Uninvited Guests -招かれざる客- 上 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/02/27 14:04
- 名前: レイコ ID:fwuYigYI
- 小さく息を吸い込むと、気合いを入れた。
高い位置で一本に束ねられた赤褐色の髪の先が首の後ろで楽しそうに揺れていた。 オレンジ基調のチェックシャツと白いフリルのミニスカート、黒いトレンカと茶色いブーツを履き大きなバッグ持ったその少女の名はナティといい市内の某ハイスクールに通う生徒である。 春休みの開始を契機にとある施設の一角に設けられた喫茶店でアルバイトを始めた彼女は鼻歌まじりにそのバイト先へと向かうところだった。 休日で若者や観光客によりごった返した大通りを避け、ショーウィンドウの切れ間に吸い込まれるかのように路地へ逸れる。近道ならお手の物だ。がやがやとした話し声が遠のいていく。一方コンクリートの外壁に反響するヒールの音は大きさを増していく。 コツン、コツン、コツン、コツン。それにしてもまだ暖かいとは言えない季節とはいえ壁の放つ冷気とはこれほどのものだっただろうか。日陰ということも手伝って明るい気分も失せてしまいそうだ。 ようやく薄暗い路地を抜けた。ナティがほっとしたのは言うまでもない。乳白色の塀に沿ってモザイク画のようなレンガ敷の道が続いている。彼女は車一台がやっと通れそうなこの狭い通りを訪れる度に思う。ここを気に入っているのは太陽と自分くらいではないかと。その証拠に人気の無さとは裏腹にいつも日当たりだけは抜群に良いのだ。 右手へ進み、傾斜の緩い坂道をのぼり出したその時だった。
「とまれ」
威圧的な男の声。ナティの心臓は飛び上がる。通りにはニャース一匹たりといなかったはずなのに。 「誰!? ……って、あれ?」 戸惑うのも無理はない。振り返った先に誰の姿もなかったのだから。首をかしげて再び向き直ったナティは途端にどすんと顔をぶつけた。 「痛っ! って、わひゃぁぁ!?」 悲鳴と派手な足音を立てて十歩ほど引き下がる。見開かれた彼女の目先にはすらりとした黒いビジネススーツの背面があった。頭頂まで軽く見上げてしまうほどの身長差があり明るい色味の金髪が白く照り映えている。
「騒ぐな」
この濁りのない冷静な声。先程の【とまれ】と同一人物のものと見て間違いない。一度目は気づかなかったがどことなく聞き覚えがある。何故だろう。大体どんな速さで移動したというのか。いぶかしがるナティを黒スーツの人物がちらと肩越しに一瞥した。 一瞬のことだったのでろくに顔も判別出来なかったが黒いサングラスで目元が隠れていることは分かった。どうやら若い男らしい。 既視感に取り憑かれぼうっとしていたナティははっと我に返るなり大声でまくし立てた。
「ちょっとあんた何様!? なんで命令されなきゃいけないの!? ていうか不審者でしょ!? 警察呼ぶわよっ!!」
だが青年は見向きもしない。じっと坂の上を見据えサングラス越しに鋭い視線を送り続けている。 不意に青年の手が動いた。背側の裾が翻りベルトに装着したホルスターから何か黒い棒状の物体を取り出すのが垣間見えた。ナティはさらに目を見張る。親指でボタンを押すような仕草とともに彼の手の中にある短かったはずの棒がシュッと伸長し、見た目には特殊警棒のような武具であることが判明したのだ。
「それ―――え!?」
真っ向から襲い来る紫黒の雲を球形に洗練したような一発のエネルギー弾。 予見したかのごとく被弾を防ぐ青年。屈み込んでいたナティは素早い反応に息を呑む。 警棒のような道具によって薙ぎ払われた球は足場より少し離れた場所へ命中し、小爆音とともにレンガの破片を幾つか吹き上げ硬直していた彼女に悲鳴を揚げる機会を与えた。
「……っ! なんで、シャドーボールきゃっ!?」
手首を掴まれ強引に立たされたかと思うと手近な路地へ放り込まれた。手荒な扱いに文句の一つでも言おうとしたその瞬間、歩道から遅れて滑り込んできた青年が今し方までいた路上を通過する柱のような業火。光と熱い空気が潜り込んできたが鎮火とともに収まった。 ナティは手で覆っていた顔を恐る恐る露わにする。今の火炎放射はおそらくシャドーボールと同じ使い手によるもの。もう少しで丸焼きにされていたかもしれないと思うと嫌でも体が震えてしまう。 何事もなかったかのように平静な青年は軽く肩を叩き壁伝いについてくるように促した。しかし彼女が躊躇いを見せると再びその手首を掴み、有無を言わさず追従させる。踵を返し向かう先は分からないが風を切って走る様から一刻も早くこの場を立ち去るつもりらしい。
