいなくなった。恐いくらい静かだ。
 やがて目の前に行く手を塞ぐ壁のような高い山が見えてきた。海底火山のようだ。ずっとこうして海底を辿ってきたというのに今から上を目指して泳ぐのも骨が折れる。さすがにあれを越えるのは根気がいりそうだったので、今夜はこれくらいにして明日この山を越えようと僕は君に持ちかけた。君が賛成したので僕らは山の麓に岩陰を見つけると身を寄せ合って眠った。

 しばらくして目が醒めた。でも朝が来たからじゃない。

 不気味な地鳴り。周りの水温がやけ高い。何か変だ。嫌な予感がした。ぐーらぐーらゆっさゆっさと大きく揺れ出す海底。振動に耐えきれなかった大地に次々と走る雷のような亀裂。君が僕にすがりつく。まさか火山が噴――――
 その瞬間、頭を内側から吹っ飛ばすような爆音がした。
上から下から右から左から押し寄せた岩石と土砂と熱水が何が何だか分からないうちに僕に襲いかかってぐるんぐるんと流れにまかせて回転する僕の体がいろんな障害物にどたんばたんとぶつかって鋭い何かが殻や触手は斬り付けて熱水が舐めるように目を焼いて耳を焼いて触手を焼いてどかんと何かにぶつかってただれた触手が千切れたような気がしてどこか知らないうちに遠くまで運ばれてでも回転は止まらなくて熱も下がらなくて痛みがなくなって意識が消えた。だけど最後まで君のことは離さなかった。

 忍び寄るように意識が戻った時、とにかく体が重かった。積もった土砂で身動きが出来なかったんだと思う。真っ暗だったのはなぜだろう。目が焼けてしまったからか、まだ夜だったからか、やっぱり土砂のせいだったのか。声を出そうとした。
 君の名前を呼ぼうとしたけどどんなに頑張っても無理だった。だけどせめて君の存在を確かめたかった。どこにいるのかはっきり分かるまで諦めたくなかった。かろうじて動く触手の一本を辺りに這わせた。こつん、と触手の先端が何か突き当たった。君の甲羅なのか、つるんとした岩なのか。期待と不安で胸が潰れそうだった。
 小さな小さな、消えそうな声が聞こえた。僕の目から血か涙か分からないものが溢れた。
 君が僕の名を呼んだんでくれた。やっぱり君だったんだ。傍にいるんだ。
 ごめん。でも僕は君の名を呼び返すことはできない。ごめん、ごめんよ。
 自分の体がみるみる末端から冷たくなっていく。この感覚を止めようにもどうすることもできなかった。傷の痛みは薄れていくと言うより、どんな痛みだったか忘れてしまった。どんなに気力を保とうとしても四方八方から意識が削りとられていく。意識の最後の片鱗が融けていく氷のように……

 僕はどこかへ行ってしまった。




 (――――かいのカセキにしますか?) 
 (――――こうらのカセキにしますか?)




 ……マブシイ。ナンダ。マブシイナンダ。マブシイッテナンダ。
アタタカイ。ナニ。カンジル。ミズ。ミドリイロ。ドコ。ダレ。ボク。キミ。
ココどこ。ここはドコ?
ここはどこ……?
「Yattazo,Seikouda! Omunaitogahukkatsusita!」
「Yarimasitane!Kasekiwoteikyousitekuretaanoshounennnisassokutsutaemashou!」
 だれ? なにをいってるの? みたことないいきものだ。
 このみどりのみずはなに? とうめいなかべはなに?
 あなたたちがぼくをとじこめたの? だしてよ。ぼくは……僕は――――

 海底火山の噴火に巻き込まれて、死んだはずなのに。

 ぶるぶるぶるぶる体が勝手に震え出した。嘘だ。嘘だろ。
 死んだんだぞ、僕は。なのに今、僕は生きてるとしか思えない。
 嘘だ。こんなのあり得ない。現実じゃない。
 じゃあここにいる僕は一体なんなんだ? やっぱり生き帰ったとしか考えられない。
 一体僕の身に何が起きたんだ? 僕が死んでからどれくらい経つんだ?

君は?

 君はどこだ? 僕がここにいるってことは君もどこかにいるんだろう?
 どこ? どこ! お願い、返事をしてくれ! どこにいるんだ!?
「Omunaitogaabaredashitazo! 」
「Daijoubuda.Sououchiochitsukusa.Doredore,Yoisho!」
 わっ、さ、触るな! お前達が僕と彼女を引き離したのか!? あの子をどこへやったんだ!

 連中は僕を捕まえた。抵抗しようにも体が上手く動かない。彼らは僕を緑色の水の中から引っ張り出すと今度は空っぽの四角い透明な入れ物へ移し替えた。
 僕がそこから目を皿のようにして君の姿を探したけれど、薄暗い部屋の中は緑の水でいっぱいの入れ物がずらりと並んでいる他に何も見つからなかった。
僕の入れられた箱が何かに乗せられて僕は箱ごとどこかへ連れて行かれた。喋っていたのも僕を連れ出したのも君のお兄さんのように二本足で歩く生き物だった。だけど君のお兄さんのように殻も無ければ鎌もなかった。
 薄暗い部屋を抜け出すとふわっと辺りが明るくなった。なぜか空が真っ白で小さな太陽がいくつも昇っていた。ここもやっぱり知らない場所だった。
 だけど嬉しいことがあった。白い壁に開いた四角い穴から見えたんだ。
 海が。真っ青な海が。きらきらと光る海が。
「Yaa,Omatase! Kasekiwohukugendekitayo!」
 僕は二本足の見知らぬ生き物に抱え上げられ箱から出された。そして向かい側にいる小柄な方の二本足へ手渡された。今まで白い奴らばかりだったのに対してその小柄な奴は赤い色をしていた。

 僕は死んだ。なのになぜか目覚めてしまった。だけど隣に君はいない。君がいないというのに僕は甦ってしまった。この先僕だけひとり生きてなんの意味があるのだろう。寂しいよ。苦しいよ。君がいないのに生きていかなければならないなんて。誰だ? 僕と君を引き離したのは誰なんだ?
 こんな事なら君の傍でずっと死んでいたかった。
 君の傍から離れることなくずっと眠っていたかった。
 今君はどこにいる? まだ眠っている? それとも僕のように目覚めている?
 ねぇ海が見えるよ。綺麗な海が。海は何も変わっていないよ。だけど君は隣にいないよ。
 そんなの嫌だ。会いたい。君に会いたい。
 もう一度会えたなら。もう二度と離さない。

 赤い奴は上半分が赤く下半分が灰色の玉のような物を掴み僕の殻に押し当てた。
 意識が遠ざかる最中、僕は誓った。どんなに時間がかかっても。どんな手を使っても。
 必ず行くよ。
 君のいる海へ。










(7006字)

後書き

ここまで読んでいただきありがとうございました。
ちなみに化石はどちらを選びましたか? 二人を引き離したのは紛れもなくあなたです。
メンテ
目次 ( No.10 )
日時: 2011/02/12 23:58
名前: 企画者

★目次
 敬称略。
 タイトルがないものは本文最初の1文節が書いてあります。


>>1リフレイン【あの日に戻れたら】
  Aコース  by紅蓮

>>2ミステリーサークル
  Aコース  byRと名の付く勇者

>>3不思議なあの子は素敵なこの子
  Aコース  by乃響24

>>4七賢者、ヴィオ
  Bコース  by春野郎

>>5永遠少女
  Aコース  bybreakthrough

>>6凍てつく愛
  Bコース  by地のごとく大らかに

>>7僕と君との二年間
  Aコース  byこしたん

>>8銀色の季節
  Bコース  by粉雪

>>9君のいない海
  Aコース  by蛇蜥蜴

>>11春へ
  Aコース  byあづまくだり

>>12昔←→今
  Aコース  by疲労少年

>>13
  Bコース  by炬燵でアイス

>>14人の下痢路を邪魔する奴は、
  Bコース  byサンサール

>>15枷を -rock'n'roll is not dead-
  Bコース  bypentadeca

>>16ダカラ・モシモ・モウイチド
  Aコース  by……『炎ポケモンに持たせないでください』

>>17天気が良いので死ぬことにした。
  Bコース  by間に合うか。

投稿16作品中、Aコース9作品 Bコース7作品

★間違いがあった場合はご連絡ください。
★?コースと表記された作品の作者はその作品を編集してコースを明記してください。
メンテ
春へ ( No.11 )
日時: 2011/02/12 22:11
名前: あづまくだり

Aコース


 彼等は生まれた国を出て、海を越えて南へ向かう。南で長い冬を越し、春先になればまた自らの国へ帰ってゆく。
 そろそろまた旅に出るころね、と呟いた母の言葉を、子は聞き逃さなかった。
「たび……? 今度は、どこへいくの?」
「生まれた国へ帰るの。あなたは生まれたのが遅かったから、すぐこっち――この島へ来たでしょ? スバメやオオスバメにはこっちの夏は合わないから、涼しい国へ帰るのよ」
「ふうん。ねえ、花は咲いてるの?」
 子スバメは花が好きだった。ときに溌剌とした、ときに安らかな匂い、目が迷うほど色とりどりに咲いては散る花びら、雨に濡れてひっそりと花を閉じる様、光を受けて輝く露、何もかもが大好きだった。
「きっとね。さあ、早く支度しなさい!」
「はーい」
 子スバメは少し投げやりに言った。塒が慌ただしくなりつつあった。長い長い旅に向けて。


 その日、木の葉に落ちる露や屋根を伝う雫さえ凍てつく厳しさで寒気が街を覆った。明けようとしていた冬が、一日だけ最後の力を振るったようだった。
 人々は毛糸で厚く編まれた服を着込み、背を丸めて歩いている。鳥ポケモンたちは頭を丸め、丸裸の木に作られた巣の中で頭上の重い雲が去るのを待っている。地を走るポケモンたちはみな様々な巣にこもって、じっと身を潜めている。
 不意にマメパトの一匹が丸めた頭を空へ向けた。一匹のオオスバメが天高く羽ばたいていった。南から北へ、何十、何百ものスバメや彼等を先へ導くオオスバメが群れをなし重い雲を裂いて飛んでゆく。
 空を覆い尽くすほどの黒いその群れに、マメパトは必死で母を呼ぶ。すぐにハトーボーが飛んできて、空を見上げると言った。
「ああ、怖がらないで、あれはスバメたちの群れよ。彼等が帰ってくると、もうすぐ春がくるってことなの」

「あの辺りで羽を休めよう!」
 先頭を行く若いオオスバメの大きな鳴き声が上がった。下には川が広がり、海が遠く見えた。川の脇には人間が整備した河川敷がある。そこへ次々にスバメやオオスバメが降り立ち、各々毛づくろいをし合ったり川の水を飲んで体を休め、思い思いに過ごしていた。重い雲の下、何匹かは身を寄せ合って震えるものもいた。
 子スバメもオオスバメに寄り添って、体を震わせている一匹だった。
「お母さん、寒い……春なんじゃなかったの?」
「今日はフリーザーが降りてきているのかもしれないわ。きっと山に帰る前に街を見ておきたかったのね」
 河川敷も芝は枯れて、冷たい風に茶けた細い葉を揺らし、その中に見えないほど小さな芽がぽつぽつと潜んでいるのみだった。
「寒いよぅ……あの島はこんなに寒くなかったよぉ」
 オオスバメは首を傾げる。
「うーん、そのうち暖かくなるわ」
「うそだっ! 花も咲いてるって言ったくせに! なんにもないじゃないか!!」
 何もない河川敷を見回し、子スバメは声を荒げると、寄り添っていた母から離れて小さな翼を羽ばたかせると、空高く飛び上がった。
「あっ!」
 一匹が明後日の方向へ飛んでいったのに、オオスバメたちも気づいた。すぐに母が飛び立っていく。残りのオオスバメたちも二匹ほどを見張りに残すと、母を先にして子スバメを追いかけていった。

 川の流れと風の向きに逆らって羽を羽ばたかせる。すぐに河川敷を抜けて、暗い色をしたビルのある街を飛ぶ。ビルにぶつかりそうになりながらすり抜けて、スピードを上げて走る車を下に、遠く見える森へと嘴を向ける。相変わらず重い空の下で子スバメは懸命に飛んだが、羽が疲れて、静かな公園で速度を落とし一本の大樹に止まった。子スバメのほかには誰もない、ひときわ強い向かい風が吹くだけの錆びた公園だった。
 そこへオオスバメがやってくる。彼女もまた、息を弾ませている。
「ふん!」
 子スバメも母が追いかけてきたことに気づいたらしい、そっぽを向いてちょんちょんと跳ねながら枝の先へと歩いてゆく。枝の先には、丸く膨らんだ蕾がひとつ。
 子スバメはふてくされて、気の早いその蕾を嘴でつついた。オオスバメがそれを見て問いかける。
「それ、何だかわかる?」
「ふん……」
「それはね、花の蕾。これから暖かくなって春がくると、その蕾が開いて花が咲くの」
 蕾を見つめる。他の枝にも蕾があったが、この枝の蕾が一番大きくなっているらしい。固そうな皮の下に潜む花びらを思う。
 子スバメはまだそっぽを向きながら、小さな声で言った。
「じゃあ、もう一度お花を見れる?」
 オオスバメは大きく頷く。
「もちろんよ。だからみんなで毎年この国に来るの。もちろん体のこともあるけれど、春がきてこの国にもう一度花が咲くのを見るために。いいえ、この国に春が来る限り、何度でも、何度でもまた花が咲くわ」
 愛する故郷の美しい春。それを求めて、海を越えて危険を冒し帰ってくる鳥たち。本能とひとことでは片付かぬ彼等の想い。
「さあ、帰りましょう」
 オオスバメに促されても、少しだけ子スバメは動かなかった。
 空を見つめる。雲がわずかに明るくなり、太陽が丸く透けていた。春は本当にすぐそこなのかもしれなかった。
メンテ
昔←→今 ( No.12 )
日時: 2011/02/12 23:01
名前: 疲労少年

Aコース投稿 お題「もう一度」





朝、空はまだ薄暗く、太陽も山から顔を出していない頃、俺は目を覚ました。
まだ眠いが、そこはいつものことだから仕方ない。頑張って起きよう。
のっそりと起き上がり、そのままの状態で出かける支度をする。ジャケットを羽織り、床の上に無造作に置いている鞄を手に取る。

俺―――崎本 智也は現在、絶賛無職中だ。ぼろぼろのアパートに一人暮らし、なんとも寂しい生活を送っている。
毎日自宅でネットやゲームをしていて、ほとんど外に出ない。脛をかじらない点以外はほぼニート同然だ。
そして一日に一回だけ外に出る、その時間が今。太陽が昇ってない朝。時間にすると大体5時とかそこらへんの時間帯である。
その時間にコンビニに寄り、一日分の食料を買ってくる。元々小食な為、食費は割と節約できる。

その帰りに、毎日とあるリサイクルショップによる。品物をみるのは当たり前 だが、
俺はたまに何か物を売って帰る。いらなくなったものや、昔持ってたお宝(ガラクタ程度)や、遊び飽きたゲーム諸々。
これが意外と高く売れるのだ。割と生活費などはこういうもので賄ってるケースが多い。
だから割と金には困ってない。いよいよ危なくなったらどこか働き口を探せばいい訳だし。


さて、今日も俺は、その薄暗い道をとぼとぼと歩いていた。
季節は、暦上は春といってもまだまだ冷たい風が吹き荒れている。19歳の俺にとっては……

……いや、20だ。あ、そうか。今日って俺の誕生日だったか。
近頃日付なんか意識してなかったから全然日にちが分からなくなってるな。危ない危ない。
兎に角、冷たい風は体にこたえる。
ジャケットを深く着て、空中に向かって白い息を吐く。ああ寒い。凍えるぜこの温度。
コンビニに着いた。少しだけ豪華なものを買っとこうか。やっぱ普通のでいいや。
くだらない自問自答を繰り返し、結局いつも買う質素な奴になった。

帰り道、いつものとあるリサイクルショップに差し掛かった。



「……うん?」




店頭に、一つのリモコンがある。


この店の店頭には、大体目玉商品や新しく入荷されたのを置くことになっている。
『入荷日にち 2011年 2月11日』……うん、昨日だ。じゃあきっと後者の方であろう。

しかし、
テレビなど無しに、リモコンだけ置くことってあるのか?
テレビも一緒に売らないと商品にならないだろうに。何故これだけなんだ?
仮に、誰かがリモコンだけ売ったとしても、普通に考えてリモコン単体で店が出すわけないと思う。
何か意図があってのことなんだろうか?
別にどうでもよかった筈なのに、なぜかそのリモコンが気になった。


「店長ー?」
俺は店に入るなり、カウンターでのんびりしている男に話しかけた。
男―――店長は、俺をみるなりいかにも優しそうな目つきを見せ、
「おー、智也君かい。」
といかにも優しそうな言葉をかけてきた。
聞いた話、この店長は5,6回くらい来たら非常にフレンドリーな態度をとってくれるんだそうだ。
「今日はどうしたの? 何か買ってくかい?」
俺はその質問に頷き、一つの商品を差し出す。
俺が手に持ってたもの、   

     ―――あのリモコンだ。

「これ、なんか気になった。」
それだけ言って、カウンターに無造作に置いた。

何故だか、一瞬店長の目つきが変わったような気がした。

「あぁ、これね。じゃあ金額は……」
「待った。その前に、」
俺の突然の待ったに店長は疑問符を浮かべる。

「……その前に、これに何の用途があるのか教えてほしいんだが。」
一番聞きたかった質問。ていうか聞いておかないと話にならない。
ただのリモコンだよ、といえば即効買うのをやめにするし、すごいリモコンだよ、といえば能力くらい聞いておきたい。

「……これねー。昨日入ってきたばかりだからよく知らないけど、なんでも、
  『人生やり直しリモコン』っていうらしいよ。」

「人生やり直し?」

……。

待て待て待て、此処はアニメとか小説とかの世界かよ。(小説の世界です)
人生やり直しって、なんかすごいファンタジーチックな名前だな。
そう言ってしまうと確かに店頭にあるのも分かるけど、いくらなんでも……。
「昨日此処に来た人が言ってたんだ、確か
『このリモコンは、人生やり直しリモコンっていって、使用者の人生を一度だけやり直すことができる。
 便利な道具でもあり、恐ろしい道具でもある。』
 って。」


……。

使用者の人生を……一度だけ……。


「……、これ、いくらだ?」
気がつくと、手が自然に財布へと伸びていた。



――――――――



「人生やり直し……ねぇ。」
さっきからそのことだけが頭の中でぐるぐるしている。当たり前といえば当たり前だ。
こんな現実離れしたことをいきなり聞かされて、しかもその「現物」を持っているのだから。

「これ」を買ったのは、他でもない。
やり直したい過去があるからだ。

自分で言うのもあれだが俺は元々、こんな生活を送る筈ではない人間、いわゆる優学生だった訳だ。
高校での成績はほぼトップに近く、割と現実でも充実していた。彼女だっていた。俗に言うリア充だった。
ある大学進学の時、楽勝と踏んでいた為、一つの大学しか志望していなかった。
それでも入らないとまずいので前日にはちゃんと勉強した。夜遅くまで徹夜もした。

そこまでは良かったのだ。



 ―――翌日、俺は立つことすら難しかった。
「インフルエンザ」 どうやら新型らしい。
絶望した。まさか、こんな日にかかるとは、思ってもみなかった。

その頃から、勉強というものが無駄のように思えてきた。一切手をつけない始末だ。
そのままずるずると引きずって現在の状態に至る、という訳だ。

できることなら、あの試験の前にいって、試験を受けるようにしたい。
思えば、インフルエンザ予防をしなかった自分も悪いのかもしれない。
だから今度はちゃんと「予防」して、ちゃんと試験に臨みたい。
そうすれば自分の人生もちょっと、いやかなり変わってきたかもしれない。
こんな堕落しきった生活じゃなく、ちゃんと整った環境で暮らせるかも知れない。
兎に角、どうにか今の生活を、変えたかった。

アパートについた。見慣れた風景。場合によってはもう見ることもないかもしれない。
俺は部屋に戻ると真っ先にそのリモコンを手に取った。
自慢じゃないが、こういう機械類は大体説明書を見ずに使いこなすことができる。
だからいつもの癖で、付属の説明書を見ずに早速本体の電源をつけた。

リモコンの上についていたモニターに
『イキタイ ネンガッピヲ センタクシテクダサイ ____ネン __ガツ __ニチ』
と映し出された。きっとボタン押し式だろう。
いつに飛ぼうか。受験前だから……多分2009年の2月1日くらいか。

