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テーマB【鐘】
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夢の野原 作:雫
チャイムが鳴る。あいつはやっぱりもどってこない。
お昼後の五時間目。この時間は昼飯を食べた後だとか、休憩でめいっぱい遊んだ後だとかで睡魔が襲って来、授業に集中できなくなる時間だ。無論、俺もその中の一人で、いつも俺の頭の中のムンナと戦っている。
中3の9月にもなって居眠りなんかする余裕はない。ないのだがどうしても、こう……眠くなってくる。うん、眠くなってきた。
しかし、居眠りよりもっと厄介な方が……
「……今日も夏弥は遅刻か?」
朦朧とした意識の中、教科担当の先生の声が聞こえる。
荒谷 夏弥。クラスのほうでは割と物静かな方であり、成績も安定している。とても、目立たない存在。そして、俺の親友。
その親友が、最近、5時間目の初めには毎回遅刻してくる。
1分や2分ではない。おおよそ15分だ。普通に遅い。
なんでも、昼休みになると突然行方をくらませていなくなるらしい。先生がいくら探しても無駄で、決まって15分くらいで帰ってくるというのだ。
ちなみに俺が何を言っても無駄だ。何も話してくれない。
どこにいってるのか、職員の中で会議になったこともあったらしい。しかし結果は無駄足だった。
と、突然教室のドアが開く。
「スイマセン、遅れました。」
例の夏弥だ。彼はそれとなく息切れていて、なんとなく疲れているようだ。
まぁまぁ悪気があるようで。じゃあ早く帰ってこい。という話になるが。
「……早く席に座りなさい。」
あ、ちなみにこの件は、もう先生には何を言っても無駄だと思われているから最近はなんにも言われてない。兎に角不思議な失踪なのだ。
さて、そこから何事もなかったかのように授業が始まる。やばい、瞼が閉じてきた。
「慎ちゃん」
いきなり後ろから小声で囁いてきた。夏弥だ。俺の席は夏弥の席の丁度前にあるので、こういう時のノート見せてもらい人は大体俺になる。両サイドに見せてもらえばいいのに……。
「なるべく早く頼むな。」
「ありがと。」
俺がノートを貸す。そこには綺麗とも汚いともいえない俺の字がぎっしり書いてあるが、夏弥が読めるからokらしい。
どーせ15分だし、書いてある内容はそれほど多くない。たった数分でノートが帰ってきた。
「……あッ、また……!」
ノートにポケモンの落書きが施されている。ポケモンはプルリルだ。
後ろを振り返ると夏弥が「えへっ」と笑っていた。
しかしいいプルりルである。
放課後、帰宅部の俺はそそくさと教室を出る。
部活に出る集団が明るくて怖い。個人的に俺は集団より2人か3人でつるむ方が好きだ。
「慎ちゃん」
夏弥が話しかけてくる、ちなみに彼は元バスケ部現帰宅部であり、そのため帰りは良く二人で帰っている。
「おう、んじゃあ帰るか。」
帰り道。夏弥との会話が弾む。いろんな話をするが、例の失踪の話はしない。
彼の前ではその話はご法度なのだ。発狂……ではないが軽く空気が気まずくなる。
「にしても、あの場で落書きはやめろよー」
落書き。いいプルリルだったけどノートなので止めてほしい。ついこの前、一度だけ同じことがあったが、2度目とあらば、だ。
「最近プルリルがお気に入りでねー。良く描いてるんだよねー。」
「だからってノートに、……まぁウマかったけどさ」
確かにプルリルかわいいけど。
「じゃあ、この前のミュウ、あれもお気に入り?」
以前描いたポケモンはミュウだった。あれもいいミュウだった。
「あれは……
……うん、お気に入りだよ。」
一瞬、空気が固まった気がした。
「……そうなのか。……でも、やっぱ落書きはよくないぜ。」
「そうだね、今度からはやらないよ。」
夏弥のテンションがちょっと下がった気がする。なんでだ?
ミュウが……なにかなのか?お気に入りじゃないとか。じゃあなんで描いた? いやまぁきっと何か考え事でもしてたんだろう。ミュウも基本関係ないし。
「……あー、そういやさ。」
話を変えてみる。夏弥の表情に次第に笑顔が戻り始める。
夏弥、たまにそういう不思議なところがあるんだよなぁ。失踪事件だって謎に包まれたままだし、さっきのミュウといい、プルリルといい……いや、プルリルは関係ないか。
俺と彼は、そこで別れて家に帰った。
次の日、学校。俺も、彼も、いつも通り登校する。
普通にかわす挨拶。いつもの授業。そして5時間目のいつもの失踪。
全てが終わって今日も一日が終わる。
今日は、全ての部活がない日らしい。帰宅部の俺達には知ったこっちゃないが。
「……あ。」
下校する寸前の時、教室に筆箱を忘れていたのを思い出した。
「どした?」
夏弥が俺の顔を覗いてくる。
「ごめん、教室に忘れ物したからちょっと取ってくるわ。」
「? じゃあ僕も行くよ。」
夏弥がついてくる。まぁそこでポツンと待たせるのはあれだし、ついてこさせてもいいか。
俺たちは教室についた。教室は案の定、誰もいない。
早速俺の席に向かう。……あったあった。俺のシンプルでなんの味気のない筆箱だ。
「さて、用も済んだことだし帰るか……ってあれ?」
夏弥がいない。
さっきまで一緒にいた筈だよな? 教室に入るまでは確かに此処に……
……そういえばさっき、なんか目が泳いでいたような……。
「おーい、夏弥ー?」
叫ぶ、返事はない。どこ行ったんだぁ……?
とりあえず、一旦教室から出る。もしかしたら、もう帰ってるのかも?
