ガラス職人 ( No.16 ) |
- 日時: 2013/04/14 23:55
- 名前: プラネット
- テーマA「ガラス」
男が手を動かす。作業服を身に纏い、不精髭が似合う男。外見だけで言うなれば、四十代であろう。 そんな男が手にするのは一本の棒。その先端にあるドロドロの液体を見つめて、彼は自分の仲間――ポケモンに指示を促す。 「ブーバー、そのまま火力を上げてくれ」 ひふきポケモンのブーバーに指示を仰ぎ、ブーバーが火力を調整するように炎を吐く。それに合わせるように男は棒を回転させていく。そしてすぐさま、棒を炎から遠ざけると、 「ヒヤッキー、頼む」 ほうすいポケモンのヒヤッキーがその言葉を受け、棒の先端に向けて水鉄砲を放つ。一瞬にして、先端は冷却し、固形化する。だが、冷却した固形物を見た男は納得がいかない面持ちで棒を床に叩きつけて固形物を破壊した。 「駄目だな、こりゃ」 男はため息をつくように、独り言を零す。既に時間は迫っているのだ。これ以上、悩む時間はない。急いで『依頼品』を完成させねばならない。 彼はガラス工芸職人なのだから。
しかし、その男も元より職人だったわけではない。 寧ろ彼はその年になるまで定職にも就けないいわゆるフリーター、という奴だった。ポケモンフードといった生活用品を販売するショップのバイトを長年経験する一支店の店長。だが、そんな生活に飽き飽きしていた。そこへ職人として働いていた父が倒れたという一報が入ったのだ。男は急いで駆けつけた。 だが、父は仕事が残っていると入院せざる得ない状況でも職場に戻ろうとしたのだ。一流の職人として依頼された仕事は完璧にこなす。そんな父の背を見た男が、父にこう言い放った。 「なら、その仕事を俺にさせてくれ」 勿論、大激怒された。男自身もなぜそんな事を口にしたのか分からない。ずっと父の背を見て育ったからだろうか。父同様に逃げたくなかっただろう。仕事から。 だが、それ以上に父の容態はそこまで芳しくなかった。手術をしなければ命が危ういと医者には言われた。しかし、手術をすれば父の仕事はキャンセルしなければならなくなる。 なら、自分がやるしかないだろうと。 激怒する父を必死に説得して、一ヶ月依頼主に期限の延長を申し出た。依頼主は元から父と縁のあった人物だったようで、こちらの事情を聞くとすんなりと了承してくれた。だが、それ以上の延期はできないとも通告されてしまった。 そこからは父と息子の猛特訓である。医者の許可を得て、息子の修行を父が手伝う。ブーバーとヒヤッキーは元々、父のポケモンだったのだが、トレーナーとして修行に出ていた事が幸いして、二匹は割と早い段階で男の指示を受けてくれた。 しかし、肝心の技術面が深刻だった。作品と手術の期間を考えれば、特訓は出来て二週間。残りの二週間で、男は一人、依頼品の完成をさせなければならない。 そしてその依頼品はワインボトルだ。運よく、透明のボトルで良かったため、そこまで深い技術は必要なかったものの、それでも必要不可欠と言わんばかりの技術は必要とされた。 残り三日。男は未だ完成には至っていない。
床一面には未完成と判断されたワインボトルが散々としている。そしてブーバーやヒヤッキーも、並ではない労力を強いられているせいか、息が絶え絶えだ。男は考える。父ならきっと、効率よく且つ、作業をテキパキ進められるのだろうと。しかし、自分は父とは違うのだ。技術も何もかもが父とは違って足りていない。 なら、どうすればいいのだろうか。 男は思案する。しかし、考えは纏まらない。とにかく、作業を再開した。 だが、無駄になっていくのは時間と労力。そしてガラス作成の原材料。男のストレスはいよいよ頂点に達していた。うまくできない。どうしてだろうか。なぜこうも完成に至らない。そんな時、父の言葉を思い出した。 「作業する時は時間も見てやれ」 時間。つまりは間合いという事だろうか。 間合い。タイミング。男はそこでハッと気付いた。自分のテンポはもしかすると全て一段階遅いのでないかと。だから、完成には至らず中途半端にドロドロになってしまうのではないかと。 僅かな希望に賭けて男が作業を再開した。 「ブーバー、ヒヤッキー、悪いがもう少し力を貸してくれ」 二匹は快く頷いてくれた。男が再び作業を再開する。 タイミングは一瞬だ。 男のタイミングよりワンテンポ早く全ての動作を行う。そこに全意識を集中させていく。一回の出し入れ、冷却で作品は完成しない。何度も炎の中へガラスを入れ、調整し、冷却する作業を続ける。 形が整い始めてきた。もう少しだ。男はようやくコツを掴めた気がした。
作品は完成した。手術が無事に成功した父に男は完成品を見せると、父はまたも大激怒だ。まだまだ甘いと。だが、こうも口にした。 「よくやったな」 「親父には敵わない」 「よく言う」 男はある一つの決意を自らの親に相談する形で問いかけた。 「この職人芸、後を俺が継いでいいか?」 「願い下げだ。どうせ本気じゃないんだろう、好きにしろ」 父はフン、と鼻を鳴らすように顔を背ける。『好きにしろ』という言葉は構わない、という意味だ。口癖というやつである。 「よろしく頼む、親父」 「せめて師匠と言え!」 男のガラス職人の道が始まる。あの時の疑問を口にするなら、きっとこうだろう。
自分も結局のところ、職人なのだからと。
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