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デリバードからのプレゼント
日時: 2010/09/06 23:06
名前: 早蕨

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.   プレゼンテッドバイでりばーど










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変貌は俺を知っている ( No.3 )
日時: 2010/09/06 23:15
名前: 早蕨


「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい死ぬってこれ」
 トラックが、俺に向かって突っ込んでくる。
 なんだよくそ、信号は青だったじゃねーか。居眠り運転か? 飲酒運転か? 寝るのはしょうがないとして、こんな昼間っから酒なんか飲んでて信号無視したんじゃ許さねえぞこの野朗。ていうかどっちも許さねえぞこの野朗。
 でも、あれだな。走馬灯っていうのは本当に見えるんだな。あ、あれ懐かしい。あー、あれも懐かしい。キイィ! と、かん高いブレーキ音を鳴らしながらも、トラックは俺を吹っ飛ばす。フワっと、体が浮く。多分、死んだ。痛みも感じる暇なく、俺は意識を失った。


 ◆     ◆


  始めに言っておこう。これは、決して夢オチなどではない。
 夢オチでない確固たる証拠はないわけだが、それでも俺はあの事故が夢だったなんて思えなかった。感触が、生生しすぎた。俺は間違いなく、あのはた迷惑なトラックに撥ねられたのだ。
「なんで俺はこんなところにいるんだ?」
 俺が目を覚ましたのは、閑散とした公園のベンチの上だった。どうやら、ベンチに横たわっていたらしい。俺は撥ねられたわけで、もし運よく助かったとしても、病院のベッドで目を覚ますのが当たり前だろう。それがなんだ。公園のベンチの上? ふざけるな。誰かが怪我した俺をベンチまで運んできてくれたのか? そんなわけない。俺が、ベンチに横になっているわけがない。どうひっくり返ってもこの状況を説明出来ないから夢オチなどということを考えてしまったわけだが、俺自身があの事故を体で覚えているのだ。夢オチは絶対にない。
「ま、いっか。運よく助かったということにしておこう」
 基本的になんでも楽観視してしまうのがこの俺、アキである。
 とりあえず周りを見渡してみる。ブランコに砂場、鉄棒に滑り台。いたって普通の、どこにでもある公園だった。俺はカントー地方でも一、二を争う大都会、ヤマブキシティに住んでいるわけだが、この公園は見たことがない。いや、見たことはあるかもしれんが記憶になかった。多分この場所はヤマブキシティだろうから、大通りに出れば自分の位置を把握出来る。なんだか未だに状況が飲めなかったが、少し歩いてみることにした。
「明るいけど、今何時だ?」
 歩きながら携帯を出す。携帯は無事だったが、電池が切れていた。でもまあ、轢かれたのが夜で、起きたのが朝。普通に考えれば、丁度睡眠ばっちりなぐらいに寝ていたことになる。しかしいかんせん俺は車に撥ねられた身だ。何日も寝ていたかもしれない。
「そんなわけねえか。流石に何日も同じ場所で寝ている奴がいたら、誰かが何かするもんな」
 パチンと携帯を閉じて、ポケットへとしまう。歩いてみても、どこも体に異常はない。やはりなんだかんだ俺は助かったらしい。公園から出ようと、柵をよけとうとして
「なあお兄さん、もうちっと不思議がってもいいんでないの?」
 後ろから話しかけられた。ちょっとダミ声の、悪ぶった兄ちゃん。そんな感じの声。
 あれ、そういえばこの公園に俺以外に人なんかいたっけと少し不思議に思いながら、何か用かと後ろを振り向く。俺は、口をあんぐりとあけるしかなかった。
「……なんで?」
 そこにいたのは、ゴーストだった。顔と手だけの、幽霊ポケモン。ポケモンタワーというお墓に住んでいたり、壁をすりぬけちゃったりできるポケモンだ。
「なんでって言われてもなあ。お前さんの見たまんまさ」
「そっか。ま、そうだな」
 俺がそう言うと、ゴーストは少しだけ意外そうに
「始めは皆、もうちょっと何か言うんだけどなあ」
 と言った。そんなことを言われても、俺はすでにとんでもないわけのわからない目に合っている。これ以上そんなことを増やされても、あ、そう。としか言えないのが本音だ。
「で、俺に何か用?」
「用、か。俺としちゃあどっちでもいいんだけど、お前さんは聞いた方がいい」
「何だ、もったいぶるなよ。今の俺は、大抵のことじゃ驚かないぞ」
 至極どうでもよさそうに、少しの間もなく、ゴーストは言った。
「お前さん、もう死んでるよ」
 あ、そう。


  ◆     ◆


「バカじゃないのか?」
「そう言うな。仕方ないだろ」
 ちょっとお前さんの状況を自分で言ってみろと言われたので、車に轢かれて起きたらベンチの上に寝てた。助かってよかった。と、最大限に短くしてゴーストに言ってみた結果がこれだった。
 突然死の事実を告げられたって、はいそうですかと納得できるわけがない。これこそなんの証拠もなしに認められるわけがないだろう。
「大体、俺はこうして息もしてるし、こうやって実際お前と話しているじゃないか」
「じゃあ、そこの柵を避けずに歩いてみ」
 ニヤニヤしながら言うゴースト。
 なんだそりゃ。避けずに歩いたらぶつかるに決まっている。当たり前だろ。
「って……おいおい、マジか?」
「どうだ? 信じたか?」
 俺は、柵をすり抜けた。すり抜けたなんてそんなもんじゃない、ただ通っただけ。何もない場所を、ただ歩いただけのような感じだった。
「……待て、俺は椅子には座れた」
「往生際が悪い。お前さん、椅子はあると思って座らないが、柵はあると思って通っただろ?」
「わけわからん」
 哲学の話でもしてるのか?
 今のでわかった奴がいたら、そいつはもうソクラテスとかアリストテレスとかと喋って来い。俺が許す。ハテナを頭の上に浮かべる表情を見せる俺に対し、ゴーストは面倒臭そうに地面を指差した。
「お前さんは何を思って地面の上に立ってるんだ?」
「何って、何も考えてないが」
「そうだ。それだよ。土の上に立ってるんだと思って立ってないだろう? 立てるのが当たり前だろう? 椅子も同じことさ」
「……なるほどね」
 認識の問題らしい。完全にあると認識すればそれに触れられなくて、認識しなければそれに触れられる。きっと柵の上に座ろうとしても、柵の上に座ろうとする俺の認識と、ベンチに座ろうとする俺の認識の差。そこに柵を椅子にするのが俺の中では当たり前でないために、すり抜けてしまうのだろう。
「じゃあ、生まれてからずっと柵を椅子だと思ってて、ベンチに座ったこともなければ見たこともない奴は、柵には座れるがベンチには座れないってことか」
「よくわかってるじゃん。そういうこと」
「……でさ。それって、どういう意味?」
 まさか、この展開だとかなりありがちな展開になってしまうんじゃないか? 死んだ奴がまだ現世に残って、しかもルールにしばられながらも一応物をすり抜けることが出来る。それって……。
「お前さんは死んだ。そんでもって残った。よって、幽霊だな。浮遊霊って奴だ。浮遊してないけどな」
 笑えねえよ。
「じゃあ、俺が死んだってのは……」
「ああ、本当だよ。お前さんは、即死だった。あんな大型トラックに轢かれて無事なわけがないだろう」
 がはは、とゴーストは笑う。人が死んで笑うなんて、不謹慎な奴め。こいつが死んだら俺も精一杯笑ってやる。
「即死だったって言ったけど、お前見てたのか?」
「まあね。俺が二週間前あの交差点をフラフラしてたら、丁度轢かれてたよ。血とかドバドバ出てたし、絶対即死。それからお前さんはこの公園のベンチにずっと寝てた。浮遊霊としてね。いくら幽霊とは言え、子どもたちがお前さんに同化するみたいに座っているのは、見ていて気持ち悪かったなあ」
 このクソゴースト。サラっととんでもないことを言いやがった。俺だって、まだあの感触がなんとなくあるんだ。そんな話をされると未だに背筋が寒くなる。
「……で、なんで俺が、その、霊としてここに寝てるってわかったんだ? なんで俺はここにいたんだ?」
「そんなにいっぺんに聞くなや。前者はなんとなく。やたら自己主張の強い幽霊の感覚がしたから来てみたらお前さんがいたから。後者は、ランダムだ。たまたまって奴。お前さんがそこのベンチで寝てたことに理由はない」
「自己主張って?」
「なんか相当未練がありそうな、そんな感覚だよ」
 ゴーストの言っている感覚とやらはよくわからなかったが、未練、というのはよくわかった。俺の体は、俺だけの体ではない。
「ん? どうした兄ちゃん」
「いや、嫁を残してきちまってな。それだけが、心残りだ」
「はあん。そりゃ、残念なこったな」
 こいつは一体どういう神経をしてるんだ。人が嫁を残して死んじまってブルーだってのに、そんなどうでもよさそうにしやがって。
「まあ、死んだのが俺ってだけよかったさ」
「前向きなのはいいが、お前さん死んでるんだからな」
「本当お前って嫌な奴な……」
「死人に口はないとよく言うが」
「それはそういう意味じゃねえ」
 とりあえず、俺は死んだ。そして、なんだか未練とやらを残してしまったたらしい。ということはやり残したことがあるってことで、死人とは言え俺にも目的が出来た。
 まあまずはそれだけで、良しとしよう。


