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平成ポケノベ文合せ2012 〜春の陣〜 【終了】
日時: 2012/04/30 20:50
名前: 企画者

こちらは「平成ポケノベ文合せ2012 〜春の陣〜」投稿会場となります。

参加ルール( http://pokenovel.moo.jp/f_awase/rule.html )を遵守の上でご参加ください。


◆日程

テーマ発表 2012年04月18日(水) 0:00
投稿期間 2012年04月28日(土)〜2012年05月27日(日) 23:59
投票期間 2012年05月28日(月)〜2012年06月16日(土) 23:59
結果発表 2012年06月17日(日)20:00
日程は運営等の都合により若干の前後が生じる場合がございますので、どうぞご了承ください。


◆目次

>>1
【B】ため息と一緒に毒を吐く

>>2
【B】ポイズンガールは終わらない

>>3
【B】ポイズンガールは終わらない(裏)

>>4
【B】夢追い人の代償

>>5
【A】「助け」の手

>>6
【B】フェアトレード

>>7
【A】勇気のタネ

>>8
【A】颯爽と吹き抜ける涼風

>>9
【A】桜井さんのお花見

>>10
【B】毒を前に、進め

>>11
【A】希望の大地

>>12
【A】Skyme to the moon

>>13
【A】 Good night, a good dream.

>>14
【A】百日紅の木の側で

>>15
【B】リフレッシュ

>>16
【A】故郷

>>17
【A】もふだね。

>>18
【B】パンドラの匣


★結果発表★ >>19
メンテ

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Skyme to the moon ( No.12 )
日時: 2012/05/27 23:42
名前: 乃響じゅん。

テーマ:A「タネ」


 道で倒れたおばあちゃんを負ぶってあげたら、種を一つ貰った。
 なんでも、幸せを呼ぶ種だそうだ。人の優しい気持ちを吸って成長するから、今なら埋めたらすぐに伸びる。育ててみたらいいと言われた。
 あなたに幸せが訪れますように。別れ際に、そう告げられた。


 種の成長は、想像以上に早かった。たった一晩で腰の高さにまで伸び、三日も経てば周囲で一番背の高い植物になった。伸びた植物は、木のようでもあり、蔦のようでもある。緑色の幹がうねりにうねって、空へと続いていく。
 更に三日経つと、とうとう空の雲に隠れて見えなくなってしまった。今日の雲は雨も降らさず、分厚く留まり続けた。
 次の日になると、今度は木の根元が細くなり始めた。幹が根っこから離れようとしている、そんな風に見えた。
 ふと見上げれば、昨日と全く同じ雲が空を漂っていた。雲の動きを、この木がロープのように地面に繋ぎ留めている。そんな気がした。
 私は幹に触れ、空を見上げた。種をくれたおばあちゃんは、幸せを呼ぶと言っていた。私はもしやと思い、この木を登ってみることにした。
 木がうねっているおかげで、足をかける場所にはこと困らない。一歩一歩、確かめるように進んでいく。
 半日かけて登りきると、そこは雲の上だった。

 太陽はとうに姿を隠し、満月が空に浮かぶ。雲の上はどうやら歩けるらしく、私は辺りを散策してみることにした。
 どこまで行っても、月明かりを照らす青白い風景が続いた。私は寝転び、仰向けになった。ここより高い所には雲は飛んでおらず、ただただ大きな月がきらきらと輝いている。
 よく見ると、小さな点が連なっていることに気付いた。かなり高い所にあるようで、目を凝らして辛うじて分かる程度だった。

 どすっ、と不意に何かが落ちる音がした。身体を起こして、確かめる。居所はすぐに分かった。白い風景のなかに、一点の緑色。恐る恐る、触れてみようとした。
 触れるより早く、緑色のそれは飛び上がった。ぷはぁっ、と吸い足りなかった空気をたっぷりと吸い込んだ。
 勢いに驚いて、私は飛び上がった。緑色の生き物が振り返ると、私と目が合った。ささっと私に近づくと、そいつは尻餅をついた私のひざに飛び乗った。
「ごめんね、びっくりしちゃったかな?」
 話を聞けば、これはシェイミという生き物らしい。仲間と一緒にいたが、風にあおられて落ちてしまったらしい。
「あたし、月へ行きたいの」
 シェイミは訥々と告げた。二人、月を見上げる。黒くかすかに見える点が、わずかながらさらに小さくなったような気がした。


