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【タツベイ部門】平成ポケノベ文合せ2013 〜秋の陣〜 【終了】
日時: 2013/11/17 23:52
名前: 企画者

こちらは平成ポケノベ文合せ2013 〜秋の陣〜【タツベイ】部門の投稿会場です。

参加ルール( http://pokenovel.moo.jp/f_awase2013a/rule.html )を遵守の上でご参加ください。



◆日程

・テーマ発表 :2013年10月27日(日)0:00
・投稿期間 :2013年10月27日(日)〜2013年11月17日(日)23:59
23:59
・投票期間(タツベイ) :2013年11月18日(月)〜2013年12月07日(土)23:59
・結果発表(タツベイ) :2013年12月07日(日) 21:00


◆テーマ

テーマA「輪」(一次創作可)  

乗り物の車輪やお洒落な腕時計などのような形のある輪もあれば、苦楽を共に過ごす友達の輪に、誰とでも繋がれる世界の輪のような形のない輪もたくさんあります。あなたが真っ先に想像した輪はどんなものでしょうか? それから生まれた作品が、文合せという輪っかを構成するのかもしれませんよ?


テーマ「石」(ポケモン二次創作のみ)  

道端に転がっている石、アクセサリとなる石、何か曰くのある不思議な石。なにげなく道端に転がる石も一つ一つよく見ると形も色も様々。そういえば新作ポケモンXYでは石が物語の重要な要素となっていますね。ポケモンで石と言えばあの人も……


◆目次

 ▼テーマA「輪」

 >>2
 リフレインレポート

 >>5
 月明かりの下、魔法使いとワルツを。

 >>7
 車輪は歩くような速さで

 >>11
 エネコなんかよんでもこない。

 >>12
 洛城異界居候御縁譚


 ▼テーマB「石」

 >>1
 LIFE

 >>3
 ご主人の視線を取り戻せ

 >>4
 缶コーヒーと秋の空

 >>6
 びいだまよほう。

 >>8
 変わらずのいし

 >>9
 イワガミ様の伝承

 >>10
 進化のキセキ

 >>13
 不変のいしと育て屋のきおく


◆投票

 投票は下記URLより
http://pokenovel01.blog111.fc2.com/blog-entry-9.html
メンテ

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エネコなんかよんでもこない。 ( No.11 )
日時: 2013/11/17 22:51
名前: 乃響じゅん。


 テーマA:輪



 建てたばかりの時には真っ白だった壁も、今では大分くたびれている。
 あの頃はこの辺りも、開発が始まったばかりのニュータウンだった。白く輝く家、青青と茂る木々の庭。次世代に繋がる家。みな色彩豊かな未来を思い描いてやってきた。だが時の流れとは得てしてそうも行かないものだった。成長の先には、必ず老いがある。若い者たちは就職を機に街を旅立ち、気が付けば歳を取った親ばかりが残っていた。街の姿のように、私もくたびれてしまった。
 だが、周囲の年寄りはみな、気だけはいつまでも若いときのままであった。みんなニコニコ、元気である。最たるものは家内だ。私と違って朝早くから習い事に出かけ、起きてみたら朝ご飯と書き置きしかないこともある。私も誘われたが、今のところどれも遠慮している。今さら新しい環境になじめるかどうかという懸念もあるし、妻のようにエネルギーに自信があるわけでもない。どうせやるなら、一つだけをとことん極めてみる方がいいような気がするが、いかんせん周囲には選択肢が多すぎる。どれを選べばいいのか、皆目見当もつかなかった。何事も最初が肝心である。若い頃は仕事と、ほんの少し子育てに関わっただけで、ろくに趣味を持ったこともなかった。いざ初めてみて、もし自分には向いていないと気付いたら。その恥ずかしさに、耐えきれないかもしれない。
「親太郎さんったら、まじめなんだから」
 勇気を出して妻に打ち明けてみると、あっけらかんと笑われた。それでヘソを曲げてからというもの、いよいよ誰に相談することも出来なくなってしまった。そうこうしているうちに、妻はどんどん新しい友人関係を構築していく。女というのはどうしてこうどんな所に行っても友好的になれるのか、よく分からない。
 三ヶ月くらい、一人で家でゴロゴロするだけの生活が続いた。
 退屈過ぎて、退屈という感情そのものを忘れそうだ。まずい。これは非常にまずい。人付き合いややることの一切ない人間が呆けるのは早いと聞く。何か手を打たねばとは思うが、肝心のとっかかりが掴めない。いたずらに、時間だけが過ぎていく。
 そんな折、一手は外部からやってきた。
「みぃぁぁん」
 妙に甲高い声が聞こえたので、縁側の戸を引き、窓を開けてみる。一匹の小さな、桃色をした猫のような生き物が、目を細めてこちらを見ていた。
ーー猫のようだけど、猫ではないもの。
 あまり縁がなかったが、これはもしや、ポケモンというものではないだろうか。えらく派手な模様をした動物、だということぐらいしか知らないが、こんなものがうちの庭に来るとは。もしかして、気付かなかっただけで何度も通っていたのかもしれない。
「しっしっ。こんなところにおっちゃいかん」
 こちらを見上げては来るものの、どう扱っていいか分からない。手を振って追い払った。どこかへ行ってくれ。思いが通じたかどうかは分からないが、その猫のような生き物は走り去っていった。

