Re: 短編シリーズ 〜 チャンピオンズリーグ 〜 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/04/06 20:34
- 名前: 月光 ID:ltDmG3Fc
- 春の訪れを告げる桜は満開に咲き乱れ、ここタマムシシティでは新年度のバーゲンなどが例年通り催され活気に満ち溢れている。
大通りを行き交うのは兎に角人の群ればかり。右を見ても人、左を見ても人、後ろを見ても人、上を見ても人。 飛行タイプのポケモンで移動する人がかなり多いので最近では『飛行ポケモン交通規制法』と言う法律まで制定されてしまうほどに、人は訪れる。 今年度は寒波が酷く例年なら暖かくなる季節にも関わらず未だに皮膚を打つ風は体温を奪うが、それがどうしたと言うほどに人は多い。 だが例年にも増して人が多いのは、突然人口爆発が起きたからではない。別のイベントが実施されているからだ。
人々が向かう先――タマムシシティの郊外にあった広大な空き地を利用して作られた、セキエイ高原のポケモンリーグ会場に優るとも劣らないほど巨大なバトルスタジアム。 二年前、ロケット団がジョウトで再び解散する数ヶ月前に工事に着手し、そしてついに先日、大々的にオープンした。 まだ工事中の場所は数ヶ所ほど残っているが、目玉である巨大バトルフィールドと直視可能な拡張現実による3Dシステムによる臨場感溢れる視覚システムはしっかりと作動している。 朝八時にも関わらず会場は既に満席状態で熱気に満ち溢れおり、フィールドの端にはビデオカメラを持ったマスコミが大量に押し寄せている。 大会の優勝賞品は各地方のポケモンリーグにおいて無条件予選突破の資格、さらに副賞としてマスターボールで、かなり豪華である。 その大会の名は『チャンピオンズリーグ』。各地方の予選を勝ち抜いて来た強者が集う大会。
開始時刻の九時になった瞬間、燦々と輝く太陽を潰すかのように天上が左右から閉じて行き、ゆっくりとした動きでしっかりと密閉される。 空調や冷房は完備されているため観客は多少熱い程度で済む。 天上を閉めるのは天上にも立体3Dを再現するのに必要な装置が大量に組み込まれているからで、天上を閉めなければ太陽光が強過ぎて立体スクリーンが投影されない。 それと時を同じくして会場にセキエイリーグでも流れるポケモン協会公式の讃美歌が流れ、選手たちが一列になって登場する。 人工的な熱気をその肌に一身に浴びながら、十名の選手は広大なフィールドの中央へと足を運ぶ。 参加者はカントー地方が四名、ジョウト地方が二名、ホウエン地方が二名、シンオウ地方が二名と、開催地方の為かカントーの選手枠が若干多い。 皆面持ちは一様で、無表情に歩く者もいれば熱気に燃える者、何故か口論する者、緊張する者、動きがぎこちない者もいる。 その中の一人、ジョウト地方代表のアスカはロボットのようにぎこちない動きで自慢のポニーテールを靡かせながら歩きながら、大量の観客の声援に目を回す。
「はわわわわーひ、人がたくさんいるよー、熱いよー。し、師匠ー!?」 「落ち着け……と言っても無駄だな。どうせ本番になればいつも通り、実力は出せる。緊張するのも経験のうちだ。精々たっぷり緊張しろ」 「そ、そんな殺生なー」 「いーかこの前は偶然負けたが今回は確実に俺が勝つぞ。総合数じゃ俺の方が勝ち越してんだからな」 「はぁ? この前のセキエイリーグで俺に負けた奴が何か吠えてるなー聞こえないなー」 「シグレ! テメーちょっと表出ろ!」 「上等だ今度こそテメーのハイエナみてーな態度この場で修正してやる」 「ちょっとジョウト組、進行中にごちゃごちゃ五月蠅いわよ。そしてカントーの二人! ちょっと黙りなさい!」 「やれやれ、哀れな道化たちが叫び回る。同じカントー組として、恥ずかしい限りだ」