 私はシェイミの望みを叶えてやることにした。
「月に行くとなると、ロケットかな。南の島に行けば、宇宙センターがある。ロケットに乗せて貰ったらいいんじゃないかな」
 私の提案に、シェイミは首を振る。
「あたしたちは自力で飛べるんだから、人間の手を借りる必要なんてないの」
 少し胸を張って、高飛車な口調でシェイミは説明を始めた。
 シェイミという生き物は(今でこそずんぐりむっくりだが)、グラシデアという種類の花を身につけると姿を変えるらしい。その姿になれば、空を飛べるようになるという。その姿を想像しようにも、うまくいかない。スマートなんだから、とシェイミは語った。
「グラシデアの花は、どこに咲くの?」
 私は聞いた。
「ソノオタウンってとこ。ここより大分北にある街で……ひんやりしたところよ。夏でも全然暑くないところかな」
「北か」
 シェイミがふと向いた方角に、目をやる。きっと彼女たちはそこからやって来たのだろう。季節が逆戻りしたような、冷たい風が吹いて流れた。夜はまだまだ寒い。

 いつのまにか雲は山にぶつかった。幸せを運ぶ種の木が地面から離れ、雲が動いていたようだ。夜が明けてから、私は山を降りた。
 シェイミを抱いて街中を歩いていると、シェイミはやたらと居心地悪そうにして、身を隠そうとする。上着の隙間に潜り込むと、シェイミは私にだけ聞こえる声で囁いた。
「あたし、たぶん追われてるかも」
 声を上げたかったが、内容が内容だけに押し殺した。背後をこっそり確認したが、怪しい人物は見当たらない。いつ何をされるか分からない緊張感が走る。足取りが自然と速くなった。
 私は車を借りた。調べてみれば、シンオウ地方のソノオタウンは電車も殆ど走らない田舎だ。近くに空港もない、車移動前提の街のようだ。目的地近くまで、シェイミを盗まれる心配をしなければいけないような状況は避けたい。レンタカーは高速用のカードも借りられ、現地で返却することも出来るようで、迷わずサインした。
「高速道路を飛ばすわ。休憩込みで大体三時間。渋滞もおそらく無いでしょう」
シートベルトを締めながら、私はシェイミに言った。
「免許持ってるの?」
「ゴールド免許三年目。ペーパーでもないから、安心して」
 私は車を発進させた。ブレーキのきつさに慣れない感覚を覚えるが、徐々に慣れてくる。身体にある程度馴染んだところで、話を切り出してみる。
「追われてるかもしれないって、それはあなたが珍しいポケモンだから?」
「うん」
 話を聞けば、シェイミが雲の上に落ちる原因となったに風は奇妙な動きをしたらしい。自分のバランスを崩すように、執拗に追いかけまわすようだった、とシェイミは語る。自然発生したものとは思い難い。
「あなたを空から落とした人物が、今私たちを追ってるかもしれない。そういうことね」
 私は戦慄した。思った以上に、深い溝に足を踏み入れているのかもしれないと覚悟を決めねばならなさそうだ。高速道路に入り、一気に加速する。エンジンが唸りを上げる。シェイミは身体がすくんでしまったようで、声が漏れる。すぐさま追い越し車線に入り、140キロぴったりまで速度を上げる。山の間に緩やかなカーブを描き、下り坂に入る。
「ちょっと飛ばし過ぎじゃない?」
「この辺は警察も張ってないし。今だけよ」
気楽な口調で言ってみたものの、胸がざわめくのを感じていた。シェイミが何に対して感じているのだろうか、不安そうな顔から確信を得ることは出来ない。ここは、話しておくべきだろうか。
私はバックミラーをちらと見やった。私の不安は確信に変わる。
「やっぱり、付けられてるわね」
「警察?」
「違うわよ。あんたがさっき言ってた追手ってやつ。まぁ、どっちも嫌な相手だけどね」
 私は左車線に戻り、スピードを落とす。ほどなくして、背後に三台、同様の動きを取る者がいた。 絶妙な車間距離だ、と私は舌打ちした。中の人物の顔まで窺い知ることは出来ない。
「二つ後ろの車、あなたの姿を悟られないように見れる?」
 やってみる、とシェイミは後部座席に移動した。だが、すぐに戻って来て、さすがに見えないと残念がった。
「やっぱり……残念ね」
 私はパーキングエリアへと向かう側道に入った。それを知ってか、追手の車も側道へ入った。休むこともままならない、とため息を漏らす。
 姿を隠しながらシェイミをつけ狙う連中。何をするのか知らないが、どうせろくな目的でないに違いない。絶対にそうはさせない。私がこの子を、月まで連れて行く。

