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2011年冬企画 ★結果発表
日時: 2011/01/16 21:57
名前: 企画者

☆ごあいさつ
皆様新年明けましておめでとうございます。今年は2011年。なんと21世紀になってから早10年と、信じられないほどの時の流れの速さを感じずに入られません。
さて、その2011年冬の企画、ポケノベが新体制となって二回目の企画となります。
どうぞ気軽な気持ちでご参加していただければこれほど幸いなことはありません。


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☆企画概要
◇主旨

短編の小説作品を投稿し、その完成度を競います。

◇日程

・テーマ発表日  :1月17日(月)
・作品投稿期間  :1月24日(月)0:00〜2月12日(土)23:59
・投票期間  :2月13日(日)0:00〜2月24日(木)23:59


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☆参加ルール
◇基本規約(必ずお読みください)

・企画作品は必ず今回より設置される企画用掲示板の2011年冬企画スレッドへと投稿してください。

・一作品につき必ず一レス(30,000字)に収まる長さにしてください。

・投稿作品はテーマに沿ったものにしてください。テーマの説明は後述。

・今回はAテーマを一次創作可、Bテーマをポケモン必須のテーマとします。お間違いのないようお気をつけください。

・参加のための申請などは一切ありません。気まぐれでのご参加もドンと来いです。

・作品投稿の際のHN(ハンドルネーム)は自由です。複数投稿してそれぞれ別のHNを使用しても構いません。

・過度に性的、および暴力的な文章はご遠慮ください。また、それらの判断基準は運営側で判断させていただきます。

・ポケモン以外の二次創作はおやめください。

・お一人様につきの投稿数は三作までです。

・投稿の際の記事には以下の内容を必ず記入してください。
@作品タイトル(※掲示板の仕様上、必ず“題名欄”に記入してください)
Aテーマ
B本文
 なお、あとがきなどの本文終了後の文章のご記入は任意です。

・以上の内容が守られない場合、投票の凍結、最悪の場合は作品を削除することがあります。




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☆投票ルール
投票ルールの詳細は、投票ページトップにてご参照ください。

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☆テーマ
・A「もう一度」


 「また改めて」「再び」「あと一回だけ」など、他にもこの言葉の意味すものは様々あります。
 使う状況によっては、ガサツな意味にも繊細な意味にも成りうる。あなたにとっての「もう一度」とはなんですか?


・B「氷」(ポケモン必須)

 冬と言えば雪。というのが普通ですが、氷なんていかがでしょうか?
 真冬の湖面から冷凍庫の中まで、様々な場所に存在する「氷」はあなたに何を想像させるのか。


・目次 >>10
・結果 >>18
メンテ

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僕と君との二年間 ( No.7 )
日時: 2011/02/11 13:20
名前: こしたん

