死と機械と実験と ( No.5 ) |
- 日時: 2010/09/06 23:19
- 名前: 早蕨
- ドシャゴシャズッシャンバリンバリンってな具合で、終了。
俺の目の前には、既に死体となったポケモン達が六体転がる。流石に最終進化形態のポケモンを、一気に七体も相手をするのは疲れた。頑張ればまだもうちょっと行けるが、今日はこの辺にしてもらいたい。 「キュロス博士。今日はもう終わりにするか、とりあえず休憩にして下さいよ。流石に持ちません」 「あら、だらしない。次は一気に十体くらいにしようかと思っていたのに」 「流石にそれは無理です」 訓練室の壁にかかるモニターから、はあ、っとキュロス博士の溜息が漏れる。その溜息は、いつもいつも俺の平常心に揺さぶりをかける。博士に失望されることは、許されない。 「……やっぱり、やります。十体、お願いします」 十体を一気に相手にするのは大変だだけれど、でも博士の期待に応えるためだ。仕方ない。 「本当? 無理しなくてもいいのよ?」 「大丈夫です。無理なんかじゃありませんよ。俺はただ、博士の期待に応えたいだけですから」 「そう……じゃあ、行くわよ」 「はい」 そうして訓練室に、またポケモン達がぞろぞろと現れる。皆、目を鋭くしてこちらを見ていた。俺を殺したい。八つ裂きにしてしまいたい。そんな殺気にあふれていた。この五十メートル四方の訓練室を存分に使って、俺は今からこの十体のポケモン達の息の根を止める。最速で、ほとんど痛みもあたえず殺すことが目標だ。 博士の薬によって、強制的に暴走を強いられているこのポケモン達は、守ることを知らない。引き際を弁えず、ただひたすらに向かってくるだけ。そう。それは、とても似ていた。ひたすらに目の前の一本道しか走れない俺に、とてもよく。
◆ ◆
体から血生臭さを残しながら、俺は訓練室を後にした。 流石にこのまま博士の居る研究室に行けないので、シャワールームへ寄る。脱衣所にはいつも綺麗なタオルが置かれていて、嬉しいことに毎度毎度洗濯をやってくれているのは、博士なのだ。シャワーを済ませると、すぐに博士のところに向かわなくてはならない。これは、決まりごとだ。エレベーターに乗り、地下五階から地下三階へと上がる。ドアが開くと、そこはもう博士の研究所。何か災害があったら、ほぼ百パーセントでこのエレベーターは使えなくなるだろう。そうしたら博士はどうするつもりなのだろうか。 「キュロス博士。ただいま戻りました」 何か得たいのしれない液体がコポコポ音を立てて動く筒状の機械や、やたら大きく何がなんだかわからないボタンがたくさんある装置、不気味なまでにうじゃうじゃしているコード類、この部屋にはとにかくいろいろある。どの装置にも、決まって側面に大きく「R」の文字が入っているが、そういえばあれはなんなのだろう。 「おかえりなさい、ルカリオ。良く頑張ったわね」 部屋の中央にある机の前に、博士は座っていた。椅子とかじゃなくて、使い込んだクッションを一枚地べたに敷いて、座っている。机の上にはパソコンやワークステーションが置いてあり、博士は俺の声に返事をしたまま、ずっとカチャカチャとキーボードを鳴らしていた。 「少しだけ、疲れました。今日の訓練は、もう終わりですか?」 「ええ。今日はもうおしまい。あなた、随分と強くなったわ」 俺が近づくと手を止め、ポニーテールを小さく揺らし、ゆっくりと後ろを向いてくれた。俺がそれしか見たことないからかもしれないが、この人の白衣姿は凄く似合っている。綺麗だ、と思う。だけどきっと、世の女性はこんな長い足で胡坐をかいていたりすることはないような気がする。 「俺はキュロス博士が作ったポケモンなんですよ? 強くて当たり前ですし、まだまだ強くなれますよ、きっと」 「そうね。あなたはもっと強くなる。でもさっきの戦闘で、一匹生きてたわよ。そこだけ減点ね」 「あれ、全員殺したかと思っていたんですけど、生きてましたか。どいつですか?」 「シザリガーよ。まあ生きていた言っても、少しの間だけどね。そのまま放っておいたら、死んだわ」 大きな体に相応しい二本の巨大な鋏を持つ荒々しいポケモン、シザリガー。きっと、それは単に俺のパワー不足だろう。 「そうですか。それはよかった」 「原因は? 躊躇った、ということはないわよね。あれだけ殺しておいて、今更何か感じるわけないし」 「俺の不注意とパワー不足です。