星降りの誓い旗 ( No.4 )
日時: 2013/04/08 21:45
名前: 月光∈( ・´&◆RQieReB.3M メールを送信する

テーマB : 「旗」

 ここに1つの旗があります。旗というには聊か無骨です。何の変哲もない物干し竿(折れてる)と触るのも嫌なぐらい黒く汚れた布。

 雨風のせいで竿はボロボロです。生きているのが不思議なくらいです。いっそのこと木端微塵に粉砕されていれば、まだ別の意味で嬉しかった。

 中途半端に残った思い出。隣を見ればあいつがいるんじゃないかと横目で見るけど、そこには誰もいない。わかっているのに腹が立つ。私を残してどこへ行った。あぁ、あの世だったっけ。

 ずっと小さい頃、大きいと思っていた旗を今では見下ろしている。時の流れを感じるけど、婆になっていくのは正直辛い。でも年相応に見られないのも辛い。

 この前も「中学生?」とか言われた。高校生です。間違えないように。そう言えば小さい時にも喧嘩した時あいつは「チビ」って連呼したけど、それが現実になってしまった。ケッ。

「今日約束の日だよ。あんたさ、覚えてんの」

 返事はない。ただのボロ旗のようだ。虚空に向かって話しかけるのがこんなに空しいものだとはね。ドラマとかで見て憧れてる人がいるなら、止めた方が良いって教えてあげるべきかもしれない。

 今日は『星降りの夜』。幻と呼ばれるポケモン、ジラーチが1000年に1度目覚める日と言われている。文献によると小さくて可愛らしいポケモンらしいが、腹に目玉があるのはグロいのでは。

 思い出は色褪せないというが、私はそうは思わない。なぜなら大人たちが思い出を語るときは大抵美化され、加えてなぜか今の若者である私たちと対比して良いところばかりマシンガンのように羅列する。

 どう考えたって今の時代の方がエコだし環境は良いし、治安も安定しているし生活は豊かになっているのに。まあ、忘れられないということで色褪せないという意味なのだろう。善し悪しは別として。

「そんなことはどうでも良いよ。私が律儀に来たんだから、あんたも来なさい」

 返事はない。ただのボロ旗のようだ。大事なことなので2回言いました。私はただその小さな旗を見つめることしかできない。今でも時々思うよ、夢なら覚めてほしいって。

 さて、私が何でこんな辺鄙で何の面白みもない丘の上にいるのかと言うと、あいつとの約束があるからに他ならない。まだポケモントレーナーにすらなる前に誓った、子ども心ながらにやたらメルヘンチックな約束。

「そのために立てた旗だってのに、あんたの方がくたばったんじゃ意味ないじゃない。それで、これからどうしようか」

 旗の横に座って話しかけると、あいつが戻って来るような気がした。風で旗が揺らめくと、あいつが反応してくれたようにも思えた。もちろん、そんなわけはない。風と私の心に因果関係なんてないのだから。

 空を見上げるが星はまだ降ってこない。静かな世界が私を包む。ここにいると色々な事を思い出すのは、きっと私だけじゃない。あいつだってきっと、ここにいれば思い出す。いればね。

 そうだ。ここで約束した夏にプールで私を突き落としたこと、まだ怒ってるからね。水が怖かったのよ。まあ、あいつが無理やり落してくれたおかげで泳げるようになったけどね。小学校じゃ水泳部で一躍エースよ。ざまぁみろ。

 中学に入ってからはオーケストラ部に入ったの言ったっけ。あれ、あんたに歌を褒められたからなんだよ。ここで私が歌を歌ったとき、上手って言ってくれたから。

「なーんか、昨日のことみたい。しっかし、あれが恋の歌だったとはね。意味も知らず歌ったけどこっぱずかしいたらない。ははは……そう、あんたはいつでも、私の道標だった。行くべき道を指さしてくれる、大切な……」

