虚ろう時の慟哭 ( No.1 ) |
- 日時: 2010/09/10 15:38
- 名前: 夢柩
- 遠くの地に堕ちる陽が空を紅に染める。
夕暮の冷たさを帯びはじめた風が、涙で濡れた頬を撫でるように吹き抜けていった。
「こんなところにいたのか」 不意に聞こえた声に彼は振り向いた。 苔の生した岩のような肌、鋭い目付きは本来の年齢よりも上に見られる原因でもあったが、涙で濡れたそれは、今は歳相応のあどけなさを湛えている。 「元気出せ、何て言えないけどさ……」 そう言いながら彼は視線を逸らす。 炎のような色の身体は、夕陽を浴びて本物の炎のように染まっている。 尻尾に灯る炎がゆらゆらと揺れ、言葉を選ぶ彼の心を代弁しているようにも見えた。 「ブレン、放っておいてくれ」 彼はそう切り捨てるように言うと背を向けた。 「ヨーラン……」 ヨーランは夕暮の紅から夜の藍色に変わりつつある空を見上げ小さく呟く。 「今度こそ、あの鳥籠を開けてやれると思ったんだ……」 その言葉は、彼女を鳥籠に堕としたことに対する懺悔のように聞こえた。 おまえは十分頑張ったじゃないか、それは彼女だってわかっているはずだ、だからおまえを助けようとして自ら籠の中に戻っていった、だからおまえが悔いることは…… 言えるはずが無い。 だからブレンは炎のように揺れる尻尾を地面に横たえて口を接ぐんだ。 太陽が地の果てに消え、夜の気配が濃くなっていく。 星が瞬き始めた空から視線を外し、ヨーランは口を開いた。 「俺は……」 その言葉は、酷く重い感情を含んでいた。 深く深く、どこまでも深い負の感情。 そう、諦めにも似た感情を孕んだ言葉だった。 それを聞きたくなくて、その言葉をかき消そうとブレンは叫んだ。
物語は一年前に遡る。
【鳥籠の歌姫と二人の騎士】
|
少し高めの平穏 ( No.2 ) |
- 日時: 2010/10/12 15:01
- 名前: 夢柩
- クァーレンチノ暦七十四年十の月
クァーレンチノ王国東部 石鋼の街シトレンチノ
物語は、ここから始まった。
‡ 第一部 かつて起きたこと ‡
† 少し高めの平穏 †
街全体を包み込むような石炭の匂いがこの街の特徴だった。 クァーレンチノ国領、東の国境に位置する炎岩山、その山中にあるこの街は、昔から炭鉱で栄えてきた街だった。 炎が結晶化して出来たと言われる石、炎岩と呼ばれる石炭の一種が採掘される唯一の鉱山である。 また、炎岩だけではなく、様々な鉱石が発掘することができる。 そのため、数多くの金属細工職人が住む、金属工芸の街としても有名であった。
「おじさーん、持ってきたよ」 扉を勢い良く開けたのは、苔の生したような岩に似た肌を持つポケモン、ヨーギラスの少年だった。 その腕には彼の身体よりも大きな麻袋が抱えられていた。 工房の中はむせ返るほど濃い炎岩の匂いと焦げた金属の匂いがする。 既に慣れたその匂いを意にも関せず、ヨーギラスの少年は工房内に踏み込んで行く。 「ちょうど良いとこに帰ってきた、そこに置いといてくれ」 彼に応えるように工房の奥から野太い声が聞こえて来た。 「はーい、テーブルの上に置いておくよ」 ヨーギラスは抱えていた麻袋をテーブルに下ろすとその場に座り込んだ。 「お疲れ、ヨーラン」 奥から姿を現したのは炎のように赤い身体を持つ小さなポケモン。 そのお腹には黄色い炎のようなマークがあった。 ブビィである。 「うん、疲れたよ、ブレン」 ヨーギラス、ヨーランはそう言って苦笑した。 彼の父、バンギラスのバランは炭坑夫一の力持ちである。 この街特有の風習で十歳を迎えた子供は一人前と見なされる。 つい昨日十歳になったヨーランも、晴れて大人の仲間入りと言うことだ。 今日は、一人前になったと言う訳で今までの倍の量を持たせられたのだ。 今までは数度に分けて運んでいた量を一度にだ。 無理だとは言ったのだが、バランの息子ならと押しつけられてしまい、仕方無しに一度に運んできたのである。 「たしかに、すごい量だね」 ブレンも大量の炎岩を見上げて苦笑した。 それは大人のポケモンでも持ち上げるのは大変な量がある。 それを一人で運んで来たのは、やはり父親譲りの力なのかもしれない。 「父さんなら、これに鉱石もまとめて片手で運ぶよ」 そう言って、炎岩の袋の隣にある、同じくらい大きな袋を眺めた。 こちらは先ほど精製所から運んできた金属や宝石が入っている。 一つの大きな袋にまとめられているのは、炭坑の時と同じ理由であった。 「ブレン、炎岩を取ってくれ」 再び奥から野太い声がした。 「はーい」 ブレンが答え、炎岩の入った袋の口を弛める。 そして、そばにあった石で作られた箱に入るだけ詰め込むと、工房の奥へと消えていった。
工房の奥は窯が設置してある。 金属を加工する時に溶かすための窯だ。 炎岩を燃料とすることで数千度、時には一万度を越す高温を保つことが出来る。 その高温の炎で金属を溶かすのだ。 「ねぇ、おじさん」 取り残されるような形になったヨーランが言う。 「約束、十歳になったら弟子にしてくれるって言ったじゃん」 一年前、ヨーランがこの工房の手伝いを始めた頃の約束を口にする。 ヨーランは金属細工の技術を身に付けたくてブレンの親父に弟子入りを申し込んだのだ。 その時は十歳になったら考えるといっていた。 だから、これまでは工房の手伝いはしているが、所詮雑用でしかない。 奥の部屋に入れてもらったことはないし、窯だって見たこともない。 返事はなかった。 ダメかと諦めたその時、奥の部屋から一匹のポケモンが出てきた。 燃え上がる炎のような色をした身体、その手はまるで砲のようになっていた。 ブレンの父親、ブーバーンのグランである。 「ヨーラン、今日の手伝いはもういい」 彼はそう言った。 その言葉にヨーランは肩を落とす。 だが。 「中に入って見学してろ」 グランはそう続けた。 ヨーランは自分の耳を疑いそうになった。 そして。 「……は、はい!」 元気良く返事をした。
ヨーランは喜び勇んで奥の部屋へと足を踏み入れる。 たった一歩。 ヨーランは一歩で世界が変わったのを実感していた。 熱いのだ。 部屋の温度が、ドア一枚を挟んだだけで跳ね上がった。 それだけではない。 窯に一歩近付くだけで温度が十数度はあがっている。 ヨーギラスの、炎に強い岩の肌とはいえ、これは応えた。 二人の邪魔にならない程度に窯に寄り、様子をうかがう。 熱を帯び真っ赤になった炎岩が燃えている。 高温、それも炎ポケモンにしか扱えないほどの高温を放つのが炎岩の特徴である。 本来なら炎岩は砕いて、石炭に混ぜ込んで使用するのだ。 そうすることで、少量で長時間燃やし続けることが出来るようになる。 炎岩を高純度のまま使用するのは、グランのような炎タイプの金属細工を作っている者だけだろう。 ヨーランは汗が噴き出していくのは感じていたが、汗だくにはならなかった。 周囲の熱気ですぐに蒸発していく。 ブレンとグランはその熱気のなかでも平然と作業を続けていた。 ようやく悟る。 炎タイプを持たないヨーランにとって、工房の熱量は毒であった。 そのため、グランはヨーランを入れたがらなかったのだ。
日没の頃には、ヨーランはふらふらになっていた。 時間にして三時間。 グランたちはヨーランが入る前からいたというのに、まだ平然としている。 「想像以上に……過酷だね……」 ヨーランは肩で息をつきながらブレンに笑いかけた。 「僕達は炎ポケモンだから」 そう言って笑い返す。 「でも、初めて工房に入ったときのブレンよりはずっと良かったぞ」 言いながらグランが豪快に笑った。 「こいつなんて一時間でぶっ倒れやがった、情けない」 ヨーランもつられて笑い声を上げる。 ブレンが不機嫌そうに頬を膨らませていた。
 |
動き始めた日常 ( No.3 ) |
- 日時: 2010/10/21 11:34
- 名前: 夢柩
- † 動き始めた日常 †