次は、確認を怠らないようにします」 俺には、相手を殺すことに躊躇いがない。躊躇いがないと言うより、躊躇いを知らない。生まれたときから、ひたすら相手を殺す術だけを叩き込まれてきた俺は、何も知らないのだ。相手を殺めることに躊躇いというものがあるというのは、博士がたまにそういうことを聞くから知っているだけで、それがどんな感覚さえもわからない。わかるのは相手を殴る感触や、波動弾を打ったときの手ごたえや、手の甲から生えている棘で相手を刺す感触だけ。 「そう。じゃあ、次は気をつけてね」 「わかりました。あと、ちょっと気になったんですけど、この部屋のどの機械にもついている「R」には、どういう意味があるんですか?」 「あなたのイニシャルよ。ルカリオの、R」 「……そうですか」 十中八九嘘だというのは、博士を見ていれば分かる。だが、俺に追求する気はなかった。博士がそう言うのであれば、それでいい。 「では、俺はこれで失礼しますね」 「ちょっと待った。一つ言い忘れてた」 「なんですか?」 「明日、ルカリオには外での仕事をしてもらうわ。最近この研究所の在り処を探っていて、私の命を狙う輩がいるから、そいつを葬ってきて欲しいの」 「お安い御用です。承知しました」 「おねがいね。私の、かわいいルカリオ……」 自分の作り主。自分を育て、愛してくれた博士からの願い。俺にとっての喜びは、博士の喜ぶ顔だけ。明日は、張り切って殺しに行こう。我が主のために。
◆ ◆
翌日、俺はいつもよりずっと早起きをした。時刻は、まだ夜中の三時。昨日博士が言っていた、この研究所を探す者とはどんな奴なのかなんてことは、少しも気にならない。俺の中ではいつどこでどうのように殺そうかと、そればかりが頭の中でシミュレートされていく。目標は、気付かれずに一瞬で、こっちの姿を確認できないほどの早さで殺すこと。始めから出ている護衛のポケモンを除き、新たにポケモンを出させることさえ許されない。特に今回気をつけたいのは、相手に姿を確認されずに殺すこと。いや、殺してしまえば変わらないから別にいいのだが、そこはプライドの問題。一度自分で決めたことくらい、達成したい。ただ、それだけだ。 「よし、いくか」 ベッドからむくりと置き、洗面所とトイレしかない質素な部屋を後にする。敵はいつやってくるかわからない。早朝かもしれないし、昼かもしれないし、夜かもしれない。なにしろこの研究所は、スリバチ山という山の中にあるのだ。地下五階まである巨大な研究所であることはあまり関係ないかもしれないが、地上にある入り口が普通に洞穴であるため見つかるときはすぐに見つかってしまう。もうちょっと隠せばいいのにと思うが、「別に、あなたがいるから大丈夫でしょう」というのが博士の結論だ。博士から頼りにされるのが嬉しくて、俺はついつい「そうですね」と言ってしまう。 仕事に行く前に、少し博士に挨拶してこようと思い、俺はエレベーターで一つ下の階へと移る。研究室につくと、博士はまだ起きていた。先程と変わらず、長い足であぐらをかいて、カチャカチャとキーボードを打っている。 「博士。おはようございます。俺、仕事行ってきますんで」 「行ってらっしゃーい」 間延びした声が、届く。 「それと、もうちょっと早く寝たほうがいいですよ。体に悪いですから」 「わかってるわよー」 とは言いつつも、きっとまた今日も昼頃までああしているのだろう。まったく、仕方のない人だ。
◆ ◆
スリバチ山の研究所から出た俺は、早速周辺を探ることを開始した。探るといっても私の特殊能力の一つである相手の波動を感じ取る能力を使い、誰かこの辺にいないかを調べるだけ。その波動がこちらに向かってきていたり、明らかこちらに何かしようと思える波動が見つかれば、即刻行って殺す。とりあえず今日一日は、そうやって過ごす。 実を言うと、この山にはいたるところに博士が設置したカメラがあり、研究所から山の様子は筒抜けなのだ。だから、博士に居場所を伝えてもらってから行くというのも一つの手なのだが、それだと遅すぎる。俺がこうやって波動を感じとってすぐに向かった方がずっと早い。 「さあ、今回はどんな奴が来るか……」 こうして博士の研究所を狙う者は、三度目。一度に来る人数は、一度目が一人。二度目が二人。三度目が四人だ。一度目は明らか弱そうな奴だったから余りに楽すぎたが、二、三度目は若干手練だった。まあ、瞬殺だったけど。 瞬殺だったとは言え、山をいろいろな方向から登られるのは結構困った。いろいろ面倒臭いことになる。一人ずついろいろな方向から登ってくる分にはまだいいが、数人で組まれて登られたら結構な迷惑だ。 「何にしても、全力で殺すだけだな」 俺の頭は、相手を殺めることだけに一杯になる。その時間が、一番落ち着いた。相手を殺める瞬間までの工程が良い。殺してしまった後は、凄くつまらなくなるだけだ。
