Re: シュナとアルスの不思議な旅 ( No.24 ) |
- 日時: 2011/01/20 16:05
- 名前: わたぬけ◆Yzj.2OFEoQ ID:IBHrX1HU
- 第一のチェックポイントは特に何の変哲もないただの空き地だった。なるほど、これではナビには何の表示もされない空白として表示されるわけだ。そこに到着したとき、二人は表情を曇らせた。広い空き地は三方をそれぞれ別の建物、残りの一方を道路とに囲まれている。道路側から見渡すと、乾いた地面からはそこかしこと雑草が生い茂っており、土地の端の方になるに連れて深さを増していた。そして雑草がはえている密度の比較的少ない中央のあたりに、トレニアとファングがこちらを向いて立っていた。
シュナとアルスの二人が顔を曇らせた原因はこれだ。特にアルスのそれは顕著。二人が自分たちより先にここへ至ってしまったからではない。トレニアとファングがここで二人が来るのを待っていたからだ。
「遅かったじゃない?」
そのように最初に口を開くは、もはや言うまでもなくトレニア。ウインディ、ファングの背に乗っている彼女は表情がよく見えなかった。空き地を道路側から見渡すと西向きとなり、まるで太陽を背負うかのような形となっているので、シュナとアルスから見ると逆光になっていたからだ。 しかし、その中でシュナはトレニアがじっと自分へと視線を注いでいるのを感じた。そして根拠のない漠然とした考えが浮かぶ。トレニアはシュナに対して何かを期待しているような。 隣の敷地に生えている木の葉っぱがさわさわと鳴く。風が吹いたのだ。
「じゃあ先に行くわね。あのボールを取るのよ」
トレニアはファングを進め、二人を横切ろうとしながら、今まで立っていた空き地の中央を指差す。そこにあるのは小さな台座に置かれているモンスターボールなどより二回りほど小さな蛍光イエローのゴム玉。あらかじめ設置されたその旗を集めることで、それぞれのチェックポイントへ確かに寄ったという証明になるのだ。 トレニアを背に乗せたファングが二人の横をすれ違いざまのそのときに、アルスが何事かを言わんと口を開きかけた。しかしそれをシュナが横から割り込むように言葉を投げた。
「待って!」
シュナはほとんど無意識的にアルスの背から飛び降りていた。トレニアは一瞬体をピクリとさせるも、ファングを止めようともせず、代わりに言う。
「レース中に相手から『待って』と言われて待つ馬鹿がどこにいるってのよ?」 「じゃあなんであたしたちが来るまで待ってたの? あなたと話している間はあたしもアルスも一歩もあのボールには近づかないわ」
言い終えてからシュナは自分自身に驚くのを禁じえなかった。 トレニアはスッとシュナに流し目をやった。ファングは己の主であるこの女性の真意を測ったのか足を止める。
「いいわ。その代わり一分だけよ」 「ありがとう。……アルスごめんね。今は黙っててくれるかな」
シュナは今しがたアルスを横から遮ってしまったことも含めて詫びるように軽く手を合わせた。もしポケモンであるアルスがニンゲンの言葉をしゃべっているのを通りかかるかもしれない通行人に見聞きされてはいけないという意図もあったが、何よりこれからのトレニアとの会話に割り込んでほしくなかったから。アルスは困惑しながらも黙ってうなずいてくれた。 改めてシュナはファングの背に乗っている彼女を見上げる。どうしてもトレニアに問いたいことがあった。それは初めて彼女がレースをしたいという提案をしたときから、まるで透明で澄み渡った水にぽたりと絵の具を一滴垂らしたかのように現れた。その後のあれやこれやの混乱でいっときは頭の中から弾き出されてしまったのだが、今またトレニアが自分たちがここに来るまで待っていたという事実を前にしたとき再び現れ、それはいつの間にか垂らした絵の具がひとりでに水の中へ浸透してしまったかのようにシュナの心を支配していた。
「トレニアさん……」 「“さん”付けなんていらないわ」
そのように遮られシュナはムッとする。
「トレニア……、あなたはいったいこんなレースでなにがしたいんです?」 「なに、って今更な質問ね。アタシはただあなたのカイリューと……」 「いいえ、確かにそれもあるかもしれませんが、あたしには分かる。本当は別にあるって」 「ふ〜ん……、じゃああなたがそう思うっていうのなら、何だと思う?」