ヨーランは工房の外に寝転んでいた。 上がりすぎた体温を下げようと、次から次へと汗が溢れ出してくる。 汗でべたついた身体に砂ぼこりは鬱陶しいが、秋の冷たい風は少し気持ちが良かった。 この一週間、ヨーランは窯場の見学を続けていた。 熱さにはまだ慣れない。 「大変そうだね」 突然降ってきた声にヨーランは眼をあけた。 空のような水色の身体に、綿雲のような翼。 一羽のチルットがヨーランを見下ろしていた。 「……チルノか」 ヨーランは彼女の姿を認めると身体を起こした。 「ついにグランおじさんに弟子入りしたんだって?」 工房の見学だけではあるが、それはようやく弟子入りを認められたと言うことかもしれない。 「まだまだみたいだけどね」 ヨーランは言って苦笑した。 ブレンもヨーランやチルノとは同い年であるが、一年前から窯場で手伝いを続けている彼は、経験も熱に対する耐性も桁外れであった。 「窯での仕事をやらせてもらえるようになって、一年くらいもしたら、追い付けるのかな?」 「で、その頃にはまた差を付けられてる?」 むぅ、とヨーランが頬を膨らませる。 だが、その通りだとヨーランは思った。 先にスタートした相手に追い付くには、相手よりも早いスピードで走らなければならない。 「休んじゃいられないや、僕、戻るよ」 「その調子その調子、あたしも見習わなくちゃ」 可愛らしく笑うチルノに、ヨーランは笑みを零した。 「じゃあ、チルノも家業くらい手伝ったら?」 ヨーランの言葉にチルノは笑顔のまま固まる。 チルノの両親は運送業を生業としている。 この街では数少ない、空を飛べるポケモンなのだ。 山中のこの街から近隣の街への路は、整っているとは言い難い。 さらに荷物を運ぶとなれば、その荒れた道は屈強のポケモンですら一苦労である。 そのため、チルノの両親のような空を飛べるポケモンに、商品の輸送を依頼するのだ。 金属工芸や、レアメタルなどといった資源は高値で取引される。 この街での収入は専らそこからなのだ。 彼ら空を飛べるポケモンはこの街に取ってなくてはならない存在なのである。 「あ、あたし、まだ九つだし」 「僕は九つのころから工房で修行してるよ」 ヨーランの追い打ちにチルノは完全に凍り付いた。 チルノは身体が小さい。 だから、大きな荷物を運ぶことは出来ないのだ。 彼女がその事に劣等感を抱いていることはヨーランだって知らない訳ではない。 「十歳で一人前なんて古い風習だもん」 そう捨て台詞を言い残してチルノは翼をはばたかせた。 そんなチルノを見送ってヨーランが呟く。 「だったら、小さな荷物でも運べばいいじゃん……」 その言葉はチルノには届かなかっただろうが。
それからさらに二週間。 熱さにも慣れてきたヨーランは、窯場内で雑用を言い付けられるようになっていた。 相変わらず、作業はグランとブレンで行っている。 あれを取れ、これを取って。 それは進歩にしては小さいものであったかもしれない。 だが、ヨーランにとっては大きな進歩だった。 また、ある程度ではあるが、作業の手順や方法を盗み見る余裕もできた。 手順を覚えると、次に何が必要になるかも予想できるようになった。 グラン曰く、ブレンよりも飲み込みがいい、とのこと。 そのたびにブレンは不満げに頬を膨らませ、ヨーランは立派な手本がいたからだ、と彼を宥めた。
そんなある日だった。 「おはよう、ヨーラン」 「ブレン? どうしたの、わざわざ出迎えなんて」 ヨーランはブレンの姿に驚きを隠せなかった。 別に不思議な格好をしていたわけではない。 ただ、工房の入り口でヨーランを待っていたのだ。 それだけではあったが、それは初めてのことで、ヨーランを驚かせるには十分だった。 「今日はね、お祝いだよ」 「へ?」 予想していなかったブレンの台詞にヨーランは首を傾げる。 「今日って、何かあったっけ?」 今日は祭日ではないし、ヨーランの知るかぎり誰かの誕生日でもない。 ヨーランは考えてみたが、やはり思い出せなかった。 「忘れたの?」 「今日……て、何かの日なの?」 呆れ顔のブレンに、ヨーランが問い掛ける。 ブレンはため息を吐きながら、こう言った。
「ヨーランがここで働き始めた日」
ヨーランが工房で修行を始めたのは、誕生日を少し過ぎた頃だった。 だいたい、三週間くらい。 「……あ」 それは、去年の、ちょうど今日。 「そっか、そんなになるんだ」 しみじみと呟く。 「それでね、今日は、ヨーランの初挑戦なんだよ」 「初挑戦って、何に?」 ヨーランが尋ねると、ブレンは少しもったいぶってから言った。 「窯場での作業」 その言葉を理解するのに、正確には受け入れるのに数秒を要する。 「ほ、本当に?」 「あ、ヨーラン信用してない」 ブレンが頬を膨らませる。 「そう言うわけじゃないんだけど、ちょっと、ビックリして……」 そう答えたヨーランは、驚き過ぎたせいか、少し現実感が湧かなかった。 「おめでとう、ヨーラン」 屋根の上から降ってきた声はチルノだった。 「え……う、うん」 「っていうか、なんでチルノが知ってるの?」 ブレンが聞くと、チルノはいつもの笑顔で応えた。 「おじさんに聞いたもん、だから……」 屋根から飛び立ったチルノの姿に、二人は驚いた。 「これはお祝い」 彼女が首に掛けた、彼女の母が業務用に使っているのと同じデザインの鞄から一つの宝石を取り出す。 ヨーランの瞳と同じ色のルビーだった。 だが、二人の視線はルビーよりも鞄に注がれている。 「あ、あによっ?」 チルノが真っ赤になりながら鞄を隠す。 「チルノ、それって……」 「まさか……?」 信じられないものを見るような眼で二人はチルノを見つめる。 一般的にこの国で大人の仲間入りとみなされる元服、十五歳になるまでは子供だと言い張っていたチルノである。 二人の眼差しは、チルノがまさかと物語っていた。 「うるさーぃ、ほら、受け取る、あたしの初仕事なんだからっ」 差出人チルノ、受取人ヨーランの配達物を強引に握らせる。 「じゃあね、バイバイ」 空色の顔を夕焼けのように真っ赤に染めたチルノは、一方的にそう言うと空高く飛び上がっていった。
「なんでも、個人が対象の配達らしい」 グランはそう言った。 一部の貴族などは、直接工芸家へ依頼することもある。 オーダーメイドと言うやつだ。 グランとて、何度か依頼を受けていた。 そう言った品は大体が小さく、また、単品で依頼を受けるため、量にはならない。 もちろん、運送屋はそれ一つのためには飛んでくれない。 そのため、どうしても遅れがちになってしまうらしい。 「ほんと助かるよ」 なるほど、と二人は頷く。 「さて、そろそろ始めるぞ」 そう言ってグランが立ち上がった。 チルノだって頑張るんだ、だから、僕も。 ヨーランは、ようやくスタートしたもう一人の幼なじみに、同じくスタートラインに立てたばかりの自分を重ねる。 来年の今日は、今年の今日以上に大切な記念日になるだろう。 「頑張ってね、ヨーラン」 「うん!」 幼なじみの声援を受けると、力強く頷いた。
 |
知るには遅い変化 ( No.4 ) |
- 日時: 2010/10/28 15:56
- 名前: 夢柩
- † 知るには遅い変化 †
空気越しに伝わってくる融けた金属の熱に、吹き出した汗が蒸発していくのをヨーランは感じていた。 ここまで温度が上がってしまうと汗だくになることはない。 汗は流れる前に蒸発してしまう。 ブレンが言うには、溶けた金属は炎ポケモンですら大火傷をする程の高温なのだという。 もちろん、ブレンも触ったことなどないのだが。
熱で溶けることはない石鍋は、灼熱した液体金属で満たされている。 ヨーランが操っているのは紅鉄と呼ばれるレアメタルだった。 非常に硬度は高いが、融点が低く加工しやすい金属である。 また、鮮やかな紅い色をしているため、装飾品に人気がある。 「ヨーラン、流し込んで」 ブレンに言われた通りに紅鉄を鋳型に流し込む。 鋳型と言うのは、液体化した金属を目的の形で固める為の道具である。 ちなみに、材質は砂だ。 比較的簡単な加工法ではあった。 鋳型を押さえているのはブレンだ。 グランはその様子を後ろで眺めている。 比較的簡単だとは言え、融けた金属は触れたものを焼き尽くす温度を持つ。 もし手を触れてしまえば、最悪の場合は焼け落ちてしまうだろう。 そのため、金属の鏝で鋏み動かぬように固定している。 ひっくり返しでもしたら大惨事だ。 ヨーランは慎重に紅鉄を注ぎ込んでいく。 「もう少し、もう少し、ストップ」 ブレンの制止に、ヨーランが石鍋を火の中に戻した。 ブレンは数度鋳型を揺らし、振動を与える。 鋳型の内部に偏りなく金属を流すためだ。 中身の形はさほど複雑な物ではない。 複雑であればあるほど金属は巡りにくいのだが、逆に単純な形であるなら容易に巡り渉るのだ。 「あ、それ、火から出してもいいよ」 「う、うん」 ブレンに言われて、ヨーランは石鍋を地面に降ろす。 工房の床は地面がむき出しになっている。 木の床では熱した金属や石鍋で燃えてしまうからだ。 「どう、ブレン?」 「まだだよ、完全に冷めるのには」 真剣な眼差しで鋳型を見つめる。 工房の温度は燃え盛る窯のせいで高く、紅鉄が固まらないのでは、とヨーランは思ったが、ブレンはあっさりと言った。 「もういいみたい」 そう言ってブレンは鋳型を逆さまにする。 注ぎ口を下にしても紅鉄は零れてこない。 「や、やった?」 ヨーランが聞くと、ブレンは首を横に振る。 「上手く金属が流れてないとダメなんだ、こればっかりは開けてみないとわからない」 そんなヨーランとブレンの様子にグランは笑みを溢した。