◆ ◆
木の枝に座り、じっと周辺の波動を感じ続けていると、すでに日が随分と高いところに昇っていた。狙われる可能性の一番高い早朝が過ぎた。 そういえば、昨日博士にいつどこで怪しい奴を見つけたのか聞くのを忘れていた。聞かなきゃ言ってくれないっていうのは、やめて欲しいな本当。 そんなことを適当に考えていると、麓の方に、嫌な波動が感じとれた。今は、午前九時。空も明るくなってきて、襲撃するにはあまり良い時間とは言えない。研究所を見つけ出すだけなら明るい方がいいのかもしれないが、三度も俺の暗殺によって失敗に終わってるのだ。これはあまりに適当すぎる。それとも、どうせ暗くてもやられるならと、開き直ってるのだろうか。 「数は……一つか。少ないな」 感じ取れた波動きは、前回の四分の一。今度は一体何をしてくるのやら。 「まあいい。それならそれで好都合か」 枝から飛び降り、山を駆け下りる。早朝の山を駆け下りるには、なんとなく気持ちいい。そういえば、明るいうちに山を降りるなど凄く久しぶりだ。これは暗殺ついでに麓まで降りてみるのも、いいかもしれない。山登りのための舗装された道ではなく、崖を滑り降り、木から木へ飛び移り、時には岩を飛び移る。この山を熟知している俺からすれば、相手に気付かれずに近づく方法など、腐るほどあった。 「なんだ? 何をやっているんだ?」 随分山の下の方まで降りるとある、少し開けた休憩所のような場所に、さっき感じた波動の奴がいた。岩の上に座り込み、呑気にお茶などを飲んでいる。あらかじめ護衛のポケモンを出しておくこともなければ、銃を持っているということもない。研究所を狙うと殺されるということを知っていながら、あれはどうしたことだろう。流石に今までの奴らだって、こんなにはのほほんとしていなかった。流石に護衛と武器くらいは持っていた。 「終わらせるか」 少々府に落ちない点はあるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。やるなら今だ。今しかない。向こうは、生い茂った木の陰に隠れる自分になど、気付いていないはず。 「……開始」 呟き、動く。使う技は、神速。通常より素早く動くための移動法であり、俺は暗殺のときに常時これを用いる。 相手がお茶を口に含み、それを呑み込む時間も与えず、俺は男の元まで一瞬で移動する。後方は土産屋があり無理だったので、側面からの攻撃。神速のスピードに乗ったまま、裏拳を放つ。その一瞬の間に、腕にメタルクローをかけ、手の甲にある棘を鋼鉄化させた。そして、無言のまま相手の頚動脈へとぶっ込もうとしたその瞬間。 鋼鉄と鋼鉄がぶつかる、甲高い音が響いた。 「……なるほど。あの呑気さは、誘っていたというわけか」 「やあ。無差別殺人は、楽しいかい?」 ニィ、っと、さっきのほほんとしてた男とは、まるで別人の目つきへと変わる。俺は、すぐにその場から下がった。その不気味な笑みに負けて下がったわけでは決っしてない。いつの間にか俺の前に現れ鋼鉄の棘を防いだ、ハッサムというポケモンから身を引いたのだ。岩の上に座っていた男は、すっくと立ち上がる。別段大きな男というわけでもなく、どこにでもいそうな、多分、博士よりもずっと背の小さな青年だった。(博士の身長は百七十五である)その男の前に、二足歩行で背中に羽を持ち、全身が鋼鉄に覆われ、代名詞とも言える二本の巨大な鋼鉄の鋏を持ったポケモン。ハッサムが立ちふさがる。 「やっと会えたよ。君に会うのを楽しみにしていたんだ」 普通のルカリオならば、自分の波動の波長と合った奴としかテレパシーで会話することは出来ない。だが、俺は博士によって作られた人工ポケモン。あの人の力を持ってすれば、誰とでも会話出来るルカリオを作ることくらいは造作もない。らしい。 「…………」 いろいろ不可解なことはあるが、こいつと喋る必要はない。目的は、殺すことだけだ。 「ふうん。本当に殺し屋なんだ。……ああ、安心してくれよ。ボクはセキエイ本部と違って、研究所なんか探してないから」 「…………」 「無視か。