金環食 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/12/11 17:46
- 名前: 佐野由宇
- テーマA:0、チーズ、加湿器
――ねぇ、明星、金環食って、太陽がゼロになるみたいな瞬間だね。 子供の頃、無邪気にコリンクの明星に天体の図鑑を見せながらそう言っていた。だが、ある日を境に、僕は天体の図鑑を見ることすら、嫌になってきた。 それは、忌々しいいじめだった。
あれから、十年。 今日の朝ご飯は、チーズが乗ったパンだった。それを食べながら、何気に今日のニュースを見てみると、来年、数年に一度しか出ない、金環食が見られるというニュースが出た。アナウンサーが妙にわざとらしいコメントを言いながら、金環食について語っていた。 だが、僕はそれにあまり興味がなかった。レントラーの明星も、あまり興味なさそうに見ていた。 朝ごはんを食べ終えると、支度をして、学校へと向かった。
五月の春真っ盛りの日。僕は、暖かな風に当たりながら、通学路を歩いていた。 学校へ向かうと、学校の校門に、昔から僕を執拗にいじめる、同じクラスの四人の男子たちが待機していた。なるべく避けようと通るが、 「よぉ、まだ星空を眺めてぼっとしているのか?」 「ぼくちゃん、星大好き」 はははと笑い飛ばす男子たち。周りにいた人は見て見ぬふりで、また始まっているよと、呆れているような顔をしていた。不愉快だ。なぜ、みんなは見て見ぬふりができるのだろう? 不思議でたまらない。 「おい、そこで何をしている」 「やべ、先生だ」 「良かったな、味方がいてよ」 男子たちは嫌味を残して去って行った。現れたのは、理科を担当する、若山先生だった。この中学校に入学して以来、僕をなぜか、いつもかばってくれる先生だ。僕は、若山先生が何か言う前に、お辞儀をして早々に去っていった。
――あいつ、いつも星ばかり見ていて気持ち悪いよな。 嫌な記憶がまざまざとよみがえる。僕は、その記憶を振り払い、教室へと行った。 教室へ行っても、これといって友達というのがいない。でも、一人というのに、慣れてしまっているので、寂しいという気持ちはなかった。 でも、本当は、寂しいけれど、仕方のないことだ。 ホームルームのチャイムが鳴り、担任の吉雄先生が教室へ入ってきた。 「おい、席につけ。出席をとるぞ」 吉雄先生の低い声で、生徒たちは渋々と、席に着き始めた。
昼休み。お昼を食べ終えた僕は、廊下を歩いていたら、若山先生と会った。 僕は、他人のような目で見ながら、通り過ぎようとしたら、 「ちょっと、日夏君」 最悪なことに、呼び止められてしまった。渋々振り返り、 「話があるから、ちょっと、研究室へ来てくれないか?」 周りに人がいないことが取り柄だったが、僕は、なんだろうと思い、若山先生についていくことにした。
失礼しますと一言言いながら、研究室へ入ると、コーヒーの匂いがした。いつも思うのだが、なぜ研究室はいつもコーヒーの匂いがするのだろう、でも、それは先生がいつもコーヒーを飲んでいるからだと思う。あたりまえの答えだが……。 他の先生はいなくて、研究室は閑散としていた。洗面台の横には、加湿器が煙を出していた。 若山先生は、コーヒーを淹れ、飲みながら、自分の定位置の机に座ると、 「日夏君、天体に興味があるかい?」 いきなり、そういわれ、僕は、 「無いですけれど」 はっきりと、目を反らしながら、そういった。 「ははは。そうか。でも、本当は興味があるんだろ?」 若山先生の言葉に、僕は戸惑った。確かに、僕は、天体に興味がなくなったが、完全に興味をなくしてはいない。 次の授業のチャイムが鳴り、僕はその応答には答えず、急いで教室へ戻った。
放課後。やっと授業が終わった。僕はカバンに、教科書や筆箱を突っ込んだ。すると突然、若松先生の言葉を急に思い出した。 ――本当は興味があるんだろ? 僕はその言葉が頭に浮かんだが、すぐに振り払った。僕は、カバンを持ち、教室を出た。
家へ帰り、自分の部屋へと戻った。部屋の電気をつけると、机の上の本棚に、天体の図鑑があった。 捨てようと思ったが、捨てきれず、そのまま放置している。なんで、捨てきれないのか、分からない。 (……若山先生の言葉は、当たっている。でも、僕は天体という言葉のせいで、一人になったんだ) 明星が、グルルと甘えるように、僕にすり寄ってきた。僕は、なぜか、悲しくなってきて涙が出た。
次の日も学校だった。朝、男子たちの姿がなかった。ほっとしながら、校門から入ると、若山先生の怒鳴り声が聞こえた。 隅っこの方で、人垣がかたまってできていた。僕は、ちらと見ると、若山先生が、僕をいじめる男子たちを叱っていた。 僕は心の中で驚き、呆れていた。 (……何で、僕がこの後、男子たちに、指摘をされるのを分かってやっているのか?) 僕は、そう疑問に思いながら、教室へと行った。
