Re: ポケノベ2010夏企画 移転中につきコメント禁止 ( No.22 )
日時: 2010/09/06 22:57
名前: あいうえおちあいくん ID:

Bコース[ポカブツタージャ、そしてミジュマル]

  知名度と人気。可愛さと格好よさ。やっぱりそういうものが重要だってことに気付いたのは、イッシュ地方からカントー地方へ引っ越して来てから最初の夏、タマムシシティの半分程を使った盛大な祭りで、お面の出店を出したときのことだった。この地方じゃピカチュウヒトカゲピッピなんて可愛げのあるやつが売れて、ポカブツタージャミジュマルなんていう俺の故郷のポケモンなんかはほとんど売れない。中でもミジュマルのお面はドガースとの最下位争いを繰り広げるほどの売れなさだ。
「まあ、こんなもんかねえ」
 呟いて、前を歩く若いカップル二人が、ピカチュウのお面をつけているのが見えた。思わずそれに溜息をつく。あの三体のお面以外が売れているので別にいいのだが、でもやはり、場所が変わるだけでここまであいつらが売れないことに、予想していた通りの驚きと、妙な寂しさが込み上げる。あの三体のお面は俺にとったら特別なもので、売れないと心の中ではわかっていながらも、やっぱり出さないわけにはいかなかった。出さなかったらあいつが消えてしまう気がするし、こいつらのお面を出すことはあいつとの約束だから、出さずにはいられない。……ああ、祭りだっていうのになんて気分だ。やっぱり俺の祭りっていうのは、この三枚のお面が売れないところにはないのかもしれない。
「おじちゃん! そのヒトカゲのお面ちょうだい!」
 少しぼうっとしてパイプ椅子に座っていた俺をハっとさせたのは、まだトレーナーにもなれない、十歳に満たないような少年だった。
「僕、絶対にヒトカゲと一緒に旅に出るんだ!」
「そうか。頑張れよ、坊主」
 お面を渡し、ピッタリのお金をもらうと、少年は頭にそのお面をつけて後ろ向きに駆け出していく。その先には両親らしき姿があり、駆け寄った少年を抱き上げた。俺は、自分の記憶を見たような気がした。自分もまた、あの光景の一部だったはずだ。子どもが走ってきて、それを抱き上げる。子どもは満面の笑みを浮かべていて、妻も、幸せそうに微笑む。祭りの幸福感に負けないくらい幸せな、はちみつのような雰囲気がふんわりと包み込む。
「……駄目だな、俺」
 見ていられなくなって、俺は思わずあの家族から目を背けた。あの鷹揚とした雰囲気は、ただでさえ深海のような寂寥感を、さらに沈めてしまう。見ていると苦しくて、溺れそうで、泣きたくなる。
 ――もう、やめよう。こんなことをしていても意味が無い。お面なんかいくら売ったって、仕方がない。金はいらない。もうある。だからこれはただの自己満足で、きっともう満たされることはない。もう、満たされない。
「……俺も、旅に出るかな」
 本当にもう店をたたんでしまおうとして、椅子からゆっくりと立ち上がったとき、いつの間にかミジュマルのお面をつけた一人の青年が俺の前に立っていた。
「兄ちゃんよお。そのお面、珍しいな」
 どこで手に入れたかはわからないが、そのお面を見たら嬉しくなって、俺は思わず話しかけてしまう。でも、兄ちゃんはただ黙ったまま直立して、じっとこちらを見ていた。……いや、目線はお面でわからないのだけど。
「なんだ? 黙ってちゃわからないぜ。言いたいことははっきり言わないと」
 俺がそう言うと、兄ちゃんは一歩だけ前に出てきて、両の手を握り締める。わずかに震えているような、何かに耐えているような、そんな風にも見えた。
「……あの人は、もう死んだんだ」
「えっ?」
 兄ちゃんが突然口にした言葉に、俺はドキリとする。どうしようもない寂しさと、胸にぽっかりと穴を開けられたかのような感覚が蘇る。
「な、なんだ兄ちゃん。突然、何を言い出すんだよ」
 明らかに動揺している自分がいる。だめだ、まずい。落ち着け、俺。
「寂しいのはわかるけどさ、もう、あの人はいないんだよ」
「だ、だから兄ちゃん。なにを言っているのかわからねえよ」
「でも、あんたは一人じゃない。それくらいわかれよ。こんなとこで腐ってんじゃねーぞ。あんたは俺の目標だった。憧れだった。誰よりも強くて誰よりも優しくて、そんなあんたが、俺は好きだった。だから、腐ってんじゃねえよ。俺を生かした責任を、最後まで持ちやがれ。あんたが本当に限界まできたら、今度は俺が面倒みてやる。だから、それまでは、頑張れよ」
