去り行く君に伝えたい ( No.5 ) |
- 日時: 2010/11/02 00:32
- 名前: 君から僕へ
- Aコース
『去り行く君に伝えたい』
季節が巡れば、別れもあるであろう。それは解っていたし、覚悟もしていた。だけど、それが目の前に突き付けられると、小さな子供の細やかな覚悟なんて、脆く儚いことを否応なしに知らされる。僕らはまだ十代で、人生なんて、たぶん五分の一くらいしか生きてなくて、まだまだ知らないことだらけなんだろう。
「来週の頭にはこちらを発つから、それまでに準備しておきなさい」 この春、中学を卒業する僕は、遠い遠い地方へ移り住むことになっていた。父の仕事の都合で、高校もそちらの、コガネ高校に受験し無事合格している。別に、高校の心配などはしていない。知らない土地で不安はないのか、と聞かれたら、はいとは言えないであろう。だけど、今は、知らない土地への不安よりも、三年間暮らしたこの街への愛着の方が大きかった。あぁ、それは違うか。この街への、なんかじゃない。そう、それは……
「うん、来週には出発するって」 僕はポケギア越しに、そう告げる。通話の相手は、三年前、この街に越して来た時に初めて友達になった人で、おそらく中学生活通して一番一緒にいた相手だった。一番いっぱい話したし、一番一緒に笑った。泣く時も、きっと彼女の前が一番多かった。 そう、僕は彼女が好きだった。 この街に越して来て、彼女と出会って、気が付けば、彼女が好きになっていた。特別ななにかがあったわけではない。家が近かったせいかもしれない。自然と傍にいたから、一番近くにいたからこそ、自然と惹かれていったのだ。その彼女との別れも、もうすぐである。
週末は、荷造りだけですぐに過ぎてしまった。彼女と顔を会わせる余裕もなく、夜が明ければ出発である。最後くらい話をしたかったのだが、それは叶いそうにない。なにせ、僕が一方的に好いていただけなのだから、彼女にとっては、ただの友達に過ぎなかったのかも知れない。出発は早いのだから、もう寝てしまおうと、床に敷いた布団に横になる。ベッドはもう片付けてしまった。タンスも、本棚もだ。ほとんどの荷物は、引っ越し先に送ってしまっている。残っているものと言えば…… その時だった。なにかがコツン、と窓を叩いた。ドクケイルか何かが灯りに連れられ窓に激突したのかとも思ったが、そんな音ではなかった。軽くノックをしたような、そんな音だ。続けて聞こえてきた、カリカリと引っ掻くような音に、僕は窓を開けた。そこにいたのは、ピンク色の可愛らしいポケモンであった。見覚えがある。こねこポケモンのエネコ。エネコは僕の部屋に飛び込んでくると、眠っていた僕のポチエナに飛び付く。 「ねぇ、そっち、行ってもいい?」 声は横から来た。僕の部屋は二階にある。だから、窓から顔を出した僕に横から声を掛けられるのは一人しかいない。 「……あゆか」 僕は彼女の名前を呼ぶ。彼女の住む家はすぐ隣なのだ。おまけに、彼女の部屋の窓から身を乗り出せば、僕の家の屋根に飛び移る事が出来る。このエネコも、彼女の部屋から屋根を伝って来たのだ。あまり驚く事ではない。よくあったことだ。 「どうしてたの? ここ何日か出掛けてた見たいだったけど」 昨日までは夜も電気が点いておらず、どこかへ出掛けていたようだった。あゆかに逢うことが出来なかったのも、それが理由である。 「まぁまぁ、そんなことはいいでしょ、おじゃましまーす」 いつものように、彼女は窓から身を乗り出し、屋根へと渡る。屋根を伝って僕の部屋へ遊びに来る彼女。いつの間にか慣れてしまっていた光景も、これが最後、見納めになるのかと思うと堪らなく淋しかった。 「んー、ずいぶんと寂しくなったわね」 彼女が僕の部屋を見回して呟く。部屋には布団と、枕元のそれしかない。荷物が無くなって広くなった部屋で、ポチエナとエネコは別れを惜しむように戯れ合う。 「もう送っちゃったから」 二人で並んで見たテレビも、二人で徹夜して宿題を終わらせたテーブルも、今はもうない。あゆかの思い出は、みんな持っていく。あゆかのことを忘れないように。大好きなあゆかのことを、いつまでも好きでいれるように。 「出発、明日の朝だよね」 「うん、ジョウトだから……」 もう、たぶん会えないんだろう。簡単に遊びに行けるような距離ではない。だけど、それを口にしてしまうと、本当にもう会えなくなってしまうような気がした。 「あ、そうだ、あゆかに渡したいものがあったんだ」 僕は、枕元に置いてあった桐の箱を手に取る。ほとんどの物を送ってしまった今、この家に残っている唯一の思い出の品。これを、僕は持っていかない。 「これ、あゆかにあげる」 「これって……学園祭の?」 それは、今年の学園祭で行われたポケモンコンテストの優勝トロフィーであった。僕のポチエナと、あゆかのエネコで勝ち取った優勝トロフィーなのだ。 「これ、二人で勝ち取ったものだから、半分にも出来ないし」 「……うん、ありがとう」 あゆかはそれを黙って受け取ってくれた。 「あゆかのこと、忘れないから……」 「……うん、私も忘れないね、このトロフィー見て、毎日思い出す」
