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知恵比べで決めましょう 作:リング
 スズナさんが受験勉強の追い込みをかけるためにと、ジム戦をお休みにすると告げられた一月初めの二週間。私はキッサキジムへの挑戦を一時諦め、戦力の補強のためにエイチ湖へ向かい、ユクシーの捕獲にチャレンジしてみることにした。
 たかだか一匹のポケモン、人海戦術で何とかなると思いきや、そんなことはなかった。
 悪タイプと虫タイプのポケモンを多数けしかけて、そのままごり押しで勝てるかと思いきや、あくびの技で眠らせられる。あくびを喰らっていない者が攻撃しようと間合いを詰めればとんぼ返り蹴りで飛ばされ、迎撃される。
 その迎撃で距離をとったかと思えば湿った湖の床に電気を流し、私も巻き込んでしびれさせる。次いで痺れたポケモンをアイアンテールで各個撃破。気付けば、自分のポケモンは全て倒されていた。
 ふわふわと浮き上がり、閉じた目でこちらを見下すよう高所に座し、君臨するは知識ポケモンのユクシー。
 冗談じゃない、こんなのに勝てるわけがないじゃないか。
 全てのポケモンをボールにしまい込んで、とりあえず逃げようとする私をサイコキネシスで浮かせ、トドメとばかりに私の荷物は全て剥ぎ取られていた。
「あ、ちょっと!! 返せよ!!」
 ユクシーはモンスターボールを多数持っていた私のバッグの中から、ユクシーは目ざとく博士から譲り受けたマスターボールを見つける。
「お、おい!! それ大事なものなんだぞ」
 しかし、ユクシーはそんな私の訴えを聞き入れることもなく、口の端を吊り上げにやりと笑った後、なんと岩陰に潜んでいたカラナクシに投げつけ捕獲してしまった。
「嘘……だろ……」
 貴重なマスターボールが、何の変哲もないピンクのカラナクシのために使われてしまった。
 あまりの絶望に、私が跪いてしまっている間にも、ユクシーは祝杯を挙げるようにツナの缶詰を開けて、ペットボトルに入った新鮮な水を呷る。自分の生活を壊そうとした者への見せしめという名の嫌がらせなのか、ユクシーは食料が半分ほど抜き取られたバッグを返してくれた。
 私は、とにもかくにもゲットしてしまったカラナクシを回収して、体勢を立て直すためにもこの洞窟を去ろうとした時、後ろから聞こえてくるのはテレパシーによる声。驚きはしたが、違和感を感じることはなかった。
 伝説のポケモンは多くがテレパシーによる会話を覚えていると聞くし、ましてや知識ポケモンと言うからにはそれくらいの能を備えていてもおかしくはない。
『おや、私をゲットしていかれないのですか?』
「出来るわけねーだろうが、クソ野郎!!」
 私は思わず暴言を吐いてその場を後にしようとするが、ユクシーに回りこまれる。
「うあぁぁぁ!!」
 驚いた拍子に、思わず手に持っていた登山用のピッケルで殴りかかってしまったが、それも難なくかわされてサイコキネシスで私は浮き上げられてしまう。
『知恵比べで私を納得させられれば、ゲットされて上げますよ?』
 性格の悪いユクシーは、口元に食べかすをつけたままにやりと笑っていた。


 私は考える。こいつは性格こそ悪いが命を取る気は無いようだし、知識ポケモンというだけあってバトルよりも問答で心を通じ合わせたいのかもしれない。
 性格が悪いから、絶対に解けないような問題を出してくるかもしれないが、何度も何度もそれが続くようならばこちらも帰ればいい。帰れるかどうかは不明だが、それは今逃げようとしても同じこと。
 今すぐにでも逃げ帰りたい気持ちで外を見てみるが、やはりこのユクシーをゲットしたい思いには変えられない。
「知恵比べったって、私は何をすればいいんだ?」
『簡単ですよ。私の出す問に答えつつ、貴方は私に問題を出して答えさせなければ良いのです』
