Re: ポケノベ2010夏企画 移転中につきコメント禁止 ( No.15 )
日時: 2010/09/06 22:53
名前: ゲシュタポ ID:

Bコース「僕の防波堤」

――祭りは僕らを助けない。提燈の明りは僕らを照らさない。僕達は、祭りの跡の、少し切ない、終わった光景しか、見ることができない。……もう一度言う。僕らは、終わった光景しか見ることができない。
 …………。……。……。………………。……。…………。
 笹川さんが、自殺した。
 屋上から飛び降り、その姿がどうなっていたかなんて言いたくないくらいの姿となった。それは間違いなくショッキングな事件で、学校中のありとあらゆる人がこのニュースに怒り驚き悲しみ憎み蔑み楽しみ、また町の人も同じように色々な方向に揺さぶられた。主にこの事件で被害を被ったのは僕であり、もし僕以上に迷惑をした人がいるなら名乗り出てほしいくらいである。この事件がこれほどに大きくなった理由、僕の迷惑とは、遺書にある。遺書が騒動を大きくした理由の大半を占める。その遺書には、こう書いてあった。
「辛いです。もう生きていくことはできません。それと、伊坂悟(いさかさとる)君。迷惑かけてごめんなさい。どうかお幸せに」
 いじめをうけていた彼女が、いじめていた人でもなく、世話になった親や兄弟でもなく、僕の名前を書いた。彼女の机に遺書が入っていたため、僕はあっと言う間に有名人となってしまって、迷惑とは思ったが、しかし不幸だとは思っていない。むしろ、喜ぶべき部分もあるだろう。というのも、僕は笹川さんに、彼女が死ぬ一日前に告白されているのだ。屋上で告白されて、僕はそれを断った。そしてその翌日、笹川さんは自殺した。好きだと言ってくれたことはうれしい。でもそれを僕のせいみたいにして死ぬのはあんまりじゃないか、と僕は思う。自殺したくなるほど好いてくれたのは嬉しいが、本当に自殺してどうするんだ。これは、笹川さんの叫びを聞かなかった、聞けなかった、聞こうとしなかった、僕が悪いことになるのだろうか。ちなみに僕は、今後悔している。自分が悪いと思っている。思ってしまう。あのとき告白を受けていれば彼女は死ななかったかもしれないと、考えてしまう。いじめられていた笹川さんと、これまたいじめられている僕とのカップルなんて、いじめのネタが増えるだけだ、と思って断ったのはやはりまずかったのだと。……なあ、笹川さん。なんでよりにもよって僕なんだ? 助けを求めるなら、僕じゃだめだったんだよ。いじめられている同士で手を取り合って頑張っていこうなんて、無理に決まっているんだから。僕と笹川さんが集まったって、1に1をかけているようなものだ。
「笹川さん、いじめって、辛いよなあ」
 言っても、もう彼女はいない。ぐしゃぐしゃである。僕は告白してくれた彼女を突っぱねるのではなく、友達として、相談にのることくらいすればよかったのだ。彼女が既にあのとき自殺を決めていて、もう僕にはどうしようもない状況だったとしても、何も変わらなかったのだとしても、僕はそれをやるべきだった。人としてそれを察し、行動するべきだった。そうしなかったのは、今の自分の状況がもっと辛くなるのを嫌った、他人への配慮のできない僕の冷たさであって、それは僕も彼女や僕をいじめている奴らと何も変わらないということだ。結局、自分のことしか考えていない。同じ状況の笹川さんを身捨てて、被害者面をしているんだ僕は。見苦しいにもほどがある。ましてや辛いから、僕も辛いから自殺しようだなんて、身勝手にもほどある! いじめに屈して僕に見捨てられて死んだ彼女に僕ができることは、彼女の存在を背負うことにあるのではないのか。見捨てました。僕は最低な人間です。と頭を地面にこすって謝って、それでも無様に生きていく事に意味があり、それでやっと彼女に許してもらえるのではないか! 僕自身がいじめられているとかどうとかではなく、彼女の死の責任を少しでも負ってしまったなら、それくらいのことをする義務が発生し、そこでやっと僕は今以上に、真に命の重みを知ることができる。彼女の死が、彼女が僕に告白するその日に自殺しようと決めていた僕を思いとどまらせ、まるで僕の身代わりになるかのように死んでいくなんて、あんまりだ。彼女の死が、僕の命を繋ぎとめるだけに使われるなんて、あんまりだ。
「笹川さん。君の死は、重すぎる」
 だからこそ! あそこに名前を書かれた僕だからこそ! おこがましいかもしれないが、彼女の家族と同じように僕は彼女の命の重みを知ることができる。よって! 僕が死ぬことなど許されない。いや、僕が僕を許さない。彼女の死が、いじめに屈してまるで僕の身代わりになったかわいそうな女の子ではなく、それ以外の何かになるように僕は生きていかなければならない! それが、僕の今の生きる理由であり、生きなければならない理由であり、いじめに対する防波堤である。
「僕は、生きる」
 死ねと言われても、僕は生きる。無様に泥をすすってでもなんでも、僕は生きる。彼女の十字架は、僕が背負って生きていく。彼女に好かれた僕が、背をわなくちゃいけないものなのだ。
「さ、帰るか」 
 僕は、校庭の端にある木にかけてわっかを作ったロープと台を回収し、もってきたビニール袋に詰め直す。この地域恒例の、学校を使った盆踊りの跡のこの荒んだ光景が、僕の人生のようで、これからを暗示しているかのようで、僕にこそふさわしい光景だった。生きるのは、大変だ。けれど、生の果てにある扉をあけたとき、この十字架を背負っている本当に意味が、結果が、彼女の死の意味が、何かがどうなるかわからないけれど、何かがどうにかなるのを待つしかなくて、それが僕の生き方であり生き様となる。
「辛いです。もう生きていくことはできません。それと、伊坂悟君。迷惑をかけてごめんなさい。どうかお幸せに」
 死をもって彼女からもらった言葉は、永遠に、僕の中で、息づいていく。 

[了]