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平成ポケノベ文合せ2015 〜冬の陣〜【終了】
日時: 2015/01/01 00:27
名前: 企画者
参照: http://pokenovel.moo.jp/f_awase2015w/index.html

こちらは平成ポケノベ文合せ2015 〜冬の陣〜の投稿会場です。

参加ルール(http://pokenovel.moo.jp/f_awase2015w/rule.html)を遵守の上でご参加ください。

◆日程

・テーマ発表 :2015年01月01日(木)0:00
・投稿期間 :2015年01月01日(木)〜2015年11月25日(日)23:59
・投票期間 :2015年01月26日(月)〜2015年02月13日(金)23:59
・結果発表 :2015年02月14日(土) 20:00

◆テーマ

テーマA「10」(一次創作可)  
▼2014年2月14日をもちまして、皆様のご支援のお陰でPOKENOVELは十周年を迎えました。まだまだこの十周年の期間において消化不良だとういう方、是非このお題に向かって溢れんばかりの想いをぶつけてみてください!

テーマ「糸」(ポケモン二次創作のみ)  
▼たった一本の糸から編み上がる暖かな縫い物。縦糸と横糸の組み合わせで描かれる壮大なタペストリー。
 ただの糸と侮るなかれ。誰かの想いも糸と喩えられ重なり合い絡み合い、連続無窮にしてこれまでもこれからも何かを作り上げていく。糸とはそんな無限の力をもつものなのです。

◆目次

 ▼テーマA「10」
 >>1
 「ゼノム・アステル」

 >>2
 「√10」

 >>4
 「KLOA the Jet Wind」

 ▼テーマB「糸」
 >>3
 「イトコンミラクル」

 >>5
 「そして糸車は回る」

 >>6
 「貴方へ」

◆投票・感想
 http://pokenovel01.blog111.fc2.com/blog-entry-11.html

◆結果発表
 >>7
メンテ

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√10(テーマA「10」) ( No.2 )
日時: 2015/01/08 20:55
名前: オンドゥル大使


「さいしょからはじめる」

 臥せっている女の横顔を見ていた。
 自分はどうやら女の夫らしい。色白の顔に黒曜石の瞳を持つ女は掠れ声で呟く。もう死にます、と。私はうぅむ、と呻ってから女の相貌を改めて眺める。よくよく目を凝らせば、艶めいた唇はぷっくりとしており、瞳の奥は透き通っている。目の奥に自分の姿が映っていた。自分は白い着物を身に纏っている。驚くほどの痩せぎすでこけた頬は自分のほうが死ぬのではないか、と思わせられた。
 本当に死ぬのか、と私は尋ねる。死にますとも、と女は嬉しそうに答えた。はて、このような声が死に際に出せるのだろうか。私は胡乱そうな瞳を向ける。女は私を通り越して庭に視線を投げた。
 あの庭の、と目線の先には笹があり、短冊がかけられている。
 庭の笹が枯れる頃には、もう死にます、と女は言い直した。やはり死なないのではないか、と私は笑ったが女は真剣な口調である。どうやら笹は今にも枯れるらしい、と私はそこで理解した。
 どうしてもか、と再三尋ねる。どうやら私は女が死ぬ事に全く現実味がないのに悲しい、という機能は働いている様子だ。勝手な私の口調に女は、死にます、ともう一度、喉を震わせた。まだ声が出せるではないか、と私は笑い話にしようとしたが女は私の名を呼んだ。恋しいように、私を呼んだ。
「ハルオ」
 私の名前らしい。どうやら最後の最後に言っておきたい事があるようだ。私もここまで来ると真剣になって女の名を呼んだ。
「テトラ」
 私は女の名を知っていたのか、とその段になって初めて気づく。テトラはこう述べた。
 あの赤い日の光が落ちて、また昇ってまた落ちます。その間、千年の間にあなたと私はまた出会うでしょう。
 おかしな事を言う、と私は感じた。千年の間、とは。
 待てますか、と女は赤子をあやすような声で言う。私はうぅむと呻ってから約束した。
 すると女の顔から血色が消え、瞳に映った私の象が急にぼやけたと思うと女は目を閉じていた。長い睫毛が印象的だった。私は女の骸を庭に埋めた。墓石の一つも立てられないらしく、私は木の棒に自分の指先を切ってテトラ、と血で書きつけた。
 笹がそのような速さで枯れるものか、と訝しげな視線を向けると笹は瞬く間に枯れてしまった。青々としていたその身は見る影もない。老婆のようにしおれた笹の葉の先に短冊が吊るされている。私はその短冊の一つを手に取った。
 千年の間に十の転生をしましょう、と私とテトラの連名で書かれていた。馬鹿な、と私は短冊を笹から外すと日が落ちてまた昇ってきた。日は赤いまま落ちて赤いまま昇ってくる。その速さが分からない。光の帯の連なりが網膜の裏に宿る。私がじっと眺めていると空から何かが降りてきた。目を凝らすと白い身体をした天使である。黄色い頭部に短冊が吊り下げていた。私はその天使が千年に一度、現れるという話を思い出した。
 そこで私は、もう千年経ってしまったのか、と実感した。