シュナは「それは……分かりませんけど」と言葉に詰まってしまう。トレニアは自分の感情をおくびにも出さず、口元で小さな笑みを含ませるだけだ。
「でもそんなことを思ったのは、どうしてあなたがあたしたちをなんとしてもレースに参加させたいのかというのから始まった。それもわざわざこんな、爆弾まで用意させて。だから……」
目的は何か、自分が相続したという遺産か、と言おうとしたが思い直しシュナはその言葉を喉で押し殺す。その代わりに声のトーンを落とし「いったいあなたの本当の狙いは何?」とだけで言葉を締める。いつの間にか言葉から敬語が抜けていることにシュナ自身気づかなかった。そして再びトレニアの表情に目を凝らすとシュナはどきりとした。シュナが目を向けたそのほんの一瞬、トレニアは何かどことなく淋しそうな色をその顔に浮かべた気がしたから。しかしそのような色はサッと消えうせ、彼女は再びいつものようなからかうような表情に戻る。
「そうね、“あなたの相続した莫大な遺産”とでも言えば納得する? それとも“お金持ちのお嬢様をちょっと懲らしめてやろうと思った”の方がいいかしら?」 「真面目に答えなさいよ」
トレニアがやはりこの本題からのらりくらりと避けるような態度を続けることに、シュナは声を荒らげてしまう。 「悪いわね。時間切れよ」
トレニアはそう言洩らし、ふさふさの髪の毛をたくし上げると背中へと流した。シュナは「待ちなさい」と引きとめようとしたが、そのとき彼女の目にずっと髪の毛に隠れていたトレニアの耳が映り、思いがけず言葉が喉にぶつかった。そして気づく、彼女の左耳にだけ緑色に輝く宝石のようなものがついたピアスが光ったのを。なぜか左耳だけに……。
「アタシたちに勝ったら、答えてあげるわ」
シュナとトレニアとの会話が終わったことを察したファングは、もはやそれ以上待つことをせず、力強く大地を蹴り走りだした。その様子をじっと見ていたシュナの背中を風をきる翼の雄叫びが押す。振り向くとアルスが例のゴム玉を手に持ち、それを少々ぞんざいにシュナに渡した。そして背を屈めて「乗れ」とぶっきらぼうに言い放った。シュナはコクリと頷きながら、カイリューの背に飛び乗る。 アルスはすぐさま飛び上がり、走り去ったファングのあとを追った。スピードはすぐにさっきまでの飛行と同等になったばかりか、さらに上がっていくようだ。シュナはナビに目をやった。次のチェックポイントは街の南部、鉄道線路脇だ。ナビの経路はここから本道に一旦戻ってそのまま南下するというもの。経路沿いの道は比較的住宅が多く、この時間だからもしかして道は混んでるかもしれないなとシュナは思った。とはいえ、いくら道が混んでいてもその上を飛び越えていくのだから関係はないのだけれども。
「にしても、どういうつもりだ?」
本道にさしかかり、次々と車を追い越しながらアルスが訊いた。 「なにが?」
なんのことで訊かれているのかおおかたの予想はついたが、シュナは敢えてそのように返す。 「あのトレニアって女にあんなこと訊いて、どうするつもりだったんだよ」 「うーん、分かんない」 「分かんないって、なんだそりゃ?」 「うん、ハッキリと分からないんだけど、あの人何か隠してるんじゃないかって思って」 「それであんなこと訊いたってわけか」 「うん。それよりごめんね、黙っててなんて言って」 「構やしねえよ。それより、もっと飛ばすから振り落とされんな」
*
(アタシったらつくづく人が悪いものね)
猛スピードで疾走しながらも次から次へと迫ってくる自動車や通行人を巧みに避けるファング。その背の上でトレニアは誰にも聞こえないように独りごちた。 あんなにあの子たちを焚きつけておいて、終わったあとに殴られでもされたらどうするつもり? それもそれでおもしろいかもね。 そんな事言って、いつまでもこんなことしてたら、いつか身を滅ぼすわよ。 いいのよ。アタシ今すっごく幸せなんだから。 そんな自問自答を繰り返しながら、彼女は表情に自ずと笑みを浮かべていた。 トレニアは自分のナビを開く。本来この街の道のほとんどを熟知している彼女にとってはこんなもの邪魔になるだけなのだが、今回ばかりはちょくちょくと画面に目をやっている。経路確認のためではない。彼女の目は常に自分の少し後ろを走る相手方以外映すものはなかった。 トレニアは己の勝負相手である少女とカイリューのことに思いを馳せる。
(さあ、アタシをもっと楽しませて頂戴!)