 車を停め、シェイミを服の間に隠しながら外に出る。他人を装っているようで、三台の車が別々に止まっていた。下りる気配はない。
 軽い食事を取り、シェイミにも少し分けた。シェイミは案外雑食らしく、人の作ったものでも食べられるらしい。それでも、味が濃過ぎて美味しいとは思わないそうだが。主食は背中の緑で光合成した栄養分だそうだ。
 車に戻る途中、ふと声をかけられたことに気付いた。自分と同じ、二十代半ばほどの男だった。茶色のスーツに赤いネクタイ、控えめな茶髪を緩く流した、少し気弱そうな目付きの男が、そこに立っていた。右手には、紺色のハンカチが収まっている。左手の鞄には、何か大きな物体が入っているらしく、深く沈んでいた。
「あの、すみません。これ落としませんでしたか」
「ああ、私のですよ。どうもありがとう」
 私は素っ気なく答えた。ハンカチ自体は確かに私のものだが、今の私は神経質になっている。もしかしたら彼は追手の一人なのではないかという疑いが、今の態度に繋がっていた。
「あと、非常に申し訳ないのですが……」
「何ですか」
「車に乗せて頂いても宜しいでしょうか?」
 あまりに直接的過ぎる申し出に、賛成する気には全くなれなかった。
「悪いけど、他を当たって下さい。それじゃ」
 私は車のキーを立ち去ろうとした。
「待って下さい」
 男は泣きそうな顔をしながら、身の上を喋り出した。
「私、三原って言います。鞄の中身をソノオタウンまで届けなくちゃいけないんで、相方と二人高速を走らせてたんですが……信じて貰えないかもしれないですが、パーキングエリアに寄ってる途中に相方に置いていかれたんです。どうか途中まででいいんで、乗せては貰えないでしょうか」
 余りに必死な表情は、嘘をついているとも思いがたい。彼の告げた一つの単語が気になる。だが、彼が無関係ならば私達の都合に巻き込んでしまうことになる。
私は申し訳なく思いながら、少し頭を下げた。そのとき、誰かが怒りの声を上げた。
「うだうだ言ってないで、乗せてってくれたらいいんだよ! 優しくないな」
 彼の大きな鞄から、一匹の小さなポケモンが顔を出していた。どう見ても、これが喋ったとしか思えない。
「ば、ばか」
 三原は焦るように声を上げ、それを押し込もうとする。白い顔に緑の頭、顔についたピンクの花。彼の鞄の中に入っている生き物は、紛れもなくシェイミだった。三原は私の顔を見上げて、引きつるような笑みを浮かべた。