俺は、淡々と数字を押して行った。もう後には引けない、決意したのだから絶対に止めない。
全てを押し終わった時、再び文字が浮かび上がった。
『2009ネン 02ガツ 01ニチデイイデスカ?』
確認する、うん、あってる。リモコンについてる「決定」ボタンを押す。

『イチドイドウスルトイッショウモドッテコレマセンガソレデモヨロシイデスカ?』

……。
一瞬ためらう。いや、もう行くと決めたんだ。もう後戻りできないのだ。
ゆっくりゆっくり、俺は「決定」ボタンを押す。

『ソレデハイドウヲカイシシマス』

その文字とともに、リモコンから強烈な光が発せられた。
そして俺の体はその光の中へと消えていった……。




――――――――




「う……ん。」

目を開ける。さっきまでの強い発行は消えていたが、まだ目がチカチカする。
でもさっき使ったリモコンは、この自分の手でしっかり持っているという感覚をはっきりと感じている。

この自分の……手で……。

「?」
ん?俺の手って、こんな小さかったか?
確かに昔は小さい小さいってよくからかわれてたが、今は……


「……。」


そうか。
俺は辺りを見回す。目のチカチカはもう消えていた。
今は朝。空は快晴。窓からの日光がまぶしくてたまらない。
此処は、どこかの部屋のようだ。少なくとも、今の俺の部屋ではない。
今 の俺の部屋ではない。

「昔の……俺の部屋。」

改めてリモコンを見る。
モニターには、『イドウガカンリョウシマシタ』とだけ映っていた。
昔の俺の部屋には、高校の頃よくやってたゲーム、当時流行っていた玩具などが多数あり、
机の上には所せましと参考書やノート等が並んでいた。
確かに、昔の俺の部屋と全く同じだ。
壁にかけてあったカレンダーを見る。2009年2月のカレンダー。
そのカレンダーの2日を大きな赤丸で囲まれていて、大きく『試験当日!!』と書かれている。
さらにその一週間前から赤いチェックマークが連なっている。
そしてそれには2月1日分だけがチェックされていない。

「本当に、タイムスリップしたのか……」

さすがに、それはないと思いたかった。
決定的な証拠は、俺の格好。どこからどうみても俺の高校時代の制服だった。

と、なると。
もし、もしもだ。
仮に、今日が2009年の、2月1日だったとする。
カレンダーと記憶からすると、恐らく明日が試験の日になるだろう。
その日、俺はインフルエンザになっている筈、なのだ。

「予防。が目的だったよな。確か」
そう、そうだ。
戻ったところで当日倒れたんじゃあ、この時代(?)に来た意味がない。
じゃあ、どうやって予防できる?
いや、もう原因は分かっている。
今日、俺は今から塾に行く予定になっている。
その時に、俺の友人が確か風邪をひいていた。
俺は、ソイツの看護、というか、心配でずっとそばにいた。
原因はそれしか考えられない。
ちなみに、俺の記憶では当日ソイツは普通に受験を終わらせた翌日、インフルになったらしい。
ソイツが俺に風邪を移したから発症が遅かった、なんて、恐ろしい話だ全く。

兎に角、どうすればいいのか?、というと、簡単な話。


ソイツに、近寄らなければいいだけのことだ。



塾、今日は特に試験前というだけあって、先生の熱気やらがすごい。すさまじい。
なんてのはちょっと前に同じ光景を見ていたので特に気にならなかった。

「智也クン、おはよう」

来た。この話の元凶だ。案の定、マスクをつけてのご登場。
彼は、『河合 宏樹』といい、俺の親友だ。
女子どもからは「かわいいヒロキ」だとか「ちっちゃくて萌える」とかもてはやされていて、
まぁ俗に言う「ショタ」という部類の男子だ。
確かに俺から見ても河合はまぁかわいいと思う。そういうシュミはないが。
俺もあんな風にもてはやされたいとか思ったことは、決して、ない。

っと話が逸れてしまったが、
要するにコイツから離れたらいいわけである。

「おぉ、河合。おはよう、ん?どしたそのマスク。風邪?」
あえて分からない風にして聞く。しかし完全にインフルエンザ予備軍である。
「あぁ、そうみたいなんだよねぇ。なんか朝から調子悪くて……」
完全にインフルエンザ予備軍の河合は言う。
此処で昔なら確か「そうなのか、気をつけろよ。」で終わってたはずだ。
此処でちょっと言葉を選んで……。
「……それって、やばくないか?明日本番なのに、熱で休んだら元も子もないだろう?」
俺はあせったような口調で言う。元も子もなかったのは俺の方だけどな。
「そうなんだけど、でも勉強しないと落ちちゃうし……。」
「勉強なら家でだってできる。それよりもまず自己管理の方が大切だろ?安静にして、明日に臨んだ方がよっぽどいいと思うぞ。」
「……。そうだね。帰ってから勉強するよ。体、大事だしね。」
勝った。よくわからんが勝った。

「うん、じゃまた、試験会場で会おうぜ。」
「分かった。じゃあね!」

俺は河合に別れを告げた。
河合は、俺に背を向けた後、小さいくしゃみを2発して帰っていった。かわいい。
……もう一度いうが、俺にはそういうシュミはない。断じて。

―――しかし、これでちゃんと受験できる。と思う。
まぁ明日まで待つしかないな。実はインフルエンザにかかってた。なんて間抜けな話は無しにて欲しいな。
結局、その日は一日勉強で終わらせていった。



――――――――


試験当日。目を覚ます。真っ先に飛び込んできた天井がいつもと何か違う。
……あぁ、そうか。俺、タイムスリップしたんだっけ。
昨日の夜は、いままでのことは夢であって、明日起きたら普通の生活に戻っていろ。と念じながら寝たが、
どうやら本当だったらしい。昔の俺の部屋がそれを物語っている。

だと、すれば。

俺は、まず体を起こす。特に異常はない。
手足を振り回す、うん。正常だ。どこも変なところはない。
次に、今まで俺が寝ていたベッドから離れ、床に立ってみる。
全然だるくない。歩いてもさほど気持ち悪くならない。
ということは。
俺はどこからか見つけた体温計を手に取り、体温を測った。

「……おぉ。」
36,3度。見事に平熱だ。
つまり、インフルエンザにはかかってない。ということになるか。




運命が、変わったのだ。






――――――――



2011年、2月11日。俺は毎日通る帰り道をぶらぶら歩いていた。
明日は俺の二十歳の誕生日。彼女とは離れてしまった為、一人で祝うことになるが、別に慣れているので特に問題はない。
鞄の中に入っている財布を引っ張りだし、残金をチェックする。―――そういえば、まだ一回も銀行って使ったことないな……。
親が昔もしものために振り込んでくれてたらしいが、暗証番号をまだ一度も確認したことがない。
そろそろ使っとかないとな。大学に通ってるとそろそろそんくらいの金は必要になってくるだろう。

俺は、あの後試験に合格し、無事希望の大学に行くことができた。
小さいアパートに一人で暮らせるように引っ越した。費用はまるごと親が出してくれた訳だが。
後で分かった話だが、河合は、結局当日に熱が出てしまい、受験できなかったらしい。
俺と同じ境遇なのか、と思うと悲しくなってくる。

いつしかリモコンの存在も薄れかかってきた。
もう、一つの思い出として封印されようとしていた





―――のだが。


「ッツ!」

突然、後ろから誰かとぶつかった。
割と思い切りぶつかった為、大きく前のめりに倒れてしまった。
俺は、何がおきたのか。はじめはあまりよく分からなかったが、少したってようやく理解できた。

鞄をとられた。

理解した途端、気付けば俺は走っていた。無論全速力で。
しかし、俺は走るのだけは専ら苦手で、昔から足は遅い方だ。

その誰かは、既に視界からずいぶん離れたところにいて、到底追いつける場所じゃない。
ダメだ。もう無理だ。諦めよう。
「畜生……っ」
あの中には大事なものとかいろいろ入ってたのに。どーすんだよこれから……。
そういえば銀行の暗証番号等々もあの鞄に入ってたような気がする。

「どうしようか……。」

と、とりあえず、自宅に戻ろう。
一応少しだけ金はある。食料もある。生活できる環境ではあるので、鞄が戻ってくるまでは十分凌げるだろう。
鞄においては後で盗難届けを出しておこう。
俺は、自宅に向けてとぼとぼと歩いて行った。




「……!」

なんてことだ……。
俺は部屋の中の光景を見て驚愕とする。こんなことって……あるのか。
いや、でもそんな大がかりなことできるはずがない。きっとできない。
見ると、部屋の窓が大きく開いている。ここから出したのか?全部?
いやいやいやいや。確かにこの窓の大きさだと全ての家具が出せるようにはなってるけど。
少なくとも、此処は4階だし。そこから落とせば全部壊れて……
……そういえば下にクッションみたいなのが置いてあった気がするな。ちょうどこの部屋の真下……。
でも……えぇ?これはさすがに無理じゃないのか。



     そんな、 部屋から家具を全部消す なんて。



とはいっても、消えたことには変わりない。
どーすんだこれから。これで事実上一文無しという形になってしまったのか。
大体なんでこんな目に遭わないといけないのだ。しかも一日に2回、大きな「事故」を。

とりあえず部屋を見渡してみる。元々家具があったところにたまっていた埃がものすごく空中に舞い上がっている。
残っているものはないのか。俺は部屋の隅々まで探すことにした。
全ての家具が無くなっているので、無駄に部屋が広く見える。
残っているものが少しでもあれば……


―――あった。

小型で、真っ黒。
表面に、なにかボタンのようなものが付いている。
他人からみると、これだけあっても意味ないんじゃあ?というようなものが残っていた



リモコンだ。



二年前の出来事がよみがえってくる。
そう、そうだ。
全ては、このリモコンがいけないのだ。
一時期は幸せな生活を送れたのだが、いつしかこのように堕落してしまう。
最初からこのようになる設定だったのだろうか?
きっとそうに違いない。なんて恐ろしいリモコンなんだ。
嗚呼、なんでこんなものを買ってしまったんだろう。

こんなもの、捨ててしまおう。
俺は、リモコンを持ったまま大きく振りかぶり、外に放り投げようとした。

……。

いや、捨てるくらいなら、売ってしまうほうが得かな。
事実上一文無しな訳だから、少しでも金の足しになった方がいいだろう。
問題なのは売るところ。でもまぁ、こういうのを売ってくれそうなところは、あの場所しかないだろう。
俺は、リモコンを持ったまま、外にかけ出した。




「此処……だな。」

着いた。
此処は、全く変わってないのか。
まぁ、当たり前か。俺が過去にいっただけで、此処が変わるんじゃあたまったもんじゃないからな。
にしても懐かしいな。軽く2年は経ってるよな。

俺は店の中に入る。
いつもと変わらない店内、品ぞろえは多少違うものの、なんとなく見覚えがあるものもちらほらと見える。
この懐かしさをもう少し味わっていたいが、今はそんなことを言ってられない。

「店長ー?」

奥の方に、昔見た店長がいる。
しかし店長は、こっちをみて無愛想な表情を見せる。
そうか……店長は俺のことを知らないのか。当たり前といえば当たり前か。

「えと、これを買ってほしいんだが。」
俺は店長の前にリモコンを差し出す。

「……これは?リモコンだけじゃ、買えませんが。」
店長は、怪訝そうな顔をしていう。


俺は、この店、「リサイクルショップ」に響くような強めな声で言った。








「……確かに、これだけじゃだれも買ってくれないかもしれないが、






 



  このリモコンは、人生やり直しリモコンっていって、使用者の人生を一度だけやり直すことができる。


       便利な道具でもあり、恐ろしい道具でもある。」










――――――――







―――このリモコンは、使用者がもう一度やり直したいという記憶に遡り、その出来事をもう一度繰り返すことができるリモコンです。
   使い方は、ナビの指示に従って本体に付属しているボタンで設定してください。

   !注意点!
   ・使用効果はお一人につき一度です。二度からの使用は使えませんのでお気を付けください
   ・当製品を使用するうえで、一部の人や場所、歴史が変わってしまう場合があります。
   ・望み通りの世界にならなくても此方側は一切の責任を問いません。ご了承ください。














―――此方側が故意に作ったシステムではございませんが、使用時になんらかの不幸が訪れるというケースが多々見られるようです。
   不幸が訪れた場合は、貴方の運が悪かったということですので。ご愁傷さまでした。

                                ※「人生やり直しリモコン」説明書より引用















後書き

8814文字。ほとんど改行で占めてます。
ぶっちゃけ人生でこんなに小説書いたことないかも。
メンテ
( No.13 )
日時: 2011/02/12 23:21
名前: 炬燵でアイス

Bコース「氷」

 君はどうしてそんなに醜い姿をしているのか。
 どうしてそれでも生きようと思うのか。
 外界からの敵の侵入を許さない冷気が立ち込める中で、その海水はそれ以上に冷たい。その中で泳ぎ海中のプランクトンでも食べて何とか命を繋いでいるのか。君の兄弟はどうも数週間前には死んでしまったようだ。そう、寒さと虐めに堪えられなくなったんだ。食べられた者もいるのかな。ところが君は生きているね。ここに住む他の生物から虐げられていても泣き言の一つも漏らさずに生きているね。そういえば僕は君の声を一度も聞いたことが無いよ。いつも僕からの一方通行の会話だね。こんなのを会話と呼ぶのかな、教えてくれ。いや、そう言っても教えてくれないのだろうね。いいさ、段々もう慣れてきた。さて、何の話をしていたんだっけね。……ああそうだ、生きるのは辛いだろう。君の兄弟が死んでいったのが証明しているように、この氷海はきっと君にとって非常に生き辛い場所なのだろう。きっと元々は寒さには慣れない身体なのかも。いや、何も死ねと言っているわけじゃあないんだ。だけどここは絶えず様々な者が死んでいく所だ。その中で君のような力をそれほど持たない者が生き続けているのを僕は常々不思議に思っていたんだ。僕が言える事ではないけどね。今日はどうしてこんな話をしているのかというと、そうというのも僕の兄が昨日命を落としたからさ。兄はこの世界の中で強い存在だったんだ。まさに皇帝という身体をしていた。僕はこんなちょっと大きめの頼りないペンギンの姿をしているけどね、兄は違うんだ。もっと堂々としてる。いつものように食糧を求め海に潜ったまでは良かった。兄はちょっとすれば必ず食糧を口にくわえて戻ってきていたのに、昨日は半日ほど経っても帰ってこなかった。さすがに心配になって僕は海に潜り彼の安否を確認したところ、ここから十分程の距離の海底に死体が転がっていた。思わず目を逸らしてしまったさ。一瞬兄と分からなかった。もう身体の至るところが食いちぎられていて。僕が発見した時も大きなはさみを持った海中の生物がその身体を貪っていた。僕は無我夢中でその生物を自分の全ての力を使って追い払ったよ。正直、僕が追い払えたのは奇跡と言える。僕は兄と違い弱者だ。食糧も兄が取ってきてくれたものを分けてもらっていた。僕は逃げる事しかできないような臆病者だよ。それなのに追い払えたのさ。逆にいえば、僕が勝てるような相手に兄が負ける筈がない。何が死ぬ要因となったのか、今では確認しようがないことだけどね。こうして淡々と話していると、兄が死んだことなど夢のようだよ。いや、実際夢心地なんだ。兄は僕の手で海底に埋めたよ。兄は死んだよ。そう、死んだ。世の理に従って、敗者として死んだのさ。勝者は生き、敗者は死ぬ。獣が喰い合うのは日常だ。なあ、君が生きているということは君は勝者なのかなあ。君はあの大きなはさみの奴と対峙した時勝てるのかい。勝手な憶測だし失礼なものだけど、君は勝てないと思うんだ。だけど君は生きている。それは勝っているということだね。何だか不思議なものだ。力を持たなくとも生きていける君が不思議だ。そんな君にこうして毎日会いにやってくる僕も不思議な存在だ。不思議というより変なのかもしれない。少なくとも僕は、他の奴らのように君に氷のつぶてでも当ててやろうという気になれないよ。他と違うということは変だということだろうな。
 なあいつまで黙っているんだい。
 僕は君の声が聞いてみたいよ。
 君の声は綺麗なんじゃないかと思うんだ。他から虐げられる魚でありながらも、君は他に無い力を持っているように僕は感じるんだ。唯一無二の力だ。それは決して他を倒す力じゃない。そんな美しくない力じゃない。例えるならば暗闇にただ一点だけの小さな光。恐ろしいほどその闇が深かろうと一つの安定感を保ち続ける光だ。漆黒の闇よりもずっと恐ろしいほど美しい光だ。そんな力を君は持っているような気がするんだよ。




 やあ、今日は少し元気が無さそうだね。何か嫌なことでもあったのか、と言っても君は答えてくれないんだろうけどね。それにしても今日はなんて風が強い日なんだろうか。吹きつける雪が辛い。けど、ここは少し氷の小さな山に囲まれているから気持ち程は楽かな。表は凄まじい吹雪だよ。こうして呑気に一人外にいるのは僕くらいなものさ。大抵は小さな巣に集団で固まって暖をとっているよ。まあ、僕は少し寒いくらいが丁度良いよ。見栄を張っているわけではなくてね。ああ、君身体がやけに傷付いていないか。また誰かに攻撃を受けたのか。それなのにこうして外に出てきていてくれるのか。なんだかごめんね。でもありがとう。
 ……兄が死んでから随分と日が経った。まったく、自分の力の無さを痛感するばかりだ。食糧を確保するのに苦労してね。一応魚の捕り方ほどは教わっていたけど、僕は下手だったものだから。兄はそれを見ていられなくて結局私の分も一緒に捕ってくれていたというわけだ。本当に、僕は頼り切っていた。いなくなってから痛感する。僕の方がよっぽど弱者であるにも関わらず、どうして兄が死んで僕が生きているのか。明日にでも喰われてしまうのではないかと思ってしまう。兄でさえ死んだのだから。そんなことを、兄の亡き骸を頭に浮かべるたびに考える。その度僕は怖くなる。けれど運命というか、僕にその時が訪れたとしても納得だと同時に思ってしまうんだ。力の無い僕が生きていることは何だか不合理に思えてね。不思議な感覚がするんだ。君が生きているのも不思議だよ。どうやってそうして生きていられるのか。そうやってボロボロの状態になっても、懸命に生きようとするその姿が僕にはやけに眩しく見えるよ。僕はどうなんだろうなあ。早く死にたいのかな。
 ああ吹雪が辛くなってきた。波が酷いことになってきた。僕はそろそろ帰ることにするよ。君も波に呑まれて死ぬようなことは無いようにしてくれ。