それから、他愛もない話に花を咲かせた。三年間の中学生活。いろんなことがあって、いっぱいあゆかを好きになった。だけど、それは伝えない。きっと、もう会えなくなるから。だから、もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。
気が付けば夜は明け、空は明るみ始めている。出発の朝だ。僕を起こしに来たお母さんは、あゆかの顔を見て少し驚いていた。それから「いつも遊んでくれてありがとうね」と、あゆかに感謝を述べる。その後、あゆかも交えてこの街で最後の朝食を食べた。別れが近付いて来ているのを意識してしまったのか、口は重く、結局朝食の間は終始無言であった。付けっ放しのラジオの音がリビングに響く。テレビはもう送ってしまったため、お母さんが、今日の天気をと付けたポケギアは、既に天気予報を終え、ニュースが始まっている。ジョウトリーグ出場者のインタビュー。これから住む地方。こんな遠くの地方なのにニュースになるんだ。少しだけ身近に思えたが、やはり遠いのだろう。ニュースが届いたところで、簡単に往復出来るわけでもない。あゆかもそれが解っているのか、「ジョウトだって」と一言呟いただけだった。 朝食を食べ終わってしまえば、もう出発しなければならない。着替えるから、とあゆかを家に帰し、最後の荷物をまとめる。すべてを片付けてしまうと、部屋には僕が暮らしていた痕跡はほとんど残らなかった。柱に残る傷は、ポチエナのものだっただろうか、エネコのものだっただろうか。今はもう覚えていない。そんな、忘れかけた思い出を置き去りにして、僕は部屋を出た。 家の前で、あゆかが僕を待っていた。手には、さっき、僕が渡した桐の箱。向こうではお母さんがあゆかの両親となにか話していた。 「これ、次に会うときまであなたが持ってて」 あゆかはそう言って桐の箱を差し出す。 「次に会うとき、私はトロフィー持っていくから、ちゃんと箱持ってきてね、約束だから」 「……うん、約束する」 僕は、泣き出したいのを堪えて、桐の箱を受け取った。受け取った箱の中で、なにかが転がったのがわかった。 「……開けてもいい?」 頷く彼女に、僕は箱を開ける。中に入っていたのはモンスターボールだった。 「この子、あたしの代わりだと思って大事にしてね」 「……うん、大切に育てるよ」 さすがに、あゆかだと思って大切にする、とは恥ずかしくて言えなかった。 「さよならじゃないからね、さよならなんかじゃないからね」 「うん、約束、絶対、会いに来る、あゆかに会いに来るから」 だから、もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。僕の想いを。あゆかに。大好きな彼女に。
僕は、車の中で彼女から貰ったモンスターボールを開けた。中にいたのは、ラルトスだった。ボールから出てきたラルトスは真っ先に、手にしていたそれを僕に突き付ける。メールである。それは、あゆかの綺麗な字で埋め尽くされていた。この三日間、ラルトスを探して家を出ていたことから始まり、ついさっきまで話していたような他愛もない思い出話が続く。そんな思い出話の一つ一つが、今は宝物のように感じられた。そして最後に、あゆかは僕にありがとうと言っていた。今まで一緒にいてくれて、本当に楽しかったから。それは僕のセリフだ。あゆかには感謝しても足りないくらい、本当に感謝している。あゆかがいてくれたから、僕は…… ついに堪えきれなくなって涙が溢れだす。そんな僕を、彼女は優しく抱き締めてくれた。あゆかのラルトス。その小さな優しさが嬉しかった。
「あら、どうしたの? そのポケモン」 バックミラー越しにお母さんが言った。 「あゆかから貰ったんだ」 「そっか、じゃあ、大切にしてあげないとね」 「……うん」
もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。
僕の……想いを。
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