敗者 ( No.13 ) |
- 日時: 2013/04/14 21:40
- 名前: ジェイガン
- テーマB:旗
俺の目の前では雷光と火焔が荒れ狂っている。 ライチュウは戦闘エリアに無造作に置かれた岩を足蹴にして飛び回り、更に低木(模造品)にその細長い尻尾をアンカー代わりに引っ掛けたり巻き付けたりするようにして、立体的な機動で相手のバクフーンを翻弄する。 いつもながら思うが、尻尾を手足のように使う事に長けたエテボースじゃあるまいし無茶な動きばかりするものだ。動く方も動く方だが、その動きを教え込む方も教え込む方だ。 まあ、それが出来るからライチュウのトレーナーは今この場にいる訳なんだが。 さてと、対するバクフーンはライチュウの動きにまるで付いていけてない。まだまだローティーンのトレーナーが必死でライチュウを捉えるように指示してるが、この程度じゃ影分身の技も絡めながら動くライチュウに追いつけるはずもない。 完全に撹乱戦法の術中に嵌って滅茶苦茶な方向に火を吹いてるが、そんな出鱈目な攻撃に当たるようなポケモンとトレーナーなら、そもそもこの場にはいない。
「ライチュウ、10万ボルトだ!」
俺と同年代の男の声から約2、3秒。木に尻尾を引っ掛けた反動で一気にバクフーンの方へと反転したライチュウは、漫画的にデフォルメされた稲妻を思わせるような形をした尻尾の先端をバクフーンの首の後ろ、炎が燃え上がっている部分に当てて、そのままズドンと一発。 一瞬にして叩き込まれた高電圧の一撃は辺り一帯に閃光と爆音を撒き散らし、バクフーンは首の後ろから黒煙を上げながら前のめりに倒れこむ。
そして俺は俺の仕事を遂行する。
「バクフーン、戦闘不能。これによりチャレンジャーのポケモン全てに戦闘不能判定、よってジムリーダーの勝利とする」
自分でもここまでやれるかと思うほど冷たい声で宣言。正直、自分で言うのも何だが機械的過ぎる。 だが、これが俺の仕事だ……という訳で終わりにしたかったが、そうも行かないらしい。
「待ってください! 俺のバクフーンはまだ戦えます!」
やっぱりそう来るか、だが想定の範囲内だ。 フィールドを見れば確かに一応バクフーンは立ち上がった。だがどう見てもヘロヘロな上に、首筋から焦げ臭い臭いと黒煙を漂わせ続けている以上、俺はそんな言葉に惑わされる訳には行かない。 そう、戦いを続けさせる訳には行かない。
「抗議は却下する。これ以上の抗議は然るべき措置を取る事になる」
まだトレーナーになってそれほど時間は経ってないだろう子供、恐らくは敗北もほとんど知らずに来ただろう子供、それ故にアイツは俺に対して素直な感情を向けてくる。 誰が見ても判るほどの、怒りの感情を。 だが、俺の仕事はポケモンジムの審判だ。だから俺にぶつけてくるその感情を右から左へ流して冷徹に判断を下す。 憎まれ役になったとしても、憎まれ役になる事こそが俺の仕事だ。
この子供は今まで勝ち続けてきたのだろう。 だが、俺の思う『強いトレーナー』の条件を満たしていない。 そんなトレーナーに、これ以上戦いを続けさせるのはナンセンスだ。
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「おっ、コウ君いらっしゃい」
「お仕事お疲れ様、コウ君」
所変わってここは町の小さな居酒屋、名は『椿』。そして迎えたのは店主の『おやっさん』とその娘の『鈴(すず)ちゃん』。 鈴ちゃんは俺より少し年下の看板娘……なんだが、年下なのに「君」付けされてるのは気にしない。後、『コウ君』ってのはあだ名だ。 この居酒屋は俺の行きつけの店で、今日みたいな事があったら大抵立ち寄る事にしている。 そんな訳で、この町で仕事を始めてそれほど年月は経ってないが、常連客として認知されている。 1人で来るのは寂しくないかって思うかも知れないが、俺にとっては愚痴る相手とジョッキ一杯のビールがあれば十分。
