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2011年夏企画 ★結果発表
日時: 2011/07/18 19:23
名前: 企画者

☆ごあいさつ
よられつる 野もせの草の かげろひて 涼しく曇る夕立の空 ――西行――

というわけでやってきました今年も夏が。梅雨も明けて気温は日に日に上昇しているようにすら思えます。ですがそんな夏の暑さなんて吹っ飛ばす勢いで今回も頑張っていきましょう。それではポケノベ企画をお楽しみください。

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☆企画概要
◇主旨

短編の小説作品を投稿し、その完成度を競います。

◇日程

・テーマ発表日  :7月17日(日)
・作品投稿期間  :8月01日(月)0:00〜8月31日(水)23:59
・投票期間  :9月01日(木)0:00〜9月11日(日)23:59


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☆参加ルール
◆全体のルール

※太字は前回からの変更、または追加ルールです。

・企画作品は必ず企画用掲示板の2011年夏企画スレッドへと投稿してください。

・一作品につき必ず一レス(20,000字)に収まる長さにしてください。

・投稿作品はテーマに沿ったものにしてください。テーマの説明は後述。

・Aテーマを一次創作可、Bテーマをポケモン必須のテーマとします。お間違いの無いようお気をつけください。

・参加のための申請などは一切必要ありません。気まぐれでのご参加もドンと来いです。

・作品投稿の際のHN(ハンドルネーム)は必ず普段使用しているものにしてください。
(ただし、掲示板の名前表示は自動的に「???」になりますので、匿名性は維持されます)

・過度に性的、および暴力的な文章はご遠慮ください。また、それらの判断基準は運営側で判断させていただきます。

・お一人様につきの投稿数は二作までです。(前回は三作)

・投稿の際の記事には以下の内容を必ず記入してください。
@作品タイトル(※掲示板の仕様上、必ず“題名欄”にご記入ください)
Aテーマ
B本文
 なお、あとがきなどの本文終了後の文章のご記入は任意です。


◆ポケモン二次創作に関するルール

・登場ポケモンは公式が正式に発表しているものに限ります。イッシュの未公開三体やオリジナルポケモン等の登場は禁止です。

・上記の登場ポケモンの条件が守られていれば、文章中に直接ポケモンの名前が登場しなくても構いません。

・人間の登場人物についてはオリジナルを全面的に許可いたします。

・擬人化は原型の出番もきちんと用意されている場合のみ許可。擬人化オンリーはNG。

・企画時に上映中のポケモン映画のネタバレになるようなストーリーは禁止。過去の映画はOK。




・以上の内容が守られない場合、投票の凍結、最悪の場合は作品を削除することがあります。




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☆テーマ
A:「ノンストップ」

夢も野望も、音楽も筆も、風も波も、車も船も、飛行機もロケットも、恋もロマンも、星も光も、地球も月も、過去も未来も、空気も地殻も、猫も杓子も、あなたもわたしも、ノンストォォオップ! 止まるんじゃあないッ!


B:「部屋」※ポケモン必須テーマです。

部屋といってもいろいろあります。窓から柔らかな陽射しが射し込む一室、じめじめした薄暗い地下室、などなど。あなたは一体どんな部屋を思い浮かべ、どんな話を生み出しますか?



☆目次

>>1
A:「俺の名はゼロ」

>>2
(投稿者の手違いにより削除されています)

>>3
(投稿者の手違いにより削除されています)

>>4
A:「NonStop Run」

>>5
B:「最高の毒」

>>6
B:「魔法のノート、あるいは不思議なトリックルーム」

>>7
(規約違反により削除されています)

>>8
A:「愛の鳳仙花」

>>9
A:「Can't stop one's beat」

>>10
B:「[[[tojikome]]]」

>>11
B:「狭い部屋の中にいる」

>>12
B:「しんせつポケモン」

>>13
A:「「こんにちは、電柱です。よろしくお願いします」」

>>14
A:「矮小なスロウレイン」

>>15
B:「中々々」

>>16
B:「歪み」

企画の投票案内はこちら(http://pokenovel.moo.jp/vote/vote.html)です。どなたでも気軽にご投票ください。
メンテ

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狭い部屋の中にいる ( No.11 )
日時: 2011/08/30 22:48
名前: 浅香