  ◆     ◆


  俺の提案で、街を歩くことにした。大通りにでるためには公園の前の大きなマンションを迂回しなければならなかったのだが、今や俺は幽霊、そんな必要もなく堂々とマンションを通過してしまった。ちょっと悪いと思って、凄くワクワクしたのは内緒。
 マンションを抜けた俺たちは、大通りへと到着する。さらにここを道路に沿って真っ直ぐに進めば、シルフカンパニーなど、大手の会社などが立ち並ぶビル地帯となる。ちなみに俺の家は、そのビル地帯を抜けたさらに向こうの住宅街だ。
 俺の隣でフワフワと飛んでいるゴーストは、欠伸をしたり頭をかいたりと、本当にどうでもよさそうにしている。暇だからついていってやるかとでも言いそうな感じだ。
 そんなこいつは、俺が轢かれたのは二週間前とさっき言っていた。ということは必然、俺は二週間寝ていたこととなる。霊として。
 いやほんと、今でも信じられない話だし、現実味がなさすぎて全然悲しくない。一応俺はこうして現世に残っているし、このまま嫁のアコと一緒に暮らせたりしないだろうか。
「なあ、ずっと浮遊霊でいるって駄目なの?」
「非推奨だな。お前さん……ああ、そろそろ名前を聞こうか」
「アキだ」
「アキ、浮遊霊っていうのは死んでるんだ。この世にいちゃいけない。理由は、なんて聞くなよ。理由なんかない。それが、理なんだ」
 そんなことが、納得できるわけがない。アコと一緒にいられる方法がもしあるのなら、道理なんて関係ない。理なんて、糞くらえだ。
「そんなもん納得出切るか。俺は、全力でアコと居られる方法を探すぞ。きっと、それが俺の未練だ」
「起こりえること全てに理由があるなんて思うなよ。アキが死ぬのだって理由なんかなかった。あれが、必然だったんだ。ああなると、決まっていたんだ。俺が浮遊霊のアキと喋れるのも、同じこと。俺が人間の霊とだけは言葉が通じるのと一緒だ」
「だからなんだよ」
「だからお前さんは、アキは、嫁さんとは一緒にいることが出来ないよ」
「そんなもんは納得出来ねえ」
 これじゃ堂々巡りだ。いくら話合っても仕方がない。だが霊について俺よりこいつの方が詳しい以上、多分言っていることはこいつの方が正しくて、俺が正しくない。でも、正しい選択がしたい選択でないのなら、俺は迷わず正しくない方を選択する。
「ま、アキの言うこともわからんでもないよ」
 俺だって、お前の言っていることがわからないわけじゃない。納得が、出来ないだけだ。
「悪い。熱くなっても意味ないな。これは俺自身の中で整理する問題だ」
「すぐ熱くなる奴かと思えばすぐ冷静になって、お前さん、本当わからない奴だなあ」
「流石に俺もガキじゃないからな」
 それから俺たちはそのまま歩き、ビル地帯を抜け、住宅街へとやってきた。俺の目的は、始めから自分の家へ戻ってみることだった。今のまま暮らせるなら、俺は今のまま暮らしたい。
 一本路地を入り、また少し歩き、ごく普通の二階建ての家の前に辿りつく。
「いいよな、別に」
「お前さんの勝手だ」
 今の時間なら、アコは家にいるはず。家事でもしているだろう。毎日通っていた見慣れたドア。多分このドアは俺の中じゃもうすでに開けるのが当たり前になっている。だったら、掴めるはずだ。
 恐る恐る手を、伸ばす。ドアノブの冷たさが伝わるのを感じると、そのまま引いた。
「ただいま」
 と、声を出してみる。返事はない。買い物にでも行っているのだろうか。見慣れた廊下を歩き、リビングのドアを開ける。そこには、アコが一人ソファーに座りながらコーヒーをすすっていた。とても優雅に、おいしそうに、晴れやかな顔で。
「アコ。返事くらいしろよ」
 俺はアコに無視されたと思い近寄って、もう一度言ってみた。しかし、やっぱり返事はない。そのアコの表情から、俺は無視されているのではなく、本当に気付いていないことがわかってしまった。
「……なんでだよ。くそう」
「言っただろ。一緒にいることは出来ないって」
 勝ち誇ったようにそう言うゴーストを、キッと睨みつける。お前には、俺の辛さはわからない。
「なあ、アコ。俺だ。頼むから返事してくれよ」
 死んでいる者が生きている者にこんなことを言うのもおかしい気がする。
 俺はアコの肩をつかもうとして
「待て!」
 と、ゴーストに止められた。ゴーストの初めて出した大声に、俺は思わず止まってしまう。
「アキ、この女と出会って何年だ?」
「小さいころ、実家の近所に住んでた幼馴染みだから……多分もう二十年以上になる」
 ゴーストの質問にイライラしながらも、俺は答えた。
「それからもずっとお前さん達は一緒だったか?」
「いや、旅をしてからは別だったが、いつも近況報告は行っていた」
「じゃあ、いつから好きだった?」
「ずっと……昔からだ」
 こいつの言いたいことが、わかってきた。
「人間が人間を触る場合は、少し違うからな。アキとその女と、両方の認識が必要になる」
 つまり、俺にとってすでに当たり前の存在となっているのか、それくらい深い仲になれているのかということか。俺たちはもうずっと一緒にいる。二人一緒にいるのが当たり前になって、かけがえのない人だって、俺はそう思っている。きっと……アコだってそうだ。そうに決まっている。
 でも、アコは、とても晴れやかな顔でいた。俺という呪縛から解き放たれたように。こいつは、俺が死んだことをなんとも思っていないのだろうか。俺が死んで二週間、たった二週間で完全に立ち直ったとでも言うのか。まあ、立ち直るのはいい。それはいいことだ。いつまでも引きずるのは良くない。でも、それでも俺は、自分が死んで嬉しそうな顔をされているようで、凄く悲しくなった。
「その女に触れる勇気が、あるか?」
 ゴーストのその言葉に、俺の尻すぼみになっていく自分の勇気を感じた。
「あ、あるに決まってるだろ」
 そうは言うものの、自信がない。もちろん、俺にはアコがいるのが当たり前で、それくらい親密になっていると自負できる。
 でも……アコは……。
 そうやって俺がうだうだと迷って考え込んでいると、突然とアコの携帯がなった。驚いて、俺は何の言葉も発さずその光景を見ていた。
 電話をとる瞬間。アコが、満面の笑みを浮かべていた。その顔に、俺はとてつもない絶望感に襲われる。その表情は、いつも俺に向けてくれていた表情だったはずだ。もの凄く久しぶりに感じるアコの声。少し幼さの残ったその声が、俺の中じゃ昨日聞いたばかりだというのに妙に懐かしかった。迷っていたことも忘れ、俺はアコの声にだけ耳を傾ける。誰と喋っているかはわからないが、とても楽しそうに喋っている。
「うん。じゃあ、また後でね」
 最後にそう言って、アコは電話を切った。
 俺は、唖然とアコを見つめることしか出来ない。
「とんでもない内容の電話だったなあ」
 ゴーストはどうでも良さそうに言う。確かにこいつからしたら他人事だ。
 アコが、「好きだよ、あっくん」と言っていたことなんて、他人事に過ぎないだろう。二十年以上の付き合いで、何度もポケモンバトルして、一緒に遊んで、恋愛して、結婚して、俺たちは他人が見るよりずっと強く結ばれていた。俺は、少なくともそう思っている。でも、そう思っていたのは俺だけで、アコは違ったのだろうか。
「黙れよ」
「そう恐い声を出すな。それに、これでわかったろう。お前さんは死んでいて、この女は生きているんだ。この女が別の男と付き合おうが何しようが、お前さんに何も言う資格はない」
「黙れ!」
 感情が高揚する。俺はアコが好きで、誰よりも愛している。別の男にとられるなんて、許せることじゃない。絶対に許せない。
 だが、やっぱりこいつの言う通りだった。俺は死んでいて、アコは生きている。死んでいる者が生きている者に関渉するなど、本当にしていいはずがない。声さえも届けることの出来ない俺に、アコは守れない。
 アコだって本当は悲しんでくれて、その悲しさをまぎらわすために、他の男についていったのかもしれない。
「俺は、本当に死んだんだな」
 ボソっと、そう呟く。
 俺は、アキという人間は、死んだ。アコからも、こうやって忘れ去られていって、いつか本当の意味で死んでしまうかもしれない。そう思うと、俺は恐くて恐くてたまらなかった。
「行こう……」
「もう、いいのか?」
「俺は、死んでるからな」
 自嘲気味にそう言って、俺は自分の家を後にした。


