> 全てが君の力になる 作:でりでり
全てが君の力になる 作:でりでり
「ウソつきゲーチスめ。皆をたぶらかそうと必死に弁舌を振るっておる」
 僕の隣でこのイッシュ地方の頂点に立つポケモントレーナー、チャンピオンのアデクさんはそう毒づいた。
 僕たちの目の前では下っ端を従えたゲーチスがお得意の演説を披露しているところだ。
「そうなのです!」
 ゲーチスはわざとらしく両手を横に広げ、民衆の注目を一挙に集める。
「我らが王、N様は、伝説のポケモンと力を合わせ! 新しい理想の国を創ろうとなさっています! これこそイッシュに伝わる英雄の建国伝説の再現!」
 強い語調でそう言い切ると、興味本意で演説を聞きに来ていた街の人たちも驚きを隠せないようで、各々思ったことを口に出している。
「え、英雄だって?」
「ドラゴン!? そんなことが……」
「伝説! す、すげっー!」
 そんな反応をゲーチスは見渡すと、体を九十度捻らせて二歩進む。アスファルトに鳴り響くゲーチスの靴の音は、硬いものを打ち付けるような、やけに大きい音がする。
「ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです」
 演説の続きが始まれば、再び辺りが静まり、ゲーチスの声が計画的に並んだビル街に響き渡る。
 ほどなくしてまたゲーチスは体を捻らせ左に四歩歩く。この響く靴の音も、きっと注目を惹かせるための演出なのだろう。
「ポケモンは我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです」
 話の抑揚、強弱に合わせ、ゲーチスが歩く靴音の強さも上下する。その様相はまるで舞台の上で行われるショーだ。
「その素晴らしさを認め、我々の支配から解放すべき存在なのです!」
 そこまで言って、ゲーチスは奇妙かつ大きな法衣から左手を出して突き上げる。二メートル近くもあるこの大男のその挙動は、見るものをすくませる威力がある。知り得ている。何をすれば人はどういう感情を取るかを。
「か、解放だと?」
「ポケモンを……?」
 ポケモンたちと共に長く暮らしていたはずの大人たちが、可哀想なくらいにも動揺している。僕だって何も知らなければ彼らと同じようなことになっていたかもしれない。
「我々プラズマ団とともに新しい国を! ポケモンも人も皆が自由になれる新しい国を創るため、皆さんポケモンを解き放ってください。というところでワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝致します」
 続けて街の人たちの不安を煽るだけ煽ると、ゲーチスは下っ端を引き連れて街の向こうに消えていった。
 残された聴衆は皆がみな、今の演説に戸惑っている。
「そうか、わしらは……ポケモンを苦しめていたのか……」
「うぐぐ……。プラズマ団の言う通り、ポケモンを解き放とうか……」
「……そんなぁ。ポケモンがいないとあたし、寂しくてダメになっちゃう!」
 悲鳴に近い声を聞くたび、胸が苦しくなる。悲しそうな顔を見るたび、心が痛くなる。
 僕がそう思うくらいなんだ。隣にいるアデクさんもきっと同じことを思っているだろう。
 あいつらの言っていることは嘘っぱちだ! そう言いたかった。ただ、僕みたいな子供がそう確証ないことを言ったところで、大人の心さえ揺るがしてしまったゲーチスの演説に勝ることなど叶わない。
 人々が悲しげに普段の営みに戻っていく中、僕はただ拳を握りしめるしかなかった。
「なんなのよう! 今のお話おかしーじゃん!」
 聴衆が立ち去った後、聞き覚えのある幼い声が耳に入る。声の方に目をやれば、そこには白髪の老人とその隣に立つアイリスがいた。彼女はヒウンシティで幼馴染みのベルのボディーガードをやっていたんだっけ。
 僕たちに気付かない老人は、アイリスをなだめるように声をかける。
「……このイッシュは、ポケモンと人とが力を合わせ創りあげた。ポケモンが人との関係を望まぬというのであれば、自ら我々の元から去る……。たとえモンスターボールといえど、気持ちまで縛ることなど出来ぬ」
 しんみり語る老人の言葉に耳を傾けているとふと、右肩をアデクさんに叩かれた。
「行こうかトウヤ」
 そう言って老人とアイリスの方に歩き出すアデクさんに僕は続いた。
「久しいな。アイリスにシャガよ」
