Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.6 )
日時: 2010/09/14 21:05
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:

 −2−

 あたしね。つい半年くらい前までこの家の子供だってこと知らなかったの。住んでいたのもこことは全然別の場所で、北のほうにあるジェラルドタウンって村。ときどき暴走族がやってきて迷惑することもあるけど、基本的には静かな村。もともとはそこでおばあちゃんと二人で暮らしてたの。母さんは私の物心つく前に亡くなったらしくて、顔も写真でしか見たことないんだ。
 本当に静かな村でね。ときどき人里までポケモンが悪戯にくるくらい。

 それで、ほんの半年まで両親のことをろくに知らずにその村で暮らしてたんだけど。その半年前に……父さんというべきなのかな? アルドって人が訪ねてきて、あたしを引き取りにきたって。うん、驚いたってもんじゃなかったなあ。突然家に押しかけてきた見知らぬ人間が自分の父親だったなんて。おばあちゃんのあのときの顔、忘れられない。何かの間違いかも知れないっておばあちゃんの顔見るんだけど、なんだか悲しんでいるような、諦めているような、とにかく『ああ、ついに来たんだな』って顔をしてた。たぶんおばあちゃんも知ってたんだと思う。あたしがそのアルドって人の子供だったってこと。

 あの人ときたら、あたしがどういうことか説明を求めたって何も答えない。なにか言うとしても「お前は私の娘だったのだ。それ以外に何か説明が必要か」ってだけ。それならどうして今まで迎えにこなかったのかとか、どうして母さんと一緒に暮らさなかったのかとかいろいろ聞きたいことはあったけど、そのとき見せたあの人の目がまるで悪魔のようにギロリと光ったからあたしはそれ以上は聞けなかった。
 それからあの人はおばあちゃんと何か二人きりで話すことがあったらしくて、あたしを家の外で待たせた。すぐに終わったみたいだけどね。そしてあたしはこの家に来た。

 今までテレビでしか見たこと無いような大きなお屋敷だったから、うーん正直言うと少しだけわくわくしたかな? でもやっぱり不安でしょうがなかったわ。まるで方向の分からない深い森に迷い込んじゃった気分だった。周りに自分が知ってる人も自分のことを知る人もいない。慣れない行儀作法は厳しくしつけられるし、家庭教師はつけられるしでうんざりだった。
 でもどうしてかここから逃げ出したいってき分にだけはなれなかった。なぜなのかはうまく言えないんだけど、あの人があの時見せたあの悪魔のような燃えさかる鋭い目をもう見たくなかったからかも知れない。
 あたし、正直に言うとあの人……父を恨んでる。母さんをとっくの昔に見捨てたくせに今になって娘のあたしを引きとって。挙句の果てにこの家のくだらない家督と一緒に親戚たちからの恨みを私に全部押し付けて、自分は先に死んじゃうなんて。

 あんな遺書を残したせいで、あたしはますますこの家を離れられなくなっちゃうし、おまけに叔父や叔母からは狙われるし。
 この屋敷に来て嫌なことばかりってわけでもないけど、でもやっぱり元の暮らしに戻りたいよ。


 *


「ごめん。やっぱ退屈だったでしょ」

 シュナは一息ついた。部屋の中に冷たい風が入ってきた。やはり春とはいえ夜はまだ冷えるのか、シュナは座っていたベッドから立ち上がり、今まで開けっ放しにしていた窓を閉じた。
 そして後ろを振り返るとちょうどアルスが大きくあくびをしているところだった。さすがにカイリューのあくびとあって人間のそれに比べると豪快なものだ。大きく開かれた口は大人の人間の頭が丸々入ってしまいそうで、その中には白くて鋭利な牙が光っているのが見える。こうしてみるとやはりアルスはポケモンなんだって改めて認識できる。ポケモンでありながらなぜか人間の言葉をしゃべることができるこのカイリューに時々シュナは彼が人間であるのかポケモンであるのかわからなくなるような不思議な感覚が走った。

「わりぃな、正直少し退屈だったがちゃんと聞いてたつもりだよ」

 そう言ってるそばからまたひとつあくびを見せた。今日の昼ごろにキュロスの廃墟地下から目覚めてその後いろいろとあったから、急な運動で疲れたのだろうか。アルスは壁にもたれ掛かって少しばかりまどろむような表情を見せた。

「人間って変なもんだな。こんなデカイ家があるってのにわざわざそれを嫌がるってのか?」
「うーん。確かに今の暮らしは悪くはないわよ。朝早くから料理人さんが出勤してきておいしい料理を作ってくれるし、欲しいものは何でも手に入る。使用人のみんなは厳しいところもあるけどあたしのことを本当に大切にしてくれる」

 シュナは一旦そこで言葉を切った。自分の中で言葉を選んでいるのか、それとも自分が言わんとしていることを言うべきが迷っているのか、眉間に少しだけ皺を寄せて考える素振りを見せた。すぐにそれは終り、下唇をグッと上顎で噛むとまた話し始める。声はあとの方になるに連れて次第に速さを増し、同時に熱がこもっていった。