 兄が死んでから数カ月経った頃。
 太陽が昇って少ししてから、僕はいつものようにあの魚の元へと向かった。食事は浅瀬に泳いでいた魚で済ませた。辺りはまだ薄暗く、そして静かだ。海も何だかいつもよりずっと静かのように感じる。耳の奥で微かになるような波の音だけが周りに浸る。目を閉じてみると、恐怖すら感じるほど安定した空気をピリピリと肌で感じる。風は吹いていない。強風がよく吹き荒れる此処にしては珍しいことだ。
 僕は少し下げていた頭をくいと上げると、まだ低い太陽の光を正面から見てしまい思わず目を背けた。それでも抗うようにゆっくりと視線を上げていくと、真っ白に輝く白い世界が広がっている。氷山も平らな道も全てが白い。ただ右方向に広がっている海に限っては青く黒い。青く黒いその色が彼方、見えない奥の世界に広がっている。向こう側には違う世界があるのだろうか、それともただ海が広がっているだけ? 僕は知らない。だけど知りたいと思う訳じゃない。ここで果てるのだとどこか心の中で決心している部分があった。兄と同じような道を進むのだろうと。
 僕はそうして考えているうちにまたいつもの場所へと辿りついた。あの魚が水面から顔を出している場所はすでに定位置となっている。まだ初めて会って間もない頃は特に決まってもいなかったけど、いつの間にかここになっていたのだ。
 けれど今日はまだいない。それもまた珍しいことだ。あの魚はこの頃には既にここに居る筈だ。心に一筋に不安がよぎり、数分後には僕は身体を海の中に沈めていた。全身に纏わりつく水圧。水面から差し込んでくる太陽の光が海中を照らす。海の中は勿論沈黙の世界で、生き物も殆どいない。僕はあの魚が普段どこに身を潜めているのかを知らない。陸の生き物は僕を含め大抵自分の領地を作るけれど、あの子はどうなのだろうか。僕は知らない。日光を手掛かりに僕は泳いでいくと、視界に数匹の魚の群れを発見した。思わず身体がぴくりと反応したがあの魚の姿は確認できない。僕は海底すれすれまで潜って悠々とそのまま泳ぎを進める。しかしそうしているうちに身体の動きが鈍くなっているのを感じた。この先は僕にとってトラウマとも言える場所だ。脳裏に浮かんだ映像は兄の死体。心が動きを止めようとしている。水圧以上にかかる胸の奥のブレーキが叫んでいる。
 行くな、行くな行くな行くなと。
 ――瞬間、暗転。
 視界が白く弾けて身体が吹き飛ばされた、と同時に後方に痛みが爆発した。土煙が辺りを覆い尽くす。内臓が破裂したのではないかと疑うほどの衝撃。なんだ、なにがおこった? 全身に痺れが走り、辛うじて歯を噛みしめて意識を保つ。が、撒き起こる煙が視野を狭め、殆ど何も見えない。やがて浮力に従い塵は水面へと消えていこうという時に、僕は獲物を捕えんとする獣の姿を目の当たりにした。それは記憶に新しい敵。恐らくこれから死ぬまで記憶から離れないであろう敵。実兄をその手にかけ、喰い荒した張本人。照る赤い甲冑を身に纏い、巨大な両腕のはさみを軽く振りまわしている。頑丈な身体つきを思わせ、そして異様に目立つ頭の五茫星が日光を受け眩しく光っている。僕は緊張に身体が震えた。目がぎょろりとこちらを向き、瞬間その足が動いた。はさみを振りあげ一瞬で間合いを詰めた。そのスピードはまさに目も止まらないものだ、だが僕は必死になりその右腕を硬化させていた。平らなその腕を金属の如く硬くする。兄が教えてくれた攻撃の一つで硬化した爪で相手を引っ掻くのが本来のやり方だが、今は防御するしかない。はさみを正面から受け止めるが、相手の攻撃力にかなう筈も無く、再び岩場に衝突する。口から赤い液体が噴出する。それが血であることは霞む意識の中で朦朧と理解した。攻撃は止まず、煙の中を貫くような至近距離からの怒涛の泡の軍隊が襲いかかった。遂に岩場を壊す。痺れと痛みが全身を貫く。自身が破裂してしまいそうだ。無数の泡の攻撃は海を揺らし、僕は空中へと泡の勢いで投げ出された。弾けるは水飛沫と血。その時僕は死を直感した。視界がぼやけている。敵がまた来ている。海面から顔を出し、跳び上がった。それは何となく分かってもけれど遠近が掴めない。防御しようにも身体は麻痺したように動かない。潮風が大きく吹いた時、波が叫ぶ。肉がはだけ、血が止まることなく噴き出している兄の姿が頭をよぎった。
 その瞬間、その赤い物体が視界から消えた。
 水面から跳び上がったのは、あの魚。普段の大人しい雰囲気からは想像できない目にも止まらぬ勢いのまま巨大ザリガニへと飛び込むと、横からの思いがけない攻撃に敵はよろめき海に落ちた。僕も海中に再びダイブすると、あの魚もまた海に潜っていた。僕は声を上げようとしたが、すぐに敵の気配に気付いた。邪魔されたと思ったのだろう、奴の標的は移る。あの子を捕えようと一気に海中を敵は猛進する。が、速いのはあの子も同じだ。むしろあの子の方が速い? 縦横無尽に泳ぎ回るあの子に追いつくことすらできず、敵は苛立ちを見せる。はさみを大きく広げるとその中が光り輝くのが分かった。見た事ある動作だ。あの時、そうだ、兄が喰われたあの日に見た。あの戦闘の光景が一気に跳び込んでくる。僕は痛みを堪えて勢いをつけて海中を突き抜けた。こんなに身体は痛んでいるのに、ダッシュをかけた途端全身に力がみなぎった。今まで受け続けたダメージを跳ねかえすようなそんな力。思い出す、あの時もそうだった。攻撃を受け続け明らかに力が及ばないはずの僕が勝てたのは、我慢を続けたその先に湧き出たこの力があったからだ。あの子が奴を引きつけてくれている今ならいけるはずだ!
 敵は僕の様子に気付いたように振り向いた。けれど僕はスピードを緩めず突っ込んだ。奴の固い甲羅に突撃する。速い攻撃の応酬である反動の衝撃が割れんばかりに自分にもかかった。そんなことはかまわない。そのまま敵を押し出し、海底へと突進する。固い海底へと敵の身体を押しこむと、展望を覆うほどの土煙が炸裂した。
 僕は間合いを取って少し浮かび上がる。土煙は黒くとぐろを巻いているが、中から敵が出てくるような様子は無い。倒したのだろうか、わからない。それが確信へと変わったのは煙が晴れ、奴が目を閉じてぐったりと海底のクレーターの中心に倒れているのを確認した瞬間だった。終わった。突然訪れた戦闘は終わった。……終わったんだ。その時僕に夢中になっていて忘れていた痛みが雪崩のように襲いかかってくる。安堵が心を支配し、身体の力は完全に抜けて水面へとゆっくり浮かんでいく。その暗くなっていく視界の中であの子の姿が見えた。慌てるように僕の元にやってくるその時、その小さな身体が突如眩い光を発し始めた。それは太陽よりも白く輝く光。避けるように僕は目を瞑る。それから闇の中、溶けるように僕の意識は彼方へと飛んでいった。




 どれほど時間が経ったのか分からない。僕は身体を動かそうとして痛みが走り、そっと瞼を開いた。冷えた空気が傷を刺し、こうして黙っているだけでも痛い。しかしその激痛を思わず覆すような光景があった。
 僕はその姿を眼前にした。
 冷たい氷の上から見上げるその姿は太陽の光を一身に受け、水面から高く凛と伸びていた。柔らかな白く長い身体は美しく輝いていて、顔の部分から垂れ下っている長い何かが風を受けてひらひらと泳いでいた。それは深い桃色に染色されていた。そしてその先にある黒い瞳が僕を見下ろしている。僕は相手が誰であるかを理解するのに時間を要した。急に脳が回転し始めて、記憶が呼び起こされる。兄を喰った生物と対峙し、あの魚も戦いに参加してそして。巡りめぐったその先に眩い光の光景が記憶を叩き、僕はハッとした。僕を見下ろしているこの龍の如き生き物は、この生き物の正体は、
「何が起こったんだ……?」
 僕はいつの間にか呟いていた。その声が届いたのだろう、相手は首を振ってその口を開いた。僕はその口が開き、その声を聞く時を待ち望んでいた。ずっと、ずっと。
「分かりません。よく分かりません。でも生きているみたいです」
 その声は水平線を走る風の如く滑らかで、凛とした響きを携えて僕の中に静かに溶けていく。綺麗な声だった。冷たく厳しい氷の世界にやけに響く美しい声だった。その時、僕はようやくあの魚は、今の目の前にいる龍が雌であることを直感する。それは確信とほぼ等しい直感だった。遠く霞んでいく空の色を背景に、彼女は少し身体を海に沈めて背を低くする。僕は身体の痛みを堪えながら慎重に立ち上がり、改めて彼女を見る。
 きれいだと僕が言葉を滑らせると、彼女は微笑んで感謝の弁を述べた。それから僕達は暫く言葉を交わすことなく互いを見つめ合った。そこに言葉はいらなかった。そもそも今までだってまともな会話などしてこなかったのだ、今更それに違和感を感じることもない。僕は彼女の緩やかな身体のラインを視線でなぞる。目を海に少し向けると尻尾が覗いていた。鮮やかな海の色と桃色のコントラストが艶やかで、しかし太く力強さも備えている。僕は頭に熱いものが湧き上がってくるのがわかった。彼女が美しいのは、単に色彩や滑らかな身体つきのおかげではない。僕は知っている。彼女が今まで他の生き物からどれだけ仕打ちを受けてきたかを。そして冷たい氷の現実に向かい合ってきたかを。その中で生き抜いてきたことを。必死に生き抜いてきたことを。彼女が必死に生きてきたその過程が、花開いた彼女の全てを照らしているのだ。
「綺麗だ」
 僕は同じことを時間を置いてから繰り返した。
「ありがとうございます」
 彼女もまた繰り返す。
「なんだか不思議な感じがするよ。君が急に身体が変わったことに僕は驚いている、でも驚いていないんだ。意味が分からないかもしれない。でもその言葉通りなんだよ。君がずっと生きていた姿は僕の心に不思議と響いて、そして直感したんだ。前に言ったかな、唯一無二の力を持っているんだって」
「闇に光る一点の光、恐ろしいくらいに安定した光、でしたっけ」
「ああ、そう、それだ。よく覚えているね」
「とてもよく覚えています。貴方は虐げられていた私の傍にずっと居てくださったのですから。貴方の話は考えさせられるものも聞いていて恥ずかしいものも多々あり、飽きる事はありませんでした。それに返事の一つでもすれば良かったのですが、私は身体以上に声が貧しいものでしたから。貴方に出会う前に、この世に生まれてから初めて発声した時に、低く掠れた声が出て周りの者には恐れられたほどです。以来私は殆ど声を出していません。時に声の出し方すら忘れてしまうほど。けれど貴方と出逢って何度声を出したいと思ったことでしょう。けれど私はあの醜い声を貴方に晒したくはなかったのです。貴方だからこそ余計に。怖かったのです。醜い外見であるにも関わらず貴方は傍にいてくださって、その温もりを失ってしまうことを私は恐れました。だから決して声は出しませんでした」
「そうかい、でも今はよく喋っているね。こんなに喋るなんて、とても今まで全く喋らなかったあの時と同じ存在とは思えないくらいだよ」
 冗談めいて僕は笑うと、彼女も同じように笑った。
「今まで話さなかった分爆発しているのかもしれませんね」
「そんなものなのかな。でも、綺麗な声だよ。できれば、その貧しい声とやらも聞きたかったけど」
「それは勘弁してください」
「僕はずっと待ってたんだ。君とこうして会話することを。君が言葉を発している、それだけでもなんだか奇跡に思える。本当はもっと前に会話をしたかったけど、まあ今となってはどうだっていいんだ。こうして生きて君と一緒にいられることこそが奇跡だ」
 そうですね、と彼女は相槌を打つ。
 これ以上の幸せがあろうか。身体の痛みは勿論消えていないけれど、不思議なことにこうして話しているとそれを忘れてしまう。
 少し沈黙が空いた後、彼女は不思議ですねと会話を切り出した。
「さっきまで死んでしまいそうだと思ったのに、貴方も私もこうして生きています」
「お互い諦めが悪いようだね」
「ふふ、それが長所かもしれませんよ。……貴方は常々言っていました、貴方も私も弱者だと。強者と弱者の混在するこの世界は弱者にとっては厳しいもの。けれど弱者である私達は生きている。強いものが生き、勝つという世界で、私達は弱いのに生きている。それは勝っているということなのか。私は考えてみました」
「……」
「でも私は逃げてきただけなのです。必死に逃げて逃げて、逃げてきました。逃げることに関しては誰よりも得意だと恥ずかしながら断言することができます。だから勝ってきたとはとても言い難いものがあります。世の理とは、勝者が生き、敗者が死ぬということなのでしょうか。強者が勝ち、弱者が負けるということが理でしょうか。私は……確かにそれは一つの真理であると思いますが、きっとそんな単純に世界はできていないと思います」
「そうかもしれない。けれど、少なくともこの氷の世界はきっと単純だよ。いつ生きるか死ぬか、分からない」
「それはどの世界も同じですよ、きっと。いつ生きるか死ぬか分からないとは極論です。その真理の前には、弱いも強いもありません。皆命は一つしか持っていませんから。でも、だからといって弱い者が負けるように世界はできているのですか? それが普通なのですか? でも私は逃げてきました。細々と生きてきました。逃げずに、群れを成し大群で敵に立ち向かう魚達もいます。小魚でも数百集まれば大魚の如く威嚇をすることが可能です。多くの弱い生き物は支え合って生きます。それを私は海に住んで目にしてきた。貴方も、お兄さんと生きてきたでしょう」
「それは」
「ご存じの通り私も兄弟がいました。けれど皆死んでしまいました。寒さに負けたもの、食べられたもの、皆死んでいく中で私は呆然と生きてきました。生きていればきっと何かがあると、死にたくはないと必死に逃げる中で貴方と出会い、そしてこうして身体に変化は訪れました。なんだかあっという間のことでちょっと追いつけてないですけどね。……私達は私達です。貴方のお兄さんは貴方のお兄さん。私の兄弟は私の兄弟。どう生き、どう死んでいくか、それはそれぞれで違うのです」
「……それぞれで違う」
「はい。弱者であっても、その生きていく道があるんです」
 どう生き、どう死んでいくかはそれぞれで違う。
 心の中で再び繰り返す。繰り返す。先の事など分からない、分からないけれど、弱者であろうと強者であろうとその先は変わらない。兄は死んだ。彼女の兄弟も死んだ。でも、僕等は生きている。兄は兄で、僕は僕だ。ただそれだけだ。何も不思議なことはなかったのだ。
 弱いもの同士は支え合って生きていくのだと彼女は言った。僕も兄と支え合い生きてきた。隣の席は今空白だ。ここを埋める誰かを僕は見つけなければならない。だけど誰に隣にいてもらおうか、僕の中で希望は既に固まっている。
「ねえ」僕は彼女に声をかける。
「はい」彼女も僕に応える。

「一緒に、生きよう」
 僕は右手を差し伸べた。

「僕は強かった兄が死んで、暫く一人で過ごしてきた。君も兄弟が皆死んでしまってからは一人で生きてきた。きっと僕が君に惹かれたのは、一人になりながらも生きていこうとする姿勢があったからだと思う。そしてそれからどう生きていくか、それを見ていたいから。でもきっと逃げていくのにも限界が訪れると思う。身体が大きくなって目立つようになれば、尚更。生きるのは辛いことだ。だからこそ、一緒にいたい」
 本気で逃げてきて生きてきた彼女の生きるその傍に僕はいたい。弱者が支え合って生きていくものだというのなら、逃げてきた僕等二人、共にこの氷の世界で生きよう。
 彼女は優しく微笑むと、その頭を僕の目線まで下ろす。高低差のあった目の高さがようやく水平になる。本当に美しい顔つきだ。それはまるで、氷に咲く花の如し。それから彼女はこくりと頷いた。了承の言葉は出てこなかったけれど、それだけで十分だった。
 空が透明に輝いている。その色は優しく、あまりにもこの世界には不似合いなものだったけれどとても綺麗な色だった。



 見ているだろうか、兄さん。
 僕は何故生きているのか、兄さんが死んで僕が生きていることをずっと疑問に思ってきた。死ぬべき存在なのだろうとすら思っていた。でも、兄さんの命は尽きても、僕の命はまだ燃えている。僕にはまだ道が続いている。弱い存在だけど、弱いなら弱いなりに生きていく道があるみたいだ。その先がどうなっているのか、僕は見にいってみるよ。もう大丈夫。今は一人じゃない、兄さんが居なくなって空いた隣はもう満たされた。
 僕は生きる。

 僕は僕として、生きていくよ。
メンテ
人の下痢路を邪魔する奴は、 ( No.14 )
日時: 2011/02/12 23:41
名前: サンサール

 Bコース「氷」


 思春期というもの、ルールなんてくだらない、破ってみたい、と一度は思うことがあるだろう。
 例えば、学校の制服とか、スーツとか。何でこんな30度を超す暑い日にわざわざ汗をかくような服を着なきゃいけないのだ。世の中の社会人たちもそう思っているに違いない。私服で来れたら幾分か楽なのに。そう何度思ったか分からない。
 うだるような暑さの中で、午前中の授業をしのぎ切る。斜め前に座っているヤツの貧乏ゆすりが激し過ぎて、集中なんて出来そうにない。だめだ、精神の限界。顔を伏せ、訳の分からない先生の授業からドロップアウトする。
 制服のワイシャツのボタンはほぼすべて外され、赤いシャツがモロ出しになっている。

「だがしかし」
 思わず顔がにやける。昼休み、いつもの穴場、音楽室で友人数名と飯を食った後のことだ。この時のために、おれはある仕込みをしていた。
「ツザッキー、独り言気持ち悪い」
「お前たちもちょっとつっつけばいいじゃん?」
 俺は水筒を取り出して、友人に見せる。
「さっきお茶を俺くれって言ったくせに、水筒持ってんじゃねぇか」
 貰ったのは事実である。
 もちろん、この中身はお茶ではない。かと言って、炭酸水でもない。
「水筒だからと言って、お茶とは限らないだろ」
「じゃああれだろ? 熱湯だろ」
「いや違うよ」
「ツザッキーまじヒヤッキーだわ」
「……!?」
 ポケモンの第五作が出てから髪型が似ているというだけで何故かそんなことを言われるようになってしまった。一年前はギャル男と呼ばれていたのに、何の因果だろうか。ギャル男もヒヤッキーも否定はできない。
「何? 熱湯かけて欲しいの?」
 満面の笑顔で言うと、
「ヒヤ顔やめて怖い」
 と返された。
 勿体ぶってみたくて、友人の質問には答えない。その代わり、かばんの中からビニールに入った紙コップを取り出す。友人たちはこっちの様子を少し気にしながら、会話をつづけている。そして、俺は水筒のふたを開け、コップにその中身を注ぐ。
 ででーん。
 勘違いしないで頂きたい。誰かのケツがしばかれる訳ではない。
 水筒から、シャリシャリとした音がこぼれてくる。
 そう。中身はかき氷だ。
「……」
 思ったより仲間うちの反応が薄い。ドヤ顔したかったのに、予想外で少し凹む。
「……食う? シロップもあるけど」
 そして、かばんの中から、赤のボトル、黄色のボトル、青のボトル、紫のボトル、緑のボトル、選べる五種類の味を取り出す。
「お前ガチかよ」
 ここで、ようやくみんなの笑いを一つ取ることに成功した。お前何やってんだよ、と笑われることで、自分のプライドを満たすというのは常套手段。無意味なことは、ふとした弾みでしてみたくなる。 無論、自分で食べたかったのもあるが。
「じゃあヒヤ君レモン貰っていいっすか」
「150円になりまーす」
 手を出そうとした瞬間、頂きまーすと言って高速で食われてしまった。
「で、何で持ってきたの」
「食べたいからに決まってるじゃんか」
 超がつくほど真顔で言ったら、どんだけ食べたいんだよ、というツッコミが入る。内心ガッツポーズだ。食べたいからと言うのは、半分本当だ。理由の一つでしかない。もう一つの理由が何かと言われたら、笑いを取りに行くためだ。お前芸人になれよ、と言われる時もあるが、それもなんだか違う気がする。
 思った通り、水筒で入れたらなかなかとけないものだ。底に少しだけ溶けた水がたまる程度で済んだ。他の友人たちは食べないようなので、後は自分一人で食べる。
「うん、うまい」
 その後、友人の提案で全部の味のシロップをごちゃまぜにされて一気飲みさせられたりもした。味は濃かったが、暑さは多少吹き飛んだ。甘い。

 五時間目は体育のバスケだ。水泳という選択肢もあったが、友人達はみなバスケ派だったので、流されてバスケを選択した。
 楽しいのはいいが、6限の授業で水泳帰りのクラスメイトの涼しそうな顔をみると、若干の後悔が残る。先公は何故ロッカーにあるシャワーを使わせてくれないのか。一度も使われているところを見たことがない。
 シューズをキュッキュキュッキュ鳴らしながら、ボールを追いかけ、自分のポジションを考える。自分にボールが回ってきて、ここぞとばかりに一気に相手のゴールへと駆け抜ける。ゴールの下でレイアップ。
 ゴールのカベに当たって、すっと網をくぐり落ちる。ピー! とホイッスルが鳴り響く。周りから軽い拍手が湧きあがる。そしてまたコートに戻ろうと、振り返る。

 その時だった。

 何だろうか、この違和感は。
 身体がどことなく落ち着かない感じ。こんなに暑いのに、冷や汗が出てくる。
 試合はもう少しで終わる。走っているうちに違和感は消えるだろう。顔に出さないまま、コートに戻って試合を続けた。
 自分のチームは何とか勝利を収め、違和感もなくなっていた。と言うより、勝負に盛り上がっているうちに、忘れてしまっていたのだ。