「おやっさん、早速で悪いけど生中と唐揚げを頼む」
「はいよ! じゃあ少しばかり待っててくれよ」
そういう訳で、おやっさんはこれにて一旦退場。後は物が来るまで時間を潰すのみ。 今日は隣町で人気バンドのライブイベントがあるとかで椿は客が少ない。それはそれでいい。 だが、問題はどこから話したものか。
「ところでコウ君、今日のお仕事はどうだったの? また何か言われたりしたのかしら?」
おっと、向こうから話題を振ってくれるとは嬉しい誤算。 それじゃお言葉に甘えさせてもらうとするか。
「なーに、大した事はねえよ。また身の程を弁えないクソガキがいただけだ」
言葉は汚いが事実だ。 ああ、事実だ。
「もうっ、またそういう言い方しちゃって。ここまで来るトレーナーさんなんだから、もう子供じゃないでしょ」
何だろうか、色んな意味で俺が子ども扱いされたような気がするが気のせいに違いない。この程度で機嫌を悪くする俺じゃないが。 だがな鈴ちゃん、ここは確かに結構な実力があるトレーナーの来る場所だけどよ、だからと言ってそれがガキじゃない保証は無いんだ。 実際に、俺はそういうガキをよく知ってるんだからな。
「……ねえコウ君、何で子供のトレーナーが嫌いなの?」
ドが付く程に直球。ど真ん中に剛速球を投げ込まれたかのような気分だ。 こんなストレートを投げ込まれたら、絶好のチャンスで絶好球だとしてもセカンドへのゲッツーになりそうだ。 そんな事を思ってしまうくらいにこの質問は俺にとっての痛恨の一撃。これは俺の過去にも関わってくる問題。 俺の過去について明かしているのは、小さい頃――そう、今日ジムに挑戦してたあのガキぐらいの年の頃は、ポケモントレーナーをやっていたという事。そして、トレーナーを辞めて審判を志したという事。 だが確かに、そろそろこの事について話しても良いかも知れない。俺としてもいい加減、どこかで吐き出したいと思っていたからな。 かつてはトレーナーをやっていた俺が、どうしてトレーナーを辞めて、どうして審判の道を進む事になったのかを。
どうして、俺は憎まれ役になっているのかを。
「子供のトレーナーが嫌いな理由、なあ……」
そう、あれは丁度10年ぐらい前の事になるか。 唐揚げよりも先にビールジョッキが届けられるのを見ながら、俺はあの日の事を思い出す。
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あの頃の俺は随分と調子に乗っていた。 初めてのポケモンとして貰ったゼニガメ――そいつと共に俺は歩み、そして仲間を増やして戦い続けていた。 目的はもちろん、ポケモントレーナーの頂点。そして俺はその目的地は決して遠くないと思っていた。
思えば、近くに見えていたその目的地は、無限の砂漠に浮かぶ蜃気楼の理想郷だったがな。
旅に出てからそれほど時間は経ってない、少なくとも一年も経ってないあの日は俺にとって忘れられない日だ。いや、俺がクソガキから脱却するために忘れてはならない日だ。 ジムバッジを7個取って調子に乗りまくってた俺はその日、ついに最後のジムへと挑戦した。このジムで勝利すれば、ついにポケモンリーグへの挑戦権を得られる。そして俺なら勝てると信じてな。 本当に全力で調子に乗りまくってたが、そうなるのもある意味仕方ないのかも知れない。何しろ、敗北らしい敗北を知らずにそこまで来たんだからな。 ゼニガメだってカメックスまで進化して向かう所敵無しって感じだったし、他のポケモンも戦力として不足は無し。まさに我が前に敵は無しってね。 だが、だからと言って「仕方ない」で済ませていい問題ではなかったんだ。