黒いジャケットを羽織った若干女に見えなくもない男性は嘆息し、首を振って大量に巻き付けたベルトをジャラつかせる。 ただでさえガタガタだったアスカはさらにオドオドが加わり、もはや泣く寸前の子どもみたいな表情になっている。 口論を続けていた二人は叫ぶことは止めたが相変わらず目線だけで激しく火花を散らし、妙な因縁関係があるのは他の参加者の眼にも明らかだ。 四人を注意した女性はまだ注意が物足りなそうだったが、同じくシンオウ代表の男に肩を叩かれ、仕方なく引く。 ただの進行に見えるが、既にこの段階で、他の地方より精神的に優位に立とうとするのは、トレーナーとして当たり前の対応かもしれない。 最もジョウト代表のアスカは優位に立つどころか、逆に追い詰められているイメージしか湧いてこない。 全員が中央に到着すると横一列に並び、別の入り口から入って来たポケモン協会の会長がゆっくりと選手たちの前に歩いて来る。 アスカは隣に立つとこの肩をちょんちょんと叩き、耳に手を当てて小声で呟く。
「ねぇ、師匠。あれ、誰でしたっけ?」 「カントー地方のポケモン協会の理事長だ。セキエイリーグでも見ただろ、もう忘れたのか」 「え、えへへへへ」 「ここ十数年理事長は奴だ……あいつが……」 「師匠?」 「最高責任者なんだ。お前は将来もっと上に行くなら、各地方の理事長ぐらい覚えておけ」 「わ、分かりました!」
一瞬彼の瞳に映った強い意志にアスカは小さな疑問絵覚えるが、すぐにその表情は元に戻る。 理事長は全員の顔を見渡すと満足そうに頷き、横から係員の女性が持って来たマイクを手に取る。
「えーご来場の皆さん。遠路遥々、誠にありがとうございます」 「いーから早く進めなさいよー。ブーブー」 「マリン、女性はもっと清楚な言葉を使わないと駄目だよ。穢れは何れ自分に戻り、君を道化に変えるよ」 「五月蠅いオカマ」 「……女性に間違われるのは慣れているが、オカマはさすがに傷付くね」 「ごほん。さて、諸君らは予選を勝ち抜いた実力者同士。気が張るのも分かるが、どうか落ち着いてくれ。さて、早速だが、戦いの順番を決める」 「事前に聞かされているわ。トーナメント何ですってね」
ポケモンレンジャーの制服を羽織った藍色のセミロングヘアーの女性が一歩前に出ながら答えると、理事長は力強く一度頷く。 彼が横を見ると同時に待機していたスタッフが一つの箱を持って現れ、それを理事長に渡して礼儀正しく去っていく。 彼に渡された箱には一つだけ手を入れる穴が開けられており、当然ながら中は見えないが、何かを引いて番号を決めるのは明らかだ。 理事長は穴から中を見ると箱を振り、カントー地方代表の一人、マリアと呼ばれた女性の前に立つ。
「中ボールが入っている。引きたまえ」 「私からでいいのね。さーて……何が来るかしら。とりゃ!……五番よ」 「ではそのままボールを持っていてくれ。皆、順々に引いてくれ」
カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ組の順にボールを引いて行き、会場は先ほどより若干ながら静まり返る。 全員がボールを引き終わり、全ての選手が理事長に自分の番号を伝え、各選手の番号を端末から入力していく。 先ほどまで調子が悪かったのか途中で会場のマイクテストが入り、会場の巨大ディスプレイに放送室から撮っている理事長の姿が映る。 理事長が端末に打ち込む情報が全て放送室に送られ、司会者が再びマイクテスト後に声を荒げる。
『さー全ての選手の入力が終わりました! 結果が今、ディスプレイに表示されます!』
静まり返っていた会場が再び台風でも訪れたかのような熱気に包まれ、ディスプレイにトーナメントの結果が表示される。
一回戦 アスカVSアダム マリンVSタタ ヨウタVSシリュウ シグレVSカズハ
シード:リア エリサ
『さー戦いは決まったぞー! 一回戦は、ジョウト出身のアスカ選手VSホウエン出身のアダム選手だ!』 「――フン。やるからには容赦しないぞ、アスカとやら」