 大切なものはすぐそばにあるということに、その時の私は気付かなかった。まさしく青い鳥……あいつが病死して初めて、私は気付かされたんだもの。

 空を仰ぐ。さっきより星たちは増えたようだが、まだ降ってくる様子はない。日付は間もなく明日へ向かう。寒い。早く降って来い。ただし隕石はノーサンキュー。

「そういえばさ、星降りの夜に目覚めるジラーチだけど、願いを叶える力があるらしいよ。まあ、所詮迷信だけどね。あんたなら何をお願いするのかな。私は、うーん……」

 この夏、私は高校生だけど歌手デビューを果たした。夢だったからだ。一番最初に聞いてほしかったあいつはいないけど、大勢の人の前で歌うのはとても気持ちが良い。麻薬みたいなもんかもしれない。いや、知らないけどね。

 つまり今のところ、これと言って願いはない。大抵の願いとは、努力の果てに身に着くことが多いと思う。自慢ではないが私は多才なので、凡人が10年は掛かりそうなことを5年でやってのけると自負している。いや、嘘だけどね。

 こいつには願いとかあったのだろうか。まだ10才にも満たなかった私たちは馬鹿みたいに夢を比べあったりしたから、どれが本当なのか分からない。ポケモンマスターとかブリーダーマスターとか、プロレスラーとか言ってたけど、あんたは本当は何が良かったのよ。

「なんかムシャクシャする。考えても分からないし、考えるのはやーめた。そだ、あんた言ってたよね。歌手になったら歌を聴かせろって。あとついでにサインよこせって。贅沢な奴、でもいいよ。今夜ぐらい」

 大きく息を吸って、1人私は歌い始める。懐中電灯の明かりを消すと闇に溶け込み、まるで世界と一体化したような気がした。流れる風が気持ち良い。私自身の声が聞こえる。私の声が世界に満ちる。

 日付が変わって、世界が動き出した。夜空に浮かんでいた星達の隙間から一筋の光が走り、西から東へと駆けていく。始まった、星降りの夜。誓いの旗が風に揺れて、隣にあいつがいるように感じた。いないけど。

 それでも私は歌う。全力で、全開で、山奥過ぎて誰にも聞こえないであろうこの場所で。ただ空に近いこの場所なら、あんたに聞こえればそれで良い。

 星よお願い。この声、この歌、私の想いをあいつに届けて。甘えたいわけじゃない。でも標して欲しい。誓いが終わって明日になって、私はどこに向かえばいいんだろう。

 教えてよ。手を差し伸べてよ。私はこうして歌を歌っているのに、あんただけ何もしないなんてズルいよね。何で私がこんなにもあんたのことになると熱くなるか、わかってないわけじゃないじゃない。

「私はあんたが……好きだったんだよこの馬鹿野郎ー!」

 すっきりした。視界が揺れたけど、声は先ほどより鮮明に夜空に響き渡る。空が明るい。光が差す……え?

「え、ちょ、夜だよ今」

 数多の星達が世界を駆け抜ける中、私は見た。空に浮かぶ光る存在。まるで赤子のようだけど、あれはポケモン。頭に3つの短冊、間違いない。ジラーチ。

 本当にいるなんて思わなかった。願いを叶えるポケモン……丁度良い、自分で聞くのも良いけど、どうせなら誰かに聞いて欲しい。そしてジラーチ、どうせならこの曲をあいつに届けて。今はこの曲の意味、わかってるから。

 なんてことない普通の歌。歌詞はまるで今の私とあんた。この歌に出てくる『私』はどうだろう、大切な人は生きているのだろうか。

 光を放ちながら、空を泳ぐジラーチが私の周りを踊るように回り続ける。ひょっとしたら私は幻を見ているのかもしれない。それでも良い。どうせ幻なら……

「はぁ……はぁ……どうだった、私の歌。せっかく歌ったんだから、感想ぐらい聞かせなさいよ」

 嬉しそうに私の周りをくるくる回るのは良いんだけどさ、願いは叶えてくれないのかしらね。なんか短冊が1つさっきと違う気がするけど、何だろう、わからない。あぁ、なんか文字が書かれてるのか。いつ書いたのそれ。

