鐘の唄 ( No.5 ) |
- 日時: 2011/05/02 11:17
- 名前: 命の担い手
- Bコース
歳の頃は15か16と言った所だろうか。1人の青年がタワーオブヘブンを訪れていた。 慣れた手つきで自転車に鍵をかけ、入り口の方へと目を向ける。 「もう5年になるのか……」 彼は誰に言うでもなくそう呟くと、照りつける太陽が眩しい青空を見上げた。
5年前に自分のパートナーであるポケモンを失ってから、彼は自分がポケモントレーナーである事を放棄していた。 自分の相棒がいないまま戦いを続ける事に対する虚無感が彼を包み込み、我慢できなくなった彼は普通に働く道を選ぶ事になる。 そして1年に1度はこの場所を訪れ、相棒の冥福を祈る事にしているのだった。 (ポケモンの寿命は人間より遥かに長い。だが死は必ず訪れる) 祖父の代から受け継がれてきたパートナーであったポケモンも、当時からあまり体調は優れていなかった。
「エリア、あまり無理しないでいいぞ。お前にもしもの事があったら大変だ」 『いいえ、マスターの為に……私最後まで頑張りたいんです。自分でも、そんなに長くない事は解っていますから。 それでもマスターの祖父の代から私は忠義を貫いてきました。戦って恩を返す事が私の全てです!』 見た目は歳を取らないポケモンも、ゆっくりと体は蝕まれ、遂には驚異的な回復力も失ってしまう。 彼の相棒であるサーナイトも例外では無かった。初めて彼が父親から受け継いだ8歳の頃はまだ治癒力がそこまで鈍くなかったが、 2年後には頻繁に息を切らす様になり、最終的には息を引き取ってしまった。 (アイツは丁度人間で言えば150年以上は生きた事になるだろう……俺の祖父がまだ子供だった頃からパートナーとして活躍し、 親父も世話になった……祖父が捕まえた時には既にサーナイトだったそうだから、その時から結構歳だった事になるかな) 青年は洞窟の様に冷えている建物の中へと足を踏み入れた。初夏の日差しが照りつけているにも関わらずこの場所は魂が集う場所の為、 1年中ひんやりとした空気が漂っている。青年は3階にある相棒の墓に手を合わせる為階段を上がっていった。
どの階もポケモンの墓が立ち並ぶ部屋となっており、深い海の色をしている壁が安らかに眠ってくれと願っている様にも思える。 青年は迷う事無く自分の相棒の墓の前に立つと手を合わせ祈りを捧げた。 (お前の為に出来る事は、もう俺の為に生きて俺の為に死ぬ……そんな関係をポケモンに強要しない事だけだった。 だから捨てたよ……トレーナーとしての道を。もう失う事に怯えるのが嫌なんだ。ゆっくり休んでくれよな……) 花を供え、線香に火を付け柄杓で墓に水をかける。それぞれの行程を静かに、噛み締める様に行なうと青年はこの下に眠っている友の事を想った。 「貴方も、大切な人を失ったんですか?」 不意に声をかけられ振り向くと、そこには肩まで伸びた長い黒髪を持つ女性が立っていた。 「ええ。もう亡くなってから5年になります」 「そうですか……お互い、相手を失うと言う事は辛いものですね」 女性は暫く俯いていたが、もう一度青年の顔を見据えて手招きをした。 「私はアリア。タワーオブヘブンに大切な人がいるワケではありませんが、あの場所で鐘を鳴らしたくなったんです。 貴方も一緒に来てみませんか?」 青年は屋上にある鐘の事は知っていたが、実際に登って形を確認した事は無かった。 そのまま彼女と共に階段を上がり、屋上に到着する。爽やかな風が頬に当たった。 「随分と良い風が吹いてますね」 「……私は人生のパートナーを失いました。人間もポケモンも、魂は同じ様に彷徨い続けるのでしょうか? 人が、そしてポケモンが死んだ後の事なんてそれまで全く考えた事が無かったのですが……」 アリアと名乗った女性は彼女の背丈程もある大きな鐘に手を触れた。 「貴方は……ポケモンが死んだ後の世界はあると思いますか?」 「さぁ……どうなんでしょうね。俺は俺に出来る事をやるだけですよ。あいつの為にしてやれる事と言ったらこうしてこの場所に来て、祈ってやる事位しか出来ませんが」 かつての自分のパートナーと似た名前を持つ女性を見つめながら、彼はゆっくりと鐘の方へ近付いていく。 そして2人で同時に鐘に手をかけ、ブランコの要領で勢い良く鐘を動かし美しい音色を響かせた。
澄んだ鐘の音が辺り一帯に響き渡る。それはまるで誰かを送り出す様な、葬送曲の旋律の様に感じられた。 「綺麗な音ですね……」 「でも、何処かとても哀しい音色の様な気がします」 青年はその音が止むまでじっと目を瞑り、耳をすませている様だった。 「そういえば、貴方の御名前を聞いていませんでしたね」 「ええ、自己紹介が遅れましたね。俺はシュウと言います。フキヨセの方で航空貨物の運搬をやってるんですが、忙しい時が一番楽ですね…… 嫌な事を思い出さなくて済みますから。忘れちゃいけない事ですけど、気が滅入る時の方が多いんで」 「近くに住んでいらっしゃったんですね。私はソウリュウから来ました。彼の墓は街にあるんですが、この鐘の音が気になって」 2人はそれぞれの思い出に耽り、沈黙を続けていたがやがてどちらとも無く歩き始めた。
入り口から外に出ると、再び太陽が眩しい青空が広がる。青年は自転車に跨ると、女性に別れの挨拶をした。 「また何時か、機会があれば」 「ええ、私もまたこっちに来る事があるかもしれません。その時には街の方にも出向いてみようと思っています」 一期一会の出会いならば、別れに対して辛い事はあまり無い。しかし青年は今生の別れを経験している。 その辛さは時が経つにつれてどんどんと大きくなっていくものだった。 (時が忘れさせてくれるだなんて、嘘だよな……忘れるワケが無いじゃないか) 自宅へと急ぐ彼の耳に、また美しい鐘の音が聞こえてくる。
人の哀しみの数だけ、鐘の音は聞こえてくるのだろう。今日もまた、大切な相手を失った者達が鐘を鳴らすのだ。
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