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平成ポケノベ文合せ2013 〜春の陣〜【終了】
日時: 2013/03/21 22:59
名前: 管理者

こちらは「平成ポケノベ文合せ2013 〜春の陣〜」投稿会場となります。

参加ルール( http://pokenovel.moo.jp/f_awase/rule.html )を遵守の上でご参加ください。


◆日程

テーマ発表 2013年03月21日(木)
投稿期間 2013年03月21日(木)〜2013年04月14日(日) 23:59
投票期間 2012年04月15日(月)〜2012年04月28日(日) 23:59
結果発表 2013年04月29日(月)20:00

日程は運営等の都合により若干の前後が生じる場合がございますので、どうぞご了承ください。
また今回は前回までと比べ、各日程が短めに設定されております。


◆テーマ

テーマA 「ガラス」(一次創作可)

窓を始めとして、電灯や器、アンティークなどなど身近にあふれるガラス。ガラス工芸は美しけれど乱暴に扱えば儚く砕け散ってしまう……。誰だってガラスコップの一個や二個くらい割ったことあるでしょう?


テーマB 「旗」(ポケモン二次創作のみ)

旗とは志を等しくするものが、集まるための象徴(シンボル)……。今こそあなたの意志を旗に載せて掲げ、思いのたけを旗の元へ!


◆目次

>>1
【A】オブジェクト・シンドローム

>>2
【A】ガラスのとりかご

>>3
【A】ガラスの器

>>4
【B】星降りの誓い旗

>>5
【B】神速の旗

>>6
【B】I wanna be the HERO !!!

>>7
【A】ガラス色の終末

>>8
【A】Fake

>>9
【A】灰かぶり

>>10
【A】タマムシブルース2013

>>11
【B】氷雨に声が届くまで

>>12
【B】零

>>13
【B】敗者

>>14
【A】あの空を目指して

>>15
【A】ガラスを割る反発。それを防ぐ葛藤。

>>16
【A】ガラス職人

>>17
【B】もりのはた おやのはた

>>18
【B】すてぃーるふらっぐ

>>19
【A】そこはまるでヨスガのようで

>>20
【B】表すは穏やかな海

>>21
結果発表

>>22
総評
メンテ

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( No.12 )
日時: 2013/04/14 19:46
名前:

テーマ:B「旗」


 序


 かつて、二人の双子がいた。
 かつて、一匹のドラゴンがいた。
 ドラゴンと双子は共に歩むことを誓い、この地にイッシュを建国した。そして多くの人とポケモンを率いていった。
 しかしある頃から、双子の間には亀裂が生じるようになった。
 同じ道を歩いてきたはずなのに、生まれた思いのすれ違い。未来に対する考え、価値観の違い、プライドも熱い思いもあってぶつかることは増えていった。
 彼等はドラゴンに問うた。どちらが正しいのか、と。
 ドラゴンは選ばなかった。代わりに、自分が二匹に分裂することを選んだ。
 白きドラゴン、レシラムは真実を掲げた兄の元に。
 黒きドラゴン、ゼクロムは理想を掲げた弟の元に。
 世界を破壊しうる程の力を持ったドラゴンが二匹世界に誕生し、間もなく国中を巻き込む戦争へと発展した。
 多くの人、ポケモンが死んでいった。
 そこで双子は気付いた。
 無関係な人をも巻き込み、自分たちが原因で多くの命が失われていっていることに。
 だから彼等は互いに手を取り合った。戦争は終わったのだ。
 納得のいかない者も居た。けれど双子が必死に信頼を取り戻そうと、国を建て直そうとする姿を見て、だんだんと批判をする者は消えていった。
 二匹のドラゴンは、そんな彼等を見守り続けていた。

 時は経ち、双子の血も受け継がれていき。
 この地に平穏の時が訪れ何百年も経った。これはそんな時代に生まれた、ある一人の青年の物語。


 一


 今日の天気は曇りだ。誰が見ても曇りですねというくらいなんの変哲もない曇り空だ。少し灰色がかかった雲が青空を完全に覆っていて、いつもより少しだけ暗みを増した陽の光が町を照らしている。正午を過ぎて昼食を終えた僕はそんな町の様子を石造りの高い城から見下ろしていた。のどかな風景だ。平和なのはいいことなんだと思う。昔から婆や達から教えられてきた歴史録にある戦争の話を思えば、そりゃあ気が楽で生きやすい世の中だ。戦うのは怖い。痛いのは嫌い。でも多分、僕はこの平和を持て余しているのだと思う。要は、暇なんだ。
「暇だなあ」
 窓枠に肘を付きながら呟くと、傍にいたウォーグル――アキレアが顔を上げる。
「十回目だ」
「何が」
「今日、暇って言った回数」
「そんなの数えてるなんて、君こそ暇だね」
 呆れた声で僕が言うとアキレアは鼻を鳴らす。僕はまた外に広がる景色に視線を戻した。

 僕の耳には生まれた頃からポケモンの声が聞こえていた。
 昔はそれを当然のことだと思っていたし人間誰もがポケモンと会話をできるものだと本気で信じ込んでいた。けれど物心がついて、読み書きできるようになってきた頃に、それは異端であると教えられた。
 僕は、この国の王族の家系に生まれた四男。しかし、ポケモンの声を聞くことができる人間は同じ血が流れる人全員というわけではないらしい。
 母様は聞こえない。そして、二人の兄様も聞こえない。聞こえるのは、現国王である父様のみだ。本当は昔はもう一人居た。長男だが、生まれつきの病に倒れ二年程前に命を落としてしまった兄様だ。もしもこの兄様が今もいれば、もう少し違う生活だったかもしれないと思う。僕は四男で王の位を継ぐには遠く、またポケモンと話せるということもあってなんとなく気味悪がられて、王子といえど他の兄様に比べれば少々投げやりに扱われていた。そんな僕の良き話し相手になってくれていたのが、他でもないアキレアだ。
 アキレアや他の野生のポケモンと会話をするのは楽しかった。彼等は僕の知らないことや考えつかないことを平然とした顔で教えてくれる。その話を聞くのが好きで、よく部屋に閉じこもってアキレアや窓にくるポケモンと話したり、こっそり城を出てみたりすることが多くなった。病気でベッドに臥せている今は亡き兄様ならまだしも、もう二人の兄様方は次期王候補として優秀に勉学と鍛錬などに熱心に取り組んでいたから、僕は一層批判の目で見られるようになった。
 そんなわけで、僕はそれなりの年月を経てこの能力と付き合っていた。
 僕は割とほっとかれながらも、王子であるためか、それとも兄弟の中では一番年下であるためか、甘やかされ不自由なく退屈な日々を過ごしていた。正直、ポケモンと会話することができなかったらどうなっていたかわからない。今以上に暇な世界が想像できない。もしもそうだったら、兄様方のように学問に打ち込んでいたのかもしれない。
 毎日大した刺激も無く、同じような日々が過ぎていく。
 起きて、ご飯を食べて、何かをして、ご飯を食べて、ポケモンと話して、時々外にも行って、ご飯を食べて、寝て。
 繰り返し、繰り返し、繰り返しの日常。つまらない、つまらない、つまらない。
 僕は曇り空の下にある町をぼんやりと眺めていた。