根拠を言うなら、ボクがここでのほほんとしていたことが根拠にならないかい?」 「…………」 「頑固だねえ。じゃあ、これでどうだい?」 そう言って男は自分の盾となるハッサムをモンスターボールへと戻すと、そのまま膝立ちになり、両手を頭の後ろで組んだ。 「これで君はいつでもボクを殺せる。これでどう?」 俺を無差別に殺せる奴だと知っておきながらのこの行動が、俺には理解できなかった。どうみても、不適に笑んでいるその表情からは、余裕しか感じられない。これでは、押されているのはまるで俺みたいだ。 「……誰だよ。お前」 「お、やっと口を利いてくれたね。ボクも君と同じさ。まあ、ボクの場合は君と違って気に入った仕事しか請けないけれどね」 男は、そのままの格好で喋り続ける。 「研究所を探していないなら、何の目的でこの山に来た。登るのが目手じゃないだろう」 「だから、君に会いたかったんだって言ってるじゃん。山に入ってくるセキエイ本部の人たちを、片っ端から殺す奴がいるって聞いたからちょっと興味があったんだ」 「俺に、会いたかった?」 「そう。噂では、といってもボクらみたいなことやってる中での噂だけどね、君は今わりと有名人だ。何の躊躇いもなく、神速の速さで人を殺める奴が居るってね。まさかルカリオだとは思ってなかったよ。その波動の能力、便利だねえ。実を言うと、君が生まれる前にボクはこの山の研究所にだって入ったことがあってね。君、作られたポケモンなんだろう? 昔キュロスが言っていたのは、こういうことだったのか」 こいつ。博士のことをよく知っている。 「ああ、嫉妬とかはしないでくれよ。別に、君に恨まれたくなんてないからね。ボクとキュロスは、ちょっと昔に同じ場所で働いていただけだ。ほら、君も見覚えあるんじゃないか? Rって文字に。あれはボクとキュロスが所属していた組織の頭文字なんだよ」 そうか。あれは、組織の名前だったのか。ということは 「博士は、まだその組織の一員なのか?」 「もちろん。ただ、彼女はああいう性格だから、研究さえ出来ればなんだっていいのさ。自己満足で満足できる人だから、組織としても彼女を自由にさせておいた方がいいというわけ」 博士は組織に頼まれたから俺を作ったんじゃなくて、作りたくて作ってくれたのか。俺が欲しくて。俺が必要で作ってくれたんだ。 「じゃあ、本題に入ろうか。本当は君を殺してみたかったんだけど、君は話が通じるようだから気が変わってね。質問にすることにしたよ。君、殺してて楽しい? 何か感じる?」 またその質問か。一体、なんなのだろう。 「躊躇い、とか言う奴か? それなら、感じない。何も、感じない」 「殺してて気持ちよくなったりしない?」 「相手を追い詰めるまでは好きだけど、殺す瞬間や殺した後には、何も感じない。むしろ、つまんないな」 「今までどれくらい殺してきた?」 「……覚えてない」 「博士の命令なしに、誰かを殺そうと思う?」 それは。それは、どうなのだろう。博士の命令以外で動いたことがない俺は、自分の意思というものをほとんど持ったことがない。あの人の言うことが全てだ。 「……あの人の命令以外で誰かを殺したことはない。だけど、俺の頭の中は常に誰かを殺すことで一杯だ」 「へえ。中々面白い奴を育てているんだなあ、キュロスは。生を学ばず死だけを学ばせば、こんな風になるのかなあ。じゃあ、君さあ。博士が私を殺せって言ったら、殺すの?」 その質問に、俺は何故か答えることは出来なかった。 博士を殺すというその言葉に、俺は、俺の知らない心の揺れを感じた。 「ど、どうして、そんな、ことを」 「だって君、キュロスがどんな奴か知っているだろう? いつそんなことを言い出すかもわからないよ」 「お、俺は……きっと殺せない。博士は、殺せない」 多分、その答えが、正しい。博士は、俺の親だ。親は……殺せない。 「そうか。君は、キュロスの思い通りには育たなかったようだね。……いや、わざとそうしたのかもしれないなあ」 「どういう、意味だ?」 「機械になりきれていないんだよ。殺人マシーンとしては、役不足すぎる。こうして、ボクを生かしている時点でもそうだけどね。キュロスは君に誰かを殺すことだけを教えて育てたみたいだけど、それは単にそれしか知らないだけだね。他のことをもっと学べば、きっと君は誰かを殺せなくなる。それが博士の命でなくともね。だから多分、キュロスの実験は失敗だ。人工的に、殺人マシーンを作ることは出来なかった。