  ◆      ◆  


  マッハな速度で心が冷えていくのを実感しながら、俺はもとの公園へと戻ってきた。ブランコにでも座ろうかと思ったが、多分座れないのでベンチへと戻る。隣には、そこが定位置であるかのようにゴーストがふわふわと浮いていた。
「なあゴースト。俺のやり残したことって、なんなんだ?」
「知らんよ。それはアキ自身の問題だ。俺がどうこう言える問題じゃない」
「そう、だよな」
 俺はもう、早く死にたい気分だった。死んでるから死ねないか。言うなら、消えたいだ。なんだって死んでまでこんな気持ちにならなければならないんだ。死ぬんだったら安らかに眠らせてほしかった。俺にあんなのを、見せないでほしかった。……それも自分のせい、か。自分で行ったんだからな。
「アキは、本当にあの女が好きなんだな」
 唐突に、こいつからは想像できないようなことを言ってくる。
「当たり前だ。俺はアコのためだったら何でも出来る」
「何でも、ねえ。じゃあ、あの女がお前さんのことを今後一切思い出さないとしても、何でも出来るか?」
「何が言いたい?」
「ただ聞きたいだけさ。何でも、なんて軽々しく言う奴にはね」
 挑発するように、ゴーストは言う。ただ、俺はこいつの目的が挑発だけとは思えない。ずっと何か、俺のことを探ってくるように喋りかけてくるような、そんな感じがする。
 思い返せば、こいつの言うことには少し変なとこがある。ゴーストは何故俺がトラックに轢かれた奴だとすぐにわかったんだ? 夜の交差点を歩いたあの一瞬で、俺の顔をたまたま見ていて覚えたとでも言うのか? それに、その後俺が寝ているのを見つけて、こいつはどうしてたんだ? 放っておいて、毎日俺が起きてるかどうか見てたのか? こいつにとったらどうでもいいことのはずだ。だったら何故、また来たんだ? なんにせよ、色々聞くことがあるな。
「……お前ってさ、なんなの? ただのゴーストなんだろ? それともお前も死んでるのか? まさか、死神とかそんなことは言わないよな」
「なんだか、今考えていることを考えないようにするために質問しているみたいだな」
「いいから、答えろよ」
 俺の質問に対し、初めてゴーストは困ったように黙った。
「俺は普通のゴーストだ。でも、俺もなんでこんな能力を持ったのかわからん」
 初めて黙らしてやったぞこのやろとか思っていて、やっと口を開いたと思ったら、返ってきたのはそんな言葉だった。でも本当にゴーストはわからないようで(何がわからないのか俺もよくわからないが)、俺が見た中では一番困った表情をしている。
「わからないって? お前が俺と話せることか?」
「それももちろんわからん。だが、他にももっとわからないことがある」
「なんだ?」
「人の夢の中に入れることだ」
 全然意味がわからん。出来たら凄いのかもしれんが、そりゃあ悪趣味という奴だろう。人の至福の時間にお邪魔するなど、甚だ無粋なことだ。
「そりゃあお前ゴーストなんだし、夢喰いとか言う悪趣味な技ができるんだろ? 中にはそんなのが出来る奴だっているんじゃないの?」
「知らん。というかそんなのはどうでもいいんだ。俺に変な能力がついているのも別に今に始まったことじゃないし、気にしてない。能力がついたんだから、やるべきことがあると思っただけだ。理由なんか、どうだっていい。アキ達人間がポケモンのことをほんの一部しか知らないように、俺ら自身も自分たちのことを全部わかってるわけじゃないんだよ」
「ふうん」
 相変わらず言っていることが八割方理解出来ないが、俺はとりあえず頷いておくことにした。どうやらこいつは、あまり聞かれたくないことを聞かれると、饒舌になるタイプらしい。覚えておこう。
 やるべきことがわかった。しかし理由はわからない。でもやろう。順序がめちゃくちゃな気がするが、なんだかこいつは規格外だから、多分やることも規格外なんだろうな。
 と、俺自身めちゃくちゃな暴論を吐いているわけだが、まあそれもいいだろう。俺って、普通じゃないし、幽霊だしね。
「じゃあお前さ、人の夢によく入って、うわこいつイテー! とか言って笑ってるわけ?」
「そうだな。とくに思春期少年の夢なんか……って。んなわけあるか!」
「…………」
 ノリツッコミ。十年ぶりくらいに聞いた。しかもノリツッコミVer.ポケモンときた。
 こりゃ、すげえや。


