Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.7 )
日時: 2010/09/14 21:06
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:

 第四章「最初に思い出したこと」

 −1−

 翌朝、シュナは誰かに呼ばれるような錯覚を感じながら目を覚ました。夢と現実のまどろみの中をうとうととしながら机の上の置き時計に目をやる。午前七時を回っていた。体を起こして大きく伸びをするとベッドから降り、まずは寝間着から着替えた。そして窓のカーテンをサッと開ける。春らしい柔らかで暖かな朝日が部屋へと差し込んできた。そして鍵を開けて窓を開けた。蝶番の軋む音が響き、風が舞い込んできた。そして目に飛び込んでくるは屋敷の広大な花の庭園だった。
 この花々の繚乱する庭園は彼女がこの屋敷に来て気に入った数少ないものの一つだ。バーンズロウ家敷地の正面入口から屋敷の正面玄関までまっすぐに一本の道が通っており、入り口と玄関のちょうど真ん中あたりは十字路になっている。庭園のさらに奥に入っていけるように別の道が敷いてあるのだ。

「よう起きたか」

 その声とともに不意に視界が遮られたと思うと、逆さまになっているアルスの顔が視界に映った。思わず口から飛び出すワケの分からない叫び声。そして思わず彼女は後退り、そして今度はアルスの目の前からシュナの姿が消えた。見るとバルコニーと部屋の間の窓の敷居の部分に足をひっかけて後ろ向きに転んでいた。

「なにやってんだお前?」
「こっちの台詞よ!」

 シュナは思いっきり打ってしまった背中のあたりをさすりながら立ち上がった。おかげでまだ少しまどろみの残っていた目がバッチリ過ぎるほど覚めてしまった。そして改めて見てみると、アルスは窓の上の三角屋根の部分に乗っかりそこから覗き込むような形で頭を下げている。

「いつからそこにいたのよ」
「さっき来たばかりだ。言われた通り誰にも見られないようにしたつもりだ」
「そう、ならいいけど」

 シュナは未だ内心どぎまぎしていた。このカイリューがいきなり屋根の上から現れたことで、もしかして夜の間ずっとそこに居たのではないかと思ってしまったからだ。この屋敷は主に使用人だが早朝から人の出入りが激しい。ひとまずアルスの存在をしばらく隠しておこうと思ったシュナとしてはいきなり誰かに見られるということはどうしても避けたかった。
 とりあえずシュナはアルスを部屋に招き入れた。これから使用人が庭園の朝の手入れをする時間だ。このまま屋根の上に居座られて誰かに見られてもまずいと思ったためだ。相変わらずこの窓からのアルスの出入は狭そうだ。いつか窓の戸を壊してしまうんじゃないかと少しだけ心配してしまう。
 アルスは入るととりあえず身の置き場として昨晩座っていた場所に再び腰掛けた。傍らには夜の去り際に倒してしまったくずかごがちゃんと立て直されて置かれている。

「昨日はどこで寝てたの?」
「んあ、そこらへんの山ん中のちょうど良さそうな木の根元で寝たよ。人間はああいう所では寝ないのか?」
「うーん人間としてはやっぱりこういった屋根や壁に囲まれた場所がいいんじゃないかしら?」
「へえ……」

 アルスの返事は実に素っ気ない。自分から訊いたもののあまり興味がないといった風でもあった。それよりなにか別のことを考えているようにも見えた。なにか考えを整理しているというのか、アルスの目はどこか遠くを見つめているようにぼんやりとしていた。

「どうしたの?」

 シュナがそんなアルスの様子に気づき、話しかける。

「あっ? いやなんでもねえ」

 実にわかりやすいような反応を見せたが、シュナもシュナで彼に訊いておきたい疑問が一つあったので、とりあえず今は置いておくことにした。

「ねえアルス、一つ訊いてもいいかな?」
「なんだ?」
「アルスって……」

 そのときまずい事態が二人に降りかかった。部屋の扉からノックする音が聞こえてきたのだ。その音を聞いたシュナはまるでそのノック音が自分の心臓を直接叩いているかのように驚いた。瞬間シュナはアルスを部屋に入れてしまったことを後悔する。 誰が来たのかは明白だ。ソフィアだ。ソフィアがシフトに入っている日は朝は必ず朝の挨拶を兼ねて、その前の晩に持ってきた水差しの回収に来るのだ。

