Once Again Sound of That Bell... 〜 あの鐘をもう一度…… 〜 ( No.2 )
日時: 2011/05/01 13:23
名前: ドクターペッパー

Bコース





 タワーオブヘブン……フキヨセシティから若干北東に位置し、そこには大量のポケモンたちがその生涯を終えて安らかに眠りに付いている。
 あの鐘の音はガラス細工同士で叩き合ったかのようなとても澄んでいる音を放ち、子どもの頃に聞く度聴く度、遊んでいる最中だと言うのによく聞き入ってしまっていた。
 かつてはそんなガキだった俺は今、そのタワーオブヘブンの屋上にいる。
 俺が……『あいつ』が……大好きだったこの鐘を打ち鳴らすために、この右手でロープを握りながら……





 そんなフキヨセシティを俺が飛び出したのは二年前、切っ掛けは他の人からしたら些細なことかもしれないが、俺にとっては重要なことだ。
 現在タワーオブヘブンは墓地が増え過ぎたため場所が無くなってしまい、北東に数十キロ離れた場所にタワーオブヘブンのの数倍の大きさを持つセカンドタワーオブヘブンが建設された。
 元々墓地なのだからそれ自体別にどうでもいいのだが、二つ目のタワーオブヘブンの屋上には鐘が設置されておらず、代わりに幻のポケモンの銅像が建っているだけ。
 さらにタワーオブヘブンの管理が行き届いて無かったためか次第に強力なゴーストタイプのポケモンが蔓延りだし、建物自体の耐久性は問題は今のところ無いが、イッシュの中でも高ランクの危険スポットになっている。
 たった十数年の間にタワーオブヘブンの鐘の音は失われ、現在ではその鐘の音を聞くことはほとんどない。
 数年前まではチャンピオンであったアデクと言う人物が一年に一度鐘の音を鳴らしていたのだが、新しいチャンピオンはそのようなことはしていない。
 だからと言ってそのチャンピオンを恨んだり、憤りを感じたいはしない。俺はガキじゃないからな。

 二年前、フキヨセを飛び出し旅に出て、俺はイッシュの様々な景色と出会い、多くの人と出会い、多くのポケモンと出会った。
 最初は『あいつ』のために飛び出したのだが、結果的に俺の人生はかなり充実した。
 そう、『あいつ』こそが俺が二年前にフキヨセシティを飛び出し、長い旅に出て、そして再びここに戻って来た俺だけの些細な理由。
 現在のタワーオブヘブンはその危険難易度の関係からポケモンリーグで上位の成績を収めたトレーナーしか入ることが許されず、仮に好成績を収めてもこんな辺鄙なところにわざわざ来る人なんて皆無だ。
 だから俺は旅に出てポケモンリーグに出場し、ベストスリーになってタワーオブヘブンに入ることが認められるだけの実力を身に付けた。
 一年目はベストエイト入りどころか初戦で敗退してしまったが、その時の経験を糧として二年目はこの結果。
 俺はただ『あいつ』に聞かせてやりたかったんだ。俺にとって大切な存在である『あいつ』が、昔から大好きだった……タワーオブヘブンのあの鐘を。

 フキヨセシティについた俺はまず花屋へと向かって花を買って、その後で地元から少し離れたスーパーで『あいつ』が大好きだったメロンを買ってやった。
 地元の人間が普段無意識に思っている以上に地元は狭い上にネットワークが強い、これも旅をしていて行く先行く先で感じたこと。
 これからサプライズをプレゼントしようって言うのに地元で買ったんじゃ俺が病院に着くよりも早くあいつの耳に入ってしまう可能性があった、今日は『あいつ』の誕生日でもあるから下手は打てない。
 ポケモンリーグからフキヨセシティはかなり離れているが、俺はかなり無茶振りをして何とか間に合うよう三日で帰って来た。
 走りたい気持ちを抑えながら病院の廊下を落ち着いたようにみせて歩きながら『あいつ』の部屋のドアを開けた時、『あいつ』は……

 ……もういなかった



 病院の人に聞いたところ、『あいつ』は三日前に息を引き取ったらしい。
 そう、俺が連絡した時はまだ顔色も良くて笑っていたのに、その後すぐに体調を崩して、そのまま死んでしまったのだとか。
 持っていた花も果物もどこに置いたか落したか知らないが持って無かった俺は、電話する時間も惜しくて自分の家に向かって走った。
 本来なら帰って来た俺を歓迎でもしてくれる場面かもしれないが、待っていたのはただただ悲しい空気。
 『あいつ』の葬式は次の日に行われた。本来ならさらに三日後に行われる予定だったのだが俺が帰ってきたから予定が早まった。
 現実的な話になるが、遺体の保管というのはかなりお金がかかるため少しでも早く葬式をした方が生きている人間にとっても死者に取っても良いことなんだろう。
 多分俺は泣いていたのだと思う。『あいつ』にもう会えないことが悲しいのか……それとも、『あいつ』の願いを叶えられなかった俺自に絶望を感じているからか。
 恐らくは、両方だろうな。