「なら、今日も外に行くか。乗るか」
 アキレアは尋ねた。僕はそっと首を振る。
「君に乗っていくと目立つし、なんかそういう気分になれない」
「たまに乗せて飛ばないと、いざという時飛べなくなるかもしれない」
「冗談。いざ、ってなんだい」
「いざは、いざだ」
「ふうん」
 彼のいざという言葉には意味深いものがある。王族の人間はそもそもアキレアのような鳥ポケモンを必ず持つようにと昔から掟として定まっている。僕はちらとアキレアの瞳を見る。僕に与えられたポケモン。僕の相棒。僕の話し相手。僕のトモダチ。そんなアキレア。彼はいざというとき、つまり僕が危険にさらされた時僕を乗せて空を翔け逃げるためのポケモンだ。でも危険なんて想像できない。そんなの杞憂に過ぎないでしょう、なんて思ってしまう。そんな状態を否定しながら、でも、少しだけ期待してみたりもして。暇なこの日々を突き破るそんな出来事が、非日常が訪れないかなんて時々、少しだけ、考える。そんなこと、不謹慎だなんて解ってる。
「なら、今日は何をするんだ」
 アキレアは尋ねた。
「そうだねえ」
 起きて、ご飯を食べて、何かをして、ご飯を食べて、ポケモンと話して、時々外にも行って、ご飯を食べて、寝て。
 繰り返すだけだよ、アキレア。
 何をしたって繰り返すだけなんだ。
「時折、空を飛ぶのも楽しいぞ」
「なんでそんなに推すのさ」
「どうせ、暇なんだろう」
「わかったわかった」
 大して断る理由も無い僕は簡単に折れる。勝ち誇ったような笑みを浮かべてアキレアは窓の傍まで行く。窓はウォーグルである彼には少々狭い幅であるけれども、無理矢理に体を締め付けられながらも押し込めば彼は出ることができる。一度先に出て羽ばたき、傍で安定させる。そうはいっても大きく揺れている最中に、僕は窓の枠に足をかける。風をまともに全身に受けながら、手を伸ばしてアキレアの首のあたりに手をかける。そこから一気に身を投げ出す。体がアキレアに乗って瞬時に互いにバランスを取り、アキレアは滑空を始めた。
 考えてみれば、こうして空を飛ぶのは久しぶりなような気がする。
 天気は何となく鬱蒼としていて気持ちが晴れ晴れとするようなものじゃないけれど、アキレアに全てを任せ空気を切り裂いていくこの感覚、眼下に広がる人々の営みや自然の動きを一身に受けるこの感覚は嫌いじゃない。
 今日も民は笑っている。子供は走っている。時折僕に気が付いて驚いたように指を向ける人もいる。
 平和な世の中だな。僕はどこか満たされぬ心持で駆け抜けていく。要は、暇だということなんだ。


 二


「まったくもう、貴方という方はどうしてこう、サボり癖がついてしまっているのでしょう」
 正面に立つ婆やは呆れ果てたという風に愚痴を垂らす。僕とアキレアはへらりと反省の色無く笑う。もう何度も似たようなことを言われてきて、最早本気で怒ろうという気にはさせていない。
「いいですか、王子」
 咳払いを一つしてから婆やは僅かに曲がってきた背筋をぴんと伸ばす。
「貴方は列記とした王族の血を受け継いだ者であり、多くの民の先頭に自ら立ち先導し、また安寧の暮らしを与え、堂々と――」
「堂々と先祖様に恥じぬ振る舞いをしなければならない……分かっているよ」
 もう耳がたこになるほど聞いてきた。苛立ちが募り婆やの言葉を遮ると、彼女は息を詰め、すぐに重たい溜息を吐きだす。あからさまに声までつけて、呆れた感情を全面に押し出す。
「分かっているのなら行動にもその意志を見せてください。あまりにも自覚が無さ過ぎますよ」
「はいはい、今日はもう大人しくしているよ」
「頼みますよ、王子」
 同じような説教を何度も繰り返していれば、さすがにすぐに嫌になるのだろう。勿論、婆やに対して負い目が全く無いというわけではないけれど、婆やが最初告げた通りサボり癖が体に染み付いてしまっているのだろう。無気力と怠惰が纏わりついて、打破しようとすると自然と体は外に行く。
「そんなことでは、お父様である王に顔向けなどできませんよ」
 またかと溜息を吐きそうになった瞬間、僕の脳裏に何か針のようなものがちらつき、思わず表情を歪める。大したものではないけれど、妙な違和感だ。なんだろう、これ。気持ちが悪い。
「……そうやって最終手段に父様の名を出すの、やめなよ。今日はもう一人にさせて。少し頭が痛いんだ」
 婆やは何か言おうと口を開いたが代わりにまた溜息を吐き、失礼しますと一言添えると諦めたように部屋を後にする。
 ようやく僕とアキレアだけになり、元々椅子に座っていたものの今度こそきちんと腰を据えた気分になる。息苦しさが無くなって、ほっと息をつく。
「頭が痛い、か。よく言えた仮病だな」
 皮肉を込めてアキレアが口を挟むと、苦笑を浮かべる。
「半分ほんとで、半分嘘みたいなもの。実際、なんか変なんだ。目の後ろのあたりかな、変に痛む」
「おおっと本気か。まあ、ストレスのようなものじゃないか」
「かなあ」
 ストレスか。そうかもいれない。うん、きっとそう。暇を持て余しているときも説教をしているときも勉強をしているときも、いつも息が苦しい。少し気持ちが下降しているせいかな。断定してすがっておけば、少し楽になれるような気がした。
 そうだ、とアキレアが明るい調子の声を上げる。
「久々に母親のところに遊びに行ったらどうだ」
「母様のところに? うーん」
 アキレアの提案を受けて考えてみるけれど、ぴんと来ない。小さな頃はよく行っていたものの、最近はその数もめっきり減った。母様も王の妃として公務に追われる生活を送っている。言えば話す時間を作ってくれることは知っているけれどあまり邪魔をしたくないし、大きくなった今にわざわざ母様のところへ顔を出しにいくというのもなんだか子供っぽくて気恥ずかしい。
「いいや」
 首を振って断ると、滑らかに削られた石造りの机にゆっくりと突っ伏せる。今できる楽な格好だけれど、目の裏側に鈍く痛みが鳴っているのは変わらない。嫌になって目を閉じてみると、暗闇の中で一瞬だけ、ひび割れたかのような閃光がちらついたような気がした。それはこの日に限らず、しばらく僕に付いて離れなかった。