「……わ、分かった」
 不安を覚えないわけではなかったが、口ぶりはごく普通の知恵比べなようなので、従って見る事にする。こいつがどんな問題を出してくるかは分からないが、危険だということは無いだろう。
『よし、来ました。では問題です……と、その前に、ちょっと目を瞑ってもらえませんか?』
「め、目を?」
 何をされるのか酷く不安であったが、従うしかないのであろうか、逆らったりせずに私は目を閉じた。
 そうして目を閉じると、間髪居れずにもう開けてもいいとの声。怪訝に思いながら目を開けてみると――
「あ……」
 記憶を消す力があると伝わるユクシーの目がまっすぐにこちらを見つめていた。一瞬、くらくらとめまいの感覚。倒れこそしなかったがバランスを崩しかけてよろけたところをユクシーが親切にも支えてくれた。
『今から出す問題の答えを知っていたら面白くないので』
 なんて身勝手な理由で、気付けば私は記憶を消されていた。どんな記憶を消されたのかは分からないが、一瞬くらくらとした際に恐らくは記憶を消されたのであろう。
「え、ちょ……待ってよ」
『待ったなし』
 きっぱりといって、ユクシーはわざとらしく微笑んだ。
『貴方の目の前には天国へ続く門と地獄へ続く門があります。そこには番人が居て、一方は必ず嘘をつき、もう一方は必ず本当の事を言います。
 貴方は、一つだけ番人に質問することが出来ますが、どのように質問すれば貴方は無事に天国へと続く門へ行けるでしょうか?』
「あの、私の記憶……」
『大丈夫です、問題ありません。生活に必要な記憶は消しておりませんので』
「そ、そういう問題じゃないでしょう……」
『ともかく、まずは私の問に答えるか、もしくは貴方も問題を出すか、二つに一つですよ。さて、どうします?』
「え、えーと……それでは、問題を出します。貴方の目の前にはA・B・C・Dと刻印された金塊があります。その金塊は三つが偽者で約5kg。そして一つが本物で偽者より10gほど重く出来ていますが、手に持った感じでは分からない程度の違いでしかありません。
 目の前には秤がありますが、警備の者が来るまでになるべく早い時間で終わらせたい。貴方はどうすれば早い手順で本物を見極めることが出来るでしょう?」
『Aを一つ、Bを二つ、Cを三つはかりに載せて。30kgちょうどならDが本物。10g多ければAが本物、20gならB、30gならCが本物……という簡単な問題では?』
「……ご名答」
『もう少しレベルの高い問題の方がいいですねー』
 即興で作った(というより思い出した)問題だけに、ユクシーはつまらなそうに一瞬で答えてしまった。何ともつまらない問題を聞かされて、ユクシーはつまらなそうにため息をつくばかりだ。
 私は考える。取り合えず、整理するべきは自分が番人に尋ねた際に相手がどのように答えるかである。
『天国へ続く門は?』と尋ねたとして、天国の門が左にあるとすれば正直者の番人は左。嘘つきの番人は右を指差すはずである。結局確率は二分の一なわけで、これで地獄にでも行かされたらたまったものではない。
 待てよ、指差す『はず』? 番人は互いの事を良く知っているであろうから、おそらくは番人同士相手の行動パターンは把握していることだろう。と、なれば、『同じ質問をしたときに相手の行動はどう答えるか?』 という質問をするとどうなるのだろうか。
 マイナスはマイナスだし、プラスはプラス。しかしマイナスかけるプラスはマイナスだし、プラスかけるマイナスもマイナスだ。
 私は意を決する。
「『隣の番人に天国へ続く門はどちらかと尋ねた場合、貴方達は隣の番人がどちらを指し示すと思いますか?』と、尋ね……指し示した方向は地獄を向いているので、逆方向の道に進めば天国への道……だと思います」