「おはようございますお嬢様」

 ドア越しにやはりソフィアの声が聞こえてきた。シュナは無意識の内に「おはよう」と返す。声が少し震えていたような気がする。返事をせずに眠った振りをするのも考えたが、いつもシュナはこの時間には起きるため妙な不自然さを感じさせるのもまずい。とりあえずシュナはアルスに立つよう促す。だが窓の外にやろうにも窓はこういう事態に限って閉めてしまっていた。それにこの時間にはもう使用人の誰かが庭園の手入れを始めている。外にだすのはどっちにしろ駄目だ。となると……
 彼女は部屋を見回す。そして一つのものに焦点が合わさった。

「ソフィア、ごめん今着替えてる途中だから少しだけ待って!」
「そうですか。では終わったら呼んでくださいね」 

 とりあえずこれで少しだけ時間をかせぐことが出来る。いつもソフィアが挨拶に来るときは部屋を開けるので今追い返すのもまずいと考えた。
 そしてシュナは焦点のあったそれに向かう。そしてぐっとそれの戸を開いた。そこはクローゼットだった。この屋敷のクローゼットは天井ほどまである高さとかなりの広さがあった。その広さはほとんど小さな部屋と言ってもおかしくないほどのものだ。あんまり広いスペースのためシュナはそのクローゼットの半分ほどしか使えていなかったが、それでも屋敷に来た当初よりはずっと増えている。主な理由はシュナの家庭教師を勤めるアーノルドという女性がバーンズロウ家の令嬢にふさわしい衣服をと次々と買い与えた結果だった。
 シュナはクローゼットの中に吊り下がっている衣服を全て端に寄せた。狭いだろうがとりあえずカイリュー一体がなんとか縮こまれば入るスペースは確保出来た。

「ごめんね。狭いだろうけどここで大人しくしてて」

 シュナは詫びるように手をあわせてからいそいそとアルスをクローゼットの中に促した。アルスはというと何がなにやら分からぬまま振り回されるようにクローゼットの中へと入った。途端にまずホコリっぽさが気になった。

「おい、ちょっと狭ッ……!」

 言いかけたところでシュナによって戸が閉められる。誰かに見られてはいけない理由はアルスのほうもなんとなく理解しているため、仕方ないと分かっているがちょっと理不尽ではないかと感じた。部屋の様子はクローゼットの戸についている斜めに切り込まれている空気穴から狭いながらも伺うことが出来た。勝手だなとアルスは内心ぼやきながらとりあえず楽な体勢でなんとか座るようにした。

「ごめーん待たせて」

 無駄に勢い良くシュナは部屋の扉を開けた。そこには昨晩水を持ってきたときと同じようにソフィアが両手を前に揃えて立っている。さすがに部屋を出るときの態度が不自然だったのか、妙に訝しげな目で見られているような気がした。

「おはようございます。お水差しの方回収に伺いました」

 できる事ならシュナは自分からワゴンを持ってきて部屋の入口で渡したかったが、そうするとやはりかえって不自然だろう。なるべく自然を装ってシュナはソフィアを部屋の中に入れた。ソフィアがクローゼットの横を通り過ぎるときは内心どぎまぎしたが、どうやら何も気づかなかったように通り過ぎてくれて、シュナは悟られない程度にため息をついた。ソフィアは使用人たちの中で最年少ということでまだどこか抜けている様子があったが、時に勘が鋭くなるときがある。いつかソフィアを部屋に招き入れて一緒に推理もののドラマを見ていたときに、劇中の探偵が犯人を突き止めるよりもずっと前に犯人を自分で推理してトリックまで言い当てたことが幾度もあった。口では柔らかに「教えてくださいね」と言っていたが、シュナが留守のあいだ何をしていたのかソフィアは内心誰よりも気になっているに違いなかった。
 ソフィアにはいずれアルスのことも留守中に起こったことも話そうと思っていが、今はなぜだか時期尚早に思えたためのこの行動だった。それに朝は慌ただしいのであんまりソフィアを捕まえていては他の使用人の迷惑がかかる。だからもう少しだけ時間を置いてから話すつもりでいた。まさかいくらソフィアの勘が鋭いとはいえ、今現在クローゼットの中にカイリューが入っているなんて夢にも思っていないだろう。
 とりあえずのところ、今はこのまま誤魔化せそうとホッと気が抜きかけているところ、いつのまにか視界からソフィアの姿が消え、今まさに彼女が持って出ようとしていたワゴンがその場にポッツりと放置されていた。