 どうだった、私の歌。聞いたところで答えはない。わかっていたけど、振り向かずにはいられなかった。そこで気付く。旗がない。代わりに見えたのは、優しく光る何か。

「なんで、ここに……」

 人の形をした光、この優しさを私は知っている。あいつだ。あいつなんだ。

 どうして先に逝ったのか聞きたい。私を置いて、私がどれだけ辛い思いをしたか分かってんの。あんたが死んで、一日中何すれば良いわからなかったあの日々の辛さを。

 嬉しさと怒りが私の心の中を蹂躙する。凄く会いたかったはずなのに、嬉しいはずなのに、なぜか怒りが込み上げる。理不尽だってわかってる。でも……

「何で私だけ残したのよ! あんたがいたから私は泳げた! あんたがいたから私は歌った! あんたがいたから私はここにいる! あんたがいたか私は歌手になれた! なのに、なのに……なんで、あんただけいないのよ……なんっ!?」

 抱き寄せ……られた? 分からない。ただ優しい何かが、私を包んだ。抑えきれなくなって溢れる涙を見られないように俯いていたから、どうなっているのかが良く分からない。

 すっと瞳を閉じた。ずっとここにいたい。ずっとこうしていたい。だけど時間は必ず過ぎる。嬉しくても辛くても明日が来るように、この時間も例外じゃない。光はやがて離れていき、私の傍から温もりが消えた。

 目を開けば、そこにはもうなにもいない。ただ星達が降り注ぐ静かな夜が広がっている。ジラーチの姿もいつの間にか消えていた。ひょっとしたら今の出来事は幻だったのかも、私の妄想だったのかも。

 どうせ夢なら、もう少し気を利かせて欲しかった。思わず項垂れる。そして気付く。光っているなにか……これは、石?

 見覚えがある石。しばらく考え込み、思い出した。ここで誓いの旗を立てたとき、この誓いの旗にもう一度2人で来たとき、くれると言っていたあいつの宝物。

「こんなところにあったんだ。あれ、旗が……」

 旗がない。そういえば、さっきジラーチの短冊が変化した後にもなかったっけ。懐中電灯をつけて周りを見渡すけれど、見当たらない。仮にも物干し竿がこの程度の風で吹き飛ぶとは思えないけど。

 幻じゃ……なかった……? この石はジラーチからの、あんたからの贈り物ってことで良いのかな。それとも、ただ最初からここにあっただけなのかな。どっちでもいいや。どうせなら良い方に考えよう。

「ありがとう、ジラーチ。私の想い、あいつに届けてくれたんだね。あんたも、ありがとう。私はもう迷わない」

 心のどこかで分かっていた。私はあいつに依存していたことを。あいつが私の道標、あいつがいないと私は進めなかった。でもこれからは違う。進むべき道は私が決める。

 あんた言ってたよね。この石は父親がくれたもので、宝石言葉は『独立』。石の名前は忘れたけど、それだけは覚えてるよ。あんた、馬鹿みたいに嬉しそうに教えてくれたから。うん、馬鹿っぽかった。

 安心して。そして見守ってて。天国から、いつか私も追いつく場所で。この場所へはもう来ない。来る必要がなくなったからね。

「ここからが本当に本当の、私自身のスタートなのかもしれない。うん、きっとそうだよ。最初の歌、あんたに聞いてほしい。明後日にCDの収録予定だけど、先行公開って奴かな」

 私は歌が好きだ。あんたに褒められたからだ。夢を叶えるのに必死だったけど、どこか惰性が残ってた気もしてたの。

 これから歌うのは惰性じゃない。正真正銘、私が歌いたいから歌う歌。さぁ聞いて、私の歌を。受け取って、私の想いを。

「聞いて。タイトルは……」