Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.11 ) |
- 日時: 2010/09/27 22:18
- 名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:
- −3−
日が陰りつつある。 カイリューとハッサムの間は五メートルほどの距離があった。二体はお互いをにらみ合い、それによって均衡を保っているのかじっと硬直して動かなかった。 その二体から一点離れたシュナは固い唾を飲み込んでこの様子を見守っている。シュナはアルスにどうやってここが分かったのかなどと聞きたいこともあったが、今はどう考えてもそんなことを聞くような場合ではない。 最初に行動を起こしたのはアルスの方。地面を強く蹴り、二メートルを越す巨体とは思わせないほど軽々とした動きで跳躍した。見ると右手の爪がまるで燃え盛る炎のように赤く光っている。アルスはその爪におもいっきり体重をかけ自身の落下地点にいるハッサムに目標を絞る。だが、相手も甘んじてそれを受けるはずもない。ハッサムは自身の足と背中の羽を巧みに操って素早く後ろに回避した。 だがアルスは追撃の手をやめない。足が地面につくとすぐさまさらに蹴りこみ、赤く染まった爪を振り上げる。 今度はよけられないと踏んだハッサムは巨大な鋏の腕を持ち上げ、それを受ける。まるで鍔迫(つばぜ)り合いのような音が鳴り響く。 そしてハッサムは空いている方の腕を今度はアルスに向かって突き上げた。動きを読んでいたのかアルスは脱兎のように引き下がりそれをよける。ガッと鈍く重い音がして鋏は近くに生えている木にぶつかった。
『なんであいつを狙う?』
アルスがポケモンのみに分かる言葉で話しかける。しかしハッサムは答えない。その代わりのように飛び出し、そのときには右腕を振りかぶる行為を終えている。アルスには何の攻撃が自分を襲おうとしているのか分かった。 バレットパンチ。 動きはあまりに早く、技が来ることが分かっていても防御さえも許さない。ドンという深い衝撃とともにハッサムの右腕がアルスのわき腹を捉えた。 思わずその苦痛に顔を歪める。どうやら直撃は免れたが、その痛みはやはり無視できないものだった。
「アルスッ!」
その光景を目にし、我知らずシュナは叫んだ。しかしアルスは歪めていた口元をニヤリと緩ませ、笑う。
「心配すんな。このくらいどうってことねえよ」
シュナを安心させるための言葉でもあるが、大半は言葉どおりの意味だった。アルスはその言葉を証明するかのように、再び飛んできたバレットパンチをうまく避け、ドラゴンクローをおみまいした。爪は相手の胸の辺りを切り裂き、ハッサムは思わずのけぞる。だがアルス自慢のドラゴンクローはもともとハッサムの持つはがねの属性とは相性がよくない。確かにダメージは与えたが、相手の体力を奪うには至らない。チィッ! アルスは思わず舌打ちする。
シュナは二体の戦闘を目にし、どうもアルスが不利な状況に立たされていることに気づいた。 なぜか? 周りに数多と生えている木々のせいだ。このあたりの木々は背の高い針葉樹が多く、それぞれの木の間がほとんど離れていない上に、空にはびっしりと枝葉が覆っている。だからカイリューであるアルスはその巨体がかえって障害になっている上にその翼をうまく生かすことができないのだ。 その一方でハッサムは元々虫ポケモンだからこういった森林内はむしろホームグラウンドであり、細い体躯は狭い木々の間を抜けるのに適している。
『おい、なんとか言えよ』
アルスがもう一度ハッサムに話しかける。だがハッサムは攻撃をやめない。さきほどからメタルクローを連続で放っていた。そのたびにアルスはその体躯にもかかわらずなんとか避けていた。
『大恩ある我が主に従っているだけだ』
初めてハッサムが淡白に答えた。だが言葉を放っている最中も攻撃の手は休めない。そしてそれを次々とかわす。
『気にいらねえな。そんなの単なる言いなりってことじゃねえか』 『黙れ』 『ふん。どうしたさっきから全然当たってねえじゃねえか』