 娘が小学生の頃、一度だけ動物を飼っていいかと聞かれたことがある。娘の物言いがあまりに軽いものに聞こえたので、私は思わず全力で反対した。命の重さを知っているのか、最後まで育てきる覚悟はあるのか、と。まるで非難するような口調で、有無を言わさず懇々と説教をしてしまった。今思えば、娘にだって年相応に考えてはいただろうし、飼ってみて初めて分かることもあったろう。あれは今でも、悪いことをしたと思っている。そんなことがあったせいで、尚更生き物を見るのが苦手になってしまった。今も、私は逃げた。あの猫のようなものを追い出すことで、過去から、娘から逃げたのだ。
 非常に居心地が悪い。食事をしていても味はよく分からないし、妻の楽しそうな報告も耳に入らない。聞いたふりをするのでさえ億劫であった。妻は自分の何かを察したのか、途中から何も言わなくなった。何もすることがないというのは、気分転換をすることができないということでもあるのだと言うことに、この歳になってようやく気づいた。
 夜が明けてもまだ胸のしこりは残っていた。この心地悪さを払拭するには、あの猫もどきにもう一度会うしかないのだろうと思った。起きてみると、丁度妻が朝食を作り終えたところだったので、もくもくといただく。それじゃあ行ってくるからお留守番よろしくね、と言って今日も妻は出かける。ん、と何食わぬ顔で見送る。
 ドアが閉まる音がして、忘れものを取りに戻ってくることもなさそうな頃合いを見計らって、縁側にあぐらをかいて庭を睨む。あの猫もどきが来るのを、じっと待つ。
 どんと構えてはみたものの相手は生き物、こちらの都合で来られるとは限らない。待ったところですぐに出会える保証はない。時間の流れがとてつもなく遅く感じる。時計を見やると、まだ三十分しか経っていない。テレビでも見ながら見張ればいいのかもしれないが、ちょっと目を離した隙に横切られてしまった、なんてこともあるかもしれない。
 あれこれ悩んでいるうちに、一時間が経過した頃。ついに庭の景色に変化が現れた。
 左手にある木の間から、桃色の猫もどきが顔を出した。昨日と同じ奴だ、とすぐに分かった。猫もどきは庭を途中まで横断したあと急にこちらを向き、一瞬足を止めた。どうやら私がいたことに今の今まで気がつかなかったらしい。目が細いのでよく分からないが、驚いていたような気もする。そしてそのまま、逃げるように庭の反対側へ消えて行った。
 一瞬の出来事で思わず身体が動かなかったが、その姿はしっかりと覚えた。細い目、顔の周りだけ白い頭。大きな耳。猫じゃらしのようなしっぽ。
 沸き上がってきたのは、あれはなんという生き物なのだろう、という興味だった。調べてみるか。少し楽しくなってきた。浮き立つ心に従い、一時間ぶりに立ち上がった。
 さて、問題はどうするかである。ホコリ除けのカバーを被ったパソコン用の机をちらと見やる。自力では一度も使ったことのない代物だ。娘ならサクサクと動かせるのだろうが、自力ではどうやって電源を入れればいいのか見当もつかない。私はかぶりを振る。何か別の方法を考えなくては。
 思いついたのは、図書館に行くことだった。図鑑か何か、調べられそうなものがあるかもしれない。久々に余所行きの格好に着替えて、バスに乗った。これもあまりに久しぶりすぎて、運賃の払い方も忘れかけていた。いざ降りるときに手間取ってしまい、少し小さくなりながら足早にバス停を去る。
 さて、気を取り直して、本だ。図鑑だ。
 うちの街の図書館は蔵書が少ないと不平が多いらしいが、それらしいものがあることを祈る。
「すみません、ポケモンが載ってる本か何かってありますかね」
 受付の若い女性に聞いてみると、妙に間延びした感じの声が返ってきた。
「ポケモンの本ですかぁ……どんな感じですかね」
「とりあえず格好と名前が分かる……ああ、図鑑みたいなのがあればいいんだが」
「分かりました、少々お待ち下さいね」
 その声とは裏腹に、パソコンを打つ手はてきぱきとしている。場所はすぐに分かったらしく、彼女はすぐに私を案内してくれた。

