凍てつく愛 ( No.6 ) |
- 日時: 2011/02/10 01:22
- 名前: 地のごとく大らかに
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【Bコース:氷】
目覚めた時、耐え難い寒気を吐き気を覚える。うっすらと開いたカーテンの合間から朝の日差しが一筋の光となって仄かに輝いている。 一戸建とはいえ、一部屋しかない家は無意味なまでに空間が大きく、暖房をつけても部屋全体が暖かくなるまで相当な時間と光熱費を要する。 四天王で稼いだ貯蓄を使って家のリフォームをすべきだったとカンナは毛布を頭から被って低くうなった。 ベッドのすぐ隣で横たわるゴンベ人形を掴んで放り投げ、彼女は小さな棚の取っ手に手を伸ばし、無造作な手つきで体温計を探る。 思いのほか自分の身体は水を吸った着物のように重くなった。ようやく先の細いプラスチック製の機器を手に取った。 汗でぐっしょりのシャツの襟ををめくり、脇に挟んだ。測るまでもなく体温計の値は平熱を大きく上回っていた。
―― こじらせちゃったみたい。
家の中はあらゆる大陸のデパートで見かけた縫い包みが所狭しと置かれていて、部屋の中央に立つと彼らの作り物の瞳が自分に集中する。 壁のジャンパーに手をかけ、羽織る。火照って寒気を感じる身体に厚着をしたところで寒気を防げるとは限らないが気休めにはなるだろう。 この辺境の島には医療所は設けられている筈がなく、診察を受けるにはクルーザに乗って本土の病院に向かうほかない。 玄関からドアを開けて外へ出ると真冬の冷気が顔へ吹き付けた。そして愕然とする。 いつも見る島の明方の光景が全く違っていた。影の向きが西と東で逆転している。寝起きでぼんやりした頭をめぐらせて、彼女は俄かに気付く。
朝だと思い込んでいたけど今は夕方だった。
私は半日ほどベッドの上で眠っていた。道理で一晩寝たにしては頭の中の時計が狂ったような感じがするわけだ。 この時間帯では本土に行っても病院が閉まっている。途方に暮れていると、見覚えのある顔の女性が彼女の前の芝生に立ち入ってきた。 幼い頃から世話になっている育て屋のお婆さんだ。穏やかな笑顔が一番似合うが、今は不安げな表情をしている。
「あらあらカンナちゃん。今朝何度もノックしたのよ」 「ごめんなさい、風邪でずっと寝込んでいたみたい」
育て屋のお婆さんはカンナが物心つく前からずっと世話になっていた。 ポケモンにも人間にも分け隔てなく面倒見が良く、とても柔和な人柄であったお婆さんは、カンナの事を成人した後も、四天王となった今も 『カンナちゃん』と愛称で呼び続けてくれた。格式ばった世界の中でずっと暮らしていると、今のような愛称で呼ばれる事が心地よくなってくるものだ。 ふっと笑みを浮かべたカンナは赤縁の眼鏡を治しながら答える。
「大丈夫よ。丁度四天王の休暇中だから。不幸中の幸いね」 「そんな事言いなさんな。無茶ばかりしてたら命取りよ」
命取りなんて単語が出てくるなんて…相変わらず大袈裟な事をいう人だとカンナは苦笑混じりに頷く。 するとお婆さんは何かを思い出したように皺くちゃの手をぽんと叩いて拍子を打った。
「あ、そうそう思い出した。昨日カンナちゃんが赤い帽子の男の子と一緒に追い払った…その、何とか団という連中だっけ」
笑顔が急に引きつった。北東の洞窟にてあの少年と共闘した記憶がすぐ鮮明に蘇ってきた。 共闘した彼の名前はレッドという名前で、かつては聞き覚えのない街の出身で無名のトレーナーだった。 だが、警察のロケット団にまつわる事件の裏側では不思議と彼の名前が何度も登場し、ついにリーグにて彼女は彼に一度敗れた。 彼と彼のパートナーの絆の力は、向かい合って戦ったあの時も、向きを揃えて戦った昨日も変わらず凄まじい強さを誇っていた。
お婆さん曰く、今レッドはロケット団の残党の討伐という目的で、遥か南に浮かぶ七島の草の根を掻き分けて連中を追っているらしい。 本当は彼女も追いたかった。追って自分の生まれ故郷を争うとした罪を懺悔させたかった。けどこんな時に限って身体が言うことをきいてくれない。
「今日はゆっくりお休み。後で特性の卵粥作ってあげるから」 「…うん」
帰路につくお婆さんを作り笑顔で送ったカンナだが、心の中は悔しさで溢れていた。 ふと前に居座る家を見やると、東に向かっていた影がさっきより伸びている。眠る気分じゃなかったが、カンナはしぶしぶ再び家に入った。
*
熱はさっきより輪をかけて酷くなり、実を覆う寒気がさっきよりも勢いを増してきた。息が更に熱を増している。 育て屋のお婆さんが卵粥を持ってきてくれた時は差ほどでもなかったのに夜が更けてくると途端に悪化した。 毛布の中に丸く包まれているのに真冬の雪山に閉ざされているような感覚…。今まで痛めつけてきた冷気というポケモンの武器が自分に降りかかっている。 そのような気さえしてくる。病気になると色々な事柄がマイナス思考となって現れる。あの話は本当だとカンナはつくづく思った。
着せられたような閉塞感は濡れ衣から鉛の鎧に様変わりし、汗だらけ服を着替えることも適わない。 自分のパートナーに助けてもらおうと棚の上のボールに手を伸ばそうにも、今の彼女の手持ちには両手を使って看病できる者は居ないことに気付いた。 頼みの綱のルージェラは昨日の戦いで負傷してしまい育て屋に一度預けている。ラプラスやパルシェンは賢い子だが少し難しい。ヤドランは正直言って問題外。
―― なんてことなの…
急に絶望感に襲われた彼女は、モンスターボールを手に取るのを諦め、そのまま腕の力を抜いた。 一瞬細い指の先にボールが当たって棚から転げ落ちたが、もう彼女は失神するかのように眠りについた。 最後に目に映った部屋中のぬいぐるみ達が心配そうに自分を眺めていた。
苦しい夜を越えて朝を迎え、ほぼ一日眠っていたカンナは目覚めた。外のピジョンの鳴き声や、島の住民の話し声が小さく聞こえてくる。今度こそ朝だ。 だが最初に目に映ったのは家の天井ではなく、乳白色で少し滑りのある不思議な物体が間近に広がっている。
「…のわっ!?」
あまりの驚きに漫画のような言葉を発してしまった。慌てて声を上げるとその乳白色の物体はゆっくりと動き、頭上数センチで鳴き声をあげる。 ラプラスの下顎がアップで彼女の額に乗っかっていた事に気付くのに随分時間がかかった。 起き上がると昨晩のような寒気も吐き気も殆ど感じなくなっている。ベッドの前でラプラスは彼女の起床に嬉しそうに首を少し傾げた。 氷ポケモンのラプラスは季節に応じて変温するらしく、冬のこの時期なら彼女の氷嚢代わりにうってつけの体温だったのだろう。
「ラプラス…一晩中看病してくれたのね」
その問いかけにこくりと頷くが、ラプラスはふらついている様子である。やはり寝不足なのだろう。 彼女は何も言わずそのラプラスを優しく抱いた。大きな体格であるラプラスには一部屋しかない一戸建ての家にぴったりのサイズだった。 リフォームしなくて良かった、とカンナは思った。
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今回の短編のネタにおいて、ヒントを出してくださった一葉様に心から感謝申し上げます^^ (流石にフルコースは無理がありましたがw)
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