 三


 父様が死んだ。
 数日経ったある日、僕はそれを昼食を終えて部屋にいる時、焦燥と戸惑いと悲哀で混乱している男の従者から聞いた。
 父様の死は、即ち王の死を指す。
 無我夢中で僕は廊下を駆けた。全力で走ったのはいつ以来か分からなかった。長く綺麗な廊下は異様に静かである。所々に配置されている兵士や従者の顔に困惑の表情は見えない。だから従者の言葉は嘘のように思えた。まるで僕だけ違う世界を走っているような気がした。あまりに現実感に欠けていたのだ。けど従者の表情が脳裏に焼き付いて離れない。彼の恐々とした言い口が耳を離れない。やめろ。僕は叫ぼうとした。違う。息が切れる。喉が痛い。心臓が爆発してしまう。けど必死に足を前に前に前に突き出した。地を蹴る。空気を裂く。階段を駆け上がっていく。
 開け放たれた王の間。
 僕はそこに飛び込んだ。
 そこでようやく僕の足は止まった。
 耳に聞こえてくるのは叫びのような母様の泣き声。兄様達の姉様達のすすり泣く声。従者の声にならない声。ポケモンの涙の声、戸惑いの声。どうして。どうしてなんだ。彼等は問う。その中心にいる、白い顔をして横たわった父様に向かって。
 分からなかった。あまりにも現実感が無さ過ぎる。目の前に在る光景が蜃気楼のように思える。流される涙が嘘に思えた。全てがありふれている。けどこれが現実だった。僕の方がおかしいのか。速まる鼓動は落ち着かない。ポケモンと仲良くしてばかりであまり父様と接してこなかったせいか、悲しみよりも驚きの方が大きいせいか、溢れる思いは虚空に消える。僕には何も残っていない。空っぽの状態で、茫然と虚無に佇んでいた。
 心の中で誰かが、望んでいた非日常だろうと嗤った。
 瞼の裏に浮かぶ閃光は、その日を境に何事も無かったかのように影を潜めた。



 急遽必要になった王の後継者。
 順当にいけば、次男の兄様がその位に就くはずだった。代々王位はなるべく早く生まれた者に受け継がれていく。
 しかし、以前から噂はされていたことだが、城の中では、頭の回転が良く温厚な性格をした次男の兄様を推す声と、少々性格が荒々しいが明るく民からもよく好かれている三男の兄様を推す声とが入り乱れていた。今まで息を潜めていた城内の暗い部分が筒抜けに聞こえてくる。後継問題だけではなく、上位陣の中には更に上の地位を求める者も少なくないし、兄様達が若いが故に後ろから支えるように見せかけて実権を握ろうとする者もいる。下々の従者達も行方が分からぬ未来に恐々と怯えている。城の混乱は国に及ぶ。代々血縁によって受け継がれてきた王政に不満を抱いていた民が、混乱に乗じて何か企んでいるという風の噂が流れ、恐れた誰かが国に行動の制限をかける。忙しなく動く周囲は僕の意見も尋ねてくる。あなたはどうするのか、どうしたいのか。この機会に王の地位を狙ってみないかなんて、そこまではっきりは言ってこなかったけれどそういった意図が見え透いた言葉もあった。うるさかった。うんざりだ。耳障りだ。
 嫌な予感がした。良くないことが突然連鎖を起こしていく。
 平和というのはもしかしたら張りぼてに過ぎなかったのかもしれない。
「痛々しいものだな」
 アキレアの毒づいた意見に僕は頷いた。
 目の裏が痛む。以前より強く。目を瞑ると、時折知らない景色が脳裏に浮かびあがってくる。轟々と音が聞こえてきそうな狂った炎がぱっと照るのだ。思わず背筋が凍りつくような光景が怖くて、眠るのすら恐怖に感じるようになった。嫌だった。どうしてしまったんだろう。でもきっと、混乱が収束すればうまくいく。いつかきっと、何事もなかったかのような時間が訪れる。そうに決まってる。信じたい、のに。


 四


 それは突然だった。
 次男の兄様を推す勢力の第一人者である大臣が、食事の最中に血を吐いて倒れ、間もなく帰らぬ人となった事件が勃発した。死因は食物に含まれていた毒。安全だと思われていた城中での事件に、流石の僕も身の危険を感じざるを得なかった。元々明白であった敵対関係がここで浮彫になり、兄様同士もいがみ合うことが多くなる。彼等は僕と違い、王を目指し真摯に実績を重ねてきた。その裏には血肉を削るような苦労があったことを知っている。だからこそ、頂点に拘った。些細なことでも食ってかかり、互いを罵り合う。殊更、政治に関する議会ではその様子が明らかだった。二人の兄様。その後ろに並ぶ多くの人々。意見が飛び交い、収まりを知らない。トップが崩れると、必然的に民の生活も不安定なものになる。顔を隠し城下町の様子を伺うと、以前とは違う町の光景に胸が締め付けられる。上昇する物価、増加する路頭に迷う人々、武器を集めている民の姿。見ていられなかった。廊下を歩いていても今にも切れてしまいそうな吊り橋のような不安定さが露骨に滲み出ていた。
 目に映る炎の景色は日に日にはっきりとしたものになっていく。口にすると本当のことになってしまいそうで、アキレアにも伝えることが出来なかった。怯える毎日に終止符が打たれることをただただ願っていた。でも、心のどこかでそれはもう無理だと囁く声も確かに聞こえていた。
 勿論、この真っ二つになってしまった関係を修正しようと動いている者もいた。母様はその群に入る。前王妃である母様の発言力は特に大きい。
「戦争なんて、絶対起こしてはいけない」
 母様は繰り返した。議論は既に無意味だと断言し戦を唱える声が出るようになってから、口癖のように言う。父様と共に国を支えてきたその力強い瞳で威圧する。
 僕は、どちらにもつかない立ち位置にあったけれど、根本的に母様達とは大きく違う。ただ、途方に暮れていただけだった。頭痛はひどくなっていく。部屋を出るのも起き上がることすらも辛い程に。想像上の爆音が、まるで本物のように脳内に響いていた。

