Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.17 )
日時: 2010/09/27 22:24
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:

 −3−

 外に出ると午後の力強い光が顔に当たり、思わず手を屋根のようにして目を覆う。
 このあたりはレマルクシティでもだいぶ中心から外れた場所であるせいか、また十四時という午後のまだ早い時間のせいもあるのか往来に人は少なかった。
 シュナは今になってグラハム氏の別れの挨拶をもっと丁寧にやっておけばよかったと後悔した。緊張していたのと、シュナの中で生まれた考えに気をとられそのことが疎かになってしまったのかもしれない。とはいえ、いまさらまた挨拶しなおしに行くのもなんだか具合が悪いのでシュナはそのまま歩き始める。
 結局地下金庫の鍵のことは分からなかったが父、アルドのことはある程度知ることが出来た。
 シュナはグラハム氏の語った言葉よりアルドのことについて、様々に思索をめぐらしていた。しかし今は手がかりもまだ少ない、今はこれ以上考えても無駄だろうと思い直し、いったんアルドのことについて考えるのはやめることにする。

「よう、終わったのか」

 シュナが少し歩いた街角でカイリューは待っていた。

「うん。ごめんね、何度も待たせて」

 ぱたぱたと駆け寄るとペコリと頭を下げる。しかしアルスは特に気にしていない様子で頭をポリポリと掻いていた。

「別に、俺も暇だったから好き勝手空飛んでたよ」

 アルスは気持よさそうに翼を動かしてみせる。どうやら待たせている間にどこか出かけていたようだが、いつ終わるかもわからないグラハム氏との対談を終わるまでずっと待っていろという方が無理だという話なのでシュナは特に気にはしない。とはいえ、なにか問題を起こしたのではないかという疑念はぬぐえない。アルスはそんなシュナの胸の内を見ぬいたかのように「心配すんな。ただ飛び回ってただけで何もしてねえよ」と加えた。

「そう、よかった。それで、どうだった?」
「ああ、楽しかったぜ。お前を乗せて飛ぶのも暇しねえが、自由に飛びまわるってのはなんっていうか……すっげえおもしれえ」

 アルスは子供のように目を輝かせながらシュナに言って聞かせる。まるで空を自由に飛ぶことのできないシュナちょっとだけ小馬鹿にしているようにも聞こえる。よっぽど楽しんできたんだなとシュナは、アルスが待たされたことに怒ってないんだと安心した。
 そしてシュナはパッと思い出す。ここがアルスがしゃべっているところを見られるかもしれない往来の中であると。慌ててシュナは愉快そうにしているアルスの口をふさいだ。アルスも人前でしゃべってはいけないことを思い出すのだが、やはり気持ちが弾んでいるところに水を差されたことに少しだけ不愉快そうな表情を見せる。シュナは申し訳なさそうに「ごめんね」と苦笑いしてみせるのだった。

「でも小声でしゃべるのなら大丈夫だと思うよ」

 それから二人は近くにある公園に移動した。公園はちょっとした運動場にベンチとブランコがあるだけの小ぢんまりとしたものだったが、敷地に沿って並木が植えてあり、ベンチに座ると外からは二人を丁度良く覆い隠すようになっていたので勝手が良い。それに今公園にはシュナとアルスの二人しかいないため、今ここではアルスがしゃべっても何も問題はない。座っている位置からは公園の入口が見えるため、だれかが入って来たらすぐに分かる。

「これからどうしよっか?」

 シュナは街の地図を広げた。ポケギアの時計を確認すると午後二時十分を少し過ぎたところ。

「別に、俺はどうしてもいいが」
「うーん、じゃあせっかくレマルクシティに来たんだし、ちょっと散歩するのはどうかな?」

 レマルクシティは観光の街。せっかくのこの機会にこの街の名所や町並みを少しも見物しないというのは嘘というものだ。シュナとしてはレマルクシティをあちこち回ってみたいというのも確かだったが、グラハム氏との話で少し頭が混乱していたので気分を落ちつけたいという意図もあった。
 そして再び二人は街の中心街近くへ飛んだ。中央の時計塔を中心点としたこのあたりの地域は自動車の乗り入れが禁じられており、広い石畳の道路は歩行者と路面電車のみが行き交っていた。
 道路の両端はテントを利用した簡易的な小屋による露店が並んでおり、これもまたこの街の名物の一つとなっている。街行く人々のほとんどは観光客で中にはポケモンを連れ歩いている者も多い。しかしカイリューというのはやはり稀少種であるためか、ときどき二人は物珍しそうな視線を感じることがあった。
 太陽は少し傾いているが、その輝きを失う気配はない。むしろまだまだこれからだと思えるように強い日差しを地上に注いでいた。街は観光目的の人間と露天に買い物に来る地元の人間とか入り交じってワイワイと賑わっている。