『ほう、正解ですよ。ですが、考える時間が私よりも長いので……失格です』
「……どうせ、即興で問題なんて出せませんし、問題解くのも遅いですよ」
『そうですね。問題を出せただけでも褒めるに値します……しかしながら、貴方の思考の早さ、悪くはありませんよ。先ほどの問題、今ま数人のトレーナーがここに来ましたが、その中で一番の早さでした』
「そりゃ、どーも……」
『おや、ご不満ですか? いいのですよ、もっと難しい問題を出しても』
「そんな簡単に問題を考えられるわけないだろうに」
『それもそうですね。では、もう一つ問題を出しましょう……
 ソルロックは月曜、火曜、水曜には必ず嘘をつき、他の日には必ず本当のことを言います。
 一方、ルナトーンは木曜、金曜、土曜には必ず嘘をつき、他の日には必ず本当のことを言います。
 今日、ソルロックは「僕は昨日、嘘をついた」と。ルナトーンは「俺も昨日、嘘をついた」と声をそろえました。
 今日は何曜日でしょうか?』
 ユクシーは空中にわかりやすく文字を浮かべる。いったいいかなる原理か、薄いセロファンのような薄い文字が黒々と空中に浮かんでいるという親切さで、同じくルナトーンとソルロックのシルエットまでついている。
 文字にされて読み返してみると、なるほど簡単だ。まず、日曜日はどちらも嘘をつかない正直な空白の日。そして水曜と木曜は嘘つきと正直者の境目の日である。
 ここでも、先ほどと同じくマイナスかけるプラスとプラスかけるマイナスの理論が通用する。
「木曜だ」
『正解です。簡単すぎましたか?』
 私の即答に気分を損ねることはなく、満足したように口の端を釣り上げている。
「さっきの問題と比べるとね……」
 とは言ってみた物の、ユクシーはまだまだ難しい問題なんていくらでも用意しているのであろう。
『では、もっと難しい問題を出してもよろしいですね?』
 案の定、ユクシーはこうして調子に乗る始末であった。

 結局、問答は一日では勝負がつかなかった。食料が尽きてもまだやろうとせがむので、結局は私は街まで買い出しに戻ってから、大量の食糧と共に洞窟の中で問答に励む。ポケモンたちは思い切って全員育て屋に預けてきた。
「なあ、ユクシー。お前、本当に知恵比べをして俺の仲間になる気はあるのか? もう一週間だぞ?」
『仲間になる気がないのであれば、二回か三回ほどやって、記憶を消して見限っております。私と知恵比べをしたことなんて、私をゲットでもしなければ記憶に残らないのですよ』
「なるほど。嘘か本当かはわからんが……ユクシーに挑んだやつの記憶があいまいなのも納得だ。だが、俺も他のポケモンを鍛えたりしたいんだが……大会に備えて……色々と。まだ俺の事を見極めることは出来ないかい?」
『貴方が、私をゲットしたい理由を……バトルのためだと言いましたので……それに、育て屋に預けて来たならば大丈夫でしょうに』
 ユクシーは俯き気味にそう漏らす。
『貴方に、知識を知恵に変えるだけの力があるかどうか。こんな論理パズルの問題では、正確に図ることは出来ません……しかし、この知恵比べの中で少しでも素養を見いだせればと思うのです。
 あなたが、私をゲットしたい理由はバトルのためだと仰った。こういう言い方は傲慢かもしれませんが、『私という強い』ポケモンでゴリ押しするような輩に、私が仕える価値はありますでしょうか? 出来るならば私を上手く使ってくれる者に仕えたいのですよ。
 いえ、バトルに限らず。貴方が私の知識を利用して事業に役立てるでも、政治をコントロールするでも……私は知識は与えられますが、知恵は与えられません。先ほども申しましたように、あんな知恵比べの論理パズルで事業に成功する知恵だとか、バトルに勝てる知恵だとかに結びつくかどうか、答えは否ですが、考えるという行動は少なからず頭の回転を速くしますし……頭の回転が速ければとっさの事態に対応することも出来るでしょう。