A「もう一度」





 インイングリッシュ、僕が一番好きな言葉は『ワンスモアプリーズ』だ。
 何が好きって、その便利なところである。そう言うと安っぽいというか、なんだか白々しい感じがするけれど、僕はとかくこのフレーズが大好きだ。ワンスモアプリーズ。その響きが、僕には時に魔法の呪文にさえ思えるのである。ワンスモアプリーズ。
 僕と英語との出会いは中学一年の時だと言えるであろう。西洋かぶれがDNAレベルで染みわたってしまった今日のニッポン、ひとたび街に繰り出せば横文字の雨あられに襲われるご時世であるからして、もちろん僕だって胎児の頃から英語のことは知っている。なんともなくカッコイイものであると、幼児の頃には気付いていたに違いない(これは僕が神童だったと言いたいのではなくて、近代現代の普通の子なら、たいがい誰もがそうであろう)。小学生の頃には絵を描くのに、とりわけマンガの主人公の服をデザインするのに、アルファベットを適当に並べて『ピブドゥングス!』等々謎の単語を創作したりしていた。当時の僕は特に『R』がお気に入りで、まぁそんな話はいいや。とにかく僕は中一の春、始めて本物のそれらと触れあうこととなったのである。ザッツアイアムゆとり世代、揶揄したいならすればいい。
 ここまで来れば気付いていただけるかもしれないが、僕は英語が苦手である。勉強科目としての話ではあるが、苦手というか嫌いである。嫌いというか大嫌いだ。僕の勉強嫌いの全ては英語に起因していると言っても過言ではない。まず話すのが嫌いである。あの英語独特の発音を先生に強要されるところが最悪だ。習いたての頃、クラス全員でRの巻き舌の練習をしている光景など失笑モノだった。すぐに僕はRが嫌いになった。また、書くのや読むのも苦手というか、正直よく分かっていない。なぜ、「僕は英語が嫌いだ」と素直に言わずに「僕は嫌いだ英語が」だなんてめんどくさい順番で言葉を並べているのか、全く理解に苦しむ。先生は日本語よりも英語の方がうんと簡単なんだと力説するけど、どう考えても日本語の方が音も形も圧倒的に美しく分かりやすい。日本国の識字率がそれを表しているではないか。こんな教育が許されていいはずがない。世界基準がジャパニーズに合わせるべきだ。
 当然聞くのも嫌いだ。だけども、僕がそれに対して他ほどの苦手意識を持たないのは、先に述べた魔法の言葉のおかげである。
 一年の春、何回目の授業だったであろうか、きっと片手で足りるくらいだ。先生が渾身の最終奥義でも繰り出すかのような表情で配布した『授業で役立つ英語』と銘打たれたプリントの中に、ひょうひょうとしてそいつはいた。キャッチアコールドとか、アイハブアクエスチョンとか、そんなメンツと肩を並べて、そいつは右列の下から五番目で己の出番を待っていた。先生が順番に発音し、生徒にリピートアフターミーさせて、一つずつ解説を加えていく。出番はすぐにやってきた。
「ワンスモアプリーズ」先生。
「ワンスモアプリーズ」生徒のやる気あるやつ。
「もう一度お願いします。先生や友達の言ったことが聞き取れなかったときに使います」
 その時、僕はその偉大さにちっとも気付かなかったと言ってもいいだろう。
 それから僕が彼の力に気付かされるまで、それほど時間はかからなかった。先生が僕に何か尋ねる。僕は慌ててプリントを見る。
「わ、わん、すもあ、ぷりーず」
 カタコトの英語。先生は笑顔を浮かべる。子供たちが未知なる外国語を使い始めるのが何とも嬉しいらしかった。もっと好きになってもらいたい、その一心で、先生は、今度はゆっくりはっきりと、同じ言葉を繰り返す。
 ゆっくりはっきりと。絵本を読み聞かせるように、馬鹿にしてるのかと思わせるくらいに、ネイティブが顔をピクピク引きつらせるほどに、ゆっくりしっかりはっきりと。
 そう、このフレーズの素晴らしさは、単に繰り返させるだけではなくて、その聞き取り難易度を著しく低下させるところにある。リスニングの楽なのは、リーディングよりも単語が簡単な傾向にあるからだろうけど、簡単な単語さえ普通には聞き取れない僕にとって、『ワンスモアプリーズ』はまさに天からの賜り物、授業で恥をかかないための救世主であった。定期テストなんていうのはできないと決まってるものだから、この際どうでもいい。
