プロローグ ( No.1 ) |
- 日時: 2011/03/27 00:26
- 名前: 一葉 ID:uJdijB8w
- 人は誰もが主人公。昔の映画でそう言っていた。そんなものは薄っぺらい言葉だと思った。だって、誰もが望んだ主人公……ヒーローになんてなれるわけはない。一昔前に流行った英雄奇譚のように、悪の組織に打ち勝ったり、ポケモンリーグで優勝したり、そんな事が誰しも出来るわけじゃない。
だけど、と僕は思う。僕は確かに主人公だったのだ。細やかな僕の物語、それはありふれたものだったけれど、悪の組織なんていないし、チャンピオンになんてなれるわけがない、平凡で、本当にありふれたものだったけれど、僕達にとっては特別な話、本当に大切な三年間だったんだ。 どこから話したら良いだろうか。そうだな、僕が初めて彼女と出会った、三年前の春。ここから始めようか。
あの日の出会いが、僕の運命を変えたんだ。
『君といた世界』
|
君と出会った日 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/03/30 02:57
- 名前: 一葉 ID:RSpexdbA
- 生まれはカントー地方だった。四歳の時にイッシュ地方に渡り、七歳でオーレ地方へ。十歳の時には今のシンオウ地方に引っ越した。父親の仕事の都合で転校と引越を繰り返していた僕は、中学に上がる今年、また引越す事になっていた。
「卒業式が終わったらそのまま出発って急過ぎやしないか?」 「ホウエン地方って物凄く遠いからね、お父さんの都合もあるし、僕も入学式までに色々準備をしないといけないから」 雪国であるシンオウ地方からだとホウエン地方は遠い。どのくらい遠いかと言うと、温暖な気候のホウエン地方は南国と言ってしまっても差し支えなく、気候が違うほど遠いのだ。 本当は卒業式を終えてすぐに出発でも遅いくらいで、お父さんは卒業式を待たずにもう向こうへ向かってしまった。お母さんも一度ホウエンの新居に行ってから、今日の卒業式の為にとんぼ返りなのだ。だから、本当なら僕も、卒業式は欠席し、一緒にホウエンに行った方が良かったんだろうけど、お母さんから卒業式は出たほうが良いと諭され、残る事にしたのだ。 「そうだな、おまえ念入りに下調べするタイプだもんな」 そんなでもないと思うが、まったくの嘘でもないので笑ってごまかしておく。 「向こう行っても元気でやれよ」 「そっちもね」 「それから、いい加減手持ち持てよ」 「……がんばる」 「またいつかな」 「うん」 最後に固く握手を交わし、僕達は別れた。次はいつ会えるのかわからない。もう一度会えるのかもわからない。そんな友との別れもこれが三度目、よく覚えていないカントーの事も合わせるなら四度目だ。少しだけ慣れてしまった気持ちの整理は、とうに終わっていた。 「お待たせ、お母さん」 僕はお母さんが待つ車に乗り込む。そうしたら「もう良いの?」なんてお母さんが聞いてきたから、僕は黙って頷いた。僕は今日、シンオウの地に別れを告げる。そんな時に、たとえほんの少しでも振り向いてしまえば、後ろ髪を引かれてしまうのだ。まだ十二年しか生きていない、本当に子供だけど、それだけは覚えた。イッシュの時も、オーレの時も、少しだけと振り向いてしまったから、たくさんの思い出に囚われて、離れたくない、行きたくないと思ってしまった。だから、僕は振り向かずにシンオウ地方に別れを告げる。サヨナラ、シンオウ地方、サヨナラ、コトブキシティ。 この日、僕は二年間住んだコトブキシティを離れ、ホウエンへと向かった。。
ホウエン地方の最西端にあるホウエン最大の都市が僕達が向かう街、カナズミシティだ。コトブキシティも大きな街であったが、カナズミシティも決して劣ってはいない。 「カナズミシティには大きな学校があるんですって」 お母さんに言われて適当に相槌を返す。大きくても小さくても学校には変わりないんだから、どうでもいいと思う。それよりも長旅の疲れが大きい。丸一日以上船に揺られたのが意外と堪えていた。イッシュ地方の時も、オーレ地方の時も、僕は飛行機に乗ったから、船旅と言うものが初めてだったのだ。だから少しだけ眠る事にした。お母さんに「着いたら起こして」と頼み目を閉じる。余程疲れていたのだろう、数分も経たないうちに僕は眠りに落ちていた。
 |
君と出会った日 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/04/03 11:09
- 名前: 一葉 ID:pxzOnJrw