「すごい賑わいだな」

 アルスが小声でシュナに話しかける。

「うん。あたしも初めて来たんだけど、ほんとすごいね! 街並みも綺麗だし、賑やかだし」
「うーん、俺はこういうの苦手だな。こいつらただ歩きまわって何がしてえんだ?」
「あら、ポケモンにはこういう楽しさ分からないかもね」
「なんだよそれ」

 そして人々が行き交う流れのままに歩いていくうちにやがて時計塔のずっとまっすぐ向こうに見える通りに差し掛かる。やはりこの通りにも露店が軒を構えている。シュナは時々露店を覗いて普通の買い物をする場ではなかなかお目にかかれないようなものも目にする。アクセサリやどこからか輸入した珍しい食べ物やおみやげ品。眺めるだけでもお腹いっぱいなのだがシュナは何度か買ってみたい衝動に駆られる。しかしそのたびにまだこの先どれだけ続くか分からない旅の中で無駄に荷物を増やすのは駄目だと言い聞かせてなんとか抑えるのだった。

「うーん、悔しいけどまた別の機会に買おうかしら」
「だけど、こいつらにしてもお前にしてもなんで目の前に置いてあるのに誰も持っていかないんだ?」
「ああ、それはね……」

 と、シュナがアルスに振り返ると、彼は腕に大好物のりんごを五、六個抱えてそのうちの一つを美味しそうにシャクシャクとほおばっていた。

「あら、美味しそうなリンゴね。あたしにも一つ分けてよ」
「あいよ」
「ありがと。……それでね(しゃりしゃり)あ、おいしい。えっと、人間は誰かから物ももらおうと思ったらお金ってものを……、――ってッ!」

 そこでシュナはほおばっていたリンゴをプーッと吹き出し、ゲホゲホとむせ返った。

「――ッ! ちょっと、これどこから持ってきたのよ!?」

 突然シュナが怒鳴るものだから、アルスは何のことやら分からずきょとんとするが、後ろを向いてあの店だと顎でさした。
 二十メートル後ろの果物などを扱っている露店だった。店主はかなり年のいっているおばあさんだったが、どうやら居眠りしているらしくアルスが勝手に売り物のリンゴを拝借したのに気づいていないらしい。
 シュナは「ああ……」と声を漏らして、まるで貧血を起こしたかのように天を仰ぐのであった。
 そして二人は大急ぎで店へと舞い戻り、シュナは「ごめんなさい。ごめんなさい」と何度も謝りながらアルスが勝手に持っていった分のりんごの代金を払うのだった。一方で店主のおばあさんは自分が居眠りしていたこともあってか、ほとんど意に介していないかのように笑って応対したばかりかアルスを「元気な子だねえ」と感嘆してもちろんシュナが払った代金はもらったのだが、さらにりんごを二個サービスに渡してくれた。それがまた申し訳なくてシュナは何度もお礼にペコペコと頭を下げながら受け取るのだった。

「もう! 危うく泥棒になるところだったじゃない」
「いいじゃねえか。さらに二個くれたんだから」
「そういう問題じゃなくて……。とにかく、こういうお店に置いてあるものを勝手に持って行っちゃダメよ」

 そしてシュナは再びグラハム氏との対談の間、アルスをずっと外で待たせていたことを思い出した。とりあえずアルスが何もやっていないというのでその言葉を信じることにするのだが、これからはやっぱりアルスを一人で待たせるようなことは控えようと心に刻むのだった。
 どうやらアルスはお腹もすかせていたらしく、結局サービスで貰ったりんご合わせて合計八個あったリンゴの内七個をわずか数分のうちに芯ごと平らげてしまうのだった。残りの一つはシュナが食べたのだが、どうにもアルスがまた何かやらかさないだろうかと気になってほとんど味に気を回すことが出来なかった。

 やがて二人は時計塔がまっすぐ正面のずっと先の突き当たりで視界に収められる通りへと差し掛かった。このあたりに来ると露店の数はだいぶ減る。どうやら露店が賑わっているのは先程の通りまでだったようだ。時計塔の時計は午後二時五十分ごろを指している。もうすぐ三時の鐘がなる。
 道の途中に橋があり、その橋の下を流れているのは川というよりも水路というべきだった。

「“〜 レマルクの疎水 〜
 レマルクシティのように丘陵地帯を削るように広がっている街で起こる問題のひとつが水の問題である。現在のようにポンプの開発されていない時代は水は上から下に流すことしかできなかった。そこで当時の街の統治者は街から外れた山の向こうの水源に目をつけた。具体的にはその水源からの川の途中にある広い湖――これは街よりも海抜の高い位置にある――から水路を敷き、街の上部数箇所に上水施設を建て海抜の低いほうへと流した。街の地下には現在でも階段状の水路が張り巡らされてある。そのほとんどは現在は観光目的に残されているのみだが、一部は今でも運用されている現役である。”」