B「部屋」



 ぼくが不登校になって三日が過ぎた頃。ガーディが一声鳴いた。別に珍しいことではないけれど、それから続けざまに何度も鳴いたので、いい加減うるさくなって、ぼくは二階の窓から庭を見下ろした。ぼくの部屋を見上げるガーディの横には、一人の男の子が立っていた。真っ白なシャツにカーキのボトムス。ライモンシティ・エレメンタリースクールの指定鞄を斜に掛ける。
 ぼくを見つけた彼は、よっ、と言って笑った。彼の笑顔を見たのは、これで二度目だった。トレーナーズスクールの校内戦。決勝を制して、校内チャンプに輝いた彼は、今と同じように爽やかに笑ってみせた。裏に努力とか苦労とか、汗や傷を感じさせないような、あっさりとした笑顔だったと思う。あまり覚えていない。なぜならぼくは、その笑顔を正視し続けることができなかったからだ。白んでぼやけて歪んだ視界。彼の目の前でぼくは膝をついた。涙がこぼれて、地面に染みを作ったとき、その理由を胸中で自問した。崩れた身体が呼び起こした問いかけは脆くて、会場の歓声に掻き消されてしまった。顔を上げてみると、大勢の観客がいるはずなのに、誰もぼくのことは見ていなかった。笑顔の彼を見て、歓声をあげて、それだけでぼくなんて関心の範疇ではなかった。そしてやっと気づく。ぼくは負けたのだ。他でもない、彼に。
 だからチャンプの座を引き下ろされたぼくが、彼に会わなければいけない理由なんてない。敗者は去るのみ。勝者は振り返る必要などない。
「降りてこいよ!」
 笑顔が語るのは純粋な好奇心や、友好の類でしかないのだろう。彼はぼくを友達と認識しているらしい。でも、それはおかしい。ぼくが彼と会い、話したのは、決勝戦の時が最初で最後だったはずだ。友達関係を築く機会はなかった。だったら裏があると考える方が普通だ。
 庭から手を振る彼を無視して、窓を閉める。「おい、返事くらいしろよ!」彼の声が聞こえたけれど、さらに無視を決め込んだ。
 カーテンを閉めると、もう何も言ってこなかった。

 ぼくは狭い部屋の中にいる。不登校であり、ひきこもりでもある。校内戦が終わって三日もしないうちに、ぼくは不登校を始めた。別にいじめがあったわけではない。むしろ、いじめがあってくれれば、もっと分かりやすく不登校になることができたのだ。何かを言い訳にすることのできない中途半端な状況は、ただただぼくを惨めにするばかりだ。
 校内戦が終わる前と後では、世界の見え方がまったく違っていた。
 校内戦が終わる前というのは、もちろんぼくがチャンプだったときのことだ。教室にいるだけで誰かが寄ってくる。育成の話、バトルの話。持ちかけられる相談に、ぼくは的確な答えを返していく。時折、自分の経験を織り交ぜて。
「ジンくん、わたしのゴチム、すごく弱いの。エモンガにも勝てなかったんだけど、どうすれば強くなるかな?」
「最初はどんなポケモンでもみんな弱いからね。わかるよ。エモンガに勝てないならヤグルマの森に行くのはどうかな。あそこでタブンネを倒すんだ。そうすればきっと、すぐに強くなる」
 女の子だって気軽に話しかけてくれた。もちろん女の子たちの話題には、いつもぼくの名前が挙がる。直接聞いたことはないけれど、そんな噂だ。障害なんて何もなかった。
 校内戦が終わると、ぼくは消えた。ぼくがどけた隙間に、笑顔の爽やかな彼が収まった。いつでもマトという名前が教室内で聞こえた。誰もぼくに関心を見せなくなった。ただ、それだけのことだった。
 それだけのことで、ぼくが見る世界は灰色に白んだ。初めてスクールを途中で抜け出した。誰も止めない。なぜなら誰も抜けだすぼくに気づかなかったから。いや、興味がなかったからだ。
 いつもなら座学の時間。歩く通学路に人は少なくて、時の流れがひどくゆっくりだった。音も色もない。ぼくの世界はそんなつまらないものだっただろうか。こんなに何もなかったのだろうか。いいや、違う。ぼくは校内チャンプだ。バトルの腕だったら誰にも負けない。でも、負けた。真実はいつでも目の前にあった。ぼくの世界は灰色で、何もなかった。