 高速を更に北上し、次々と車を追い抜いていく。大分街中から離れたようで、車の数が段々と減ってきた。それに加え、トラックの数も多くなっていく。バックミラーを確認すれば、やはり三台の車が張り付くように追ってくる。
「で、あなたがヒッチハイクしなきゃいけなくなった理由貰えませんかね」
 今までの旅路と違うのは、隣に一人の男を乗せ、シェイミがもう一匹増えたことだ。シェイミは、三原のシェイミと一緒に後部座席に収まっている。乗せて貰った安心感からか、三原は車を発進させた途端に馴れ馴れしい口調に変わった。どうやら彼は絵本作家で、私より二つほど年上らしい。皮肉を効かせた口調で、私は言った。
「長期休暇を貰っていてね。次回作の取材も兼ねて、友達と一緒にソノオタウンへ旅行しようとしたんだよ。そしたら、空からシェイミが降ってきて、窓ガラスに貼りついた」
「あの痛みは忘れられないね」
 三原のシェイミは憎々しげに呟いた。
「空を飛んでたら、突風が吹いてね。立て直そうと思っても、ずっと暴風に吹かれ続けて、落ちちゃった。まるでおれだけを狙ってたみたいだった」
 話を聞いていると、私が拾ったシェイミと良く似ていると思った。これは思った以上に深刻かもしれない、と自分の不遜な態度を戒め、私は言った。
「ただの突風じゃない、ってことね」
 三原は頷いた。
「友達は新聞記者だった。シェイミの話を聞いた途端、顔つきが変わったんだ。何か事件のにおいを嗅ぎ取ったんだろうな。僕の話も姿も、完全に忘れたように自分のことに集中していた。あのパーキングは外に出て少し歩けば駅があるから、そこから先に帰ってくれって言われたんだ。有無を言わさず、置いていかれた。本当はシェイミも彼と一緒にいた筈だったんだけど、こいつ、途中で窓から飛び出したらしいんだよ」
「あいつといても面白くなさそうだったからね」
 三原のシェイミはその一点張りを決め込んでるようだった。
「まぁ、こいつが僕と一緒に来るって決めた以上、ちゃんとソノオタウンまで届けてあげなくちゃ。そう思うんだよ」
 ちらと彼の顔を見やると、その目は真剣で、どこか楽しそうでもある。案外悪い人でもないのかな、と彼を思い直した。
「ところで、君はどうしてこのシェイミを?」
 三原は後ろを指差して、私の顔を見た。何と説明したらよいのだろう。
「……木に登ったら雲の上に出て、落ちてきたところで出会った、って言えばいいのかな」
「ジャックと豆の木みたいだな」
「巨人の城は無かったけどね」
「へぇ、すごいな……おっ、いい曲」
 ふと、彼がラジオの曲に反応した。
「Fly me to the moon。邦題は『私を月に連れてって』だっけ」
「そう。良く知ってるね。タイムリーな曲だと思わないかい」
「シェイミたちを連れて行くって意味ではそうかもね。でも生憎、火星とか木星の春を見に行けるほどロマンチックな気分には浸れないわ。どっちかって言うとHighway Starでも聞きたい気分ね。誰も前にいないし」
「ジャズにロックに。音楽にも詳しいんだね」
 彼は感心したように告げた。
「そんなこと。人並みよ」
 少し照れくさくなって、手元が寂しくなる。せめてマニュアルならよかったのに、と無いものねだりをしてみる。借りた車には、馬力も太いタイヤもありはしない。ラジオから流れるスタンダードに合わせて、鼻歌が聞こえる。三原のものかと思いきや、どうやらシェイミ達が歌っているらしい。
「似合わないわね」
 私は誰にともなく、呟いた。

