イトコンミラクル (テーマB「糸」) ( No.3 )
日時: 2015/01/17 02:07
名前: 48095 メールを送信する

 ……為、モンスターボールの回収をおこなっております。対象製品のシリアル番号は……
 このごろ、自主回収のテレビコマーシャルを宝くじの結果発表のような心持で見ている。画面に出される数字の範囲は広すぎて、宝くじよりもアイスの当たり棒よりも、種無しのつもりで買ったきのみに種が入っていることよりも高い確率で当選している。自分のボールが回収対象のものだとわかると、嬉しい。
 放送は二か月前からやっていた。具体的な部分は言わずに回収の旨だけを報告するというスタイルは今日まで変わっていないが、回収の理由は誰もが知っていた。問題のボールは、ポケモンでないものを捕まえることができてしまうのだった。
 その事実はインターネットで広まった。初めの書き込みはこうだった。
 ……ミラクル交換でイトコンが来たんだけど……
 ミラクル交換というのは見知らぬ誰かとポケモンを交換するもので、自分の手元に届くまで何が送られてくるかわからない。その性質からミラクル交換で何々が来たという話は以前から掲示板など随所で盛り上がっていた。そんな中でのイトコン、糸こんにゃくが来たという画像つきの書き込みは、瞬く間に話題になった。口を開けたボールから無惨に飛び散る糸こんにゃくの写真が上がるのを、私はリアルタイムで見ていた。
 モンスターボールで糸こんにゃくを捕まえることができる。知らない人に糸こんにゃくを送りつけることができる。面白がってみんながやるものだから糸同士で縺れはしないかと心配になるが、交換はするすると滞りなくおこなわれる。面白いように流れていく。
 糸こんにゃくが世界を股にかける前から私はミラクル交換を利用していた。送られてくるポケモンが発する、会ったこともない人のにおいや遠く離れた場所の空気を感じるのが好きだった。しかし今では、まっとうなポケモンが送られてくるといっそはずれを引いた気分になる。相手の空気の読めなさに怒りすら覚える。それで私は、ミラクル交換で行き交う糸こんにゃくをなんとか増やすべく、日々奮闘しているのだった。

 糸でないこんにゃくや、蕎麦や春雨などこんにゃくでないものではいけない。糸こんにゃくの形状、成分のそれぞれのバランスが、ある時期に製造されたボールにポケモンと誤認識させるのだと専門家が言っていた。選ばれし糸こんにゃく。糸こんにゃくだけが、モンスターボールに入ることを許された。
 使えるボールが二十ほど溜まったのでスーパーへ糸こんにゃくを仕入れに行く。近所の公園で、持ってきたポケモンを逃がした。交換でやってきた、糸こんにゃくを捕まえられるボールに入っていたポケモンたちだ。糸こんにゃくを捕まえられるのにただのポケモンが収まっているなんてもったいない。ちなみにお呼びでないボールは中身ごと預かりシステムに預けっぱなしで、そろそろ容量が心配だ。
 スーパーへ行く途中の道に、たばこ屋や駄菓子屋などを雑多に兼ねた老人の店があり、いつもそこでボールを調達している。フレンドリィショップではテレビで流れる番号のボールは買えないのだ。きまぐれに休むその店は閉まっていたので、そのまま通り過ぎた。
 スーパーに着いてこんにゃくの売り場の前に立った私は、毎回そうしているように溜息を吐いた。糸こんにゃくが、あまり置かれていない。豆腐や練り物の間にそれらより狭くこんにゃくのスペースがあって、さらにその中でも糸こんにゃくとそうでないものというふうに商品が並んでいる。ミラクル交換で多く行き来しているのだから、もっとあってもいいものなのに。この店は儲ける気がないのか。売り場の糸こんにゃくをすべてカゴに入れ、ちょうど見かけた店員に糸こんにゃくを増やすように言ってから会計を済ました。

 帰宅。さっそくミラクル交換の準備をする。
 フローリングの上にビニールシートを敷く。ミラクル交換で送られてくると自動的に中のポケモンが出てくるので、袋のない糸こんにゃくだった場合には面倒なことになるのだ。
 糸こんにゃくは、買ったままの袋詰めのものでも開封したものでもボールに入る。しかし袋に入っていないとボールが開いたときに相手に悪い思いをさせるから、私は袋の状態で送り出している。袋があるとボールが糸こんにゃくを認識する邪魔になるので捕獲率は下がってしまうが、そこがまたポケモンらしくて面白い。
 糸こんにゃくの袋を掴んでなんとかボールに入れようと格闘していると、本当にそれがポケモンであるかのように思えてくる。ポケットモンスターというのはポケットのモンスターで、携帯できる生き物だ。色は食品というよりモンスターじみていて、糸状なのは一種の触手のように思え、ボールにはもはや収まってしまっている糸こんにゃくが、むしろどうしてポケモンでないのか。
 そもそもこんにゃくというものが、何故この世にあるのだろう。こんにゃくは、専用の芋から作られる。しかしその芋自体には毒があり、加工しなくては食べられない。そこで粉状にし、糊状にし、茹でるのだ。糸こんにゃくならさらに糸状にもする。幾多の手間、形状の変化を経てできるのはしかし、食品にはそぐわない色の、他にはあまりない食感の、味という味のない、こんにゃくである。
 未知とか謎とかSFとか、そういった風味が、こんにゃくにはある。異星より出でし食品の擬装をしたクリーチャー。私たちの生活に溶け込んで一体何をしようというのか。ミラクル交換に勤しむことで、彼らの正体は暴かれるのだろか。それともミラクル交換自体が、彼らの思惑に繋がっているのか。
 モンスターボールから勢いよく弾けた糸こんにゃくが、思案する私に降り注いだ。

 気がくさくさしていた。日が経つにつれ、ミラクル交換で流れてくる糸こんにゃくの量が減っていた。使えるボールもなかなか見つからない。たまに糸こんにゃくが来ても、ボールに戻せないことがある。ポケモンでないものを入れるせいで負荷がかかって壊れるのだと、ネットの掲示板で読んだ。その後、イトコンはオワコンなる書き込みを見つけて猛烈に腹が立った。
 ボールを買いに老人の店へ行く。それまでは対象のシリアル番号をメモしていかなくてもいくらでも当たりを引いていたのに、今では一つずつ確かめてもはずれしかない。
 糸こんにゃくを捕まえるボールはないが、スーパーに立ち寄ってみる。案の定、糸こんにゃくは増えていない。どういうつもりだと店員に詰め寄ると不思議な顔をされた。何か異常なものでも見るような目で私を囲む主婦、カップル、子供たち。おかしいものを指摘しただけで何故そんなふうに見られるのか。私は糸こんにゃくを買い占め、店を飛び出した。
 空きのなくなった預かりシステムを増設するため、ポケモンセンターに入る。待合室の大型テレビが、ポケモンバトルの大会を映していた。
 ……両者共に残り一体となりました。彼の最後のポケモンは……
 観客に見守られる中、バトルフィールドで口を開くモンスターボール。カメラがズームする。
 そうして飛び出したのは、触手のクリーチャー。ボールを投げた少年が一瞬硬直し、すぐに顔を真っ赤にして俯くのが見えた。
 そのとき私は閃いた。
 隣の席で寝こけている男性のボールに手を伸ばし、買ったばかりの糸こんにゃくとすり替える。誰にも見られていない、男性も目を覚まさない。
 なんだ、ミラクル交換より簡単じゃないか。
 私は次に、談笑する少女たちに近づいた。