「え?」

 見るとソフィアはなにやら床板のある一部分に手を当てている。その場所を見てシュナはギクリとまるで胃袋に重い石がどすんと落ちてきたような感触を覚えた。そこはついさっきまでアルスが座っていた場所だった。そしてその場所にソフィアは手を当ててなにやら難しい顔をしている。

「どうしたの?」

 シュナはできるだけ平静を装ったように話しかけたつもりだが、その声は自分で聞いてもなにやら裏返っているようにしか聞こえなかった。そしてソフィアは立ち上がってまっすぐシュナに視線を注いで、それから無邪気そうににこりと笑った。

「お嬢様、どなたかいらっしゃってるんですか?」

 半ば予想していた言葉とはいえ、実際に言われると改めて驚きまるで心臓に矢を刺されたような感覚が走り全身へとそれが渡る。

「えっ? どうして?」
「床がここだけわずかに温かくて、ここに誰かが座ってたんじゃないでしょうか?」

 正しくその通りだ。その瞬間シュナの頭の中にいくつもの言い訳の言葉がよぎるが、どれもまともに言い訳としては通用するとは思えないものばかりで結局言葉に詰まってしまった。

「当たってるんですね」

 ソフィアがいじわるそうに笑う。本来ソフィアの態度は使用人としてあるまじき態度なのであるが、言っていることが正しく図星であるのと、使用人に対してあまりきつく言う事の出来ないシュナの性格との要因が被り合い何も言い返すことが出来ないでいた。その上ソフィアはこの所謂「探偵モード」に一度スイッチが入ってしまうと自制心というストッパーが吹き飛んでしまうのか、相手が誰であろうとこのような態度に出てしまうのだった。

「でも、スリッパも履いているのにどうしてそこだけ温かいって分かったの?」
「実は昨夜ここで私がくずかごに引っ掛けて転びましたでしょう? あのとき床に手をついたときも同じようにここだけ不自然に温かかったんです」

 シュナは思い出した。昨夜ソフィアがアルスの倒したくずかごで転んで手をついた場所。あの場所は確かに昨夜、そしてついさっきまでとアルスが腰掛けていた場所だった。
 一方その頃アルスの方はと言うと、クローゼットの中で狭苦しい思いをしながらも外の状況が気になってしょうがなかった。とはいえ、クローゼットの戸についている小さな穴ではどうしてもシュナともう一人入ってきた人間の様子を伺うには無理がある。聞こえてくる声で判断するに、どうやら問い詰められているらしいということは伺い知れた。

「そしてその人物はさっきお嬢様の言う"着替え"の時間にどこかに隠れました。かといって洗面所のような探してすぐ分かるような場所に隠れるとは思えません。それに"着替え"は妙に時間がかかってるようでした。そのことを鑑みるに隠れるにはすこしばかり時間の係る場所。ベッドの下かあるいは……」

 そしてソフィアは自分の推理によって判断した場所へつかつかと歩いていく。シュナは為す術も無くよく分からない声を漏らした。

「クローゼットですね!」

 いつもならソフィアの朝の挨拶に時間がかかってるようならナタリーが呼びに来るのに今日に限ってそれがない。矛先を向けるには的はずれすぎるとわかっていながらもシュナはそのことを少しだけ恨んだ。
 バンッという音とともにクローゼットの戸が開かれる。

「あっ……」 とアルス。
「えっ?」  とソフィア。
「あぁ……」 とシュナ。

 いくらソフィアが推理に長けているとはいえ、まさかこのクローゼットに二メートルを越える巨体を持ったカイリューが入っているなんて塵ひとつほどにも思っていなかったに違いない。アルスの方はというと可哀想に、ただでさえ体が大きいというのにこんな狭い場所に入れられて妙に不自然な体勢でなんとか座っているようだった。

「え? あ……れ?」

 探偵モード終了。その瞬間ソフィアは目の前にある光景と自分が予想していた光景とのあまりのギャップに頭の中で何かが爆発するような音を聞いた気がした。呆然となるソフィア。その機会をシュナは逃さず、ソフィアの手に半ば強引にワゴンの取っ手を持たせると彼女を背中から押して一緒に部屋から出た。

「はいはい! 朝食の時間よね!? 今行くからねー」

 シュナも半ば混乱していたようだ。ソフィアが思考停止しているこのうちにとにかく部屋から引き離さなくては。とりあえずソフィアには後でこっそり事情を話すことにして、早く朝食の場に行かないと他の使用人がやってくるかもしれないと思った。
 そして後に取り残されるはなんとかクローゼットから脱出したアルスのみ。

「おーい俺も腹へったんだが」