 午後五時半になって、ようやくソノオタウンに到着した。山々に囲まれたのどかな風景なのだろうが、楽しむには少々暗い。太陽は既に沈みかけている。三原は携帯端末で情報を集めていた。
「ソノオタウンには自然公園があって、その奥にグラシデアの花畑があるらしい」
 言いながら、三原はカーナビに入力する。
 道中、三原の気づかいは細かいものだった。喉の渇きを感じ始めたころに、予備で持っていた水をくれたり、時々シェイミ達に体調を尋ねていた。カーナビの操作も手慣れたもので、あっという間にルートを割り出した。全ての準備は整えられた、そんな風に思う。
「良かった。今の時期なら、閉園時間は二時間伸びる。グラシデアの花は夜にも咲くらしいから、ライトアップもされるんだって。そのまま駐車場に向かって良さそうだ」
 私は彼の助言に従い、駐車場に車を停めた。降りた途端、少し気が抜けそうになった。お疲れ様、と彼は声をかける。
「早くこの子たちを群れに戻してあげないと」
 私は頷いた。三原のシェイミを鞄に入れ、見えないようにしてから、公園内を練り歩く。
「どっちへ行ったらいいのかしら」
「大分奥まで歩かなくちゃいけないみたいだな……こっちだ」
 彼の案内で、奥へと歩みを進める。
 空はとっぷりと日が暮れ、月と星が浮かんでいた。それでも園内は明るく、道を歩くのに不自由しない。こんな時間だと言うのに、歩く人も多く見られる。更に進むと、人だかりらしきものが見えた。柵で仕切られた向こう側を、皆一様に見つめている。私もそこに身体を乗り出した。そこには、ピンク色の花が一面に咲き乱れる風景があった。ライトアップに加え、丸い月が空に浮かんで、夜とは思えない光の動きを見せる。あまりの美しさに心を奪われ、思わずため息が出た。
「これがグラシデアの花畑か。すごいな」
 三原も興奮ぎみに告げる。思わず笑みがこぼれていた。
 ふと、三原は横にいる人物に気付いた。灰色のスーツを着た男の肩をぽんと叩き、慣れた口調で呼ぶ。
「一条」
 肩を叩かれた方は不意を突かれたようで、身体を震わせた。一条と呼ばれた彼は目を丸くして、驚きを隠せない様子だった。
「三原! どうしてここに」
「高速のパーキングで置いてく奴があるか普通? あの後シェイミがさ、俺のとこ戻って来ちゃったんだよ。どうにかしてソノオまで行かなきゃと思って、ヒッチハイク決め込んだんだよ」
 グラシデアの花畑の最前列を抜け出して、少し後ろに移動した。三原は私を呼び、一条に紹介した。私は頭を下げ、名前を名乗って挨拶した。
「この人が乗っけてくれたんだ。偶然彼女もソノオに向かう途中だったみたいでさ。一時はどうなることかと思ったよ。財布は一条の車に置き忘れて来ちゃうしさ」
「あぁ。悪い悪い。後で気がついたら、後部座席に財布だけ置かれてて、冷や汗が出たよ。完全に置いてけぼりにしたことはこの通りだ」
 一条は三原に手を合わせて頭を下げた。両手の間に長財布が挟まれており、三原はそれを抜きとって許してやる、と笑って告げた。
「なんだ。本当にどうしようもなかったのね」
 私は冗談っぽく言ってみた。
「そうなんだよ」
 彼は苦笑して、財布をポケットに入れた。
「ところで一条。ここで何の取材をするつもりなんだ?」
「ん? ああ。まぁ、このグラシデア畑のことについて調べて記事にするつもりさ。咲いてる期間もそんなにないしな。落ちてきたシェイミもちゃんと返さなきゃいけないな。窓から飛んだもんだから、どうしようかと思ったぜ。シェイミは無事だったのか?」
「元気だったよ。怪我とかしてなかったし」
「そうか、良かった」
 一条の笑みに、私は違和感を感じた。ただの安堵とは違う。心から喜んでいると言うより、何か別の都合で、怪我をされていたら困る、そんな印象だった。
 一条は茂みの方を指さした。
「ちょっと裏に入ろう。実は、ここに見えている以外にも花畑はあるんだ。そっちの方が奇麗なんだけど、一般客は入れない。そっちに入る許可が取れたんだ。付き添いって言えば通して貰えるよ。そこでシェイミ達を離したらいい。飛び立つ姿を写真に収めたら、今日の仕事は終わりだ」
「いいね。行こう行こう」
 三原は乗り気だった。
「あなたもどうですか?」
 一条は私に聞いた。一瞬迷ったが、行くしかない。そう思い直して、頷いた。