 正直に言うと、僕はワンスモアプリーズについてそれほど詳しくない。恥ずかしながら綴りも書けない。『ワン・スモア』だか『ワンス・モア』だかさえ知らない。『もう一度』に『一』が入っていることを考えれば『ワン』と『スモア』なんだろうが、ならば二度目をお願いする時には『ツー・スモア』になるんだと思うと、それは何となく間違っているような気がしてしまう。でも、耳だけ働かせるリスニング、口だけ動かすスピーキングにおいて、綴れるか否かなど大した問題にはならないではないか。意味が分かればそれでいいのだ。そして、それっぽいならなおのこと良い。ワンスモアプリーズのそれっぽさはなかなかのものだ。全然聞き取れていなくても、『アイドントアンダースタンド』より全然分かっている風である。最後に疑問符をいれて、『ワンスモアプリーズ?』と語尾を上げる感じにすると、更にアメリカンでナイスだ。できる男みたいだ。惚れる。そのうち彼女もできる。
 進級し二年になって、過去形がどうとかいう話になって、文法理解は困難を極めた。僕は日ごとに英語への嫌悪感を募らせていく。そんな中で、新しい先生が何気なく口にした言葉が、僕の心をぐわしと掴んだ。
 先生が指名して、生徒の一人がもごもごと何か言う。先生が教卓から身を乗り出す。
「パードゥン?」
 パードゥン? ぱーどぅん? Pa−Dwun?
 僕どころか、言われたその子も、かわいいあの子も、クラスの大半がぽかんとした。
 その時のショックは計り知れない。それはもう一つの魔法であった。それも、僕の覚えているそれよりも幾分端的で、数ランク強力な呪文である。僕は愕然とした。世界のすべてだと思っていたものはただのチンケな防壁で、それがみるみるうちに打ち崩されて、新たなるフィールドが彼方へ広がっていくように感じた。
 ワンスモアプリーズ? ――もう一度お願いします。
 パードゥン? ――もう一度お願いします。
 短い。その差は歴然であった。しかもちょっとカッコイイと来た。大人っぽい色気さえ滲み出ているように感じられた。
 でも、だからこそとも言えるけれど、僕はそれからも「ワンスモアプリーズ」の方を愛用し続けた。問題はその溢れる英語っぽさだった。当時の僕の中に、というかおそらくクラス中がそういう雰囲気だったのではないかと思うのだけど、英語を下手に英語らしく発音するのは、国語の音読を感情込めてするのと同じで、恥ずかしいことのように扱われていた。カタカナ英語が大多数であり、大多数こそが正義だったのだ。うまげに発音する輩の英語は、陰で嘲笑の的とされていた。そんな僕らにとって、与えられた新たな呪文は、存在そのものが『英語かぶれ』であり、少し高度すぎるスキルであった。たまに使っている人を見ると、それはなんだか「ませてる」みたいで、僕らは無意識にその単語を敬遠していた。
 二年生も終わりに差しかかった三学期のある日、英語の抜き打ちテストが始まった。
 その内容に僕らは辟易した。英会話のテストだというのだ。僕らはかねがねペーパーテストの畑の子であった。喋ることを求められても、それが『テスト』になることは極めて稀であった。テストという響きが僕らの表現を萎縮させた。英語コミュニケーションの授業イコール楽チンという等式を抱いている僕らにとって、正しく喋ることは至難の業であるように思われた。……そういえば、僕らの、僕らの、とさっきから言っているが、それを直接友達に確認した訳ではない。それでも、その発表を受けての教室のざわつきを見れば、皆が動揺していることは想像に難くなかった。
 出席番号一番の犠牲者を引きつれて、先生が嬉しそうに教室を出ていった。二番が青ざめている。一番との生死を分かつジャンケンに勝利した三十九番は、後ろ寄りの出席番号の生徒から賞賛の眼差しを浴びている。ちなみに僕の出席番号は三だった。順番待ちのために二番が名残惜しそうに教室を出ていく。一番の帰還が、すなわち僕への赤紙であった。僕はもうしばらくの後に、一番と立ち替わりに戦地へ赴いていく。ということは。ということはだ、ほんのちょっとの情報収集でさえ、ああ、ままならないのではないか――ああ。あああ。パニック。頭真っ白。突然膝が震えだした。
 僕は唇を噛みながら、英語の教科書を開いた。その表紙の裏に挟まれた色褪せた再生紙を取り出す。折りたたまれたそれが、こんな時になかなか開かない。指が焦って言うことを聞かない。落ち着け。落ち着け落ち着け。半閉まりのドアの向こうに続く廊下に人影、まだ動くな動いてくれるな。四番と五番のゲラゲラ笑ってんのが煩わしい。押し寄せる恐怖に僕は思わず人差し指を舐める。親指とそれで挟んで擦ると、プリントはようやくその身を許してくれた。