「ありがとうございました」
 授業が終わって、礼をして着替える。うちの高校は、体育館から教室まで、やたらと遠い。普通は隣接してたりするようなものなのだが、全速力で走っても教室まで1分はかかる、そんなレベルの距離がある。
 みんなで話しながら着替えたりなんかしていたら、あっという間に次の授業まで残り1分、なんてことも少ない。仲間うちの連中は全く学習せず、チャイムが鳴るというのに小走りで移動する。あぁ、教室に入ったらまた怒られるんだろうか。先公は軽く注意するだけだから、それほどダメージは無く、別に構わないのだが。足取りは少し重たくなる。
「お前ら遅いぞ。次からは気をつけろ」
 とぶっきらぼうな先公の言葉。今から数Kの授業を始めます。起立、礼。
 体育の後に授業を入れるというのはどうなんだろうか。両手両足に乳酸が溜まって、頭もぼうっとしてくる。軽めの運動は脳にいいと言うが、体育の運動は「軽め」とは言い難い。
 学校の授業なんて無駄だらけだ。もっと色々やりようがあるのではないだろうか。それがどんなやりようかって? そりゃあ……
「……じゃあ宿題だったはずの問3の1〜3を黒板に写してもらおうか。今日は……滝沢、田中、それから……津崎ー」
 急に名前を呼ばれて目が覚める。と言うより、俺はどうやら眠りかけていたらしい。
 手に汗がにじむ。宿題なんてやった覚えがない。しかも基本から大分飛んだ応用問題で、今アドリブで解けと言われても難しいものがある。何となく意味は分かるが、何となくにしか分からない。
(あ!)
 奇跡が起きた。
 ノートを見たら、問題の答えが書いてある。そうだ、思い出した。俺にしては珍しくやる気を出したあの時だ。一通りちゃんと解き切ったのだ。すっかり忘れていた。
 よかった。ほっと胸をなで下ろした。
 しかし、状況は一変した。
 気を緩めた瞬間、腹に冷凍ビームが直撃したような衝撃が走った。
 しまった、と思った。体育の授業の時に感じた違和感。体調不良。まさか、こんなところで腹を壊すなんて。
 何とか我慢して、この場をやり過ごさねば。チョークを持つ手が震えている。きれいに書くなんてことは考えず、とにかく自分にとって無理な動きにならないように字を書く。
 やたらと他のクラスメイトの記入音が鮮明に聞こえる。チョークで書いた際に落ちるほんの少しの粉にまで、意識がいく。
 どうする? 書き終わってから、先公にトイレに行きたいと素直に伝えるべきか?
 俺は心の中で首を振った。
 クラスメイトの仲間うちは、俺をヒヤッキー呼ばわりしたりすることから分かるように、俺をやたらイジってくる。今行けば後で何を言われるか分からない。
 奴らに気付かれないように、授業が終わってからこっそり行くことにしよう。
 何とか文字を書き終わって、席につく。
「はい、それでは答え合わせでーす」
 マズい。先公が何を言っているかが聞きとれなくなってきた。
 精神は一瞬の油断も出来なかった。頭の中で思考を続ける。授業が終わったら、どのトイレに突入するか。最短ルートはどれか。まず、教室を出て、左に行く。走ってはさすがにメンツってものがある。
 二つ分の教室を抜けた先のトイレのドアを開ける。入り口は取っ手が無いから、それを掴んで強引に曲がることは出来ない。自力で足にブレーキをかけ、押す。
 ドアを必要以上に開いて、壁にぶつけたとしても、仕方がない。そこまで来たら、なりふり構っている場合ではない。
 細かいタイルを抜けて、洋式の方のドアを開ける。扉は全部で確か3つ。
 一つは洋式。一つは和式。一つは用具入れ。洋式はどれだったか……そうだ、手前の方だ。
 頭の中で思考錯誤するなかで、一つだけ間違いを犯していると言う事に、俺はこの時気付かなかった。

 時間よ早く過ぎてくれ。そう願って、壁にかかっている時計を見る。
(あれから全然経ってない……!)
 俺は茫然とした。口は半開きになって、傍から見ればきっと情けない顔だっただろう(その時はそんなことを考えている余裕は無かったが)。
 時間が過ぎて欲しいと言うときに限って、全く進んでくれない。人生生きていればそういうこともある。例えば、小学校の時に出場した市のドッジボール大会。待ち時間が退屈で退屈で仕方が無かった覚えがある。
 うっ、と、また便意の波が来る。これは冷凍ビームどころではない。ふぶきか。あるいはぜったいれいどか。
 何とか耐えしのいでくれ、俺の腹。
 机に突っ伏して、そのまま時間が過ぎて行くのを待った。

 チャイム。
「キリもいいし、今日の授業はここまでにします。終わります」
「きりーつ」
 委員長の声。立つということ自体がすでに刺激である。
「礼っ」
 ありがとうございました。
 元々みんなだらけた礼をするから、別段おかしく思われたりするようなことはないだろう。
 ウチの学校はHRを昼休み後に行うので、6限の授業が終わればもう帰ってもよいことになっている。せめてもの救いだ。
 焦るな、あまり教室内で走ってはいけない。今はみんな下校用の鞄を持って立ちあがっている。
 こんな時の為に、教科書の類は授業中すでにカバンの中にこっそり詰めていた。みんなが話をして教室に留まっているうちに、先に抜ければいいのだ。
 さあ、出る。出しに行く。授業中何度もシミュレートした通り、カバンを担いで教室を出て、左へ曲がる。押して開ける扉を押して、お手洗いへ直行する。

(何だよ……そんなのアリかよ)
 俺は絶望した。
 トイレのドアが、全て閉まっていた。先客。畜生、やられた!
 力が抜けそうになるところを、カバンを持つ手を握り締めて何とか我慢をキープする。
 何故この状況を想定しなかった、と自分に喝を入れる。
 しかし、腹を下している人間にとって、立った状態でじっと待つことは何よりの苦痛だ。どうする、等とは最早考えない。
 歯を食いしばって、トイレを出る。
「おーい、ヒヤくーん」
 後ろから友人の声。津崎からツザッキーに、ツザッキーからヒヤッキーに、そしてヒヤくんと呼ばれる俺は一体何なんだろうか。とてつもなく固い苦笑いを、友人に向ける。
「何か今日急いでるな。腹でも冷えたんじゃねーの?」
「……まぁ、そんなところだ」
「ヒヤくんマジヒヤッキーだな」
 と言ってドヤ顔をしてくる。どういう意味だかさっぱりわからない。いや、そんなことより俺はトイレに行きたいんだよ。
「それじゃ、またな」
 何とか声を振り絞り、手を振って友人と別れる。
 どうする……!? 正門に向かいながら、俺は必死にシミュレートを繰り返す。
 ここから確実にトイレにありつけるのは、残すところ職員トイレのみ。しかし、入って先生方に見つかってしまった時の気まずい雰囲気を味わうのは、恥ずかし過ぎる。
 俺が教師の事を先生方なんていうなんて、相当精神が参っているな。
 家までの距離はおよそ300m。これくらいなら、走っていけば何とかなるかもしれない。俺は覚悟を決め、走って我が家を目指した。

 俺は走った。ひたすら、アスファルトの道を走った。
 公園を抜け、見慣れた家の横を一軒、また一軒と過ぎて行く。オレンジ色の夕日が、妙に冷たく感じられる。
 下校する生徒が何人もいたが、そんな奴らは追い抜かす。呑気にペチャクチャ喋りながら帰ればいい。俺はトイレに行きたいんだよ。邪魔さえしなけりゃ。
 あとこの大きな道路を渡れば、我が家のあるマンションだ。本来はもう少し右にある信号を渡らなければいけないのだが、まっすぐ行くのが最短ルートなのだ。しかし。
「おいおい」
 いつになく、多くの車がスピードを出して抜けて行く。こんな時に限って。小さく足踏みをしながら、車の流れが途切れるのを待つ。
 7台、8台、9台……いくらなんでも多すぎる!
 本当に限界が近い。10台目の車には、申し訳ないが手を上げて渡らせてもらった。赤い車は急ブレーキして、クラクションを鳴らした。構っている暇はないので、俺は振り返らずに走り続ける。

「ハァ、ハァ」
 やっと着いた。我が家のあるマンション。エレベーターの上ボタンを押し、降りてくるのを待つ。ボタンの上の回数表示を見ると、今上の階へ上昇中だった。
(早く、早く降りて来い)
 せめて、今乗っている人が低い階の住人であってくれ。
 だが、俺の願いもむなしく、最上階の12階までしっかり上がって行った。頼むから、早く降りて来てくれ。何度も心の中で呟いた。
 数字が一つずつ、同じテンポで減って行く。7、6、5。
(よし、そのまま)
 今日はとことん思い通りにならない日らしい。エレベーターは5階で停止している。誰だか知らないが、早く降りてきてくれ。いよいよ本格的に尻を締めなければいけないレベルに達している。腸の内部ではもう抑えきれない。呼吸が乱れている。それは走り疲れただけじゃないことは間違いない。
「こんにちは〜」
 小さい子供を2人連れたお母さんが降りて来た。子供を抱えながらベビーカーを押すのに苦労している。重労働だ。
 俺は軽く会釈する。口を開ける元気でさえ、もう残っていない。
 7階、7階。7のボタンを探す。手が震える。少しでも意識を向けてしまってはいけない。もう少しの辛抱だ。
「あっ」
 押し間違えた。7の一個下についている、5階のボタンを押してしまったのだ。



 その弾みだった。腸の中で、絶望の音が聞こえた。ダムの決壊。じわれ。つのドリル。ぜったいれいど。
 終わった。
 それ以上の言葉は出てこなかった。
 悲しい気持ちはなかったのに、なぜか涙が溢れそうになった。
 扉が開かれた時、太陽の眩しさが目に直接入って、思わず目を閉じた。
 せめて、職員室トイレに入るとか、授業中に手を上げるとか、成り振り構わない行動を起こすことができたら。
「終わった……何もかも」

 ヒヤッキーは倒れた!
 ツザッキーはもう戦う術が残っていない!
 ツザッキーは目の前が真っ白になった!

メンテ
枷を -rock'n'roll is not dead- ( No.15 )
日時: 2011/02/12 23:51
名前: pentadeca

テーマB【氷】




 おいらぁロックンロールだ、ロックってぇのはつまるとこ、誰にも囚われねぇってこった。おいらのフライト、誰ひとりとも邪魔はさせねぇ。ちぃと見てろ。電線と電線の隙間かいくぐってさぁ、ポッポやらマメパトやらがアホ面下げて地面つっついてる間に、真冬の風になって飛ぶぜ。曇天極寒、昨日の晩から雪ってやつがまとわりつくが、おいらの翼にゃ些細な事さ。おいてめぇ、邪魔だそこのけ、おいらが通るぞ。オラオラオラ。
 にしても今日はさみぃな。人間どもの住んでるとこも、雪の色に染められてやがる。哀れよ貧弱なモンさ、おいらぁ誰にも染められねぇ。でっけぇドンファンのいつもボケッと突っ立ってる辺りも白くて、チビの人間どもがキャッキャ群がってやがる。どれ遊んでやるか。おいらぁデカドンファンの禿げ色の頭の上に着地して、よう、とその目を覗きこむ。いつも通りの死んだ瞳だ、返事のひとつもよこさねぇ。まったく人間に飼われるってのは嫌だね。ばさっと翼を振るうと、頭の雪がぼてっと落ちて、くるっとチビ人間が振り向いた。飛び立つ。急降下、超旋回、フルスピード、必殺またくぐり、っとな! やつら雪を丸めて投げてきやがる。ヒョヒョイのヒョイと避けてやって、おいらぁ空へと舞い戻った。
 ぶらぶら飛びながら思う。ここんとこ生きにくい世の中だ。急にさみぃのもそうだが、ちょっと衝撃だったんは、木の上で相方とあったまってるときにさ、相方のダチが飛んできたとき。そいつ、おっかない足取りで枝につかまったんよ。真っ青な顔してさ。相方がどうしたのって問うんさ、そしたらそいつ、ひとつふたつ喘いで、そのままひっくり返って落ちちまった。
 おいらも相方も、心臓の凍る思いがしたね。何が起きたんか、まったく理解に苦しんだ。目下の人間どもの通り道の上で、そいつぴくりとも動かない。人間どもが何か囁き合って、そいつのこと気味悪がって、大仰に避けて通ったりする。汚ぇもん見る目でさ。汚物じゃねぇっつうの。おめぇらの鉄の塊に潰されたチョロ公より、よっぽど綺麗な死にざまだっつうの。やがて白い服着た人間やってきて、そいつを白地の袋につめてさ、ぎゅうぎゅう口縛って、あとになんか液体撒いてやがる。それからおいらたち見上げてなんか言い合ってんの。おいらぁ相方連れて森の方へ逃げた。相方、えんえん泣いてたね。おいらぁそいつを抱きしめて、悔しい思いに駆られてた。
 汚物扱いさ。昔っからそうだったが、特に前の冬か、その前の冬からだったかな、とにかく冬になると特別酷い。何フルがどうとかいうやつがなんかあるらしいが、おいらたちにゃ分かんねぇこった。その分かんねぇことで、なんだか知らず嫌な目で見られるってのは、いくら相手があの人間だからと言え、こっちも良い気はしねぇ。
 でもさ、だからってどうすることもできねぇわけで。おいらぁいつも通り、ぎゅんぎゅん空を行って、たまにちょっと吠えて、そんだけ。寒いも何フルも関係ねぇ。





 相方の待つ森の方へ戻る間に、ダチのレアスとそのツレが飛んできて、ちょいとと声かけてきた。
「オニオ、お前、早く森出ろ」
「なんでぇ急に」
「あそこは長く持たない。やばい病気がはびこってやがる」
「病気?」
 脳裏に焼きついた光景が、スローモーションで再生される。焦点の定まらない瞳、汗ばんで、痩せこけた頬、色つやの悪いばらついた翼が、ゆっくりと、ゆっくりと傾き、ギリギリの表情からふと力が抜けて、何か、どこか、少し、苦しみから解放されたような、そんな顔で。地獄の方向へ落ちていった、相方のダチの姿。
「そんなもんにおいらぁ負けねぇよ」
「勝ち負けの話じゃねぇ。とにかく遠くへ逃げるんだ」
「おいらぁここで生まれて、ここで一人前になったんだ。親父の骨もお袋の骨もここにある。出てなんていかねぇ」
「お前死にてぇのか」
「うるせぇ腑抜けが!」
 やめて、と叫ぶのは、ツレの女だった。女は控えておいらを見ながら、目ぇ潤ませて言いやがる。
「オニオさん。もしオニオさんが、アリスのこと、本当に大切に思うのなら……」
 その口元に、す、とレアスの翼が差し出される。なんだよ、言えよ、とおいらが言えども、レアスは諭すように何度か首振って、ツレ追い立ておいらの横を過ぎていく。
「達者でな。オニオ」
「このヘッポコ野郎!」
 聞こえたのか聞こえてねぇのか、およそ聞かねぇフリでもしたんだろうが、レアスはこっちの顔を見もしないまま行っちまった。
 ぺっと唾吐く。胸糞悪い。なんだってんだ、大事な大事な生まれ故郷を、どうして軽々しく捨てられる? 理解したくもねぇ、あんの薄情者なんぞ、二度と顔も見たくねぇ、さっさとおいらの前から失せろってんだ。
 くるりと空を切る。森の方へ。相方の待つ森の方へ。
 女が口にした相方の名。虫唾走るざわめき。うっとおしいもん振り払うように、おいらぁべしんと翼を打つ。
 おいらぁおいらで生きるんだ。誰にも邪魔させねぇさ。
 吹きつける風冷たく、おいらの毛の内から熱を奪っていった。





 嫌な予感が的中した。
 藁敷きのおいらの巣の中で、相方はゼェゼェ息せっていた。降り立つ、相方の奴羽音にうっすら目ぇ開ける。くちばしの間からちろと覗く舌が力無く下がっている。じっとり濡れた体毛。溝色に淀む瞳。認めたくねぇ、でも、目の前のそれが、いつだかの一羽の姿と重なりやがんだ。
「アリスどうした」
 声上ずらせ、一歩寄ろうとしたおいらに向かって、相方はふるふる首を振った。
「来ちゃダメ」
「何言うんだ、調子悪ぃんだろ」
「あんまり近づかないで」
「なんだっておめぇそんなこと……」
「オーちゃん、好きだから」
 びくりと震えが来た。
 相方の力無い微笑み。消え入りそうな声。死神に手ぇ引かれる相方。絶望の闇と現(うつつ)の狭間。その発する言葉の続きが、こんな、こんなに恐ろしく。
「あたし、よくない病気みたい」
 るせぇ言うな、その一言が、粟立つ胸に引っ掛かって出ていかない。
「傍にいるとね、オーちゃん、これ移っちゃうみたいだから、だから、あたしのことは」
 おいらぁその、ごちゃごちゃうるせぇくちばしに、無理やりおいらで栓をした。
 相方の目から滴が零れた。翼で強く抱きしめると、相方を蝕む悪い熱が嫌ってほど伝わってくる。小さく震える相方を、愛おしいその体を、おいらぁこれでもかってほど包み込んだ。
 顔離す。相方の喉から嗚咽が漏れる。まっすぐ見つめる、視線が交わる、その目はもう死んじゃいねぇ。大丈夫。大丈夫だ。
「アリス、腹減ったろ。今うまいビードル捕ってきてやる」
「オーちゃん」
「そこで寝てろ、無理すんじゃねぇぞ。すぐ戻るから。待ってろ」
「オーちゃん……」
「わぁったから、ちったぁ黙れ」
「ありが、とう」
 絞り出した音。そんな声で言うんじゃねぇ。顔も見れず、おいらぁ外へ翼を振るった。
「アリス。――おいらも好きだ」
 そうして飛んだ。一度だけ振り返った。相方は首伸ばしてた。おいらぁ頷いて、その場所を後にした。