 ポケモン図鑑と題のついたハードカバーの図書が六巻。この欄の本は、どうやら持ち出し禁止らしい。本棚からごっそり引き抜き、机に並べて一つ一つ調べた。量の多さにうんざりとしたが、やらないことには始まらない。それらしきものが見あたらなければ、適当に飛ばせばいい。諦めて最初のページを開き、読んでいく。ポケモンは研究所が決めた独自の番号に従って並べてあるようで、蜂が来たと思えば鳥類、次は鼠、そうかと思えばまた鳥類と、何だかよく分からない。似たような姿で纏められている訳でもなく、当たりをつけることが出来ないので仕方なく一つ一つ、お目当てのものらしきポケモンを探していく。猫のようなポケモンは何匹か見つけたが、どうも違う気がする。何度か立ち止まり、また指を進めていく。
 三巻の真ん中辺りで、ようやくそれらしきものを見つけた。見たものより少し身体は大きいが、おおよそのところは合っている。ピンク色の身体。細長い目。猫じゃらしのような尻尾をしたポケモンだ。
「こいつだ」
 名前はエネコと言うらしい。
 エネコ、か。久しぶりに目を使いすぎたものだから、ふらふらした。だが、何とも言えない充実感があった。そうか、エネコか。私は図鑑を戻し、軽い足取りで帰りのバスに乗り込んだ。思わず鼻歌まで出た。そうか。エネコと言うのか。

「親太郎さん、今日は何だかご機嫌ですねぇ」
 夕食を食べながら、妻は言った。
「そうか?」
「何かいいことありました?」
「いや」
「うそ」
「ない」
 妻には内緒にしようと思った。妻には妻にだけの付き合いがあるのだから、私には私だけの付き合いがあってもいいはずだ。