 ガラリ。その日常音が、僕の戦場へのいざないであった。
 教室のざわめきが最高潮に達して、僕の混乱を更に助長する。一番がヘラヘラ笑いながら席に戻り、僕に向かって「行けよ」とアゴで言う。僕は立ち上がる。膝が。思わずプリントを握りしめる。ああ膝が。僕は歩きだした。きっとそれはぎこちない、初めて立ち上がった類人猿のような二足歩行になっていたに違いない。
 授業中の廊下は、気温も景色も寒々しいものだった。廊下のつきあたりに存在する家庭科室の前に、丸イスがひとつぽつんと置いてある。テスト会場はあの扉の向こうだ。
 通り過ぎる教室から響いてくるあんな声やこんな声をバックミュージックに、僕は静かに歩を進めた。しわの入ったプリントを開く。『授業で役立つ英語』と書かれたその紙の上で視線を滑らせ、右列の下から五番目と気持ちを合わせた。もうすぐ二年になる付き合いのそいつが、俺がいるから大丈夫だろ、と僕に微笑みかけてくる。
 ――『ワンスモアプリーズ』。
 そうだ、そう言えばいい。何度でも、聞き取れるまで聞きなおせばいいのだ。僕にはこいつがいる。こいつさえいれば、向かうところ敵なしだ。そもそも聞き取れないのは先生のせいだ。指導力に問題がある。更に言えば、先生の英語の発音に問題がある。立ち聞きしたところによれば、オーストラリアからの交換留学生であるライアン・ブレイドマンくんは言ったらしい。オーストレィリアでハ、先生みタイに強イ、エクセンッ(多分アクセントのことだと思う)つけマセーん! ――つまるところ、先生は英語が下手くそなのだ。それを文句も言わず、僕らは聞き取ってあげている。聞き返すのはそう、何も僕らの過失ではない。
 ついに家庭科室前につきあたった。丸イスに腰掛け、プリントに目を落とす。それが小刻みに震えている。ああ、寒いな。指先が一段と冷えるや。閉まりきった扉の向こうから、何やら声が聞こえてくる。すりガラス越しに二つの人影。僕は耳をそばだてる、その時、僕は僕の心臓が、異様な速さで鼓動していることに気付いた。ばくばく。ああ嘘だ。緊張なんてしていない。ばくばく。少し寒いから、そう、熱を生産しようとしてるんだ。気合いに燃えているのさ。ばくばく。ああもう、うるさいうるさい、静かにしやがれ。
 笑い声が聞こえた。人影が動いた。僕は反射的にものすごい勢いで立ち上がった。勢い余った。ふくらはぎに何か当たった。ヒヤリ? がんがぎゃん。無人の廊下に、倒れるイスの悲鳴が響いた。なんだこれ漫画か!
 からからと引き戸が開いて、二番が出てきて、転がっているイスを見て、晴れやかな顔で僕を見た。こいつくそ、なんだその、まるで「何もかも上手くいったぜ楽勝!」とでも言いたげなオーラを纏った表情は。青くなってたくせに。僕より中間悪かったくせに。
 ご丁寧にイスを直して、二番が廊下を去っていく。その背中を見やって、すると、僕の中になんだか、確信めいた感情がふつふつ沸き上がってきた――そう、この合戦、かなり余裕で僕の勝ちだ。当然だ。僕にはワンスモアプリーズがついている。二番にできて、僕にできないはずないじゃないか。
 僕は一歩踏み出した。膝の震えは武者震いだ。指が冷たいのはそうさ、心にその温度をくれているから。心臓の猛りが僕を鼓舞する、いざ征かん、僕に幸あれ。
 二番が開け放った引き戸を、僕が後ろ手に閉める。――さあ、楽しいイングリッシュの時間だ!
 家庭科室の長机の一角に、それと不似合いな英語科の先生が一人笑顔で座っている。手元にはクラス名簿らしきものと、伏せられた何枚かのプリントが置いてある。先生が手招いた。僕はそれに応じながら、右手の中の『授業で役立つ英語』プリントをポケットの中に突っ込んだ。
『簡単な会話文だけだから。ちょっと成績入るけど、まあ軽い気持ちでやればいいので』
 今や恋しきクラスルームでの先生の言葉が、ふと思い起こされる。
『そんでルールなんだけど、はい騒がない! コレ重要ね。家庭科室に入ったら、英語以外に使ったらダメです。日本語喋ったら減点だからね、気をつけてね』
 目の前の先生が、英語で何か言いながら、手近なイスを指し示した。僕はそれに座った。先生は名簿を一瞥すると、どうしようもなく嬉しそうな顔で話しかけてきた。
「ハロー、ユウスケ」
 僕は、言い淀んだ。
 先程までの根拠のない自信、もとい強がりが、一瞬にして蒸発した。