 そういう者にこそ仕えたい、という……これは我儘ではなく、使われるものとしての当然の権利ですよ』
「そうかい……」
『私の事を諦めたいのでしたら、いつでも構いませんよ。貴方には私が仕える価値がなかった……それだけの話ですので。私をゲットしたいならば、一時の感情に身を任せず、仲間にするまで諦めない意思を持つことです。アグノムじゃありませんが、強い意思もまた、試しております故』
 ユクシーは挑発するように薄笑いを浮かべてこちらを見る。マスターボールを勝手に使ったり、性格の悪い奴だとは思っていたが、今度もまた少しウザったい。

「ともかく、頑張れってわけね……私に」
『そうです。がんばってください』
 くやしいが、このユクシーは半端じゃない強さを持っている。こいつさえ仲間になれば、数いるジムリーダーの突破も不可能じゃないし、私のポケモンのトレーニングにもきっと一役買ってくれるはずだろう。
 それに、このポケモンならば膨大な知識を以ってして、相手の戦略への対応法も教えてくれるはず……なんてこっちの思惑も、きっとユクシーは大体わかっているようだ。そんな風に自分に頼るつもりで、ミックスオレの懸賞で運よく手に入れたマスターボール片手にゲットしに来たような私には仕えたくないと言うのだろう。
 そりゃそうか。無能な奴に力で抑えつけられて従わざるを得ないというのは知識の神であろうとその辺のグラエナであろうと屈辱であることには変わりないのだろう。
 OK、いいだろう。それならそれで、お前が納得がいくまでやってやるさ。お前の問題が枯渇するまで、何度でも何度でも。お前に似合うだけの、お前のお眼鏡に適うだけの頭の回転を手に入れられるまで、知恵比べの百や二百やってやるさ。
「じゃあ、頑張らせてくれ。早速」
『おやおや、やる気満々ですね』
 ユクシーは俄然やる気を出して笑顔になる。こっちは時間が惜しくてイライラしているというのに、こいつはいつなんどきもスローライフを生きてきたせいなのか、気楽なものである。
「では、いきますよ」
 コホン、とユクシーは咳払い。
『ある男が、アルセウスの聖域を侵してしまいました。怒り狂ったアルセウスは、男に対して無理難題を押し付けます。まず、用意したのはゴージャスボール、モンスターボール、ヒールボールと、それぞれどれかボールに入っているユクシー、アグノム、エムリットの三匹。最後に凶暴なパルキア』

 この三匹を一匹ずつ使ってパルキアを倒せと言うのがアルセウスからの無理難題です。しかし、この三匹でパルキアを倒すには少しばかり問題があります。まず、パルキアに唯一ダメージを与えられるのはアグノムの大爆発のみ。それ以外の攻撃ははじかれます。
 しかし、アグノムは耐久性能が紙なので、パルキアの攻撃一発で戦闘不能になってしまいます。なので、まずは耐久能力の高いユクシーに置き土産をしてもらう必要があります。
 また、アグノムの大爆発は強力過ぎて、パルキアのみならず貴方も巻き添えにして再起不能にします。なので、エムリットの癒しの願いであなたの傷を癒してもらう必要があります。
 しかし、貴方はどのボールにどのポケモンが入っているかわかりません。一匹ずつ、ユクシー・アグノム・エムリットの順番にポケモンを出さなければ貴方は遅かれ早かれ死亡と言うわけですが……』
 さすがに一息で言うのは辛かったのか、ここでいったんテレパシーを解いてユクシーは深呼吸。長文の問題なので、ユクシーは空中に文字を浮かべてこちらにわかりやすく問題を示してくれている。
「そのままだと、確率は六分の一……」
『ええ、そうです。続けますよ……