横に立っていた薄着のトレーナー、と言うよりその筋肉具合からむしろ探検家や格闘家が似合っている男が不敵に笑いながらアスカに宣戦布告し、固まっていたアスカはその成りに若干腰を抜かす。
「ラ……ランボーがいるー!」 「そこまで原始的じゃない」 「て言うか、私初戦からなのー!? し、師匠ーどどどどどうすればいいんですかー!?」 「いつも通り行け。以上、相手は全員強敵だ。全力で挑め」 「ふぇえ〜!?」 「ほう、シリュウとか言ったか。お前はこいつの師匠なのか。フン、大した弟子だな」 「馬鹿にしているのも今のうちだ。俺の弟子は、強いぞ」
立ち去ろうとしたシリュウとアダムの視線が重なり合うと同時に激しい重圧が中央に居たアスカを襲い、半泣き状態に成りへなへなと地面に倒れ込む。 それを見たシリュウが溜息をつくと彼女の手を引っ張り体を起こし、両肩を掴んで彼女の瞳を見る。
「いいか。お前はいつも通りやればいいんだ。自信を持て。お前は、強いんだ」 「し、師匠……はい! 私は、絶対に勝ちます」 「ただ俺が見た限りじゃお前の対戦者の方が若干強く見えるが」 「な、何でそんな余計なこと言うんですかー!?」 「――フン、実力を見抜く目はまぁそれなりにあるようだな」 「安心しろ、拮抗してるってことに変わりは無い。よし、行って来い」
シリュウはアスカを百八十度回転させてその背中を叩き、アダムの前まで突き出す。 強靭な腹筋に頭をぶつけたアスカは弾き返され、不敵に笑いながらも険しいプレッシャーを放つアダムを見上げる。 震える右手を握り締め、頬から流れる汗が地面に落ちて吸い込まれる。 こんなに震えるのは初めてじゃない。どこの地方のリーグでも、最初は震えるし、決勝に近づくにつれて大きくなる。 だがそれでも、常に戦って来た。これはただの震えじゃない。そう、武者震いだ。 明らかに震えながらも薄らと笑うアスカの表情を見たアダムの表情から余裕が削げ落ち、彼も薄らと笑う。
「フン、良い表情だ。来い、俺の全力で叩き潰そう」 「私は……簡単には負けてやらないわ。行ける限り、突っ走りますよ!」
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Re: 短編シリーズ 〜 チャンピオンズリーグ 〜 ( No.2 ) |
- 日時: 2010/09/15 23:50
- 名前: 月光
- 灼熱と表現できるほどの熱気に包まれる中、アスカとアダムはゆっくりと互いのトレーナースペースに足を踏み入れる。
その瞬間、会場の大型ディスプレイに『フィールド』と言う文字が表示され、フィールドの名前が刻まれたプレートが画面内で高速回転する。
『さて、御来場の方の為にバトルの説明をしましょう。バトルは三対三のシングルバトル。道具、ポケモンへの持ち物は禁止しています』
通常のバトルスタジアム通りここでもフィールドは変化するが、ベースとなるフィールドは固定される仕様。
『また三匹のうち一匹が戦闘不能になった時点で、そのトレーナーの負けになります。選手は適時、ポケモンを迅速に入れ替える必要があるでしょう』
アスカとアダムがルーレットの結果を見守る中、徐々にプレートの回転速度が落ちて行き、一つのフィールド名がディスプレイに浮かび上がった。 『草原』――可も無く不可も無いフィールドだが、ありきたりな場所だけにトレーナーのスペックが試される。
『なおフィールド内は移動自由、制限はありません。思う存分戦って下さい』
フィールドが決定すると同時に天上や床一面が淡い光を放ち、アスカ達が立つフィールドに初々しい草木が一斉に咲き乱れる。 さらに空調が作動することで疑似的に草原の風を創り出し、確かに本当にその場にいる様な臨場感。 吹き抜けて行く風に靡くポニーテールを抑えながら、疑似的に再現された現実の草原を前に心が弾む。
「うわー綺麗な草原ねー。天上まで空を再現するなんて、本当に素て……何してるの?」