「あっ! アデクのおじーちゃんにあのときのおにーちゃん!」
「……どうした。ポケモンリーグを離れ、各地をさ迷うチャンピオンが一体何の用だ?」
 厳しく言い放つシャガと呼ばれた老人に対し、アデクさんは突然、迷うことなく頭を下げた。
「ずばり! 伝説のドラゴンポケモンのこと教えてくれい!」
 頭を下げて頼み込むアデクさんに、シャガさんはいささか虚を突かれたようだ。
「ゼクロムのこと? それともレシラム? どーしたの? いきなり」
「先程の演説でゲーチスなる胡散臭い男が言っていたな。Nという人物がゼクロムを復活させたと……」
 とたんにアデクさんは頭をあげ、右手の拳で左手の平をぽんと叩く。
「おうよ! そのNというトレーナーが、ここにいるトウヤにもう一匹のドラゴンポケモンを探せ! と言ったらしいのでな」
 アデクさんがそんなことを言ったがために、シャガさんが僕の方を見る。まるで品定めをされるような視線に、たまらずたじろぎそうになった。
 一通り僕を見るとまるで興味なさげに僕から目を離し、アデクさんに向き直る。
「……解せぬな。自分の信念のため、二匹のドラゴンポケモンをあえて戦わせるつもりか、そのNとやらは……?」
 シャガさんがその疑念を口にすると、驚いたアイリスはその場で軽くジャンプして、大きな声を出す。
「えっー! ドラゴンポケモンたちはもう仲良しなんだよー!」
「そうだよなアイリス。ポケモンを戦わせるのはトレーナー同士……。そしてトレーナーとポケモンが理解しあうためだよ」
 慈愛に満ちた目でアイリスを見つめたアデクさんは、そっとアイリスの頭を撫でた。その姿はまるで本当の孫と爺だ。
「さてと……」
 アイリスの頭から手を離したアデクさんは、僕の方を向く。
「わしはポケモンリーグに向かう! いや、この場合は戻ると言うべきかな……?」
 今までアデクさんは僕が見ていた限り、いつも子供を見守るような優しい目をしていた。だけど今の彼は違う。誇り高き戦士の目だ。覚悟を持って戦う人間の目だ。
「もちろんNに勝つ! トレーナーとポケモンが仲良く暮らしている今の世界の素晴らしさ、きゃつに教えてやるのだ!」
 僕の両肩に、アデクさんのごつごつした両手が乗る。
「そしてトウヤ! チャンピオンとしてお前さんを待つとしよう! だからソウリュウのジムバッジを手に入れてリーグに来い。もっとも、ソウリュウのジムリーダーは手強いぞ!」
 ニッと少年のように笑うアデクさんに、僕もつられて顔がほころぶ。
「じゃあな、頼んだぞシャガ、アイリス!」
 最後にそう言ってアデクさんは徒歩で街の向こうへ消えて行った。
「……あーあ、おじーちゃん行っちゃった。大丈夫かなあ? なんだか怖い顔してたけど」
「……アイリス、心配ないよ。彼はイッシュで一番強いポケモントレーナーだからね」
 不安がるアイリスに、シャガさんが優しく語りかける。アデクさんはゼクロムを連れたNと戦う覚悟を決めた。僕も、託されたホワイトストーンからゼクロムと対となると言われているドラゴンポケモン、レシラムを蘇らせて少しでも手助けをしなくてはいけない。まずは彼らからそのヒントをもらわなければ。
「さて、トウヤと言ったか。私の家に来なさい。アデクの言う通り、伝説のドラゴンポケモンについて教えられることをお教えしよう。アイリスや、案内してあげるんだ」
 シャガさんが僕にそう言うと、一足先にヒウンシティ程ではないがビルの並び立つ街に消えていった。僕にドラゴンポケモンについて教えてくれることから察するに、どうやら僕のことを認めてはくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「ゼクロムとレシラム、二匹のお話! あたしたちが教えてあげる! ソウリュウなら案内出来るし! こっちだよ!」
 ズボンの裾を小動物のようにじゃれるアイリスに引っ張られる。その勢いでポケモンセンターの側の交差点を曲がると、その突き当たりにはとりわけ周囲よりも立派な建物が聳え立っている。またもや跳ねるようにはしゃぐアイリスにその入口まで引っ張られると、ここだよ! と言って建物の中に一足先に入っていく。
 追って建物に入ると、暗めの照明が点いている室内でシャガとアイリスが待っていた。
「……では話そう。君が持っているのはライトストーンだな。ライトストーンから目覚めるだろうレシラム、既に目覚めたゼクロムは、元々一匹のポケモンだった――」