休み時間、僕の予想通り、男子たちに指摘された。 「おい、どういうつもりなんだよ」 僕の机を蹴りながら、そういう。周りにいたクラスのみんなは見て見ぬふり。関われば、男子たちにいじめられるに決まっているので、巻き込まれないようしているだけ。 僕は黙っていたら、力の強い、男子に肩をつかまれ、こぶしを振り上げようとしたら、次の授業のチャイムがタイミングよくなった。 男子は、舌打ちをし、次の授業の、バトルの実習の準備をし始めるため、自分の手持ちのフローゼルを出した。僕は、いつものことだと思っていたが、今回ばかりは、もう限界を越していた。 (なんで、あんな余計なことをしたんだ?) 明星を出しながら、そんなことを思っていた。
昼休み、僕は、若山先生のいる、研究室へと向かった。扉をノックし、名前を名乗らずに、入った。 「どうしたんだい、日夏君?」 朝のことを言おうとしたが、それはやめた。怒っても仕方がないと思ったからだ。 「いえ、何でもありません。失礼しました」 僕は、扉を閉め、去って行った。
日夏が去った後、横で見ていた橋岡先生がコーヒーを淹れながら、 「まったく、名前ぐらい、言わなくては。それに、なんで用がないのに、来たのだろうね、先生」 と、質問を投げかけると、 「ははは。まぁ良いじゃないか」 陽気に笑いながら、若山先生はそう言うと、その橋岡先生が 「よくありません!」 そう、大声で言った。若山先生は頭をかき、何事も無かったかのように、コーヒーを飲んだ。 橋岡先生ははぁとため息をもらしながら、自分の机に座り、何だか複雑な気持ちで、自分の授業の準備をした。
僕は教室へ戻り、なんで、あの時に怒らなかったのだろうと、気弱な自分を恨んだが、それは無理なことだと思った。たとえ、怒っても何も変わらないからだ。僕は、本を読み、暇な昼休みを過ごした。 でも、いつもなら、いじめてくる男子たちがいじめてこない。僕は、はっとした。 (若山先生は、僕のことを考えてくれてやったのかな? だったら、若山先生にお礼を言わなければ……) そう思っていたら、次の授業の鐘が鳴った。
放課後。僕は、若山先生がいる、研究室へ行ってお礼に行った。ノックをし、自分の名前を言いながら、入った。 「今日はありがとうございました。おかげで、男子たちがなぜかいじめに来なくなりました。 それに、昼休みは用も無いのに、研究室に来てしまい、申し訳ありませんでした」 「そうか、それは良かった。しかし、私の方こそ、お節介をして申し訳がない。 それより、日夏君、今は受験生だが、高校は決まっているのか?」 受験。そう言えば、今は春。そろそろ決めなければと、薄々と気づいていた。 「迷っているなら、ここはどうだい?」 若山先生が出したのは、天文学部がある、浦辺高校のパンフレットだった。前から心の中で行きたかいと思っていた高校だ。ここから遠いので、あの男子たちと同じにならなくてすむ。 それに、偏差値はぎりぎり大丈夫なので、良いだろうと思っていた。 「ありがとうございます。でも……」 「何で、担任でもないのに、教えてくれるかって? うーん、分からん。ははは」 僕は先生の答えにどう言葉を返せば良いのか分からなかった。 無言の間に入る、加湿器の音が耳障りに聞こえてくる。 「だが、日夏君。君、その高校に行きたいと思っているなら、本当は、天体が好きなんだろ?」 「なぜ、分かったのですか?」 「顔だよ、顔。顔がほころんでいたよ。さ、もう帰りなさい」 若山先生は、にかっと笑った。僕は、自分が気がつかない時にほころんでいたことに何だか恥ずかしくなり、お辞儀をして研究室から足早に去った。
家へ帰り、僕は、おもむろに、浦辺高校のパンフレットを見た。 「ガウ?」 明星が心配そうに見ていた。 「なんでもないよ」 僕は、明星の頭をなでながら、そういった。 「雅斗、ごはんよ」 母さんの言葉に、僕は、生返事をした。 (浦辺高校か) 僕は、そう思いながら、高校のパンフレットをベッドに置いた。
今日の夕飯は、グラタンだった。台所に入ると、チーズの匂いがして、とてもおいしそうな匂いだった。父さんは、まだ仕事でいないので、母さんと二人きりで食べることにした。 「明星はこれね」 母さんは、明星に、少しのグラタンと、ポケモンフーズを出した。 明星は嬉しそうに食べ始めた。 「さ、食べましょう」 いただきますと言い、母さんとグラタンを食べた。