殺人しか知らなくても、他を学べば殺人は出来なくなる。それが客観的に見た結果だ」 「俺が、博士の命令に従えなかったということか」 「違うねえ。キュロスは君を、少し可愛がりすぎてしまったらしいな。多分、キュロスが君を可愛がらなくても、君には機械になれきれなかっただろうね。これだけ殺すことだけを叩き込まれて、目の前のボクを今殺さないというのは、そういうことだ」 「じゃあ、お前を殺せば、俺はその博士が望む機械とかになれるのか」 「別にボクを殺すのは構わないけど、それでも君は機械にはなれないよ。君は殺すということと、親としてのキュロスへの想いしか知らない、ただの無知だよ」 「……お前は、お前はどうなんだ? 機械なのか?」 「ボクはいろいろなことを知りながら、こうしているからね。少し君とは違うよ。それに、ボクはもう生きすぎたし殺しすぎた。ボクのは単なる中毒だ。機械には、なりきれていない。元に、友人であるキュロスをボクは殺すことはしないからね。でも、ずっと殺してないと、自分じゃない気がして息苦しいんだ。だから、呼吸をするために誰かを殺す。だから中毒。そんなとこだね。あと一つ、君と違うところを言うとすれば、ボクはキュロスに殺してと言われれば殺せるよ。殺してと言われれば、それは相手の願いだ。その時点で、ボクの中ではキュロスは友人ではなくターゲットに変わるし、願いを断る理由がないからね」 博士は、機械になれない俺はいらないのだろうか。思い通りにならない俺など、捨ててしまうのだろうか。この男の言う通り、俺は誰かを殺すことを躊躇わないが、もしかしたら本当に、それは慣れと、博士の命令だからなのかもしれない。その証拠に……俺は、博士に自分を殺せと言われても、殺せない。博士の命令以外では、誰かを殺すことが出来ないかもしれない。 「俺は、どうすればいいんだ?」 「どうすればいいって、君はキュロスに尽くしたいんだろう? なら、そうすればいい。今まで通り、殺せと言われたら殺せばいい。それが、君の中では善なのだからね。他の何かを学んでみたいというのなら、キュロスの元を離れてみるといい。いろいろとわかるだろう」 「……そうか」 「じゃあ。ほら、そろそろボクを殺しなよ。博士の命令なんだろう?」 殺す……。やろうと思えば、多分出来る。でも……。 「お前は、博士の友人だ。博士の友達は、殺せない。きっと、博士はお前が研究所を狙う悪い奴だと間違えたんだ」 男は、くくくく、と腕を頭に回したまま笑う。 「いやあ、きっとキュロスはボクだとわかって君をけしかけたんだよ。結構長い付き合いだ。それくらい分かる」 「どうして……博士は」 「ボクなら、一瞬で君に消されるようなことはないからだよ。君とこうして話をしていることも、キュロスの予想の範疇だろう」 「俺がお前と話して、何か変わるのか?」 「さあねえ。なんだろうねえ」 男は、腕を解いて立ち上がる。すでに、先程までの押され気味な感覚はなくなっていた。 「あーあ。君なら、ボクを殺してくれるかと思ったのになあ。ちょっと残念だ」 「お前が望むなら、殺してもいいけど」 博士以外の人が、死を望むなら、それは別だ。 「今でもいいんだけど、出来れば後で殺してくれないか? 実は、まだ最後に一つだけ仕事が残ってるんだ。それを片付けたら、殺してくれ」 「ああ、わかった」 「それともう一つ。今からこの舗装された山道を降っていくといい。すると、一人のトレーナーに会うだろう。そいつを、君に意思で殺してみろ。それが出来なかったら、君は、本当に機械でないことが証明できるだろう」 「それは、命令か?」 「いや、提案だ」 少しだけ。ほんの少しだけだが、その差が分かった気がする。 「最後に一つ、プレゼント。君にいいことを教えよう。ボクにはもう出来ないことだ。殺すとき、相手のことを考えてごらん。自分の手で相手を全てを終わらすということを意識するんだ。今まで相手が積み重ねてきたものを全て壊し、君と同じように想う人がいるかもしれないことを」 それは、今まで教えられなかったこと。考えようともしなかった。博士がそうしろとは言わなかったし、そうする必要さえなかった。だって、殺すことは、いつだって博士の命令だった。博士が命令するから殺す。博士が言うから殺す。でも、今回は、俺が殺したいと思うから殺す。 「なんとなく、わかったよ。俺は、博士のせいにしてたのかもしれないな」 「ふうん。君、やっぱり少し殺しすぎかもね。いろいろと麻痺してるね」 どっこいしょ、っと、男はまた岩場へと座ってしまう。 「お前は、どうするんだ?」 「せっかくだから、キュロスに会ってこようと思ってね。大丈夫。君が戻るころには帰るからさ」 「そうか」 初めて、俺は博士の命令を破ってしまうことになる。この男を殺せないどころか、研究所にまで入れてしまうのだから。 でも、俺にはこの男はまだ殺せない。これは、今までにない発見だ。仕方のないことなんだ。 「じゃあ」 そう一言残し、俺は歩き出す。 男から、返事の声は返ってこなかった。
