Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.5 )
日時: 2010/09/14 21:04
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:

 第三章「シュナ=バーンズロウ」

 −1−

 屋敷に着いたころにはもう日は完全にその姿の名残さえも残しておらず、空には悠久なる真っ暗な闇が広がり星星がまるで散りばめた宝石のようにチラチラと輝いていた。
 バーンズロウ家の邸宅はフィッツシティという街にあり、市街から少し離れた郊外に建っている。もともと別の土地にあった屋敷をアルドがこの地に移したとシュナは聞いていた。もともとの土地は交通の便の悪さなどの理由でこの地に移したらしい。
 トルバから隣町へと続く幹線道路から側道が伸びており、その道を少し入ったところに屋敷はある。敷地全体を三メートルほどの高さの鉄柵で囲み、その鉄柵の内では大きく分けて二つのエリアに分けられている。
 一つは屋敷の建物そのもので、敷地の半分を占めている。この建物は有名な建築家に依頼したもので基本的な材料に赤レンガを使用したものという、時代に逆行したようなものだったが、むしろそのような要素がこの屋敷が大富豪バーンズロウ家の邸宅であるという貫禄を演出していた。門をくぐった正面から眺めるとちょうど左右対称なるよう設計され、中央に正面扉、その真上に当主の間のある白い柵のあるバルコニーが配置されていた。そこを中心として建物は左右に広がり、それぞれの区画に山高帽のような三角屋根があった。
 そしてもう一つのエリアはその屋敷の前に広がり、門をくぐった者を最初にお出迎えする庭園だった。庭園はそこにある花で道を作っているかのようにきっちりと生育され、バーンズロウ家を訪れる客人たちはまずこの庭園に驚かされるのだ。植えられている花は様々で庭園のそれぞれの区画にそれぞれ四季ごとの花を植えているため、基本的に庭園は年中なにかしらの花が咲いているようにされている。
 春である今の季節にはチューリップやマリーゴールドなどが占めている。
 シュナは今が夜であることをほんの少しだけ残念に思った。空からのこの庭園を見下ろせばきっと色とりどりな花がまるで種々の刺繍を施してある絨毯のように見えただろうと思ったからだ。
 アルスは大きな翼を前に寄せるように羽ばたかせ空中でとまると、そのままゆっくりと真下に降下していった。そして降り立ったは庭園の中央の十字路。正面から見渡す屋敷は灯りが全て消えていた。使用人を除けばここで今現在住んでいるのはシュナだけだから当然でなことであった。とはいえ、やはりシュナは何か物足りなさを感じずにはいられない。
 
「へえ、こんなところに住んでんだな」

 まずはアルスがそう漏らす。ポケモンであるがゆえかこのような豪邸を前にしても反応は薄い。

「うん。あ、そうだ。ちょっといいかな」

 シュナは屋敷の扉へと近づこうとして気づく。

「なんだ?」
「その、使用人たちが驚くといけないからアルスはあとから入ってきてほしいの。あたしが合図するまで外で待っててくれないかな?」
「めんどくせえな」
 
 そう言いながらもアルスはしぶしぶと承諾する。
 シュナは屋敷の正面玄関へと歩いた。途中なにか忘れているような、という思いが走ったがすぐにそれは消える。
 今が夜であることを少し残念に思った。日のあるうちならアルスにこの庭園を見せることが出来るからだ。今も見えないわけではないがやはり暗い内より明るい時に見た方が断然いい。この屋敷に住み始めてあまりいい思いはなかったがこの庭園だけは素直に気に入っていたのだ。
 二人は屋敷の大扉の前へと立った。そして傍らにあるインターホンにシュナは手を伸ばした。屋敷では扉の鍵は全て内で管理されており、門限を過ぎると全ての扉および窓が施錠され家の者であろうと外へと締め出されることになっているからだ。
 そしてシュナはインターホンのボタンを押し込む。チャイムのような音が鳴る。
 数秒ほどしてインターホンが繋がり、女性の声が聞こえた。

『――どなたでしょうか?』
「私よ。今帰りました」

 途端にスピーカーの向こうから何かをひっくり返すような音が鳴り響き、同時に接続が切れる。
 そして十数秒ほどして扉の向こうからもドタドタと物音が近づいてきた。そして正面扉が勢い良く開かれた。

「お嬢様! どこへ行っておられたのですか!?」

 そこにはシュナと同年程度かあるいは少し年上ほどに見える女が立っていた。明らかに使用人と思われるメイド姿をしていた。黒く足首ほどまで丈があり袖の長いドレスに白いエプロンを付けている。背丈はシュナより少し高い程度で栗色の髪を後ろで団子のように纏めていた。
 女は狼狽した面持ちでシュナを見る。

「ただいま。ソフィア」

 シュナははぐらかすような笑いを浮かべて彼女の名を言った。

「ただいまじゃないですよ。護衛もつけないで黙って三日も留守にするなんて。私たちがどれほどお嬢様を心配したか分かってたんですか?」

 ソフィアと呼ばれた使用人は今にも泣き出さんとする勢いだ。
 このソフィアはシュナがこの家に来る少し前にアルドが雇った使用人で、歳が近いということでシュナが気軽に接することのできる数少ない使用人の一人だった。アルドが死後自分の遺言を発表したあの日にシュナが侍らせていた使用人も彼女だった。
 それから、まだソフィアがシュナにぼやいているところに別の使用人が来た。ソフィアと同じく女性だが、こちらは初老で髪の毛には黒いものよりも白いもののほうがもはや多かった。服もソフィアのそれと同じなのだがやはりだいぶ年季が入っており、くたびれながらも経験の深さを匂わせていた。

