夢追い人の代償 ( No.4 ) |
- 日時: 2012/04/29 20:18
- 名前: 夜月光介
- テーマB : 毒
−ポケモン全国図鑑568−
ゴミぶくろが さんぎょうはいきぶつと かがくへんかを おこした ことで ポケモンとして うまれかわった。
ボクがボクであると言う事を最初に認識したのは腐臭漂うゴミ捨て場からだった。 周囲に誰もいない暗がりにたった1人でいたボクに声をかけてくれる者は誰もいない。 時折ボクと違う姿をした二本の足で歩く者達が色々な物を捨てていくだけで、ボクに気付きもしなかった。 たまに気付かれても悲鳴を上げて逃げ出されるか、悪態をつかれ捨てていく物を投げ付けられたりするだけで、近付いてもくれない。 ボクは、孤独だった――
常に日が差さない暗がりがボクの場所で、世界の全て。 日が差している場所には沢山の二本足で歩く者達がいたけれど、傷付く事が怖くて外に出る事が出来なかった。 ココがボクの生きていく場所。例え拒絶されようとも、居場所はあるのだと慰めにならない慰めを自分にかけて、何もしない日々を過ごす。 そんな日々を送っていた時に、ボクは彼女と出会った。 何時もの様にただ何もせずにいた時、明るい大通りの方から二本足で歩く小さな者がやってきて、通り過ぎようとする。 『待って!』 ボクの声は多分正しくは伝わらなかっただろうけど、ボクを認識して近付いてきた。 「貴方も、私と同じなの?」 ボクには何を言っているのかが解らなかったけど、ボクと同じで哀しそうな顔をしているなと思った。 何かを取り出して、ボクに投げ付ける。不思議と避けようとは思わなかった。それは拒絶では無いと思ったから。
カナエは人間の女の子だった。 人間と言う生き物、ポケモンと言う生き物、ボクがいた場所、ボクが今いる場所。 全てカナエがボクに教えてくれた。カナエは博識でボクが質問をすると何でも答えてくれる。 『ボクはポケモン?』 「そう、貴方はポケモン。ヤブクロンって言う、ゴミ袋から生まれたポケモンなの」 人とポケモンの成り立ち、沢山の建物がある街、ポケモントレーナー、あるいはブリーダー…… カナエは物知りではあったけれど、ボクと同じで皆から少し距離を置かれている女の子だった。 「私が羨ましいのよ、きっと」 そう言ってカナエは何時も笑うけど、ボクから見ればとても羨ましい生活とは思えない。 朝から夜まで勉強、勉強、勉強……学校でも塾でも自宅でも、殆ど休まずに勉強を続けている。 本来ならボクみたいに友達や、仲間が欲しいと思うだろうに学校や塾では教師、家庭では親が常にカナエの事を監視していた。 「お前は他の有象無象の連中とは血統が違うんだ。立派な人間になる為に頑張らないとな」 カナエのお父さんは何時もそんな事を言って彼女を机の前に立たせる。 カナエのお父さんは街一番の大企業の社長で、奥さんはもういないのだそうだ。 息子に恵まれなかった為に一人娘にかける期待が大きく、その為にカナエは苦しいとも哀しいとも言えずにただ耐えている。 ボクはカナエと一緒にいて、彼女がボクと同じ孤独を抱えている事を感じていた。
ある日カナエはボクと一緒に塾から家に帰るまでの僅かな時間を使って野試合を始めた。 ボクの他にもカナエにはポケモンのパートナーがいて、ボクや他の仲間達と一緒に街のトレーナー達と対決する。 最初は上手く戦えなかったボクも、必要とされる事が嬉しかったし、何よりもカナエの笑顔が見たくて必死に訓練を続けた。 ボクは大きくなって力も強くなり、頼れる仲間として他のカナエのパートナーとも親しくなり、連勝を重ねる。 何時しかカナエの噂は街全体に広がり、親に隠し続ける事が出来なくなってしまった。 『この街で最近勝ち続けてる女の子のトレーナーがいるらしい』 『扱いが難しいどくタイプのポケモンを使って勝ってるんだから、将来有望なトレーナーだろうな』 そんな言葉が聞こえてくるのはカナエにとってもボクにとっても嬉しい事だったけど、彼女の父親には危険な噂でしか無い。 「お前にはそんなつまらん事をしている暇は無いハズだ。優秀な人間になる為の時間を無駄に浪費するつもりか」 噂を聞きつけたカナエのお父さんは彼女を呼び出して激しく叱責し、言い分も聞かずに座敷牢の様な部屋に閉じ込めた。 