 きっと今、おいらぁ世界で一番速く飛ぶ鳥だ。
 急げ。急げ急げ。低く垂れ込めた空の雲から、真っ白いもんが落ちてきやがる。だけど邪魔にも感じねぇ。寒さも痛さもねぇ。ただ翼動かす。ごうごう風切って、雪流れて。心にぽっかり空いた穴が、それ見んのが、怖くて、どうしようもなく怖くて、何かで埋めちまいたくて、なかったことにしたくて、おいらぁ無心に飛び続けた。
 思い出される、レアスのツレの言葉。アリスのこと大切に思うなら、何だって? あいつ置き去りにして遠くへ逃げろってか? んなことできるわけねぇ。苦しむあいつをほっとくなんて、できるわけねぇだろうが!
 近づいてくる。高度落とす。目下、森の中にぽっかり開いた銀の泉。滑り下りる。雪のカーテンの向こうに、怪物みたいなでっけぇポケモンと、水色の犬っぽいポケモンが、何やら見張りをしてやがる。あの泉の向こう、氷の膜で蓋された洞窟の奥まったぬくい場所に、ビードルたちの越冬スポットがあるこたぁ、ここらじゃ有名な話だった。
 水色がおいらの姿見て、怪物の方に何やら吠える。怪物の目がこっち向く。ぶっとい腕広げて、牽制するように、地鳴りみたいな声上げやがる。そんなもんで怯むかってんだ。フルスロットルで突っ込んでくるおいらに、先に動いたのは水色の方だった。
「弱い者いじめのオニスズメめ、ビードルたちを食べに来たな! そうはさせるかッ」
 正義ヅラの水色が、ヒュンヒュンと氷の塊を打ち出した。
 避けようとしたが、なかなか速ぇ、ずばっと左の腹に刺さって、おいらの体ぁグルグル回って降下した。墜落する、でもその勢いだ、負けちゃいねぇ。負ける訳にいかねぇ、その一心で翼振るった。急な方向転換、水色の犬っころはしかし冷静に、体引きながら氷の突風を吹いた。身が切れる。痛くない。おいらの五感は焼け消えていた。
 立て続けに怪物が動いた。強烈な冷気を纏ったハンマーみたいな右腕を、おいらに向かって叩き込んだ。吹っ飛ぶ。ずぶ、と雪に刺さる体。羽が重い。いいや気のせいだ。翼振るった。雪巻き込んで飛び上がった。腹の底から吠えた。二匹はたじろいだようで、しかしやはり水色はすぐさま、次の一手を繰り出した。
「ユキノオー、僕が決める!」
 そう言い、水色は深く息を吸い、猛烈に吐き出した。さっきのそれと違う。大量の雪を乗せた嵐のようなそれが、おいらの翼を煽り、飲み込んで、ぶわっと吹き飛ばした。
 体勢崩したなんてもんじゃなく、翼動かず、おいらぁそのままの流れで落下した。運悪く泉の中へ。どぼんと。体毛へ浸み入る泉の水が。氷のように鋭い水が。冷たいはずだが感じない。息苦しささえ。そんなものより。早く行かねぇと。沈んでいく。だめだ早く。光薄れる。意識も、ああ、しかし、でもだ、相方の、声が、好きだって、言葉が、おいらの、おいらのチンケな全筋肉を、強く激しく刺激する。
 負けらんねぇ。負けらんねぇ!
 オウアアァァァ、と奇声を上げながら、おいらぁ水中から飛び出して、目玉落としそうになってる二匹の間を抜け、漲る、親父から、お袋から学んだ必殺奥義が、全身に力走って、熱い、熱い、熱い! ひとつ弾丸のおいらの体が、洞窟入り口氷の壁を、ド派手に一瞬で蹴散らした。
 視界が真っ暗で、頭ぁ真っ白だった。おいらぁぼとりと墜落した。脳天の先の方から、甲高いうっとおしい鳴き声が、幾重にもビィビィ聞こえてきた。ビードルなのか? においも何も分かんねぇ。慌てた足音が近づいてくる。ああでも、情けねぇ、おいらぁ限界だった。ここまできたってぇのに、首も、翼も、何一つとも動かせねぇ。相方の顔が浮かんだ。元気なあいつの、優しい笑顔だった。幻かき消すように、誰かがおいらの尾羽を、ぐいと掴んで持ち上げた。
「グレイシア、こいつだ。動かない」
「ちょっと手焼いちゃったかな? でももうさすがに体力ゼロか。まったくさ、オニスズメってのは野蛮で困るね」
「ああ」
「他に食べるものもあるのに、なんでビードル食べたりするんだろうね?」
「外に放っておく」
「うんお願い、僕はチビたちの面倒みるよ」
 ずしずし足音と同じタイミングで、頭がぐわんぐわんと揺らされる。やかましい鳴き声が遠のいていく。そのうちにおいらぁ、ずぶ、とまた雪の中に刺さっていた。動けねぇ。やっと開いた瞳で見やると、ユキノオーとか呼ばれた怪物は、おいらのこと、同情するような目で眺めてやがる。
「……お互い、生きるためだ。許せよ」
 そうしてのしのしと去っていく背中に、おいらぁ何も言わなかった。
 いくらかの時間が過ぎ去った。いくらの時間が過ぎ去った?
 気がかりだ。相方のことばかり思い出す。出会った夕べのこと。並んで夜明かした。じゃれついて飛んだ森。あんときはなんでケンカしたんだっけか。星見上げ、顔見合わせて、笑いあって、初めて抱きしめた時の匂い。ああ。守りてぇんだ。おいらの身など気にせずに、てめぇのことだけ心配しやがれ。そう言いたい。言えるだけの器量が、けれどおいらにゃなかったのか。
 這いずってその場を離れた。飛び慣れた森も雪景色と、知らねぇ下からの眺めとで、どこ行ってんのかいまいち分からなかった。気だるさ。体の内側から、むくむく熱が膨らんでくる。嫌な感じだ。ぼんやりして気持ちが悪い。何にも縛られたくねぇと、常々思っていたが、おいらぁ今ぐずぐずに濡れて、空飛ぶことさえ叶わない。それでも、相方のこと笑わせられれば、それでちったぁよかったのに。
 しばらく這って、ついに倒れた場所がどこだか分からなかったが、雪はしんしん降り続けた。
 誰か来る。サクサク軽い二つの足音だ。でも動けねぇ。頭も回らねぇ。チラチラ瞼に光が映る。なんだ。空の方で、二つの声が交わし合う。
「また鳥の死体か。ついてねぇ」
「処理して帰るぞ、どうせまた来なきゃいけないんだ。ホラ手袋」
「消毒液はどこやった」
「こっちだ。よっと――うわっ、こいつ、まだ生きてる」
「嘘だろ! 最悪だな……」
「おい、どうするよ」
「で、でも……どうせすぐ死ぬだろ。袋入れろ、持って帰るぞ」
「まじかよ……」
「この天気だ、また来るよりマシだろうが」
 そうしておいらぁ、どさっと、何かの中に入れられた。
 狭い密封された袋の中だ。運ばれる。森が遠のく。痺れ。意識が。翼の端から凍てついていく。どうして。どうして自由に飛べない。なんで動けねぇ。凍っていく。邪魔できねぇ翼のはずだ。凍りついて、いく。なにが邪魔しやがんだ。どいてくれ。飛びたいんだ。相方が。相方は。どうしてる。雪に降られて凍えてるか。まだ、首を伸ばして、おいらの帰りを待ってるか。
 待たせて、ごめんな、と囁いた、声に、声にならないその声に。
 いつもの、笑顔が。
 いいよ、と返事を、くれた気がした。



メンテ
ダカラ・モシモ・モウイチド ( No.16 )
日時: 2011/02/12 23:58
名前: ……『炎ポケモンに持たせないでください』

コースA 『もう一度』



「もしもの話って嫌い?」
 なぜか僕はそう尋ねていた。なぜそんな事を尋ねたのか、少し後悔した。さっきから沈黙が続いていて聞こえるのは車のエンジン音だけ。居心地が悪かったのは事実だ。だけど、よりによってそんな事を聞く必要は無かったじゃないか。
 「今の無し」と言おうとしたが、その前に運転席に座っていた『シャーロット』が「あたしは嫌いじゃないよ」と答えた。助手席の『辻堂正義』が嫌そうに顔をしかめたが『シャーロット』は気にも留めない。
「だって夢があるじゃない」
 『シャーロット』はたぶん、ここにはない何かを見ていたんだと思う。それは僕にはわからないものだし、きっと知らなくて良いことなんだ。
「もしもがハッピーエンドだなんて限らない」
 僕の隣に座っていた『吉祥天女』が呟いた。「『ゼロ』だってわかってるでしょ」と。『ゼロ』とは僕の事だ。僕が使っているハンドルネームで、『シャーロット』も、『辻堂正義』も、『吉祥天女』も、当然だけどみんな本名じゃない。三人の本当の名前は知らないし、三人も僕の本名は知らない。ネットの中で知り合い、ネットの中で仲良くなった、友達と呼ぶには遠い関係。今日の集まりはとあるサイトで出会った人達の集まりなのだ。
「『吉祥さん』ってば夢がないねー」
 『シャーロット』は車を路肩に止めると座席越しに振り向いた。「もしもの話なんだから、好き勝手にハッピーにしちゃえばいいのよ」彼女はケラケラと気分良く笑う。
「現実は理想通りになんてならないんだから」
「『シャロ』」
 『辻堂正義』が彼女の発言を咎める。彼の叱責を受け、いつもはノー天気に振る舞っていた彼女も、さすがに失言だったと気付いた。「ごめん」と小さく呟き、彼女は前を向く。

 車は再発進したが、車内の空気は先程よりも重苦しいものになっている。つまり、これはそういう旅行なのだ。現実は理想通りにはならない。だから、僕達はここにいるのだ。
「……もし」
 沈黙を破る声に僕はそちらに目をやった。
「もしも何か願いが叶うなら、なにしたい?」
 『吉祥天女』がそう言った。正直意外だった。画面越しに付き合ってきた『吉祥天女』は、常に現実を見ていた。いや、僕達は誰も現実なんて見ていない、現実から目を背け、夢を見ていた。それでも『吉祥天女』だけは、夢も見ていなかった。だから、そんな彼女からもしもとか、願いとか、そんな言葉が出てきた事に本当に驚いた。
「……なんだろう」
「願いねぇ」
 僕と『辻堂正義』が答えに迷っていたからか、そのまま彼女が続ける。
「私ね、夢があったんだ」
 自嘲気味にだけど、その時になって初めて僕は『吉祥天女』の笑った顔を見た。「笑っていいから」と前置きして、彼女は語り始めた。

『吉祥天女』の場合……

 もし、一つだけ願いが叶うなら、会ってみたい人がいる。その人の名前は知らない。顔も、どんな人なのかも。それでも、一度で良いから会ってみたい。

 小学校の頃、国語の授業で作文を書く事になった。私はそれを白紙で提出して、先生にこっぴどく叱られた。一人立たせられ、クラスメイトが見ている中、やる気があるのか、とか、テンプレートな文句を並べられた。その先生は生徒達から鬼達磨――由来は鬼のような形相に達磨のように丸々と肥えた腹――と呼ばれ恐れられる人物だったから、クラスメイト達は黙ってそれを見ているだけだった。作文のテーマは両親。父親を尊敬しています、母親は優しいです、そんなありきたりな作文を書かせ、三日後の授業参観で読ませようと言うのだろう。クラスメイトは同情の視線を向けている。それが鬼達磨の仕打ちに対する同情なのか、私の境遇に対する同情なのかはわからなかった。
 これがその日最後の授業だったから、説教は授業時間が終わっても続いた。約二十分。クラスメイト達は沈黙したまま俯いて、机と睨めっこするように耐えている。下手に口を出して、鬼達磨の攻撃目標にされてはたまったものではない。三十分が過ぎようとした時点で、私に対する同情は消え失せ、敵害心が教室に溢れていく。巻き添えを食らって帰れないのは悪いと思うが、やっぱり私は悪くない。恨むのなら鬼達磨を恨んでほしい。
 それでももう十分も経つと、一人の勇気あるクラスメイトが手を挙げて進言する。「部活に遅れるので帰っても良いですか?」と。確かバスケ部の男子だったと思う。その日はバスケ部は休みのはずだ。逃げたな、そう思った。
 勇気ある一言のおかげで説教は中断し、授業も終了する。私もさっさと逃げてしまおうかと思ったが、その前に鬼達磨に捕まった。
「おまえは作文をでかすまで帰るな」
 渋々と席に着く私に、何人かのクラスメイトが視線を送る。目が口ほどに語っていた。曰く「ざまあみろ」だ。まだ数人のクラスメイトは同情の視線を向けていたが、圧倒的に侮蔑の感情で眺める人の方が多い。
 私は何も悪い事はしていない。わからないものを素直にわからないと答えただけだ。無知が悪い事であるとしたら、やはり悪いのは鬼達磨だ。
 私は鬼達磨に見張られ、ずっと作文を書いていた。書いていたと言うのはおかしい。原稿用紙はまだ白紙なのだから、作文と睨めっこしていたくらいが正しいだろう。
「なんでこんなことも出来ないんだ」
 何度も罵倒された。「先生はおまえと違って暇じゃない」「親の顔が見てみたい」私こそ鬼達磨と違って暇ではないし、親の顔も見せてやりたいくらいだ。
 結局、鬼達磨が並べた言葉を書き写し、作文は一応の完成を見せた。時刻は既に六時を回っている。解放されはしたが、目的のそれには間に合わないだろう。もう諦めるしかない。

 それを諦めた私は、商店街へ向かっていた。最近はあまり足を運ぶ事は無かった場所。昔は良く来ていた場所。
「おやまぁ、久し振りねぇ」
 八百屋のおばちゃんも魚屋のおじちゃんも快く迎えてくれる。それが少し心苦しく感じられた。
「おはなさんが亡くなってからあんまり来なくなったものねぇ」
 私は曖昧に返事をしてその話題を流そうとする。おはなさんとは私の祖母の事だ。名前は喜代子と言う。若い頃は華道の先生をしていたらしく、その名残で今でもおはなさんと呼ばれているらしい。父が生まれた際に引退し、華道の世界から身を退いたと聞いているのだが、華道自体は趣味として続け、私も祖母が花を活けている姿は何度も目にしていた。私はおばあちゃんっ子だったから、祖母が亡くなった時は悲しかったし、今でも思い出すのは辛い。だから、祖母との思い出が残るこの商店街を避けていたのだ。普段はスーパーのタイムセールに間に合わせるのだが、今日は時間を無駄にしてしまったから、もう仕方がない。
「オマケしておくね」
 八百屋のおばちゃんも魚屋のおじちゃんもそう言って多めに持たせてくれるものだから、ずいぶんと大荷物になってしまった。ありがたいのだろうけど、申し訳ない。おばちゃん達が良くしてくれるのは、私が祖母の、皆に慕われていたおはなさんの孫だからで、私自身は何もしていないのだ。その事を一度話したら、おばちゃんは「大きくなったらその分お返しして貰う」と冗談めかせて笑っていた。やっぱり納得いかない、申し訳ない思うのだけれど、その好意は受け取った。大人になったら、何倍も恩返しをしよう。おばちゃん達はそんな事考えていないし、期待もしていないかもしれないけれど、子供の私はそう誓った。

 誰もいない家に帰り、一人で夕飯の支度をする。祖母が死んでからは当たり前だった日常。一人きりの夕飯にはもう慣れてしまっていた。
「……お祖母ちゃんの味には出来ないなぁ」
 私の作れる料理はすべて祖母から教わったものだ。作り方もすべて祖母直伝のはずなのだが、祖母が作ってくれたあの味には程遠い。祖母の料理はもっと美味しかった。なんだか幸せになる味なのだ。なにが足りないのかと少し考えて見たが、わからなかった。少し考えてわかるくらいなら、とっくの昔に気付いている。だからこれは私一人ではわからない問題なのだろう。かと言って、その答えを知っているはずの祖母はもういない。もしかしたら、もう二度とわからないのかも知れないと、心のどこかで諦めていたのだと思う。

 翌日、当然ではあるが授業参観は行われた。去年の、一年生の一番最初の授業参観には祖母が来てくれた。だけど、次の参観日には腰を悪くしてしまい来れなかった。その次の時はもう、祖母は亡くなった後だった。初めての授業参観以来、私を見に来る保護者はいない。
 今年から担任になった鬼達磨にはそれはわからないであろう。わからないからといって、それを許せるかと言えば別だ。
 私は酷く傷付けられた。

「そんな事、小学生の、しかも低学年が考える事じゃないけれど……」
 『吉祥天女』はそこまで話すと、自嘲気味に笑った。
「当時は仕返し……のつもりだったのかな、あれはもう報復だった。私を傷付けた。一番嫌な所までズケズケと土足で踏み込んだ……踏み荒らした。それを私は許せなかったから……」
 僕には彼女の気持ちはわからなかった。家に帰れば母親が迎えてくれる。夜になれば父親も帰ってくる。弟だっているし、祖父母も健在だ。そんな僕に、彼女の気持ちなどわかるはずはないのだ。
「今思い出すと遣り過ぎだったのかもしれない、でも、その時の私にはそれしか出来なかった、それが、たぶん私に出来た精一杯の反抗……ううん、自己主張だった」

 順番に作文を発表していく。座席順に発表していたから、私の番はだいたい真ん中くらいだった。授業参観は三時間目から四時間目に掛けて行われる。早く進めば三時間目に私の番まで回ってくるかも知れないし、前の人が長引けば四時間目になるかもしれない。
 私がやるべき事を頭の中で何度もシミュレーションする。起きるべき事、それに対する対応。所詮小学生の稚拙な計画だったのかも知れないのだが、私にはそれが、映画の大怪盗の華麗な大犯罪と同じくらい緻密で完璧な作戦に思えた。
 やがて、三時間目の授業が残り数分を切った頃だった。私の番がやってきた。名前を呼ばれ「はい」と元気良く答えた。
「私の両親は……」
 そんなテンプレートな出だしから始まり、自分の両親がどれだけ素晴らしいか説く。母親は料理上手で美味しい手料理を作ってくれる。父親は仕事で疲れていても、自分の話を聞いてくれるし、休みの日には遊びに連れてってくれる。素晴らしい両親だ。きっとそんな両親はドラマかアニメの中にしか存在しない。理想だけで塗り固められた両親像。すべて鬼達磨に書かされたものだ。
 ここまではすべて鬼達磨のシナリオ。だけど、ここからは私のシナリオだ。鬼達磨に一泡吹かせる、私の反撃。
「そんな両親が本当にいたら、幸せだと思います」
 自分のシナリオになかったセリフに、鬼達磨が驚いていた。
「うちにはそんな両親はいません、全部鬼達磨に無理矢理書かせられました」
 クラスメイトはもちろん、父兄達からもどよめきが上がる。鬼達磨が止めようとしたけど、そんな物は無視する。
「鬼達磨とは、担任の永岡先生の事で、鬼のように厳しくて、達磨のように太っているから、みんな鬼達磨と呼びます」
 鬼達磨が怒声を上げた。でも私はそれを無視する。父兄達も抗議の声を上げる。だけど私はそれも無視した。無視して、作文を読み上げる。主張を声にする。
「実際には、料理を作ってくれる母親なんていません。私が生まれてすぐに『リコン』してしまいました。だから、お母さんの顔はわかりません。写真を見たこともありません。だから去年までは祖母がご飯を作ってくれていました。大好きなお祖母ちゃんです。でもお祖母ちゃんは去年死んでしまいました。だから、今はいつも自分でご飯を作っています」
 父兄達の喧騒の中、鬼達磨が絶句する。初めて知った、そんな顔だった。
「お父さんは仕事が忙しくて、いつも帰ってきません。色んなところにお仕事で出掛けていて、帰ってくるのは十日に一回くらいです。その時も疲れていて、すぐに眠ってしまいます。お父さんとちゃんと話したのはお祖母ちゃんが死んだ時が最後です。遊びに連れてってもらった事なんてありません。だけど我慢します。お父さんはお仕事を頑張ってます。寂しいけど我慢です」
 両親なんて、何も記憶に残っていない。そんな私がどうして両親についての作文を書けようか。
「鬼達磨に無理矢理書かせられた両親像も羨ましいと思います。でも、私のお父さんも、お母さんも一人だけです。そんな両親はいらないと思いました」

 チャイムと同時に鬼達磨は逃げ出して行った。何人かの父兄はそれを追って教室を出ていった。きっと職員室へ向かったのだ。職員室で大声で抗議するのだろう。そうなったら、鬼達磨はどうなるのだろうか。クビになってしまえばいい。あんな奴、いなくなってしまえばいいのだ。それが愉快に思えて、私は笑っていた。笑いながら、涙が出てきた。
 そのまま、四時間目は鬼達磨は戻って来なかった。勝手に発表会を続行し、授業を終える。
 翌日、鬼達磨は辞職した。ざまあみろと思った。

 さらにその翌日、鬼達磨は死んだ。

 事故、だと言っていた。誰も信じなかった。当然だ。車に撥ねられて死んだ。車道に飛び込んだのだ。きっと、自分で。その原因を作ったのは……きっと私なのだ。

 私が……殺した。


「その後は、ずっと虐められてた、あいつに関わると殺される、中学になっても、高校生になった今でも言われる、そんな時、お母さんがいたら、どうだったんだろうって……たまに考える」
 『吉祥天女』に母親がいたら、彼女は違う人生を歩めたのだろう。相変わらず父親は忙しいのかも知れない。でも、祖母と、母に囲まれすくすくと育つ。祖母が亡くなった時も、母が優しく抱き締めてくれたはずに違いない。そして、作文にはこんなことが書いてあるのだ。
『料理が下手で、すぐに鍋を焦がしちゃうから私が手伝ってあげます、そして私のことを誉めてくれます。そんなお母さんが大好きです』
 きっと、そんな幸せな世界があったに違いない。
「もし、もしも、一つだけ、願いが叶うなら……一回だけ、一回だけで良いから、お母さんに会ってみたいな」
 それが『吉祥天女』の願い。


「……そう……だな」
 『吉祥天女』の話が終わり、一番最初に口を開いたのは『辻堂正義』だった。彼にも願いがあるのだろうか。何時のことか忘れてしまったが「現実に夢なんてない、だから仮想に夢を求める」と口にしていたのを思い出した。現実に叶えたい夢があったのだ、彼には。でもそれは叶わなかった。きっとそうだ。