 シュナは橋を渡りきった所にある案内板を読み上げ、「へぇ〜」と感嘆の声を上げる。案内板の説明文の横には街の簡易的な地図と蜘蛛の巣ように張り巡らされている水路の図があり、今は使われておらずかつて水の通っていた穴だけが残っている部分は黄色、現在でも使われているものは青のラインで表されていた。

「あの変な人を撒くときに隠れたのもこの水路の一部だったのかもね」

 一方でアルスはほとんど興味なさそうに小さくうなずくだけ。そんな様子のアルスを目にしてシュナは少しだけムッとしてしまう。いくら自分がポケモンだからって少しくらい興味を示してくれればいいのにと内心彼女はぼやいた。
 と、そのときシュナは肩に誰かがぶつかるのを感じた。思わずバランスを失うが、なんとかよろめくだけにとどまる。自分がよそ見してぶつかってしまったのだと思い、あわてて頭を下げようとするが、その人間はまるで逃げるようにそそくさとシュナから離れていく。そして離れていく男が持っているものがちらりと視界に映ったときになってようやく異変に気づいた。

「あ! あたしのポシェット!」

 シュナはぶつかった方の肩に提げていたポシェットがなくなっていることと、男が持っているのがまぎれもなく自分のポシェットであることを同時に気づいた。そしてすぐに掏(す)りなんだと直感した。

「待ってっ!」

 ポシェットには財布やポケギアのような使用頻度が高い貴重品が入れてある。さらに財布の中にはお金はもちろんのことトレーナーカードやそのほか身分証の類が入れてあるので、盗まれたとなると大変だ。シュナは男に追いつこうと行きかう人々をうまくよけながら走るが直後に意外な事態を目にする。
 男はおもむろにモンスターボールを取り出すとそれを投げ、ボールからは一体のポケモンが姿を現す。全身を小麦色と黄土色の羽毛に覆われており、白と紅の美しい鬣を持っているピジョットと呼ばれるポケモンだった。
 そしてシュナが、それこそ「あっ」と言う間に男はピジョットに乗り、空へと飛び上がった。

「おい、追うぞ」

 呆然としているところにまたアルスが乱暴に半ば強引にシュナを背に乗せ、飛び上がった。その様子を周りの観光客から好奇の目で見られるのだがそんなこと今は気にしていられない。
 街に来たときに妙な男に追い回されたときとは逆の、今度はこちらが追う側となる空の追いかけっこが始まるのだった。
 周りの建物より高い高度までくるとすぐにピジョットの姿が目に入った。アルスは全力で翼を羽ばたかせる。するとピジョットは蛇行するように飛んだり、急に方向を変えたりでアルスを翻弄する。スピード自体はアルスのほうがずっと早いのにそういったトリッキーな動きでなかなか距離は縮まらない。

「くっそ。ちょこまか妙な動きをしやがって」
「ねえ、アルス。ちょっと変じゃない?」
「あん?」
「普通にあたしのポシェットを掏るだけなら、こっちにはアルスがいるっていうのにわざわざポケモンを出して逃げるなんて。そのまま人ごみに紛れればいいのに……。これってもしかしてあたしたちをおびき寄せてるんじゃないかしら?」

 そしてシュナは最初の追いかけっこで撒いた男の捨て台詞「このままですむと思うな!」という言葉を思い出す。外見からしてピジョットに乗っている男はあのときの男とは別人のようではある。しかしまさかあのときの男の仲間がなんらかの仕返しをしようと企んで、そのため自分のポシェットを盗んでおびき寄せているのではないか。さらにシュナは駅の警官が言っていた街の不良トレーナーのことも思い出す。
 このままでは何らかの面倒ごとに巻き込まれるだろうとシュナは直感するのだが、だからといって盗まれたままにしておくわけにもいかない。それにポシェットには財布やポケギアなどの貴重品のほかにもうひとつ彼女が大切にしているものが入っていた。

「おびき寄せるって、……まっさかあいつらかなあ」
「ん? アルスなにか心当たりがあるの?」
「ああ、お前がトールキンの弁当だかなんだかに行ってるときにちょっとな」

 この際、弁当と弁護士を間違えていることには目をつぶってシュナはその先を訊きだそうと思ったが、そのときアルスが突然高度を落とし始めた。
 見るとピジョットが同じように高度を落として、市街へと入り込もうとしている。
 
「どうする? お前の言っているとおり奴らの狙いだとしたら」
「うー……、ええいままよ! 変なことに巻き込まれたらごめんね」
「おう、任せとけ」

 そして二人はピジョットと乗っている男を追いかけて街へと降りていった。