次の日。休みだった。僕は、学校の課題をやりながら、暇を潰していた。 理科の課題をやろうとして、ふと、手が止まった。理科の課題は、星座だったからだ。僕は、一瞬、手が震えていた。 (何怖がっているのだろう、僕) 僕は、手が震えながらも、課題をやりこなした。明星が心配そうにこちらを見ていたが、大丈夫という風に、ほほえんだ。 すると、扉をノックする音が聞こえ、僕は返事をすると、母さんがおやつを運びながら、入って来た。 「何をしているの?」 「宿題」 母さんは覗き込みながら、僕の宿題を見ていた。 「へぇ、星座ね。そう言えば、今まで黙って悪かったけれど、中一の頃から、若山先生宛てに手紙が来ていたわ。あなたのことをずっと心配をしてくれていたみたい」 「何で黙っていたの?」 僕は驚きながら、母さんを見た。 「若山先生が、絶対に見せるなって言われたから。でも、雅斗が、もし迷っていたら、この手紙だけ渡せって」 母さんは、一通の手紙を置くと、 「後で見てね。あなたがきっと変わると思う手紙だわ」 そう言うと、部屋から去って行った。
忌々しい宿題がようやく終わり、僕は、ふと、横にあった封が切ってある手紙を読み始めた。
日夏雅斗
今まで黙ってすまない。実は君が中一の時から君の母親宛てに手紙を出してきたんだ。 それに君がこの手紙を読んだときは、もう私との別れの年かもしれぬ。つまり、中三かな? その時、一人ぼっちだった君が妙に思って実はこっそりと担任に尋ねたんだ。 そしたら、天体が詳しすぎて奇妙に思われていじめが発端したことが分かったんだ。 私はそれを聞いてなぜ、天体が詳しいことがそんなに変なのかと逆に疑問に思った。それはなぜかというと、私も、昔、天体が詳しすぎて、中学の時にいじめられた経験があって中三まで孤立状態だった。でも、いつも私をかばってきた先生がいたんだ。 だから、昔の私のように君を庇い続けようそう思った。でも、お節介しすぎたかな? でも、その先生も私のようにこっそりと手紙を出してくれた。そして、私も君みたいに一通の手紙を見て変わった。自分は自分なんだ。誰か何と言おうとも気にしない方がいいということに気づいたんだ。それに、その先生は僕に本当の居場所を教えてくれた。 それが浦辺高校だったんだ。 もし、迷っていたら、君の本当に行きたい居場所へ行けばいいと思うよ。別に、天体が詳しすぎたって良いじゃないか。と、私は思うけれどね。 だから、もう過去にはこだわるな。誰が何と言おうと気にしない。それを約束してくれ。 それでは。
若山夜須
達筆な字で書いてある字は、僕の心を動かすような瞬間だった。 (もう過去にはこだわるな……か) 僕はふっと笑った。笑うのは久しぶりかもしれないというくらい、笑いを忘れていた。 明日、若山先生に会ったら、言おう。僕の決意を。 明星は、傍らに来て、僕にすり寄って来た。ふと、明星を見ると、まるで、安心したような顔をしていた。 僕は、明星の頭をそっと撫でた。
休みが終わり、学校がまた始まった。 いじめてくる男子も、校門の近くにいなかった。僕は、ほっとした。 廊下を歩いていたら、若山先生と会った。 「やぁ、おはよう」 「おはようございます。あの、手紙、読みました。ありがとうございました。 僕、浦辺高校に行きます。先生のあの手紙のおかげでようやく僕の居場所がその高校だということに気づきました」 若山先生は驚きながら、僕を見ていた。そして、苦笑をすると、 「そうか、そうか。それは良かったよ。それじゃあ、勉強に励めよ」 「はい」 僕は、明るくそう言うと、先生と別れた。 (日夏君のあんな明るい姿、初めて見たよ。それに、笑えるくらい、昔の私に似ている)
年が過ぎ、三月になった。 たくさんの受験番号がずらりと並んでいる、紙を僕はどきどきとしながら、たどって行った。 (あ!) 真ん中の所に、自分の受験番号があった。 嬉しくて、僕は心の中で感極まった。
家へ帰り、僕は明星を出した。 「やったよ、明星! 僕、合格したよ!」 明星に抱きつきながら、笑った。 「ガウ、ガウ!」 明星も嬉しそうに僕の合格を祝うかのように、鳴いた。
卒業式の日。僕は、若山先生に浦辺高校に合格をしたことを報告した。 「おお、良かったじゃないか!」 「はい。僕、絶対天文学へ入ります」 「そうか、そうか。それを聞いて私は安心をしたよ。良かったな、合格して」 若山先生は嬉しそうにそう言った。 「若山先生、今までありがとうございました! 浦辺高校に入れたのも、先生のおかげです」 「ははは。それを言われると、私も嬉しい」
帰り道。僕は乗りながら、走っている明星に話しかけた。 「明星。僕、天文学部に入ったら、絶対明星と金環食を見ようと思うんだ。明星もそう思うだろ?」 「ガウ!」 明星は走りながら、うんという風に、言った。 春の風が当たるたびに、心が晴れ晴れとした。 僕は、空を見上げながら、四月から新しい高校へ行くことに、胸がわくわくとしていた。 新しい高校。ゼロからのスタートとなる。そして、明星と金環食を見て、太陽がゼロになるみたいなその瞬間をこの目で見たいと、心の中で思っていた。
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