 そして。
 突然の爆発音が遂に現実に鳴らされた。警笛が響く。元々の政治への不満に加えて現在の生活に耐えきれなくなった民が城下町だけではなく各地から集まり、大群を作りだし、ポケモンも引き連れ、王政を拒絶しようと武器を掲げた。対抗しようと軍が出撃する。その混乱に乗じ、今までの言葉を良しと思わず邪魔者と判断された母様目がけて刃が振り下ろされた瞬間、全体は一声に号をあげた。剣のぶつかり合う音が木霊する。矢が飛び交う。しかし、強いのは何よりもポケモンだった。鍛えられ人間よりもずっと強い力を持ったポケモンが、それぞれの主人の指示に従い、壊していく、焼いていく、殺していく。戦いは戦いを呼び、瞬く間に広がっていく。もう、話し合いの言葉など無かった。僕はアキレアに乗り、城を脱出した。兄様達は勿論多くの大臣達なども身の危険を感じ城を離れる者も現れた。そうすればそれを追いかけ、また戦火は広がっていく。
 知っていた。僕は、知っていたのに。

 ある時だった。
 僕は寝床にしていた場所がまた危険に晒され再び逃げている最中で、フードのついたマントを身に着けて外から自分を隠し、アキレアの飛行術に身を任せていた。
 既に荒んでいた町を通り過ぎ、まだ鮮やかな緑の残る草原の上空。異様な空気感を敏感に掴み取ると、はっと空に視線を突き刺した。
 黒い雲が空を覆い、熱風が上空に吹き荒れる。凍り付いてしまったかのように目が離せず、息を呑みこんだ。気温が一気に上昇したかと思えば、瞬いた瞬間に地上に炎が爆発した。雲間で稲妻が何百と光り始めた次瞬、張り裂けるような特大の電撃が轟いた。一瞬の出来事だった。めちゃくちゃに凄まじい光を塗りたくったかのような衝撃。新種の兵器が炸裂したのかと最初は思った。僕達も圧力に押され一気に吹っ飛ばされる。すかさず、アキレアは驚異的な反射力で自身を捻り一気に急降下、空を落ちる僕に縦に寄り添う。僕は風で張り裂けそうな腕を懸命に伸ばす。痛い。金切声が手元から聞こえてくるみたいだ。地面が近づいてくる。嫌だ。ほんの少し腕に力を入れてアキレアの体に触れた瞬間、彼は重力加速による運動エネルギーをうまく殺しながらふっと掬い上げる。間一髪。僕はアキレアの体にしがみ付いた。全身が震えて止まらなかった。一気に喉の奥の方から嗚咽が跳び上がってくる。
 そこで僕は全ての光景を目にする。
 炎が叫んでいた。
 そこは、文字通り地上に広がった火の海。
 まるでその突然の爆発に触発されたかのように地上が大きく揺れる。巨大な雑音が掻き鳴らされる。悲鳴が聞こえる。そして息を止める。少し遠く、大人しかった山の頂が赤く光り、猛烈な煙が空へと高く上がっていき――。
 咆哮。
 爆発。
 慟哭。
 重なる。圧し掛かる。掻き回す。異臭が鼻を衝く。喉を競り上がる焦燥。まともに呼吸をしているかどうかすら危うい。全身を貫く轟音と爪のような疾風。またどこかで爆音が響いた。右方向。隕石のようなものが空を飛び交う。黒い煙が一面を覆う。甲高い悲鳴が耳に届く。それも煙に埋もれていく。少し距離を置いたところ、火砕流が唸りを上げて雪崩れる先にはいくつもの人の姿があった。違う。僕は目を背けた。違う。違う。あれは人じゃない。人の形をした何かだ。生き物じゃない。違う。助けを求める声も幻聴だ、まぼろしだ。怖かった。やめろ。怖い。怖い。やめて。死にたくない。しにたくない。
「――ぼーっとしてんじゃねえッマスター!」
 張り裂けるような叫びに気を取り戻す。慌てて体勢を低くしアキレアの胴体にしっかりとつかまる。
「クソッ……なんだあれは」
 速度を落としながら苦々しい声をあげるアキレアの声にちらと視線を上げ、絶句した。暗雲の下、無数ともとれる翼を持つ生き物たち――ポケモンの姿が正面に群がっていた。群れに統率があるわけではない。皆混乱している。偶然か故意的か互いに衝突し合って、力を無くした者は容赦なく空中から叩き落とされる。また一匹、羽を散らし虚空から地面へと真っ逆さまに落下していく。遠目でもはっきりと捉えられる。何をしてるんだ。何が起こってるんだ。アキレアだけなら切り抜けられるかもしれないが、僕が背中にいては大した技を使うことができないだろう。
「迂回する! 振り落とされるなよ!」
 僕は大きく頷くと、アキレアは再びスピードを上げた。大きく右方向へと転換する。
「気を確かに持てよ、マスター……こんなの絶対にずっとは続かない。また穏やかな時が来る!」
「ああ……!」
 胴体が傾き重力と風圧とが襲い掛かってくる。
 視界の端で、群れから落とされた何かの鳥ポケモンがひび割れた大地に吸い込まれていくのを捉え、僕は見て見ぬふりをしようと顔を背ける。
 と、切り裂く風の刃。それがポケモンの技であることはすぐに分かった。群れの何かが発したものが零れてきたのか。激痛と大きな揺れがたたみかけてくる。完全にバランスを崩したアキレアに僕は必死にしがみ付こうとした。
「グッ」
 アキレアは顔を歪めながら体勢を立て直そうとするが、散らばった羽を空中に残しながら地上への落下は止まらない。どんどん地面は近づいてくる――。
 僅かに羽ばたく。力強くしがみ付こうとする。次点、彼の大きな体がクッションとなったものの弾けるような衝撃が襲い掛かり、いつのまにか僕は宙に投げ出され、理解をする前に体は地面に打ち付けられていた。
 割られたかのような痛みで体が痺れていたが、耐えながらゆっくりと上半身を起こす。その間もぶつけたところや擦ったところが引き留めようとするかのように激痛が走る。眩む視界で体を見れば、血が滲んでいる箇所もある。頭上から垂れる存在を感じた時、頭も強く打ったことを改めて実感した。
 地響きが唸りを上げる中、僕は視界を広げ、アキレアに目を止める。
「アキレアッ……」
 痛い。何もかもが痛い。地面を擦りながら、激痛と戦いながらアキレアの様子を見る一心でただただ歩みを進める。僕はアキレアの体のおかげで落下時の一番大きな衝撃を食らうことは無かった。しかし、アキレアは直接叩きつけられている。なんとか動こうとしている兆しは見えるものの、僕と違って殆ど動くことはできない状態にあるようだ。ようやく手が届く位置までやってくると、僕に気が付いて視線を向けてきた。
「マスター、無事か?」
 苦し紛れの声でアキレアは呟き、ゆっくりと体を起こそうとする。僕はそれを支えるが、やはり痛みが辛いのだろう、苦い呻き声を漏らす。同じくらいの目線になったところで改めてアキレアを見る。彼は安堵したのか、穏やかな瞳をしていた。なんでこんな時まで僕の心配をするんだよ。ボロボロな体でそんなこと言うなよ。どこまで主人重視なんだよ。そんな風に育てられてきたからって、おかしい。
「おかしいよ、アキレア。君は、おかしい」
 アキレアがそれを聞くとふっと嘲笑を漏らした。
「今のこの状況でそんなこと、言えるのか」
 硝煙の混じった風が突き抜けていく。
「世界の方が、よっぽど狂ってる」
 雷の光が白く周囲を照らす。間伐入れずにやってくる轟が地を揺らす。けれど驚かない自分にふと気が付いた。慣れとは恐ろしいものだ。狂ってる、確かにそうだ。こんなのおかしい。変だ。怖い。おぞましい。なのに、受け入れている自分がいる。ああ、もうわけわかんないや。どっちがおかしいんだよ。何が普通なんだよ。普通ってなんだよ。何から逃げてるんだっけ。どうして逃げているんだっけ。何を必死になって生きているんだ。
 僕はふいに顔を上げた。遠くで光るマグマの褐色。暗雲から走る稲妻。収まらない地震。変形する大地。掻き消された悲鳴。
 意識が遠ざかりそうな眩暈が襲う中、二匹のドラゴンの姿が脳裏を光った。
 これはきっと、世界の終わり。
「マスター」
 呼ばれてはっとアキレアを見る。
「俺はこの通り、もうマスターを乗せて飛ぶのは、無理だ」
「……」
「今ので一気に疲労まできやがった。体がどうも、動かねえんだ」
「置いていけって、いうのか」
 震えた声でゆっくりと言うと、アキレアは静かに頷く。
「足手纏いはいらない」
「……できない」
「切り捨てろ」
「できない」
「死にたいのか」
「違う」
「なら、行くんだ」
「できない!」
「甘えんのもいい加減にしろ王子様!!」
 怒号の炸裂に思わず怖気づく。
「あんたが生き延びなかったら、俺はなんのために今まで飛んできたんだ、なんのために逃げてきたんだ! ここで俺のために残り、共々溶岩に飲まれるか雷に焼かれるかするのか? ふざけるのも大概にすべきだ」
 ここまで感情に任せ怒りを露わにしたアキレアを、僕は見たことがなかった。それ故に、驚きと戸惑いで僕はすぐに言い返すことができなかったのだ。
 僕等の間で重い沈黙が流れる最中も、周囲の環境は更に火に呑まれていく。熱風が吹き荒れる。気管が膨れ上がり、中で破裂してしまいそうだった。苦しいけれど、僕はアキレアを置いていくという選択肢がどうしても頭の中に出てこなかった。
「君は勇敢な空の戦士と呼ばれるポケモンだろう」
 アキレアは視線を上げる。
「なら、一緒に来い」
「……」
「君がいなければ、僕にはナイフ一つしか残らない。何もできない。だから、来い」
 アキレアは僕を目を丸くして見つめていた。彼を説得させるためではあるけれど、誇張し格好つけた台詞は彼にそれなりに響いたようだ。元来鋭い彼の眼光に負けないように僕も睨むような勢いで視線を送り続けた。