    ◆     ◆


  しばらく馬鹿な会話をゴーストと会話した後、俺はただベンチにだれて座ることしか、することがなくなっていた。アコが俺を忘れようとしていることに気付いたから、もう俺がいる必要はない。あいつが俺以外の奴と幸せそうにしているとこなんて、辛すぎて見れるはずがなかった。そんなところを見たら、俺はその男を呪っちまうかもしれない。呪い方なんて知らないけどね。
 そんなわけで、俺の未練探しは八方塞がりになってしまった。
「俺の人生、なんだったんだ?」
 こうなると、考えてしまうことはこれだった。ジムバッヂを八個集め、ポケモンリーグベスト三十二というとてつもなく微妙な成績を残し旅を終わらせ、惚れていたアコに告白して付き合ってもらい、念願のシルフカンパニーに就職して、結婚して、死んだ。
 並べてみるとそれなりに幸せな人生を送ってきたようにも思えるが、これからの一生をアコと過ごそうと誓って数年で死ぬって、どうなんだよおい。しかもアコに忘れ去られようとしてるって、俺は一体なんだったのだろうか。俺はそんなにも小さい存在だったのだろうか。
「意味なんて、ない。あったのは、アキの愛だけだよ」
「うるさい。人の独り事に口を挟むな。気持ち悪いことを言うな」
「なんだなんだ。せっかく少しばかり励ましてやろうかと思ったのに」
「お前がそんなことを言っても気持ち悪い。それに、死んでる奴を励まそうとするなよ」
 俺がそういうと、ゴーストは感心したかのような顔をした。なんでかこいつの顔でそんな顔をされると、見下されてるみたいでムカツク。
「なんだか死人らしくなってきたじゃん。時間が近づいてるから、時間が全てを解決してくれるってか?」
 自分で言って、ガハハ、と笑うゴースト。
「……おい、時間が近づいてるってなんだよ」
「ああ、言い忘れてたけど、アキは多分そろそろ成仏するよ。時間切れってやつ」
「はあ? 俺、まだ未練とかわかってないんだけど」
「それはお前さんの都合だ」
 こいつは……そんな大事なことを今更言いやがって。やっぱり、どうでもいいと思ってやがるんだなこの野朗は。さっき少し励まそうとしてくれたからほんの少しばかり見直してやったが、やっぱりこいつは冷たい奴だ。いじわるな奴だ。
「お前なあ……。ちなみに、それは後どれくらいだ?」
「明日の朝。いや、ぎりぎり昼かな。多分」
 それだけあれば、十分すぎるくらいだ。俺には、もうすることがない。何も残っていない。後はその辺をぶらつくだけでいいだろう。……いや、待て。まだすることが一つある。大事なことを一つ忘れていた。
「わかった」
「なんだなんだ? えらく素直だな」
「開き直ったとも言うな。ともかく、あと一日しかないんだろ? だったらしたいことがある。ゴースト、一つ頼めないか?」
「死人からの最後の願い、聞いてやらんこともないか。まあ、言ってみろや」
「サンキュ。恩に着るよ」
「似合わないことは言わなくていいから、早くしろ」
 似合わないは余計だ。まったくこいつは口が悪い。
「俺の家から、俺のモンスターボールを持ってきてくれないか?」
「なんだそれは。自分で行け」
「アコに会うのは、最後の最後でさよならを言うときだけでいいんだ。だから、頼む」
「……そうかい。ま、いいか」
 憎まれ口を一つも叩かず、ゴーストは了承してくれた。一応、俺の気持ちを汲んでくれたのだろうか。
「じゃ、頼む。二階の一番右の部屋に置いてあるはずだ」
「あいよ」
 軽く返事をして、ゴーストはフワフワと行ってしまう。姿だけ見れば、ただのゴーストだ。普通の奴は、あいつとは喋れない。だったら、あいつにポケモンが人間をどう思ってるのかとか聞くのも、面白いかもしれない。
 聞いてもほとんど知らんで返ってきそうだけどね。あいつは人のことをわかんない奴だと言っておきながら、自分の方がもっとわからない奴だし。
 思えば、ポケモンと人間。人間と人間。突き詰めれば他人同士なんて、本当の意味でわかりあえることなんてないのかもしれない。
 「理由なんて、ない」「意味なんて、ない」。ゴーストはそう言っていた。よく考えれば、確かにそうかもしれないな。俺は、アコのことも、ポケモン達のことも好きだ。でも、そこに理由なんてない。意味だってない。好きだから好きなんだ。一緒に過ごしてきた、分かり合おうとした【時間】が、俺にそう思わせるんだ。
 好きなことに、意味も理由もない。ひどく冷淡な言葉のようだが、俺は、格好いいって思った。あいつの言っていたことが、少しだけわかった気がした。


   ◆      ◆


「ほらよ、これでいいんだろう?」
「ああ、サンキュ」
 もっとゆっくり行ってくるのかと思えば、ゴーストは結構早く戻ってきた。ポケモンがモンスターボールを抱えて戻ってくるという絵も、なんだか珍しくて笑える。捕まえてくださいって、言っているみたいだ。
「俺って、モンスターボールとか触れるの?」
「椅子やドアと違って、もともと掴むものだからな。多分無理」
「あっそ。じゃ、出してくれ」
「ったく、人遣いが荒いねえ」
 文句を垂れながらも、ゴーストは四つのモンスターボールの開閉スイッチを押す。眩しい光とともに現れたのは、九本の尻尾を持つ獣、キュウコン。千年間生きるとか言われてる凄いポケモンだ。因みに俺の初めてのポケモンだったりする。付き合いはもう二十年以上。
 続いて、体に稲妻マークが入ったエレブー。うちのメンバーの中じゃ多分一番イケメン。ここぞと言うときに踏ん張りを見せるナイスガイ。
 お次は二足歩行のアヒル。ゴルダック。こいつはエレブーと違って冷静。頭の回るインテリさん。
 最後に、やたら目つきの鋭い鳥ポケモン。オニドリル。いやあ、こいつと仲良くなるのは大変だった。オニスズメのとき、何度つつかれたことか……。
 こうして見ると、皆成長した。初めて会ったときとは全然違う。強くなったし、頭も回るし、俺と仲良くなれたし。ああ、こいつら見てるとなんかジンとしてくるよ。ちくしょう。
「元気してたか? 俺はもう死んじまったけど、お前ら頑張って俺の分まで生きろよな」
 そりゃ、わかってはいたさ。
 俺の声は……こいつらにも、届かないってこと。
 ぐっと、込み上げてくるものを押さえつけるために、唇をぐっと噛んだ。
「おい、アキ」
「何も言うな」
 四匹は、何故出されたかもわからずあちこちを見回していた。俺の姿を探しているのかもしれない。エレブーなんか、さあバトルだと意気込むように、鼻を鳴らしている。
 公園にいた数人の子ども達も、突然とポケモンが現れ、なんだどうしたと集まってきた。
「もういい、ゴースト。戻してくれ」
「ああ」
 ゴーストがキュウコンたちをモンスターボールへと戻す。エレブー、ゴルダック、オニドリルはモンスターボールから放たれる光に当たり戻っていったが、キュウコンだけは身軽に横に飛び、よけた。
 そして、何かを探すように前足を振っている。
「なあ……。これって」
 確認するように、ゴーストを見る。
「ああ、アキのことが、なんとなくわかるのかもな。キュウコンっていう種族は、不思議な力があるって言われてるし」
 薄く笑って、こいつはそう言った。なんだかその笑みに嬉しくなって、俺も思わず小さく笑みをこぼしてしまう。おそるおそる前足をふっているキュウコンの前足をつかむ。すると、見事に俺はつかむことが出来た。柔らかく温かい感触が、伝わってくる。キュウコンも突然前足を掴まれて驚いていたが、俺だということがわかったのだろうか、「キュウ」と一鳴きして大人しくなった。そのままゆっくりと俺の方へ寄ってきて、ペロっと、顔を舐めた。その感触も、懐かしい。甘えるように抱きついてくるこいつが、凄く懐かしく感じた。思えば怪我をしていたロコンを、十歳にも満たない俺が連れ帰ってきて以来、ずっと一緒だった。一緒にいる時間だったら、アコよりも長いかもしれない。初めて会ったときは、ガキだった俺の手にも収まるくらいだったのに、今じゃもうそんなことも出来ないくらいに大きくなった。俺がいなくても、もう生きていけるくらいに。
「じゃあな、キュウコン。お別れだ」
 届いたか届いてないかなんてわからない。けど、いいんだ。これは、言わなくちゃいけないことなんだから。俺はキュウコンの前足を地面に下ろす。キュウコンは少し戸惑ったようにうろうろしていたが、ゴーストが放ったモンスターボールの光に包まれ、戻っていった。
 戻る瞬間、「キュウ」と、あの可愛げある鳴き声が聞こえたような気がした。少し寂しげな声だった。
「……もういいんだよな、アキ」
「ああ、恩に着る。あれ以上あの姿を見せられたら、泣いちまうからな」
 ゴーストは何も言わず、また四つのモンスターボールを抱えて行ってくれた。ありがとう。俺は、その後ろ姿に頭を下げた。
 キュウコン達は、きっと俺のことを覚えていてくれる。アコも、きっと記憶の片隅くらいには俺のことを置いてくれるだろう。ああ、やっぱりアコに触れておけばよかったかな。キュウコンには触れることが出来たし、もしかしたらアコにだって触れられたかもしれない。あのときはアコが俺以外の男を必要としていることに参って何も出来なかったけど、最後のときくらいは触れてみようか。もし触れられなくても、別にいい。俺の気持ちだけは、変わらないんだからな。アコと過ごした時間は、俺だけのものなのだから。