アルスはハッサムから次々に繰り出されるメタルクローをかわしながら笑う。 事実最初のバレットパンチの時に比べるとハッサムの攻撃の命中率はなぜか格段に落ちていた。さきほどから何発も何発も相手はアルスに対しその両腕のはさみで切りかかっているというのに、それらをアルスは次々に避け、命中には程遠い。そしてそれらの攻撃はすべて回りの木々に当たり……
「だめよ! アルス、避(よ)けてッ――」
そのときシュナが叫んだ。いったい何のことで? ハッサムの攻撃からだといういうのならこの通りほとんどかわすことができている。シュナは何のことを避けろといっているのか? そのときハッサムが口元だけでわずかに笑う。 そして同時にアルスは気づいた。自分の四方から聞こえてくる木々の断末魔。そして一斉に枝から飛び立つ鳥たちの悲鳴。そして彼は上を見上げる。自分の周囲四方に生えていた木々が一斉に自分に向かって倒れてくる。ハッサムはさきほどからアルスへの攻撃を外すふりをして、周りの木々に切れ込みを入れていたのだ。それもすぐには倒れないような調整を入れながら。 アルスは敵の策にはまってしまったことに歯噛みしながらも、翼を広げた。このくらい自分が本気で大風を起こせば吹き飛ばせると思った。 だが、そのときアルスの動きが止まる。倒れくる木々のなかで何かを見つけた。彼の視線はその“何か”から片時も離そうとしない。 そして倒れてくる木の最初の一本がまさにアルスを襲おうとしたその瞬間、彼は何かに向かって手を伸ばした。
まるで落雷にも似た地響きを起こしながら、何本もの木体がドウと倒れた。そのさまはまるでひとつの建物が崩れ落ちたかのようだった。いつの間にかこんなにも沢山の樹木に切込みを入れていたのか、アルスがいた場所を中心としてまるでちょっとした広場ができたかのように忽然と木々の姿が消えていた。アルスの姿は見えない。あの沢山の木に押しつぶされてしまったのか。
「アルスッ!」
シュナはすぐそばに自分のことを狙うハッサムがいるのも忘れて駆けた。だがその進路を無情にもなぎ倒された木々が阻んだ。彼がいた場所はたくさんもの枝場や幹に覆われて見えない。
「さあ、来なさい」
再びハッサムに取り付けられた首輪のスピーカーから声が聞こえる。スピーカーの向こうの“主”はすでに勝利を確信しているらしい。低くくぐもった笑い声が漏れ出してきている。
「嫌よ!」 「……思ってたよりも強情な子だな。ハッサム、少しお仕置きしてあげなさい。殺してはいかんぞ」
主からの命令に、ハッサムはにやりと笑みを見せた。ハッサムの方もさきほどこの娘によって負わされた屈辱を払いたかったので、これは願ってもいない機会だったに違いない。ハッサムはじりじりとシュナに近寄る。一方で彼女はアルスのいた場所を背にするような形であとずさった。 そのため、倒れている木の枝に足を引っ掛けてそして受身を取ろうと横様に倒れ、しりもちをついた。もはや逃げられないと悟ったシュナは腕で顔を守るように覆い、ぐっと目をつぶった。
だが、そのとき後ろのほうでたくさんの枝が一気に折れるようなバキバキという音がし、最後に何かが破裂するような音が耳をついた。 シュナはハッとして実を縮こめるのをやめて音のした後方へと顔を向ける。そしてシュナの目線の先にある中空にアルスはいた。もはや夕日と呼ぶのも差し支えなくなった真朱の日の光に照らされ、元から橙色だった体の色は臙脂(えんじ)に染まっているように見えた。 「痛ってーなァ」
あれだけたくさんの木々からつぶされたにもかかわらず、アルスのその声はなんともあっけらかんとしたものだった。 だが当の彼は先ほどの攻撃の衝撃でようやく戦いというのがどういうことなのかを思い出していた。 ああ、そうだ。戦うというのはこういうことなのだ。戦いによって伴う痛みは強大なものであるが、自分もまたその痛みを相手に与えることがあるのだと。そして以前にもこういうことが……。以前にも……? アルスはこの戦いの中で再び何かを思い出しかけていたが、彼の意識は思い出しかけている記憶よりも目の前にいるハッサムをどう倒すかの方に傾いていた。
『にしてもお前は馬鹿なことやったな。今の状況がわかるか?』
上空からアルスはハッサムをまっすぐににらみ、そして翼を大きく広げると効果の体勢へと入る。