とてもグラフィックとは思えない優美な景色に心を打たれるアスカとは別に、アダムは何故か地面に伏せている。 草の様子を観察しているようにも見えるが、どちらかと言うとハンティングをするライオンのような感じだ。 アスカに言われてようやく自分が伏せていることに気づいたらしく、服についた埃を叩き落としながら悠然と立ち上がる。
「――フン、すまん。あまりに偽物臭い草原に気味が悪くなってな。敵が襲ってくるんじゃないかと思って伏せてしまった」 「そう言えば貴方ってジャングルに住んでそうな成りしてるわよね……ハッ!? やっぱり貴方ラン――」 「くどい。少し気味が悪いがまーいいだろう、勝負とは無関係だ。掛かって来いアスカ、お前の実力を試してやる」 「完全に上から目線ね。いいわ、なら早速――」 「先手は俺が取るがな」 「へっ?」
ボールを掴んだアスカよりも早くアダムはボールをその手に掴み、筋肉質な肉体を駆使して豪快にそれを投げる。 あんな勢いで投げて中のポケモンは大丈夫なのだろうか――会場の観客、そしてアスカがそう思う中、ボールから放たれた褐色の光は草原に降り注ぐ。 現れて行く鋼鉄の分厚い四肢、地面を砕くかのような足踏みと共に現れたのは、鋼鉄の体とスパコンに匹敵する頭脳を持つポケモン、メタグロス。 相手が悪いと一瞬にして判断したアスカだが時既に遅く、振り抜かれたボールから姿を現すのは、巨大な翼に鋭い爪を備えたもうきんポケモンのムクホーク。 二匹のポケモンが現れたと同時にディスプレイに互いのライフとステータスが表示され、同時に会場が一気に白熱する。 だがその歓声もボールから現れたばかりのムクホークの放つ空気を震わす強烈な叫びに一瞬かき消され、同時に地面を砕き、その粉をメタグロス目掛けて投げつける。 砂掛け――先手を取ったアスカは一気に攻撃の指示を出し、羽ばたいたムクホークがメタグロスに襲い掛かる。
「フルック! そのまま畳み込んで、相手に攻撃の隙を与えちゃ駄目よ!」 「威嚇に続いて砂掛けか、悪くは無い……だが」
草を靡かせ迫るムクホークを前に、メタグロスの右腕が微細な光を放つ。 それと同時にその手の近くの草が白く凍りついて行き、相手の所作に気付いたアスカが慌てて指示を出す。
「待ってフルック、一回戻って――」 「冷凍パンチ」
アスカの咄嗟に指示ですぐに翼を羽ばたき反転を始めるムクホークに、しかしメタグロスの拳が襲い掛かる。 素早さなら圧倒的にムクホークが勝る。だが行動の所作の始まり、俊敏性に関しては、それはもはやトレーナーとポケモンが判断して動くレベル。 冷気を帯びたメタグロスの拳がムクホークの翼を掠り、しかしそれだけの攻撃でムクホークの飛行姿勢が崩される。 追撃に振り下ろされる冷凍パンチをムクホークは身を捩じらせ強引に回避して地面を蹴り、空高く飛び上がり距離を取る。
フィールドの端、報道関係者と選手関係者が入ることを許されたスペースで、一人の女性がビデオを回しながら戦いに目を奪われる。 会場全体を震わすような威嚇に砂掛けをしたにも拘らず、メタグロスは全く動じているように見えない。 相性的には飛行、格闘タイプのムクホークは鋼、エスパーのメタグロスにはそもそも全てにおいて圧倒的な不利なのだ。 おまけにメタグロスの攻撃力と防御力は全ポケモンの中でもピカイチ、物理に関してはかなり厳しいがムクホークはそもそも物理攻撃に頼るポケモン。 真っ向勝負は厳しい。適度なところでポケモンを変え、相手のメタグロスを引っ込めさせるのが得策だろう。
「でもなんでメタグロスは攻撃力が下がらない上、砂掛けでの命中率も下がらないのかしら」 「メタグロスの特性だ。『クリアボディ』、あいつはいかなる減少ステータス変化を受け付けない」 「シリュウさん!? な、なぜここに? あ、申し遅れました。私はTVタマムシのスミレです」 「ここは選手用の控室でもある。しかしアスカめ、相手の特性を考慮せず普段通りの戦術に出るとは、まだまだ甘いな」 「ちなみにもしシリュウさんなら、あの状態でどうしましたか?」 「まずは影分身をして回避を上げる。奴は攻撃力が高いが愚鈍だ。高速移動を使われる前に敵の動きを制限する」