 ガーディの鳴き声に重ねて、マトの声が聞こえた。その声からすぐにマトという名前と、彼の笑顔が浮かんだことに少し驚く。ぼくは窓を開けた。
「降りてこいって!」
 もう三回目になる。彼は初めてぼくの部屋の下まで来た日から、連続で三日も通い続けた。三日というのは、タマゴが孵化してポケモンをバトルに出せるようになるくらいの期間はある。現在のチャンプであるはずの彼は、そんな貴重な時間を無駄にしてまで、ここに通っているのだ。そこに疑問を抱いた。
「なんだよ」
 無愛想なぼくに反して、彼は笑顔を崩さない。
「遊ぼうぜ。バトルじゃなくてもいい」
 実を言うと、ほとんど一週間になるひきこもりは、暇で暇でしょうがなかった。彼に負けた日から、ポケモンを育てる気にもならない。普段やっていることをやらなくなると、こんなにも暇になってしまうのかと思ったほどだ。だから気まぐれでしかない。ぼくが「いいよ」と返事をすると、彼は笑顔を一瞬だけ驚きの色に染めて、待ってるからすぐに準備して、と言った。ぼくは相づちを打って、窓を閉める。そうして閉じられたこの狭い部屋の中は、ぼくの真実を象徴しているかのようだった。机とか、箪笥とか、必要なものが最低限置かれているだけで、あとは何もない。鞄を持てば、そこに育成の道具は揃っていた。真実を隠すためによりどころにしてきたものは、こんなにも小さかったのだ。彼には分からないだろう。狭い部屋の中にいるぼくの気持ちなんて。

「バトルでいいよ」
 リベンジマッチをしたいわけじゃなかった。けれど、彼とはバトルしかしたことがない。語るにはバトル以外なかった。快い返事を聞いて、ぼくたちはライモンジムの横にある広場まで行って、ボールを出した。
 結果はぼくの負け。二度目の敗北だ。相変わらず努力を感じさせないような涼しい表情。実際のところ、彼がどんな育成の仕方をしてきたのかは、全く分からない。
「強いね。さすが校内チャンプ様だ」
 皮肉を込めてそう言ったはずなのに、彼はありがとうと言った。
「じゃあ、どうする? 次はミュージカルでも観に行く?」
「え、ミュージカル?」
 ひたすら育成とバトルに打ち込んできたぼくは、地元のミュージカルにすら行ったことがなかった。きっと同じような生活をしてきたはずのマトが、そんな誘いをしてきたことはぼくを驚かせる。
「あ、そろそろ夕方か。明日にしようか」
 ぼくが問い返したのは帰宅時間が近づいてきているから、そう勘違いしたらしい。彼は勝手に話を進めて、なぜか明日にはミュージカルを二人で観に行くことになった。どうせ学校に行くつもりはなかったし、ボールからポケモンを出すような気にもなれないし、いいかな、などと思いながらぼくは狭い部屋に帰る。観覧車が見えた。夕日を背にして、ぼくの狭い部屋を見下ろしている。

「ほら、可愛いだろ! 特にあのピンクのリボンとかさ! あと、あれ、なんていうの、火みたいに真っ赤なスカート」
「知らないけど」
「たぶんフレアスカートだ! 波打つ炎みたいだし、きっとそうだ、うわっ、やっぱり可愛いよなー」
 舞台で踊るロコンを見ながら、マトは声を抑えて盛り上がっていた。フレアスカートって、たぶんそんな由来じゃないんだけどなぁ。ぼくはそう思ったけれど言わないことにする。きっと名前の由来なんてどうでもいいのだ。物を指して可愛いと言えれば、それでいい。
「知ってる? モコちゃんって、ライモンスクールの生徒のポケモンらしいんだ。一度でいいから会ってみたいなー」
 そう言った爽やかな笑みを見て、ぼくは胸の奥底で何かが揺らいだような気がした。モコちゃんと呼ばれるミュージカルのアイドルがいて、そのロコンは自分と同じスクールに通っている。それを嬉しそうに言うのが校内チャンプなのだ。まるで生徒たちが校内チャンプに憧れを抱いて語るのと同じように、彼はモコちゃんの飼い主を想像する。ぼくにとっては不思議でならなかった。お前は校内チャンプじゃないか。憧れを抱く側の人間じゃない。憧れを抱かれる側の人間だ。いったい、どうしたっていうんだ。
 そんな思案顔のぼくを彼はのぞき込む。
「つまらない?」
「いや、そんなことないよ。なんか、意外だなと思って」
 その顔から笑みが薄れて、考えるような顔になる。
「おれが、モコちゃんを好きなこと? やっぱりイメージに合わないかなー。もちろんミリア姫も好きだけどね」
「ミリア姫?」
「知らないの? ほら、さっきのゴチミルだよ。あの子とモコちゃんがミュージカルの大人気アイドル。なんだ、知らないのか……」
「違うんだ。ぼくが意外だと思ったのは、校内チャンプなのに、ミュージカルのアイドルとかに憧れるのかって」
 マトは今までと違う表情で笑った。その笑みが何を表すのか、ぼくには分からない。
「当たり前だろ。校内チャンプなんて関係ないよ。ジンはそんなことを気にして校内チャンプをやってたのか」
 あぁ、と思った。その笑みは呆れた時に見せるものだったのだ。なんでそんなこと聞くんだよ、当たり前だろ。そういう笑み。ぼくはそんな笑い方をしたことがない。ぼくが校内チャンプとして聞かれることは、全てぼくだけが知っていることだったから。聞かれた人にちゃんと答えを返す。答えを知っているのはぼくだけ。でも、きっとぼくはずれていた。ずれているから、ずれていない皆の問いに答えられた。ぼくにはバトルや、育成というポケモンのことしかない。でも皆には、ミュージカルのことだってあったし、他にもぼくが知らない色んなことがあったのだ。ぼくはずれている。決定的に。
「ぼくには、バトルしかないんだ」
「じゃあ教えてやるよ。あ、でもモコちゃんはダメだからな。ミリア姫推しでよろしく」
 拍手に包まれて幕が降りていく。

