旅する罪人 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/02/10 23:20
- 名前: ティス ID:rsaGHJ4w
- 一話「怯える瞳」
一人、少年は真っ白な息を吐いた、何処までも白い銀世界を踏みつける。 背景が流れるように動き、次第に少年の吐息は小刻みになっていった。 ぼろぼろになった黒いマントを風になびかせ、その見事に澄み切った左目の栗色の瞳が揺れた、右目は眼帯によって隠されている。
彼の跳ねた銀髪が降り積もる雪で覆われていて一歩進むたびに銀の中から白が零れ落ちた、すでに何時間も雪の降る外に出ていることがわかる。 白いこの空間では夜でも目立ちすぎるその黒の上着、冬の気候であるというのにこれが彼の常備の服だと思わせるような、擦れた後が所々に見られる硬そうな生地のハーフパンツ。 そして腰には大きな丸い結晶がついたベルト、モンスターボールと呼ばれる物が二つほどついていて背中の辺りには何かがあった。 その何かは同じような黒なので彼のマントに溶け込むように見え辛くなっている。
やがて森林の中へ逃げ込むように入り込み、一度立ち止まると深呼吸をしてから再び走り出した。 そして木上から落ちてきた尻尾が手の形をした紫の体毛を持つポケモン、エイパムを見ると急ブレーキをかけたように足元の雪を宙に舞い上げ止まった。
エイパムはそんな彼にすりより、愛想のよさを振りまく。 少年はそんなエイパムに微笑を投げかけ、そっと手を伸ばす。
エイパムの体に触れた、しかしそれは人肌の物ではない、黒く光る持つところからほぼ直角に曲がっていて、彼の右手の人差し指が添えられているのはその物体から出ている突起。 彼は左に膝をつき、優しげな瞳を浮かべて息を一定のリズムで荒く吐きながらその黒い物体の先端をエイパムの額に押し付ける。
「キミの主人は何処? 君のためにも案内して欲しいんだ、これが何か知っているよね」
先ほどまでとてもにこやかで愛らしかったエイパムの表情は凍りついた。 エイパムは彼の言うとおり、それを知っていた。
「銃」と呼ばれる兵器、エイパムはその瞳の焦点が合わなくなったように瞳があちこちに動いた。 怯えている、体が震えている事が彼は見た目から、銃口からも知ることが出来た。 しかしその銃口を放さない、優しかった瞳が次第に悲しみを帯びていって威圧感を与えるようにもう一言言った。
「キミが人間に捕まえられたポケモンなんだって解ってる、卵から生まれてきたんだろう? ここら辺にいる野生のポケモンは火薬の臭いを嗅ぎ取って僕には近づいてこないからね」
エイパムは大きく目を見開いた後に強く目を閉じ、そして尻尾で彼の右腕をはじいた。 逃げようと後ろを向いたエイパムに、大きな音が鳴り響いてから鉄の塊がめり込み、貫く。
そこからは真っ赤な液体が流れ出し、左手に持っていたもう一つの押さえ込まれていた銃のトリガーを元の位置に戻すと、両腕をだらんと下げて、傷口を見ると怯えた目をしてそれが目の前に入らないように俯いた。 やがて彼の全身が震えだした、彼のベルトについていたボールが開き中から出てきた茶色の毛並み、首のところには特に白い毛が多く愛らしい姿をしたポケモン、イーブイが心配そうに彼を見つめた。
「ベレッタ、やっぱり怖いんだ、あの怯えた目が、表情が、あのどろどろした赤い液体が、風穴が……」
ベレッタ、そう呼ばれたイーブイは小さく鳴いて、彼の体を駆け上り、左肩に乗ってさらに近くで少年を見つめた。 少年はそんなベレッタの頭を彼女が落ちないように優しく右手で撫で、そして言う。
「甘い考えなのは、戦場に来てこんな考えじゃ命取りになることも分かってる、でもね、怖くてたまらないんだ……」
彼がそのように言っていると、先ほどの銃声を聞き取ってやってきたのか、必要なだけ防寒対策をした割と軽装の男は彼の近くに倒れていたエイパムだったモノを見た。 途端にその男が怒りが混ざった瞳で彼を見た。
憎しみ、瞳に負けないくらいの憎悪の念がこもった声で少年に言う。
「お前が俺のポケモンを殺したのか」
静かな怒り、少年はその言葉を聞いて何も言わずに一度だけ頷いた。 男はその行動を見ると赤と白の球体を叩きつけるようにして投げる。 ボールから出てきたのは長くたくましい岩の体を持つ蛇、イワーク、煙とともに出現するといきなり少年に襲い掛かった。
少年は突進してきたイワークを難なく避けると、肩に乗っていたベレッタに横目を投げかける。 ベレッタは何が言いたいのか解るように頷き、そこらじゅうに茂っていた樹を力ずくで倒してようやく体が止まったというイワークに鋼と化した尻尾を叩きつけた。
悲痛な叫びが森中に響く、まるで何かが地獄の底から這い出てくるような痛ましく、おぞましい断末魔の叫び。 男はポケモンの攻撃が難なく避けられたことに驚きを表現し、そして驚いた彼の額に一センチほどの穴が開き血を吹き出させると倒れた。 今度は静かだった、少年は銃口の当たりに筒のような物をいつの間にかつけていて、それが音をあまり出さないようにしているらしい。
少年は今や生き物ではなくなった三つの死体を見ると、呟くように言った。
「ごめん、ごめんね……、ごめんなさい」
頬に涙が走った、そんな彼のところへベレッタは走って戻っていき彼の頬に流れる涙を舐めた。 酷く心が乱れている、涙が止まらなくなって、体も震えてきた。
殺したくなかった、出来ることならば戦いたくなかった。 そう繰り返してばかりの事後は何の役にも立たない後悔と罪悪感。
少年はただ思う。
でもこの戦争に裏の人間が関わっていたら長引くだけだから……。
臆病で、でも殺すことしか戦争を止めるすべを知らない彼はまた一つ罪をかぶった。 数分ばかりたって心が落ち着いてきたころ、まだ震える両手に銃を持ち、ベレッタを肩に乗せて歩き出した。 涙の後もそのままで死体の恐怖を拭い去れないまま、いつも見慣れた死体の山場にすべく戦場へと向かった。
ふらつく足取りで雪を踏みしめ、まだ微かに流れる涙をぬぐい、弱々しく。
空に舞う純白にも染まらず、あたりの闇よりもただ、暗く。
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