 自分はどうやらイッシュの出らしい、という事が分かった。成人の儀を終え、私は家族の待つテントへと戻る。すると妻が既に夕食の準備を終えていた。
「テトラ」という名前らしい。私は彼女と夕食を共にした。どうやら族長が死ぬらしい、と私は伝え聞いた話をする。
 じゃあ、あなたが次の族長になればいいのよ。テトラはいい加減な事を言う。私には族長になる気など全くない。だがどうやら一族は私を族長にしたいらしかった。どうするべきか、と首をひねっていると一族の一人がやってきて私に言った。
 逃げれば、族長にならずに済むぞ、と。ならば逃げよう、と私はその友人の声に従った。私は友人と共に魔獣に跨って逃げる事にしたがその途中で突然に空が赤く染まった。はて、とそれを眺めていると地上が炎に包まれた。瞬いた黒い光と、白光に私は目を眩ませる。どうやら乗っていた魔獣は視力を失ったらしい。空中に投げ出された私と友人はしこたま地面に身体を打ちつけた。どうやら友人は打ち所が悪かったせいで死んでしまったようだ。
 私は故郷が焼かれていくのを目にしながら佇んでいた。何も出来ないまま世界は一度滅んだ。こんな事ならば族長になるのを拒むのではなかった、と後悔の念が押し寄せてきたがそれさえも包むように炎が私を焼いた。千の刃で貫かれるよりも激しい痛みに意識が消失した。

 よぉ、こっちに来いよ。
 囃し立てる声に私は振り向く。公園で顔のない子供達が――とは言っても私も同年齢なのだが――めいめいにゲームをしている。私は歩み寄って尋ねた。
 はて、それは何かね。
 何を言うんだ、これはポケモンだろう。
 そうであった。学校ではポケモンというゲームが流行っており、私もご多聞に漏れずゲーム機とソフトを揃えていた。
 家に帰って取って来いよ、という声に私は従う。道中、同じクラスの女子とすれ違った。
「テトラ」と名を呼ぶと彼女は片手にゲーム機を持っている。どうやらあの一同に加わる気らしい。
 男に混ざって馬鹿にされるぞ、と私は忠告したがテトラは構わず行ってしまった。私は家に帰るなりただいまも言わずにゲーム機を持って飛び出した。公園では既にテトラが加わって対戦が行われており白熱していた。私はその段になって周囲を見渡す。家々が並んでいるわけでもなく、ぽつんと公園があり、半球型の遊具の上で子供達が遊んでいる。
 まるで世界から取り残されたようだな、と私は感じた。
 子供達の輪に加わって私はポケモンをプレイする。フシギダネ、というポケモンで私は勝ち進んだ。
 ハルオのフシギダネすごいな、と賞賛を受ける。
 そうか、私はハルオと言うのか。
 私はその実感を手にしながら公園で遊びふける。どうしてだか日は中天に昇ったまま、全く動かなかった。永遠の遊びの時間が続く。私はどうしてだかそわそわした。
 帰らなくっていいのだろうか、と尋ねると顔のない子供の一人が難しい声を出した。
 何を言うんだ。ここは帰らなくっていい場所だろう。
 そうであった。帰らなくってもいいのだ。だが私だけだろうか、帰らなければならない気がした。今にも喉を突き破って出そうな叫びが胸の中にあった。帰らなければ。この遊びに興じていてはいけない。
 するとテトラが私の手を取った。
 帰ろう、と言うので私は従った。公園を出て振り返ると顔のない子供達の姿はなく、そこにいたのは悪鬼羅刹の類だった。
 この子供達に混ざっていたら自分は死んでいただろう。遊びふける事は、「遊び」「老ける」事でもある。私は悠久の時間を無駄にするところだった。