 そう、そこはもはや、いつもの家庭科室ではないのだ。英語のみに支配される、特別な情報空間。まさに未知の領域、人生における未踏の地であった。対峙する男は異国の野獣か、ともかく常識の通じる相手ではないのは確かだ。心から溢れんばかりに見えていたその笑顔も、だんだん貼り付けた能面のように思えてきた。
 ポケットに手をつっこむ。君がそこにいる。ならば僕は平気だ。
 ハロー、と返して、僕はこれ見よがしに、ハワイユー、と続けた。先生はニッコリと笑って、何か分からぬことを返した。この流れ。いつもの授業では、次に生徒はファインセンキューと返す。定石通りにやると、先生はウンウンと頷き、また訳の分らぬことを言った。第一関門突破だ。先駆け部隊を蹴散らした。なんだか自信が漲ってきた、よしいける、僕はいけるぞ!
 それからもテンプレ通りの会話が続く。僕はやや詰まりながらもそれに答える。
『今日は何月何日?』『今日は何曜日?』『今何時?』『ところで好きなスポーツは?』もちろんインイングリッシュ。
 僕が英語を返すたび、先生がウンウンと頷く。迷いのない動きで、名簿らしきものに何か書き込んでいく。僕は胸の中で、心臓がたぎるのを感じていた。
 ああ、僕ってやつは、自分の能力をあれほど卑下しておいて、なんて憎い男なんだろう。クラスのやつらも、成績の競争相手である僕の大失敗を祈っているはずだ。期待に答えられなくて申し訳ない、悪いがここまで痺れるほどに完璧だ!
 顔は火照って仕方ないが、気がつけば膝の震えは収まっていた。体がリラックスしているのを感じる。焦りから解放されていく。いい感じだ。このまま、最後まで、最後まで……
 ゴチャゴチャと外国語を唱えながら、先生が伏せてあったプリントを一枚差し出す。僕は迷いなくそれをひっくり返す。そこにイラストがあった。どこぞの教科書に載っていそうな可愛げのないイラストだ……イラ、ス、ト?
 先生が喋った。長い。僕は聞き取れなかった。
 立て続けに先生が喋った。何か違う音だ。僕は聞き取れなかった。
 ばくばく。心臓が踊り始める。な、なんだ? 今なんて? 先生はニコニコしてこちらを見ている。僕の解答を待っているのだ。つまり僕の喋る番だ。ばくばく。何か聞かれたらしい。何を? このイラストに関係あるのか? 僕はイラストに目をやる。ばくばく。うるさい心臓黙ってろ! ――それは、とある体育祭の一風景をデフォルメしたイラストであった。
 その時、僕の脳神経を鋭い電流が駆け廻った。突然の閃きに、思わず僕は視線を落とした。冬の制服の、右のポケット。そこに君。囁く声。焦んなよ、俺がいるだろ?
 僕は顔を上げた。先生は口角を上げ、きょろっと剥いた瞳で僕を見つめてくる。
「……ワンスモアプリーズ」
 それは、僕の唱えるのに許された、最高火力の魔法であった。
 先生は微笑みを浮かべる。それはまさしく天使のスマイル、でも見方によっては悪魔のうすら笑いだ。先生が肘をつき、身を乗り出す。僕はそのひび割れた唇を凝視した。
 今度はゆっくりはっきりと、設問が繰り返される。……ッ、ウェザー? なんだっけ、そうか天気だ! 体育祭の空は灰色の雲が垂れ込めている。曇りです。えぇっと。え、えぇと……
「イッツクラウディー!」
 イエス! 先生が拳を握った。僕も思わずガッツポーズを振る、いそうになるのをなんとか堪えた。ただ顔はにやけていたに違いない。ワンスモアプリーズの威力を、改めて思い知らされた瞬間であった。
 先生が何か言う。僕がワンスモアプリーズする。先生がもう一度繰り返す。ぼんやりと輪郭が見えてくる。イ……、ほわっ……、がーる、どぅーいんぐ、……? 女の子、いんぐ? 視線をイラストへ。女の子は走っている。「イッツランニング!」先生が頷く。
 先生が何か言う。僕がワンスモアプリーズする。先生がもう一度繰り返す。ぼんやりと輪郭が見えてくる。ふー……うぃずざぼーい? 男の子、うぃずざ……って何だっけ隣? 視線をイラストへ。そこには明らかに教師と思わしき人物。「イッツティーチャー!」先生が頷く。
 あぁなんと素晴らしきワンスモアプリーズ! こんな有能な相棒を僕に与えたもうたマイゴッドに感謝したい。なんだか英語ができてるみたいだ。二番の清々しい顔の表すところも分かるような気がする。英語って楽しいのかも。僕がそんな風に血迷った時、先生が手元の半ピラを見て、次の設問を繰り出した。
「――――――?」
 やはり聞き取れない。僕はすかさず呪文を唱える。
「ワンスモアプリーズ」