 茂みかと思った暗闇には、誰かが踏み固めて作った小道があった。足元は若干不安定だったが、一条が貸してくれた懐中電灯のお陰で転ばずに済んでいた。
 歩みを進めていくうちに、ふと木々が揺れる音が聞こえた。公園の明かりが遠ざかって行く。私達が今歩いているのは、一部の人達が特別に入れる優遇された場所とは程遠い。一歩でも足を踏み外せば落ちてしまいそうな、危ない橋のようなものだ。
「結構遠いな」
 三原が不満を口にした。
「もう少しもう少し」
 一条は笑った。
 更に進むと、湖が見えた。月が湖面に反射して奇麗に見えた。その岸にはグラシデアの花畑が広がっていた。
「さて、この辺りでシェイミ達を離そう」
 一条は告げた。私と三原は鞄の中からシェイミを下ろそうとする。三原のシェイミは全く降りてこようとしない。
「どうしたんだ。グラシデアの花畑についたぜ。仲間のところへ行けるんだ」
 ふと、三原は片手でしか鞄を掴んでいないことに気付いた。もう片方の手が後ろに回され、携帯をこちらに差し出すように握っている。一条の目を眩ませた、私へのメモということは、すぐに分かった。
「そうだよ。出て来なよ」
 私のシェイミも心配そうに声をかける。だが、恐らく演技だ。私は一条に悟られないように、三原の携帯を取った。電話画面が開いており、番号も既に入力されている。彼が私に何を求めているのか、一瞬にして理解した。だが、まだだ。この電話をかけるタイミングが、切り抜ける肝でもある。
「やだよ」
 三原のシェイミは、敵意をむき出しにして告げた。
「一条さんよ。何でこんな手前で降りなきゃいけないんだ?」
 歩き疲れた身で、何も考えていなければその思考に辿りつくことはなかっただろう。
「あの花畑はシェイミのものだ。私達人間は、ここで見守らせてもらうよ。すぐそこは湖だし、君達が飛んでいく姿を写真に収めるには絶好のチャンスだからね」
「とぼけんなよ」
 三原のシェイミは吐き捨てるように言った。
「アンタが三原を置いてった後、車の中で電話してた相手。あれは誰なんだ。アンタは元々、おれを何処へ連れてくつもりだったんだ?」
「電話? あぁ、あれのことか。本社に連絡を入れてたんだよ」
「嘘つけ! 俺達は耳がいいんでね。全部ちゃんと聞こえてたよ。俺のこと、海外に一千万で売り飛ばすつもりだったんだろう」
「俺がそんなことをするのかい。まさか、そんな悪人みたいなことはしないよ。今から我々人間三人、引き揚げたっていい」
 一条は言った。
「お前だけが引き上げたって、仲間がまだ隠れてるんだろ? 知ってんだよ」
「ほう」
 余裕の表情を浮かべる一条の手にモンスターボールが握られていた。いつの間にか、周囲に黒服の男が集まっている。胸に赤いRの文字をこしらえた集団。国で最も大きな力を持つポケモンマフィア。人間に危害を加えるように育てられたポケモンを完全に調教した集団。彼らにとってのポケモンは、ピストルに相当するほどの高度な育成法を持っている。下手を打てば、殺されると思った。
「じゃあ、逆らったらどうなるかも知ってるってわけだ」
 全員がボールを構えた。周囲を見回すが、逃げ場が見つからない。
「いや」
 三原はシェイミを抱き上げ、真っすぐに一条を見つめた。いや、見ているのは一条ではない。その後ろにいるものだ。
「逆らわないで、流れに乗るという方法もある」
 背後から、何かが弾ける音がした。一条が振り返る間もなく、それは彼の頭に直撃する。大分後になってから、それがシードフレアと呼ばれる技であることを知る。それを放った張本人が、その後ろでふわふわと浮いていた。
 白い身体に、細長い四肢。トナカイの角のような白い耳。緑色の頭部は、たてがみのようだ。首元から、赤い毛がたなびいている。
 初めて見るにも関わらず、それが私のシェイミだとすぐに気付いた。シェイミは口にグラシデアの花と私の携帯をくわえ、こっちに向かって飛行する。
「さあ、行こう」
 シェイミは、三原のシェイミにグラシデアの花を与えシェイミと同じ姿に変身させた。私は携帯を預かると、シェイミの足を掴んだ。その瞬間、身体がふうっと浮かんでいくのを感じた。地上があっと言う間に小さくなっていく。三原と彼のシェイミも、同じような体勢で上昇してきた。
 実は、自然公園に車を停めたときから私のシェイミは行動を共にしていなかった。独自にグラシデアの花を見つけ出し、携帯を持たせて連絡を取り合えるようにしていたのだ。