 自分はいつか消えるのだ、という衝動が先にある。
 どうしてだろうか。私と共にいる数十人は消えるためにこの世に存在するのだ、という答えを持っていた。だが誰も怖がる事もない。むしろ、それが当たり前のように回転する。
 回る、回る、人間の壁。
踊る、踊る、人間の心。
ある日トレーナーがやってきて、どうしてここにいるんだい、と尋ねた。新米の少女トレーナーであった。
意味なく踊る俺達、意味なくいつか消えるブー。
私はその言葉しか知らなかった。すると少女は目を伏せて、寂しいね、と口にした。
寂しいのだろうか。私は初めて自分の生に疑問を持った。私は訊く。本来、私はこの世界においてエキストラであり、三文役者であり、与えられた言葉以外を喋る事が許されていないのだが口にしていた。
君の名前は。
私はテトラ。

 人間を焼こう、と仲間が言い出した。
 マグマ団、という団体に所属していると炎タイプのポケモンに愛着が湧くようになる。そのため、そういう衝動があるのだろうか、と私は理解を示そうとしたがやはり抵抗があった。
 人間を焼いていいのだろうか。
 何を言っているのだ。いいに決まっているだろう。
 私がおかしいのか、仲間がおかしいのか、判じる術を持たない。私は、では少し待て、と総帥のマツブサに指示を仰いだ。だがマツブサは難しい顔をするばかりで何も言わなかった。
 ははあ、なるほど、総帥は我々には関心はないのだな、と実感した時、私は焼いてしまってもいいのではないのだろうか、と感じた。
 仲間に総帥からの許しが出た、と嘘をついた。すると仲間は嬉々として外に出て目についた女性を焼いた。咎められるだろうな、と私は他人事のように感じていた。するとからんと女の名札が落ちてきた。プラスチックの端が焼けているが名前は読み取れる。
 テトラ、と。

