Re: シュナとアルスの不思議な旅 引越し完了+更新 ( No.20 )
日時: 2010/10/19 14:15
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:

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 シュナは返されたポシェットの中身を検め、確認した。
 まずは財布を確認。中も何かが盗られたような様子はない。まずはこれがなければ旅を中断せざるを得ないのでひとまずほっとする。次にポケギア。これも確認。メインのポケットにはあとはペンなどの雑多なものが元のとおり入っていた。
 そしてシュナが最後に確認する場所。サイドのポケットを探る。そしてほどなくしてポケットに入れた手は何か硬い物に触れる。シュナは掴んでそれを取り出した。それが何も恙無(つつがな)く無事な姿であるのを見て取ると深く安堵の息を漏らした。

「よかったぁ……」

 それはブローチだった。中央にまるで田舎の清浄な小川を思わせるようなエメラルドのような宝石がはめ込まれており、カリンの花を模したような黄金色の花弁細工がそれを囲んでいる。宝石の表面の光沢がまるでシュナの元に戻ってきたことを喜んでいるかのようにきらりと光った。シュナもそれに答えるかのように顔をほころばせる。
 そのブローチはジェラルドタウンに住んでいたころより祖母から持っているようにと言われたものだった。物心ついたころより常に自分のそばにあったと思うし、どこか外出するときにも必ず持たされていた。祖母は「これはお守りのようなものだからいつも持っていなさい。絶対になくしちゃだめよ」という言葉をシュナの耳にタコができるのを意図しているかのように常に言い続けていたものだ。だからいつの間にかシュナにとってもそのブローチは自分の命の次に大切なものであるかのように扱っていたし、村から離れるときも真っ先に荷物に持ったものだった。以前は外出するときはいつも衣服のどこかに付けていたものだったが、最近は付けることが妙に小恥ずかしくていつも持ち歩いているポシェットに入れるだけにとどめていた。
 それでもやはりいつも側に置いていたし、手放すようなことはこれまで一度も考えたことがなかった。そして絶対に無くさないように大切にしていた。なぜだか分からないが、まるでこれを失ってしまったら自分を守ってくれてる何かが消えてしまいそうな、なんとなくそんな気分にさせるようなものだったから。
 そのときトレニアがそうやって大切な物を取り戻し安堵している自分を見てにんまりとニャルマーみたいな表情を浮かべているものだから、シュナはちょっとだけ対抗する気持ちでぷいっとそっぽ向けるように顔を逸らした。
 取り戻したポケギアで時間を確認すると液晶には「15:32」という表示が浮かび上がった。

「ふふん、それじゃ説明するけどいいかしら?」

 いつの間にやらキャスターが付いているホワイトボードがどこからか運ばれ、その面にはボードいっぱいの大きさのレマルクシティの地図が貼り付けてあった。その地図にはところどころに赤いインクで番号が振られており、その番号はぐるりと街を囲むような位置にあった。

「ルールは簡単なものよ。まず挑戦者、この場合アタシとあなたね。挑戦者はパートナーのポケモンに乗る。ゴールするときは必ずポケモンとその騎乗者が一緒にいること。ポケモンか人間かどちらかだけがゴールしたって認められないわ。そしてここがスタート地点。この倉庫街の水路の通り。あんたたちも来る途中に通らなかった?」

 シュナは思い出す。この界隈に降り立ったときに最初にピジョットの姿を見つけたあの通りだ。地図の位置的にもそれで間違いないだろう。

「そこをスタートにしてこの赤い番号の印のついている場所を番号の順番で経由して最後にまたスタート地点に戻る。だいたいこの街をぐるりと一周するような順番になってるわ」