『辻堂正義』の場合……

 父親が野球好きであった。だから、俺は小さい頃から野球に触れる機会が多かった。小学校で野球部に入ったのも当然の流れだったし、中学でも続けた。高校でも野球部だった。
 その日は良く晴れた日だった。炎天下のうだる暑さの中、俺はピッチャーマウンドに立っていた。驚くかも知れないが、俺は高校時代エースピッチャーだったのだ。九回表ツーアウト一三塁、現在一点リード、ここを抑えれば俺達の勝利、そして甲子園出場が決定する。
「リラックスしていけー」
「勝てるよ勝てるよー」
 ベンチから聞こえてくる声援が、重いプレッシャーになっていた。中学からずっとバッテリーを組んでいる相棒がサインを出す。ストレート、低め。見送りのストライク。次もストレートの指示。ストライクゾーンギリギリに投げた速球に、バッターはわずかに反応したがバットを振らなかった。判定はボール。良く見ている。誰がが「取られてもすぐ取り返すから安心していけー」と不適切な声援を飛ばした……いや、声援なのかすら怪しい。確かにここで失点してまだ九回裏がある。だがそんな甘えは認められない。九回表、ここで勝負を着ける。
 サインはスライダー、俺の決め球の一つだ。と言っても俺が投げられる変化球など二種類しかないのだが。だからこそ、予選をエースとして勝ち抜いてきた俺の強力な武器とも言える。速球と比べても見劣りしない球速、いわゆる高速スライダーという奴だ。打てるものなら打ってみろ。一球入魂、残り二球で必ず決めると気合いを込め、渾身のスライダーを投げる。
「フッ!」
 鋭く呼気を吐き出し、バットを振る。ジャストミートの小気味良い打球音ではない。だが打球は弧を描きレフト線へ飛んでいく。必死に飛び付いた三塁手のブローブは、わずかに届かない。
「ファウルボール!」
 ボールが落ちたのは、ほんのわずかにファウルラインの外だった。俺はホッと胸を撫で下ろす想いだった。
 相棒の出したサインに首を振る。過程はどうあれ、結果を見ればツーストライク。次の一球が勝敗を分ける事になるのは間違いない。最後の一球、俺の切り札で勝負したかった。相棒もそれを理解し汲んでくれる。全力で投げる一球、俺の切り札……
「出ました、落ちるスライダー!」
 速球と変わらぬ速度から急激に変化するのは高速スライダーと同じ。違うのは変化の方向。本来横方向に滑るスライダーだが、バックスピンではなくジャイロ回転を加える事で、その軌道は横ではなく、縦に変化するのだ。
 だが、バッターもそれを読んでいた。この大会、幾度となくこの球を投げてきた。もはや二種のスライダーは今大会において俺の代名詞となっていたし、大会の特番でも取り扱われている。警戒されているのは当然だ。それでも、たとえ読まれたとしても、打てないから決め球なのだ。ジャイロ回転が生み出す不規則な変化は、時には左右のブレを生み、時にボールの落差を変える。そしてこの時は、バッターの予想を遥かに上回る落差を生み出していた。振り抜いたバットのさらに下、ストライクゾーンギリギリを貫く。
「ストライッ! バッターアウトッ!」
 その瞬間、運命が決まった。その宣言は、決着の合図。この激戦、制したのは俺達で、甲子園への切符を掴んだのも俺達なのだ。
「っいよっしゃぁー!」  俺の咆哮が球場に響いた瞬間、大歓声があがった。
「やったな相棒!」
「おうさ!」
 俺は相棒……正義と抱き合い、そのままベンチから飛び出してきたチームメイトにもみくちゃにされる。ワイワイと騒ぐ俺達が、たぶん一番輝いていた瞬間だった。


「マサヨシな、正義って書いて加々美正義」
「え、『正義』って『セイギ』って読むんじゃなかったんですか?」
 今までずっと『辻堂正義』を『セイギ』だと思っていた。なんとも失礼な話だが、どうやらそう読んでいたのは僕だけじゃなかったようで、『シャーロット』も『吉祥天女』も頷いてみせる。
「ん、あぁ、それで良いんだよ、マサヨシから取ってるのは確かだけど、俺はあいつじゃないから」
 そう言った『辻堂正義』の表情はやはり暗い。「つーかなんだ、おまえらさっきから『セイギ』『セイギ』読んどいて今更だぞ」と無理をして笑う。無理をしてると思った。『辻堂正義』と加々美正義、そこにどんな意味があるのかわからなかったけれど、きっと大切な意味があるのだと思った。だから、素直に彼の話を聞いた。


 俺達の甲子園出場は大きな話題になっていた。俺が通う高校では、甲子園出場など初めての快挙だったのだ。甲子園出場常連校を破っての出場だ。
 その日、俺達は遠征の為の買い物に出掛けていた。なんとか頑張って長い遠征にしたいものだと、その意気込みが必要な物を増やして行き、ついつい大荷物になってしまう。これで初戦敗退すぐに帰ってくる事になったら洒落にならん。やはりなんとか決勝まで残る、いや、優勝旗を持ち帰りたいものだ。
「せっかくこっちまで来たんだから少し遊んで行こうぜ、マサ」
「おー、いいねぇ、じゃあゲーセン寄ってかね? バーサスの新作入ったんだけどおまえもうやった?」
「マジ? もう入ったんだ、行こうぜ」
 あの日、勝利を決めた瞬間が、運命が決まった瞬間とだと思っていた。だけど、違った。この日の、何気ないこの選択が、運命を決めたのだ。

「せっかくだから俺はこっちの赤いのを使うぜ」
「出たな、速度が三倍」
  俺達はしばらく店内を巡り、ほどよく散財するとそろそろ切り上げて帰る事にした。「ちょっとトイレ」俺は正義に告げると、一人でトイレへ向かう。扉を開けると、そこにいた先客が一斉に俺を睨んだ。
「へ?」
 ゲームセンターの小さなトイレには不釣り合いな人数で、連れションと言うには些か大所帯ではないだろうか。その中の一人がいきなり俺の襟首を掴み上げた。
「間の悪い奴がいたもんだぜ」
 そいつはそのまま、俺の身体を強く引くと個室の一つに叩きつけた。そこにも先客がいる。下半身を露出した状態で両腕を縛られた大人しそうな少年は、脅えた表情をこちらへ向けていた。突然の出来事ではあったが、ここまで来ればさすがに俺でも理解出来る。恐喝とか、喝上げとか、そう言ったものだ。こういうのは普通入り口に見張りとかいて、誰も入って来ないようにしておくものじゃないのか? そんな事を考えてしまった俺は、やはりパニックに陥っていたのだろう、トイレに行ったら恐喝現場でしたなどとそう簡単に巡り合う状況でもない。
「どういう状況か、わかるよなぁ?」
 床に押さえ付けられたまま、さらに耳元で囁かれる。「わかってるなら自分がどうするべきかもわかるよな」と。つまり誰にも言わずに黙って金を出せ、と。それで済むのなら済ませてもらいたい。こちらは甲子園を控えた身なのだから、こんな事でケガなどして欠場など勘弁して欲しいし、暴力ざたで出場停止などもっての他だ。不良達の一人が俺を引き起こし、財布ごと掴み取ると、今度は思い切り突き飛ばされた。
「なんだ、あんまはいってねぇのな」
 財布をそのまま投げ捨てると、再び俺の手を掴み上げる。
「さて、ちくられても困るからな、適当にボコッておくか」
「待った、それはダメだ」
 思わず叫んだ。俺は甲子園に行くんだ。ケガなんてしてたまるか。
「あれ、こいつ、あれじゃね? 野球の」
 唐突に隅で見ていた不良が口にした。甲子園特番のインタビューを受けたのはつい先日の事である。
「ほう、そうなのか」
 風向きが変わったと思った。選手がケガをしたら大変だとか、当然わかってくれると。
「ちょうど良いじゃねぇか」
 不良の一人がそう言うと、思い切り俺の頬を殴り付けた。壁に叩きつけられた俺の胸を踏みつけ、唾を吐き掛ける。
「知ってるか、うちの高校な、決勝でてめーに負けてんだよ」
 グリグリと踏み付ける靴に、俺は表情を歪ませる。そんなのは逆恨みだ。試合で負けたのは仕方がないではないか。不良に顔を蹴り突けられ、俺は地面にうつ伏せに倒れた。さらに俺の右手を力一杯踏み付ける。何度も、何度も、何度も。

「何やってんだよ!」
 中々戻って来ない俺の様子を見に来た正義が大きな声を上げる。「なんだなんだ?」「何かあったのか?」正義の声に人が集まって来たのか、トイレの外から騒めきが聞こえてくる。
「ちっ、ずらかれ!」
 先頭の不良が思い切り正義を突き飛ばし、トイレから走り去って行く。さらに他の不良達が逃げていくと、トイレの外にいた野次馬が数人入れ代わりに入ってきた。
「……っ、くそぉ」
 何度も蹴り付けられ、踏み付けられた右手は、もはや感覚がない。これではボールを投げるどころか、ボールを掴む事すら出来ない。甲子園出場など絶望的だ。運命は、俺の夢を奪った。甲子園で優勝する、子供の頃からの夢を奪ったのだ。悔しくて、苦しくて、涙が溢れた。だけど、それは違ったんだ。運命が奪ったのは、俺の夢だけじゃなかったんだ。
「おい、大丈夫か!?」
 声が聞こえてきたのはトイレの外からだった。その時気付いた。正義がいないのだ。正義ならいの一番に俺を気遣うはずだった。あいつの性格は俺が良く知っている。上がらない腕を抱えるように立ち上がり、外を目指す。見たくない、そんな事はないと否定したい。
 だが、そこには予感した通りの光景が広がっていた。
「……正義?」
 俺が読んでも返事はない。不良に突き飛ばされた正義は、強か頭を壁に打ち付けてしまったのだ。何度も呼ぶ、何度も、何度も。だけど、返事は無かった、正義は答えなかった。
「救急車! 救急車ーっ!」
 誰かが叫ぶ中、俺は腕の痛みも忘れて立ち尽くしていた。奪われたのは、夢だけじゃなかった。運命は、未来も、奪った。

 この日、加々美正義は死んだ。


「当然甲子園には出られなくて、チームも一回戦敗退、それでもな、あいつの為にも、野球は続けようとは思ったんだ。続けようと思ったんだよ……」
 でも、と『辻堂正義』は続ける。
「二度とボールを投げるのは無理だって、二度とマウンドには立てないって……夢も、希望も、未来も、全部奪われた」
 知らなかった、知ってるはずがない、まさか『辻堂正義』にそんな過去があったなんて。そりゃあ、こんなサイトにいる人間なんだから、幸せな人生なんて送っていない。だけど、二人の過去は、『吉祥天女』も『辻堂正義』も、僕が想像していたよりも、ずっと辛い過去を背負っていたのだ。
「もし、一つだけ願いが叶うなら、もう一度だけでも良い、あいつと、もう一度、あのマウンドに立ちたい」
 夢を奪われる、それはどんな気持ちなんだろうか。俺にはわからない。夢なんて曖昧で、俺にはよくわからなかったから。


「じゃあ次はあたしかな」
 いつの間にか車を停車させ『シャーロット』が言った。「着いたのか?」と尋ねると『シャーロット』はブイサインで応じる。外は吹雪いているせいで外の様子はよくわからなかった。
「そうだ、そろそろ用意しとけよ」
 『辻堂正義』が言って、それを手渡す。「サンキュー」「ありがとう」各々それを受け取る。「はい、お茶」『吉祥天女』からお茶のペットボトルを受け取るとそれを口にした。ふと、これは今彼女が口を付けたものじゃないのかと思って慌てたが、『吉祥天女』はまったく気にした様子は無かったので、僕も意識しない事にする。
「でー、そろそろあたしの話始めてもいい?」
 『シャーロット』は自分に注目するように言うと、話を始めた。

 『シャーロット』の場合


 幸せの絶頂と言うものがあるとしたら、きっと自分はそこにいる。
 仕事はもうすぐ辞めるつもり、寿退社と言うものだ。そう、私はもうすぐ結婚するのだ。
 相手は大学時代に合コンで知り合った営業マン。顔良性格良、貯金もわりと溜め込んでいる有料物件、とまぁ、こんな第一印象だったんだけど、どうやら惚れられたらしくて向こうから交際を申し込まれた。正直に言うと、あまり趣味ではなかった。なんでも一人でこなしてしまうような優等生過ぎるイメージがあって、あたしには少し堅苦しそうに思えた。
 だけど、実際に付き合ってみると、彼が第一印象通りの男性ではないとわかった。なんでも一人でこなしてしまいそうどころか、間の抜けた人で目を離すのが少し不安なくらいだった。全然しっかりしてないし、家事とか壊滅的だし、気付いたらあたしが押し掛け女房よろしく面倒を見る形になっていた。そして大学を卒業した頃から彼の家に居着くようになり、いつの間にか完全に同居していた。
 もっとこう、俺様的なのが好みだと思っていたんだけど、と思うけど、今の生活もまんざらではなくて、むしろ気に入っている。悪くない。これ以上何かを望んだりなんてしたら、バチが当たってしまいそうで怖い。

 そんな生活に変化が起きたのは先日、あたしの友達の結婚式に出席した時からだった。綺麗なウェディングドレスを羨ましいと言った。そしたら彼は「やっぱりああいうのって憧れる?」なんて少し戸惑った様子で聞いてきた。当然だ。あたしだって女の子だ。二十代も半ば過ぎた女性が自分を女の子とか他人が聞けば歳を考えろと言われそうだが、彼はそんなことを気にする人ではない。彼は「そうだよなぁ」と頷くと、一人で考え込んでしまった。
 彼の事は好きだ。普段も良くしてくれる。でも一つだけ、不満があるとしたら、違う、不安があるとしたら、彼が一度もあたしの事をどう思ってるかを聞いたことが無いことだ。嫌われてはいないと思う。じゃないと同居なんて出来ない。だけど、一度も一言も、好きとか、愛してるとか、言ってもらった事がないと、やはり不安になるのだ。

「って感じなんだけどどうかな?」
 それを先輩に相談すると、先輩は少しうんざりした様子で笑った。
「あいつはそういう事を言えるタイプじゃないからねぇ」
 大学の先輩だった女性で、彼の同僚、つまり、あたしと彼を引き合わせてくれた人だ。だから、彼との付き合いはあたしより長いし、一緒に住んでるあたしが知らないような秘密まで知っていたりする。主に恥ずかしい方向の。
「でもでも、もう付き合って四年目だし、同居し始めて二年目なんだから、本当に好きなら好きの一言くらいあってもいいじゃない」
「ま、そーだねぇ」
「先輩なんかやる気ない」
 適当に流すように答えた先輩に私は口を尖らせる。こちらは真剣に悩んでいるのだからもう少し真面目に付き合って欲しい。
「そりゃあ同じ事何回も聞かされてるしねぇ、惚気られる身にもなってほしいよ」
 カラカラと空になったグラスの氷をかき回しながら言う。「うー」と頬を膨らませ訴えるたが「はいはい」とあっさり受け流される。
「だったらいっそ自分から仕掛けたらどうだい?」
「無理、絶対無理」
 あたしはテーブルに突っ伏して否定する。そんな恐ろしい事が出来るはずがない。せめて彼が一言好きだと言ってくれたならともかく、と、それでは自分から仕掛けたことにはならないか。
「なるようになるんじゃないのかい?」
 確かにそうかもしれないけど、それが進展しないから助けを求めてるのに……
「とりあえず頑張ってみる」
「おー、がんばれがんばれ」
 応えた先輩は、やっぱりやる気がなかった。そんなことより、と先輩が一冊の雑誌を開く。
「結婚式だったんだろ、なんだか羨ましくなってね」
 先輩が取り出したのはジュエリー雑誌だった。そんな珍しい物を持っていたものだから「買うの」の尋ねたら「見るだけ」と笑っていた。
「見るだけならただじゃないか、実際には確かに高くてそう簡単に帰るものじゃないけど、これくらいなら良いだろ?」
 そこで彼の話は打ち切って、あたしたちは雑誌を眺めながら空想の中でオシャレに浸るのだった。

 それからまた数日後の事だった。彼とのデートを翌日に控えたあたしは、買い物に出ていた。少しくらいオシャレして、可愛くなったら、彼も好きだとか言ってくれるのではないかと思ったのだ。
 そう言えばこの前、先輩と見た雑誌に載っていた店がこの辺りにあったはずだ。少し高かったけれど、気に入ったシルバーアクセサリーがあったのだ。似たようなデザインで安いものがあれば嬉しい、少し探して見ようと思って、その店へ向かった。
 場所は知らなかったけれど、店はすぐに見つかった。雑誌の写真と同じだったから間違いない。少しコジャレたお店で、あたしには場違いかもしれない。でも、せっかく来たのだから、少しだけでも見ていこう、見るだけならただなのだから、そう思ってあたしはお店に入った。
 少し落ち着かない気分で、あたしはその人を見つけた。先輩だ。先輩がいたのだ。見るだけと言っていたのだが、先輩もやはり欲しくなってしまったのだろうか。知り合いを見つけ安心したあたしは、先輩に声を掛けようと一歩踏み出す。踏み出して、そのまま凍り付いた。
 本当に、心臓が止まるかと思った。バクバクと暴れる心臓が胸を突き破ってしまいそうだった。だって、先輩には連れがいたのだ。それも、あたしもよく知っている姿だった。あたしがよく知っている姿だった。
 先輩の隣には、彼がいた。見間違えるはずがない、彼だった。なぜ、彼と先輩が一緒にいるのか。わからない。でも、一つだけわかった。先輩も、そして彼も、楽しそうだった。その様子があまりにも、楽しそうだったから、あたしは逃げるように店を飛び出していた。

 思い返すと、それは当然の話だったのかもしれない。先輩と彼は、会社の同僚で、あたしよりもずっと付き合いが長い。あたしが初めて彼と出会った合コンに、彼を誘ったのも先輩だった。先輩があたしを合コンに誘ったのだって、元は人数合わせとしてだったはずだ。そうだ、先輩があたしを誘う時に「好きな人がいるから手伝ってほしい」と言われたのだ。そして、その合コンで先輩が誰と話していたのか、そう、彼とだ。先輩は始めから彼が好きだったのだ。
 それだけじゃない。彼は一度もあたしに好きだと言ってくれなかった。それはきっとこういう事だったのだ。彼には他に好きな人がいたのだ。先輩が好きだったのだ。だから、私に好きだとは言わなかった。
 そう考えると、先輩に彼の事を相談した時の様子も説明がつく。先輩があんなに不機嫌だったのは、愛されてもいないあたしが彼に付きまとっていたからだ。そうに違いない。先輩があたしに雑誌を見せたのも、彼とのデートの下調べだったのだ。バカみたいではないか。あたし一人で浮かれていた。結婚式で彼の戸惑う様子が思い浮かぶ。戸惑うわけだ。好きでもない相手から結婚したいと言われているようなものなのだから。バカだ。本当にバカだ。なのに、なんで……
 まだ好きなのだろう。


 突然、隣に座っていた『吉祥天女』が僕にもたれかかってきた。こんな状況でもやっぱり、僕は男で、彼女は女の子、それも女子高生なのだからドキッとして慌ててた。そんな僕にはお構い無しに『吉祥天女』はすーすーと寝息をたてている。起こしてしまうのは可哀相で、僕は高まる鼓動を隠しながら平静に振る舞う。
「……あー、『吉祥』寝ちゃった?」
 『辻堂正義』が眠そうに目を擦りながら言った。「そろそろ点けたほうがいいかな?」と尋ねると『シャーロット』もやはり眠たそうに頷いた。
「話、最後まで保たないかも」
 そう『辻堂正義』が言うと、『シャーロット』は続きを語り始めた。