窯場を出た三人は、テーブルのうえの鋳型を見つめていた。 「ドキドキするね」 ヨーランが不安そうに言う。 これは、ヨーランとブレンの、グランの手を借りていない初めての作品なのだ。 ヨーランが窯場の仕事を始めてから二ヶ月。 時期は既に年末だった。 「じゃあ、開けるよ」 ヨーランが確認を取り、金槌で鋳型を壊す。 注ぎ口より大きい中身を取り出すには、鋳型を壊してしまうしかない。 鋳型が砂でできてるのはこのためだ。 そして、中から出てきたのは……一振りのナイフだった。 刃渡り十五センチ程の、刀身部分だけである。 それにナイフと言っても、実用的なものではない。 ナイフの形の飾り、ナイフの形をした紅鉄と言ったほうが正しい。 ただし、飾りと言っても、その形はナイフそのものである。 「ブレン、これって……」 「うん」 二人が顔を見合わせる。 そして。 「成功だよね!?」 同時に叫んだ。 表面にざらつきがあるが、それは鋳造の性質上仕方のないことだ。 そして、そんなものは仕上げの加工でどうにでもなる。 「おじさん?」 「どう?」 二人は師であるグランを見る。 「……仕上げはこれからだが、ここまでは合格だ」 そう言ってグランは二人の頭を撫でる。 そして、二人は飛び上がるほどの歓声を揚げた。
「ヤッホー」 能天気な声と共に工房に顔を出したのはチルノだった。 配達を始めてからというもの、その帰りにチルノは工房に顔を出すのが日課になっていた。 王都のようにこの街シトレンチノから離れた場所にある街へ配達に出る場合は数日を要する事もある。 だが、近隣の町や村であるなら、チルノでも空を飛べば日帰りで配達することが出来る。 今回は日帰りである。 「お疲れ、チルノ」 ヨーランはナイフを研磨材で擦りながら答えた。 沸点は低いが硬度が高いのが紅鉄の特徴である。 軍では防具に使われるほど頑丈な紅鉄の硬さのせいで、仕上げは一向に進んでいない。 「配達は終わり?」 「うん、まぁ、トルレンチノまでだからね」 彼女は平然といったが、ヨーランはポカンと口を開け茫然としていた。 トルレンチノは山間を北に越えた、さらにその先にある町である。 歩きなら大きく迂回しなければならないため、一週間はかかる。 「お疲れ……」 そのあまりの距離にヨーランは苦笑いするしかなかった。 「どしたの?」 ヨーランは知らなかったが、山脈を越える、つまり直線距離では、一番近い町なのだ。 「それより、ブレンは?」「奥で仕事」 ヨーランは短く答える。 一息ついたが、仕上がりはまだまだであった。 「この間のことだけど」 「うん、年末パーティ?」 三人は明後日、みんなで集まってパーティを計画していた。 「実はさ、明後日、急に配達が入っちゃって……」 「え、そうなの?」 残念そうにヨーランが言う。 「うん、ごめん」 頷いたチルノは申し訳なさそうだった。 「……じゃあ、その次で大晦日とかは?」 「あたしは大丈夫だけど……」 チルノは工房の奥に目をやる。 「じゃあ、ブレンにも聞いてみるよ」 ヨーランはそう答えると窯場に顔を出した。 「ブレン、ちょっといい?」 ヨーランはパーティの日にちにのことを簡単に説明する。 「いいよ、年末年始は工房も休みだし」 ブレンはそう答えて作業に戻っていった。 「大丈夫だって」 ヨーランは笑顔で言う。 その様子にチルノは胸を撫で下ろす。 「大晦日だったら、年越しパーティだね」 「あたしの誕生日パーティでもいいよ」 「考えておくよ」 そう、チルノの誕生日は一の月の一日なのだ。 ヨーランは十の月、ブレンが七の月である。 「やっとチルノも一人前だね」 「もう一人前よ」 そうだね、とヨーランは笑った。
「そう言えば、最近、変な事件が起きてるんだって」 チルノはふと思い出したかのように言った。 「あたしくらいの年の女の子が誘拐されてるらしいの」 「誘拐?」 突然の穏やかではない言葉にヨーランは声を上げた。 「うん、別の街で聞いたんだけど、それがまた不思議なの」 なんでも、捕まった女の子はものの数分で解放されるらしい。 誘拐とは少し違うのかもしれない…… 「なんなんだろう?」 ヨーランが聞いた。 「あたしに聞かれても……」 そう言ってチルノは立ち上がった。 「あ、帰る?」 「うん、とにかく気を付けてね、ヨーラン」 チルノはそう言って手を振った。 「って、気を付けるのはチルノでしょ」 被害に遭っているのは女の子なのなら、危ないのはヨーランではなくチルノだ。 「だから、あたしがさらわれないように気を付けるの」 「は?」 ヨーランはわけが解らないと言うようにチルノを見た。 「……うるさぃ、バカ」 ムッとしたように工房を出ていったチルノに、ヨーランは不思議そうに首を傾げるのだった。
 |
去り行く君に伝えたい ( No.5 ) |
- 日時: 2010/11/02 00:32
- 名前: 君から僕へ
- Aコース
『去り行く君に伝えたい』
季節が巡れば、別れもあるであろう。それは解っていたし、覚悟もしていた。だけど、それが目の前に突き付けられると、小さな子供の細やかな覚悟なんて、脆く儚いことを否応なしに知らされる。僕らはまだ十代で、人生なんて、たぶん五分の一くらいしか生きてなくて、まだまだ知らないことだらけなんだろう。
「来週の頭にはこちらを発つから、それまでに準備しておきなさい」 この春、中学を卒業する僕は、遠い遠い地方へ移り住むことになっていた。父の仕事の都合で、高校もそちらの、コガネ高校に受験し無事合格している。別に、高校の心配などはしていない。知らない土地で不安はないのか、と聞かれたら、はいとは言えないであろう。だけど、今は、知らない土地への不安よりも、三年間暮らしたこの街への愛着の方が大きかった。あぁ、それは違うか。この街への、なんかじゃない。そう、それは……
「うん、来週には出発するって」 僕はポケギア越しに、そう告げる。通話の相手は、三年前、この街に越して来た時に初めて友達になった人で、おそらく中学生活通して一番一緒にいた相手だった。一番いっぱい話したし、一番一緒に笑った。泣く時も、きっと彼女の前が一番多かった。 そう、僕は彼女が好きだった。 この街に越して来て、彼女と出会って、気が付けば、彼女が好きになっていた。特別ななにかがあったわけではない。家が近かったせいかもしれない。自然と傍にいたから、一番近くにいたからこそ、自然と惹かれていったのだ。その彼女との別れも、もうすぐである。
週末は、荷造りだけですぐに過ぎてしまった。彼女と顔を会わせる余裕もなく、夜が明ければ出発である。最後くらい話をしたかったのだが、それは叶いそうにない。なにせ、僕が一方的に好いていただけなのだから、彼女にとっては、ただの友達に過ぎなかったのかも知れない。出発は早いのだから、もう寝てしまおうと、床に敷いた布団に横になる。ベッドはもう片付けてしまった。タンスも、本棚もだ。ほとんどの荷物は、引っ越し先に送ってしまっている。残っているものと言えば…… その時だった。なにかがコツン、と窓を叩いた。ドクケイルか何かが灯りに連れられ窓に激突したのかとも思ったが、そんな音ではなかった。軽くノックをしたような、そんな音だ。続けて聞こえてきた、カリカリと引っ掻くような音に、僕は窓を開けた。そこにいたのは、ピンク色の可愛らしいポケモンであった。見覚えがある。こねこポケモンのエネコ。エネコは僕の部屋に飛び込んでくると、眠っていた僕のポチエナに飛び付く。 「ねぇ、そっち、行ってもいい?」 声は横から来た。僕の部屋は二階にある。だから、窓から顔を出した僕に横から声を掛けられるのは一人しかいない。 「……あゆか」 僕は彼女の名前を呼ぶ。彼女の住む家はすぐ隣なのだ。おまけに、彼女の部屋の窓から身を乗り出せば、僕の家の屋根に飛び移る事が出来る。このエネコも、彼女の部屋から屋根を伝って来たのだ。あまり驚く事ではない。よくあったことだ。 「どうしてたの? ここ何日か出掛けてた見たいだったけど」 昨日までは夜も電気が点いておらず、どこかへ出掛けていたようだった。あゆかに逢うことが出来なかったのも、それが理由である。 「まぁまぁ、そんなことはいいでしょ、おじゃましまーす」 いつものように、彼女は窓から身を乗り出し、屋根へと渡る。屋根を伝って僕の部屋へ遊びに来る彼女。いつの間にか慣れてしまっていた光景も、これが最後、見納めになるのかと思うと堪らなく淋しかった。 「んー、ずいぶんと寂しくなったわね」 彼女が僕の部屋を見回して呟く。部屋には布団と、枕元のそれしかない。荷物が無くなって広くなった部屋で、ポチエナとエネコは別れを惜しむように戯れ合う。 「もう送っちゃったから」 二人で並んで見たテレビも、二人で徹夜して宿題を終わらせたテーブルも、今はもうない。あゆかの思い出は、みんな持っていく。あゆかのことを忘れないように。大好きなあゆかのことを、いつまでも好きでいれるように。 「出発、明日の朝だよね」 「うん、ジョウトだから……」 もう、たぶん会えないんだろう。簡単に遊びに行けるような距離ではない。だけど、それを口にしてしまうと、本当にもう会えなくなってしまうような気がした。 「あ、そうだ、あゆかに渡したいものがあったんだ」 僕は、枕元に置いてあった桐の箱を手に取る。ほとんどの物を送ってしまった今、この家に残っている唯一の思い出の品。これを、僕は持っていかない。 「これ、あゆかにあげる」 「これって……学園祭の?」 それは、今年の学園祭で行われたポケモンコンテストの優勝トロフィーであった。僕のポチエナと、あゆかのエネコで勝ち取った優勝トロフィーなのだ。 「これ、二人で勝ち取ったものだから、半分にも出来ないし」 「……うん、ありがとう」 あゆかはそれを黙って受け取ってくれた。 「あゆかのこと、忘れないから……」 「……うん、私も忘れないね、このトロフィー見て、毎日思い出す」