 何もなかった。
 自分以外、宇宙すらも創造されていないまっさらな状態である。はて、どうするべきかと私は創造神のように迷った。この宇宙をどうデザインするのが正しいのだろう。意見を仰ぎたかったが、自分以外にいないので困り果てた。仕方がないので私は手持ちの道具で一つのタマゴを創り上げた。私が創ったタマゴから宇宙の大元となるポケモン、アルセウスが誕生する予感がした。よし、この宇宙は大丈夫だ、と感じたがやはり産みの親の情か、宇宙の誕生を見届けたかった。
 しかし、何百年と待ったが宇宙は、タマゴは全く孵化する様子がない。これでは時間の無駄だ、と私はタマゴをこつんと叩いたが中でこぉーんという空洞の音がした。まさか、と私はタマゴを割ろうとするがタマゴは外的要因では割れない仕組みに創ったのは私だ。これは困ったな、と私は頬杖をついて孵化を待つしかないと判断する。
 しかし待てども待てども、タマゴに変化はない。これはどうした事だろう、と私は相談役を創る事にした。私に性別はなかったが何となく女性がいいだろう、と私は人間をデザインする。宇宙の想像に比べれば個人の創造は容易い。本音を言えば宇宙が生まれ、知的生命体が自然発生するのが好ましかったがこの際順番の前後は仕方がなかった。
 生み出した女性は私の知識を詰め込んだ。もちろん、私の知り得る全てを注げば人間の脳細胞では耐え切れないのでちょっとずつである。
 やがて目をパチリと開けた女に私は尋ねた。
 このタマゴにはアルセウスが入っているはずなのだがどうしてだが宇宙は創造されない。何故だろう、と。
 女は顎をさすって呻った後に答えた。
 ハルオ様、これはダメタマゴです。
 ダメタマゴ、という単語を知らなかったので私は質問する。
 ダメタマゴとは。
 中に入っているポケモンは中で死んでいます。もうこの宇宙は創造されません。
 私はがっくり肩を落とした。まさか宇宙創造の核になるポケモンがダメタマゴだったとは。私は仕方がない、と逆に考えた。この女を中核として自然発生ではないものの知的生命体の発進点としよう。私は女の名前を決めた。
 お前はテトラだ、と。
 テトラは微笑んで、仰せのままにと一つの生命体の発生源となった。全ての生命体がこのテトラの遺伝子をベースに造られているのだ。私は順番の前後には不満があったが結果的に全ての生命の母を創り出せた事に満足した。
 その間に千年経っていたので私は休む事にした。恐らく何億年も、眠りにつくだろう。
神が不在の世界はたった一人の女神の系譜としてそのまま継続した。

 円筒状のガラスの向こうで泡沫が上がった。
 培養液で満たされたガラスの中で一体のポケモンが胎児のように身体を丸めている。最強の遺伝子ポケモン、ミュウツー。私はようやく造り上げたのだ。人類の禁忌、まだ誰も成し得ていない人造のポケモンの成功。私の事を学会は褒めちぎる事だろう。私の成功譚は既に確約されていた。だが、私にはやるべき事がある。それはミュウツーの製造さえも過程に過ぎないとして置いている私的な計画であった。
 私は研究員の不在の間、こそこそと組んでいたプログラムをミュウツーの管理プロセスへと走らせた。ミュウツーがどのような性格になるのかを決める重要な部分である。私は自分で造った人格形成プログラムをミュウツーに移植した。
 実を言うと私は疲れ果てていたのだ。最愛の娘を事故でなくし、その最期の言葉を聞きたい、その一心でミュウツー製造計画に乗った。娘は何を言うのだろう。何を自分に聞かせてくれるのだろう。私はうずうずしたがミュウツーに娘の人格が完全に移植されるまで半日あった。私は椅子に座り込んで回顧する。
 娘――テトラは私の生きがいである。テトラのいない人生は考えられないし、テトラこそが全ての救済を与えてくれるのだと思っていた。妻とも別れ、私は研究に心血を注いだ。全ての赦しを、テトラの一言にだけ感じているのだ。再生された娘が何を言うのか、それだけのために私は道を踏み外し、人間をやめた。
 倫理観や道徳など私と娘の間に横たわる邪魔な感情だ。捨て去ってしまうのがいい。娘に会うには、私自身鬼でも悪魔にでもなる覚悟が必要だった。
 半日過ぎていたらしい。カプセルから泡沫が激しく上がり、ミュウツーが培養液の中で目を覚ました。
 私は立ち上がってガラスの筒に手をついて声を張り上げる。
 テトラ!
 私の声にミュウツーの姿の愛娘は答えた。
 お父さん。
 やはりテトラは再生されたのだ。私は近くにあった鉄材でガラスを叩き割ろうとした。その先を聞きたかった。その先に、娘は何を言いたいのか。テトラの言葉さえあれば、それは天啓にも等しい。
 ガラスに皹が入り、培養液が流れ出した。足元を流れるぬるい水の感触を感じながら、私はミュウツーに問うた。
 しかし、ミュウツーは何も言わなかった。培養液が全て漏れてから私に気づいた研究員の一人が駆け込んでくる。私を押し退けてミュウツーの生死を判じた。
 もう、死んでいる。
 私はその時になって、自分の娘を今、自分の手で再び殺した事に気づいた。