 いいか、マトは切り出した。ミュージカルの醍醐味は自分だけのアイドルを見つけること。中には自分のポケモンを舞台に立たせる人もいるけれど、おれたちのようなバトル向けのポケモンを育ててるトレーナーは追っかけの方がちょうどいいんだ。彼は続ける。
 ミュージカルの後にはグッズ販売がある。舞台の写真とか、舞台で付けてたドレスアップ用のグッズとか。それらを集めるのはファンとしてそれなりのステータスになる。もちろん一番価値が高いのはブリーダーのサイン。ポケモンの足跡付きだと、さらに価値が高い。舞台の後でたまにブリーダーがロビーに居たりするから、その時を狙ってサインを貰いに行くのが普通。だから好きなポケモンのミュージカルはなるべく観に行くようにするんだ。
 彼は真顔で語った。ミュージックホールのロビーでグッズ販売をやっている。モコちゃんはやはり人気で、グッズを買うために列ができるほどだ。そういえば、クラスでもミュージカルの話をする人は結構いたような気がする。ぼくは興味がなかったから、あまり覚えていないけれど、男女問わず鞄に付けていたグッズは、ここで売っているものだったのかもしれない。
 グッズ販売のブースをのぞき込むと、色とりどりのグッズがあって、購買意欲をくすぐる。中でも青い首飾りがぼくの目を惹く。モコちゃんのグッズが多く並ぶ中で、その首飾りは隅っこに置かれて数も少なかった。ネコブの実に似た装飾品が三つ紐に通されている。
「あの首飾り、どのポケモンが付けてたの?」
「ん? ほら、そこに名前が書いてある。キイチゴだって。キイチゴ……あぁ、マラカッチかな。マラカッチ自体は派手なのに、なぜか地味に見えるやつ。気になる?」
 マラカッチがネコブの実のような装飾品を付けているところを想像する。確かにリボンやひらひらのスカートに比べれば地味に違いなかった。
「キイチゴの次の舞台っていつだろう」
「舞台のスケジュールは後ろ」
 エントランスのすぐ横を指さす。壁に掛けられたスケジュール表があり、明後日の舞台にキイチゴの名前があった。無性に見てみたいという感情が湧く。これが追っかけたいという感覚なのだろうか。
「明後日だね。じゃあ、明後日もう一度来るか? スクール終わってからでも最終公演に間に合うし、おれは大丈夫だけど」
 いいの? と言いかけて、ぼくは言葉を呑み込んだ。代わりの言葉を考えて言う。
「どうしてそこまで、ぼくのことを気にするんだ。ぼくは元チャンプで、君は現チャンプだぞ。しかも話したのは決勝戦のときだけだった」
「迷惑?」
「いや、そういうわけじゃなくてさ。なんでだろうって」
「それなら、いいじゃん。明日はおれも用事があるから来られないけど」
 好奇心なのか、嘲笑なのか。もしかしたら世間知らずなぼくを連れ回して、スクールでみんなに言いふらしているのかもしれない。可能性は十分にあったのだが、不登校のぼくが今さらそんなことを考える必要なんて欠片もなかった。
 ただ、マトにもクラスの皆にも、狭い部屋に閉じこもっていなければいけない気持ちなんて、理解できないんだろうな、そう思うだけだ。