ジムへの挑戦の結果、それは第三者目線で見れば向こう30年は笑える程の、当事者からしてみれば全く笑えない程の惨敗だった。 ポケモン6体によるフルバトル、だがそれでも俺は相手のゴウカザルに対し有効打を1発も与えられずに、とうとう相性で有利なはずのカメックスもサンドバッグにされてノックアウト。 ――でもな、俺は調子に乗りすぎていた。ポケモントレーナーじゃなくクソガキだったんだ。
「待ってくれよ! 俺のカメックスはまだ戦える、まだ終わってねーんだ!」
あの時俺の口から出た言葉は今でも一言一句、アクセントに至るまで正確に覚えてる。 目の前の現実を受け入れられない俺は、審判の判断を無視して戦闘を続行。カメックスも俺に従ってくれた。 そして、ジムリーダーも俺の意思を尊重してくれた。 尊重してくれた。
「アクアジェットで突っ込みつつハイドロカノンをゼロ距離から撃ち込む! 行けぇっ!」
「マッハパンチで迎撃、これで終わりだ!」
カメックスの防御力を活かしてアクアジェットで強行突破しつつ、至近距離からのハイドロカノンで一撃粉砕、それが俺のカメックスの必殺技だった。 必殺技だった。
手足を引っ込めて、甲羅の隙間から噴射した水を推進力として突撃、そして思惑通りに至近距離まで近づいた。ここまで近づけばゴウカザルと言えどかわせないって距離まで。 ここからハイドロカノンを撃ち込んでやれば間違いなく一撃で撃破出来る、そのはずだと信じていたんだ、俺は。
「――しまった、ゴウカザル!」
その「しまった」の意味を、俺は都合の良いように捉えていた。万事休すって意味だとばかり思っていたさ。 だが実際は逆だと思い知るのに時間は掛からなかった。クソガキでも猿でも分かるような結果が出たからな。
カメックスは既に限界だった、色んな意味で。 俺から見てゴウカザルの右側へと跳んだカメックスは、そのまま背中から砲身を展開して高圧水流で攻撃するはずだった。 ただし、これはカメックスの身体が正常ならばの話。右側へと跳んだ時点で既に少し体制を崩したカメックスは、俺の指示に忠実に攻撃態勢に移ろうとしたが、それに失敗した。 完全に身体にガタが来てたカメックスは、攻撃態勢どころか無防備な状態をゴウカザルに晒す。そしてそこに来るのはゴウカザルのマッハパンチ。本当なら俺の戦意を砕くだけで終わるはずだった一撃。
瞬間、俺はその音の前に何も出来なくなったよ。 見事なまでにカウンターヒットしたマッハパンチでカメックスがジムの壁まで吹っ飛ばされるのをただ眺めるだけ。
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ジョッキに入ったビールを軽く喉へ流し込む。 過去を吐き出すのがここまでキツいとはさすがに予想していなかった。もうジョッキの中身がほとんど残ってない。 どうやら、俺は今も想像力が足りてないみたいだ。
「その後さ、ポケモンセンターで医者が俺のカメックスを見て、一番最初にやった事が何か分かるか?」
「うーん……怒鳴りつけた、かな?」
残念ながらハズレだよ、鈴ちゃん。
「グーでブン殴られた」
そうだ、甲羅がヒビだらけになってぐったりとしたカメックスを見た医者は、真っ先に俺の顔面を全力で殴り飛ばした。かなり年季の入った老医師だったが、その拳はゴウカザルのパンチそのものってレベル。 この答えに思いっきりビックリした顔になる鈴ちゃん。まあ、さすがに子供をグーで殴る人間なんてそうそういないさ。あの時の俺は殴られても仕方が無いってのが救えないがな。 さて、次に医者が俺に突きつけたのは同意書、それも最悪の。
「最悪の同意書、と言うと……手術に失敗しても責任は負えません、とかそういうの?」
それもハズレだよ。もしかしたら、無意識の内に最悪の結果ってのを頭から排除してるのかも知れないけど。
