> 中々々 作:ねっこ
中々々 作:ねっこ
 朝でも夜でも、晴れでも曇りでも雨でも雪でも、僕の部屋は変わる事なく真っ暗闇のまま。
 この部屋に来て以来、ここから外に出た試しもない。僕自信が望んだ事ではあるけれど、こうも真っ暗闇が続くと退屈だ。
 時々、僕の主がご飯を渡してくれる。その時だけは、ほんの少し明るい外が見えるんだ。でも、直ぐにまた真っ暗に変わる。
 もちろん、助けてくれたことは感謝してる。仲間からはぐれていた僕を見つけて、僕の家に来ないか、って誘ってくれたときは嬉しかったけど。
 餌を探す必要もないし、敵に襲われる心配もない。この暗さと退屈さ以外は至って快適な場所だ。
 ただ、やっぱり外に出てみたい気はする。主はどうやらどこかへ行ったみたいだし、こんなチャンス滅多にないんだ。少しくらいなら。
 
「ほら、ご飯だよ」
 
 床に置かれたお皿の上には山盛りのポケモンフーズ。ご飯はくれるから良いんだけど、この薄暗い部屋じゃちょっと暇。
 できればやっぱり外に出て遊びたいところ。とはいっても、主人の言いつけを破ったらどうなってしまうやら。
 偶然主人が助けてくれなかったら、僕は動けないままであの草叢に横たわっていたんだろうか。
 罠だか何だか知らないけれど、悪戯にしても度が過ぎていた代物。足を挟まれていた僕に手を差し伸べてくれたのが今の主人。
 野性の頃に比べると随分と快適な生活にはなった、とはいえ。住むところには寧ろ不満が増えてしまった。
 せめてどこか走り回れるような広い場所が欲しいところ。種族柄あちこち歩き回りたくなってしまうのだから仕方ない。
 このまま待っていてもたぶんそんなチャンスは訪れないんじゃないだろうか。主人のいない間にいって戻ってくればばれないはず。
 ご飯を置いた後、主人は僕の部屋の戸を閉めてどこかへ出かけていった様子。部屋の外に響く音が小さくなって、消えた。
 僕は部屋の中に向かって、「行って来ます」と一言。そしていよいよ戸の隙間に前足を突っ込む。さあ、旅立ちの時だ。
 
「それじゃ、がんばってね」
 
 バタン、と閉められたこの部屋唯一の扉。二階と言ってもそれなりの高さ、窓から出ようとは流石に思わない。
 フローリングの廊下を歩く足音が遠のいていく。階段に差し掛かったのだろう、そのテンポがゆっくりになった。
 外はきらきらお日様の晴れ模様。こんな天気の良い日なんだから、死ぬことに、じゃなくて遊びに行きたい。
 けれど机には未だ山積みの宿題達。小学生だったときよりも多いんじゃないか。中学生になったんだから少しくらい減らしてくれたって。
 ぶつくさ言っても始まらない。椅子に腰掛けて、形だけでもとシャーペンを手に取る。山積みのドリル、さてどれから手を付けようか。
 数学、国語に理科社会。英語なんてもってのほか。どれも全く興味をそそらない。そりゃあ課題ってそういうものだけどさあ。
 邪魔者も今は下にいるみたいだし、この様子なら上手くすれば抜け出せるんじゃないか。今日一日課題をやらなくても、また明日があるさ。
 ご飯は少し前に終わってるし、このまま出て行っても問題ないはず。さてと、それじゃあ行って来ます!
 
 小さな部屋の外は、さっきよりも幾分か明るい広めの場所。さらにその奥には一筋の光が差す大きな出口らしき物が。
 あの先は何だろうか。仲間と一緒の間も見たことはない、明るい場所。ちょっと眩しいけれど、そこに向かって一直線。
 
 狭い部屋の外は、そこそこ明るくてそこそこ広い閉じられた空間。連れてこられたときは気を失ってたから、部屋の外を見るのは初めてだ。
 でもまだ走り回るのには狭い。どうせなら草原に行きたいんだけどな、と思っていたところに、脱出できそうな隙間が。行くしかないよね。
 
 ゆっくりゆっくりと階段を下りていく。見つかったら当然部屋に戻されちゃうから、ここは慎重に。音を立てないように、そーっと。
 カタッ、と固い者同士が軽くぶつかる音。小さな音に振り向くと、そこには見慣れた茶色の毛並みが、見慣れない場所に立っている。
 
「こら、出てくるなって言っただろ、早く戻って!」
 
 まさかご主人がまだこんな所にいたなんて。音が消えてから随分と経っていたから、もう大丈夫だと思っていたのに。
 渋々さっきの隙間を通って部屋に戻ろうとする僕。部屋の中には見慣れた黄色い小さな虫ポケモンが、見慣れない場所で動いている。
 
「な、お前、出ちゃ駄目だって言ったのに!」
 
 なんで急に主が戻ってきたんだろう。そもそも出て行くこと自体全然無かった気がするけど、まさかこんなに直ぐ戻ってくるなんて。
 けれども見つかったなら仕方ない。大人しく僕の部屋に戻ることにしよう。と、この広い外の一角が大きく動いた。何だろう、とそこを凝視していると。
 
 ヨーテリーが部屋で吠えるから慌てて戻ってみると、部屋の隅、僕がヨーテリーを隠していた押し入れの近くには、なんと別のポケモンが。
 黄色い小さなポケモン、確かバチュルとか言ったはず。そういえば屋根裏で見かけたとか何とか親が言ってた気はするけれど、確か全部追っ払ったんじゃ。
 さっきから僕と目を合わせてくれないヨーテリー。バチュルは僕に怯えている様子だ。待てよ、なんでバチュルはヨーテリーを怖がらないんだろう。
 まさかこいつ、バチュルを匿ってたんじゃないか。あの押し入れにはお誂え向きに小さな箱も押し込んであるし、隠す場所はいくらでも。
 
「ヨーテリー、お前、僕に隠れて……ったく、何やってるんだよ!」
 
 怒るのは後だ。とりあえず怯えるバチュルをヨーテリーと一緒に押し入れに隠さないと。ヨーテリーの声、聞かれてなければ良いんだけど。
 ヨーテリーに手を伸ばしたその瞬間、部屋のドアが一気に全開に。音で気がついて振り向くと、鬼が、じゃなくて鬼のような形相をした母さんが。
 
「あ、はは、は……」
 
 ヨーテリー、さっきはごめん。僕も人のこと、言えない、かな……。

END
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