 貴方の言うとおり、このままではあなたが生き残れる確率は六分の一です。それではさすがに大人げないので、アルセウスは「一度だけ私に質問することを許そう」と言いました。その質問は「YES」か「NO」でのみ回答し、「YES」か「NO」で回答できない場合は沈黙する。私はボールの中身を全て知っているから、嘘をつくようなことはしないし、もし沈黙した時はもう一度質問することを許可するとのこと。
 「さあ、質問してみるがよい」と、アルセウスは言いました。貴方が生き残るためには、どんな質問をすればいいでしょうか?』
「簡単だ」
 私は即答する。これまで何十も問題を解かされてきたおかげか、この手の問題についてはだいぶパターンが読めてきた。
「この場合は、『YES』か『NO』で答えられる質問で正解を確信しつつ、答えられない質問でも状況を把握できるようにする必要がある。そうだな……たとえば、まずは真ん中のアグノムを確定要素としておこう。
 『まず、私がゴージャスボールに入っているポケモンを繰り出し、次にアグノムを繰り出し、最後にヒールボールに入っているポケモンを繰り出した場合、私は生き残れますか?』と尋ねたとする。
 アルセウスの答えが『YES』であればゴージャスボールにユクシー、モンスターボールにアグノム、ヒールボールにエムリットがそれぞれ入っていることになる。そして『NO』と答えた場合はゴージャスボールにエムリット、モンスターボールにアグノム、ヒールボールにユクシーがそれぞれ入っていることになる。
 沈黙した場合は、ゴージャスボールかヒールボールのどちらかにアグノムが入っていることになる。なぜなら、その場合は2番目にアグノムを出すことが不可能だからありえない。ありえないことには『YES』も『NO』もないから答えられない……沈黙というわけだ。
 あとは同様の手順で、どのボールにアグノムが入っているかを見極めればいい。そうすれば、俺は生き残れるはず……」
『お見事です』
 感嘆の息を漏らしユクシーが私を褒める。なんだか、妙に嬉しかった。
『では、追加問題と行きましょう』
「なんだって?」
『今の問題で、別の回答を用意してください』
 今までも、幾つか別の回答が用意されていることはあったが、それはその時に逐一ユクシーが教えてくれていた。だが、今回は別の回答も自分で用意しろとの要求だ。
 第二段階と言うべきなのか、ともかく彼女が次のステップに進んでくれたということは、もしかしたら着実にユクシーがゲットされてもいいかもしれないと靡いている証拠なのかもしれない。
 面倒だなんて思わない。こっちの勝利が目前と言うわけではないが、近づいている気がしてやる気が余計に湧いてくる。
「そうだな。この問題は、結局いかに沈黙を使いこなすかが重要なんだ。だから、沈黙させることで状況が判断でき、なおかつ『YES』でも『NO』でも正解を確認できればなんでもいいのだ。
 だから、起こりない状況を上手く作り、質問すればいいわけで……『ヒールボールのポケモンによって私が巻き添えでダメージを受けた場合、そのダメージはゴージャスボールのポケモンで回復できますか?』というのはどうかな? 『YES』ならば、ヒールボールにアグノム、ゴージャスボールにエムリットで確定。『NO』ならばヒールボールにはやはりアグノム。ゴージャスボールにユクシーが入っているのは確実。
 沈黙した場合は、どちらかの回答が得られるまで何回もやり直せばいいわけで……」
 すらすらと淀みなく答えた私を見て(目は開いていないが)、ユクシーは感銘を受けていた。
『本当に見事なものですね』
 そうして、ユクシーは満足そうな笑みを湛えて沈黙する。

「おいおい、問題のアルセウスじゃあるまいし、黙られても困るんだが……」
『いえ、すみません。悪くない、と思いまして……貴方が』
 面と向かって言われて、私はなんだか照れてしまう。そんな私に構わず、ユクシーはこちらにテレパシーを飛ばす。