 だが、まだ脱出できたとは誰も思ってはいなかった。彼らの扱うポケモンの中には、空を飛ぶものもいる。案の定、翼を持った誰かが、私達を目がけて飛んできた。
「クロバットって呼ばれるポケモンだな」
 三原は言った。
「シェイミ、戦えるの?」
「任せなさいよ。足、絶対に離さないでね。どんなに強く握ってもいいから」
 クロバットのぎょろりとした瞳が、私達を捉えた。高速で羽ばたくと、とてつもなく強い風が身体を打ちつけた。思わず目を閉じる。手が滑ってしまいそうになり、両手でスカイミの足を掴む。恐らく、シェイミ達はこの風に翻弄されて落ちてきたのだろうと私は直感した。もし不意打ちだったのなら、きっと耐えきれまい。
 シェイミがシードフレアを放つ。緑色に光る種がクロバットを直撃し、クロバットは成す術もなく夜の闇に落ちて行った。
 その瞬間、自分の手が限界に近いことを悟った。握力が持たない。汗で滑ることも助長して、あと数秒もしないうちに落ちてしまうと思った。ずるずると、手がシェイミの後ろ脚の方へ滑り落ちて行く。
 その瞬間、三原が私の腕を掴んだ。
「もう少しだよ。頑張れ」
 彼はシェイミの身体を抱きかかえるようにして捕まっていた。
「あなたみたいにシェイミに捕まっておけばよかった」
 私は冗談を言うと、彼は少しだけ、笑みを浮かべた。
 地上に、パトカーのランプがチカチカと点滅している。一条らが逮捕されるのも、時間のうちだろう。

 シェイミが更に上昇すると、雲の上に出た。その雲の上に足を乗せると、ふかふかとした感触があった。乗れるようだ。
「これは凄いな」
 三原が驚いて、足で雲を突っついてみる。
「私がシェイミと出会ったのも、こんな感じの場所だったなぁ」
 私はしみじみと言った。へぇ、と彼は笑った。だが、どこかぎこちない笑みでもある。
「一条さんのこと?」
 私は聞いてみた。三原は頷く。
 一条が自分の素性を偽っていることは、何となく分かっていたという。ある日警察が家にやってきて、彼の素性を明かされた。にわかには信じられなかったが、大学を卒業してから一切音信不通になっていたのが気がかりだった。それが何故今回自分と会おうと思ったのか、その理由は定かではない。これから明らかになっていくことだろう。
「あいつとは、高校大学までの同級生だった。一時期仲も良かったんだ」
 月を見上げて、眩しそうに三原は佇んだ。
 シェイミがそう言えば見当たらないと思ったら、私達に背を向けて立っていた。二匹の距離は相当に近い。三原は私に顔を近づけて、ひそひそ話をする声で言った。
「ひょっとすると、そういう関係になっちゃったのかな」
「かもね」
 二匹の寄りそう後ろ姿を見つめていると、ふいに三原が『Fly me to the moon』を口ずさんだ。あの子たちには、きっとぴったりの歌だと思った。私もそれに合わせて、同じフレーズを歌った。空高い場所だからだろうか、いつもより月が大きく見えた。この星のこの場所に、春が訪れようとしている。それぞれの星に春があるとしたらどんな春なのだろうと、私はふと、そんなことを思った。


「ちょっとちょっと、三原さん! あなたの旦那さんの書いた本、とっても面白かったわよ〜! うちの息子にもしょっちゅうせがまれてね。もう参っちゃうくらい」
 近所に住む主婦仲間が、そんなことを告げる。
「ありがとう! 主人もきっと喜ぶわ」
 私は素直に喜んだ。
 あれから数年。三原……今の旦那は、私達の慣れ染めを絵本に起こした。それが百万部以上の売り上げたお陰で、旦那は一躍人気絵本作家の仲間入りを果たすことになった。
「ただいまー」
 私は家に帰ると、おかえり、との声が飛んでくる。仕事部屋でなく、リビングから。休憩中のようだ。
「ちょっと変わった封筒が入ってたんだけど。宛先は不明」
 私はポストに入っていた、白と緑の封筒を開けて見せる。中には、数枚の紙きれが封入されていた。
「……月にカメラってあるのかな」
「……あるんじゃない?」
 二匹の大きなシェイミと、五匹の小さなシェイミが写った写真を見て、私は微笑んだ。






・10620文字でした。
・一条と打ってエンター押すと二条と表示されるワードの妙な仕様のせいで、無駄に苦労しました。
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