「暫くその中で勉強しながら、反省しなさい」 お父さんがいなくなった後、ボクはカナエと一緒にこれからの人生をどう生きるかと言う事に関して、真剣に考えなければいけないと思った。 「自由が欲しいの。人との触れ合いを捨ててまで、お金や地位なんて欲しく無い。生まれ変わりたい」 涙を流してボクに訴えかけてくるカナエの姿を見て、ボクは今度はこちらが彼女を助ける番だと思い声をかける。 『だったら、逃げればいいんだ。この世界は頑張れば頑張っただけ報われる。自分のやりたい事できっと成功する事が出来るよ』 ボク自身も変わりたかった。単なるパートナーとしてでは無く、彼女の人生を変える程の大きな存在に。 翌日従順な振りをして部屋から出たカナエは長い時間をかけて父親に悟られる事が無い様細心の注意を払いながら旅の準備を始める。 この世界に生まれてきたのならば誰もが憧れ、追い続けるトレーナーと言う職業……頂点を目指す為だった。
ボクもカナエも孤独を感じ合う者同士惹かれあって、孤独から逃れ自由になる為に一緒に行動する様になった。 お互いの利害は一致していて、ボクとカナエが目指す夢の為にはどちらが欠けてもいけない事が解っていた。 「明日、一緒に行きましょう」 塾の帰りに僕を連れ歩きながらカナエがそっと僕に呟いてくれた時、心からボクは嬉しくなった。 ゴミ捨て場にいる事しか出来なかったボクが、勉強を強いられそういう人生しか送れなかったカナエが、一緒に自由な旅を始められる。 彼女のお父さんは哀しむかもしれないけれど、でもこの世界に生まれてきたからには自由の翼を広げて生きてみたい。 ボク達は全て上手くいくと信じて疑わなかった。家に帰るなり彼女のお父さんに呼び出されるまでは。 「掃除婦がお前の部屋でコレを見つけた。随分大きなリュックだが……お前は何処へ行くつもりだ?」 カナエのお父さんが座っている椅子も机も最高級品で、僕達が呼び出された部屋は紛れも無く彼女が嫌っていた権力と金に彩られていた。 「……私は自由になりたいの。自分の生きたい様に生きて、自分の目標を目指したい。1度きりの人生だから」 企みが露見してしまった事でリュックが没収されるのを理解していたカナエは、涙を流しながら訴える。 「1度きりの人生だからこそ、石橋を渡らねばならぬ事が何故解らんのだ。お前には輝ける未来が待っている。 良い生活をして、上流階級の者達と付き合って何不自由無く暮らせると言うのに、それを捨てる馬鹿が何処にいる?」 「ココにいるわ」 確固たる決意のもと放たれた言葉に、カナエのお父さんは一瞬たじろいだ。 「自分の望んだ未来も描けない人生なんて死んでいるのと何が違うの。私はトレーナーとして世界を見てみたい。 私の実力がどれだけ通用するのか知りたいの。生き方を選べない人生なんて嫌!」 決意の重さを知っても尚、彼女のお父さんは説得を止めはしない。 「……カナエ、お前は今年で何歳になる?」 「16よ。旅に出るのが遅過ぎる位だわ」 お父さんは感情のままに話すのでは無く、諭す様な口調に変えた。 「死んだ母さんの事について今まで話してこなかったのは、自分の恩着せがましい様な部分を知られたくなかったからだ。 だがお前がそれ程意地を張るのならば、母さんの人生を話しておかなければなるまい」 傍らでただ2人のやり取りを見ている事しか出来なかったボクは自分の無力さが心底情けなかった。 出る幕は無く、割って入る事等到底出来ない。2人がそれぞれ抱えているものはボクより遥かに大きいものだった。 「お前の母さんはお前よりも小さい頃にトレーナーとして世界を巡り、自分の実力を示そうとしたが挫折した。 世界の実力者と母さんとの間に立ちはだかる壁はあまりにも大きく、突破する事はとても出来なかったのだ。 トレーナーは弱ければ無職のバックパッカーでしか無い。父さんと初めて出会った時の母さんの服はボロボロでとても人と話せる様な格好をしていなかった。 父さんはそれでも母さんの容姿に一目惚れして結婚したのだ。母さんにとっては逆玉の輿の様なもので、贅沢な暮らしが送れる様になった」 ボクはカナエの横顔を見たけれど、彼女の表情は決して変わってはいなかった。 「父さんが真面目な暮らしを送り必死に働いたからこそ、お前を今日まで育てる事が出来た。不慮の事故で母さんを失う前、私は何度も母さんに聞いたものだ。 