「でもねなんだか怖いのよ。恐ろしいの。これから先の人生、あの人が無理矢理用意したレールの上を私は走り続けなきゃいけない、決して自分の意志で止まったり、それこそ横道にそれることも出来ないって思うと。私まだこの家に来て半年くらいしか経ってないけど、このバーンズロウ家がどんなしがらみに取り憑かれた家かは嫌でも理解した。きっとこれから先私がどう行動しようとバーンズロウ家の当主という肩書があたしに、まるで足枷のように付いて回るわ。いろんな人が敵に回る。ううん、実際もう敵が現れてしまったのは明白。それらの負荷をずっと背負い続けなきゃいけないって思うと……怖くてたまらないの……
 なんで? どうしてあたしが……」

 彼女はまるでダムが過剰に溜まった水を放水するかのように一気に捲し立てた。
 シュナは今十四歳だ。十四歳といったらこれから大人になるまでたくさんの可能性が満ち溢れている。やろうと思えばどんな人生だろうと歩んでいける。世間の同い年の女の子と同じように恋を憶えてもおかしくないし、自分の将来に付いて様々と思いを巡らせるのも十分すぎるほど許される年頃だ。ジェラルドタウンにいた頃は人並みに友人だって居た。だがそれらの可能性、夢、友人たちは彼女の実の父によって半ば奪われてしまったのだ。いくらシュナの父がアルド氏でこうなることは決まっていたとはしても、それまで何も知らされず教えられてこなかった彼女にとっては理不尽この上ない仕打ちであるに違いなかった。
 それらの言葉をカイリューである、ポケモンであるアルスがどこまで理解したのかは知れない。
 アルスはそこで彼女の言いたいことが終わったと見ると、何かを言わんと口を開きかけたが、何を言えばいいのか彼の中でもまだ整理がついていないようだった。

「ああ、なんっつーか。俺は人間じゃないから正直どうお前に言葉かけていいのか分からねえ。だけどよ……」

 そこでアルスはなんだか困ったように言葉を詰まらせた。最初は何か照れくさいことでも言おうとしているのかとシュナは思ったが、よく観察してみるとこれから言う言葉が照れくさくて詰まっていると言うよりも、どう言えばいいのかの表現が見つからなくて困っているような感じだ。

「ああクソッ。とりあえずその表情やめろよ!」

 アルスはキッとシュナを射ぬくように見据えて片腕をまっすぐ彼女の方に指した。
 思いがけぬ激しい口調だったため、彼女は一瞬どきりと衝撃を受けた。

「いいか。お前ここに戻ってからシケた面ばっか見せやがって、もうちょっとマシな顔出来ねえのか?」
「マシな顔……?」
「そうだ。ええっとつまりだな……」

 そのときシュナはアルスの伝えようとしていることがピンと来て彼の求めてる表情を作った。

「こうでいいのかな?」

 いつもなら自然にその顔を出せるのに、今回に限って妙にぎこちなくなってしまう。笑顔をつくるというのは当たり前にできるようで当たり前にできない。まるで普段当たり前のように呼吸しているのに、一度呼吸のやり方を意識すると妙に気になってそれが何故か続いてしまうかのようだ。
 だがこの時に限ってはこれで十分のようだった。

「そうだ。そんなふうに笑っていろよ」

 そのときだった。アルスは自分の記憶の奥底に一瞬光のようなものが過ぎった気がした。自分があの廃墟の地下で眠りに付く前の記憶。あの廃墟で初めてシュナに会ったときに勘違いした記憶の中の誰か。その誰かの表情とシュナの表情が一瞬一致したのだ。そのときの感覚はまるで粘土の上に立っているかのように不安定で視界が刹那ぐにゃりと歪んだ。だがその感覚はほんの一瞬にして過ぎ去り、それが自分の動きに出る前に消え去った。だからシュナは気づかない。アルスが自分の表情によって記憶の中の何かを見出しかけたことに。
 同時にアルスは確信した。シュナは間違いなく自分の失われた記憶についての鍵を持っているのだと。
 一方でシュナの方はまたやってしまったと自省していた。

「ごめんね」
「あん?」
「記憶がなくなってるアルスは、自分が誰なのか知ることの方が大切だというのに、あたしったら勝手に……」
「よせよせ。さっきも言ったじゃねえか。暇つぶしついでだって」

 そしてアルスは大儀そうにゆっくりと立ち上がった。

「どうしたの?」
「あん? お前のマシな顔も見られたことだし、今日はもう寝るよ」

 そう言うと彼は窓のほうへとのそのそと歩いていった。尻尾が右左に揺れて机のそばにおいてあったくずかごにぶつけて倒してしまった。このまま窓を突き破ってしまうんじゃないかとあわててシュナはアルスより先に窓へと向かいいっぱいにまで開いた。