『少し、昔話に付き合ってもらってもいいですかね』
 仲間になってもいいかもと思ったユクシーは、急にしおらしくなってそう頼んだ。
「構わないが……」
 知恵比べとは違うが、これもまた仲間にするためには仕方がないことかと、私はユクシーの頼みを受ける。
『私は昔、膨大な知識と、強い感情と、鋼の意思を持つ者に仕えた……いえ、従わされたことがあります』
「従わされたということは……ギンガ団の……アカギですか?」
『よく知っておられますね。その通りです』
 感心感心とばかりにユクシーは微笑む。
「まぁ、有名ですから」
『なるほど。人間の間でもあれは有名な出来事なのですね。いえ、ね……彼の持っている知識の素晴らしさは、私がよだれを流したくなるくらいでした。そして、その知識から生まれる知恵も、相当なもので……
 そして、彼の鋼の如き強靭な意思は、アグノムですら平伏するほど。しかし、感情は悲しいことに、怒りとか、悲しみとか、嘆きとか、悔やみとか……説明するまでもなく負の感情ばかりで、暗雲渦巻いているような人でした。
 いかに知識や意思がすごかろうとも、そんなアカギに我々は使役されるつもりはありませんでしたが……彼らの科学力と、行動力の前に我々の抵抗の一切は無駄だったのです。エムリットも、最後まで彼の心を救おうと、テレパシーで語りかけ続けましたが……結局、彼はすべてを捨てて別の世界に旅立ってゆきました。
 ディアルガとパルキアの作った新たな世界で、何の感情にも、生にも死にも、有にも無にも、空にも色にも縛られない涅槃にたどり着くために。
 そのために、多くの者を犠牲にし、多くの自然と建造物を傷つけ、大地を疲弊させました。そういったことを防ぎたいがために、私は心の清いものに力を貸したいですし……だからといって無能なものには力を貸したくはありません。
 ですがまぁ、貴方はそこそこ有能だと認めてもいいでしょうかね……』
「そりゃ、ありがたいが……言い方に棘があるなぁ」
『アカギ以上に有能なトレーナーなんて、そうそういませんもの。あの人の志(こころざし)さえ邪まなものでなかったら、生涯仕えたくなるほどに……それくらい、あの人は優秀でしたもの』
「チャンピオンマスターよりもか?」
『さあ、どうでしょうね? あの人もかなりのものでしたがね』
 ユクシーは目を閉じたまま不敵に笑い、話をはぐらかした。
『貴方はアカギと比べればまだまだ不完全にもほどがある。でも、貴方との問答……なかなか楽しませてもらいましたし、その頭の回転の速さをバトルでも生かしてもらえると信じましょう。そして、貴方は私にとって、志、人間性を含めてアカギ以上と断言できますか?』
「そうありたいです。今はまだ不甲斐なくとも、大成してみると誓います」
『そうですか。では、先ほどのアルセウスの問題と同じく、自分の道に迷いを感じた際に、別の答えを探すことは出来ますか? 信念があるのはいいことですが、意固地になる人は嫌いでしてね』
「大丈夫。私は優柔不断ではないけれど、頑固者でもないつもりだ」
『知識という原石を、知恵という結晶に変えることを、常に怠らないと誓えますか?』
「もちろんだ……勉強して詰め込んでも使わなきゃ宝の持ち腐れだからな」
 力強く宣言した私の言葉にユクシーは満足げに頷きテレパシーを飛ばす。

『わかりました、信じましょう。それでは最後の知恵比べとまいりましょう』
「え……」
『待ったなしです』
 驚き、目を皿にする私に心の準備をさせる間もなく、ユクシーはテレパシーをこちらに送る。
 さて、貴方はこれから私を使役する権利を得るわけですが……貴方の頭の回転の速さに、私は仕える価値を見出しました。しかしそれでは不十分なので、それ以外に貴方に仕える価値を貴方はアピールできますか?