 次の日は、起きたら妻はいなかった。机の上には朝食が、台所の上には昼食が置いてある。行ってきます、との書き置き。朝食は焼き魚だった。メモを避けて、さあ食べようと思った矢先、庭に黒い陰が見えた。たった一日で、すっかり庭の様子に敏感になってしまったようだ。
 私は来客を驚かせないよう、ゆっくりと窓を開けた。だがそこにいたのは、エネコではなかった。紫色をした耳の長いポケモンが、こちらを見上げている。
「なんだ、エネコじゃないのか」
 私は思わず呟いて、その場にどさりと腰を下ろした。一気に力が抜けたような気分である。
 その紫色の猫型ポケモンは、私の顔をじっと見つめた。そういえば、昨日図鑑をめくって探す途中に、これと似たようなポケモンの姿があったような気がする。しばらく唸って、ようやく名前が出てくる。確かエーフィという種類だ。同じ猫型でもエネコとは違って体つきはしなやかで、どこか優雅である。何か不思議な、例えば神通力のような特別な力が宿っていてもおかしくない。そういう気高さだ。
 昨日のように、来客をすぐ追い出す気にはなれなかった。このポケモンが、一体どんなポケモンなのか興味があった。まじまじ見てみると、なかなか愛くるしい顔をしている。
 そんなことを考えていると、ふと紫色の目線が少し横に逸れた。興味は私から逸れたらしい。一体その先に何があるのか、視線の先を追って振り返ってみると、ぎょっとした。テーブルの上の魚が宙に浮いているのだ。人間が箸でそばを取るような高さまで上がると、いきなりこちらめがけて飛んできた。ぶつかるかと思ったが、私の横を通り過ぎていく。まさにエーフィの視線を逆に辿るような形だった。何が起こっているのか分からないうちに、魚は紫色の目の前に制止した。そして、それを大きな口を開けてくわえ、早足で逃げ去って行った。
 あっけに取られ、事態が飲み込めた頃には既にエーフィの姿は無く、皿もまぬけな姿を晒していた。
「持って行きやがったな」
 一番大きな平皿から消えた主菜。きっとあの紫色は最初からこいつを狙って近づいたのだ。朝からいきなり、寂しい食事になってしまった。
「まさか本当に神通力を使うとは。くそう」
 悔しい思いを胸に、私は今日も図書館に出かけることにした。エーフィというポケモン、名前と姿は思い出せても詳しい説明は読んでいなかった。今日は妻の帰りは早かったはず。手早く調べなければ。妻の前では、何食わぬ顔で過ごしたい。それは特に理由のない、ただの意地であった。
 いざポケモン図鑑を並べてみて、どの辺りで見かけたのかをよく思い出せないことに気付いた。一巻だったか、それとも二巻だったか。三巻の最初の方だったような気もする。結局記憶を頼ることも出来ず、一からまた読み直す羽目になった。次へ次へと読み飛ばしていく。今日はページをめくる指が乱暴だ。ええい、どこだ。
 二冊目の真ん中辺りで、ようやくそれを見つけることが出来た。番号百九六、紫色の猫のような生き物、大きな耳、先が二つに分かれた尾。間違いない。これだ。
「よし」
 超能力を操り、周囲の空気の流れを敏感に察知する。なるほど、ハナとカンがいいということか。朝食の存在に気付けたのも頷ける。ポケモンという生き物は、人間界を大きく上回る能力を持っていたりするらしい。迷惑な話だ、と思った。こんな生き物が周囲を跋扈していたら、おちおち窓を開けてもいられない。朝食に焼き魚を出さないように、帰ったら妻に頼んでみるか。いや、この来客についてはまだ妻には内緒なのだ。やめておこう。そういえば、とエネコのページをもう一度開く。どうやら、こっちは特に不思議な力を持ち合わせているわけではないらしい。普通の猫と対して違いは無さそうで、何だか安心した。
 ふと外を見ると、少し雲行きが怪しくなりそうだった。図鑑を元の場所に戻し、図書館から退散した。