◆ ◆
波動を探っていると、どうやらあいつの言っていたトレーナーは、まだ麓にいるらしい。一体麓にとどまって何をしているのだろうか。誰かを殺しているのだろうか。 しばらく山道を歩いてはいたが、やっぱり面倒なので、一気に降りる。暗殺しようと言うのだから、いつも通りにしなければいけない。 久しぶりに降りた麓では、ポケモンバトルをしていた。増えた波動の原因は、これか。 「じゃあ、殺すか」 とは言うものの、少しだけいつもと違った。気分が、いつもと全然違う。 「マリル! 水鉄砲!」 木の陰から観察していると、少女がそう叫び出す。普通は、トレーナーが指示を出してやるものなんだよな。ポケモンバトルとやらを見たのは、初めてではない。いつも思うのだが、あれではラグが生じてしまって遅すぎる。あれでは殺せない。……って、そうか。あいつらは殺しているわけじゃ、ないのか。 「とどめの捨て身タックル!」 マリルが対戦相手である少年のポケモン、ワンリキーに見事にタックルをヒットさせる。とどめというわりには、死んでいない。それじゃあ、とどめではない。小柄ではあるが、全身が筋肉質な人型のワンリキーが、半円の耳と、長い尻尾の先に水色の丸い尻尾がついていて、水色の風船のようなポケモンのマリルに負けてしまった。負けたとは言え、生きているが。負けた少年はしょんぼりしていたが、マリルはトレーナーの元へと飛び込んでいった。少女は、それをガシっと受け止め、抱きしめる。 「相手のことを……考えてみろ、か」 俺はそのまま何の不意打ちすることなく、木の陰から少女の前へと姿を現してみた。こんなことをするのは、初めてだ。 「ル、ルカリオだ! 凄い、初めて見た! なんでこんなところにいるの? 誰かのポケモンなのかな」 思った通り、少女は吃驚してくれた。とりあえず、俺も、ポケモンバトルというものをしてみよう。 「俺と、勝負しないか?」 少女の頭に、語りかける。 「う、うわ! な、なに?」 「君の頭に語りかけているんだ。どうだ? 勝負してみないか?」 「うーん、ちょっと待って」 大丈夫、まだ出来る? という少女の声と、意気込むマリルの声。 どうやら、バトルをしてくれるらしい。 「どうだ? 大丈夫か?」 「うん、いいよ。大丈夫」 「そうか。じゃ、始めるぞ」 お互いに向かいあって、スタート。先行は、マリルが水鉄砲を放った。俺はそれを避けることもせず、ただ、受けてみた。何も、感じなかった。続いて、捨て身タックルを放ってくる。俺はまた、そのまま受けてみた。やっぱり何も、感じない。一旦下がったマリルに対し 「じゃあ、今度はこっちからいくぞ」 とりあえずそう予告しておいて、手を前に上げる。思いっきり力をため、自分の波動を実体化させ、球を作る。 「打つぞー」 きちんと予告をして、発射。これだけいろいろしておいても、見事そのままマリルへと直撃してしまい、そのまま後ろへと吹っ飛んでいってしまった。 「マリルーー!」 少女の叫び声が、俺への耳へ届く。 「……死んだかな」 マリルの元へとかけていく少女を眺めながら、俺はマリルの波動を感じようとする。 「……一応、力は込めたはずなんだけどなあ」 自分の手を見めて、俺は思わず、クスクスと笑ってしまう。 マリルの波動は、まだしっかりと感じることができた。きっと、気絶はしているが、死んでいることはないだろう。俺には、殺すことが出来なかった。 「俺の勝ちだな」 「ひ、ひどい! そんなに強いんだったら、わざわざそんな大技やらなくたっていいじゃない! バカー! マリルが大怪我したら、どうするのよ!」 泣きじゃくりながら、少女は叫んでいた。自分が好きな相手があんな目に遭わされたから、ということだろう。もし仮に、博士が今みたいな目に合ったら、多分俺も取り乱す。取り乱したことはないからよくわからないけれど、多分、普通ではいられなくなるだろう。 「すまない。ちょっとやりすぎた」 本当にちょっとやりすぎたかとちょっとだけ心配して、そんな自分がいることに、俺は凄く驚いた。