少しずつであるが、トレニアのナビの赤い点が自分たちの位置を示すマークに近づきつつあった。
*
「見えたぜ!」
アルスはさらに加速しながら得意げな顔を見せた。もっともその表情はシュナからは見えなかったのだが。シュナも吹き付ける風に抗いながら顔を上げる。そして確かに視界に入った。自分たちの数十メートル先に背中につなぎ姿の女性を乗せたウインディが、猛スピードで疾走しているのを。 やっと追いついてきた。シュナはそう実感する。 ファングの走る姿はここから目にするだけでも見事なものだった。次から次へと迫り来る自動車や障害物にはまるで最初からそんなモノ存在しないかのように必要最小限の動きだけで巧みにかわす。 そしてファングはシュナたち二人から見て一つ先に交差点で右に折れ、その姿を隠した。すぐにアルスもそれに倣い、身体を大きく傾けて右へと折れた。だが次の瞬間のことだ。 交差点を曲がりきった先に待ち、アルスの目の前に立ちはだかっていたのは巨大な車体を誇る二階建てバス。 「うおっ!?」
その瞬間アルスは右に避けようとしたが、運の悪いことにそこにもトラックという大きな障害物が待っている。左に折れるには身体を右方面に傾けすぎた。となると最後の選択肢は真上へ上昇すること。なんとか翼を上に向け、機関車のピストンのごとく羽ばたく。シュナは思わず驚愕の叫びを上げ、より強くアルスに掴まった。 間一髪、自動車に衝突するギリギリのところでアルスは回避に成功し、二台の自動車からクラクションの音を投げつけられながら二人の体は一気に上空へと舞い上がった。たった今ぶつかるか否かの瀬戸際だった二階建てバスとトラックを見下ろしながら二人は大きく安堵の息を漏らした。
「あー、びっくりしたあ」 「悪りぃな。クッ……また離れちまったか」
アルスがそう舌打ちした瞬間のことだ。 なにかまるで目覚まし時計が設定された時刻へ至ったようなカチリという機械音が二人の耳を打った。なんだろうと互いに顔を合わせる暇もなく更に耳をつんざくような警報音がうるさく叫び声をあげた。先に気づいたのはシュナだった。彼女はあっと声を上げて腕に装着されている腕輪に視線を移す。腕輪に設置されている赤いランプが狂ったように点滅を始め、この叫び声のような警報音も同じく腕輪から発せられている。 今の上昇で地上から二十五メートル以上離れてしまった。 (二十五メートルを越えた瞬間にドカンといくわけじゃないよ。二十五メートルを越えるとここの赤いランプが点滅して警告音が鳴りだしてその五秒後に爆発する仕組みだから。うっかり二十五メートルを越えてしまっても五秒以内に高度を落とせば爆発しないってことさ) そう説明するランジアの言葉が瞬時にシュナの頭をよぎる。
「うわわわ、アルス?! 降りて降りて降りてッ!」
シュナがまくし立てるまでもなく、アルスも思い出し、慌てて高度を落とす。警告音ははじめ一定のリズムを刻んでいたのがやがて次の音がなるまでの間隔が短くなり、そして…… 止まった。 アルスがほとんど落下するように一気に五メートルほど高度を落としたときに警報音は静かになり、狂ったような赤いランプの点滅も止んだ。 しばらくの間シュナとアルスの両者は、地上から十数メートルの上空でお互いの顔を見合わせ、息の仕方を忘れたかのように沈黙していた。やがてほぼ二人同時に溜め込んでいた肺の空気を一気に吐き出し、にわかに呼吸が荒くなった。さらに心臓が早鐘のようにドクンドクンと胸を打つ。どうやら爆発を回避する試みは成功したようだ。 アルスがはじめ自動車に衝突しそうになってからほんの二十秒と経っていなかったというのに、まるで何時間分も凝縮された時を一気に体験したかのようだった。