 二人は黙ってうなずく。
 さらに説明は続く。
 赤い番号で印されたチェックポイントにはあらかじめトレニアたちの仲間がチェックフラッグを置いているので、それをちゃんと持ち帰ることでポイントを通った証明になる。そしてチェックポイントを通ってゴールにいたるまでの道のりは挑戦者の自由。どこを通ってどこに至ろうとちゃんとチェックポイントを経由さえすれば構わないとのことだ。
 だが、その説明にシュナは首をかしげた。こんなルールだったら空を飛んで一直線に経由ポイントに行くことができるカイリューの方が圧倒的に有利なのではないかと。するとどうやらトレニアにはシュナがそんな疑問を浮かべていることを見抜いているかのようにまたにんまりと笑う。

「それで、次が重要なんだけど」

 トレニアが見せるはくあっと口開くあくびひとつ。そして彼女は周りを囲む彼女の仲間の方へをちらりと一瞥した。そして彼女の一瞥の的となった男が歩み寄る。

「あとの説明任せたわ」
「そりゃないですよ。いつもこの説明は僕にばかり任せて」

 そうぼやきながらも男はうれしそうに笑みを浮かべている。まるでこのトレニアという女に指名されたことを喜んでいるようにさえ見える。
 男は男性にしては背は低め一七○前後といったところか。それでもシュナから見れば少し見上げるほどはあるのだが。金色に染めた髪をツンツンさせている。細目に黒いフレームの眼鏡をかけており、少々猫背気味。それも災いして背が低く見えるのかもしれない。

「さ、あんたたちは準備してきなさい」

 トレニアが周りを囲む一同を見渡して、張りの込められた声で言い放つと「ハイッ! トレニア姐さん!」と彼らが不良集団であることを一瞬忘れさせてしまうような士気のこもった声を揃える。そしてときにシュナとアルスに向かって物珍しそうな目つきをなめるように上下させながら建物を出て行った。

「さてと、あとは僕が説明すればいいんですね」
「何か文句でも?」
「反抗しようにも、ただの機械弄りがわれらが姐さんに適うはずもないでしょうに」
「言っとくけど、ナンパするんじゃないわよ」

 それだけ吐くと、トレニアは元の上席ともいえる椅子の上にふんぞり返るのだった。
 男は苦笑して二人のほうへと向き直ると「やれやれ」と零しながら、右手の中指で眼鏡のズレを直した。

「こんにちは。僕はランジアっていうんだ」

 ランジアと名乗った男は二人に対して気さくに話しかけてくる。しかしやはりこの男もまたカイリューであるアルスがしゃべるだなんてアジサイの苗からヒマワリが咲くくらい夢にも思っていなかったらしく、アルスの姿を見回しながら「あー」とか「えー」とまるで夢の中の光景が現実になったかのような反応を見せた。一方でアルスはというとやはりトレニアの態度が気に入らないのか、威嚇するように翼を広げている。トレニアがナンパするなと言ったが、こんな威圧されてはナンパなんてする勇気なんて塵ほどにも湧かないなと彼は考える。

「さてと、これから話すことはよく聞いてほしいね。なにせ“ソレ”に関わることだから」

 ランジアが“ソレ”と指すもの。それはシュナがトレニアに付けられたこの爆弾腕輪だった。二人はギョッと顔をゆがませた。

「君は旅行者だろう? この街は何十年か前に歴史景観保護地域に指定されたことは知ってるかな?」
「あ、はい……」
「んまあ、その条例だかなんだかでこの街の開発には制限が掛けられてるんだけど、その中で今回の話に一番重要なのが『建築物の高さに関する制限』なんだ
 この街ではその条例によって新しく建物を建てるときは高さは二十五メートルまでって決められてるんだ」

 シュナは今日一日この街のあちこちを見て回ったが、確かに中心街ではともかく比較的市街から離れているこのあたりの地域もそこまで高い建物は見受けられない。だが、その話とこの腕輪と一体なんの関係があるのか。

「そして君をこの街から出さないようにしているその腕輪。作ったのはこの僕なんだ。姐さんから頼まれてね。これでも機械弄りは得意だから」
「んじゃあ外せよ」

 ズイっとアルスが首を彼の高さにまで落として詰め寄る。そしてシュナはそんなアルスの行動を後ろから引っ張って諌めるのだった。さすがにランジアも顔を引きつらせて思わず後ずさるが、シュナが引き止めてくれたのを見ると肝を冷やしたようにふうっとため息をついて返した。