 全ては滞りなく終わりを迎え、俺は三日間ほど何をしたのか覚えておらず、ただ上の空で日々を過ごしていた。
 俺は現実を受け入れられずにいたのだと思う。誰だってそうだと思わないか。三日前まで電話越しでとはいえ笑って話していた奴が、帰って来たらい無くなってるなんて。
 ふらふらな足取りで歩き続けていた俺は、気が付いたら『あいつ』の部屋に来ていた。
 まだ本格的に片付けられていない『あいつ』の部屋はとても綺麗で、きっといつ帰って来てもいいように掃除されていたのだろう。
 病院にあった『あいつ』の私物はそれほど多くなかったため一緒に火葬されなかった物以外は机の上にまとめられており、俺はおもむろにおいてあった日記を手に取った。
 三年分は書くことができるほど馬鹿でかい日記帳、元々余り力が無かった『あいつ』が持つにしてはかなり不釣り合い。
 俺は最初から読んだ。三分の二がしっかりと書き込まれた、『あいつ』の日記を。

 そこに綴られていたのは、小説や漫画のキャラのように気丈な主人公の様なものではない。
 時には嬉しいことを、時には悲しいことを、その日に起こった何でも無いことを、まるで一つ一つを特別なものであるかのように書き込んでいる普通の日記。
 泣いたときもあったのか自分の未来を書く時のあいつのページは滲んでいて、悲しいことだけどそんな『あいつ』の姿が頭に鮮明に浮かんだ。
 読んでいて気付いた。俺は『あいつ』の気持ちを分かってやっているつもりでいて、かなり思い違いをしていたんだ。
 俺はタワーオブヘブンの鐘を鳴らすことが『あいつ』の願いだと思ってひたすら頑張って、『あいつ』にまた笑ってほしくて必死に旅をしていた。
 この行動はもちろん俺自身の気持ちを起点に動いたものだったが、『あいつ』の利己的な願いもあると思っていた。
 だが『あいつ』は、『あいつ』は心のどこかで『あいつ』に依存していた俺のことを心配していた。『あいつ』の方が辛い思いをしているのに、それでも俺を気に掛けていた。
 『あいつ』がいなくなっても俺が自分の足で歩み続けられるよう、『あいつ』がいなくなっても大丈夫なように……

 なんだか、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになった

 今さらながら涙が流れて来た。
 俺は……『あいつ』のために何をしてやれていたのだろうか?
 日記を見ている限り、『あいつ』は俺が活躍するのを喜んで、俺が旅の話を聞かせてやるのを楽しみにしていてくれていたみたいだ。
 だから何だ? 結局俺は『あいつ』に助けられっぱなしで何一つ返すことが出来ずに『あいつ』は逝ってしまった。
 目頭が熱い。ページをめくりながら俺は嗚咽を漏らして、申し訳ないが日記を汚してしまった。あっち行ったら『あいつ』には謝らないといけない。
 俺は『あいつ』がどんな気持ちで日記を書いていたのか想像しながら読み、読む度に小さく笑ったり、また泣いたり。

 何時間が経っただろう。
 『あいつ』の部屋の時計を見ると日時が一年半前で止まっていた。
 どうして『あいつ』の時間は止めてやることが出来なかったのか……時間さえ止まれば、『あいつ』はまだ生きていたのに。
 体感覚が信用できないので携帯電話を取り出して時間を確かめると、大凡三時間。
 結局俺は何がしたかったのだろう。三時間ただ日記読んでしかもかなりページ汚して、俺が『あいつ』にしてやれたことなんて……
 最後のページを読んだ。それと同時に、日記を握り締めて俺は走り出した。
 俺が『あいつ』にしてやれたことが、してやれることが無い……だって?
 昔からそうだったがどうも俺はネガティブで悲観的な面があって、『あいつ』に心配ばかりかけていた。
 安心しろ。お前の願いは、絶対に届かせる。



 家を飛び出した俺はウォーグルの背中に乗って北東に向かい、数十分後にようやく目的地に辿り着いた。
 タワーオブヘブン……入口にはポケモン協会専属の警備兵がいて止められそうになったが、先日のポケモンリーグでベストスリー入りを果たした証であるブロンズライセンスを叩きつけてやった。
 強行突破することもできたが荒事はあまり好きではないし、こんなところで問題を起こしていたんじゃ『あいつ』に顔向けできない。
 入ると同時に重苦しい空気と負の感情が一気に俺の中に流れ込み、確かにこれは普通のトレーナーが入ることが出来るような状態ではないのがすぐに分かった。
 鐘を鳴らすだけなら屋上から近づけば……とも考えたが上空に行けばいくほど風が強固になり、ゴーストタイプのポケモンが容赦なく襲って来るのだ。あいつら身体が無いから強風があまり関係無いらしい。
 とは言え立ち止まるわけにはいかず、時間が勿体無いのでウォーグルとペンドラーとダイケンキのトリプル形式で一気に屋上を目指す。
 確かに強い野生のポケモンではあるがポケモンリーグでベストスリーに入った俺からすれば所詮は野生、うぬぼれるわけではないが大会で戦った相手の方が遥かに強い。