シリュウが対策を言ったまさにその瞬間にメタグロスの動きが一気に加速し、空から様子を窺うムクホークを牽制する。
「ッチ、隙を与えるからこうなる。今のメタグロスの素早さはムクホークとほぼ互角だろう」 「先ほどからムクホークが何度かヒットアンドアウェイを繰り返していますが、削られているようにしか見えませんね」 「素早さが互角になった今、有利なのは圧倒的にメタグロスだ。落ち着けアスカ、まずはポケモンを変えろ」
決定打が与えられないままヒットアンドアウェイを繰り返す現状に、自身も移動しながら敵の隙を作るアスカの息が若干がある。 モーションが大きいコメットパンチやバレットパンチと言った大技を使わず、あえて冷凍パンチだけで対応して来るアダムの戦術も、アスカの精神を徐々に抉る。 まるでメタグロスとアダムを中心に、自分たちが一方的に円を描きながら移動しているようにしか感じられない。
「どうしたアスカ、その程度で俺を倒せると思っているのか?」 「言われなくてもそのうち突破して見せるわよ」 「そのうちってのはいつだ? チャンスを自分から掴めない奴に、勝機など永遠に訪れない」 「チャンスを……」
――あれ、その言葉……確か師匠が……
脳裏に浮かぶ過去の景色、今と全く同じような状況を、確かにかつて経験している。 あのときはどうした、どうやって対処した? そう、確か褒められた。嬉しかったから、覚えている。
「――フン、俺の眼鏡も曇ったか……もういい、お前はその程度だった。メタグロス、コメットパンチ」 「フルック! 恐れないで、メタグロスに突っ込んで! チャンスは、私たちの手で作る!」
強烈な光を右手に宿したメタグロスは磁力を使って宙に浮かび、同時にムクホークもメタグロス目掛けて突進する。
「やけくそか? その程度のトレーナーではないだろう。何を企む」 「貴方が早くなるならこっちも早くなればいい。高速移動! 同時に掛け分身も加えてやんなさい!」
飛行していたムクホークから急に力が抜けると、次に羽ばたいた瞬間、先ほどより遥かにその動きが鋭利になる。 さらにムクホークを基点に象がブレると、五匹のムクホークが一斉にメタグロス目掛けて襲い掛かる。 恐らくは大技による攻撃……だが先にエネルギーを溜めていた分、メタグロスの方が攻撃に転じる速度は速い。 普通のトレーナーならばこれで良いだろう。だがここに集うのは各地方で行われた予選を突破した猛者、それだけでは通用しないのは明らか。 さらに一手打たなければいけない。それで無いと、永遠にトレーナーとしての成長は来ない。
「成るほど、チャンスを自分から作り出したか。だが……」
あと数秒で攻撃が届く……そんなときに、アダムが見たのはムクホークではない。 その真下、靡く草に映し出される一つの影、それこそが本物のムクホークの居場所を赤裸々に綴っている。 並みのトレーナーなら、恐らく簡単に惑わされるだろう。
「――フン、右から二番目。恐らく敵も大技、メタグロス! コメットパ――」 「とんぼがえり!」 「俺が見切るのを読んだ!?」
迫り来るムクホークに向かって輝きを放つ右腕を振り抜くメタグロスより早く、ムクホークの鉤爪がメタグロスの顔面を切り裂く。 大したダメージではない――強制的に振り抜いたメタグロスの拳がムクホークに直撃するその直前、ムクホークの体が光に包まれた。 アスカの左手に構えたモンスターボールに吸い込まれ、同時に体を回転させ、右手に持っていたモンスターボールをフィールドへ。 褐色の光と共に現れたバクフーンは既に背中に大量の炎を宿しており、空振りで隙が生じているメタグロス目掛けて激しく体をぶつける。 炎タイプの攻撃に一瞬苦痛の表情を浮かべたメタグロスだが、すぐにバクフーンを振り払い距離を取った。