「ダメダメ。トレニア姐さんの言いつけは逆らえないよ。それに姐さんは正々堂々とした勝負を好むからね。“ソレ”はそのためにあるんだ」
「どういうこと?」

 今度はシュナが詰まる。

「さっき条例で二十五メートル以上の建築物は建てられないって話をしたろ? その腕輪は装備者が地上から何メートル離れているか測定する機能も付いてる。ここまで言えばもう分かるかな?」

 問われ、シュナはどういう事かと考える。そして幾許かの時間も必要とせずに意味を理解した。

「まさか……地上から二十五メートル以上離れたら……」
「そのとおり! 二十五メートル以上離れても爆発するからね。僕の作品は優秀だからね。建物の上にいようとちゃんと地面までの距離を測ってくれるんだ」

 シュナは顔を強ばらせる。そして再び自分の腕につけられているこの爆弾腕輪を凝視した。そんなシュナに構わずランジアは続ける。

「これによって自ずと課せられるルールは一つ。『挑戦者は建物の上を跨いではならない。必ず道路、あるいは平地を通ること』。なあに心配しないで。二十五メートルを越えた瞬間にドカンといくわけじゃないよ。二十五メートルを越えるとここの赤いランプが点滅して警告音が鳴りだしてその五秒後に爆発する仕組みだから。うっかり二十五メートルを越えてしまっても五秒以内に高度を低めれば爆発しないってことさ」

 ランジアはまるで自分の創りあげた作品の素晴らしい出来を誇っているようにエッへンと腰に手を当てて胸を張った。そのとき彼の体がふわりと地面から離れる。何事かと彼自身がびっくりして思わず地面から離れた足と離れた地面とを交互に見回す。「えっ? えぇ?」

 答えはというとアルスがランジアの後ろ襟首を捕まえてそのまま吊るし上げたのである。アルスは無言のまま自分の顔とランジアの顔とをモンスターボール一個分にも満たない距離まで近寄らせてまるで噛み付くような目付きを彼に降り注いだ。ランジアは半ば笑っているような表情が顔にびしゃりと張り付いたように強ばらせる。ついにその緊張に耐えられなくなったランジアは後ろ襟首からつるし上げられたままバタバタと丘に上がったコイキングのように暴れて裏返った声を上げるのだった。

「うわぅあ! ごめんごめん、ごめんなさい! 降ろしてえ……!」

 アッハッハとその様子を見ていたトレニアが笑った。後ろにいるウインディのファングも笑っているのか喉をぐるぐる言わせている。

「そういうわけ。分かったかしら?」

 アルスは相変わらずランジアを持ち上げていじめているものだから、代わりにシュナが答えた。

「ええ、分かったわ」

 シュナは自分で出来る限りの毅然とした態度でその言葉を放った。それが少しはトレニアに伝わったのか、彼女はニコリと笑って「いい返事ね」と小さな称賛を向けた。
 それから二人はトレニアよりスタートはいつがいいかと問われ、シュナが考える間もなくアルスがいつでもいいぜと答えたのでトレニアはこれより約一時間後の十六時三十分と言い渡した。それまでの間彼女は少し仮眠をとるからとファングとともに奥へと引っ込んでいった。