 先生は呆れたように笑って、もう一度繰り返した。
「――――――?」
 ぼんやりと輪郭が、輪郭が。あれ?
 見え、て……こない。
 ばくばく。煩わしいほど心臓が。膝が震えだした。見えてこない。先生が見ている。もはや偽りとしか思えない笑顔で。ばくばく。どうする。もう一度? もう一度、ワンスモアプリーズするか? あぁ、でも、『ちょっと成績入るけど』、この言葉が引っかかるのだ。何度も何度も繰り返せば、二度どころか三度も四度も聞かないといけないことを悟られれば。そりゃ成績は下がるに違いない。でも分からなかった。聞き取れなかった。ならばアイドントアンダースタンドとでも言えばいいのか。嫌だそんなのプライドが許さない。僕にだって、できないなりに譲れないものがあるのだ。ならばどうする? 僕は視線を落とす。右ポケットの中でしわくちゃになっているものを、ここに引っ張り出したかった。その折り目を、机の下でこっそり展開したかった。でも先生が見つめている。こんなにも見つめられている。一体どうすれば――突然、僕の視界に、ぽかんと口を開けたかわいいあの子の幻想が飛び込んできた。
 胸が高鳴った。頭に血が上ったとは、まさにこんな状態だろう。しかしこれはとんでもない裏切り行為なのではないか。劣悪非道な行いではないだろうか。先生は僕をどう見るだろう、そして何より君は? 脳内で擬人化されたそいつが笑いかけてくる。平気だよ、いっちまえ。ああ。君は、君ってやつは!
 僕は先生と視線を交わらせ、ぐっとヘソに力を入れて姿勢を正し、心を込めて、渾身の一言を発した。
「……パードゥン?」
 しばらく黙っていた僕の口から発せられた響きに、先生は少し驚いたようだった。
 パードゥン。それは、僕が避け続けてきた単語だった。英語臭すぎ、ませてるなどとはやし、使う輩を下に見た。しかし分かっていた。その内に秘めたる力を。パードゥンの持つ、潜在的なかっこよさも、漂う英語できてる感も。だからこそ僕は今、この禁忌を解放する。二度も繰り返させているという事実を少しでもくらますためには、パードゥンの力が必要であると信じたのだ。
 先生は一瞬の間ののち、口を開き、ゆっくりはっきりと、三度目の読み上げを実行した。ぼんやりと輪郭が、ついに、ついに見えてくる。ドゥー、……、……、テント、……? テント。ドゥーが来たときはあれだ、イエスかノーかだ。二者択一。僕は視線を落とす。その稚拙なイラストの中には、テントらしきものが連なって描かれていた。
「イエス、アイドゥー」
 先生は頷いた。ペンを走らせた。何か、肩の荷がストンと下りたような気分だった。乗り越えた……。疲労感が僕の心を融解する。およそ気の抜けた顔をしていたんだろう、先生はちらりと僕を見、それから次の設問へ移った。
「ハウメニーチェアズ――、キャリー――?」
 反射的に口を『ワンスモア』の『ワ』の形に開いたが、僕はそれを一度閉じざるを得なかった。
 思わず我が耳を疑った。……聞き取れた、のか?
 火照った脳味噌がぐちゃぐちゃとかき混ぜられるように、僕は混乱していた。聞き取れた。そんなことあるか? 現にあったではないか。そこで僕は分岐点に立たされた。聞き取れた言葉を信じて、すぐさま解答するか。念のため、ワンスモアプリーズを使うか。しかしそれは愚問であった。なぜなら、それまで、英語の支配を受けた魔法の教室の中央で、僕の戦況は悪化の一途を辿っていたから。なんとか砲撃を逃れたとはいえ、二回聞き返してしまったことは取り返しようのない事実だ。鋼のシールドで押し切られ、前線がどんどんと後退していく。本陣がざわついている。ばくばく。沈黙に響く僕の鼓動が、なんて重い。急ぎ策を練らなければ。この状況を打開するために。だとして選択は簡単だ。ハウメニー、いくつですか。チェアはイスだ。キャリーって何だ? 聞き取れなかったところは? でも、分からなくとも、質問の意味はやすやすと理解できるではないか。
『イスの数はいくつですか?』
 これだ。これに決まっている。聞き返し、減点を誘う必要性など、これっぽっちもないではないか!
 僕は呼吸を整えた。膝はもう震えていない。頭はそう、さっき火照ったとはいうものの、今は至極冷静だ。どこからか再び自信が湧き上がってくる。先生が目を輝かせて僕を見た。その期待に答えてやる。僕だってやるときはやるんだ。息を吸い、身を乗り出し、僕はゆっくりはっきりと、胸を張って解答した。
「ファイブ!」