 戦って戦って……一時間後、ようやく俺は屋上への階段を登り切った。
 不思議な光景だった。タワーの中も外もゴーストポケモンたちで跋扈していたのに、この屋上だけはまるで台風の中心の様な穏やかさを感じるのだ。
 周りを見ればゴーストポケモンたちがタワーを取り囲んでいるのが見えるが、まるで見えない壁に阻まれているかのように屋上の俺を襲って来れないでいる。
 いや、襲って来れないのではない。俺の感はよく外れるが、多分これは間違っていない。
 彼らは待っているのだ……俺がこの鐘を鳴らすのを、それが俺の事情を酌んでくれたからなのか彼らの事情からなのかは考えるまでも無いことだ。
 俺はポケモンたちをボールに戻し、ゴーストポケモンたちに見守られながら一歩一歩鐘へと近づき、ロープを手に取った。






 俺はリュックから日記を取り出し、もう一度最後のページを確認する。
 確かに旅に出ることや『あいつ』に依存しないで俺がこの先もやっていけるように配慮してくれたのは、俺のことを心配してくれた『あいつ』の優しさだ。
 だが最後のページになってようやくみせてくれた。
 最初から分かっていた、だけど俺の旅の口実だと決めつけちまっていた、利己的な『あいつ』の願い……

『もう一度、一度だけでいい……あの鐘の音を聞きたい。できるなら、一緒に……』

 セカンドタワーオブヘブンはその広さからポケモンだけではなく人の墓地があり、当然『あいつ』の墓地もある。
 天国まで届くと言われるタワーオブヘブンの鐘なら、高々数十キロの距離なんてあってないようなものだ。
 大丈夫さ。一緒に聞ける。出来ないわけないさ。ここをどこだと思ってる。天国へすら続く、タワーオブヘブンなんだぞ。



 安心しろ……

 俺はもう『お前』がいないと何もできないような奴じゃない……

 『お前』のおかげで道は見えた……

 だから……これ以上心配してくれなくて大丈夫だ……

 ゆっくりと眠ってさ、待っててくれよ……



 長年整備されて無かったが、ぶっ壊れるんじゃないかと思うぐらいに俺は思い切りタワーのロープを引っ張り、鐘が鈍くゆっくりと動き出す。
 そして聞こえた来た。昔と何一つ変わることが無い、心の底から感動を覚えるほど澄み切った、あの鐘の音色。
 美し過ぎる鐘の音……まるで数時間もそこにいたような気持ちになりながら最後まで俺はその音色に耳を傾け、全てが終わり、息をついた。
 これで『あいつ』の願いは叶ったのだろうか。ちゃんと聞いていてくれただろうか。心配だが、俺が出来ることはこれで全て。

 帰ろう――そう思い踵を返し、俺は階段へ差し掛かると同時にもう一度だけ、あの美しい鐘を見る。
 別に何か思うところがあったわけではないが、もしかしたら……もしかしたら『あいつ』がいたりしないかとも思ったのだが、やっぱり何も無い。
 当たり前過ぎて、また現実的な気分に引き戻された感じだ。
 感動的な小説やゲームならここで『あいつ』の声が聞こえて来るんだろうけど、現実は現実、死人に口無し。
 だけどそれでいい。態々天国からこんなところまであいつに降りて来てもらっちゃ疲れさせてしまう。
 それにこう言ってはなんだが先ほどから誰かに見られている気がしてならないわけで、仮に『あいつ』だったとしてもそう言ったホラー現象は俺はちょっとパス。怖くて仕方ないから。
 付け加えて先ほど鐘の方を振り向いたとき誰かがいたような気がしたのだが、それも仮に『あいつ』だったとしてもパス。何度も言うがホラーは苦手だ。
 
 もう一度ここで振り向いたらなんか俺もまで天国に連れて行かれそうな悪寒がする。
 いかんいかんホラーゲームみたいになって来た。とは言えこのまま納得せず帰ると言うのも俺の心が納得しないし、『あいつ』に申し訳が立たない。
 なけなしの勇気を振り絞って俺が思い切って後ろを振り向くと……当たり前だが、誰もいなかった。
 安堵の溜息をついて正面を振り向くと……当然だが誰もいねーよ。
 そもそも何を考えてるんだ俺は。『あいつ』が悪霊にでもなって出て来ると思ったのか? 『あいつ』がそんな奴じゃないってのはよく分かってるだろうが。
 馬鹿馬鹿しい。疲れたから帰って寝よう。
 だけどもし俺に見えないだけでお前が見てるってんなら、さっきも言ったが安心してくれ。



 来年も再来年も、必ず鳴らしてやる……あの、鐘の音を……





〜あとがきみたいなもの〜

 5600文字ぐらいでした。
 パッと思い浮かんだのをただ淡々と書いた感じになりましたね。
 他にやることたくさんあるのに無いしてるんだろね俺。