「安楽死の同意書だ。今までの戦闘とその時の戦闘で内臓がボロボロになってて、ポケモンセンターに運び込んだ時にはもう手遅れさ」
ヒュッって息を呑む音が俺にも聞こえた。 畜生、今日は酒の回りが悪い。
「ポケモンの安楽死ってのは酷いものだぜ、最後の別れを済ませたら、そのままガス室送りアンド即火葬だ。薬殺じゃ上手く行かない事もあるってね」
そうだ、だから俺は最期の瞬間ってのを見ていない。訳も分からずサインさせられて、後はもう原型を保った姿を見ていない。 残ったのは僅かばかりの骨だけ。その骨も既に土の下だ。
「オマケにだ、俺のポケモン全てを念入りにメディカルチェックするという話になったんだがな、その結果は残りの5匹ももう限界って結果だったよ、ハハッ。これ以上戦ったら、いつカメックスのようになるか分からないってよ」
何と言うか、笑えないのに笑うしかない。 かつての俺は勝利の代償として、ポケモンの命を縮めていた。 俺の指示に従ってくれるポケモンに甘えて、もう戦闘の続行は困難ってレベルのダメージを受けても戦闘続行させて、滅茶苦茶な動きをさせて勝利を強引にもぎ取る。だからカメックスはあの戦いで身体が限界を迎えて、普通なら戦闘不能止まりのところで想定を大幅に超える、致命的なダメージを受けた。 だが、これはあくまで偶々。偶々カメックスがそうなっただけで、もしかしたら他のポケモンがそうなってたかも知れない。そんな過程はもう無意味だが。 ちなみにここのジムリーダーもポケモンに滅茶な動きをさせてはいるが、負担を最小限に食い止めるようによく考えた上で特訓を重ね、ポケモンのメディカルチェックも万全にしている。つまり、あの時の俺とはまったく別。俺に出来なかった事をやっている。
「もう想像付いてると思うが、これがあったから俺はトレーナーを辞めたよ。自分のポケモンを殺すような奴はトレーナー失格だ」
そうだ、だから今日の挑戦者のような子供を見ると、昔の俺を思い出してしまう。 ポケモンは生きているという事を忘れたクソガキを思い出してしまうんだ。 そんな俺と同じクソガキが決定的な過ちを犯すのを少しでも減らせれば、そう思って俺は審判を志した。抗議にも一切心を動かさず、最悪の結末を徹底的に避ける審判を。
「……そう言えばコウ君って、前に『強いトレーナー』についての話をしてくれたよね」
ああ、鈴ちゃんの言う通りそんな話もした事があるな。2ヶ月ほど前の事だったか。 俺の持論は単純明快、だがこれを分かってないトレーナーは間違いなく痛い目を見る。
「強いトレーナーは白旗を上げられるトレーナー。ポケモンバトルはあんまり詳しくないからよく分からなかったけど、今なら意味が分かるかも」
かつての俺は自分の負けを認められなかった。白旗を上げる事を拒んでいた。 だが、それこそが間違いだ。 人もポケモンも生きている限り挑戦の権利を与えられる。裏を返せば、負けを認めずポケモンを無駄死にさせればそのポケモンの戦いはそこで終わり。無駄死にさせるようなトレーナーに再挑戦の権利は無い。 白旗を上げられないトレーナーは、自分のポケモンの状態も把握出来ないトレーナーだ。
「さて、鈴ちゃんがそれの意味を分かった訳だし丁度良い、俺の湿っぽい話はこれで終わり。そういう訳で鈴ちゃん、生中もう一杯頼む」
「はい、生中一杯入りま〜す」
重くなってしまった空気を変えたい俺の意思を察してくれたのか、鈴ちゃんの声に元気が戻る。いつ見てもいい娘だ。 だからなんだよな、この居酒屋が地元の人から人気なのは。今日は人いないけど。
さてと、明日からまた憎まれ役を頑張るか。 白旗を上げるべき状況で上げたがらない奴がいたとしても、白旗を上げたくなるまで憎まれ役に徹させてもらう。 それが、俺の仕事だ。
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