「すまん。それのこと忘れてたよ」 「うん。実はあたしも。やっぱり、これ本当に爆弾なのかもしれないわね」
奇妙な気分だった。レースが始まる直前はこれが本当に爆弾なのか、ただのフェイクなのかもしれないとシュナは疑っていたところもあった。だがこうしていざ警告音やランプの点滅で爆発の危機を示されると、やはり爆発するに違いないと信じないわけにはいかなかった。 改めてこの腕輪をはめられているという事の重大さにシュナは背中にまるで氷でも当てられたかのようにヒヤリとしたものを覚える。ごくりと唾を飲んだ。唾は喉に引っかかることもなくすんなりと胃袋へと落ちていく。
「あたしはもう大丈夫だから。早く追いかけよう」
その言葉を受けて、アルスは翼の向きを変えると下降しながら一気に加速した。せっかく追いつきかけたというのに今のでまた差をつけてしまった。だがレースの道程はまだゆうに半分以上残っている。まだまだ追いつき、勝てるチャンスは残っている。 「平気か?」 「うん、ちょっと動転しただけだから。もう大丈夫だよ」
シュナはここで爆弾を爆発させかけて、かえって好都合だったかもしれないと思った。これで改めて自分たちがこのレースに勝たなければならないという事実を再認識できたのだから。 しかしその時、再びシュナの脳裏に最初のチェックポイントでトレニアが一瞬だけ見せたあのどこか淋しげな表情と、左耳にしか付けられていなかったピアスがちらつく。 いけない。今はそんな事考えている場合じゃないと、シュナはその考えを払い落とすように首を振ると、ナビに視線を移し次の交差点を左に折れるようにアルスに指示を出した。 * 二人の様子をずっと遠くの建物の屋根の上から彼女は眺めていた。全身を覆う黒い衣装のうえから帽子を目深に被っている姿は、傍目から見たらまるで昔話にあるように誰かから抜けだした影が歩いているように見えるだろう。 黒い薄布の手袋をつけた手の上にはまるで調度品に適しているような透き通ったガラスのようなもののカケラが乗っている。カケラは美しい正八面体で向こう側が見通せるほど透き通ったものであるが、このときカケラが映しているものは周りの光景が屈折したものではない。正八面体のカケラには一台の黒の乗用車が映し出されている。その自動車はさきほどグラハム=トールキンを襲った男のものだった。車の後部座席には弁護士が両手両足を縛られた姿で寝かされている。
「さてさて、これが困ったということか。しかしこれはかえって好都合かもしれない……。もう少しだけ様子をみるとしよう」
誰にともなく女は呟くと、片手でカケラをまるで中身を混ぜるように手をかざした。するとシャンと鈴を鳴らすような音色とともに、カケラに写っていた光景はまるで夢だったかのように消えうせた。あとに残るのは何の変哲もないただの透き通った正八面体のカケラだった。 彼女はなにごとかを口から漏らす。それは女がつい最近憶えたばかりのもの。こんなものが何の役に立つのかと思いながら、彼女が口から漏らすそれは……歌だった。
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