   ◆      ◆


  どれくらい経っただろうか、しばらく俺は、うとうとして寝てしまっていたらしい。起きてみて周りを見ても、ゴーストの姿はなかった。ゴーストどころか、公園には俺しかいない。今度はやけにゆっくりだな。それとも、どっか行っちまったのか? それはそれで暇を潰せる相手がいなくなって困るんだが。
「おうおうアキ。冴えない顔してるなあ」
 そんなことを思っていると、フワフワと入り口からゴーストが入ってくる。行くときと違い、やけにニヤニヤしている。
「うるせえ。年中いたずら坊主みてえな顔してる奴に言われたかないわ」
「俺はいたずら坊主みたいな顔の方がいいぞ」
 そりゃそうか。冴えないよりかはよっぽどいい。
「で、なんでお前そんなニヤついてるんだ? 何かあったのか?」
「アキにとっての朗報か、それとも悲報か」
 なんだ、まだ俺は死ぬ前にすることがあるのか。あとは最後の最後でアコを見に行ってお別れを言えば終わりかと思っていたんだけど。
「なんだ?」
「お前の嫁さん。アコ、って言ったっけ? 今夜のデートコース、わかったぞ」
「……詳しく教えろ」


  俺がゴーストから一字一句漏らさず聞いた情報によれば、どうやらアコは旅をしていたとき出会った男、つまりさっきの電話の男とデートするらしい。(どうしてわかったかと言うと、どうやらこいつはアコの長電話をずっと聞いていたようだ。よく考えるとこいつは俺と違って普通に見えるんだし、ただの不法侵入に過ぎないな)タマムシシティでボーリング、その後買い物、そして最後にここ、ヤマブキシティで夕食らしい。アコの声だけで判断した限りでこのルートらしいから、まだ何かあるかもしれない。
「で、どうするんだアキ。自分の嫁さんを落とした相手、見にいくか?」
「……まあ、ちょこっと見ておくだけ見ておくか」
 ゴーストの話を聞いたとき、俺の代わりにアコを守る奴がどんな奴なのか見てやろうじゃねえかこんちくしょう、くらいの気持ちで聞いていた。でも聞き終わると俺は、そんな気分も半分、行こうと思う気持ちさえ半減していた。死んでしまった俺がどうこう言っても仕方がないからな。俺はもう、お空に消えていくだけの身だ。何も出来ないし見られないし声も聞かれないとは言え、あまり差し出がましいことはしたくない。
「因みに夕食の店の名前は、Le goût que je n'oublie pasっていう名前らしいぞ」
その店は、俺がかつて、一度だけアコを連れていった店。
「よくそんなことまでわかったな」
「これは、さっきアキと行ったときに言ってた店の名前だ。聞いてなかったのか?」
 そうか。俺はあのとき、アコの言葉に打ちのめされて、後は何も耳に入らなかったからな。
「まあいいや。後、始めからつけたいなら、もう少ししたらアキの家の前で待ってた方がいい。迎えがどうとか言ってたし」
「いや、いいよ。その夕食のときにちょっと見るだけでいいさ。何時からとか、わかるか?」
「七時」
「じゃあ、それでいい」
 それにしてもこいつ、人の夢に入れたり人の電話を聞いたり、本当悪趣味な奴だな。
「アキ、今お前俺のこと悪趣味だとか思わなかったか?」
「悪趣味じゃん」
「否定しろよ……」
 悪趣味で意地悪だが、結構いい奴。これは、今日出会ってから今までのこいつを見た感じでの、俺の見解。そんなことは、口に出さないけどな。


   ◆      ◆


 「自分が進化するときってさ、どんな感じ?」「気持ちいい」「じゃあ、人の夢の中に入るときは?」「気持ちいい……って、言わせんな!」

 ちょっと悪趣味変態ちっくな会話と、もう一度見たかったノリツッコミVER.ポケモン。
 そんなこんなで夜七時前。俺はヤマブキシティの中でも賑わう、カントー地方からジョウト地方へと繋がるリニアの駅前、スクランブル交差点の中心へと来ていた。目の前にはビルが立ち並び、ネオンが所狭しと押し込まれている。そんな光にとまる虫のように、たくさんの人が群がっている。今俺はその中に居るが、その中の一人ではない。
「俺もちょっと前までは、この群集の中にいたんだけどな」
「後悔先に立たずだ」
「ちょっと違うだろ。先に後悔できる状況じゃなかったし」
「じゃあ、後の祭り」
「ま、そんなとこか」
 忙しそうに早歩きする人も、カップルで腕を組んで歩く人も、友達同士笑い合いながら歩く人も、どの人も生きている。でも俺は、死んでいる。こうして見ると、どれだけその差が大きいのかを痛感する。傍観者。そんな言葉が、今の俺にはふさわしいのかもしれない。
「アキ、時間だ」
「ああ」
 さ、傍観者でいられるのも、あと少しだ。