それから、他愛もない話に花を咲かせた。三年間の中学生活。いろんなことがあって、いっぱいあゆかを好きになった。だけど、それは伝えない。きっと、もう会えなくなるから。だから、もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。
気が付けば夜は明け、空は明るみ始めている。出発の朝だ。僕を起こしに来たお母さんは、あゆかの顔を見て少し驚いていた。それから「いつも遊んでくれてありがとうね」と、あゆかに感謝を述べる。その後、あゆかも交えてこの街で最後の朝食を食べた。別れが近付いて来ているのを意識してしまったのか、口は重く、結局朝食の間は終始無言であった。付けっ放しのラジオの音がリビングに響く。テレビはもう送ってしまったため、お母さんが、今日の天気をと付けたポケギアは、既に天気予報を終え、ニュースが始まっている。ジョウトリーグ出場者のインタビュー。これから住む地方。こんな遠くの地方なのにニュースになるんだ。少しだけ身近に思えたが、やはり遠いのだろう。ニュースが届いたところで、簡単に往復出来るわけでもない。あゆかもそれが解っているのか、「ジョウトだって」と一言呟いただけだった。 朝食を食べ終わってしまえば、もう出発しなければならない。着替えるから、とあゆかを家に帰し、最後の荷物をまとめる。すべてを片付けてしまうと、部屋には僕が暮らしていた痕跡はほとんど残らなかった。柱に残る傷は、ポチエナのものだっただろうか、エネコのものだっただろうか。今はもう覚えていない。そんな、忘れかけた思い出を置き去りにして、僕は部屋を出た。 家の前で、あゆかが僕を待っていた。手には、さっき、僕が渡した桐の箱。向こうではお母さんがあゆかの両親となにか話していた。 「これ、次に会うときまであなたが持ってて」 あゆかはそう言って桐の箱を差し出す。 「次に会うとき、私はトロフィー持っていくから、ちゃんと箱持ってきてね、約束だから」 「……うん、約束する」 僕は、泣き出したいのを堪えて、桐の箱を受け取った。受け取った箱の中で、なにかが転がったのがわかった。 「……開けてもいい?」 頷く彼女に、僕は箱を開ける。中に入っていたのはモンスターボールだった。 「この子、あたしの代わりだと思って大事にしてね」 「……うん、大切に育てるよ」 さすがに、あゆかだと思って大切にする、とは恥ずかしくて言えなかった。 「さよならじゃないからね、さよならなんかじゃないからね」 「うん、約束、絶対、会いに来る、あゆかに会いに来るから」 だから、もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。僕の想いを。あゆかに。大好きな彼女に。
僕は、車の中で彼女から貰ったモンスターボールを開けた。中にいたのは、ラルトスだった。ボールから出てきたラルトスは真っ先に、手にしていたそれを僕に突き付ける。メールである。それは、あゆかの綺麗な字で埋め尽くされていた。この三日間、ラルトスを探して家を出ていたことから始まり、ついさっきまで話していたような他愛もない思い出話が続く。そんな思い出話の一つ一つが、今は宝物のように感じられた。そして最後に、あゆかは僕にありがとうと言っていた。今まで一緒にいてくれて、本当に楽しかったから。それは僕のセリフだ。あゆかには感謝しても足りないくらい、本当に感謝している。あゆかがいてくれたから、僕は…… ついに堪えきれなくなって涙が溢れだす。そんな僕を、彼女は優しく抱き締めてくれた。あゆかのラルトス。その小さな優しさが嬉しかった。
「あら、どうしたの? そのポケモン」 バックミラー越しにお母さんが言った。 「あゆかから貰ったんだ」 「そっか、じゃあ、大切にしてあげないとね」 「……うん」
もし、もう一度会えたらなら、その時は伝えよう。
僕の……想いを。
 |
会いたい君へ捧げたい ( No.6 ) |
- 日時: 2010/11/02 00:32
- 名前: 僕から君へ
- Bコース
『会いたい君へ捧げたい』
ジョウトリーグ準決勝。ジョウト地方最強を決める舞台に僕はいた。三年前まではバトルなんてした事もなかった僕が、今は決勝リーグの舞台にいる。あと二つ、乗り越える事が出来れば、きっと夢は叶う。そう信じて戦い続けてきた。諦めたくなかった。その想いだけで、僕はここにいる。
「噛み砕け!」 「食い止めるんだ! サンドパン!」
黒と灰の獣が地を蹴り、敵のポケモンに食らい付く。獣型のポケモン、グラエナの牙を、サンドパンは長く鋭い爪をバツの字に交差させ受け止める。そしてその爪を器用に使い、グラエナの頭を地面に抑え付けると、前転をするように背中からグラエナにのしかかった。サンドパンの背に生えた無数のトゲは、微弱ながら毒を持っている。直接的なダメージはあまり大きくはないが、毒の負担は勝敗を左右するほどに大きい。グラエナは大きく身体を揺すりサンドパンを振り落とすと、再び牙を剥く。だが、グラエナの牙がサンドパンを捉えるよりも早く、サンドパンは身体を丸め、針付きのボールのようにして身を守る。毒のトゲを向けられては、グラエナはその牙を突き立てることは出来ない。グラエナがわずかに怯んだ隙を見逃さず、サンドパンは素早く飛び上がると、鋭い爪で十字に切り裂いた。ジョウトの八つのジム、そして、このジョウトリーグを共に戦い抜いて来た相棒の身体が崩れるように地面に落ちる。
「立ってくれ、グラエナ!」
そんな願いの言葉も虚しく、ジャッジは立ち上がることの出来ないグラエナの戦闘不能を告げる。さぁ、これで残るは一体のみ、二対一の劣勢を跳ね返せるのでしょうか! アナウンサーの無責任なアナウンスが、僕をさらに追い詰める。もう後はない。最後のポケモンがやられたら、僕のジョウトリーグは終わる。
負けたくないんだ。諦めたくないんだ。
……準決勝開始前。 「あ、いました、椿選手です」 僕は誰かに呼ばれて振り向いた。見覚えのある女性。そしてその後ろには大きなカメラを担いだ男性がいる。 「私たちホウエンテレビです、椿選手、インタビューをお願いします」 「え、はい」 「ジョウトリーグ準決勝進出の椿選手は、ホウエン地方出身の選手です、それではお願いします」 「お願いします」 なんてことはない。見覚えがあったのは、昔、まだホウエンにいた頃にニュースかなにかで見かけたのだろう。いくつかの質問の後に、彼女はこう尋ねてきた。 「では最後に、初出場ながらベストフォーまで勝ち進んで来た秘訣はなんですか?」 「……そうですね、僕は、諦めが悪いんですよ」 少し迷いながら、そう応える、 「勝負を最後まで諦めない、と言うことですね」 「あ、いえ、そうじゃなくて……」 「と、言うと?」 僕の否定にインタビュアーのお姉さんは疑問符を浮かべる。ホウエンテレビ。向こうでも放送するのだろうか。 「……好きな人がいるんです」 「好きな人……ですか?」「はい、ホウエンにいた頃の友達で……」 突然始まった話に、彼女は困惑しながらも付き合ってくれる。 「出発の日に、ラジオを聞いたんですよ、ジョウトリーグのニュースでした、ジョウトリーグみたいな大きな大会だと、やっぱりホウエンでも放送するじゃないですか」 「そうですね、私達もインタビューに来てますし」 「……だから、ですかね、テレビに映りたいんです、テレビに映れば、きっとホウエンにいる、その好きな人……も、見てくれるかも知れない、元気でいる、まだ君を好きでいる……優勝すれば、また会えるような気がして、一言で行ってしまえば、諦められないんですよ、その人のことを」 「……素敵な話だと思います、それに、そんな諦めの悪さだったら、それはたぶん椿選手の良いところだと思います、だって、その想いを叶えるために、ベストフォーまで勝ち進んで来たんですから」 「……そうかもしれませんね、諦めの悪さが僕の長所です、それが、準決勝まで勝ち進めた秘訣だと思います」
負けられないんだ、諦められないんだ。君のことを。
「サーナイト、頼む!」 君がくれたポケモン、どうか、もう一度、僕を君に会わせてくれ。
ジョウトリーグシロガネ大会、第四位入賞。
深夜に鳴ったポケギアを取る。表示されていたのは、忘れるはずもない番号。
「……テレビ、見たよ」
聞きたかった声、会いたかった人。さぁ、なにを話そうか?
