しんせつポケモン ( No.12 )
日時: 2011/08/31 22:54
名前: アニー

テーマB:「部屋」



「じゃあグレイシア、今日も留守番は頼んだ」
 主人はそう言って、私を今日も部屋に置き去りにしたまま、タマムシマンションの部屋を後にしてしまった。苛立ちを感じて、私は玄関の前で伏せる。無意味であることは分かっているけど、なぜかこうしてしまう。
 私はグレイシア。私がイーブイだった時、とある育て屋のお爺さんのもとを尋ねた青年、つまり今の主人に私をプレゼントした時から、この日々は始まった。
 何故お爺さんがその主人にプレゼントしたかと言うと、とある少女のトレーナーが、私の入ったタマゴはもういらないと言ったため、お爺さんがもらってしまったからだ。
 しかし結局、お爺さんは自分が持っててもしょうがないと思ったわけだ。
 ……そして、今の主人との生活が続いている。主人は社会人であり、毎日働きに出ている。それで私はそこには不要らしい。不満が募る。毎日毎日、部屋に閉じ込めてばかり。外を満喫させようとは決してしないのだ。
 最近外を味わったと言えば、シンオウ地方へ旅行に行った時ぐらい。そして次々に降り注ぐ雪の積もる場所で、私は進化をした。
 だが、進化をしてもそれっきり。部屋から出されることは一向にない。もっと外を満喫したいというのに、実にぞんざいな扱いだ。いつもいつも変わらない場所に居させられる。勝手に出ようにも、鍵は構造的に開けられない。
 モンスターボールの中でずっと過ごすよりはいいのかもしれない。しかしモンスターボールの中は案外快適だとも聞いた。それでも主人はモンスターボール一個のお金すら削って買わない。
 正式にはあの主人の手持ちにはなっていないということだ。まぁ、トレーナーじゃないから当然かもしれないが。
 とはいえ、テレビで見る限り、主人のような、ポケモンとはあまり関わりのない仕事をする人間でも、今の時代はトレーナー当然にポケモンを使ってバトルするそうではないか。

「ただいまっ!」
 夜になって、主人が帰ってきた。今日も元気らしい。私がかまって欲しくてそっぽ向いているのも無視して、せっせと着替える。
 主人は帰る前にどこかで夕食も入浴も済ませてしまうために、帰ってからは寝る以外特に何もしようとしない。
 私を完全に無視するわけではないらしく、主人は買ってきたらしいポケモンフーズを、専用の皿の中に入れる。
 
「今日はお前も一緒に寝るかー? 来いよ」
 珍しく主人は私を呼んだ。部屋の電気を消して、ベッドで寝ようとしているらしい。でも、私が希望するのはそんなことではない。聞こえないふりをする。
「ほら、来いよ」
 主人は私に近付いてきて、私をベッドに連れ入れた。だが、すぐにそこから出て行った。
「あれ、おっかしいな……。なついてないのか? 前はそんなんじゃなかったはずだが……
 散歩してあげようにも、そうする訳にはいかないしなあ」
 その最後の一言で思い出したことがある。以前、ロケット団だとかいう連中がこの町にやってきて騒動を起こした。町にいる人間のポケモンを奪い去ろうとしたのだ。
 忘れかけていたが、その時、私と主人はその現場にいた。だが何とかその事件は、どこかしらの少年がロケット団を一人一人倒していくことで終結した。
 私を部屋に閉じ込めるのは、その教訓だろうか。なんだか、やっぱりテレビで見るトレーナーとは考え方が違う。戦うポケモンに何かしら憧れがあり、自分もそうやって生きてみたいと思うが、主人はそうはしてくれなかった。モンスターボールを買わないことからも分かる。
 主人が幸せなら、それでいいかとも思えてきて、いつもより複雑な心情に駆られ、夜を過ごした。


 そんなある日である。いつも元気なはずの主人が、何も言わずに帰ってきた。それも、夕方に。
「もう、俺はおしまいだ……。どうするんだこの先……」
 主人は涙を流しながら鼻をすすり、ベッドの中に潜り込んだ。一体どうしたのだろうか……。
 あの元気な主人が……。何故、こんな……? 気になって、主人に近付く。
「おっ、お前……一緒にいてくれるのか? 前はアレだったのに……。可愛い奴だ」 
 いつの間に何をしているのだろう。何故私は目を閉じながら、泣く主人に付き添っているのだろう。親切してあげたい、という気持ちがあったのか。
「親切ポケモン、グレイシア……。進化しておいて良かったな。でも、理由はそれだけじゃないだろうな」
 そうか、私が親切ポケモンだからか。理由? それにより、心に眠る親切心が起きて、こうして体が主人に親切しようと、働くに違いない。ひんやりとした体が空気を冷やし、主人を包む。
「……そうか。俺がこの部屋に閉じ込めていたからか。そりゃ怒るよな。俺が悪かった。明日は連れてってやるよ。明日からまた帰るのは早くなるからさ」
 体から発する冷気の中の意志が、主人に伝わってくれたらしい。その主人の言葉によって、体から逆立つ感情が、ますます空気を冷やしていく。まるでクーラーのように。
 なお、主人が泣いていた理由は、彼女に振られたからだそうだ。だから主人は夜も遅く、風呂も夕食も外で済ませていたのだ。
 何だか理由を聞いて、それが気にいらなかった私は、なぜかまたすぐに不機嫌になってしまった……。