 次の日の朝、私は困惑した。お昼のおかずがまたしても魚なのだ。聞けば、何日か前にお弁当用の魚の焼き方をテレビでやっていたらしく、時間が経っても美味しい火加減を試行錯誤中なのだと言う。だからと言って二日連続でやらなくても、と思ったが、妻は妙なところで凝り性なところがある。こうなったら言っても聞かない。
「ところで、昨日の焼き方はどうだった」
 ヤブヘビである。
 まぁ、脂も悪くなってなかったし、いいんじゃないかと、当たり障りの無い答えを出すことが出来たのは奇跡的であった。
 妻が出かけたところで、私は意気込んだ。この魚を無事、妻の想定通りの状況で食べるにはどうすればいいか。冷蔵庫の中に入れて電子レンジでチン、なんて状況は、おそらく範疇の外だろう。あくまで常温に、四、五時間晒しておかなければならない。
 運が良ければ、今日はこのまま何も誰も来ないまま過ごすことができるだろう。だが、どうも嫌な予感がする。一昨日はエネコ、昨日はエーフィ。今日も何かが来るような気がしてならない。
 思考を巡らせた末、たどり着いたのは戸締まりをきちんとする、ということだった。物騒な事件に対する予防策である。風の心地よい季節ではあるものの、今日は一日、防犯に徹することにした。最近空き巣の被害が多いらしいが、家に居ようが居まいが狙ってくる辺り、奴らの方がタチが悪いかもしれない。まず、窓は閉めておく。カーテンも一応かけておこう。表から回り込まれるとも限らない。玄関、よし。勝手口、よし。
 一通り鍵を閉めて回り、一息つこうとした瞬間だった。戸の方で、がちゃりと音がしたのだ。鍵が開いた音だろうか。恐る恐る、カーテンに近づいてみる。すると突然、その戸のすべてが勢いよく開いていった。カーテンと、レースのカーテンと、ガラスの戸と、網戸が同時に。時間を間違えた幽霊の仕業、というわけではないことは昨日の経験から知っている。奴の奇襲だ。
 犯人の次の行動をすかさず予測する。私は後ろを振り返り、テーブルの上の魚に近づいた。奴の目的は間違いなくこれだろう。今日こそは守り抜いてやる。庭の方に顔を向けると、紫色の猫もどきと目が合った。
「エーフィ、やっぱりお前か」
 そう言うと同時に、お皿が浮き上がりそうになった。早速、超能力で魚を奪おうとする。
「そうはさせん」
 私はお皿を両手で掴み、テーブルの上に押し戻す。浮き上がる力が強い。久しぶりに筋肉を使ったせいで、妙な部分が痛み出す。無精のツケが、まさかこんな形で回ってくるとは。
 十数秒ほど、膠着が続いた。これ以上は持たないかもしれない、と思い始めた頃、ふっと皿の浮力が消えた。押し合っていた力が、急に引かれたことでバランスを崩す。エーフィはその隙を見逃さなかった。お皿ごとではなく、魚だけを超能力で取り上げたのだ。気づいた時にはもう遅く、手を伸ばしても、追いかけてみても間に合わず、エーフィの前へぽとり。
 力が抜けて、へたりと座り込んだ。今日も負け、か。
 みぇー。
 ふと、エーフィの元に駆け寄る姿があった。桃色をした、また別の猫もどき。エネコだった。みぇー、みぇーとうるさいくらいに、エーフィにすり寄る。エーフィはそれに答えるようにエネコの身体を舐めてやる。そしておもむろに魚を口にくわえて庭の隅の方へと移動し、エネコにそれを与えた。
「親子だったのか」
 ポケモンが別の種族の子を産むかどうかは知らない。が、二匹の関係を見ていると、まさにそんな気がして、取られた魚を惜しむ気持ちも失せてしまった。
 子猫は必死に魚を食べる。母猫はそれを見守る。そんな二匹を私はただ、じっと眺めていた。

 夕方になって、妻が帰ってきた。
 一つ、心に決めたことがある。いや、そこまで大層なことではないのだが、とにかく後で心変わりしようとも、一度はやってみようと決めたのである。
「なあ」
「何ですか」
 こういうことを切り出すのは何となく気恥ずかしくて、次の言葉を出すまでに時間がかかってしまう。
「ポケモンサークル行ってたよな。あれって次、いつだ」
「明日、ですけど」
 妻は少し困ったような顔で答える。明日か。思ったよりも早い。だが、ここまで来たら言うしかない。
「明日は、俺も行くぞ」
 照れ隠しのつもりで、頑固な親父を気取るように告げた。暫くの間、おかしな沈黙が続く。反対されようがどうしようが、何としてでも行く。そうでもしないと、私の気持ちが挫けてしまいそうだ。呆れて困った顔をされてしまったら、もう駄目かもしれない。
 だが、妻は吹き出した。
「もちろんですよ。親太郎さん、何かきっかけとか無いと絶対来ないでしょ。明日気が変わったって言っても絶対連れて行きますからね」
 私はもう、何も言えなくなってしまった。妻には全てお見通しである。晩ご飯の支度を整える台所からしきりに笑い声が聞こえたとしても、その居心地の悪さに逃げ出す気にもなれなかった。これでどうあがいても、明日ようやく私は新しいことを始めることになる。きっと何かがほんの少しだけ、好転することだろう。ゆくゆくは、自分のポケモンを手に入れるのも悪くない。娘が帰ってきて、家に一匹ポケモンがいたりなんかしたら、きっと驚くに違いない。そんなことを想像していたら、少し笑いそうになった。
 晩ご飯が出来上がり、手を合わせて開口一番に妻は言う。
「それにしても、急にそんなことを言い出すなんて。親太郎さん、何かあったんですか」
「いや、ない」
 私はとぼけるように、言ってみせた。


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