「貴方は強い。だからこそ見切ると信じていた。行ける限り突っ走りますよ!」 「――フン、やってくれる」
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Re: 短編シリーズ 〜 チャンピオンズリーグ 〜 ( No.3 ) |
- 日時: 2010/09/15 23:51
- 名前: 月光
- ムクホークからバクフーンへとチェンジし、アスカの表情にも若干ながら余裕が戻って来る。
先刻の高速移動の効果があってもまだ若干ながらバクフーンの方が俊敏性は高く、相手の攻撃を紙一重のタイミングで回避することができる。 グラフィックで作られた草原はリアルにも燃えたり潰れたり、実際に起きるであろう効果がそのまま再現される。 さらにバクフーンなら遠距離から炎による攻撃での牽制、さらに無理やり接近してきてもすれ違いにカウンターも期待できる。 トレーナーとポケモンの位置が目まぐるしく変化し、如何に自分に取って有利な場所を取るかの高度な読み合いも行われている。 強大な敵に対する基本的な戦術であるヒットアンドアウェイ――素早さを活かすアスナの戦術に、アダムは無表情に徹する。
「――フン。メタグロス、初心に帰るぞ。自分に有利な状況は作るものだ。自然の中、人が自然に適応するように」 「チャンス! 行きなさいルーシー、炎の渦!」
アダムの集中の一瞬の隙を突き、バクフーンの背中から延びる炎が辺り一面に広がる。 だがただ広がるわけではない。メタグロスとバクフーンを包むように、薄い炎の膜がサークル上に広がる。 表情には浮かべないものの、アダムとしてはこの攻撃はかなり状況を不利にする。 恐らくこの炎の渦が引くまでに、勝負は確実に決まる。 本当なら初心に帰った自分として、アダムはポケモンを交換するつもりでいた。 その間隙を突かれた。これからの行動を先読みされたわけではない……いや、定石通りだからこそ、先読みされた可能性なら十分にある。 兎にも角にも、メタグロスでこの状況を乗り切る以外に道は無い。
「先を読まれてうろうろしてるって感じねー」 「――フン。こんな程度でうろたえるのはお前みたいな半人前だけだ」 「残念だけど今の私に挑発は効かない。ルーシー、燃えるわよ!」
背中に灯る炎がさらに龍のように高く舞い上がり、同時に駆け出したバクフーンの体を炎が包み込む。 だがアダムの指示無くメタグロスはその右手を大きく振り上げると、渾身の力を込めて鬱蒼と草が茂る大地に叩きつける。 爆音、そして振動。フィールド付近だけで無く会場全体が激しく揺れ、観客の熱い声に悲鳴が若干混じる。 もしあのような力で殴られようものなら既にそれは一撃必殺の領域だと断ずるのに、誰一人否定はしないだろう。 足を取られて転ぶアスカとは違いバクフーンは大きく跳躍することでそれを回避し、メタグロス目掛けて炎の矢となり突進する。 それを見てアダムはほくそ笑む。そう、逃げられないようにすることが重要だった。
「そうだメタグロス。奴はもう逃げられん、アームハンマーだ!」
――できれば高速移動したかったが、その余裕はなさそうだな
迫り来るバクフーンに対抗するべくメタグロスは右腕を残した四肢を地面にしっかりと打ちつけ固定し、右手に力を集中する。 振動が収まりようやく立ち上がったアスカは目の前の現状に絶対的な不利を感じながらも、心の中では緊張と共に確信する。 理由は分からないが相性的に絶対不利なメタグロスをアダムは引っ込めず、正面からの勝負にこだわろうとする。 戦う前にシリュウに言われた言葉、相手の方が若干強い――だが現実の攻撃力を見る限り、若干どころかかなりの差がある様に周りには見えても不思議ではない。 だがそれでも、アスカが勝てる可能性がある。シリュウが示したその光を、アスカは深呼吸と共に手に掴む。
――まともにぶつかれば相性が良くてもこっちが負ける……なら!