なにを、伝えようか……
 |
Re: 姫物語 ( No.7 ) |
- 日時: 2010/11/13 21:01
- 名前: レイコ
- こんばんは。この掲示板では初めてのご挨拶です。
タイトルを変更されたのですね。まだ完全に移転は終了していないようですが、チルノがあの後どうなるのか非常に気になるところです。 続きを楽しみにしております。では。
|
災いの来たる気配 ( No.8 ) |
- 日時: 2011/01/10 03:24
- 名前: 一葉 ID:QjLrtwIE
- † 災いの来たる気配 †
「ヨーラン、完成だよ」 この数日間工房に泊まり込んでいたブレンが満足げに呟いた。 ブレンの手には、一振りのナイフが握られている。 まず目を引くのは、紅に輝く刀身だった。 以前あった凹凸はもはや影もなく、鋼特有の光沢が光を反射する。 鍔飾りはなく、紅鉄でできた柄部分には鞣した革が巻いてある。 刃は滑らかに仕上げてあるが、磨いではいないため切れるものではないが、見た目はナイフそのものであった。 時刻は既に朝の五時を指していた。 今日は大晦日である。 「なんとか間に合ったね」 ヨーランは疲れ切った様子で言う。 だが、その表情はブレンと同じく、嬉しそうであった。 「うん、よかっ……た……」 ブレンは両手を上げ、身体を伸ばし、そのまま仰向けに倒れると寝息をたて始めた。 その様子に苦笑しながら、ヨーランも座り込んだまま眠りについた。
チルノが工房に顔を出したとき、二人は地面に転がって眠っていた。 最近、何かを忙しく作っていたのは知っている。 昨日も遅くまで起きていたのだろう。 仕方がない、とため息を吐いて二人に毛布をかけてやる。 それから、今日のパーティのための料理の材料を買いに行こうと工房を出た。 時刻は、昼の一時を過ぎた頃だった。
その頃、シトレンチノ南部。 山間を抜けていく小沢のそばに、彼らはいた。 「この先か?」 赤い身体に四つの腕を持つ虫ポケモンが言った。 その背中には星のような黒い斑点が五つある。 レディアン。 「そうらしい」 黄色と黒の稲妻模様のポケモンが答える。 エレブーだ。 「また間違いでしたじゃ洒落にならねえぜ」 岩盤のような硬そうな皮膚に覆われたポケモンが笑い声を上げる。 その鼻先にはドリルのように螺旋を描いた角があった。 サイドンである。 「笑い事じゃない」 全身に紺色の毛皮を纏うポケモンがそれを諫める。 彼の腕には宝石のように輝く石が埋まっていた。 リオル。 「……そうだな」 両手に鋭い鎌を備えた緑色の虫ポケモン、ストライクが立ち上がる。 「巫女には傷一つ付けるな、邪魔するものは殺しても構わん」 彼は言いながら、真紅に染められた胸当てを身に付ける。 それに倣うように、四人もそれぞれの武具を身に付け始めた。 「腕がなるな」 全身に重厚なプロテクターを纏っていくサイドン。 「遊びすぎるなよ」 エレブーは両腕に銅を巻いた鉄鋼をはめた。 「わかってるさ、殺しをするために来たんじゃない」 そう言ってレディアンは四本の刀を腰に提げた。 リオルが両腕に碧く輝く小手をはめるのを確認すると、ストライクは胸当てと同色の兜を被った。 「行くぞ、巫女を見つけるまでは暴れるなよ」
目を覚ましたヨーランは買い物に出ていた。 木の実の粉を固めて焼いたケーキを三つ。 ヨーランと、ブレンと、チルノのぶんだ。 「チルット?」 突然聞こえた声にヨーランは振り向いた。 店主のチェリムの話を聞いていたのはヨーランは知らない顔だった。 シトレンチノは大きな街ではない、それ故に街の住人はすべてが顔見知りである。 エレブーにリオル、レディアン。 この街のポケモンではない。 「あぁ、十歳くらいの女の子なんだけど」 三匹の中でリオルが説明する。 「配達の時に忘れ物をしていったんだ」 すぐに、それがチルノのことだとわかった。 この街に住んでいるチルットで、配達の仕事をしているのはチルノだけだ。 だが、ヨーランは彼らに声をかけることはできなかった。 女の子の誘拐。 そんな言葉がヨーランの脳裏をよぎった。 そんなことあるもんか、と言い聞かせるが、嫌な予感は消えない。 「あそこの子が友達だから、話を聞くといい」 そう言って、店主はヨーランを指差す。 背筋に冷たいものが走るのをヨーランは感じていた。 本能が告げる。 奴らと関わってはいけない。 次の瞬間にはヨーランはケーキを投げ出して走りだしていた。
ほぼ同時刻。 チルノは自分の名前が呼ばれたことに気付き振り向いた。 その先にいたのは、近所に住むパラセクトのおばさんと、見知らぬストライクとサイドンだった。 二人は、この街に住むポケモンではない。 「たぶんチルノちゃんだよ」 パラセクトがそう言った。 「大変だねぇ、わざわざ忘れ物を届けに来てくれたんだって?」 ふと、心の奥が騒ぎ立つのをチルノは感じた。 なぜなら、チルノは配達の時に忘れ物をしたことなどないからだ。 そして、他の街に行くのは配達の時くらいなのだ。 この街の住人ではない彼らに届けてもらう忘れ物などないはずだった。 チルノちゃんの家はね、と説明するパラセクトをストライクは制する。 「いいですよ、もう……」 ここに居てはいけない、そんな錯覚に陥りチルノは翼を広げ飛び立つ。 だが、それはもう遅かったのかもしれない。 ストライクにはパラセクトなど既に眼中にない。 彼の眼が捉えるのはただ一人。 「見つけましたから」 そしてストライクは冷たく言い放った。
 |
微かに残る希望 ( No.9 ) |
- 日時: 2011/01/25 21:44
- 名前: 一葉 ID:4SRIwxyQ
- † 微かに残る希望 †
その場に居合わせたのは本当に偶然だった。 不幸中の幸いなのか。 または、これから始まる全ての出来事の引き金となるのか。
飛び上がったストライクの行く手を遮るように火の粉が上がった。 火の粉を避け身を翻したストライクは、忌々しそうに、彼を見つめる。 その先にいたのは、小さな子供だった。 揺らめく炎ような赤と燈色の身体のポケモン。 「なんだよ、おまえたち」 ブレンは震える声で叫んだ。 それは精一杯の虚勢。 目が覚めたブレンは、ヨーランの買い物に行くという書き置きを見て工房を出た。 商店街のほうか、外れにあるケーキ屋のほうか。 そして、商店街へ足を進めると、チルノが襲われている現場に出くわしたのだ。 ブレンにとってはなけなしの勇気だったのだろう。 「ふざけたことを……」 それは、ストライクの一言で吹き飛んでしまいそうなほど弱々しい。 「ブレンッ!?」 チルノの泣きだしそうな声が空に響く。 「逃げて、チルノ」 ブレンは必死に叫んだ。 チルノは、その言葉に背を向ける。 そのため、その瞬間は見えなかった。
肉がぶつかり合う鈍い音、続いて彼が地に伏せる軽い音と悲鳴が重なった。 「え?」 何事かとチルノは振り向く。 視界に映ったのはただ緑色。 それが何かを理解するより先に、チルノ意識を失っていた。
「くっ」 肩越しに後ろを見ると、追い掛けてくるレディアンの姿が見えた。 捕まったら、命はない。 そんな気がしてヨーランは走り続けた。
だが。
「アスペリオ、事を荒立てる必要はない」 リオルがレディアンの肩に手を置くとそう言った。 「いいのかよ、リオン、手掛かりになるぜ?」 エレブーは走り去っていくヨーランの後ろ姿を眺めていた。 「構わない」 リオンと呼ばれたリオルはそういうと歩き始めた。 「波紋ってやつを使うのか? 臭いを追うんだっけ」 アスペリオが納得したように呟く。 「残留した思念の気配だ」 リオルが言い放つ。 波紋ポケモンと呼ばれるリオルは、大気に伝わる意志やエネルギーの波動を読み取ることができるのだ。 それを応用すれば、逃げた相手を追うことなど容易である。 だが…… 「その必要もない」 「どう言うことだ?」 尋ねてきたエレブー、レイベルにリオンは冷たく返す。 「隊長が戦闘を始めた、見つけたんだろ、巫女を」 それも波紋の力である。 距離があるため微弱ではあるが、隊長、ストライクのハルシファムの波動を感じた。 「合流するぞ」 リオンはそういうと、ヨーランが逃げた道とは別の方向へ駆けて行く。
なんとか工房まで逃げ帰ったヨーランは、ブレンがいないことに気付いた。 誰もいない工房で、ヨーランは歯を食い縛る。