 シャガ、アイリスの口から語られたのは、イッシュに伝わる英雄伝説だった。
 僕が幼い頃に母から聞かされたことがある話よりも、より詳しく語られた。理想と真実。レシラムとゼクロム。そしてイッシュの、成り立ち。
「……確かにポケモンはものを言わぬ。それゆえ人がポケモンに勝手な想いを重ね、辛い思いをさせるかもしれぬ」
 シャガさんの口調は徐々に重く、深く、そして強くなっていく。
「だがそれでもだ! 我々ポケモンと人は、お互いを信じ必要とし、これからも生きていく……」
「そーなのッ! だから、だからねっ。ポケモンとあたしたちを別れさせようとするプラズマ団なんか絶対許さないんだからッ!」
 そうだ。僕がここ、ソウリュウに来るまで歩んだ長い道のり。その中で人とポケモンは互いに足りないところを補いあい、笑顔で暮らしていた。その素晴らしい姿勢を見て、僕はより互いの存在が不可欠なものだと改めて気付かされた。
 プラズマ団はポケモンと人とを別れさせ、ポケモンを完全な存在にすると言った。そうではない。真の完全とは、互いに互いを支えあう、共存していく世界なんだ。それをなんとしてもNに伝えなければならない。
「……すまない。最後、話が逸れてしまったが私たちが知っていることは以上だ。残念ながら伝説のドラゴンポケモンを目覚めさせる方法は分からぬ……」
 チャンピオンのアデクさんが頼るほど、ドラゴンタイプに精通しているはずのシャガさん達が分からないのであればもう八方塞がりか……。いや、それでももしNと戦うことになっても、僕と共に旅を続けてくれたポケモンが、仲間がいる。僕たちの未来のためにも負けない。負けられない!
「……さて、アデクとの約束だったね。君はソウリュウポケモンジムのジムバッジを手に入れねばならない。ではトウヤ、ポケモンジムにて君の挑戦を待つ!」
 そうだ。まずは目の前に立ちはだかる試練を乗り越えなくてはならない。僕の横を通り過ぎ、先にジムに向かったシャガさん。まずはこのシャガさんに僕の、僕たちの力を見せつけてやらねばならない。
 ここまで歩いてきた僕たちの絆を、力を。



 ドリュウズの渾身のシザークロスを受け、オノノクスは大きい音をたてながら前に崩れていく。
 ジムの時が止まったかのような沈黙がしばし流れた。
 シャガさんは倒れたオノノクスをモンスターボールに戻すと、称賛の拍手を送る。僕もワンテンポ遅れてバトルが終わったことに気付き、最後の一匹となっても戦い抜いたドリュウズをボールに戻す。
「素晴らしい。君と出会い戦えたこと、感謝する」
 僕の目の前までゆっくり歩いてきたシャガさんは、これがレジェンドバッジだ。と、竜の頭を象った細長いジムバッジを手渡す。最後の、八番目のジムバッジ。これで僕のバッジケースは全て埋まった。ついでにシャガさん曰くお気に入りのドラゴンテールのワザマシンも受け取った。
 礼を言おうと手元からシャガさんに視線を戻したが、そこにはらしからぬ暗い表情があって、思わず怯んだ僕は礼を言うタイミングを失っていた。
「……君に頼みがある。アデクを追いかけてポケモンリーグに向かってほしい」
 そう言ったシャガさんの表情は弱々しく、先ほどまでいた屈強なドラゴン使いのトレーナーは目の前からいなくなり、ただの一人の老人がそこにいた。
「ポケモンリーグはソウリュウから繋がる10番道路の先。チャンピオンロードを越えたところにある。アデクの強さは知っているが、Nという男の強さ、底知れぬのだ」
 そうか。Nはチャンピオン、アデクさんを倒すと言った。その過程でジムリーダーのシャガさんとも既に一戦交えていたのだ。
 ――Nという男の強さ、底知れぬのだ。
 今までの旅の中、僕とNは幾度となく戦って来た。確かに彼は強敵だった。とはいえ、シャガさんにギリギリで勝てた僕なのに、そこまで言わせたNともし戦うことになっても僕は勝てるのだろうか。……いや、僕が弱気になってどうするんだ。信じなきゃ。僕のポケモンと、僕の力を。
 そう思いながらジムを出たときだった。
「……ハーイ。シャガさんはたくましかった?」
 聞きなれた明るい声。顔を上げれば正面にはアララギ博士がいた。
「あっ、伝説のレシラムを復活させる方法についての報告に来たんだ。ライブキャスターで伝えるのもなんだか申し訳ないしね」
 Nのゼクロムに唯一対抗出来うると言われるレシラム。その復活方法の報告……。固唾を飲めば、ごくりと喉を通る音が聞こえた。