  ◆      ◆


「Le goût que je n'oublie pas」は、駅前の通りから少し離れたビルにある、二十階だ。ゴーストも一緒に入るのかと思ったが、流石にポケモンだけで高級レストランへ入ることは出来なかった。いや、入ろうとはしたのだが、一階でお払い箱にされていた。まあ、仕方ない。俺はそのままエレベーターに乗り、二十階へと上がる。正直、エレベーターは恐かった。一応人に紛れて乗ることは出来たが、すり抜けたらどうなるんだろうと内心ビクビクしていた。
やがて、チン、という音と共に、エレベーターのドアが開く。
「……お前なんでいるわけ」
予想外なことに、エレベーター前で待っていたのはゴーストだった。若干、息が上がっている。
「忍法透明ポケモンの術だ」
「忍法瞬間移動くらい出来ないの?」
「そんなこと普通は出来ない」
「お前は普通じゃない」
 こいつ、もしかしてアコのデートコースを調べるのにも、何か俺のしらない能力を使ったんじゃないだろうな……。
 いろいろ突っ込みたいことはあるが、こんなとこで初見の特殊能力を発揮されても突っ込めないので、俺はそのことに関しては無視して店内へと入る。見回すと、窓からはヤマブキシティの夜景がキラキラと輝いていた。店内の、ほんのりと明るいオレンジ色の明かりも、なんだかロマンチックさを引き立てている。それぞれのテーブルには、綺麗なテーブルクロスや、フィンガーボールなんか置いてあった。
「なんだい、気どっちゃってよ」
 なんか少し悔しくて、そんなことを言ってみた。俺だって一度アコをここに連れてきたのだけど。
「ほら、あれじゃないか?」
 ゴーストが指差すその先、窓際角に、アコの姿があった。おめかししちゃって、くそう。あの前の座るのは、俺なんだぞ。ゴーストは俺を置いて、フワフワとアコの方へと行ってしまう。なんだか気が進まなかったが、俺もその後を追いかける。
「結構、いい男じゃん」
 アコのテーブルに着いてすぐ、ゴーストが小さくそう漏らした。見た目は、確かに格好よかった。俺より、ずっと格好いい。アコも、楽しそうに笑っていた。
「どうよ、この男」
「……うん。いい男だな。俺に代わって、アコを守ってくれそうだ」
 そんなことはない。アコを守れるのは、俺だけだ。一緒にいるのは、俺なんだ。
「きっと、幸せにしてくれる」
 違う。幸せに出来るのは俺だ。こいつなんかじゃない。
「キュウコンたちとも、うまくやってけるだろうな、きっと」
 んなわけあるか。あいつらは、俺にしか懐かない。
「しょうもなく死んじまった俺より……よっぽどましだ」
 俺の方が……絶っっ対にましだ。
「泣けよ。死んでたって、涙くらい出るぞ」

 ゴーストの一言。それが、俺の堤防を崩すとどめとなった。
「ちくしょう……ちくしょう! なんで、なんでこんなことになっちまったんだ!」
 その場にうずくまり、誰にも聞こえない声で、アコの目の前で大声で泣いた。わあわあと子どものように泣き喚き、今まで我慢してきた分の涙をありったけ流した。アコとの思い出、一つ一つが涙となって流れ落ちる。はらりほろり。それはいつまで経っても止まることはない、湯水のように流れる。大好きなのに。誰よりも、何よりも大好きなのに、もうその気持ちさえも、伝わらない。
 どれだけ泣いたかわからないが、やっと少しばかり落ち着いた俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「悪い……」
こんな体裁悪い俺の方を見ず、ゴーストは
「何がだ?」
 と言ってくれる。
「いや、なんでもない」
 撤回しようか。こいつは、最高にいい奴だ。
「で、どうするんだ? アキ」
 本当に何事もなかったように。
「……この店を出るまでは、こいつらを見てたい」
「そうか。じゃあ、俺はちょっと出るわ」
 ゴーストは、スッと窓をすり抜けていく。地上二十階。きっと、風が強い。お前、俺が生きてたら絶対に捕まえに行ってたぞ。そう言いたかったが、声には出さなかった。


  ◆     ◆


  アコが微笑む顔、グラスを傾ける、上品な姿。俺は、これが最後とばかりにしばらくの間、アコの全てを目に焼き付けた。ストーカーなんて言ってくれるな。死人の願いくらい、聞いてくれ。本当に本当の最後の願いとしては、声が届けばよかったなあ、なんて。アコの声だけが聞こえて、俺の声が届かないというのは、辛いからな。
「花一時人一盛り。俺の栄華も、短いもんだったなあ」
 呟き、アコのテーブルから離れる。まだこいつらは少しばかりゆっくりするようだから、お先に失礼しよう。俺は幽霊らしく、誰にも気付かれずに、その場を後にした。


  ◆     ◆


  もう何も考えず、頭の中をからっぽにしてそのビルを降りた。下降するエレベーターが、俺の頭の中にある全てを昇華させた。うん。そういうことにしておこう。一回に降り、絨毯が敷かれたロビーを歩き、自動ドアを出る。
「なんか、さっぱりした顔してんじゃん」
 ビルを出てすぐ横にある植え込みの上を、ゴーストはふわふわと浮いていた。
「そうか?」
「ああ、いい顔してる。最後にあの女を見届ける顔には、ふさわしい顔だ」
「そりゃどうも」
 俺は、ゴーストの横に並び、アコたちが出てくるのを待つ。多分、そんなに時間はかからない。
「アキ。今は良かったと思ってるだろ」
「思ってねえよ」
「ああそうかい」
 見透かしたことを言いやがる。こいつの言う通り、今ではもうよかったとさえ思っていた。俺の代わりにアコを守ってくれる奴がいるなら、俺はそいつに頭を下げよう。頼む、と。
「ゴースト……。お前、どうして俺についてきたんだ?」
「それが、俺の仕事だからだ」
 突然話かけてきて、わけのわからないことを教えてくれて、それが仕事だと理由でついてくる。俺についてきたって、何もいいことはない。そりゃ頼み事とかやってくれてありがたかったけれど、こいつにとってそれが何になるんだ?
「稀有な能力を持った奴の、責任って奴か」
「責任か。それは今まで考えたことなかった。もしかしたら、それもあるかもしれない。でも強いて理由を言うなら、見過ごせないからだな」
「ふうん。見過ごせない、か。……お前、いい仕事してんじゃん」
「まあな」
 言って、風が俺たちをふきつけた。寒くもなんともない。風の力だけが、俺に伝わる。アコを最後に見届け、俺は消えるだろう。なんだか、そんな気がする。
「出てきたぞ」
「ああ」
 自動ドアから、アコと男が出てきた。楽しそうに、生きている。これからもずっと、そうでなくちゃいけない。子どもでも生んで、立派に育てて、ばあちゃんになって、家族に見守られて死ぬなんて、一番いい死に方じゃないか。俺も、本当はそうしたかった。そうなると、思ってたんだけどな。
「あれ、あの男だけ戻るみたいだぞ」
 ビルを出てすぐ前にある交差点を二人で渡ったが、男の方だけアコに悪いと言うようなジェスチャーをして、戻ってきた。トイレか忘れ物か、そんなところだろう。じゃあ、俺は聞こえない声でアコに別れの言葉でも言ってこようか。もしかして、神様とやらが俺に同情してこんなチャンスをくれたのか?