「生身の人間相手に容赦無しか……あのピクシー」 「……ピクシー? ……まさかバトルネーソスの!?」
俄かには信じがたい言葉だった。バトルネーソスとは誰でも気軽にレンタルポケモンでバトルを体感できるレジャー施設の名称であり、ナティのバイト先である喫茶店はその施設内にある。生まれてこの方ポケモンを所有したことのない彼女が最近バトルに興味を持つようになったのもこの縁だった。特に親しくなったあのレンタルピクシーに会うのを今日も楽しみにしていたというのに。
「ウソよ! なんであの子がここにいるわけ!? 姿なんて見えなかった!」 「軽率に姿を見せないのが妖精の流儀だ」 「それにどうして攻撃してくるの!? あたし怒らせるような事なんて―――」 ないと言い切れるはずだった。しかし何かが胸につっかえてその先の言葉が出てこなかった。暗く冷たい路地に木霊する急いた足音。行き先の知らない逃避はまるで暗中で大切な記憶を模索するためのなけなしの猶予のように。このまま光の差す方向へひた走るのが恐い。無情にも終わりを告げた裏道に、切らせた息に紛れこんだ溜息は午後のざわめきに吸い込まれていった。 賑わった表通りに踏み出す一歩。はらりと解かれる暖かい手。命綱が切れでもしたかのように不安に襲われたナティは咄嗟に彼の袖の裾を掴み、囁きながら足早に後を追う。
「……人混みなんか危ないよ。関係ない人が巻き込まれたら……」 「カクテルパーティ効果って知ってるか?」 聞き慣れない単語がこの喧噪の中をかいくぐるようにして耳に届いた。 「……何それ?」 「とにかく、通常あの聴覚が発揮されるのは静かな山ん中だ。騒音の中から特定の音色を識別するのはピクシーだろうと難しい」 「……は? つまりどういうこと?」 「いい案が浮かぶまでの時間稼ぎになる」
ふうんと半信半疑で相槌を打った。 それきり会話が無くなった。 空気が気まずいのではない。彼が何も言わないだけだ。ナティはナティで打ち明けるべきかどうか迷っていたのだ。しかしピクシーに嫌われる原因といえばこれくらいしか思い付かなかった。
「さっきの事だけど……あたし、ポケモンバトルは素人なの」 「“ど”が抜けている」 「うるさいわね! でもね、あの子とバトルした時なんか特別な気持ちになったの。だからいつでも選んじゃって……変な指示出しちゃって、負けてばっかのくせに……」
バトルネーソスに通いたての頃、初心者推奨ポケモンの一覧の中から何気なくレンタルしたのが最初の出会いだ。
「……きっと、あたしに嫌気が差したんだ」
まだ20回にも満たない対戦経験しかない。しかし短い期間ながらも信頼関係なら確かに築いていたと思っていた。
「バカみたい、一人で喜んで。負け負けだったもんね、あたしと組むと。……やっぱりあたしにバトルなんて……」 言葉が勝手に飛び出していく。こんな後ろ向きな気持ちがこの胸のどこに隠されていたのかと思うほど。ナティは俯いていた。顔を見られたくなかった。尤もサングラスの彼は一度としてこちらを見ようとしないのだが。
「つまらねえ話だな」 足が止まる。人が勇気を出して打ち明けたのにこの言い草はあんまりだ。垂れていた前髪が一気に跳ね上がる。青年を仰ぐナティはぐいと彼の腕を引く。激しい口調にすれ違った人間が数人振り返った。
「バカバカ! そんなひっどい言い方しなくても! あたしこれでも真剣に……」 「そんなケチな了見のレンタルはいない」 「へ……?」
暗に仄めかしているのだろうか。自分の弱さが責任ではないと。何かにつけぶっきらぼうだが根は案外優しい奴なのかもしれない。ろくに素顔も見せない彼のことをナティがほんの少し好意的に受け止めた矢先だった。
「……まず追い込むか。靴を脱げ」 「服を脱げえぇ!? 何言い出すのよバカーッ!」 勘違いから一気に高揚する。そこへ。 (地の利無くしては説得も困難です。貴女のブーツを借して下さいませんか?) 頭の中に直接語りかけてくるようなほっそりとした声。気品のある女性を彷彿とさせるような。
「今の何!? あんたの裏声!?」 「んなわけねえだろ」 (必ずやお返しいたします。どうか……) 「一体なんなのよ!……あーもう、分かったわよぉ!」
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