 そういえば終業式だった。明日は終業式だ。外出する準備をしているぼくは、カレンダーを見て思い出した。校内戦は学期の終わりにやるものだから、校内戦が終わるともう、生徒たちは夏休み気分になるのだ。あと少しで夏休みになるのを今か今かと待っている。友達と予定を立てる横で、ぼくは育成の計画を立て始める。もちろん誘いなんて来ない。昔は誘われたこともあったけれど、ぼくがそのどれにも応じないことが分かってからは、誰も誘わなくなった。今年の夏休みの計画は白紙だ。なぜなら、校内チャンプになるという計画が破綻してしまったからだ。一つ予定が狂うと計画はなし崩しにだめになっていく。ぼくは校内チャンプにならなければいけなかった。なることのできないぼくは、自分じゃない誰かのようで、狭い部屋の中でじっとしていることしかできない――。
「なぁ、夏休みの予定とかあるの?」
 はずだった。校内チャンプになれなかったことで生じた白紙の計画。それは白紙でありながら、大した影響力を持っていて、狭い部屋に鍵をかけるというそれだけで計画になり得たものだった。それがさらに崩されようとしている。彼に計画を破綻させられるのは二度目なのだ。
「引きこもるつもりだったけど」
「正気? おれですらそれなりに予定立ててるのに、引きこもりかよ」
 ミュージカルホールに行く途中だった。マトとの関係は未だによく分からない。
「そういう気分なんだよ」
「おれに負けたから?」
「そうだよ。君に負けたからだ」
 ふぅん、彼は嬉しそうに唇を持ち上げた。
 ミュージカルホールに入って、一昨日買っておいたチケを切る。幕の下りた舞台の、すぐ正面の席に座る。モコちゃんとミリア姫のいない舞台は、一番良い席でも比較的に楽に入手することができた。恐らくそれだけじゃないだろう。今日の役者たちはあまり人気のあるほうじゃないのかもしれない。
 舞台の幕が上がった。確かに一昨日見た舞台と違って、あまり華やかではない。ドレスアップをしたエモンガ。その姿は可愛くないわけではないのだが、装飾品がどこか安っぽいし、子どもっぽい。シルクハットを被ったチラーミィ。チラーミィ自体は可愛いのだが、付けているグッズが良くない。素材を生かしきれていないように思う。飴玉の形をしたリボンで飾ったシママ。すっきりとした装飾はシンプルだ。ブリーダーの拘りが垣間見えるけれど、もう少し装飾したほうがいいような気もする。
「シママだな」
 いいや、違う。
 ネコブの実を象る装飾品。その三つの飾りを紐で結び、首から提げる。両手にはマラカスを持って、小さめの草冠を頭に乗せる。確かに派手な姿ではないマラカッチ。それでもぼくには、マラカッチのキイチゴが圧倒的なように思えた。地味で、目立たない。一昨日、ミュージカルホールを出た後にマトが、あの首飾りはオリジナルだな、と言っていたのを思い出した。きっと首飾りだけじゃなくて、草冠もオリジナルだ。自分のマラカッチにぴったりな衣装をブリーダーが想像して用意してるのだ。この子が舞台に立つとき、一番似合うものはなんだろう。リボンじゃない。シルクハットでもない。ステッキでもない。あぁ、これだ。きっとこの子には、この飾りが似合う。作ってしまおう。この子のために。そうした努力が垣間見える。地味だけど頑張り屋なのだ。
「な? キイチゴ、地味だろ?」
「地味だ。でも、ぼくのアイドルはキイチゴだ」
「まじ?」マトはあからさまな驚きを見せた。
 マラカスの音が鳴った。バックミュージックを引き立てるためのギミックとしては、これ以上にないくらいぴったりだ。地味ではあるが、この音がなければ、音楽の良さは半減する。不規則な音の連立。メジャーやマイナーの単純なダイアトニックの組み合わせを外れて、どこか民族的な音楽が流れる。この努力家の働きに気づいた観客はどれだけいるのだろう。多い数じゃなくていい。少なくていい。ぼくが気づいていればいい。キイチゴの魅力を独占できるなら、そっちのほうがいい。たぶんこの感覚が追っかけの感覚なのだろう。ぼくは舞台が終わったらネコブの首飾りを買うことに決めた。