 そうして俺が交差点を渡ろうとしたとき、車が走ってくる音が聞こえた。ああ、もしかしてデジャヴって奴か。死んでもなお轢かれるなんて、本当運がない。交差点には今、俺と、アコの今の男がいる。もう少しですれ違うというところだった。いろいろこいつにも言いたいことはあったが、今更だな。まあ、こいつもゆっくりアコのことを知っていくだろ。……って。

 ――轢かれようとしているのは、俺じゃない!

 すれ違い、俺は西部劇のガンマンよろしく、素早く後ろを向いた。ブオオ! という車のエンジン音がさっきより大きく響く。
「勝手に死ぬんじゃねえよ!」
 死ぬ前の自分と重ねて、言う。
 言いながら俺は、男へと体当たり。男はそのまま前へとつんのめり、手をついて地面を滑った。そして当然、車は俺を轢く。あのときと、同じように。だが、今の俺は幽霊。トラックなんぞ、屁でもない。トラックは俺を通りぬけ赤信号を無視して交差点に突っ込み、そのまま他のくるまと激突。ゴシャ! と重くけたたましい音が響く。数台の車も、突っ込んでいった。
「おいおいおい……やべえなこりゃ。ていうか、俺今なんでこいつに触れたんだ?」
 気付いて、俺は自分の両手を見た。そういえば、なんで触れられるんだ? 俺とこいつは、別に仲良くもなんともないぞ。不思議に思い、突き飛ばした男の方を見る。
「はあ?」
 男は、いつの間にかいなくなっていた。
 後ろを振り返る。そこには、アコの姿もない。何がどうなってる、とあたりを見回す。さっきまでアホみたいにうじゃうじゃいた人が……一人もいなくなっていた。
「なんだなんだ? どうなってんだ?」
 パキ、っと、何かが割れる音がする。世界が、おかしくなったようだ。ガードレールとか溶けてるし、植え込みの木が全部枯れだした。ビルのいくつかがいつの間にか消えて、子どもの歯並びみたいになってる。車も、いつの間にか元通りになってる。車なんか、見当たらない。俺がわけもわからずあっちこっちを見回して、見回す毎に世界がおかしくなっていた。というより、崩壊していく。
何もかもが……なくなっていく。
「何が起こってるって言うんだよ!」
 駅前のスクランブル交差点へと、俺は走り出す。あそこなら、良く回りが見える。本当に全てが突然で、何もわからない。俺は車も人もいなくなった道路を走りぬけ、スクランブル交差点までやってきた。
「おいおい、マジでなんだよこれ。夢かよ」
 街が、ヤマブキシティが崩壊していた。俺の目の前で、ビルが一つ、また一つ地面へ埋まっていく。いや本当、上から金槌か何かで叩かれているかのように、地面に沈んでいた。信号なんか全部の色がピカピカ光ってるし、残っているビルのネオンも、チカチカしていた。空だって、灰色になっている。
「ガハハハハハハハハハ!」
 と、後ろから少しダミ声の声。今日一日ずっと聞いていたこの声を、俺は知っている。後ろをふり向くと、ゴーストが空で舞っていた。グルグルと。凄く楽しそうに。
「おいゴースト! これはどういうことだ!」
「よくやったアキ! お前ならできると思ってた! イヤッホーーー!」
 いや、そんな一人テンション高くなられても困る。なんでこの状況でこいつはこんな嬉しがってるんだ。
「アキ! 合格だ! お前は脱出出来る!」
「だから、わけわかんねえよ!」
 俺が叫ぶと、ゴーストは俺の元へと、やたらニコニコしながらやってくる。さあ、この状況を説明してもらおうじゃないか。
「お前さんは、突破口を開いたんだよ。後は俺の役目だ。任しとけ!」
「意味わかんねえって」
「結論から言ってやろうか。これは、この世界は、アキの夢だ」
「何? なんだって?」
 こうしている間にも、世界は崩壊していく。
「この世界は、アキの夢の中。お前さんの脳が描いた空想世界だよ。言っただろう? 俺の能力は、夢を食べるだけじゃなく、入れるって」
「じゃ、じゃあ、お前は俺の夢の中に入ったって言うのか?」
「ああ、そうだ。証拠にはならないが、お前さんがさっきあの男に触れた理由なんぞわからん。ここはお前さんの中なんだからな。始めに胡散臭く語った触れる法則も俺が即興で考えた物だし、アキの事故現場も見てない。後からちょこっと調べただけ。俺が言ったことは、大体嘘だ」
「待て待て! 話が飛躍しすぎてる! ちょっとストップ!」
 俺の許容量はそんなに多くないし、処理能力も人並みだ。そんなぶっ飛んだ話をされても追いつかん。それでえーとなんだ? この世界が夢で、俺の空想世界で、触れる法則も適当で、さっき俺が何故あの男に触れたかもわからなくて、俺が突破口を開いて、後はこいつの役目で……。って、
「全然わかんねえよ!」
「どうどう。そんな騒ぐな。最初からゆっくり説明してやるから。まず最初、これはお前さんの夢だ。OK?」
「……まあ、それはいい。この状況を説明するんだったら、夢くらいじゃないと無理だからな」
「お前さんはこの夢の中を彷徨ってた。現実とは違う、お前さんにとって辛いものがある世界をだ」
「……続けろ」
「俺はまあ、言ってしまえば案内人だな。アキのような、自分の夢の中を彷徨っちまうようなお惚けさんのな」
 やべえ、もう全然ついてけない。言われたことに、ああそうなんですかと答えるしか出来ない。
「だから、俺はお前さんがこの世界を破って出られる鍵を、未練と言って探させた。未練って便利だよなあ。そう言うと、ほとんどの奴がそれを見つけようと必死になるし。そういうわけで例に漏れず、アキも頑張ってた。嫁と一緒に居られる方法を見つけるのが、未練とか言ってな。ああ、因みに俺には鍵がなんなのかは知らなかったからな。何で言わなかったんだなんて、怒るなよ」
 怒るも何も、俺にはもう、何がなんだか……。
「じゃあ……なんで始めにこれは夢だって言わなかったんだ?」
「反対に聞くが、お前さん、あのとき俺がこれは夢だって言ったら信じたか? 理解したか?」
「…………」
 もう、何も言い返せない。確かに、ベンチから起きたときに夢だと言われたら理解できなかっただろうし、信じることもしなかっただろう。今だからこそ、これが夢だということを、かろうじて信じることが出来る。
「突破口っていうのは、分かりやすく言えば、この夢が絶対に嫌がることだ。お前さんの夢はお前さんをここから出したくないわけだから、イレギュラーなことをされると困るわけ」
「……その、俺の夢が嫌がることって?」
「あの状況から見るに、決定打はお前さんがあの男を助けることだな。多分この世界は、あのアコって女が別の男に取られれば、お前さんがそれを徹底的に阻止すると考えた。アキが嫁さんを奪う男を必死で邪魔するが、結局何も出来なくて、無気力になってやる気をなくす。これでお前さんはただ単の無気力野朗。成仏も出来なければすることもなし。それが、この夢の寸法だったんだろうな。でも、お前さんは違った。自分が居ない場合の、本当の嫁さんの幸せを考える行動を取った。あの男を間一髪助けたのも、二度も同じ悲しみを嫁さんに味合わせたくないからだろ? 空想世界の思惑とは違ったお前さんの行動と想いが、空想世界にストレスをかけ続けたんだ。混乱してたんだろうなあ、この世界も。あの男を殺そうとすれば、お前さんが自分の嫁を取り戻せるって思うなんて、そんなことを考えたんだろうよ。でも、お前さんはあの男を守った。嫁のためにな。そんでとうとうそのストレスに耐えられなくなったこの世界が、崩壊し始めたってわけ」
 少しずつだが、俺にも理解出来てきた。ということは……俺が始めアコと一緒に居続けようとしたのも、夢の思惑。それを止めてくれたのは、こいつ。ああ、大分わかってきた。
「アキが始め、アコと一緒に居続けるのが俺の未練なんだ! とか言い出したとき、この夢は大喜びだったぞ。やった、閉じ込めておけるって」
「……OKOK。大分わかってきた。多少納得いかない部分もあるが、大筋は理解できた。するとだ。俺の中には一つの見解が出るんだが」
 ニヤっと、ゴーストは笑う。
「ああ、そのことを言い忘れてたか」
 わざとらしいな、まったく。本当、見透かしやがって。ムカツク野朗だ。でもまあ、今回は許してやる。嬉しいことが発見できたからな。
「俺は……死んでない。生きてる」
「ああ、お前さんは、死んでないよ。明日になったら、死んでたけどな。あの成仏までの時間ってのだけは、本当だから。お前さんの本体は、今も病院のベッドで寝てる。事故を起こしたときに、脳がびっくりして緊急防衛を張ったんだろ。自分の身が危なくならないように、意識を深く深く沈ませてな」
 その緊急防衛策が、夢ということか。そういやどっかで聞いたことあるなあ、事故って脳が意識を沈ませるなんて話。
「もしかしてお前の仕事っていうのは、こういうことなのか?」
「御名答。アキみたいな自分の夢に閉じ込められるアホを助けるのが、俺の役目だ。たまに俺の言うこと全部無視したりタイムリミットまでに起きなくて、そのまま死ぬやつもいるけど」
「うわっ……マジかよ」
「ま、何はともあれ、結果オーライだ。よくやった。アキは本当に戻るべき人間だよ。お前さんのような奴がいてくれる嫁さんは、幸せもんじゃないか」
「ああ」
 ゴーストからの、心からの褒め言葉。凄く誇らしくて、ちょっと泣きそうになった。
「後は、任しとけ。お前さんが空けたあの突破口から、俺がこの空間をぶっ壊してやる」
 ゴーストの指先につられ、俺は視線を上に向ける。
 空が、割れていた。ドーム状の何かに閉じ込められたこの世界の空にひびが入り、一部だけ、大きく破損している。さっきの音は、これだったのか。
「それにしてもこの世界、随分廃れちまったなあ」
 周りを見渡すと、もう、何も残ってなかった。全てが無に帰り、ただの灰色の世界と化している。
「お前さんの行動が、よっぽど空想世界にストレスをかけたんだな。俺の仕事も、楽に済みそうだ」
 空にあいた穴をなぞるように、ゴーストは天を仰いだ。
「なあゴースト。じゃあお前、俺が起きるまでずっと何かしてたのか? あのベンチの周りで」
「そうだよ。二週間、ずっとだ。ずっとアキの夢の中に入ってるのも疲れるから、夢の中から入ったり出たり、あれが一番大変なんだぞ」
「そりゃあ、ご苦労だったな」
「でも、こうして戻らなきゃいけない奴を元の世界に返せるんだ。苦労したかいがあったってもんだろ?」
「違いねえや」
 ガハハ、とゴーストは笑い、カハハ、と俺は笑った。
「さ、じゃあそろそろ始めようか」
 何か始めようとするゴーストに、俺は、最後に何かを言いたくなった。
「……世話になったな」
「うっせえや。突破口を開いたのはお前さん。俺は、何もしてないよ」
「っへ。最後まで格好つけやがって。格好いいじゃねえか」
「だろ? じゃあ、もうちょっと人間達に俺の格好良さを伝えてくれよ。俺らの種族、あんまり人気ないんだよ」
「オッケイ。全力で伝えてやる」
「頼むよ」
 ゴーストは、フワフワと灰色の空へ登っていく。ノリツッコミが出来る格好いい喋れるポケモンなんて、そうそう出会えるもんじゃない。俺は、伝説のポケモンなんかより、よっぽど面白いポケモンに出会ったんだ。これは、一生自慢できる。
 そのままずっと登っていくかと思っていたら、ゴーストは途中で止まり、こちらを振り返った。
「面倒くせえから、もう二度と引きこもったりするんじゃねえぞ! アキ!」
 そう叫んで、ニカっと、でかい口をさらに開いて笑っていた。ゴーストは手をあげ、パチン、と指パッチン。……って、最後指パッチンするだけかよ。そう突っ込もうとして、俺は、口に出さ――。
 途端に、空が、崩壊していく。全てが、落ちて、く、る。なんだか、意、識も薄れてきた。ああ、これはあ、れだ。あのと、きに似、てる。トラ、ックに轢、かれ、た後のときに似、てるぞ。そ、ういやゴーストは? ま、あいつの、こと、だから、どっかで、また人の夢、の、中に入るんだろうな。……ああ、もう意識、がもたない。でもきっと、これで、お――。