◆ ◆
バトルを終えた俺は、急いで研究所へと戻った。博士に、まず暗殺に失敗したことを謝らなくてはならない。博士は、怒るのだろうか。それとも、優しくしてくれるのだろうか。仕事に失敗したのは初めてだったし、戦って相手が死ななかったのも初めてのことだった俺は、妙にドキドキしていた。何故ドキドキしているのかはわからないが、なんだか、鼓動が早かった。これから先俺の意思で殺せなくとも、博士の意思ならば俺はまだ殺せる。それだけで、十分だろう。崖を駆け上がり、木から木へ飛び移り、最短ルートで研究所の洞窟へと到着する。早く博士に会いたい一心で、俺はエレベーターを降りる。いつもより長く感じられたエレベーターが地下三階へと到着する。 「は……博士?」 ファンの回転音だけが、部屋に響く。クーラーの冷気が、俺の体を冷やす。カチャカチャカチャという、聞きなれたキーボードの音は、しなかった。地下三階の研究所の中央。ワークステーションとパソコンの前で、博士が仰向けとなって倒れていた。わけがわからず慌てて駆け寄り、博士を抱き上げる。 ピチャリ、ヌメリ。そんな感触と音。 首が裂かれ、血が、とめどなくあふれている。これは、まだ殺されてからそんなに時間が経ってはいない。焦点の合っていない目が、だらしなくひらかれていて、俺のことを見てはいない。俺は見ているというのに、博士は見ていない。 「誰だ……誰だよこんなことやったのは!」 誰もいないはずの部屋を、見回す。初めて感じる感情。多分、これが怒りという奴だ。 「やあ、待ってたよ。遅かったじゃないか」 俺の後ろにいつのまにか立っていたのは、さっきの男だった。左手で、逆手にナイフを持っている。そこからは、血が、滴り落ちていた。 「お前……お前かあ!」 自分自身の抑制も何も利かず、勝手に体が動く。何の技も使っている余裕はない。渾身の力で、殴り飛ばす。だが、男は、片手で俺の拳を止めた。 「君。何を怒っているんだ? ボクは、今まで君がやってきたことと、同じことをしただけだ。君がやっていることは善だったのだろう? だったら、同じことをやっているボクだって、善だ。君に、怒られる必要はないね」 俺の拳を止めたまま、男がそう呟く。 「なんで、なんで殺したんだ! 博士は、お前の友人だったんじゃないのかよ!」 「だから、最後の仕事があるって言っただろう? ボクの仕事は、キュロスを殺すことだ。セキエイ本部から頼まれたんだよ。正義を語っておきながら、この地方の政府だってボクみたいな殺し屋を使うんだ。困った世の中だよねえ」 「こ、このクソ野朗が!」 残った右手で、俺は男の顎を目掛けてアッパーを放つ。しかし、男はすでに予想済みだったのだろう。上体の動きだけでアッパーをを交わすと、そのまま俺の体にパンチを打ち込んでくる。 「が、がっ!」 受けたこともない力に、俺は吹っ飛ぶ。博士の機械にひどくぶつかり、止まる。 倒れた俺に、男がゆっくりと近づいてくる。 「だめだなあ。やっぱ君は暗殺者としたら三点だ。怒りに任せて向かってくるなんて、力半減もいいとこ。足だって、浮ついてるよ」 「く、くっそ……」 「少しだけ言い訳してみるとね、ボクはキュロスをあまり殺す気はなかった。だから、聞いたんだよ。君を殺しにきたんだけど、いいかい? ってね。そうしたら、キュロスは笑顔で答えたよ。いいよ。って」 「嘘だ! 博士がそんなことを言うはずがない!」 「だから、さっきも話しただろう? この実験が、キュロスの全てだったんだって。殺人マシーンを作ることが、あいつの最後の研究だったんだ。それが失敗したんだから、もう生きている意味はない。そういうことだ」 「嘘だ! 絶対に嘘だ!」 「叫ぶなよ。うるさいな。失敗の原因は、自分自身が、君を可愛がってしまったことにあると、キュロスはそう言っていたよ。自分が愛情を注がなければ、君は機械になれたかもしれない。だから、私が原因だってね」 「だったら、もう一度作り直せばよかったんだ」 「それでも結局失敗に終わる。キュロスは、自分が作ったものに関してだけは、無関心でいられない」 「うるさいうるさいうるさい! お前は、博士を殺したんだ! 絶対に許さない! 殺してやる!」 俺は、怒りというものに感情が支配された。ただ、殺す。それしか、俺の頭の中にはない。 