 結局、舞台はシママの一番人気で終わった。やっぱりね、と誇らしげに言うマトに、それでもキイチゴが一番良かったよ、と返す。キイチゴは三番人気だった。
 グッズ販売のブースでネコブの首飾りを買おうとすると、販売員の女性に驚かれた。すぐに営業スマイルに戻して、嬉しそうにありがとうございます、と言うものだから、もしかしてキイチゴのブリーダーですか? と聞いてみたら、そうなのだと言う。サインを求めると快く承諾してくれた。綺麗な人だった。
「なんでキイチゴなの?」
 帰り道でマトが言う。
「努力してるなーと思って」
「そこが自分と重なったって?」
 ぼくは驚いて彼の横顔を見た。立ち止まると彼も立ち止まって、振り返って目が合う。
「努力してるだろ?」
「いや、ぼくにはそれしかないだけで」
「でも、努力じゃん」
 努力。そんな大それたことじゃない。ただ好きだから飽きもせず毎日、毎日――――。
「あぁ、そうか。ぼくは好きだったんだ。ポケモンを育成することが」
 遠くで夕日が傾く。観覧車が夕日を半分くらい隠している。
「やっと思い出したんだ」
 彼は決勝戦のあの日、ぼくに勝ったときのような表情で爽やかに笑った。
「いつ思い出すんだろうと思ってた。ジンってさ、いつも五番道路で修行してたよね」
 そうだ。ぼくはいつも五番道路に通っていた。多くの人が四番道路やリゾートデザート、ジムの横の広場などで鍛錬をする中、ぼくは五番道路の隠れ家のような草むらで修行していた。五番道路に人は多かったけれど、その草むらにはほとんど人が来なかった。そこで自分のポケモンたちを育てるのが好きだった。
「見てたんだ」
「たまにね。校内チャンプはこうやって修行してるんだなって思った。でも校内戦が終わってからは来ない日が何日か続いて、ジンは不登校になった。それから三日経っても来なかったから、家に行ったんだよ」
 結局のところ、ぼくは悔しかっただけなのかもしれない。毎日、育成をした。育成は好きだった。バトルも好きだ。育成の成果が出るときだから。そしてぼくは負けず嫌いだ。バトルで負けるというのは、ぼくの好きな育成を無駄だったんだと否定されたような気がする。だから勝ち続けなきゃいけなかった。それなのに、ぼくは負けた。他でもない彼に。
 次の日からぼくは、またひきこもりになった。

 狭い部屋の中にいる。ぼくは抜け出すことができない。庭からマトの声が聞こえたけれど無視をした。ごめん、と心の中で呟いて、なんでごめんなんて、そんな感情が湧いてくるのだろうと思った。少し親しくなったからか? それでもまだ何日も経っていない。彼が本当に考えていることなんて少しも分からない。彼はぼくの隠してきた日常を知っていて、その上、ぼくの地位を奪っていった人間だ。
 部屋を見渡す。ポールハンガーに、鞄と一緒にネコブの首飾りが掛かっている。キイチゴもそのブリーダーも努力家で、ぼくも努力家に違いはなかった。成功を知らないキイチゴのブリーダーは、譲らない姿勢でいつか大成することを夢見ている。ぼくは既に成功を知っていて、挫折を味わった後だった。ぼくにもキイチゴのような時期があったように思う。自分の好きなことを毎日繰り返し、いつかバトルで実を結ぶようにと、願いながら続ける。好きだから続けることができた。親にも周りの誰かにも、なんでそんなことを続けるのか、そう言われたこともあったような気がする。それでも続けた。その末に手に入れた校内チャンプの地位。三年間守り続けた地位だった。年上にも負けなかった。でも、四年目はなかった。どうせ、ミドルスクールにあがれば、遅かれ早かれ失ってしまう地位だっただろう。でもその時は納得できたかもしれない。ぼくが納得できないのは、同学年の、それも今までほとんど見かけることのなかったマトに負けたことが、悔しくて仕方なかった。彼も努力を続けていたのだろうか。狭い部屋から出られないぼくの気持ちを理解できるような、そんな時期があったのだろうか。
 カーテンの隙間から庭を覗き込む。ちょうどマトが帰ろうとして、背を向けているところだった。ぼくは部屋を出て、階段を駆け下りた。

 急いで家を出たのに、マトの姿はどこにもなかった。彼がいそうな場所を手当たり次第に探す。ミュージカルには居ないし、周辺の道路にも居なかった。
 呼吸が荒れている。久しぶりに走った気がした。五番道路に通っていた頃は、いつも走っていたのに。家に戻りたいとは思わなくて、ポケモンセンターの外壁に凭れて座る。夕日が落ちて、辺りは完全に真っ暗になった。
 ポケモンセンターの自動ドアの前は、電灯で照らされている。そこに来たのはマトだった。日が落ちてかなり時間が経ったころだと思う。暗くて気づかなかったのか、外壁には視線を向けないでポケモンセンターに入っていく。ぼくは息を殺して彼を待った。
 彼が出てきたのを確認すると、静かに尾行を開始する。向かったのはジムの横の広場だ。夜の広場は昼間と違って静かで、人はほとんどいなかった。彼はそこでポケモンを出して、育成を開始する。
 それが、現チャンプの秘密だった。
 昼間は人が多くて育成がしづらい。恐らく色んな場所を探してみたのだろう。五番道路の隠れ家的な草むらを見つけて、来てみたらたまたまぼくがいたのだ。それが校内チャンプだと気づいて、彼はたまに覗くようになった。昼間はそうやって過ごし、夜になって、人が居なくなった頃を見計らって育成を開始する。彼も陰の努力家だったのだ。こんな暗い場所で修行する。明るい場所を目指して。
 ぼくは気づかれないように音を殺して、静かに狭い部屋に帰った。