  ◆     ◆


  意識が戻ったと実感し、始めに感じたのは、俺の嫌いな消毒液の匂いだった。続いて、うっすらだが、視界が開けてくる。白い天井、始めに見えたのはそれだった。俺は、そうか。なんか柔らかいものの上に寝てると思ったら、これは、ベッドだ。
「あっくん!」
 アコが、目を覚ました俺に、覆いかぶさってくる。重いよ、アコ。俺一応、怪我人。でもその重さは、アコの想いであって、嬉しい重さだった。
「ごめんな、アコ」
 覆いかぶさってくるアコの頭を撫でながら、俺はそう言った。すると、突然アコは起き出して
「本当ひどい! 私の方が先に死んじゃいそうだったんだから! もう、私を置いて、どこにも行かないで!」
 なんて言って来る。泣くのか笑うのか怒るのかどれか一つにして下さい。でも、ああ、嬉しい。俺の声が、アコに届いてるよ。
「俺さ、喋れるポケモンに会ったよ。すっげえ格好いいけど、ちょっと性格悪くて、ノリツッコミも出来るんだ」
「何言ってるの?」
「宣伝」
「宣伝?」
「いや、なんでもない」
 もう、何言ってるのよ。って、アコの顔。肩までかかった、その茶色の髪。今はもう、触ろうと思えば触れる。愛しい愛しい、アコに。
「あ、そういえば、さっきあっくんて言ってたけど……」
「ああ、ごめんなさい。ちょっとあまりに嬉しくて吃驚して、昔のあだ名で呼んじゃった」
 少し照れながら、アコは言う。そうかあ……そういや、ガキの頃そんなあだ名で呼ばれてたっけ。はは。じゃあ、夢の中のあいつは、何だったんだろうな。
「そっか」
「あなただって、昔は私のこと、あーちゃんって呼んでくれてたのよ?」
「じゃあ、今日からまたそう呼ぶか」
「やめてよ。私は名前で呼んで欲しいって言ったじゃない」
 ほんの少しだけ怒った風な顔。俺は、戻ってこれたんだな。
「アコ。愛してるよ」
「……うん」
 もしかしたら、この世界だって夢かもしれない。それならそれでいいよな。俺がアコを愛せる世界なら、最高だ。それに、もしかしたらあの野朗だってまた現れるかもしれないし。
 なあお兄さん、もうちっとくらい不思議がってもいいんでない? なんてな。

「一番不思議なのは、お前だよ」

 そう呟き、ちょっとだけ期待している、俺がいた。


   〔了〕
メンテ

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