「で、結論をいっちゃうと……。まだ解明出来ていないの。きっとポケモンが誰かを認めたときに目覚めるのね……」
 沈黙が流れる。僕もなんだか申し訳なく、顔を伏せる博士に何を言って良いのか分からない。
 すると博士は暗い話を止めようと、すぐさま笑顔になって口を開く。
「それよりも凄いじゃない! イッシュのジムバッジを八個揃えたんでしょ、すごくたくましくなったよね! 自分では実感ないかもしれないけど、カノコを出たときとは大違い!」
 それは決して作り笑いやただの誉め言葉じゃなく、博士は本気でそう言ってくれたということが目で分かる。嬉しかった。ここずっとプラズマ団のことで必死だったから、そう言ってくれた博士の言葉がなおのこと優しく響く。
「では、ポケモンジム巡りを終えたポケモントレーナーが次はどこへ向かうべきか、わたしが案内するわね」
 そう言ってジムから東に進むアララギ博士の後を追えば、ソウリュウ北のゲートまで案内された。ゲートの向こうにはチャンピオンロードと呼ばれる切り立った崖が挑戦者を拒むかのように聳え立っている。
「あのゲートをくぐり、10番道路を抜ければバッジチェックゲート。その先にあるチャンピオンロードを越えてようやくポケモンリーグよ」
 この先には全てのトレーナーの目標がある。そう考えると、自然と目が乾き拳に力が入る。
「カラクサのポケモンセンターを案内したこと、思い出しちゃった」
 僕たちが初めて生まれ故郷のカノコから隣のカラクサに着いたとき、博士は僕たちにポケモンセンターの使い方をレクチャーしてくれた。確かに、あのときと同じだ。
「ねえトウヤ。ポケモンと一緒に旅立ったこと、後悔している?」
 そんなことはない! 僕はポケモンと旅が出来て、辛いこともあったけども楽しいこともいっぱいあった! 他にも伝えたいことがいっぱいありすぎて、うまく舌が回らない。とにかく首を強く横に振れば、博士の歓喜の声がする。
「ありがとッ! 最高の返事よね! わたしも君たちにポケモンをプレゼント出来てすごく嬉しかったの! だって、また人とポケモンのステキな出会いが生まれたから! トウヤ、これ。プレゼントよ」
 アララギ博士から手渡されたのは、紫に輝く究極のモンスターボール、マスターボールだ。その存在自体は聞いたことがあるが、実物を見るのはこれが初めて。
「そのマスターボールはどんなポケモンも絶対に捕まえられる最高のボール。こんな形でしか応援出来ないけれど……」
 そこまで言って、博士は言葉を区切る。
「トウヤはトウヤ。どんなことがあっても迷わずにポケモンと進んでね!」
 博士はこれ以上ないくらいの笑顔でそう言った。きっと、本当は復元に関してなんかではなくこれを伝えに来たかったのかもしれない。お陰で張りつめていた緊張も、表情と共に自然とほぐれた気がする。
「じゃーねー!」
 と去っていく博士の背中を見送ってから、僕は再び手元で妖しく輝くマスターボールを見つめる。
 ……博士には悪いけど、僕はこのマスターボールは使わない。もしもレシラムと戦うことになっても絶対に使いたくないんだ。マスターボールを使うっていうことは、マスターボールという道具の性能に頼るということだ。
 それじゃあダメだ。僕とレシラムの真剣勝負に水を刺すのと同等だ。互いに全力をぶつけあうことに本当の意味があると僕は思う。
 僕はソウリュウのポケモンセンターに戻り、マスターボールをダゲキに持たせてユニオンルームに入った。
 そこには、あらかじめ連絡をしておいた僕と同年齢の女性トレーナー、トウコがいる。僕は、この親愛なる彼女にこのマスターボールを託す。博士には悪いけども、僕じゃあこのマスターボールは扱えない。身に余る贈り物だ。彼女は僕より優秀なトレーナー、彼女の方がきっと有用に使ってくれる。ポケモン交換装置にモンスタ ーボールをセットすれば、マスターボールを持ったダゲキは彼女の元に。そして彼女のズルッグが僕の元に。
 交換が終わると彼女は満面の笑みでありがとう、と僕にだけ伝わるようにひっそりと言った。そして、お疲れ様。とも。


 ゲームの電源は消された。マスターボールを手放したトウヤのソフトの記録を消して、再び新たなトウヤの冒険が始まる。
 マスターボールを集め、それをトウコに渡す作業という名の冒険が今。

 最初から はじめる
NiconicoPHP