「ソフィア。行儀がなっておりませんよ。いくらお嬢様の御身を案じていたとはいえ、それ以上の言葉は慎みなさい」

 そういわれるとソフィアもまだまだ言いたい事はあったが、そこでようやく自分の行為の無礼に気づき、言葉に詰まって黙って引き下がった。口調こそ穏やかであれ、やはり長年の経験からか老女の使用人の言葉には思わず言うとおりにせずにはいられない重みが含まれていた。そしてその穏やかな叱責の矛先はシュナにも向かう。

「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいまナタリーさん。黙って出かけてごめんなさい」
「お嬢様。使用人の身であることを、そして無礼を深く承知の上で申し上げます。ソフィアにはああ言いましたが、今やお嬢様の御身はお嬢様一人だけのものではないと自覚していただかないと」

 シュナは黙ってナタリーの言葉を呑む。今やバーンズロウ家の当主という身である彼女は継承する以前以上に使用人たちの目が厳しくなっていた。使用人たちは本来ならシュナのことは「お館様」もしくは「当主様」と呼ばなければならない。しかしシュナがどうしてもその呼び方を嫌がり彼女がなんとか今までの呼び方にするよう説き伏せたのだ。もっとも本当なら「お嬢様」という呼称さえできれば止めてほしかったのだが、それ以上を求めるのは使用人たちには逆に酷だということも分かっていた。
 ナタリーの話によると今晩の屋敷への宿直は彼女とソフィアの二人だけらしい。

「ごめん。今日はもう休ませてくれないかな。ちょっと疲れちゃって」

 留守している間どうしていたのかと使用人が問いただしてきそうな雰囲気を感じてシュナはそう言った。実際キュロスの廃墟を訪れて以降さまざまなことが起こりすぎていたので少々精神的に参っていたのだ。そして外にはまだアルスを待たせているからあんまり時間をとるのも悪いと思った。
 そして彼女は自分の部屋へと向かう。本来なら彼女の部屋はアルドが生前使っていた当主の間となるはずなのだが、未だにこの屋敷に来たときに与えられた部屋を使っていた。玄関ホールの中央に階段があり、そこから中二階へ昇ると二手に回廊が分かれ、左に折れた方の奥へと行くとシュナの部屋へと当たる。

「今お開けします」

 連れていたソフィアがすかさず鍵を開ける。それから彼女はそのまま鍵をシュナへと渡すと一礼して引き下がった。

「出かけてたときの話、聞かせてくださいね」

 ソフィアは無邪気に笑いを浮かべて言いながら立ち去った。シュナとソフィアの関係は先述したように、主と使用人というよりも友人同士のそれに近い。屋敷での生活が退屈なシュナはよくソフィアを自分の部屋に呼び寄せてあれこれ他愛のない話を楽しんでいる。シュナの田舎に住んでいたころの暮らしや今の生活での不満に対する愚痴。そしてこれからの生活への不安。とても他の使用人には話せないようなことをあれやこれやと打ち明けた。そのたびにソフィアはまるでシュナの話を糧にしているかのように興味深げに相槌を打ちながら聞くのだった。
 しかしながら、今回ばかりはソフィアを部屋に通すわけにはいかない。
 シュナは部屋へ入り、荷物を机に置くとすぐにバルコニーに向かった。当主の間にあるそれと比べると小ぢんまりとしたものだが、窓の大きさはなんとかアルスのような巨体でも入れるほどのものだった。バルコニーに出るとまずは外に使用人の二人がいないことを確認する。隈なく目を配って誰もいないことを確認すると一旦部屋の中に戻った。そして部屋の明かりを二三度、点灯と消灯を繰り返した。それが合図だった。合図であると同時に自分の部屋はここだと教える目印も兼ねた。
 そして数秒の後に部屋の中に翼を羽ばたかせる音が入ってきた。同時に俄(にわ)かに風が吹き込む。出かける前に机の上におきっぱなしていた本が、見えざる手によってパラパラとページがめくられる。気がづくとバルコニーの上にすでにアルスが立っていた。一瞬シュナは彼の重みでバルコニーが壊れやしないかと思ったが、壊れるどころかきしむ音ひとつ立てていない。

「ごめんね待たせて」
「ああ、そんなことねえよ」

 アルスはそう口にしながら片手で首の後ろあたりを掻いた。
 それからシュナは彼を中へと入れたが、窓から入るときは若干つかえて、特に翼が大きいだけに入りにくそうにしていた。
 その様子が可笑しくてシュナは少しだけ笑ってしまった。
 部屋は天井の高さはさすがにカイリューにとっては低そうであったが、広さは十分にある。シュナはとりあえず彼を何も家具類を置いていない壁際に座ってもらった。
 
「にしても、デカイ所に住んでるんだな」

 アルスは自分が入っても尚余裕のある広いこの部屋をぐるりと見回す。「豪華」だとか「派手」だという言葉を使わず「デカイ」という大きさにだけ関心がいくのはいかにもポケモンらしい。さすがに人を乗せての長時間の飛行、それも久しぶりの飛行に疲れたのか、声にはため息が混じっていた。
 しかし奇妙なことにシュナからのそれに対する返答には少しばかりの間があった。何かを言おうとしているのだが渋っているようにも見える。その気持ちが動きに表れるのか彼女は目をまるで拳を握り締めるように瞑っている。しかし自分の中で何かを決めるようにうっすらとまぶたを開くと、ポツリと口を開いた。

「本当はこんな屋敷住みたくなかったの」
「あん? どういうことだ」
「少し長くなるよ」
「どうせ暇つぶしついでだ。聞いてやるよ」