 彼は先輩が好きで、先輩も彼が好き。あたしが割り込む隙間なんてない。そう思っても、諦めるなんて出来ない。どうしてあたしじゃないんだろう。ずっと一緒にいた。一番近くにいると思っていた。こんなにも愛していた。一番あたしが彼を好きなのだ。あたしが一番彼を愛しているのだ。なのに、どうしてあたしじゃない? あたしが愛されるべきなのに。こんなに愛しているのだから、愛されるべきなのだ。先輩じゃなく、あたしが。
 気持ちがどんどん黒くなっていく。先輩が憎い、先輩がいなければ良かったのに。いなくなってしまえばいいのに……
 自分の考えが怖くなって、私はベッドに飛び込んだ。何も考えたくなくて頭から毛布を被る。それでも思考の暴走は止まらない。先輩が憎くてたまらない。もう嫌だ、誰かあたしを止めてほしい!
「ただいまー」
 そんな時、彼の声が聞こえた。あたしは慌てて飛び起きる。彼に会いたい、抱き締めて貰いたい、彼が本当に好きなのはあたしだと言ってもらいたい。
 帰宅した彼の胸に、私は泣き顔のまま飛び込む。突然どうしたのかと戸惑う彼。その彼から……先輩の匂いがした。気のせいかもしれない、そう思いたかった。でもそれは、先輩の香水に匂いだった。先輩の匂い、先輩の、先輩の……
「ねぇ、今日、どこに、行ってたの?」
「今日? 普通にまっすぐ帰ってきたよ」
 普段なら何気なく聞こえるはずの彼の言葉。でも私は知っている。今日、彼が、どこにいたのか。
「なんで……嘘吐くの?」
「え、嘘って?」
 なんのことだがわからないと言った風に彼は言う。しらをきる。
「今日……見たんだよ?」
 あのお店の場所や名前、時間帯まで指摘され、彼は言葉に詰まる。
「誰と……行ったのかな?」
「……一人でだよ」
 彼はまだ、嘘を吐く。
「どうして? ねぇ、どうして嘘吐くの? 本当のこと……言ってほしいな?」
「……なんでそんなことを」
「誤魔化さないで!」
 あたしは叫んで彼を突き飛ばした。玄関ドアに叩きつけられた彼は、強打した頭を軽く振る。その彼に馬乗りになると、首筋に唇を這わせ、呟く。
「見てたの」
「え?」
「全部見てたの、あなたが……あの女と楽しそうにしてるところも、全部」
 あたしの言葉に、彼は驚き目を見開く。もう隠せないと観念したのか「あ、あれは……」と目を反らした。
「あの女の匂いがする、どこまでしたの? 最後までやっちゃったの?」
「違うんだ、あれは……」
 なにが違うと言うのか。そんな言い訳など聞きたくない。素直に謝って、あたしだけを愛していると言って欲しかった。そうしたら許して上げたのに。言い訳ばかり。そんなに、あの女に毒されてしまったのか。
「かわいそう……」
 彼はまだ言い訳を続けようとしている。すべてあの女のせいだ。あの女が私の彼を穢したのだ。あの女が、あの女が、あの女があの女があの女があの女があの女が!
 彼があの女の名前を口にした。その瞬間、頭の中で何かが弾けた。あんな女の名前なんて言ったら彼が穢れてしまう。あんな女に触れたら彼が穢れてしまう。あんな女に、あんな女に!
「なんとか……しなきゃ……」
 早くしないと彼が穢されてしまう。その前に早く。あの女のバイ菌が彼を穢してしまう。だから今すぐなんとかしなきゃ。
「汚いところ……取り除かなくちゃ……」
 あたしは立ち上がると部屋の奥へ向かった。どうしたらいいかな、洗ってもきっと取れないよ? あいつのバイ菌はしぶといから。そうだよ。だから。あたしはそれに手を伸ばす。
「ちゃんと……取り除かないと……」
「どうしたんだよ、おまえ……ッ!」
 あたしを追ってきた彼。その胸に、包丁の鋭利な刃を突き立てる。全部、あいつに犯された場所、全部取り除く。

「ね、綺麗になったよ」
 満面の笑顔で、あたしは笑い掛ける。少しばかり小さくなった彼は応えない。
 あたしが彼を抱き上げた、その時、破れたスーツから、それが落ちた。真っ赤な小さい袋、彼の血で真っ赤になった袋、手のひらサイズの小さな包み、綺麗にリボンで塗装された小さな包み。開く。それは、見覚えのあるシルバーアクセサリーだった。そう、それは……
「あたしが欲しかった奴」
 あの日、先輩と二人で雑誌と睨めっこしながら言った言葉。「これ可愛い、良いなぁ」「こういうのが欲しいのかい?」先輩は何故かニヤニヤと笑っていた。
「嘘だ……」
 今になって、先輩が何故笑っていたのかわかった。今更になって気付いた。

「プレゼントに悩んでしまって……」
 きっとそんな事を言って相談を持ちかけたんだ。
「うまい具合に聞き出して見るよ」
 先輩は二つ返事で応えたに違いない。そして、普段は買わないジュエリー雑誌を持って、私を誘った。
「結婚式だったんだろ、なんだか羨ましくなってね」
 その言葉の裏には、次はあたし達が結婚式を挙げる番だとだろと言う意味があったのだ。その証拠に先輩は言った。
「なるようになるんじゃないのかい?」
 だって先輩は知っていたのだ。彼がこのプレゼントと共に、気持ちを伝えてくれると。わかっていたから、なるようになると言ったのだ。いや、なるようにしかならないと言いたかったのだ。それなのに、あたしは、あたしは、変な癇癪で……彼を……彼を……

 殺してしまった。


「もう一度……もう一度だけ……彼に……会い……た……」
 すべてを話し終えると『シャーロット』も静かに寝息をたて始めた。『辻堂正義』も既に眠ってしまった後だ。『吉祥天女』は先程から僕の肩を枕にして眠っている。皆、睡眠薬が良く効いているようだった。僕だけ、彼女の話を聞いていた為か、薬の効きが悪かったようだ。
 少し息苦しい気がする。それに気持ちも悪い。吐き気もする。一酸化炭素中毒の症状だろうか。
 そう、これは自殺旅行なのだ。とある自殺サイトで知り合った僕たちは、こうして集まり、事に及んだ。みんな、世界に絶望して、生きる事を諦めた。世界は理想通りになんていかないから、僕たちは集まったのだ。
 もう聴き手はいない。みんな眠ってしまった。そしてこのまま目を覚まさないのだろう。永遠に。だけど、僕は口を開く。僕の願いは……一つだけの願いは……。

 だけど、そんなものは思い浮かばなかった。みんな、みんな本当に苦しんでいたのだ。それに比べて僕はなんだろう。家族はみんな仲もいい。夢はまだわからないけど、きっと叶うと信じてる。好きとか、少し自信はないけれど、幼なじみとの仲も良好だ。それは、きっと幸せだったんだ。
 だけど、何故か虚しかった。平凡に生きて、平凡に死ぬ。それが虚しくて、生きる意味なんてないように思えて、だから、生きる事を辞めようとした。
 幸せだったから、幸せだってわからなかったんだ。死にたくない。もし、願いが叶うなら……
「生きたい」
 口に出すと、それは強い意思になった。『吉祥天女』をそっと座席に寄り掛からせると、生きるために僕は車の外に出た。
 車の外は地獄だった。
 忘れていた、ここは真冬の雪山だ。極寒の雪山なのだ。歩いて降りる? 無理だ、出来るわけがない。だが車には充満した一酸化炭素。車には入れない。
 どっちにしてもこのままでは死んでしまう。僕は駆け出した。方向もわからないけど、生きたくて駆け出した。
 まだ死にたくない。僕は死にたくない。朝、母親に起こされる。文句を言いながら弟と朝食を食べる。幼なじみと一緒に学校へ行き、授業は退屈だけど真面目に受ける。平凡だけど、幸せな一日に、僕は帰りたい。
 もう一度だけ、せめてもう一度だけ、この幸せな日々を手にしたかった。

 だけど、それは叶わない。今更になって効いてきた睡眠薬と、寒さが、僕の身体の自由を奪っていく。こんな雪山で眠ってしまったら、絶対に助からない。なんとか踏張った足が折れ、雪の中に倒れこむ。そのまま、僕は眠りに着いた。
 二度と覚めない眠りに。



 僕達は願う。

 もし、一つだけ、願いが叶うなら。

 僕達は幸せにはなれなかったから。

 だから、もしも、もう一度、生まれ変わってきたならば。

 その時こそは。

 僕達が。

 あたし達が。

 俺達が。

 私達が。

 どうか、幸せになれますように。



END
メンテ
天気が良いので死ぬことにした。 ( No.17 )
日時: 2011/02/12 23:59
名前: 間に合うか。

Bコース【氷】


 冷たく乾いた冬空の下で彼女が戦っている。
 ここ最近雨が降っていないが、今日もまた天は崩れる予定は無いようだ。それを雄弁に語るように雲一つ無い青空が見る者の心を圧倒するように広がっていた。
「一〇万ボルト!」
 少女の声が大きく響く。忙しなく動き続ける二つの影へと視線を動かせば、次の瞬間に状況が大きく変わった。
 少女の言下。影の一方である立派な黒い鬣(たてがみ)を靡(なび)かせた獣(ポケモン)が、その指示へと応えるように短く吠えた。そしてその逞しい四肢へと力を込めて地面を蹴る。
 牙を剥き、鋭い眼光を宿すレントラーの視線の先には彼女が。
 嗚呼、どうすれば良いのだろう。……指示を出せば良いのか。だとすれば何と?
 バチバチと爆ぜるような音と電気を発しながら迫る雷獣。
 彼女と雷獣が相対した次瞬、閃光が瞬いた。
 思わぬ目眩まし(フラッシュ)。それをまともに喰らったのか苦悶の声を漏らす彼女。その発生源であるレントラーは大地を削りながらその靭(しな)やかな肢体を躍動させて、彼女の背後を取った。
 彼女はまだ気がついていない。
「後ろ」
 だから。背に回りこんだ黒い雷獣が四肢を折り曲げて力を込め跳びかかる為に静止した、その刹那の間に僕はそう声に出していた。
 それは彼女に届いたらしい。指示とは言えぬ僕の粗末な言葉を受けた次の瞬間には、細身なその肢体が動き出す。
 赤と黄色の羽毛に覆われた彼女の両脚。強靭な脚力を有したそれの一本を軸にして旋回。
 鋭い風切音が響く。続いて鈍い打音。くぐもった獣の声。炎を宿した後ろ廻し蹴り(ブレイズキック)はレントラーの顔面を捉えていた。
 だが。
 閃光。次いでバチン、と音が大きく爆ぜる。一瞬痙攣するように身体を震わせ、蹴りを放った態勢のまま動きを止める彼女。
「ナイス! 追撃! 雷の牙!」
 手を叩いて喜ぶ、という言葉が相応しい少女の声。しかし続く言葉に油断は感じない。
 顔の体毛を焦がしながらも犬歯を剥き出し前傾姿勢を取る黒い獣の姿を見て理解する。痛打を喰らいながらもそれを耐え切り、至近距離からの電撃を彼女へと放ったのだと。
 ジムリーダーのポケモンでも防御の不得手な者だったら、一撃で沈めるだろう彼女の蹴りを真正面から喰らいながらも反撃するなんて、このレントラーは強い。……尤も、ジムリーダーなどとは戦ったこともないけれど。
 一歩も引かないこの雷獣はトレーナーである少女に愛されているのだろう。信頼されていて、信頼しているのだ。
 勝ち誇るかの様に咆哮するレントラーが、その牙に雷を宿し顎を大きく開いて肉薄する。
 ――嗚呼、けれど。
 その電撃を帯びた鋭い牙が彼女の細く引き締まった胴へと食い込むその直前。
 鳥の足の様に三叉に分かれた彼女の手。その手首から轟、と炎が噴出する。
 風を切りながら、ぐるりと身を翻す彼女。三本指の拳を覆う炎が火の粉を散らす。
 ガキン、とレントラーの顎が空を噛む。目を見開く雷獣。少女の息を飲む音も聞こえた気がする。
 そしてレントラーが次の動きに入る前に、振りかぶること無く放たれる炎を纏った彼女の拳。軽い所作とは裏腹に重い打音を響かせて振り抜かれる。
 横腹を殴られ呻き声を上げる雷獣。今度は攻撃を受けた刹那に反撃することは出来なかったようで、地面を転がる事はなかったが電撃が爆ぜる音も光も感じられない。
 そして彼女の攻撃は止まらない。
 態勢を整えたレントラーが向き直った。しかし、既に彼女の攻撃の初動は終わっている。
 流れるような挙動で、その長い足による蹴りが二度放たれる。
「あッ――」
 少女の唖然とした声が耳に入る。しかし僕の視線は地面と水平に飛んでいくレントラーを追っている。
 否(いや)。それを追う、疾駆する彼女の姿を僕は見ているのだ。凛々しく、美しく、何より雄々しいその姿を。
 止めの追撃を繰りだそうと、雷獣を追う彼女に情けや容赦などない。勿論、それは戦闘(バトル)の間だけで普段は何かと世話好きな仔でもあるけれども。相手の力の全てを受け止め、どれだけの実力差があろうとも自身の力の全てを振るい戦うのが彼女なのだ。だから相手が強くても向かっていくし、弱くとも徹底的に圧倒する。
 手加減を加えることは彼女の中では悪らしい。僕としては、相手が圧倒的に弱い場合は少しは手心を加えて欲しい気もするが、まぁ仕方ない。
 色々な意味で僕とは正反対の彼女を眺める事は、憧憬と劣等感とが綯(な)い交(ま)ぜになった重苦しい感情を生じさせる。彼女は強い。その強い彼女のトレーナーが僕なのはとても誇らしい。けれど。
「ッ――ワイルドボルト!!」
 思考は停止していなかったらしく呆然とはしていない。少女の叫びにも似た指示が飛ぶ。吹き飛ぶ雷獣はその声の直後身体を捻る。そして地面を削り土煙を巻き上げながら無理矢理に着地。次瞬には、その身を帯電させながら地面を蹴り走りだす。
 その先には彼女が。
 迎え撃つ意思を表すように更に加速するその姿は、燦爛(さんらん)と猛る炎でその身を覆って。
 万雷の如く猛々しい雷獣の咆哮。
 烈火の如き気迫を孕んだ彼女の咆哮。
 二つの哮り声が轟き混ざり、紫電と火の粉が軌跡を描いて空に散る。
 そして。
 途轍もなく重い衝撃音を響かせて一切の音は爆ぜて吹き飛んだ。
 朦々と土煙の舞う情景の中で、辛うじて見える二つのシルエット。どちらかが彼女で、どちらかがレントラーだ。どちらも動かない。声も発さない。
 そして、十数秒が過ぎ去った。僕も少女も、動くことも何か言葉を出すことも出来ずに見守り続けている。何時まで続くかわからない短いが永い濃密な時間。
 さや、と乾いた風が吹く。それが立ち込める土煙を僅かに散らした。赤と黒、二体の姿が僅かに覗く。
 その微風(そよかぜ)が、この息苦しいほどに停滞した時間を動かした。一刹那後、彫像のように静止していた二体の一方がぐらり、と倒れる。
 ――嗚呼。それは間違いなく……
 動き出した時間はしかしまだぎこちなく感じられ、その中でゆっくりと崩れ落ちるように倒れていくその姿は。
「ファング! ッ――」
 どさり、とその肢体が倒れ伏す。その頃には僕の感ずる時間は元のように流れており、少女が悲痛そうな声を発して駆け出すその姿を先程のようにゆっくりと粘性の液体の中を動くように認識することはなかった。
 地面へと伏したレントラー――ファングという名なのだろうか――へと駆け寄る少女。
 倒れたのはレントラー。ならば立っているのは必然的に――
 膝をついて話しかけながら身体の様子を診ている少女のその隣で、悠然と立つ彼女を見る。
 凛とした空気を身に纏う細身の長身。雪のように白い頭を飾る長い羽。炎のように鮮烈な身体を包む赤い羽毛。先程までの燃え盛るような荒々しさは鳴りを潜め、穏やかに佇むその姿。
 それを見て僕は思う。嗚呼、彼女は勝った。彼女は強いのだ。
「お疲れ様」
 そんな言葉をかけながら僕は歩き出す。
 近づく僕へとゆっくりと身体を向ける彼女。その硝子玉の様に澄んだ瞳が僕を捉えたその瞬間、ぞわりと肌が粟立った。
 一刹那後、足が動かなくなりそうになる。だが足を止めるわけにはいかない気がする。僕は彼女を恐怖しているわけでもないし、嫌悪しているわけでもないのだから。
 彼女の瞳を見てこうなることは別に今が初めてじゃない。ここ最近は常な気もする。だから、それを可能なかぎり表に出さないように抑えつけて僕は彼女へと近づいていく。自分の顔を見ることは出来ないが、多分引き攣らないで軽く笑みを浮かべて。
 怖くはない。嫌いでもない。では、それが何なのかと自問すれば、即答できる。こうなってから、散々悩んだのだから。
 ……わからない、のだ。
 改めて彼女へと視線を向ける。
 精悍とした顔つき。だが表情は読み取れない。人間のように、笑む事も無ければ困ったように眉根を寄せたり不機嫌に眉間に皺を浮かべたりも無い。
 その無表情の中で確かに意思の宿ったその瞳。しかしそこに映る感情が何なのか、喜怒哀楽のどれかなのすら僕には読み取れない。
 彼女が何を考えているかわからない。それが、僕がこうなるその理由。
 どうにか不審な挙動を見せずにすんだと思う。僕は彼女の隣へと辿り着いた。二〇センチメートルは背丈の高い彼女を見上げながら、何処か痛む所は無いか問いかける。
 無表情に、小さく首を振る彼女。僕が見ても大きな怪我は無いように見える。しかし万が一という事もあるのでこの後行く予定のポケモンセンターでまた診てもらうことにして、次に僕は倒れた雷獣と少女へと視線を向ける。……これ以上彼女を視線を合わせられなかった。
 呻き声を漏らしながらぐったりと倒れるレントラーに喋りかけながら、手に持った噴霧器式の傷薬の中身を吹きつけている少女。丁度治療が終わったのか、顔を上げたその子と目が合った。
「大丈夫?」
「あ、うん。まだ動けそうにはないけどポケセンで休めば大丈夫だと思う。骨も折れてないし」
 僕のかけた言葉にそう答え、「すぐ休ませてあげるから我慢してね」とレントラーをボールへと戻す少女。
「それにしても強いのね、貴方のバシャーモ。それだけ強いなら、バッジは何個持っているの?」
「ああ、持っていないんだ。ジムには挑戦したことがないから」
「嘘ッ!?」
 目を丸くして大声をあげられてしまった。
 各地方に八つあるジム。そこのトップであるジムリーダーに挑戦し、その実力が認められるとバッジという物が貰えるらしい。それを八つ全て集めるとポケモンバトルのメッカ、ポケモンリーグに無条件で挑戦が可能となる、らしい。あまり真面目にそういった話は聞いたことがないので詳しくはよく分からないけれど大体は合っているはず。
「本当だよ。それに、僕のポケモンは彼女しか居ないんだ」
 だから、様々なポケモン達と時には連戦することになるジム戦はしない。そう答える僕に、少女は茶色く短い髪を弄りながらこう呟いた。
「はぁ。そっかー、バッジ無くても強い人はいる。上には上が居るってことだねー。リーグチャンピオンの夢はまだまだ遠いー」
 両腕を空へと突き出して、天を仰ぐ少女。
「――でも諦めないッ!!」
 少しして、そう叫ぶ。嗚呼、この子は凄いな。
「君とレントラーも相当強かったけど、バッジは何個持っているの?」
「え? えへへ、五個ッ。あと少しで今期のポケモンリーグに挑戦出来るの!」
「ッ。凄いな。そして夢はチャンピオン?」
「そう! もっともっと私も皆も強くなって絶対に叶えるのッ」
 そう、輝くような笑顔で力説してくれた。嗚呼、この子は凄い。夢がある。それを実現しようと行動し、その結果として目標が夢幻(ゆめまぼろし)のような届かないものではなくなりかけている。
 僕のように何の目標も目的も無く、只流れるように無意味な旅を続けるのではない少女の姿が眩しくて、僕は視線を逸らした。
「君ならその夢、実現出来る気がするよ」
 面とは向かわずに僕が発した言葉を受けて「ありがとう」と嬉しそうにその子は応えると、腰の赤と白の球体から別のポケモンを繰り出した。
 閃光と共に飛び出た雄々しい大型の鳥ポケモンが、青い空を悠々と旋回する。
「ウィング! 近くのポケセンまで連れてってッ!!」
 手を振りながらそう叫ぶ少女。その声を聞き届けたウィングという名らしいムクホークは、勢い良く滑空すると彼女の両肩をその逞しい両脚で掴み、そのままバサリと浮き上がる。
 小柄な体躯の少女でなければ肩にあの鋭い爪が食い込んで痛そうだ。などと僕が空を飛ぶその子と猛禽を見て思っていると、
「じゃーねー! また逢えたらその時は負けないからッ!! じゃ、ウィング、よろしくね!」
 そう大きく手を振って空を行ってしまった。
「さて、僕達も行こうか」
 ふぅ、と息を吐きながら彼女の方を向き、言う。
 やはり何を考えているか分からない無表情で、小さく頷く彼女。
 嗚呼。わからないわからないわからない。
 しかし、彼女と僕はポケモンセンターへと向かい並んで歩いて行く。
 ――彼女は強い。それこそ、僕なんて必要の無いくらい。