 旅の準備は万全だった。
 モンスターボールは買い揃えたし、トレーナーカードも受け取った。新品のランニングシューズを履いて私は旅に出る。
 ポケットモンスターの世界へ。
 私は幼馴染に声をかけた。
 うるさいなぁ、とテトラは私を疎む声を発したが本心では自分も旅に出たいのだろう。
爛々と輝いた陽射しを浴びて私達は旅に出た。私はジムリーダーを下し、次々とバッジを手に入れる。それに比してテトラはあまりやる気がなかった。自分はトレーナーには向いていない、と何度か愚痴をこぼされた。
 私は全てのバッジを手に入れ、ポケモンリーグへの挑戦権を勝ち取った。挑戦前夜、私はテトラと話をした。今まで自分はこのために生きてきたのだ、という実感があった。チャンピオンを制し、この地方の王になる。私の夢物語にテトラはうんうんと相槌を打ってくれた。テトラは、と私は問いかける。旅をしてどうだったのだろう。
 テトラは、目的がある、と告げた。
 それはポケモンリーグよりも大事なのだろうか。尋ねるとテトラは遠くに視線を投げた。
 ある一事のために自分はここにいるのだと。私は身を乗り出して尋ねていた。
 一地方を制する以外にポケモントレーナーに生きる目的なんて!
 私の言葉をテトラは微笑んで聞いていた。その様子があまりに不思議だったので私は問いを重ねた。
 君は誰だ。
 私はテトラ。
 俺は誰だ。
 あなたはハルオ。
 君はどこにいるんだ。
 ここに。
 では俺は。
 ここに、とテトラは腹をさすった。その時になって私の脳に電撃的な予感が突き立った。そうか、これは夢なのだ、と。母親の胎内にいるまだ人間にすらなっていない者の見る泡沫の夢。万事上手くいっていたのはそのせいなのだ。
 急に世界が暗くなって私の耳には規則的なリズムの鼓動だけが感じられるようになる。
 母親の鼓動、夢の終わり。
 私は、まだこの世界に生まれてすらいなかった。

 私はトキワシティに住んでいた。郊外のトキワの森は危険地帯なので立ち入ってはいけないのだ、とよく聞かされていたがレベルの低いポケモンの群生地帯は私の娘にとって最大の遊び場だ。娘は一体のバタフリーを指差した。
 私は聞く。バタフリーと遊びたいのかい。
 うん、と娘は答える。今年五歳になる娘のテトラは自慢の娘だ。数々の才能を持ち、私に出来なかった夢を全て叶えてくれそうなほどにエネルギーに溢れている。
 どうやって遊ぶ。私の問いにテトラは無邪気な笑みを浮かべた。
 むしって遊ぶ。
 おぞましい答えだったが、テトラはまだ五歳だ。バタフリーをむしる事など出来るわけがない。私は娘の残虐性を咎めずに軽くたしなめる。
 テトラ、ポケモンにも命があるんだよ。
 そうだね、とその瞬間だけテトラは急に大人びて答えた。一瞬にしてテトラが成長してしまったような錯覚を覚えているとテトラはバタフリーへと誘われるようについていった。
このままついていけばトキワの森を出てしまう。それはいけない、と私はテトラに追いすがろうとするがテトラは木々を上手く避けて私の手を逃れた。テトラがバタフリーへと手を伸ばす。その瞬間、森が晴れていた。
 私は遅れてテトラの姿を探す。
 しかし、テトラはどこにもいなかった。はて、と怪訝そうにしているとバタフリーが宙を舞っている。むしられずに済んだのだな、と私はホッとして声をかけた。
 そうだよ、とバタフリーがテトラの声で答えた。