「……随分言ってくれるじゃねえか」
「約束くらい、守れ。俺との約束だけじゃなく、あの人の約束も守れ。その三体のお面、ここでしっかり売ってみろよ。それが、あの人とあんたが一緒にやるはずだったことだろ。昔から言ってたもんなあ。トレーナー引退したら、面でも売るかって。だから、続けろよ。途中でやめんな。不貞腐れんな。歯食いしばれ。両足でちゃんと立て。手えぬくな。全力で生きろ。だらだらやってんじゃねえ」
「て、てめえ……」
 青年をにらみ付けると、そのミジュマルのお面の頬に傷が入っていた。その傷には、確かに見覚えがあった。
「これ、全部あんたに言われたことだ。だから、俺はそうやって旅を続けてる。歯食いしばって、両足でちゃんと立って、全力で生きてる。チビのときあんたにもらった、このミジュマルの面に恥ないように生きてる。俺は、俺を生きてる。そんでもって、俺はまだまだこれからだ。あんただって、まだまだだろ。そんなんじゃ、あの人に笑われっぞ。あははって、格好わるいわねって、笑われっぞ。いいのかよあんた。そんなんでいいのかよ。……だらだら引き継いで、だらだらやってんじゃねえぞ!」
「……っへ。言わせておけば、随分ぬけぬけと色々言ってくれてるじゃねえかこのガキが!」
 俺は、パイプ椅子から勢いよく立ちあがり、そのままその青年を殴り飛ばす。彼は、避けなかった。喋っていたときの格好のまま、ただそのままに俺の拳を受け止め、青年はそのまま後ろへ一歩だけ後ずさって止まった。
「はは。やれば出来るじゃん」
 その全体はわからない。けれど、青年は、間違いなく微笑んだ。にい、っと顔を歪ませ、じっと俺を睨んでいた。
「ほざけ小僧が。てめえ、誰に向かってそんな口聞いてっかわかってんのか」
「うっせえぞくそオヤジ。母さんが死んだからっていつまでも腑抜けてやがるから、俺が根性叩き直しにきてやったんだよ」
「馬鹿いうな。てめえに叩きなおされる根性なんかあるか。このヒヨッコが」
「へへ。通りすがりの息子をなめんなよ、この腑抜けじじい。あんたが俺を拾ったあの瞬間から、俺はあんたを目指してやってきたんだ。いつまでも超えらんねえなんて思ってんなよ。あんた、最初俺だって気付かなかっただろ? ほら、それが成長したってことさ」
 俺はくひひと笑って、バカせがれはにひひと笑った。
 笑って、俺達は殴りあった。
まだろくに一人じゃなんも出来ねえのに、旅に出たいと言う息子を思いっきり殴り飛ばしたあの日から、随分たった気がする。そういや、母さんが死んだなんて、こいつよく知ってたな。教えてもねえのに。へへ。やっぱりその辺は俺の息子なのか。
 殴って、耐える。殴られて、耐える。殴って殴って殴って殴ってだったのが、いつの間にか、変わっている。
 殴って殴って殴って、俺はこいつを育てた。いつも吹っ飛んで気絶して目え回してやがったのに、いつのまにか刃向かってくるようになって、家を飛び出し、やっと戻ってきたと思ったら、俺の拳に耐えやがる。この馬鹿野朗が。
「成長したなあくそガキ!」
「そりゃああんたの息子だからなあ!」
 俺が笑う。せがれが笑う。きっと、美佐も笑っている。俺の妻は、きっと、笑っている。


◆ ◆

  俺達の殴り合いは、町の人達によって止められた。
 清楚な町のジムリーダーさんにこってりしかられたけれど、このジムリーダーが中々美人でよかった。馬鹿息子は怒られている間中ずっと楽しそうにしていて、自分の息子ながら、変態だと思った。
「じゃあ俺は行くけど、来年の夏、あんたがまただらだらしてたら来てやる」
「なめんなよくそガキ。そういうことを言うのは俺を越えてからにしろ」
「はは、違いねえや」
 そう言って、新しくやったミジュマルのお面をつけた馬鹿息子は、笑いながらサイクリングロードへと入っていく。小さくなっていくその背中を見て、拳の痛みを覚える。
「美佐。俺達の息子、でっかくなりやがったぜ」
 あいつにやったお面、そして、あいつからもらった傷の入った古臭いミジュマルのお面。この傷と、そしてこの拳の痛みが、あいつの成長を物語っているようだった。
 美佐。もう一度約束だ。俺は、このお面を売り続ける。やってやる。
 だから笑って見ててくれ。俺と、あの馬鹿息子のことを。
 この先、ずっと、ずっと。

[了]