「どこに?」
「そこらへんで寝床探す。ここはちょっと狭い」

 彼はぶっきらぼうに返し、バルコニーに立つと両翼をいっぱいに広げる。そして何度かの羽ばたきの後、浮き上がった。

「ちょっと!」

 あまりに唐突なカイリューの行動に思わず彼女は声を上げる。空中で羽ばたきながらシュナのほうへと見返すアルスの表情はどうやら本格的に眠気を感じてるようだ。

「あんまり人前には姿を見せちゃだめよ。特にポケモンを連れてる人間には」

 一瞬、アルスはどういう意味なのかわかりかねた様子だったが、すぐに言葉の意図に気づき「分かった」と返した。
 そして彼は飛び上がりすぐに真っ暗な闇の支配する夜の空気の中へと消えていった。
 彼が見えなくなるのを見届けてから彼女は一息ため息をつくと、部屋へと戻り肌寒い空気が入り込んでいく窓を閉め鍵をかけた。そのときちょうど見計らったように部屋の扉からノックの音が彼女の耳へと届いた。
 扉を開けるとソフィアが立っており、水差しとグラスをワゴンの上に載せて持ってきていた。

「お水お持ちしました」

 ソフィアは何かに期待しているように無邪気に笑っていた。そして水差しとグラスをワゴンごと部屋の中へと入れた。そして机のそばまで持ってくるとそのまま出て行こうとした。すると突然ソフィアは小さな悲鳴を上げてその場で転んだ。慌ててシュナも彼女の元に駆け寄る。見るとソフィアの足元にはさきほどアルスが倒していったくずかごが転がっていた。アルスが飛び去ってからすぐにソフィアが来たために片付けるのを忘れていた上、ソフィアの方もワゴンを転がしていたため倒れたくずかごに気づかなかったのだ。

「いけませんよお嬢様。私だったから良かったものの、ナタリーさんやグラマーさんだったらカンカンでしたよ」
「ああ、ごめん。うっかりしてて」

 シュナは適当にごまかしながら内心どぎまぎしていた。ソフィアが来たのがアルスが去ってからで本当に良かったと痛切に感じた。

「ねえ、ソフィア。さっき言ってたのはまた今度にしてくれない? ちょっと今日はいろいろありすぎちゃって本当に疲れちゃったの」

 シュナはひとつには本当に疲れていたのもあるが、もうひとつにしばらく一人で考えたいことがあったのだ。ソフィアにはいずれ話すことになるとは思うが、今日はあまりにいろいろな事が起こりすぎて頭の中が混乱している上に、もし話すなら思い切ってアルスも居た方が話しやすいと思ったのだ。これまでソフィアにシュナはさまざまな打ち明け話もしていたし、それと同じように彼女のことも自分のことを開けっぴろげに話してもらっていたが今回のことほど話しにくいことはなかった。

「分かりました。今日はナタリーさんと一緒に宿直していますから何かあったら呼んでくださいね」

 ソフィアは部屋から出て両手を前に揃えて使用人特有の深々とした礼を見せ、「おやすみなさいませ」と夜の挨拶を終えるとなるべく音のたたないように丁寧に戸を閉めた。
 あとに残されたシュナは机の椅子に座ってひとつため息をつくと窓の外を見やった。いったいアルスはどこまで寝床を探しに行ったんだろう。そういえば明日はいつごろ来てくれるのだろうか。誰かが見ている前で来られたらちょっと困るかもしれない。そんなことが水泡のように浮かんでは消えた。
 それから彼女はシャワーを浴び、寝巻きに着替え歯磨きを終える。そのままシュナは洗面台の鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。

「マシな顔……ね」

 そして彼女は両手で無理矢理顔の口角を上げてみせた。まるでサーカスのクラウンのような不自然な笑顔が鏡に映った。

「なにやってんだろ、私……」

 シュナは洗面台をあとにし、部屋に戻るとソフィアの持ってきてくれた水差しの水をグラスに注いで一気に飲み干した。
 明かりを消して彼女はベッドに横になり布団をかぶった。
 だが、今日一日の体験でびっくりしていた心をは彼女をすぐに眠りの世界へ向かわせることを許さない。

 誰も居なくなった部屋、明かりのない暗くなった部屋。こういう静かな空気の中でよく彼女は自分の考えをめぐらせることがあった。そして今回もまた例外ではない。シュナは改めて今日一日自分の身に降りかかった出来事について思いを泳がせる。
 その主な対象はやはりあのカイリュー、自分がアルスと名づけたポケモンについてだった。

 アルスはいつからあそこに居たのか。あの地下で眠らされる前はいったいどこで何をしていたのか。どうして人間の言葉をしゃべることができるのか。なぜ記憶を失っているのか。アルスを封印していたアンノーンたちはなんだったのか。次々と川の水が決して途切れずに流れていくように次から次へとそのような疑問が浮かび上がる。しかしそのような考えも些細なことと呼べてしまうほどの疑問が彼女の中にあった。それは彼が初めて会ったときから無意識ながら感じていたものだが、あの湖のほとりでの出来事の後にその疑問はさらに顕著なものとなった。
 この疑問を彼女はアルス自身に問いかけてみようかと考えてはいたが、なぜかその言葉が出てこない。結局今日はそのことを話せずに彼はどこかへと寝床を探しに行ってしまった。明日あたりに尋ねてみようかと思ったところでようやく眠気という名の門が開き、彼女を深い眠りの世界へと誘った。