 五


 それから大地を焼き払う天変地異は三日三晩続いた。その間、潜りこんだ洞穴に身を潜めていたものの安寧の時を得ることができるはずもなく、怯えながら、ほぼ眠ることもできずに固い地面の上でただただ時間を過ごしていた。袋に入っていた乾物の食糧は一度の食事で齧るほどに抑え筒に入った水も舐める程度。しかし元々量が少なかったこともあって底をつき、体は衰弱して、僅かな痙攣が全身に纏わりつく。それでも外に顔を出せばいつも炎が地面から空高く昇り立っていて、とてもそこから出る気にはなれなかった。
 そして今日、ぼんやりと寝転がっていたところ、顔に冷たい何かがかかり、驚いて咄嗟に飛び起きた。
 恐る恐る当たった部分を撫でてみると、透明に光る液体が指を垂れる。水だ。はっと頭上を見る。天井に滴り、また落ちる。僕は傍らに横たわるアキレアを残し、何度往復したか分からない凹凸の激しい道を再び辿る。何が突然起こってもいいように片手にナイフを掴んだまま、息を潜めて入口へと向かう。
 漏れてきた光の具合から、少なくとも夜ではないようだ。そして耳に聞こえてくるのは――雨だ、雨の音だ。けど、洞穴に浸透して雨漏りをおこす程ということは、余程強いものに思われた。実際、まだ外まで少し距離があるのに聞こえてくる音が生易しい小雨程度のものでないと教えてくれている。
 足元にも水溜りができてきた頃、僕は洞穴の入口の近くまでやってきて、歩みを止める。
 叩きつけるような土砂降りの雨に包まれ白く霞んだ外の景色。今まで見てきた赤黒い光景とは明らかに様子が違う。
 ナイフを握っていた手の力は抜け、一歩、また一歩と外へと近づいていく。
 立ち上る白いものは、霧であり雨であり、煙だ。まるで地上が熱に覆われていて、そこに雨が叩きつけられ湯気が噴き出しているように見えた。
 空は塗りつぶしたような黒い雲が覆う。
 一面が白黒の景色の中で、耳を劈くような激しい雨を以てしても未だ消えない赤い炎が遠くで凪いでいる。
 こんな場所、僕は知らない。
 こんな景色、僕は知らない。
 心にはただ虚無が残るだけ。
 なんでだ。
 なんでだよ。
 こんなのおかしいだろ。
 おかしいのは僕の方なのか。
 狂ってるのは僕等の方なのか。
 ――違う。
 違う。
 足を踏み出した。ボロボロになった靴はもうその役目を全く果たしていない。落ち着いてきたはずの傷を雨が抉り、痺れる。けど、何故か心地良さすら感じる。冷たい。寒い。痛い。そんな端的な感情だけが確かなものだった。
 うるさい。雨の音が五月蠅い。
 傷に染み、切り裂くような痛みが走ろうと、ただ歩き続けていた。なんのあても無く、かつて草原だった場所を、かつて町だった場所を、かつてヒトがいた場所を、かつてポケモンがいた場所を、歩く。
 ここは一体どこだろう。僕は王族で城に籠った生活を送っていたけれど、よく様相を隠して町にこっそり遊びに出ていた。全てを把握していたわけじゃないけど、ある程度の地理や人々の顔は覚えている。美味しかった食事の店やかっこいい武具が売られた店や、笑う子供がはしゃぎまわる広場など、印象深いものは目を閉じてもはっきりと思い出せる。けど、今実際に見ているこの世界はどうだろう。
 何も無かった。
 果たしてこの状況を形容する言葉が他にあるだろうか。
 何も無いのだ。
 浅黒く焼けて所々ひび割れた大地があるだけ。
 それでも何かあったことを示そうと辺りに敷き詰められた、水に浮かぶ灰。倒れた誰か。倒れた何か。確かに息吹いていたものは焼き尽くされ、今、雨に打たれている。
 静かだった。
 うるさいのに、しずかだった。