「ルーシー! 惑わせよう、影分身!」 「二度も同じ手を食うと思うか! 地面を見ればどれが本物かぐらいすぐ――ん、これは」
炎に包まれたバクフーンの姿が左右に分身するその段階で、アダムはその下の地面を見るが、その表情が若干強張る。 大量に渦巻く炎の揺らぎにより地面に移された影は激しく左右に伸びて渦巻いており、一概にどのバクフーンの下に影が出来ているのが全く分からない状況になっている。 心で動揺したのかどうかは定かではないが、アダムは特に表情に焦りを出すわけでもなく、ゆっくりと瞳を閉じる。 影分身に作られたものには熱量は存在しない。感じる熱さは本体のみが有する、渦巻く炎だ。 最大まで研ぎ澄まされた感覚をさらに研ぎ澄まし、右方から感じる熱、さらに何か小さな音がしたが、観客の声援に掻き消される。 ゆっくりと、だが確実に間に合うタイミングで目を開き、アダムは不敵に微笑む。
「――フン、それなりに考えたようだがやはりその程度。一番右だ!」 「嘘、バレた!? ルーシー、中止し――」
アスカが急いで指示を出すよりも早くメタグロスは握った拳を振り抜き、完全にスピードが乗ったところでバクフーンの攻撃と激突する。 激しい爆発のような音と共にバクフーンの体が地面を抉りながら後退、バクフーンを纏っていた炎が消え去り吹き飛ばされる。 それと同時に残りの影分身が全て消滅し、小さく息をついたアダムはしかし未だに止まない歓声に心のどこかで消えないわだかまりを覚える。 確かに仕留めるには仕留めた。だがそれだけではない気がする。それにアスカだが、バクフーンに駆け寄らない。 さらになぜかアスカは上着を着ていない。最も、ただ熱くなってその辺に放り投げただけだろうから、それはどうでも良い。 何かを見落としたのか?――メタグロスは確かにダメージを負っている。ならば今倒したのは間違いなく影分身ではない。 影分身ではない。では別の何か。そして一つの不確定事項が脳裏をよぎる。 完成に掻き消されるほど小さな音……同時にメタグロスの背中に揺れ動く小さな陰に、アダムは上を見上げる。
「気付かれた! でももう遅い。ルーシー! 燃やしつくせ!」 「――フン、先ほどと今とでは状況が違う。メタグロス、サイコキネシス」
バクフーンが炎を吐き出すより早く、上空を睨みつけたメタグロスの眼が不気味に光輝く。 確かに先ほどとは違う。バクフーンを護るための炎は展開しておらず、身代わりを使ったことで自ら体力を大きく削っている。 ならば一撃必殺に拘るまでも無く、確実に上空で仕留めてしまう方がいい。 元来ならアダムは、メタグロスの苦手な遠距離攻撃による勝利を好まず、正面から戦う戦術を好む。 だがそれを一時放棄してでも、再び何か仕掛けて来るであろうアスカの接近を恐れた。 放たれた念波は確実にバクフーンを捉え、対象と攻撃が交わると同時に――バクフーンが消える。 影分身だと――アダムの疑問を余所に消えた相手を通り抜けた念波は進み続け、空中を漂っていた何かにぶつかり、弾き飛ばす。
「上着?……そうか! メタグロ――」
アダムが指示を出すよりも早くメタグロスの真下の地面が盛り上がり、破裂と同時にメタグロスの巨体が宙に舞い上がる。 それと追うように地面から突進して来たバクフーンが真横にぴったりと付き、背中の炎が激しく爆発する。
「こちらの方が確実に速い! ルーシー、火焔車!」 「その油断が命取りだ。バレットパンチ」
バランスを崩した状態にも拘らずメタグロスは一本の脚を正確に振るい、バクフーンの背中を殴りつける。 だが相性が悪い上に致命傷を受けた後の攻撃では逆転の決め手にはならず、最大級の炎に包まれたバクフーンが、自分を殴った腕を足場に加速する。 いくら物理的な防御力が最強ランクであっても既に弱点タイプの攻撃を受けた体を支えることはできず、メタグロスの巨体が地面に墜落する。 前半からの苦戦を帳消しにするタクティクス。観客は一瞬静まり返っていたが、すぐに息を吹き返し、声援が会場を揺るがす。
『決まりました! アスカ選手のバクフーン、火焔車によって堂々の勝利!』
巨大ディスプレイにも勝利者としてアスカの名前が表示され、炎の渦がその効果を失い消えてゆく。 地面に倒れるメタグロスをボールに戻し、バクフーンに抱き付くアスカに、アダムが落ちてた上着を拾って近づく。 その手に持つ上着をアスカに放り投げ、右手を伸ばして互いに握り合う。