夢追い人だった頃の生活と今の生活。どちらが幸せかとね。母さんは何時もこう言ってくれた。夢だけじゃ生きていけないわと」 カナエのお父さんの気持ちも解る様な気がする。今まで彼女の夢を阻もうとする悪い人としか思っていなかったボクにとっては衝撃的な話だった。 「今、お前は大事な時期を迎えているんだ。高校を無事に卒業して大学で懸命に勉強すれば、私のコネもあるから優秀な人材として就職する事が出来る。 だが一時の夢の為に高校を中退してその先はどうなる。お前の履歴には何も残らんのだぞ。成功の道は限りなく狭く、厳しい道のりだ。 それは私が母さんから聞いているからよく知っている。名誉と金を捨てて、針の穴よりも小さい奇跡に全てを賭けるなぞ愚かな事だとは思わんか?」 普通の人にとってその天秤のどちらを選ぶべきかは明らかだった。1度トレーナーとしての道を選んでしまえば、もう後戻りは出来ない。 また勉強をし直すと言っても高校を中退すれば山より高い大学の壁を突破しなければならないのだ。無理である事は明白だった。 『……ボクはお父さんの気持ちもよく解るよ。確率と言う点で言えばお父さんの言い分はもっともなものだと思う』 カナエは驚いた顔をしてボクの方を見る。お父さんは僕とカナエの顔を見ながら1度頷いただけだった。 『でもボクは、最終的な判断はカナエに委ねる。ボクはカナエがどんな判断をしてもそれに従うし、一生ついていくよ』 カナエはボクの方を見て微笑むと、お父さんの顔をしっかりと見据えながら自分の思いを告げた。
あの時から2年の月日が経過した。 ボクとカナエは自分達を閉じ込めていた籠であった街を飛び出し、イッシュ地方までも飛び出して現在はカントーで研鑽を続けている。 強豪トレーナー揃いのカントーを選んだのは父親の助けを借りないと言う確固たる意思表示の為でもあり、また狭い世界しか見る事が出来なかったボクに世界の広さを教える為でもあった。 「じゃあ、今日も頑張ろう!」 ボク達はバックパッカー同然の旅をよく2年間も続けてこれたものだと思う。1日の稼ぎは全てバトルでまかなう為勝てないと新しい服を買う事すら出来ない。 何時もジムの宿舎を借りながら寝泊りをして移動を続ける。旅烏なので家にも全く帰っていない。孤独を感じる時もあっただろう。 「ダストダス、今日は勝って美味しいものを食べれたらいいね!」 バッチは何個か集めたが途中で止まってしまい、今では野試合をしながらその日暮らしを続けている状態だった。 それでもカナエは縛られていた時には見せなかった笑顔を何時もボクに見せてくれる。その笑顔だけでボクは救われる気がするのだ。 「正直、何時までもこんな暮らしを続けていけるワケが無いって言うのは私も解っているの。 でも、ある程度の力はあるからポケモン関係の職業に就けれたらいいなって思ってる。今はまだ夢を諦めきれてないけどね」 今になってボクは思う。本当はカナエにも未練はあったんじゃないかと。それでもボクを籠から出す為にこの道を選んだのでは無いかと思うのだ。 怖くてとても聞けないけれど、その可能性もあるとボクは思っている。でも、ボクもカナエも楽しく生きている。それで良いんだろう……きっと。 「行こうか!」 決して光り輝いてはいないけれど、何処までも広がる青空の下にある道をボク達は進んでいく。これからもずっと。
−○年×月△日の新聞記事−
ライモンシティの有名な実業家であるマキノ氏が自宅で首を吊り自殺していた事が判明した。 早朝にマキノ氏の自宅を訪れた家政婦が彼を発見。病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された。 マキノ氏は有名大学を卒業後建設会社で頭角を現し『建設界のドン』と呼ばれた程の人物で、彼の死により多くの著名人が衝撃を受けている。 自宅からは彼の筆跡である事が明らかとなった遺書が発見され、トレーナーとして旅立った1人娘が離れた事により孤独となった胸の内が書かれていた。 遺産は全て唯一の血縁者となった娘に讓ると遺書に書かれており、現在警察は所在が掴めていない彼の1人娘を捜索していると言う。
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