 この知恵比べの最中で許可する発言は一回のみ。そして、「YES」か「NO」で答えられる質問を一度だけ許可します。私の心を掴むアピールを、一発でしてください』
 私は混乱した。なんだその問題は? ある程度選択肢がか限られている問題だからこそ、嘘つきと正直の問題も、その他多数の問題も突破できるのだというのに。アピールする項目だなんて無限にあるというのに、どういう質問で心をつかむアピールを特定しろと言うのだろうか……無理ではないか?
 それはつまり、これは知恵比べではなくただ単にアピールしろと言うことなのだろうか? だとしても、質問をしろと言うのも気になる。だが、質問に対しての補足が全くないということは、質問はやはり一回なのであろう。どうすればいいのかなんて見当もつかないが……どうすればいいのだろうか。
 しかも、発言は一回のみであれば質問をしたらもう発言できないと思うのだが。いや、逆に考えれば……アピールと言うのは言葉だけではないということか。企業の就職面接でもないのだから、一芸をやってみることもありと言うわけか。

 だが、何をすればいいのか悩ましかった。しかしただ時間を消費していてもらちが明かない。私は意を決して、ふよふよと浮いているユクシーを見据え、質問を一つ。
「いいから、四の五の言わずについて来い。いいな?」
 我ながら、おかしな質問であった。しかし、私の考えうる最高の質問がこれなのだが。結果はどうだろう?
『YES』
 と、ユクシーは笑いながら答えた。
 それなら、こちらもアピールタイムだ。私はゴージャスボールを握りしめて投げつける。放物線軌道を描いて吸い込まれるように当たったモンスターボールに、ユクシーは収納される。そして、その中で何の抵抗もなしにユクシーはゲットされた。

「……マジで捕まったのか」
 静かになったゴージャスボールを手にして、私はまだ実感の湧かないままにスイッチを押し、ボールの中からユクシーを繰り出す。
『ご機嫌麗しゅう』
 うっとおしいまでに恭しく畏まり、ユクシーはふよふよと浮いたままこちらを見つめる。
「これからよろしく。ユクシー」
『ええ、よろしくお願いします』
 と、今一度ユクシーは頭を下げる。
『素敵なアピールと質問でしたよ』
 頭を上げてからの第一声はそんなところであった。
「結局、最後のあれって知恵比べではなかったけれど……アレは……」
『知識があり、知恵があっても……野性の勘はわかりませんからね。貴方の出たとこ勝負の強さを見たかったのですよ。そしたら、「四の五の言わずについて来い」ですもの。笑いをこらえるのに必死でしたが……』
「笑ってたじゃないか」
『なかなか面白いので合格にしました』
 私の言葉を無視してユクシーは言い切った。
「面白かったから、『YES』か……」
『そうですよ。それに、この胸もキュンときましてね……貴方の頭の回転に、私の知識。そして出たとこ勝負もそれなりでしたし、貴方の指示を受けていれば楽しいバトルも出来そうな気がしましてね。それに期待して、ゲットされて差し上げました……出世払いでお願いしますよ?』
 ユクシーは空中で泳ぐようにくるくる回りながら言い、不敵な笑みでこちらを見て笑う。
「うん。今はお前ひとりに全滅させられちゃうけれど……こんどは、不甲斐ない結果を出さないように成長させるし、する。だから、ジムバッジを八つ手に入れるまでは、見守っていてくれ。お前の出番はいらないくらい頑張って見せるからさ」
『良い心がけです。では、さっそく行きましょう。貴方の言葉を信じた私を、失望させないでくださいね』
 相変わらず、ユクシーは厭味ったらしく性格が悪い。しかし、実力のあるやつなのだから、それくらい横柄な態度でも問題なかろう。とにかく、大口を切ってしまった以上は後戻りも出来まい。今はこいつを連れて、センター試験を終えたスズナに挑戦するのみだ。

 私は、何日も夜を明かした洞窟を抜け、バッジを携えて待つキッサキジムへの道を急いだ。
NiconicoPHP