 はは。
 なにもないや。
 この広い広い荒野に一人だけ歩いている。
 遠くまで何もかも見えるよ。
 こんなにここは広い世界だったんだ、知らなかった。
 あははは。
 ぼくはなんてちっぽけなんだろう。
 世界がおかしいんじゃない。僕がおかしいんでもない。
 全部おかしいんだ。
 何もかも狂って、そして日常にまた溶けていくのか。

 僕は、嘲笑した。


 視界に遠方の景色まで入っていたからこそ、僕はその存在に気が付いた。
 白く霞むような中で、黒く影が動いている。瞬間、一気に雨の音が耳元で強く鳴り始める。鼓動が強く速くなっていく。目を凝らしてその存在を捉えようとする。固まったまま動かないでいても向こう側からやってきて、だんだんとその姿かたちがはっきりと見えてくるようになる。
 蒼い空の色を纏って強靭に鍛えられた四肢の体。黄金の二つの長い角を生やし、そのすぐ下で同じく金色に染まった瞳がまっすぐにこちらを見つめている。凛と歩くその姿に僕は既視感を覚えた。昔話を集めた書物などで何度か目にしている。名前はそう――コバルオン。いくつものポケモン達を先導し守る、勇敢な戦士。
 実際に目にするのは初めてで、僕は思わず息を呑む。
 コバルオンははっきりと目に見える位置までやってくる。警戒しているのか間合いをとっているものの、十分だった。その鋭い目に捉えられて、僕は身動き一つできないでいた。再度雨の音は遠くなっていく。傷の痛みも痺れて逆に何も感じなくなっていた。
「こんな雨の中で歩く人間が居たとはな」
 少し低いトーンの声が聞こえてくる。
「……僕も、ここで生きている者と会えるとは思っていなかった」
 自然と口走ると、コバルオンは面食らったかのように目を丸くし、体勢を僅かに低くして警戒を強める。僕は息を呑んだが、あらかじめ僕が何を準備しようと、生身の人間と伝説と言われたポケモンとで取っ組み合えばどちらが勝つか、答えは明白だ。
「……人間、私の言葉が分かるのか」
 人間、とは僕のことを指しているのだろう。初めて使われた二人称だけれど他に居ないのだから当然僕のことだ。恐る恐る頷くと、コバルオンは目を細める。
「王族の人間か」
 今度は僕が驚く番だった。
「どうして分かったんだ」
「王族の家系では代々何人かそういう人間が生まれる。先祖の血なのだろうが……まさか生きている者が居たとはな」
 その言葉に僕の頭から血の気が引く。傍に居た人々の顔が一瞬で掻き消されていく。追い打ちをかけるように、コバルオンは一歩、二歩と前に踏み出した。
「言葉が分かるなら、話は早い」
 僕は頭を掠めた危険信号の光に従い、一歩、二歩と後ずさる。
「何をやったか、人間が何をしたのか、解っているのか」
 衝動や感情を無理矢理力づくで押し殺しながらゆっくりとコバルオンは話し始めた。けれどそこに込められた思いは突き刺さるように飛んできて、言葉が出てこなかった。距離が離れているのに、見えない圧力で口を押し付けられているようだった。
 土砂降りの中で、コバルオンの体には無数の傷がついているのに気が付いた。切り傷や、擦り傷。止まってはいるものの明らかに血が出ていたであろう大きなものもある。
「醜い争いを始めポケモンまで使い、野生の者達の住処も戦火に巻き込んだ。私とその仲間で、人間と戦った。ポケモン達を守るために。今までは達観していても、仲間を傷つけられれば話は別」
 責められているのだ。そして、コバルオンの言いたいことも理解できた。
 この状況で言い訳もできないから僕は口を紡ぎ項垂れていた。僕は戦争に賛同してもいなければ反対もしなかった。傍観という形をとって目を背けたに過ぎない。関係が無いようで、関係が有る。ただ、何を言ったところで、嘘っぽい戯言しか暇を弄んできた僕の口からは出てこないのだろう。
 正面から痛いほどに突き抜けてくる感情は、怒りも悔しさも哀しみも重なり合った、殺意そのものなのだと、漠然と理解した。
「僕を殺すのか」
 敢えて先手をとると、コバルオンの足が止まった。
「僕を殺したところで、何も解決しない」
 雨の沈黙が流れる。力が抜けている僕に対して、コバルオンはなんて強い瞳だろう。そのまま視線で貫かれてしまいそうなくらいなのに、僕は何故かそれを平然と受け止めている。
「他のポケモン達は死んでしまったのか」
 コバルオンが咄嗟に睨みをきかせ、びくりと背中を震わせる。
「仲間と共に安全な場所に避難させている。どんな危機が迫ろうと、どこか穴はあり、何者かは生き残る……たとえそれが一握りでも」
「そうか……良かった」
 なんの考えもなくただ正直な気持ちが口から出る。
「……不思議な奴だ」
 コバルオンは怪訝な表情を浮かべたまま言う。不思議も何も、僕は思ったことを口走っただけだ。
「ポケモンは何も悪くないんだ」
 僕は右手を握りしめる。
「無関係に戦火に巻き込まれた人も多くいた」
 煤と成り果てた横たわる何かを横目に、僕は言葉を詰まらせる。
「どうしてこうなったんだ……正しいとか悪いとか、そんなことでどうして戦わなければなかったんだ……」
 ぽつりぽつりと出てくる言葉が聞こえているのか聞こえていないのか解らないけれど、コバルオンは黙って僕を見届けていた。
 そして止めていた足を僕は動かし、コバルオンの方へと歩みを進める。コバルオンが警戒を強めて威嚇をしたのに気が付いたけれど、それに怯えることはなかった。大きな水溜りを静かにゆっくりと踏みしめて、コバルオンの横を通り過ぎる。
「……どこへ行く」
 後方のコバルオンの尋ねた声に立ち止まった。
「城に行く。あそこからなら、全体を見渡せる……」
 雨脚が強くなる。
 再度歩き始めるが、コバルオンが追ってくるような気配は感じられない。耳に届いてくるのはただ雨の音だけ。