「夏弥ぁ……?どこにいっ」
目の前に、ピンク色の風。
「ちょっと、どこいくんだ、よ……」
それを追いかける人、夏弥。
「……。」
……確かいつぞやかノートにいいミュウを落書きしてたっけ。
(プルリルもだったけど)そのミュウは、ものすごく生き生きしてて、まるで本物を見ているようだったっけ。
そのことを聞いたら、確かなんか変な反応したっけ。
ミュウが、此処にいる。
ものすごく意味が分からないけど、ミュウがいる。
CG? 人形? でもものすごく動いてる。笑ってる。
「……え? 夏弥、これって……」
「……ミュウ」
「……。うん。まぁミュウだよね。」
「ミュウ。」
ミュウなのは分かってるんだけど。
「……えっと、……なんでミュウが、ここにいる?」
ピンク色の体が、宙に浮かんでる。楽しそうだ。
「……話せば、長くなる。」
確かに、長くなりそうだ。ミュウとか、そういう以前に……ポケモン?
ポケモン? なんでポケモン? ポケモンとか、ゲームとか、そういう世界のキャラクターだよな?
おかしすぎる。いろいろと。
「……誰にも、言わないでね。」
夏弥がそっと囁く。確かに、言うと大騒ぎになるだろう。
彼も、そういう大人数でわいわいやるのは嫌いな派だ。むしろ俺よりもっと。
いや、それよりまず、学校にポケモンがいる。とかいってしまうと、学校だけじゃない。ネットなどから広がって、全国的に問題になるんじゃないか?いや、きっとなる。
「……分かった。言わない。」
「……宜しく。」
彼の真上には、いまだミュウが元気そうにくるくると回っている。
「ねぇ、慎二君。」
「んー?」
友達に呼ばれる。
俺の名前。慎二。最近は慎ちゃんと呼ばれることが多いから、名前で呼ばれることが懐かしく思える。
「……夏弥君となんかあったの?」
「ん、別に。」
実際はいろいろとありまくったんだが。絶対に人に言うわけにはいかない。
「えー? 絶対なんかあったでしょ。」
「ない。」
とにかく防衛しなければならない。この秘密だけは。
なんとしても。
昼休み開始のチャイムが、鳴る。
夏弥が、そそくさと外に出る。 俺も、そのあとについていく。
昨日ミュウがいる場所はなんとなく割り当てた。なんとなくだけど。
昨日、ミュウが飛んで行くのはなんとなく見えたからそこらへんを探せば見つかる筈だ。
案の定、夏弥の姿を見失った。
でも確かここら辺の筈だ。ここらにミュウは降りてった。
『みゅみゅっ』
「!」
あれは、多分ミュウの声だ。
俺は声のした方に向かう。
「うわあ……。」
そこは、綺麗な、野原のような所だった。何故いままで見つからなかったのだろうか。
「夏弥……」
「あ……っ。慎ちゃん……。」
見つけた。夏弥と、ミュウが、元気よく遊んでいた。
ものすごく楽しそうだ。あんな笑顔初めてみたかも知れない。
「誰にも言って、ないよね?」
「……あぁ。」
心配しながらも、ちょっと満足そうだ。
「夏弥は、毎日此処にいるのか?」
「うん。」
「……楽しいのか?」
「うんっ、楽しいよ。」
おお元気がいい。いつにも増して元気がいいなぁ。
「そうか。楽しいか。それはいい。けど、せめてチャイムが鳴るまでには帰ってこような?」
俺は今、誰もが探せなかった場所にいるのだ。もし、後にも先にも夏弥以外の人間が此処に入るのは自分だけなのかもしれない。
注意せざるを得ない。そんな状況に俺はいるのだ。
「……分かってる。」
「分かってるのか? 現に何回遅刻したと思ってんだ?」
「それは……、ほっといてよ。そんなコト。」
? 態度が変わった?
「ほっといて……、って、そう言われても……」
「!」
学校中に休憩終了のチャイムが鳴り響く。
「……あ、やばい。次移動教室だった。」
早く帰らないと、遅刻になってしまう。
「ほ、ほら。夏弥も早く帰ろうぜ?」
「……うん。」
……いや、夏弥は一向に帰る気配がない。頭の上でミュウが回っているのにも気づいてないようだ。
「――、あー、じゃあ先に帰っとくから。あとから絶対来いよ!」
俺は、そそくさとその場を去った。
彼の瞳は、最後まで虚ろであった。
「……で、夏弥を探してたら遅刻しましたー。か?」
先生があきれたように言う。ホントは夏弥に会ったのだが、そんなことは言えない。
「あ、ハイ。そーっス。」
「……、『ミイラ取りがミイラになる』か。まぁいい。座れ。」
俺は自分の席に座った。
夏弥……いつ戻ってくるかなぁ。今、授業が始まって大体3分くらいだから、あと10分ちょっとで戻ってくるか?
俺はとりあえず、夏弥を待ってみることにした。
チャイムが鳴る。あいつはやっぱりもどってこない。
数日後、彼の遊んでいた野原に、花が添えられていた。
もともと心臓の病があったらしく、心身の不安も相まって、心筋梗塞になったらしい。
俺は、そのことで泣き、何故もっと早く気付かなかったのかと悔やんだが、よく考えると、ミュウがいた、ということはそういうことなのかもしれない、と考えた。
もしかしたら、ミュウは彼のイメージだったのかもしれないし、もしかしたら全てが夢だったのかもしれない。
しかし、彼のみた夢は、とても温かなものだった。
この野原は、彼の「夢の野原」であった。
「!」
休み時間時間終了を告げるチャイムがなった。
もう帰らないとな。そう思いその野原を後にする。
どこかでミュウの鳴き声がした。
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