すっかりと眠ってしまっていたようだった。空は夕焼けに染まっており、結構な時間が経っているのが見て取れた。エンジン音も止んでいる、どうやら既に到着していたらしい。 「起こしてって頼んだのに……」 そう愚痴を零して身体を起こす。お母さんは車のすぐ傍で見知らぬおばさんとなにやら盛り上がっていた。ご近所さんなのだろうか、僕も挨拶をしておいた方が良いだろうと、車を降りる。 車が駐車場に入っているのだから、多分この家が新居なのだろうか? そう思って目の前の一軒家を見上げた。二階建の綺麗な家だ。何も咲いていない花壇は少し寂しいけれど、何か花の種でも蒔いてみれば、来年は綺麗な花壇になるだろう。それはそれで楽しみだった。 「えーっと……」 一度頭の中で挨拶をシミュレーションする。どうも、こんにちは、今日引っ越してきた秋代椿です、よろしくお願いします。こんなものだろうか。最後にもう一度深呼吸をする。 「ど……」 「あれ?」 お母さん達に声を掛けようと口を開いた、その瞬間だった。お母さん達とは反対方向、真後ろから声がした。振り向いた先にいたのは、僕と同じくらいの背丈の女の子だった。多分年も同じくらい。肩まである綺麗な黒髪は少し固そうな外ハネに揃えてあり、元気そうな印象を与える。 「あ、もしかして新しく引っ越してきたって言う人? 同い年の男の子って聞いてたから、あなたよね?」 僕が驚いて黙っていると、彼女は嬉しそうにそう言った。焦りながら頷くと「やっぱりそうなんだ」と彼女は笑う。 「あ、自己紹介するね、私あゆか、漢字だと歩くに香りって書いてあゆか、あなたは?」 「つ、椿です、秋代椿ッ!?」 驚いていたし焦ってもいた。だから声が変に裏返ってしまったし、おまけに舌まで噛んだ。そんな僕の様子に彼女は「そんな緊張しなくてもいいのに」とケラケラと笑う。 「よろしくね、椿くん」 「こちらこそよろしくお願いします、えーっと……歩香さん?」 初対面の女の子を名前で呼ぶのに少し抵抗があり、少しだけ迷ったが苗字は知らなかったので結局名前で呼ぶ事にした。そんなぎこちなさが伝わったのか、彼女はきょとんとして僕を見ていた。 「あの、ご……」 「あのさ、私達タメなんだから、別にそんなに敬語とか使わなくてもよくない?」 どうやらそんな事を気にしていたのは僕だけだったようで、謝りかけた言葉をなんとか飲み込む。 「そういう属性の人なら別に無理にとは言わないけど、私もさんとかちゃんとか付けられるよりは呼び捨てにされた方がいいし」 「属性?」 何故かそこを聞き返した僕に、彼女は「ほら、敬語使うの好きな人とかいない?」と立てた人差し指をくるくると回しながら言う。何となく言いたいことはわかった。スーツみたいなビシッとした格好で敬語を使う大人の人とか格好良いと思う。きっとそういう事だろう。 「まぁ、あゆかって呼び捨てにしてくれれば私も椿って呼び捨てで呼べるでしょ?」 何故か勝手にハードルが上がったんだけど。さん付けで呼ぶのも気恥ずかしくて呼べないのに、名前を呼び捨てだなんて出来るはずもなく、僕は「うん、よろしく」とだけ告げた。 「よろしくね、あ、そうだ、漢字よりひらがなの方が好きだからそっちで呼んでね」 発音に漢字もひらがなもかわりないと思うのだが。心の中でツッコミを入れ、握手を求める彼女に手を差し伸べた。 ちょうどその時だった。 「うわぁ!?」 僕は驚いて手を引くと、そのまま尻餅をついた。彼女の肩越しに一匹のポケモンが顔を覗かせたのだ。エネコだ。エネコは彼女の肩にしがみつくようにしてぶらさがっている。 「どうしたの?」 彼女が不思議そうに一歩踏み出す。近寄ってくる。 「来るな!」 思わずそう叫んでいた。彼女はびくりと身体を震わせた。哀しげな表情。少しだけ眼を伏せると「エコ、離れてて」と呟いた。エコと呼ばれたエネコが彼女の肩から飛び降りると、大きく迂回するようにお母さん達の方へ駆けて行った。 「えーっと、大丈夫?」 「……ごめん」 手を差し伸べて良いものか迷っている彼女から視線を外し、震える声で謝る。 「……苦手……なんだ、ポケモンが……実は」 支離滅裂な言葉で謝罪を伝える。嫌われただろうか、不安だったけど、それを確かめるのも怖くて、僕は顔を上げられずにいた。 「ごめんねー、この子ったらポケモンダメなのよ」 そこにお母さんが駆け寄って来て助け船を出す。 「あ、ご、ごめんなさい」 彼女が謝った。謝る必要なんて無かったのに。悪い事なんてなにもないのに謝った。僕が勝手に怖がっただけだから気にしないで。そんな言葉は声にならなくて、お母さんが「気にしないで」と代弁してくれた。少しだけ覗き見た彼女は、酷く落ち込んだ表情をしていていた。何か言わなきゃと思うのだけど、身体の震えは止まらなくて、結局何も言えなかった。何も言えないまま彼女は行ってしまう。その後ろ姿を呼び止める事も出来なくて、そんな自分が情けなくて、涙がこぼれた。
 |