 歩いて。
 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
 それでも城は見えてこなかった。これほど視界は開けているのに、欠片も見当たらなかった。それが何を示すのか、かえって冷静になった頭で大体予想はついている。それでも足を引きずり続ける。
 と、僕は足に固いものがぶつかったのに気が付く。当たったものを確かめようと拾い上げると、黒い煤の上に泥を重ねたような状態の、掌より少し大きい程の石だ。降りしきる雨水を使って付着したものを払うと、見覚えのある灰色の様相が顔を出す。視線を上げて辿るように見てみれば、同じような石がたくさん落ちていて、少し距離を置いたところに巨大な瓦礫の山があるのに気が付いた。巨大な建物が倒れ込んだような跡だった。
 拾った石を捨て、僕は弾けるようにその場を走り出した。服は存分に水を吸って重たいうえ、随分体力も削られているために少し走っただけですぐに息が上がる。掠れた息遣いで瓦礫の麓までやってくる。
 よく見てみれば周囲には同じような石の瓦礫がいくつも点在していた。草原が広がり木々があったことを示すような焦げた物体も存在している。
 僕は咄嗟に瓦礫の山に手をかけていた。石を拾っては捨て、拾っては捨てを繰り返す。時折ナイフも使い少しずつ掘り進めていく。刃物のように鋭くなっているものもあって、手にいくつもの傷がつく。がらん、がらんと音が虚しく響く。赤がこびり付いた石を見つけた途端、心臓が大きく跳ねる。寒さで手が凍えて思うように動かなくなってきた頃、掘り下げた隙間に汚れた肌色の存在を目につけた。喉が詰まる。コバルオンの放った言葉が脳裏を駆ける。もう、それ以上見たくはなくて、目を背け、僕は瓦礫の上に座り込んだ。雨が激しく打つ。手が震えている。呼吸ができない。心臓が高鳴って、思考が浮遊してしまいそうだ。
「……」
 僕は視界の右の端に、銀色の棒が瓦礫に刺さっているのが映っているのに気が付き、その傍まで体を引きずる。刺さっている部分の石をいくつか転がり落とし、僕はその棒を引っ張る。深く突き刺さっているのかうまく出すことができず、もう一度根本の石を掘り返す。再び棒を掴み、全体重を後ろの方にかけると、がらりと瓦礫の崩れる音がしたと同時に僕の体は後方に落ち、地面に当たって殴られたような衝撃が頭に響く。激痛にしばらく動けなくなって固まっていたが、少し落ち着いてきた頃、寝転がったまま出てきた少し重い棒の全貌を視界に入れる。
「……国旗」
 砂や煤を被り汚れてはいるもののそれは正しく、白と黒を基調としたデザインの僕達の国の旗だった。
 数秒間それを見つめた後、僕は国旗のついた棒を肩に乗せてその場を後にした。


 雨が少し弱まったように感じられてきた頃、元の道を辿っていると同じようなところでコバルオンがまだ居たことに気が付いた。コバルオンも僕の存在に気が付いていて、先程の鋭い視線とは裏腹に憐れんだような目で僕を見ている。
「城は無くなっていただろう」
 頷く。
「それはなんだ」
 コバルオンは顎で指す。棒を揺らしてみせると、コバルオンが頷いた。
「国旗だ」
「国旗?」
「残っていたんだ」
「なぜ持っている」
「持とうと思ったからさ」
 意味が理解できないようでコバルオンは目を細めて僅かに首を傾げる。
 鉛のような沈黙に包まれ、それでも僕等は一歩もその場を動くことができないでいた。お互いに探り合っているような、奇妙な空気感に包まれている。
 先に静寂を破ったのは、静かに滑るコバルオンの言葉だった。
「……生きている人間はお前だけではない」
「……」
「奇跡的に生き残った者もいるし、遠くに足を運べば誰かは存在している。そこを目指すがいい。そして、もう私達とは関わらないようにしろ」
 僕は視線を上げ、コバルオンを見ると首を軽く横に振った。
「コバルオン、それじゃあ何も解決しない」
 彼に一文一句はっきりと聞こえるように、強い口調で話を始める。
「僕等が目指すべきは、過去の過ちも全て受け入れ、平和を取り戻すことだ。戦いは何も生み出さない。今、この惨状を見て分かる。哀しみを生むだけだ。虚しすぎる。この国は壊れすぎた。直さなくちゃいけない。けど、ちっぽけな力を持った人間の力だけじゃ無理なんだ」
 コバルオンはじっと僕の瞳を真摯に見つめている。
「人間とポケモン――二つの種は絶対に共存できる。僕は信じてる」
 敢えて語尾を強め、旗を持っていない左手をコバルオンに向けて差し出す。
「コバルオン、手を貸してくれ」
 先程瓦礫を発掘した行為のおかげで掌は擦り傷が多くできていて、血が滲んでいた。雨水が当たって、流れていく。
 コバルオンは冷静な表情で僕の左手を見やり、長考していた。或いは僕の意志を勘繰っているのかもしれない。
「……否、だ」
 ゆっくりと紡ぎだされた言葉に僕は若干唇を噛みながら、それでも出した左手を下ろさない。
「私は人間の始めた争いを許すことはできない。人間が私達の仲間を使って戦ったことも、住処にまで火を及ぼしたことも……これから一切そんなことが無いと、永久に無いと言い切れるか」
「……」
「言えないだろう。人間はそうだ。常に利害を考え、自分の考えが正しいと押し進めようとし、だめならば、強行突破も辞さない……。以前、この地で大きな争いがあった時からそうだった。どうしてゼクロムやレシラムが当時の戦いに参加し、人間を信じ見守り続けてきたのか……私には分からない。けれど、彼等も今回で分かったのだろう。人間は結局、争うのだと。だから、焼き尽くしたのだ」
「……」
「この惨劇は、ドラゴンの怒りだ」
 コバルオンは最後にそう言い放つと、踵を返して少しずつ僕から離れていった。だんだんと離れていく後ろ姿を追う力が残っていないことに、僕は愕然とする。けれど、たとえばまだ元気があったとしてもコバルオンを追えば返り討ちにされるだろう。それほどに彼の怒りもまた、すぐに癒えるものではないのだ。ポケモン達を守りたいという思い、人間への憎悪、自らのプライド……コバルオンにも抱えるものがたくさんあるのだろう。それを、突然現れた僕が簡単に動かせるものではない。
 僕はついに左手を下ろし、怠惰と疲労に塗れた帰路を辿ることにした。


 六


 なあ、アキレア。僕はずっと現実から目を背けていたんだ。家庭教師の時間をさぼったり、剣術の訓練が嫌で町に飛び出したり、兄様達の頑張っている様子を遠くから眺めていたり。人間は平等だと思うけど、王族にたまたま生まれてしまったからには、それなりの心持でいなければならなかったはずだ。将来、王になるかとかそういったことは別にして、最低でも王の補佐といえる位置には辿り着く。けれどそれからも目を逸らしていた。周りがなんとかやってくれると呆けていた。
 けど、今を見てくれよ。誰もいないんだ。僕が、現実と無理矢理にでも向き合わなければならない。
 そうして改めて考えた時、思ったんだ。
 今までの状態でいて戦争が起こるのなら、変えるしかない。考えを改めて、また零から始めるんだ。
 零から。
 多くの犠牲を払った上で、進まなければならない。生き残った者達は、今回のことを教訓にしなければならない。誰かがやるのを待っていられるような状況ではないんだ。生き残っている誰もが、未来を切り開かなければこの状況を打破することはできないんだ。
 様々な怒りも哀しみも全て受け入れる。
 不思議なんだ、僕には何も無いのに力が内側から湧いてくる。目を閉じると、遠くの景色が見える。雲間から光が零れてくるのが見える。
 明日、もう一度コバルオンに会いに行く。
 僕はやる。
 これは僕にできる祈りであり、懺悔なんだ。
 そんな僕を、君は見守っていてくれるかい。