――だから、あたしがさらわれないように気を付けるの。
脳裏によぎる彼女の言葉。 チルノは無事だろうか? ヨーランは仲間たちの無事を祈りながら、テーブルの上に置いてあったナイフを……チルノのお守りに、誕生日のプレゼントにと、ブレンと二人で作ったナイフの形の装飾品を手に取ると外へと飛び出した。
チルノが買い物に行ったとしたら、商店街かケーキ屋だろう。 そして、ケーキ屋にはいなかった。 だから、いるのは商店街。 ヨーランは商店街を目指して走り続けた。
そして、商店街に辿り着いたとき、ヨーランは愕然とした。 「嘘……だよ……」 死屍累々と街の人たちがそこかしろに転がっている。 「パラヴィおばさん、ファーウェル兄ちゃん」 近くにいたパラセクトとアブソルに駆け寄る。 だが、もう息はなかった。 生きているポケモンもいた。 それ以上に、多くのポケモンたちが命を奪われ、打ち捨てられていた。 これが現実なのか、それすらもわからなくなりそうでヨーランは泣き出した。
「……ヨォ……ラン……」 自分の名前を呼ぶ声にヨーランは振り向いた。 「ブレン!?」 ヨーランは倒れていた親友を抱き起こす。 他のポケモンにあるような大きな傷、鋭い刃物で斬り裂かれたような傷はない。 「ブレン、よかった、ブレン」 泣き崩れるヨーランをブレンが制する。 「ヨーラン……チルノが、チルノが……」 それはヨーランの脳裏に描かれた最悪の結果。 それが、親友の口から直接形にされる。 「……連れて……いかれたっ」
――だから、あたしがさらわれないように気を付けるの。
彼女は言っていた。 守ってほしいと、彼女は言っていたのだ。 怖かったから、守ってほしいと。 工房を出ていったときの、チルノのムッとした表情が甦る。 ヨーランはわかってやれなかった。 そして、守ってもやれなかった。 連れていかれてしまった。
「……ヨーラン……チルノを……チルノを助けて!」 ブレンの言葉が、ヨーランの胸に突き刺さる。 守れなかった、守らなきゃいけなかったのに。 「……まだ」 ヨーランが思い切り涙を拭うと立ち上がった。 「まだ間に合う、チルノを連れ戻すんだ!」
 |
降り掛かるは絶望か ( No.10 ) |
- 日時: 2011/02/06 12:11
- 名前: 一葉 ID:k8Ekij22
- † 降り掛かるは絶望か †
ハルシファムは小さく舌打ちをした。 目的の祈りの巫女は確保した。 別動隊のリオンたちとも合流した。 順調であった。 このまま帰還すれば任務は完了だったはずだ。 だが、あろうことかあまりにあり得ないミスを犯してしまった。 初めて訪れた街だったせいだろうか。 南へ向かうつもりが、反対の北へ、炭坑へと出てしまったのだ。 挙げ句の果てに、抗夫に隙を突かれ巫女を奪還される。 大失態であった。
「よくも暴れてくれたな」 ハルシファムたちの前に立ちふさがったのはザイード、サイドンより一回り大きく、鎧のような身体を持ったポケモンだった。 バンギラス、炭坑を束ねるリーダーであるバラン。 そしてヨーランの父親。 それだけではない。 炭坑で働く屈強のポケモンたちが並んでいる。 ガルーラにドンファン、バクオングにヤルキモノ。 数はさらに増えていく。 「おとしまえ、付けてもらうぜ」 街から駆け付けたグランが威圧的な眼でにらみつけた。 街から駆け付けたのはグランだけではない。 炭坑のポケモンと合わせれば、20近くはいるのではないだろうか。 数はざっと三倍以上である。 周囲を取り囲まれた状況であっても、ハルシファムたちはそれに怯む様子はない。 それどころか、うっすらと冷笑を浮かべていた。
ヨーランはその様子に唖然としていた。 これほど殺気立った姿を見たことがない。 仲間を殺されて、それでもまだ十のヨーランには、殺意、憎しみよりも恐怖、チルノまで居なくなると言う畏れの方が大きかったのかも知れない。 ヨーランが様子を伺うと、そこには父、バランの姿もあった。 その腕に抱かれているのはチルノである。 「チルノ」 ヨーランはバランに駆け寄る。 チルノは無事だった。 意識はないものの、ケガ一つしていない。 その様子にヨーランは安堵した。 「ヨーラン、なんで……いや、聞くまでもないな」 バランは息子がここにいる理由を悟ると、そのそばにしゃがみ込んだ。 「ヨーラン、おまえはチルノを連れて逃げろ」 そう言って、半ば押し付けるようにチルノを抱かせる。 幸い、軽い彼女の身体は、小さなヨーランが抱き上げるのにも苦はなかった。 「心配するな、父さんに任せろ」 そう言い聞かせ、バランの大きく力強い手が息子の頭を撫でると、ヨーランは頷いて来た道を駆け出した。 そして、残されたポケモンたちは静かに対峙する。
「……リオン、おまえは巫女を追え」 ハルシファムがそう告げる。 リオンの波紋があれば、巫女を追うこともできるであろう。 「了解した、ザイード」 そう言ってリオンは、差し伸べたザイードの腕に足を乗せる。 「おう、超特急だ、行ってこい!」 ザイードが吼え、リオンを思い切り投げ飛ばす。 このポケモンたちの囲いを飛び越そうというのだ。 「行かせるか」 それを見たグランが右腕の火砲をリオンに向けた。 「遅い」 呟きとともに、その腕が落ちた。 ハルシファムの一刀で切り落とされたのだ。 苦悶の叫びはすぐに治まる。 腹部を貫いた二撃目によって。 「貴様っ」 地響きのような重い音を立て地に落ちたグランの姿にバランが逆上した。 しかし、彼の腕がハルシファムを捉えることはない。 真横からぶつかってきたザイードに、たまらず仰け反る。 「食らいな」 ザイードが腕を振り下ろすが、それはバランに受けとめられた。 両手を組み合ったままのザイードとバラン。 体格ではバランが上回っているが、体勢は圧倒的にザイードが有利だった。 「く……」 バランが周囲をうかがうが周りは、それぞれの目の前の相手で精一杯だった。 自分でなんとかするしかない。 バランはそう割り切りザイードに集中する。 身体を引き、前のめりになりそうになったザイードの腹を巴投げの要領で思い切り蹴り上げる。 ザイードの巨体が宙に浮き、背中から地面に落ちる。 バランはその隙に立ち上がると、ザイードに飛び乗った。 岩石同士がぶつかり合うような鈍い音が響く。 バランが拳を振り下ろす。 一発、二発…… ザイードは頭を両腕で庇い、それに耐えるが、これ以上は限界だと悟っていた。 「とどめだ!」 バランが渾身の一撃を振り下ろす。 「ああ、とどめさ」
鮮血が舞う。 何があったのかわからず、バランは自分の身体を見下ろした。 そこから、刃が生えていた。 鎌、だろうか? そう…… 「貴……様……」 憎々しそうに、後ろを見る。 赤い甲冑を鮮血で染めたハルシファムがそこに立っていた。 彼の後ろには、斬り伏せられたポケモンたちが転がっている。 「く……そっ……たれ……」 ハルシファムが突き立てた鎌を横に凪ぐ。 「がっ!」 バランの巨体が地に落ちる。 「こいつで最後だな」 ハルシファムはバランを踏み付けるとそう言った。 息のあるポケモンもいたが、放って置いても問題はない。 そう判断するとハルシファムは歩きだした。 「行くぞ、リオンを迎えに行く」 その後を二人は追う。 二人は。 「なぁ、アスペリオは?」 ザイードはアスペリオがいないことに気付き尋ねたが、レイベルは冷酷に言い捨てた。 「情けないやつだ」 そして振り向きもせずに後ろを指差す。 ザイードが振り向くと、そこに倒れているアスペリオの姿が見えた。 「いいのか?」 「なんだ? つまらない感傷とはおまえらしくない」 レイベルがザイードの様子を笑う。 「まさか、情報が漏れることはないのか、って意味だよ」 「それなら問題ない」 答えたのはハルシファムだった。 「楽にはしてやってきた」 「なるほど、リオンが居なくて良かったな」 ザイードがニヤニヤと笑いながら頷く。 もし、リオンがいたなら二人を咎めたところだろう。 「あいつは甘いからな、それだけが欠点だ、不要な物は切り捨てるに限る」 つまり、役に立たなかったから処分した、と言うことだった。
街へと続く山道を駆け降りるヨーランは、ふいに悪寒を感じた気がして振り向いた。
咄嗟に横に飛び退く。 そして、すぐ後ろまで迫っていた奴と対峙した。 「巫女を渡してもらおう」 リオンが冷たく言い放つ。 「否だ、と言えば?」 ヨーランがそう言った瞬間、リオンが地面を蹴った。