【あなた】は一連の物語を読み、その読後感にふける前に立ち上がった。物語の創造主を【あなた】は殺す役目を帯びているのだ。この世に物語が氾濫しないように。並行する世界の枝葉を切るのが【あなた】の役目だ。
剪定者、と駄洒落じみた名称で呼ばれている。【あなた】は黒いロングコートを羽織って、鍔つきの旅人帽を目深に被る。【あなた】は物語の殺し屋だ。可能性の滅殺者だ。この世にあまねく物語を破壊するために、【あなた】は生み出された。
 自分の名も知らず、【あなた】は音もなく部屋を出ると九つの物語をこの世に“創造”した人間をサーチし始めた。【あなた】の眼は特別製だ。物語の主を瞬く間に探す事が出来る。【あなた】の耳も特別製だ。僅かな衣擦れの音も聞き逃さない。この全てが管理される世界において、【あなた】の万能性を上回る存在は【あなた】と共に生まれた九人の存在しかいない。
【あなた】の耳はペンを走らせる音を聞きつける。【あなた】は瞬時にホテルを飛び出す。広めに取られた談話室の窓を蹴破り、【あなた】は眼下のタクシーの天井へと足をついた。まるで影のように素早く乗り込み、行き先の住所を【あなた】は事細かに運転手に告げる。運転手がハンドルを切って【あなた】を導く。
 お客さん、変わった乗り方をするんですね、という運転手のジョークを聞き流し、【あなた】は行き先の住所からタクシーの通路が外れている事を感知する。
 すかさず振り返った運転手の手に握られている拳銃を爪先で蹴り上げる。銃弾が天井にめり込むのと【あなた】が運転手を拳で昏倒させるのは同時だった。コントロールを失ったタクシーが回転し、電柱にぶつかってひしゃげる。【あなた】は問題なく抜け出してちょうど住所の邸宅へと入った。
 ペンを走らせる音が聞こえてくる。どうやら【あなた】に感知されても物語の創造主は書くのをやめないらしい。ため息をついて仕事だと割り切り、【あなた】はドアを蹴る。
 丸い部屋の中に外套を纏った女が一心にペンを走らせている。【あなた】の存在にも気づいた様子がない。【あなた】は冷徹に告げる。
 検査局だ。物語創造の罪で執行する。
 すると女はぴたりとペンを止め、【あなた】を見つめた。
 失礼ながら、あなたのお名前は。
 場違いな女の質問を【あなた】は無視して警告する。
 三十秒以内にペンを捨て、物語創造をやめろ。でなければ命の補償はしない。
 女はふっふっと笑って一枚のタロットをテーブルの上に差し出した。【あなた】はそれを眼にする。歯車が描かれたタロットだ。
 運命を信じますか。
【あなた】は口角を吊り上げる。
 生憎、無神論者だ。
 ですが、私とあなたは以前に会っているかもしれない。
 あり得ない。
 ですが、この世に人間という生がある以上、あるいは魂の存在を信じる以上、その人格が渡り歩く世界を否定は出来ません。
 主義者の妄言に付き合う主義はない。【あなた】は聞く耳を持たない。
 ですが、あなたの耳は、あるいはあなたの眼は、人間のそれではないでしょう。それは人間とは別の種のものではないのですか。あるいは、それは私の描いた物語に登場する種族のものかも。
 ポケモン、とか言ったか。
【あなた】は律儀にも女の創作物に触れていた。そうでなくては【あなた】の仕事は成り立たないからだ。創作物に触れ、それでも感情を全く揺さぶられない。それこそが【あなた】と、【あなた】と同時に生を受けた九人に共通する存在の特権である。
 驚かないのですね。
 あり得ない。
 でも、私はこうして対峙している。物語の創造主として。
 創造主の作り出す世界は可能性の世界だ。だが自分は可能性を潰す剪定者。可能性と、並行世界の存在を世の中に流布してはならない。それがこの世界の取り決めだ。
あなたは自分の名前すら知らない。
 必要ないからだ。
 ですが、私はあなたの名前を知っていると言えばどうです。