        ‡‡‡‡‡‡‡

 空が赤く色づいた頃に、僕達はポケモンセンターへと到着した。
 既に彼女の検査と治療を済ませたので、僕らは利用者共用のソファに並んで座り同じく共用の机で早めの夕食を摂っている。
 献立はセンターに併設されたレストランからテイクアウトしてきたカレーと水。彼女には、彼女お気に入りのポケモンフーズ。何やら騒々しい客が居たのがお気に召さなかったのか、彼女が中で食べる事を拒否した結果、このテーブルとソファを占拠することとなった。まぁ、偶然そういう客が居たのでそう推理したけれど、実際彼女が何を考え拒否したのかはわからない。
 此処で食べるのも、泊まる為の部屋が満室でセンター内の何処かで寝なければならないので、場所を取っておくという面もあるのだけれど。
「ん? どうした?」
 カレーを頬張っていると、彼女の視線が突き刺さる。それが気になり、訊いてみる。
 訊かれた彼女はやはり何を考えてるか読み取れない無表情で、机の上に置かれたティッシュペーパーを三本指の手で器用に取り出す。そしてそのまま僕の方へとその手を伸ばすと、
「わ、何ッ」
 口元を拭った。ゴシゴシと念入りに。
 ……そんなに口元を汚していたのだろうか。
「……ありがと」
 なんだか子供扱いされた気になり釈然としないがお礼は言っておく。
 彼女は返事なのか呼吸音なのかわからないが小さく息を吐いて、汚れたティッシュを器用に畳みテーブルに置くと食事を再開してしまう。
 嗚呼、やはり何を思い、考えているかわからない。彼女とは僕が物心付く前からの付き合いだ。それこそ母のようでもあり、姉のようでもある近しい存在。嗚呼、しかし、何でこんなにもわからないのだろう。昔はもう少しわかっていたような気もするのに。
 そんな考えがループして、気分が落ち込む。好物のカレーを食べているのにあまり美味しく感じない。
 はぁ、と溜息が漏れる。
 それが聞こえたのか彼女の視線とクルル、という鳴き声が僕に向けられる。
「ああ、大丈夫。なんでもないよ」
 だから、笑みを貼り付けてそう答えた。



 陽はとっぷりと落ちて、星や月が輝いているのが窓越しに見える。
 ソファとテーブルのあるスペースに置かれた大型のテレビが、何処かのポケモンバトルの大会の特集を流しているのを僕達は観ていた。
 別の大会の録画映像などを交えながら注目のポケモントレーナーやそのポケモン達の紹介や解説などがその内容。
 画面の中でトレーナーの指示が飛ぶ。言下それに応じたポケモンが縦横無尽に駆け巡る。ハイレベルなポケモンバトルの姿がそこにはあった。
 贔屓目無しで見ても、テレビの中のポケモン達と彼女の動きを比べて遜色は無い。むしろ優っているとも感じられることもあった。
 嗚呼。けれど。僕はどうなのだろう。
 否(いや)。考えるまでもなく、比べるまでもなく、劣っている。
 テレビの中で知った風な解説者が「この指示は良くなかった」「指示が遅れたのがこのバトルの勝敗を――」などとつらつら喋っている。
 ポケモンバトルはポケモンが強いだけでは駄目らしい。状況を把握し、流れを読み、それを活かす指示をトレーナーが出さなければならないのだ。
 それを、僕は出来ない。常に変わり続ける状況など掴めず、流れなどまず感じることすら出来ない。それは僕が幼い頃に友人とバトルをしていた頃からわかってる。見当はずれな指示を出して、まだ雛だった彼女を傷つけたのだ。
 今も未だ、バトルの時になんと指示を出せば良いのかわからない。だが、彼女は強くなった。それこそ、僕の指示など要らない位に。
 嗚呼、心が、寒い。



 ソファを枕に毛布に包まれている今の時刻は何時だろう。携帯電話(ポケギア)で確認するのも面倒くさい。多分、深夜。
 隣で彼女は毛布を被って寝息を立てている。その横で、僕は眠れないでいた。
 僕の方を向いて目を瞑る彼女を横目に見ながら、何故彼女は僕と一緒に居るのか考える。しかしわからない。トレーナーとしては欠陥がある。何か特技があるわけでもない。只何となく各地を旅している、だけ。
 嗚呼、そんな屑みたいな僕に何故彼女は着いて来るのだろう。
 昼間の少女みたいにちゃんとしたトレーナーだったならば、僕も臆面なくチャンピオンが夢だと言えただろう。でも、違う。彼女ばかりに負担がかかるバトルしか僕はさせられない。だからそんなことは言えない。言いたくない。
 ポケモンを育てるブリーダーはどうだろう。否。無理だ。彼女以外のポケモンも、一緒に居る自分が全く想像できない。可愛いと思うし、格好良いと感じるけれども、他のポケモンも一緒に旅をするという気には何故かこれまでならなかった。だから、世話は出来るかもしれないが、愛情をもって接することは出来ない。それじゃあブリーダーとは言えない気がする。
 ならばポケモンの優美さを競うコンテストに出てみるのは……彼女がそういったのが苦手だから無理だ。
 ポケモンの関係の無い職に就く? 何をすればいい。わからないわからない。
 嗚呼、二〇年程生きてきて、僕は一体何がしたいのだろう。何が出来る? 何も出来ない。
 彼女は僕などと居て良いのだろうか。誰か優秀なトレーナーと一緒に居たほうが良いのじゃないか? それかいっそ野生に――
 頭の中が混濁していく。何故僕なんかが生きているのだろう。嗚呼、寒い。隣の彼女の高い体温で身体は冷えていないのに、心が冷たい。溶けない氷のように冷たく固まっている。
 などと考えて居たら窓から覗く空が白ばんできた。夜が明けたらしい。
 今日も、自分が矮小に思える位に広々とした空が広がっている。雲一つない。
 嗚呼。天気がいい。快晴だ。
 だから。
 死ぬことにした。
 死のう。それが一番良い選択な気がする。だけど、この場で死ぬのは良くないな。センターの職員にも迷惑だ。
 うん。外に出よう。
 彼女を起こさないように静かに立ち上がる。屋根がある以外は野宿とそう変わらないので服装は直ぐ外に出れる格好だ。コートは畳んでソファに置いて枕にしていた。それを着る。
「あれ、お出かけですか?」
 さぁ、出るか。と思った途端、小さな声で尋ねられた。
 夜勤の女医さんのようだ。「そのバシャーモは連れて行かないの?」と更に訊いてくる。
「ああ、はい。ちょっと眠れなくて気分転換に散歩しようかと思ったので」
 今から死にに行こうかと。などと言ったら阻止されるだろうのでそう小声で返す。
「あら、そうでしたか。寒いから気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。しばらくしたら戻るので、彼女は起こさないであげてくださいね」
 僕が彼女を指して言うと「ええ。わかりました」と返した後、ふぁ、と欠伸しながら歩いて行く女医さん。その姿が離れてから、僕は自動ドアから外へと出た。死ぬために。
 彼女が気がつく前に死ななければ。そうしなければ多分彼女は阻止しに来るだろうから。

        ‡‡‡‡‡‡‡

 どれほどの距離を僕は来たのだろう。人目につかない場所を探していたら、辿り着いた此処は何処か山の中。既に陽は沈み、冷たい闇が辺りを包んでいる。
 あれほどに圧力を感じた空も、暗い色の雲に侵されて灰色の様相を見せている。嗚呼これはこれで、圧迫感や閉塞感を感じるので死ぬことを躊躇する必要は無い。だから、進む。
 いつからか、暗い灰色の空から吹きつけるように雪が降ってきていた。ざくりざくりと積もった新雪を踏みながら、止まること無く歩き続ける僕。手袋をしていても手が冷たく悴んで、痛みすら発するようになってきた。歩き尽くめの両脚も、棒のようで動かしづらい。
 幸いなことに彼女が追ってくる様子は無く、僕はこのまま死ねるだろう。僕という欠陥のある人間と一緒にいるという不幸な状況から彼女を開放することが出来るのだ。
 白い息を吐きながら、誰も居ない雪山の奥へ奥へと踏み入っていく。
 この、肺が爆ぜるように痛み、荒い呼吸によって喉が焼けつき、全身がバラバラになりそうな軋みをあげる、心地良い疲労感。身体が凍りつきそうなこの寒さも、僕の氷のような心の感じる寒さに比べれば何と心地の良いことか。
 さあ、このまま力尽きればそのまま僕は死ぬるだろう。
 だけども未だ、僕は力尽きないようだ。若干視界と意識は霞んできたが、未だ倒れこむ程じゃない。
「……ん?」
 歩き続けるその最中(さなか)、視界の端で何かが動いた。そちらに視線を動かすが、雲に遮られて僅かに注ぐ月明かりによって出来た樹木の陰しかない。
 気のせいか。
 また前を向き、歩く。ザクザクと雪を踏みしめて。それにしても、先ほどよりも冷たさが増した気がする。僕が雪を踏み歩く音しか聞こえない。その孤独感が体感の温度を下げるのだろうか。
 しばらくまた歩き続けたが、
「――ッ」
 否(いや)、やはり何かが居る。音も、姿も無いけれど何かが僕を見ている気配が感ぜられる。
 何も居ないように見える中で、視線だけが在る。そのことに全身に廃油を被せられたような気味の悪さを覚え、身を切る寒さとは違う悪寒が生じた。
 視線の感じる背後へと勢い良く振り返る。
 しかし、やはり何も居ない。
 僕の影が白い地面へと長く伸びているだけで――
 ……影とは、笑うものだっただろうか。僕の記憶では、笑うどころか顔にあたる部分はのっぺりとした黒が顔の輪郭を映すだけだったような気もするのだけれど。
 けれどもしかし、目の前の僕の影は裂けるように口を開き、ニタリと笑っていた。
 それを見たまま動けないでいると、その笑う僕の影はケタケタと声まで出して笑い始めた。
 そして次の瞬間には、ぬぅ、と浮かび上がる。二次元だった影が三次元の立体に。
 宙に浮かんで哄笑する僕の影。否(いや)、それは。
「ああ、ゲンガーだったのか」
 ゴーストタイプのポケモン、ゲンガーだった。山に迷った人の命を奪うなどと言われているポケモンだが、事実そうなのだろうか。
 ニタニタと粘ついた笑みを浮かべて僕を見据える亡霊に視線を向け続けていると、クスクスという笑い声が無音の銀世界に響き渡る。
 その声が聞こえた方へと視線を向けるとそこには振袖を着た童女のように小さな氷女が。
 嗚呼、こっちは凍てつく吐息を吹きかけて凍らせた獲物を何処かに飾っているなどと風説されるポケモン、ユキメノコ。
 そしてその隣には一ツ目の巨大な亡霊。ヨノワール。こいつも人を霊界に連れて行くなどと言われているゴーストポケモン。
 嗚呼。僕を獲物としたのだろうか。
 それならば、心の底から礼を言いたい。
「ああ、ありがとう。さぁ、抵抗はしないから」
 早く死なせてくれ。と彼らに言う。
 寒い。冷たい。身体はとうに冷え切って震えが止まらない。けれどそんなことはどうでもいい。この、凍りついた心の寒さから開放して欲しい。
 僕の言葉を受けた三匹は。
 影霊はゲラゲラと大笑し。
 氷霊はクスリ、と小さく微笑し。
 巨霊は無言のままその大きな両腕を前へと構えた。
 瞬いた刹那、眼前に現れたユキメノコの、ひゅう、と空気さえも凍らせる吐息が僕に纏わり付く。
 パキパキと、身体の芯まで凍りつくような感覚が僕を包み込む。
 続いて、ゲンガーが軽薄に笑いながら僕の目を覗き込んだ。怪しく光るその瞳を見た次瞬には僕の意識は微睡んでいく。
 嗚呼、そして、霞んだ視界にヨノワールが大きな拳を振りかぶり、僕へと振り下ろそうとする姿が。
 嗚呼。これで死ねる。
 ……けれど何故だろう。凍てついた身体よりも氷のように冷たい心の寒さが、未だ消えないのは。
 しかしそんなことは関係なく、巨霊の拳は僕を――
 刹那。赤い光が巨霊を貫いた。これは、オーバーヒート? 炎タイプ最高クラスの威力を誇る技が何故?
「ッ!?」
 ぐらりと傾く巨きな身体。
 次の刹那、火山の噴火にも匹敵する咆哮が轟いた。
 その方向へと目だけを向ければ、嗚呼、なんて事だろう。
 彼女が居た。
 手首どころか全身から劫火を噴き出しながら、無表情なその顔の、激情を湛えていることが一目で解る瞳でもってゴーストポケモン達を、そして僕を睨みつけてくる。
 嗚呼、来てしまったのか。
 けれど何故、あんなに寒かったのに彼女の姿を見たとたん、少し温かくなったのだろうか。
 睡眠不足と極度の疲労、そしてゲンガーの放った妖しい光と催眠術によって、僕はもう意識を保って――



「あー!! よかった見つかったんですねッ」
 少し、聞き覚えのある声で目が覚めた。なんだかとても暖かくて心地良い。
「ん……?」
 目を開ける。霞んだ視界に入ってくるのは――
「おわッ!?」
 彼女の顔だった。びっくりする程のドアップで僕を覗き込んでいた。
 嗚呼、すると、この心地良い暖かさは彼女の体温か。
「あはは。大丈夫ですか? 直ぐポケモンに運びますからね」
 そしてそう話しかけてくる少女の声。昨日の昼間に戦ったあの少女か?
「全く、こんなに懐いてる仔を置いてどっか行っちゃうなんて馬鹿ですか貴方は。『何が何だかわからない』って感じでパニック起こしてたんですからね。そのバシャーモちゃん!! 私のウェイブが居なかったら探し出せなくてそのまま凍死かゴーストポケモンに殺されちゃうところだったんですよ貴方は!!! 反省しなさい!!!!」
 彼女に抱きしめられたまま、少女の説教を聞く。
 どうやら同じポケモンセンターに居た少女の手持ちであるルカリオのウェイブとやらに僕を行方を探させたらしい。そして、彼女は僕を殺そうとしていたゴーストポケモンたちを蹴散らした、というわけか。
 ぎゅ、と力を込めて僕を抱きとめる彼女。
「ん? 『何が何だかわからない』感じで?」
「え? ああ、はい。もうホントパニックって感じでしたよ?」
 彼女の顔を覗き込む。
 目を合わせない彼女。
 嗚呼、わかった。恥ずかしがっている。
 ……。あれ、彼女のことが少しわかった。
 ……。
「あははははは!」
 嗚呼、わからない。けれど少しわかった。
 ならまだもう少しわかることが出来るかもしれない。
 そうすることがとりあえず今後の僕の目標とうことでどうだろう。
「ああ、ごめんね『ちゃちゃ』。もう居なくならないから」
 だからそう謝る。もう死のうなどとは考えないことにしよう。
 氷のように感じていた心も、彼女の体温ですっかり溶けてしまった気がする程に暖かかった。
メンテ
結果発表 ( No.18 )
日時: 2011/02/26 00:57
名前: 企画者

  −−順位発表−− ※括弧内は仮面HN

敬称略




  ★★総合順位★★
  
☆一位
>>9君のいない海
  Aコース  byレイコ(蛇蜥蜴)
金金金金金銀銀銀銀銅銅銅銅ア
28票

☆二位
>>13
  Bコース  by海(炬燵でアイス)
金金金銀銀銀銅ア
17票

☆三位(二作品)
>>7僕と君との二年間
  Aコース  byとらと(こしたん)
金金銀銅銅銅銅
12票

>>3不思議なあの子は素敵なこの子
  Aコース  by乃響じゅん
金金銅銅銅銅銅ア
12票

☆五位
>>17天気が良いので死ぬことにした。
  Bコース  by秋桜(間に合うか。)
銀銀銅銅銅銅銅銅銅
11票

☆六位
>>15枷を -rock'n'roll is not dead-
  Bコース  byとらと(pentadeca)
金銀銅銅銅銅
9票

☆七位(二作品)
>>4七賢者、ヴィオ
  Bコース  by来来坊(春野郎)
金銅銅銅ア
7票

>>5永遠少女
  Aコース  byでりでり(breakthrough)
銀銀銀銅
7票

☆九位(二作品)
>>16ダカラ・モシモ・モウイチド
  Aコース  by……一葉(『炎ポケモンに持たせないでください』)
金銅ア
5票

>>11春へ
  Aコース  byポーズ(あづまくだり)
銅銅銅銅銅
5票

☆十一位
>>14人の下痢路を邪魔する奴は、
  Bコース  by乃響じゅん(サンサール)
銅銅銅銅
4票

☆十二位
>>12昔←→今
  Aコース  by雫(疲労少年)
銀銅
3票

☆十三位(二作品)
>>6凍てつく愛
  Bコース  by道草(地のごとく大らかに)
銅銅
2票

>>1リフレイン【あの日に戻れたら】
  Aコース  by夜月光介(紅蓮)
銅ア
2票

☆十五位(二作品)
>>2ミステリーサークル
  Aコース  by来来坊(Rと名の付く勇者)

1票

>>8銀色の季節
  Bコース  by一葉(粉雪)

1票





  ★★コース別★★
♪Aコース
☆一位
>>9君のいない海
  Aコース  byレイコ(蛇蜥蜴)
金金金金金銀銀銀銀銅銅銅銅ア
28票

☆二位(二作品)
>>7僕と君との二年間
  Aコース  byとらと(こしたん)
金金銀銅銅銅銅
12票

>>3不思議なあの子は素敵なこの子
  Aコース  by乃響じゅん(乃響24)
金金銅銅銅銅銅ア
12票

♪Bコース
☆一位
>>13
  Bコース  by海(炬燵でアイス)
金金金銀銀銀銅ア
17票

☆二位
>>17天気が良いので死ぬことにした。
  Bコース  by秋桜(間に合うか。)
銀銀銅銅銅銅銅銅銅
11票

☆三位
>>15枷を -rock'n'roll is not dead-
  Bコース  byとらと(pentadeca)
金銀銅銅銅銅
9票





  ★★得票数★★
☆一位
>>9君のいない海
  Aコース  byレイコ(蛇蜥蜴)
金金金金金銀銀銀銀銅銅銅銅ア
得票数14

☆二位
>>17天気が良いので死ぬことにした。
  Bコース  by秋桜(間に合うか。)
銀銀銅銅銅銅銅銅銅
得票数9

☆三位
>>13
  Bコース  by海(炬燵でアイス)
金金金銀銀銀銅ア
得票数8

>>3不思議なあの子は素敵なこの子
  Aコース  by乃響じゅん(乃響24)
金金銅銅銅銅銅ア
得票数8




投票者15名
アンケ投票者2名
合計126票








★総評 by 鵺作

 今回の企画は全体的に内省的な作品が多い印象でした。システムを変えたこと、また時期の悪さなどが相まって作品投稿数は前回を大きく下回りました。しかし全体的なクオリティーはやはり前回に負けず劣らず、今回はボリュームのある作品ばかりで大いに楽しませていただきました。
 ただし、前回と比べて強いインパクトのある作品は少なかったという印象です。またこれはテーマを決めたこちら側の問題でもあるのですが、(少々語弊がありますが)暗くて重めの作品が目立ちましたね。
 ちなみに私、仮面HNの方の正体はどなただろうと考えながら読んでも見たのですが、結果は散々(笑)。
 
 一位となったレイコさん。本当におめでとうございます。優勝作「君のいない海」はゲームでのイベントをうまくストーリーに昇華させたその発想はもちろん、主人公のヒロインが時にコミカルでまた時に切なく、そして読者に疑問を投げかけるラストには驚嘆ものでした。
 
 二位となった海さん。前回の「声なき鎮魂歌」に引き続き、ポケモンの心情を深く丁寧に掘り下げていく手法には、安定したものが感じられました。
 
 三位となったとらとさん。「君と僕の二年間」は暗めの作品が多い今回の企画の中で、珍しいコミカルな作品で、文章、言い回しなど非常に小気味が良くある意味今企画の中で異彩を放つものでした。

 同じく三位の乃響じゅんさん。「不思議なあの子は素敵なこの子」はじゅんさんらしい丁寧な描写で、また元ネタとなった歌は私も知っていたので、歌の世界に入り込んでいくような不思議な感覚で読み進めることができました。ポコピーとがおーねの会話に時間の流れによる変化が感じられました。
 
 
 先述しましたように今回テーマの言葉がネガティブさを連想させやすいものだったと言えるでしょう。次回の企画ではより作品の幅を広げやすい言葉をチョイスしたいと思います。
 
 皆様この度も当企画にご参加いただき、誠にありがとうございました。それではまた次回の企画にてお会いしましょう。
 
 

 
★総評 by 飛馬

皆様本当にお疲れ様でした。冬企画、とても楽しませてもらいました。
秋企画よりも作品数は減りましたが、その分読み応えは上がっていると思います。
運営側としましても、今回は新しくアンケート投票を追加させていただきました。
同じくブログ投票も始めましたが、いかがでしたでしょうか?
さて、今回の作品は君のいない海がダントツで優勝しました。流石ですね! 訴えてくる深いものがありましたのが強みでしょうか。
その一方で企画としては初めて、全作品に票があります。こちらも素晴らしいと思います。……単純に作品数が少ないからと言えばそうなんですが。
次回の春企画もどうなるかが楽しみですね!
以上稚拙な総評ですが私の総評とさせていただきます。飛馬でした。
メンテ

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