そして、ヨーランは気付いたときには地面に倒されていた。 何が起きたのかわからないまま、リオンをにらみつける。 その腕には、チルノの姿があった。 「チ、チルノを返せ」 ヨーランはナイフを手にリオンへと飛び掛かる。 だが…… 顔面を狙った一撃は軽く頭を逸らしただけでかわされた。 「攻撃はよく狙え」 そう囁いて、ヨーランの腹へと膝蹴をいれる。 強烈な右膝を受け、ヨーランの身体が宙に浮く。 そして、その身体が地に着くより先に、側頭部への回し蹴りが襲い掛かる。 ヨーランの小さな身体は、宙で一回転しながら地面に叩きつけられた。 「あ……ぁ……」 脳を揺さ振る一撃にヨーランは意識を失いそうになったが、気力だけで、意識を繋ぎ止めた。 チルノを助けたい、その一心で気力を振り絞る。 そんなヨーランに歩み寄り、リオンが囁いた。 「死にたくなかったら眠っていろ」 「ぅ……るさい……チルノを……返せ」 必死に手を伸ばすヨーランをリオンは一蹴する。 「弱い奴は意気がるな」 そう宣告した。 それは、今のヨーランにとっては死の宣告にも等しかった。
ヨーランは弱い。 誰かを守れるほど強くはない。 薄れゆく意識の中で、ただ悔しくて泣いた。
第一部 かつて起きたこと 完
 |
想い紡ぎし赤刃 ( No.11 ) |
- 日時: 2011/04/20 01:34
- 名前: 一葉 ID:iPCiA/9w
- クァーレンチノ暦七十五年十二の月
トルレンチノ北部 祈歌の神殿
「準備はいいな」 全身を黒いローブで覆ったポケモンが呟いた。 その口調は冷たく、まるでナイフのように鋭い。 「あぁ」 彼の傍らにいた尾に炎を宿すポケモンが頷き、振り向くと、片手を大きく振り上げた。 それに続き、彼らの後ろに並ぶポケモンたちが無言で武器を掲げる。 「俺たち一番隊は正面から突入する、二番隊がそれを援護、その隙に三番隊は裏口から突入する、四番隊が退路の確保、ウイズリム達が上手くやるには、俺たちが正面で敵を引き付ける必要がある、危険な役目ではあるが、その分重要な仕事だ、覚悟はいいな」 黒いローブ姿のポケモンが淡々と作戦の再確認をすると、引き連れた部下達に低く抑えた小さな声で激励を飛ばす。 隊員達も掛け声で応えたいところなのだろうが、敵地のすぐ傍だ、大きく掛け声など上げては敵に発見されてしまう。 「各員抜かりなく」 そして、黒いローブのポケモンは言い放つ。 「行動開始」
神殿の入り口には予想通り何人かの見張りがいた。 「どうする?」 「俺たちは陽動、なら、派手にやるだけだ、俺とリデェンスで先陣を切る、ロザリアとシェムエルは後に続け、残りは遠距離から援護しろ」 黒のローブのポケモンは、そう告げると地面を蹴った。 見張りの一人が黒のローブに気付き、声を上げる。 「何者だ、止まれ」 だがそんなものを聞き入れるはずもなく、黒いローブのポケモンはさらに加速をかける。 「くそっ」 止まる様子のない黒いローブのポケモンに、見張りたちは戦闘体勢をとる。 見えるだけでグラエナに、ヘルガー、ライボルト、入り口を入った先にもポケモンの影らしきものが見受けられた。 飛び出した黒のローブと、リデェンスと呼ばれた紺と薄い燈色の体毛に覆われたポケモン、その背後から水弾と炎、電撃が降り注ぐ。 足元に着弾した電撃にグラエナがよろめいた、その瞬間を狙って黒いローブのポケモンが駆けると、脇腹の柔らかい部分目がけて一撃を振るう。 鮮血が大輪を咲かせグラエナが絶命したと同時に、勢い良く飛び掛かってきたをヘルガー迎え撃ちリデェンスが地面を蹴った。 空中で二人がぶつかり合い、弾かれたその着地を狙い黒のローブが襲い掛かる。。 続けて咲く紅の花。 「ま、まさか、あ、あざ……」 ライボルトの驚愕の叫びは、戦場に咲いた三つ目の花をもって沈黙へと変わる。 入り口から姿を現したベロリンガが、長い舌を黒のローブ目がけて叩きつけたが、それよりも先に黒のローブが振るう紅い一閃がベロリンガの舌を切り落としていた。 口を抑えてのた打ち回るベロリンガに、黒のローブの背後から飛び出してきた、両手に花束を抱いたポケモンが、力一杯拳を叩き込む。 「敵襲だ、敵襲だー」 大声を張り上げ入り口から姿を現したカメールに、ローブのポケモンは笑みを浮かべる。 そして、ローブの裾から覗いた、血濡れの赤い刃が妖しい輝きを放っていた。
‡ 第二部 紡がれる未来へ ‡
† 想い紡ぎし赤刃 †
クァーレンチノ暦七十五年一の月
石鋼の街シトレンチノ
チルノがさらわれてから既に数日が経っていた。 街に残った傷痕は大きく、かつての活気は微塵もない。 あの襲撃で多くのものが失われた。 多くの命が失われた。 「……ヨーラン」 ブレンは躊躇いながら声をかける。 「なに?」 そう答えたヨーランの笑顔は、見るものが目を覆いたくなるほど痛々しいものだった。 街のポケモンの、大人を中心に実に半数が命を奪われた。 ヨーランにも、その傷は深く残っている。 炭坑で、ハルシファムの手によって父バランは殺された。 だが、それだけではない。 商店街では、チルノを守ろうとした母も、ハルシファム達によって殺されていたのだ。 親友、両親、一度に失うには大きすぎるものだった。 その後、孤独の身になったヨーランはブレンの家で保護された。 右腕を失いながらも一命を取り留めたグランが、そう決めたのだ。 新たな年の初めだというのに、この街は既に死に絶えていた。
「グランさん、大変だよ」 突然工房に飛び込んできた鳥ポケモンに三人は顔を上げた。 水色と白の身体。 そして、ヨーランがまるごと納まってしまいそうな大きな嘴を持っている、ペリッパーのフレディオだ。 「どうした、いきなり」 グランが先を促すとフレディオは、仕事先の街で聞いたことを話し始めた。
まず三人が驚いたのは、一枚の地図だった。 首都、クァーレンチノで購入したものである。 そこには、シトレンチノの名前が載っていなかった。 シトレンチノは辺境ではあるが、決して無名の町ではない。 レアメタルや炎岩の採掘される工業地として有名な町であり、この街で創られる工芸品は国内だけではなく、遠方の国にまでその名を届かせている。 突然地図から消える理由などないはずだった。 フレディオはそんな事があるはずがないと不思議に思い、少し調べてみることにした。 情報はあっけないくらいにすぐに出た。
「鉱山から毒ガスが噴出だって!?」 ヨーランが驚いて叫ぶ。 「鉱山は閉鎖され町は半壊滅……なんでそんなでたらめが……」 ブレンも耳を疑うようだった。 今、この街、シトレンチノが壊滅しかけているのは、ハルシファムと名乗るストライクが率いる謎の一団の所為である。 「……ただの人攫いじゃあ無いと思っていたが、いったいどういうことなんだ」 グランには誰かがあの一団を擁護しているとしか思えなかった。 そうでなければ、そんな噂を流す必要もない。 そして、それはなんらかの権力を持った者に違いないのだ。 フレディオが持ってきた地図は、王国で造られている国家公式地図である。 「それを書き替えられる者など、そうは居まい」 「……なんなんだ、奴らは? それじゃあ、王様がチルノをさらって行ったって言うのか?」 ヨーランが激情を露にする。 「それは言い過ぎだよ、だけど、国のお偉いさんが関わってる、それは間違いない」 フレディオはそうを認めた。 国家公式地図からシトレンチノが消えた。 そんな指示が出せるのは、王国のポケモン、それもそこそこの権力があるポケモンであるはずだ。 「ヨーラン、行こう」 ブレンが立ち上がり、ヨーランに手を差し伸べる。 「行くって、どこに?」 「決まってでしょ、チルノを取り戻しにだよ」 ブレンがそう言い、グランが制止をかける。 「なにをバカな……」 「無理だよ」 グランの制止をヨーランが遮る。 「……ヨーラン?」 「僕達は弱い、返り討ちにあうだけだよ」 ヨーランは冷たく言う。 だがそれは事実なのだ。 リオルに完膚無き程に叩きのめされ、あっさりとチルノも奪われてしまった。 ヨーラン達は弱い。 ヨーランの正論に一行は黙り込むしかなかった。 「……今は……まだ無理だ」 しばらくの沈黙の後、ヨーランは顔を上げた。 「おじさん、頼みがあるんだ」 「なんだ?」 ヨーランは強い意志を秘めた眼差しでこう言った。 「剣を打ちたい、あの、ハルシファムってやつを斬れるような」