 試すような物言いにも【あなた】は掻き乱されない。何故ならば【あなた】には感情が全くないからだ。怒りも、悲しみもない。戸惑いも、ましてや葛藤など。
 千年前に私はあなたと会っています。
 千年前。その言葉に【あなた】の、剪定者としての【あなた】の、無慈悲に命を奪うしかない【あなた】の眼の奥が僅かな反応起こした。【あなた】は頬を伝う何かの熱を感じ取る。【あなた】の今までの身体機能にはない異常であった。
 これは。
 涙です。あなたは感じる心がある。
【あなた】はもちろん信じない。涙など、感情に揺さぶられる人間に取り付けられた不要な身体機能であり剪定者には設定されていないはずだ。
 女は立ち上がり、原稿用紙をそっと手に取った。【あなた】は女を殺す事も出来るがどうしてだか動けない。女は【あなた】に原稿用紙を差し出した。書かれていたのは精密な【あなた】の行動の描写だった。それどころか【あなた】がこれから何をするのか、どうするのかが描かれている。【あなた】は「戦慄」する。剪定者にない感情が震え、【あなた】は慄く。
 千年前の契りを、私は覚えている。覚え続けている。
 女はそっと外套を取った。その顔を見て【あなた】は揺さぶられる。
 テトラ。
【あなた】は知らないはずの女の名前を紡ぐ。それは【あなた】が読んだ物語に登場する女の名前だ。どの次元にも存在し、どの次元でも重要な鍵となる女の名前だ。
 千年間、待ってくれたのですね、ハルオ。
【あなた】が知らない情報を、誰一人として知らないはずの情報を、テトラは口にする。【あなた】は頬を伝う涙の熱に浮かされたように膝を折った。
 その瞬間、【あなた】の同朋である九人の剪定者が出現した。
「物語創造の罪状と、心理的動揺を感知。二つの存在を抹殺する」
【あなた】はテトラに手を伸ばす。テトラの手が【あなた】の、白くしなやかな【あなた】の手に触れる前に、消滅した。跡形もなく、消滅した。九人の執行により、テトラはこの世にいたという証明を消し去られた。九人の同朋は【あなた】が壊れたのだと思っている。【あなた】に触れようとした同朋の一人の頭部を、【あなた】は執行した。
 同朋の一人が倒れ、【あなた】は色めき立った同朋達を一人、また一人と執行していく。逃げられないのは分かっている。この世界から逃げられない事は。執行の手が【あなた】の右腕を吹き飛ばすが【あなた】は反応して打ち倒す。だがこの世界を保護する最強の九人から逃れられはしない。同朋によって【あなた】は足を破壊され、その場にうつ伏せで倒れる。九人の剪定者が――もう三人まで減っていたが――【あなた】に問う。
 さいしょからはじめるか。
 つづきからはじめるか。
 最後通告だろう。【あなた】はもう抵抗の気力がない振りをして剪定者の声を聞く。剪定者は【あなた】を初期化するだろう。何も知らなかった剪定者に戻すだろう。【あなた】は選択を迫られている。
 さいしょからはじめるか。
 つづきからはじめるか。
【あなた】は女が落としていったペンを手に取り、原稿用紙に殴り書きした。剪定者の執行が【あなた】の存在を消し去る。【あなた】が選んだのは――。

 ハッと目が覚めて私は庭先にいる自分を自覚した。
 どうやら眠っていたらしい。今しがたテトラが死んだのに、呑気なものである。私は庭に埋めたテトラの墓を見下ろして、笹にかけられた短冊を手に取った。
「つづきからはじめる」とそこには書かれていた。
 はて、どういう意味だろうか。私には見覚えがない。確か十回転生をするとテトラと書いたはずであるが。
 まぁいいだろう、と私は感じた。時間はたっぷりある。まだ千年まで一日を刻み始めたばかりだ。きっとこの身が朽ちるまでも時間はあろう。
 待とう。千年の、時のいや果てまで。
メンテ

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