> 散りゆく桜が蘇るなら 作:夜月光介
散りゆく桜が蘇るなら 作:夜月光介
「桜は何時見ても美しい」

 私は誰に言うでも無くそんな言葉を呟いた。陽だまりの中、縁側で座っていると心地良い風が吹いてくる。
 傍らには誰もいない。この家は私1人のものだ。汗水流して懸命に働きやっとの思いで建てた家――
 縁側から見える庭には私の大好きな桜の木が植えてあり、毎年見事に咲きまた散ると言う事を繰り返していた。
「散るからこそ美しいのかな」
 仕事に明け暮れた毎日は私から人間との触れ合いを少しずつ奪っていった。私を訪ねてくる者等今では滅多にいない。
 人生に後悔しているかと問われれば正直半々だった。している部分もあれば誇れる部分もある。
 それが人生と言うものだろう。100%の成功等ありはしない。勿論その逆も……

「うッ!」
 突如私を襲った激しい胸の痛みに私は悶絶した。心臓が早鐘を鳴らし、危険信号を送っているのが解る。
 その痛みはあまりにも激しい為助けを呼ぶ声さえ出せず、意識がゆっくりと遠のいていく。

 私は意識を失った――


「桜庭、授業中だぞ。船を漕いでる場合か!」
 何かで頭を叩かれ、私はハッと目を覚ました。周りには懐かしい顔ぶれが揃っている。
「ロク、お前徹夜でもしたのかよ!」
 クラスメイト達のからかいが聞こえてくるが、それに反応する事が出来ない。ただ自分の陥った状況が理解出来ずキョロキョロと辺りを見回すばかりだ。
「シャキっとしろシャキっと!」
 クラスの担任であった山岸稔が教壇に立ち、授業をしている。私にとっては遥か昔の思い出話だったハズが、今は紛れも無い現実だ。
 状況が掴めないまま学校の授業は滞り無く終了し、各自が家に帰宅していく。

「ロク、一緒に帰ろうぜ。帰りに高松屋の駄菓子でも奢ってやるよ」
 当時親友だった橋本秀明が私の肩を叩いた。他にも数人の男子が私との合流を待っている。
「……なぁヒデ。今年って何年だったっけ?」
「お前まだ寝ぼけてるのかよ。今年は昭和60年。西暦なら1985年だろ!」
 衝撃的な返答だった。そうだとすれば今の私は18歳。高校生の頃に戻ってしまった事になる。
 そもそも先程橋本が話に出した駄菓子屋の高松屋も、2000年の時点で既に無くなっていたハズだった。
 (魂だけ過去に飛んだのか。そうなると今から起こる事は全部同じだな)
 人生を今からやり直すとするならば、勿論成功者としての人生を送りたい。起こる事が解っているのならば、
 それを踏まえて人生を謳歌する事は充分に可能だと言えた。

 それからたった数ヶ月で、自分の人生は大きく変化していく。
 競馬好きの父がいる為記憶を頼りに勝馬を教えた事で臨時収入が入り、勝ち続ける事でどんどん資金が肥大化していった。
 テストでも昔の記憶を頼りに範囲をもっと狭めて勉強し、今までの知識も相まって優秀な成績をキープ。
 次々と『予言』を行なう事で人が集まり、18歳にして成功への階段を上がり続ける事になる。
「詳しい事は言えないけど8月は航空関係で凄い事件が起こるね。旅行関係は避けた方が無難だな」
「突然バカヅキじゃんかロク。予言も的中しっぱなしだし、家が突然裕福になるとかどうなってんだよ!」
 私は笑ってその質問には答えなかった。話すべき内容では無いし、話した所で信じてくれるハズも無い。
 人間は金と名誉が手に入れば当然女性関係にも手を出したくなる。都合の良い事に『彼女』もまた、今の自分に興味を持っている様子だった。

 二階堂彩香――当時クラスの高嶺の花と言われていた才色兼備の女性。
 トップ成績を連発しおまけに美人。中小企業の社長の娘だけあってそれなりに豊かな暮らしをしている。
 そんな彼女を魅了する存在など簡単に現れるハズも無く、あの頃はそのまま卒業し離れてしまったが、今は違う。
 私が彼女を魅了する事も、今の私なら不可能では無い。