「ボクを殺すのは後でにしてくれ。その前に、まだいろいろ言うことがあるからね」 男は、そう言って、俺にナイフを突きつけてくる。博士の血がベットリとついた、ナイフを。 「君は、殺すということがどういうことかわかったかい? 相手を殺める行為が、どれだけ卑下され、憎まれ、地の果てまで落ち込むべき行為かということを。ずっと、これをやってきていたんだ。考えたこともなかったなんて、そんな言い訳が通用すると思うなよ。結果が出てしまった以上、そこで終了だ。君自身の手で、殺しているんだからね」 殺すという行為。殺という文字が、俺の頭の中を端から端まで埋め尽くされる。 「これが……殺し」 「わかったかい? 君が理解したそれこそが、キュロスが自分の命を用いた最後の教えだ」 「で、でも……博士は、俺を機械に、殺人マシーンにしたかったはず」 男は、持っていたナイフを後ろに放り投げ、俺の前に座り込んだ。 「そこが、キュロスの落ち度だったんだ。彼女は、君を可愛がりすぎた。実験失敗の原因が自分にもあるというのにキュロスが笑っていたのも、君を元に戻すことが出来るかもしれないからだ」 でも、と男は続ける。 「そんな甘くはないよ。君は、すでにとんでもない数のポケモンや人を殺している。今更、戻ろうだなんて甘い考えは持たない方がいい。いくら君が殺しを理解したとは言え、君の罪は消えないし、殺した瞬間の感触は消えない。覚えていないくらいの数を殺しておいて、今更普通のポケモンになってのうのうと暮らそうだなんて、虫がよすぎるよ。多分、キュロスだってそんなことはわかっていたはずだ。ただ君がこのまま、殺すということがどういうことかを理解しないまま生きていくのが我慢できなかったんだろう」 俺は、なんなんだ。なんのために、生きていたんだ。殺すためだけに生まれたのか? そうだろう。それが正しい。俺は、誰かを殺すためだけに生まれたんだ。キュロス博士が、そのために作ったのだから。でも、博士は俺を可愛がってくれた。自分の実験とはまた別に、俺のことを。だったら俺は、キュロス博士の最後の実験を、成功させようではないか。また誰かに命令に従って。機械となって。殺すことに躊躇いは、今でもないはず。それが自分の意思でじゃなければ、俺はまだ殺せる。 「……そうか。麻痺って、こういうことか」 「ふふ。やっと、君も殺し屋らしくなったんじゃないかな? ボクらはさ、殺されるために殺し続けるしかないんだよ。もう、元には戻れないんだから、永遠にループするしかない。ただ、君はいいよね。キュロスの研究を成功させたいから。という無理矢理な理由で動けるんだからさ」 「じゃあ、お前、もしかして」 「うん。ボクも今までは殺されるまでは殺されてやらないって思ってたけど、もういいや。殺しすぎたし、生きすぎた。いろいろ、疲れたよ。だから、君が殺してくれ。そうしたら次は、君が死に場所を求める番だ」 「そっか」 俺と男は、立ち上がる。それならば、殺さなくてはいけない。その行為が地に落ちるべき行為であるとしても、俺はやらなくてはならない。 「なあ、博士を殺した恨みも込めていいよな」 「ああ、自由にしてくれ」 男は自分から少し後ろに下がり、殺しやすい距離をとってくれる。それならば、俺も全力でやろう。 「いくぞ」 「ああ」 神速からの、メタルクロー。そして、棘で相手の頚動脈を掻っ捌く、裏拳。 人間の柔らかい首に、棘が食い込み、そのまま勢いを緩めず回転する。博士がやられたように、一瞬の痛みも与えない。 血飛沫が上がる。無表情のまま、男の顔を見る。男は、嬉しそうな顔をして、死んでいった。幸せそうに、とも言うのかもしれない。 これでまた、俺はどっぷりと無限ループへと沈んでいく。 これでいい。これでいいんですよね、博士。あなたの願い通り、普通のポケモンに戻れなかったことは、申し訳ありません。でも、俺はもう、このループから抜け出すことは出来ないようです。その代わり、あなたの最後の実験を引き継ぎましょう。機械となって、俺はこれからも殺し続けます。あなたのお供に、一人友人を送っておいたんで、昔話にでも花を咲かせてくださいな。
俺は、もう二度と訪れないであろう研究所を後にする。 死に場所を、求めて。
ある研究レポートの結果。 「実験には失敗したが、あの子を作ったことを誇りに思う」
〔了〕
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