 夏休みに入って何日か過ぎた頃、再び彼がやってきた。呼び声に応えてぼくは下りていく。
「今日はさ、ミドルスクールの地方大会があるんだよね。スクール対抗のやつ。ただで観戦できるんだけど、行ってみない?」
 マトは無視されたことについて何も言わなかった。何もなかったかのように、前回合ったときと同じ調子で話す。
 大会はビッグスタジアムを借りて行われていた。各ミドルスクールの代表が出ているだけあって、バトルをしているポケモンは皆強かった。強いと思ったポケモンでも、対戦相手はさらに強く、一撃も与えられずに敗れてしまう試合があった。たかがエレメンタリースクールの校内チャンプになっただけで、自分はあまりにも自惚れていたのだということに気づく。ここまで差があるのか。ぼくは愕然とした。マトはにやりと笑った。
「やっぱり、強いな。ジンみたいに毎日努力を怠らないで、それをミドルスクールまでずっと続けているような人しか、代表にはなれないんだよな。そりゃ、強いわけだ」
「何言ってんだ。君だって毎日努力してるだろ」
 マトが笑みを潜めて見つめてくる。歓声にスタジアムが沸いた。互いに相手の表情を読み取るぼくと彼は、なぜ歓声が起こったのか分からない。意識は隣にいる相手に向いている。
「いつもジンと遊んでる。おれは努力なんてしてないよ」
「それは嘘だよ。ぼくと別れた後、夜になったらいつも広場に行ってた。そうだろう?」
「なんだよ、ばれてたのか」

 スタジアムを出ると、マトが唐突に「なぁ」と言った。
「一度、一緒に修行してみないか? どうせ夏休み暇だろ? ミュージカルに行ってさ、その後にあの隠れ家みたいな草むらに行くんだ。楽しそうだろ?」
 楽しいことに間違いはないだろうと思う。けれど、ここまできてもまだ、ぼくには疑問が残る。どうして彼は。
「どうして、君はぼくに付きまとうんだ」
「あれ、迷惑じゃないって言わなかったっけ?」
 そうじゃない。ぼくは言った。そうじゃなくて、動機は何なんだ。ぼくにはまったく理解ができない。元チャンプと現チャンプ。決勝戦で戦っただけの関係だというのに。
「おれさ、実は友達いなくて」
 ぼくたちの足は自然と五番道路の草むらに向かっている。
「きっとジンも同じなんじゃないかと思ったんだ。クラスメイトとは話をする。でもそれは上辺だけの付き合いで、実際は友だちなんかいない。育成とか、バトルとか、本気で切磋琢磨する友だちが欲しいんじゃないかって、思ってたんだ」
 そうなのだろうか。ぼくはそう思っていたのだろうか。校内チャンプだった頃は、現状に十分満足していた。でも引きずり下ろされた今、たしかにそうした相手がいないと動き出せなかった。一度挫折した世界に、一人で戻る気力がもはや沸いてこなかった。
「逆におれも聞きたい。なんでジンは、そんなこと気にするんだ。おれと友だちになるのが嫌なのか?」
 ぼくは歩きながら少し悩んだ。今まで考えてはいたけれど口にしてこなかったことを言うかどうか。そして、ぼくは結局言うことにした。
「君とか、クラスの皆には、狭い部屋の中に閉じこもる心情を理解できないんだと思った。ぼくは、挫折とか、そういう、なんていうかな、自分の心の奥底にあるものをぶっ壊されたんだよ。君とかは、その気持ちが理解できないと思ったんだ」
「たぶんそれ、アイデンティティーって言うんだろ」
「そう、きっとそれ。それが壊されたとき、ぼくは狭い部屋の中にいることを自覚したんだよ。世界には色がなくて、こんなにも狭いのかって。ぼくは今まで何をしてきたんだろうって」
「なんだ、そんなことか。なんだよ、ははは」
 マトは笑い出した。ぼくたちは五番道路の草むらに足を踏み入れ、ぼくはどうして笑うんだよ、と言った。勇気を出して告白したぼくは、腹が立って仕方がなかった。
「そんな小さなことで悩んでたのかよ」
「小さなこと? そんなわけないだろ! ぼくにはバトルしかなかった! ミュージカルとか、他にも色々な日常がある君とは違うんだよ!」
「それは、ジンが知らなかっただけだろ。いいか、おれだって部屋の中にいるんだ。狭い部屋の中に」
 馬鹿にされてるのだと思ったから、何か言おうとして彼の顔を見たら、珍しく真剣な顔をしていた。彼がこんなに真剣な表情をしているのを初めて見た。
「知ってる? イッシュ地方にいくつ部屋があるか」
 なんだそれは、と思った。どういう意味だろう。
「知らないよ」
「十五だよ。人によっては数え方が違うかもしれない。でも部屋があることに気づいた人は、みんな思うんだ。十五のうち、どの部屋も狭いんだって」
 なんで十五なんだろうと考えていると、彼は話を続けた。
「街の数だ。おれたちは、誰もが狭い部屋の中にいる。ジンとは何日か遊んだけど、そのどれもがライモンシティ、狭い部屋の中だけの出来事だろ?」
「それは、時間もお金もなかったから」
「そうだよ」
 彼がぼくの言葉に重ねる。
「だから出られないんだ。おれたちは狭い部屋から出られない。でもたまに、広い世界を垣間見ることがある。今日の大会みたいにさ。なぁ、悔しくないのか。ジンは狭い部屋の中で一番を取って、それで満足なのか」
 言葉を失った。ぼくは狭い部屋の中にいる。違う。違ったのだ。ぼくだけじゃない。ぼくたちは狭い部屋の中にいる。それがどうしようもなく正しくて、決定的で、今まで狭い部屋の中にある、さらに狭い自分の部屋に引きこもっていた自分は、何なのだろうと思った。内向的で、それこそ何も生み出さない。
「クラスのみんなは、ジンに関心がなくなったわけじゃないよ。みんなだって狭い部屋から出て行きたいんだ。だから、狭い部屋から出て行く足がかりになりそうな、校内チャンプに近寄っていく。みんなは校内チャンプに関心があるだけなんだ。狭い部屋から出て行くことに関心があるだけなんだ。無意識だから、それに気づいている人は少ないだろうけどね。そんな下心が見えてしまったら、友だちなんていないんだって思い知るだろ?」
 その時になって初めて気づいた。ぼくが彼に負けてしまった理由。それは単純に努力の差とか相性とか、そういう問題じゃない。彼は部屋の広さを知っていたし、とても小さな窓から、外の景色を眺めるということを知っていた。いつか出て行くのだと、そんな夢を持っていた。意思の強さが比較にならないほどった。そうして今、ぼくは部屋の広さを知った。ここはどうしようもなく狭いのだ。校内チャンプか、校内チャンプじゃないか、そんなこと、窓の外からしてみれば、まったくもってどうでもいいことだった。
「一緒に部屋の外に出よう。二人で修行しよう。もっと、強くなろう」
 彼の言葉にぼくは頷くことしかできなかった。その時、雨が降った。雫が二つ。草むらに消えた。空を見上げてみると、太陽が眩しかった。手で目を覆う。目頭に触れると、手が濡れた。ぼくは泣いていた。