「桜庭君のとこ、豪華な一軒家買ったって言ってるけど……突然どうしたの?それにテストの点も突然良くなったし……」
「人生にはついている時があるんだよ。それがずっと続く奴もいれば続かない奴もいる。俺は……さぁどちらかな」
 はぐらかされるとますます気になる。人間ならば誰もがそうなるハズだ。彼女も例外では無かった。
「私にだけ、こっそり教えてよ」
「特別扱いは出来ないよ。でも……俺をもっと近くで見てくれるのなら、解ってくれるかもしれない」
 私は彼女を見据え、あの時なら絶対に言う事が許されなかった言葉を告げる。
「俺と付き合ってくれませんか?」
 彼女は多少驚いた表情であったが、やがてニッコリ笑うと静かに頷いた。

 それからの私の人生はまさに上昇を続ける一方だった。馬鹿売れする商品が予め解っている為彼女の父親が経営する会社は大企業へと成長。
 私は大学卒業後高待遇で迎えられる事となり若き役員としてアドバイスを続けた。
 結婚も決まり二階堂の名が世間に知れ渡っていた為世間的には二階堂姓を名乗る事となり、次々にヒット商品を連発。
 金はどんどんとこちらに転がり込み。娘も誕生。金がある暮らしに破綻があるハズも無く、妻との関係も良好。
 遂には30半ばにして二階堂グループの社長に就任。
 独創的なアイディアと絶賛される商品も全て誰かがヒットさせた商品だったが、それを知る人間がいるワケが無い。

「桜は何時見ても美しい」
「本当ね。特にこんなに沢山の桜がある場所ですもの」

 自宅の庭はあの時よりも一層豪華になり、私の好きな桜は何十本も植えられ咲き乱れていた。
 自分の家で花見が出来る事程贅沢な事は無い。私はその嬉しさをゆっくりと噛み締める。
 傍らには愛する妻と母譲りの美貌を手に入れた娘、そして会社に向かえば大勢の人間が自分を褒めちぎり賞賛してくれるのだ。
 これが人生の成功と言わずして何と言おう。惨めな人生の終了から私は一転して成功者となった。
「……散るからこそ、美しいのかな」
「散らない桜もあるよ御父さん」
 娘の綾香が私を指差してそんな事を言うと、妻は微笑み頷く。
「そうか。私は散らない桜か。面白い事を言うな綾香は」
 心地良い充足感に包まれ、意識がまたゆっくりと遠のいていく――

 
「たった今、全ての行程を終了しました。彼は今、幸せの絶頂にいる事でしょう」
 どこかから、声が聞こえている。暗闇だ。何も見えない。聞こえてくる声もぼやけている様だった。
「そうですか、これでやっとあいつに恩を返せました。有難うございます」
 その声は誰かに似ていた。思い出せない。何がどうなっているのかさっぱりだ。
「なぁロク。俺の事覚えてるか?お互いもういい歳になっちまったけどさ。お前が倒れた事を聞いて飛んできたんだよ。
 お前は俺の親友だし色々助けてもらった。俺、脳科学の大教授って呼ばれる程になってな――」
 解らない。自分が何処にいるのか、彼が誰なのか、そもそもココは何処なのか。
 薄れていく意識。最早それは暗闇ですら無いのかもしれない。無に向かって落ちていく感覚。

 私は意識を失った。


 親友の墓の前で、俺は静かに手を合わせていた。傍らには彩香がいる。
「無事に天国に行ったのかしら、六郎さんは」
「俺が見せた夢が天国だったんだから、天国が万が一無かったとしても幸せだろう」
 俺の友人に夢を自在に操る機械を発明したやつがいた。意識不明の重体であったとしても通用する代物だ。
 前々から彩香の事を桜庭が好きな事は知っている。彩香にはその夢の内容は伏せてあるが、自分の成功体験を混ぜた様な内容の夢だった。
「まぁ……天国があるなら、無事天国に行っていると良いが」
 新しい花を持ってきた綾香から花を受け取り、俺はその花を供えてやった。綺麗な桜を――
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