「――フン、まさか負けるとは思わなかった。途中で聞こえた小さな音、バクフーンが向かったのは地面だったのか」 「貴方が目を瞑ってる隙にちょっと細工させてもらった。正直、こうでもしないと勝てないと思って。と言うか、音って?」 「影分身を蹴って本体が地面に向かったんだろ? その時の跳躍音だ」 「……貴方、聴力どれぐらい?」 「さーな、測ったことは無い」 「正直、一匹のみの勝利じゃなかった、私は勝てなかったかもしれない。貴方がこの後出すポケモンにもよるだろうけど、多分。そんな予感がする」 「良い読みだ。俺は後ろにルンパッパとフライゴンが備えていた。どっちだろうとバクフーンとの相性は良かった。途中炎の渦を張ったな、あれは定石を封じた良い手段だった」 「へー褒めることもできるんだ」 「重要なのは初心と定石だ。型破りは定石を知って生まれる。将来大きくなりたいなら、さらに定石を知ることだな」
握手を解いたアダムは踵を返し、立ち去る彼を見ながらアスカは小さく笑う。 本当に耳が良いらしくそんな小さな笑い声に反応し、アダムは足を止め、首だけ動かしてアスカを見る。
「何がおかしい」 「いや、途中でも思ったけど……貴方、言うことが師匠に似てるから」 「――フン、そりゃどうも」
特に嬉しくもなんともないらしく、アダムは黙って出口へと歩を進める。 最後まで特に感情を表に出すことは無く、彼が何を考えているか……九割以上、アスカにはそれが分からない。 だが一つだけ分かる。良い勝負が出来たことに、負けたことに対する負の感情は、彼には無い。
『さー熱い勝負を見せてもらって心が熱くなってまいりました。会場も熱いです! さて、次の勝負は!?』
司会の激しい声と共に、ディスプレイに再び二人の選手の名前が映し出される。 選手控室では既に次の対戦相手を知っている者同士が睨み合っており、控室の小型ディスプレイに名前が表示される。
『第二回戦! シンオウ地方代表タタ選手! 対するは、カントー地方代表のマリン選手!』 「一回戦、思った以上に平凡だったわねー。そして私の相手はなんか変な格好してるし……まぁいい、ぶっ潰してやるわ」 「変な格好ではないわ、造園師よ。それよりも私、実はある種のトレーナーがあまり好きじゃないの」 「ふーん、別に私の知ったことじゃないわね。でもまーいいたそうだし聞いてあげる、どんな奴?」 「自分勝手で、綺麗な庭や森で気にせずバトルして破壊する人たち……特に、野蛮そうな人が」 「あらあら、私は常に清廉潔白で御淑やかよ。野蛮なバトルはしないし綺麗な園を破壊するようなことしないわよー」 「そう。でも何ででしょうね、その言葉が信用できないわ」 「ならしなきゃいいでしょ。妙に突っかかって来るのね、若さへのジェラシーってやつ?」
激しく視線で火花を散らす二人に、横で見ていたリアは小さく溜息をつく。
「理由はどうあれ、皆さん燃えているんですね。タタさん対マリンさん、シリュウさんはど……あれ、シリュウさん?」
控室の激しい様子を撮影しながら横に居たはずのシリュウに声をかけるも、スミレの問いに返答は無い。 見れば控室にシリュウの姿は無く、何時の間に消えたのか、スミレは首を傾げる。
会場を覆い尽くす歓声とは無縁なほど静かな、だが若干ながら襲い掛かって来た振動に、その人物はバトルが終わったことを知る。 手に持ったポケギアからは「どうしたの?」っと無感情な声が質問し、その人物は少しだけ笑って答える。
「バトルが終わった。それより、そっちの守備は?」 『順調、既に会場の方はチェス盤まで持っていったわ。貴方が計画した通りにね』 「よし。引き続き、極秘に……」 『分かってる。貴方の方こそ、精々正体がばれないように気をつけてね。全ては、我らがボスの為に』 「分かっている。偉大なる、ロケット団の為に」
通信が切れるとともに暗がりを照らしていたポケギアの光が消え、薄暗い空間はさらに薄暗く闇に染まって行く。
「偉大なるボス、偉大なるロケット団……か。そんなものは……どうでもいいんだよ」
入口から差し込む小さな光を頼りにその人影は扉へと近づき、ゆっくりとドアノブを引いて息を潜める。 顔を少しだけ出して左右の通路を確認し、誰も来ないことを確認してから廊下に出て、ゆっくりと扉を閉める。
「全ては、家族の為に……」
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