> 最高の毒 作:夜月光介
最高の毒 作:夜月光介
 昨日の試合は、またもアンズさんの勝利で幕を閉じる事となってしまった。トレーナーとしてもっと上に行きたい。
 その思いだけで突っ走ってきた俺だったが、リーグまでの壁は予想を遥かに越える程厚かった。
「大丈夫。貴方はもっと上に行ける人間よ。頑張って!」
 試合の内容に関してはアンズさんに改善の余地があると言ってもらえたものの、正直何度も負けていると気持ちが萎えてくるのも確かな事だ。
『ココ何日も足止めが続いてますねマスター。ちょっと気分転換してみたらどうですか?』
 相棒であるザングースにそんな事を言われ、それも悪くないなと思った。気が付けばこの街に来てから連戦連敗の記憶しか無い。
 バトル以外何もしていないのだ。自分でも息抜きが必要かもしれないと思っていた。

 そらをとぶ要員のゴルバットの力を借りて、セキチクシティからマサキさんのいるハナダシティの郊外までやってきた。
「ポケモン転送装置の開発中に面白い発見をしたとかメールに書いてあったけど……」
 俺はそのメールを受け取った時ジムリーダーとの戦いに集中する為その誘いを蹴っていた。
 以来ずっと忘れたまま旅を続けていたのだが、息抜きの意味も兼ねて彼に会いに行きその発見は何か聞くつもりだ。
『あん時はタマムシシティでエリカさんと戦っていたハズですかね』
「ああ、彼女も強かったな。アンズさんはそれ以上だが……お、見えてきたぞ」

「いやぁ、久しぶりやねヒデユキ君!」
 ポケモンの転送装置開発者のマサキさんが俺を出迎えてくれた。何時も1人で怪しげな研究に没頭している人だ。
「この間メール貰ったんで来ちゃいました。なんか発見をしたとか……」
「ああそれな、ワイが偶然開発してもうた同化装置と関係があんねん。ポケモンと同化する事によって今まで謎のベールに包まれとったモンスターボールの中身に迫る!
 ……ちゅうワケやな。ワイ等はボールの扱いには長けとるけど内部の構造には詳しくないやろ?」
「なるほど」
「それを手軽に体験出来るんやからコレは一種のビジネスになるで……まぁ金の話はともかく、キミもちょっとやってみたいやろ。
 ワイが体を張って先に同化の後分離もしとるから心配あらへん。ちょっとした旅行みたいなモンや」
 マサキさんはそういうと部屋の中にある2つの大きなカプセル型の装置を指差した。
「元々はポケモン転送装置の実験で使っとったモンやけど、今は完全にポケモンと人間の同化・分離装置になっとるんや。
 ワイの後輩のニシキが完璧に転送装置を仕上げたモンやからコレを転送装置に修理する必要も無くなってしもうたし……」
 俺はザングースと顔を見合わせると、再びマサキさんの方を見た。
「うん、そのポケモンやったら人間型やし丁度ええわ。同化した後モンスターボールの中に入って好きなだけ中を満喫した後戻ってきて分離すれば問題無いで。
 ヒデユキ君は左の方に、ポケモンは右の方に入ってじっとしとるんやで。下手に動いたら危険やから……」
 危険ではあるが好奇心の方が勝り、俺はザングースと共に片方ずつカプセル型の装置に体を入れた。腰の部分に金具のロックがかかる。
「じゃあどっちともそのまま立ったままの姿勢を保っておくんやで。スイッチON!」
 マサキさんがスイッチを押すと俺は意識を失った……

 2つのカプセル型装置の中央にもう1つ巨大なカプセル型の装置がある。そこから俺は出てきた。
「お、成功やな。コレでモンスターボールの中に入れる様になるで」
 実験の失敗の後マサキさんが購入したと言う巨大な姿見用の鏡で見ると、確かに俺はザングースになっている。
『マスター、何だか妙な姿になっちまいましたね。俺とマスターの外見がごちゃまぜになった様な……』
 頭の中でザングースの声が聞こえた。ポケモンになった事で今まで聞く事の無かったザングース本人の声が理解出来る様になったのだろうか。
 体は同化したが分離の事もあるのだろう。意識は俺とザングースのものが分かれているらしい。
「じゃ、早速モンスターボールの中に入ってもらうわ。出たなったら何時でも呼んでや」
 マサキさんがモンスターボールの捕獲ボタンを押し、俺に向かってボールを投げつけた。特に抵抗する必要も無く、俺は吸い込まれていく……

 初めて見るモンスターボールの内部は意外と普通の小部屋だった。透明なガラスの壁で構成されている。
「へえ……結構広いな。ポケモン1匹が過ごすには結構快適かもしれない」
『俺達ポケモンにとっては快適な場所ですよ。冷暖房の管理も行なわれますしね。疲れたらそこで休めばいい』
 見渡してみると、部屋の隅にベッドまで置かれていた。ただ睡眠欲を満たす為だけのものだろう。回復は出来ない様だ。
『マサキさんはモンスターボールの中に色々物を送る手段を考え付いたって話ですが』
 部屋の中が光に包まれ、瞬きする間に本棚や机、パソコンが姿を現す。この分なら食事もとれるだろう。
「コレがモンスターボールの中とは驚いたな。ポケモンにならなければならないと言う制約はあるにせよ、まるで1人用の家じゃないか。
 人口の爆発が懸念されているが、この部屋ならモンスターボール1個分の場所しか取らない。暫く住んで住み心地を確認してみるとしよう」

 そこはまさに夢の様な空間だった。部屋に置かれたパソコンでマサキさんに要望を伝えれば、この空間に置けるものがどんどん追加されていく。
 食べ物は勿論、シャワールームやトイレまで完備。パソコンや本があるので暇潰しにも事欠かない。外部との連絡も取れるのでそこまで孤独感は感じない。
 何より意識の中に相棒がいるので会話も出来る。孤独感に苛まれる事無く日々を過ごす事が出来るのだ。
「普通の家だったら最低2000万円以上はかかるけど、モンスターボールなら200円だからなぁ。これからこの需要はどんどん伸びるかもしれないぞ。
 もしかしたら近い未来、こうやって暮らすトレーナーも増加していくかもしれない……」
 正直あまりの快適さにジムリーダーとの戦いの事もすっかり忘れていた。ココにいるだけで楽しいのだ。とても楽しい……


 マサキはモンスターボールを棚の上に置くと溜息をついた。
「コレで10人目や。モンスターボール依存症……この症状さえ治せれば需要がドカンと増えると思うんやけど」
 モンスターボール内部の部屋の快適さに魂を奪われそのまま住み着いてしまうトレーナーが既に10人となっている。
 マサキは自力でその症状を克服した為現在治療薬を開発している所だが、何時出来るかどうかは不透明だ。
「ヒデユキ君も数ヶ月位経てば戻ってくるやろ。多分……」
 そう言いながら1人目の依存者が入っているモンスターボールをマサキは見つめた。確か1年以上は経過しているハズだ。
 同化装置自体の発明は数年前の事だった。それからマサキ以外の克服する者がいないかとこうして実験を繰り返しているのだが……
「とにかく快適さっちゅうのは最高の『毒』やね」
 マサキは棚の下にもある沢山のモンスターボールを見ながら、その空のボールの中にある恐ろしい空間を感じて震えた。

『マスター、そろそろ出ませんか。旅をしなくちゃいけませんし』
「いや、当分の間はココにいるよ。快適って言うのは最高だね。ずっとココにいてもいいかもしれない」
 本人達にとってコレが天国なのか、それとも地獄なのかは解らない。
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