「あと、これも渡しておくよ」

 ランジアは出来る事ならアルスの目の届かないところへと引っ込みたいと思っていたが、挑戦者である二人に対して自分に課せられている仕事がまだ残っている。それがまず彼がシュナに渡した何かの機械だった。液晶と思われる画面、フレームの一番端にアンテナのような棒が伸びており、一見ポータブルテレビかなにかのようだった。そのテレビのようなものには環状の紐が取り付けられており、首からペンダントのように提げられるようになっていた。
 どうやって使うものかとシュナがあれこれとぐるぐる回している様子を見かねたのか、彼はイライラしたようにシュナからテレビを取り上げて側面にあるスイッチを押した。
 すると液晶に画面が映り、まず中央から少し下の位置にピコンピコンと点滅する赤い丸印が表示され、そこを中心としてあらかじめ目には見えにくい溝が掘ってありそこに水を流すとその溝に沿って線が描かれるおもちゃのように様々な色の線が伸びていく。線は途中で折り重なったりあるところで途切れたりで様々な様相を見せた。程なくしてシュナはこれは地図だと直感した。そしてご名答ですと言うかのように、最後に画面の右上に東西南北を示す方位磁針が表示された。

「これは車なんかについているカーナビにちょっと僕が手を加えたものさ。君はこの街に来るのは始めてだろう? それだと地の利は圧倒的にこっちにあるからね。ええっと、これをこうしてと……。ほら、こんなふうにチェックポイントを経由したスタートからゴールまでの道筋を最短距離で示してくれるよ」
「あ……、ありがとう。ランジアさん」

 それはシュナの素直な言葉だった。
 お礼を言われることなんぞ想定していなかったのか、ランジアはいきなり投げかけられたその言葉にどう反応を返せばいいのか分からずあたふたと手をバタバタさせる。

「え、わっ、いやお礼を言うのはよしな。敵に塩って奴だよ。姐さんはそういうのも好きだからね」

 ようやく落ち着いたランジアはまるで奇異な目をシュナに注ぐ。

「まったく、変わった奴というか、人がいいっていうか……」
「あの、ランジアさん」
「なんだい?」
「これって、本当に……その爆発するの?」

 シュナは自らの視線を腕輪へと向けた。ランジアは言葉になってない声をひとつ漏らし、何事かを言うのを考えているようだった。そしてちらりとアルスの表情を伺う。幾許かの沈黙ののちにコホンと一つ咳払いをするとようやく口を開いた。

「ああ、そうだよ。爆弾というよりも花火だけどね。破裂しても死ぬほどの火力はないよう調節してあるけど、少なくとも……その、装備している手は……使い物にならなくなるね」

 ランジアは出来るだけ遠まわしな言葉を選んだつもりであったが、それだけで十分すぎるほど伝わる。シュナはそれを聞くと少しだけ複雑そうな表情を見せなにか思案しているような仕草をのぞかせた。
 そしてちらりとアルスに視線を注ぐ。アルスは何も言わなかったが、その表情にはこれからシュナが言わんとしていることを促しているようだった。再びランジアへと視線を向ける。いや、正確にはランジアを通り越してその向こう、今は奥へと引っ込んでいるトレニアへ向けられたのかもしれない。

「分かったわ。改めてこのレース、受けてたちます」

 声には気概にあふれた張りが込められていた。その勢いに気圧されたのかランジアは少し驚いたような表情を見せる。そして右手の中指で再び眼鏡のズレを直すとニヤリと笑みをこぼした。

「そうかい。じゃあまた一時間後に。言っておくけどトレニア姐さんを甘く見ちゃあダメだよ」

 それだけ言うとランジアはもう何か伝えるべきことはなかったかなと少しだけ考えたのち「それじゃあ」と、くるりと二人に背を向けて奥へと引っ込んでいった。あとにはシュナとアルスの二人だけが残る。
 ランジアの足音が遠ざかるとアルスはポツリと呟くように吐いた。

「悪りぃ……」
「なにが?」
「いや、人間の言葉でしゃべっちゃいけねえっていう言いつけ破っちまって」

 ああ、とシュナは合点のいった返事をした。

「ううん、いいよ。あそこでアルスが助け舟だしてくれてなかったらあたしどうしたらいいか分からなかったし」

 シュナはさきほどの、この腕輪を外してくれと喚く己の情けない姿を思い出してカッと顔を赤く染めた。
 
「あー、あんときのお前はなかなかおもしろかったな」
「んもう、言わないでよ」

 顔を赤くしたシュナはアルスの背中をぽかぽかと叩くのだった。