 ニヤリ。
 先生がそんな風に笑った。

 ……そこから一体いくらのやりとりがあったのか、僕はよく覚えていない。真っ白だった。テストの途中だと言うのに、完全に燃え尽きてしまっていた。ふと気がついた時、先生はセンキューと言って、それからまた何か訳の分らぬことを言って、ドアの方を指差した。退出命令。テストは終わったのだ。
 僕は立ち上がった。激しい後悔で目の前が埋め尽くされていた。後悔後悔後悔。一歩とて動くことが叶わない。後悔後悔後悔後悔後悔。右ポケットがやたらと重い。ああ、もう一度、もう一度だけでも、やり直すことができれば。もう一回やりたい。あの設問だけでも、あのチェアの設問だけでも、やり直すことができさえすれば。僕はためらうことなく、ワンスモアプリーズを使うのに。僕はなんてバカなんだろう。先生の悪魔の含み笑いが脳裏にべったりと貼りついている。その後すらすらとペンを走らせる光景があまりに衝撃的すぎて。なんてこった、ああ、しかも、魔法の呪縛の部屋の外から、二番の声と四番の会話が聞こえてくるのだ。
「まじで、超簡単だから。ビビって損したって感じだわ」
「一番も言ってたな、皆も聞いた感じ楽勝だろって。まあ英会話とか楽に決まってるけど」
 ――あそこさえ、あそこさえもう一度することができれば、僕だって……!
 猛烈な後悔の念が僕を取り巻いている。なぜワンスモアプリーズと添い遂げることができなかったんだろう。なぜ気を抜いてしまったんだろう。なぜ悪魔の追撃を許してしまったんだろう。もう一度、やれさえすれば。僕は、僕は。もう一回聞くのに。ワンスモアプリーズするのに。
 突っ立っている僕に先生が怪訝な顔を向けてくる。僕の中で、『もう一度願望』の膨らみが臨界点を突破しようとしていた。そうだ、頼んでみればいい。今言わなければ、また僕はこれ以上の後悔に襲われるに違いない。言えばいいのだ。もう一度、と。唱えればいいのだ。魔法の呪文を。もう一度、お願いします。その呪文。僕を幾度も救ってくれた、頼もしすぎるその言葉を。
 ホアッツアップ? 先生が目の前に立つ僕を見上げる。意を決して、僕は手中の切り札を、先生に向けて突き付けた。
「ワンスモア、プリーズ?」
 先生はきょとんとした。
 廊下を行く足音と、間抜けに掠れた口笛が、のどかに空間を流れていった。
 先生は笑った。天使でも悪魔でもなく、ただちょっと小馬鹿にしたような、教師らしからぬ笑顔を浮かべた。そして言った。
「試験は終わりです、クラスに戻りなさい。そう言ったんだよ」

 魔法の、解けた瞬間であった。









おわり。お付き合いありがとうございました。
あまりにも雑なタイトルしか思いつかなかったので
よかったら素敵な名前をつけてあげてください。
メンテ

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