「は?」 グランは驚いてヨーランを見つめた。 言葉の意味を理解するのに数秒の時を要する程に突拍子もない言葉だった。 「バカを言うな、バランの旦那だってかなわなかったんだぞ?」 「強くなるよ、僕が強くなる」 ヨーランの様子にグランは怯み、身を退いた。 憎悪、狂気に満ちた瞳。 フレディオも息を飲む。 ブレンだけは、それに共感を覚えた。
「強くなる、あいつは、僕が……俺がこの手で殺す」
 |
力を求める子供 ( No.12 ) |
- 日時: 2011/03/09 22:23
- 名前: 一葉 ID:dQFlBeQc
- † 力を求める子供 †
クァーレンチノ暦七十五年二の月
彼の襲撃から一月が過ぎた頃、それは二人にとって日課となっていた。 起床して朝食を摂るとすぐに炭坑に出かける。 ヨーランの父親を含め、炭坑夫達はほとんどが殺された。 鉱山で鍛えられた屈強の炭坑夫達だったからこそ、勇敢にも立ち向かい、殺されたのだ。 その為、炭坑では人手が不足している。 こんな状態でも、いやこんな状況だからこそ、炭坑を動かさなければならないのだ。 シトレンチノの街は鉱山を中心に成り立っている。 街の復興の為にも、炭坑が動かなければ復興資金も集まらない。 炭坑の仕事は二人にはもちろん、大人のポケモンにだって重労働である。 だからこそ二人はこの仕事を選んだのだ。
「悪いな、二人とも、こっちの仕事まで手伝ってもらってよ」 運搬用のトロッコに土砂を積み込みながら尻尾に炎を灯した翼を持たない赤い竜、リザードが申し訳なさそうに言った。 その動作はどこかぎこちなく、危なっかしい。 「リズさんは無理しないでよ、まだちゃんと治ってないんだから」 ブレンはそう言ってリズと呼ばれたリザードからショベルを奪い取る。 先日の事件で負傷した腕がまだ完治していないのだ。 「気にしないで、これも鍛練の内なんだから」 ヨーランがこれが自分達の意志であることを告げると、土砂を外へ運びだすためにトロッコを押して歩きだした。 この街の為にも、そして自分達の為にも、炭坑の仕事が必要だったのだ。
基礎体力の強化、筋力や持久力、そのすべてが不足していると二人は考える。 強くなるために、まずは自分達自身を鍛える事から始めたのだ。 炭坑での重労働は自然と身体を鍛える事が出来る、それは炭坑夫であるヨーランの父親達を思い出せば疑い様がない。 街の為になると考えれば一石二鳥である。 そして、自分自身の能力と同時に、戦う為の術が必要だとも思った。 夕方になり炭坑での作業が撤収に向かい始めると、二人は沢を降り森へ向かう。 街から少し離れた森の中に、それはあった。 シトレンチノの街では見られなかった木製の小さな小屋、その隣に積み重ねられた丸太はどれもがヨーラン背丈程もある大樹である。 切り口が非常に滑らかでささくれ一つないのは、鋭利な刀剣で一刀両断にしたからである。 シトレンチノでは石材建築が主流であるが、木材に利用用途がないわけではない。 家具などはやはり木製品が好まれるし、石材に比べて加工が容易く軽いため、扉や床等には木材が多く使われている。 そして、シトレンチノで使用される木材の実に九割を賄っているのが、この小さな山小屋の主だった。
「飽きもせず来たのか」 山小屋から姿を現したのは、二メートルはあろうかと言う茶色の毛並みに真円の模様を刻んだ巨大な二足歩行の獣型ポケモンだった。 リングマのベオグラフがいかつい表情で二人を睨み付ける。 ベオグラフは山賊も裸足で逃げ出すほとの強面であるが、ヨーラン達は特に怯える様子はない。 怯えるどころか、二人は声を揃えてこう言った。 「今日もお願いします!」
ベオグラフは剣術家である。 一般的な木こりが斧を用いるのに対し、ベオグラフが伐採に使用するのは刀と呼ばれる片刃の剣だ。 居合い、という遠方の技術らしく、ベオグラフは鞘に収めた刀を抜くと同時に、一メートルはあろう大木を切り倒してしまう。 今は木こりの技としてしか使っていないが、元々は戦闘術として研かれたものである。 あの事件から一月である、そんな短期間で体力が飛躍的に強化されるはずはないのだが、炭坑の仕事に慣れた事で結果的に疲労が抑えられ、体力に余裕が出来たヨーラン達は、戦う術を得るためについ先日、ベオグラフに弟子入りしたのだ。 もっとも、弟子入りを許されたわけではない。 弟子入りの為に出された一つの条件。 「ラングレット、相手をしてやれ」 ラングレットと呼ばれたのは、ベオグラフと同じ茶色の毛並みに三日月模様を持ったポケモンであった。 リングマの進化前、ヒメグマだ。 ベオグラフの出した条件、一週間以内に彼の息子、ラングレットに一度でも勝利する事だった。 背丈もヨーランとさほど変わり無く、強面のベオグラフとは似ずずいぶんと愛らしい顔のポケモンであるが、二人は彼の正体を知っているため、彼を慢る事はない。 「めんどくせぇな、カスい奴が何回やっても同じだっつーの」 愛らしい顔付きには似合わない悪態を吐きながらラングレットは小屋に戻ると、三本の木剣を手に戻ってきた。 「ほらよ」 手にした木剣のうち二本をヨーランとブレンに投げ渡す。 「得物は真剣だと思え、先に致命傷となる一撃を取った方を勝ちとする」 ベオグラフが告げ、丸太に腰を掛けると、右手を上げた。 そして、その手を振り下ろす。 それを合図に、二人の試験が始まった。
真っ先に踏み込んで行ったのはヨーランだった。 切り上げた木剣をラングレットは刃を添えるように流すと、がら空きになった腹部を思い切り蹴り上げる。「ぐっ!」 その隙に斬り込んだブレンの腕を木剣で打ち据え、怯んだ所に袈裟懸けに一撃見舞う。 これが真剣であったら即死だったであろう。 ベオグラフがブレンの失格を告げる中、ブレンの影に隠れるようにしてヨーランが逆側に回り込む。 真っ直ぐに突き出した切っ先を流すようにラングレットが宙で一回転すると、そのままの勢いでヨーランの脳天目がけて木剣を振り下ろした。
「痛たたた」 試験を数セット繰り返したのち、ブレンは座り込んで全身を擦っていた。 ヨーランは戦闘を反芻するように何度か攻撃に入るまでの足運びをゆっくりと繰り返していたが、どうやってもイメージの中のラングレットには追い付けず舌を打つ。 「いい加減諦めな、てめーらのねむてーお遊びに付き合うのも飽き飽きだ」 「あ、遊びなもんか!」 吐き捨てたラングレットに食って掛かるブレン。 ヨーランが木剣を肩に担ぐと空いた左手をラングレットに向けた。 「……ラングレット、もう一回だ」 「何度やっても変わんねーよ」 そう言いながら二人は木剣を構えて向き合う。 「行くぞ!」
結局、この日も二人は一度もラングレットから一本取ることは出来なかった。
数日後、ヨーランとブレンは朝からベオグラフの山小屋に向かっていた。 リズには炭坑の仕事を休む事は伝えてある。 今日がベオグラフと約束した七日目、弟子入りの為に与えられた期間の最終日なのだ。 炭坑での疲労がない分、身体は驚く程に軽い。 「体調は万全だ? そんなあめー考えだからてめーらは雑魚いんだよ」 ラングレットはいつものように三本の木剣を用意すると、それをヨーラン達に投げ渡す。 「今日が最後だ、勝負はこの一回っきり、本当に殺し合いだと思え、自分に出来るすべてを出し切ってみろ」 ヨーランは受け取った木剣を見つめると、柄ではなく刀身部分を握り軽く振った。 「……ラングレット、これより短いのってないの?」 「あ? ねーよ、短いのが欲しけりゃ折れ」 ヨーランに尋ねられ、ラングレットは素っ気なく応える。 「……折れって」 それを聞いたヨーランは飽きれたようにラングレットと木剣を交互に見た。 そしてため息を一つ、木剣を肩に担ぐ。 「ベオグラフさん、本当になんでもありなの?」 ブレンが聞くとベオグラフは深く頷いた。 「お前たちは殺し合いに手段を気にするか? 綺麗だの汚ないだの言っている暇があるのなら、確実に、正確に、相手を殺すことだけを考えろ」 「うん、わかった」
「用意はいいな」 ベオグラフが告げると三人は頷いた。 ベオグラフに弟子入りするための最後の試験。 それはいつものように振り上げた右手が、力強く振り下ろされるのを合図に幕を開けた。
 |