 夏休みを毎日、彼と過ごす。彼というのは他でもないマトのことだ。育成、バトル、時にはミュージカル。彼はモコちゃんのブリーダーを見つけて、その子が可愛い女の子だと分かると、あっさり恋に落ちた。けれど恋に溺れるわけでもなく、ポケモンのことや将来のことになると、途端に真面目になって打ち込んだ。ぼくたちは夢を語る。チャンピオンになりたい。二人の夢が同じだったから、どっちが先になれるか競争しようということになった。
 そしてもう一つ。彼はモコちゃんのブリーダーと付き合うことを最近の目標にした。
 それを言う度に、ジンはどうなんだよ、と言ってくる。キイチゴのブリーダーは確かに綺麗な人だ。綺麗なお姉さん。でも、まあ、ぼくには無理だろう。もちろんそういう感情がないわけではないけれど、そういうのじゃないって、と返事をする。
「やったよ! サインだ! うわあああ、サインだ!」
 キイチゴとモコちゃんが一緒に出ている舞台が終わった帰り道のこと。舞台が終わった後、珍しく姿を現したモコちゃんのブリーダーを捕まえて、サインを貰った。夕日に染まった彼の横顔はすごく嬉しそうだった。彼の目標は着実に進展しているようだ。
 もちろん、夢の方も。
「ジン! 今度観覧車に乗ろうぜ! 二人で!」
「それは違うだろ! 恋人同士じゃないんだから!」
 ふざけ合って見上げた観覧車は夕日を背負っていた。大きな観覧車からはきっと、狭い部屋の外がよく見えるのだろう。そう考えると、乗ってみるのも悪くない気がした。

 ぼくたちは狭い部屋の中にいる。けれど、そのことに気づいたぼくらは、いつかきっと、真実の世界を目にするのだろう。
メンテ

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