 七


 雨は上がっていた。けれど煙を吸い込んだ暗雲は相変わらず空を覆っており、太陽の光がまともに差し込んでいない。
 僕は肩に国旗を担ぎ、再び昨日の道を歩いた。道とはいっても、荒廃の地をただただまっすぐ歩くだけ。心はいやに静かだった。雨の音が無くなって物理的に音が消え去っているせいかもしれない。無音だった。時折吹く風が地面を撫でるくらいなもので、その中を僕の小さな足音が響いていた。こうしていると、生き残っているのは自分だけなんじゃないだろうかという錯覚に襲われる。こんなに広いところに、ひとりだけ。ふっと地面が無くなったかのような妙な浮遊感に似た恐怖心が淀む。心臓が高鳴る。掠れたようにボロボロになった国旗が揺れる。かつて息吹いていた何かの灰が通り過ぎていく。心を締め付ける孤独感を胸に、息の詰まる静寂の中を歩みを続けた。
 当然一言も喋ること無く、僕はかつて城だった瓦礫の山の傍までやってきて目を細める。
 昨日視た通り、コバルオンはそこにいた。
 倒れ込んだ塔の傍で、まるで待っていたかのように僕には見えた。
「……コバルオン」
 呼んでみたものの、視線も彼はこちらに向けず微動もせず、瓦礫のてっぺんのあたりを眺めていた。元々大きな建物であったが故に崩れ去っても絶望しそうなくらい大きく、コバルオンの何倍も何倍も高い。勝手な思い込みだろうか、悲哀を携えた視線を投げかけているように見えた。
 僕は溜息をつくと、少しずつコバルオンの元に近づく。
「瓦礫を片付けにでも来たのか」
 突然声が出され足を止める。けれど彼が動かしているのは口のみで、表情すら殆ど変化がない。
「無残なものだな。人間の所業というものは、こうも容易く壊れてしまう」
「……壊れたものは、直せばいいだけだよ」
 僕は肩に重く圧し掛かっていた国旗を瓦礫の上に横たえる。一気に身が軽くなり、ほうと息をつく。
「もう何も無い。失うものも何も無い。もう、作りだしていくだけ」
「それが難しいことだと、解っていてもか」
「十分に知っている」
「……何故希望を持てる」
 コバルオンの問いに僕は口を紡ぐ。
「家を失い家族を失い絶望し、海に身を投げる者も少なくない……それが現実だ。何も無いことに恐れは無いのか」
「恐れ、か」
 僕はぽつりと呟き、今の心境を顧みてみる。けれど、コバルオンの言葉と僕の心は一致しなかった。例えるならば、波紋一つ広げず風も吹かない、そうして無音に佇む湖。或いは、しんと沈み自分と同化した夜の空。いや、夜よりも朝に近い。朝焼け。まだ人もポケモンも風も目を覚ましていない、朝焼けの風景。自分でも疑問に思うほど心は凛として、穏やかだった。空っぽなせいかもしれない。でも、もう僕の心は何も無いわけじゃない。
「ただ生きるために逃げていた時や、昨日の土砂降りの風景を思えば、もう何も感じない」
「……不思議な奴だ」
 昨日と同じ台詞をコバルオンは吐いた。
 不思議、か。もうそれでいい。第一そんな言葉、今の世界では通用しない。何もかも普通ではないのだから。
「そうやって心を掻きたてているのは、責任感か?」
「責任……そうかもしれない。コバルオン、君にも僕の気持ちは解るんじゃないかと思うんだ」
「……」
「君は、多くのポケモンを守る戦士だろう。責任感と言えば、一流だ。責任なんて言葉、本来は僕には程遠い。そんな生活を僕はしてきた」
「……」
「けど、そんなことは言っていられない」
 僕は屈んで倒していた国旗に手をかけ、一気に持ち上げた。
「今までの自分も王族の行いも戦争も、全て過去にあった真実。それを全て受け止める。君を含めたポケモンや生き残っている人の、哀しみや怒りも全部受け入れる。僕はポケモンと話せる力を今までどうと思うことは無かったけれど、今なら解る。人とポケモン、両方を受け止め共存の架け橋となるために受け継がれてきた力なんだ。そして僕が王族として生まれてきたのは、多くの民を率いていくため。当たり前のようで、解っていなかった」
 僕はゆっくりと瓦礫に足をかけた。慎重に上がっていく。右手に持つのは、ボロボロになった国旗。所々破れて煤を被っても、生き残っていた国の象徴。
 時折足を滑らしそうになりながら、一歩一歩確実に踏みつけていく。この下には、何も無いのに、多くの哀しみが溢れている。それを僕が背負いきれるのか。それは想像もできない。
 顔を上げる。
 暗雲を睨みつける。
 右手に力を込める。
 風に旗がはためく。
 大きく息を吸う。
 頂点に辿り着いた時、僕は振り返りコバルオンを見下ろした。
「僕には未来が見える!」
 力の限り、叫ぶ。
「絶対に国を造り変えてみせる!!」
 空気が震えている。かつて空っぽだった心に、稲妻のような衝動と、炎のような情熱が湧き上がってくる。
「コバルオン、共に行こう! そして、作ろう。新しい、イッシュの国を!!」

 棒を握りしめている右手に左手も添えて、振り上げた。
 直下、渾身の力を以て瓦礫の山に国旗を突き刺した。足元の石が弾けとび、白と黒の伝説のドラゴンを称えたイッシュのシンボルが広がった。

 コバルオンはしばらく視線を重ねた後、強靭な足腰で瓦礫の山を軽々と駆け登っていき、あっという間に僕の傍までやってくる。正義を掲げ威圧感を兼ね備えた瞳が、優しく光ったような気がした。
「真の心と見た」
 旗を挟み、僕の隣にやってくる。
「信じてみよう……お前の理想を」
 噛みしめるようなコバルオンの言葉に、僕は、ずっと忘れてしまっていた穏やかな笑顔を自然と零す。

 一呼吸を置くと、視界に眩さがちらつき、暗雲の切れ間から太陽の光が差し込んだのだと気付いた。
 荒れ果てた広い広い大地の上に、国旗が風に乗って力強く揺れた。



 了
メンテ

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