『ぐッ……しまった』
初めてハッサムが焦る。そうだ。このあたりの木を無差別に切り倒してしまった。それが何を意味するか? この木々によって封印されていたアルスの翼を開放してしまったということだ。
「何をしているハッサム。娘だ! 娘を人質に取ればやつは手出し出来ん」
“主”が強い口調で指示した。ハッとわれに返ってしてハッサムは自分から数メートル離れた前方にいるシュナに押し迫ろうとした。しかしシュナもおめおめとその手にかかるわけには行かない。どうやらアルスはあのまま何らかの攻撃態勢に入ろうとしている。それを邪魔してはいけない。だがどうすればいいか。今自分の足で適当な方向へ逃げようとしてもアルスがハッサムに到達するまでにハッサムは自分を捕らえてしまう。 そのときシュナは天恵を受けたようにあることを思い出し、その可能性に賭けることにする。 シュナはくるりと踵を返すとハッサムから見て左方向に走った。
「アルス! あたしにかまわないでそのまま攻撃して!」 「おう!」
アルスは最初からそのつもりだったかのように大きくひとつ羽ばたくと、ハッサムに向かってまっすぐ降下を始めた。 一方でハッサムは、アルスの攻撃に対処しなければならない、そしてそのためにシュナを捕らえなければならない。そして自分の左前の方向に逃げるシュナを瞬時に捕らえる為に、右足を慢心の力を込めて蹴ろうとした。蹴ろうとしたということはどういうことか、実際にはそれが出来なかった。 そのときハッサムの右足の付け根がまるでそこに溶岩でもべたりと塗りつけられたかのような凄まじく熱い痛みが走りぬけた。思わず顔をゆがめ、がくりと右足の力が抜ける。何がおきたのかハッサムは痛む箇所に目を向ける。 そして唖然とした。さきほどシュナによってボールペンで刺された部分からいつの間にか体液が止め処なくだらだらと流れ、毒々しい色に腫れあがっていた。シュナが抗おうとしたあのボールペンの一撃は決して無駄ではなかったのだ。刺さった当初はそれほど気にはならなかったものの、その後のアルスの戦闘でなんども患部付近の器官が酷使された結果、ここまで悪化させることとなったのだ。 アルスからの攻撃の勢いを予告するかのようにヒュッとハッサムに風が通り抜ける。そして気がついたときには、空からの攻撃主は今まさに目の前まで迫っていた。避けようにも、足の痛みはこのような土壇場でも決して無視できないほどのもので動くことが出来なかった。ハッサムはせめて少しでも攻撃の衝撃を抑えようと両腕を盾のように胸の前で固めた。
アルスはスピードを緩めることなくハッサムに迫る。そして相手との距離がいまや目と鼻の先になったという状況になって、ぐるりと状態をまるで踵を返すようにくるりと勢いを保ったまま背を向けるような形になると、その勢いに乗った丸太ほどの太さもある尻尾をまるで巨大なムチのようにふりかざした。アクアテール――尻尾は水属性の波動によってターコイズに似た青白い光に包まれ、凄まじいスピードと遠心力を持ってハッサムの身体に叩き込まれる。
まるで大砲を撃ったかのような衝撃音が響き渡り、ハッサムの身体はその大砲から打ち出される弾丸のように吹っ飛ばされた。防御体制を取っていたにもかかわらず、アクアテールによる衝撃はハッサムの全身にまるで打たされた鐘のように響き渡り、まるで全身の体液が一瞬にして流れ切ってしまったような感覚に襲われた。彼の意識は瞬時に真っ白ににごり、その塗りつぶされた白の中に消えていった。 そのままハッサムの身体は後ろに生えていた木々の一本にぶつかり、ずるりとまるで糸の切られた操り人形のように倒れた。
「油断しよって……」
首輪のスピーカーから例の男の声が聞こえた。
「シュナさん。今回は見逃しましょう。ですがあなたは常に狙われているということをお忘れなく」
そこでどうやら向こう側がスピーカーを切ったらしい。今まで聞こえてこなかったプツッという切断音が鳴ると、それ以降何も聞こえなくなった。
シュナは気がつくとカイリューの側に駆け寄っていた。
「大丈夫? 怪我は?」 「ああ、こんくらいどうってことねえ。人間と違って俺らは治りも早い。それよりもお前も怪我してんじゃねえか」
そしてアルスは自分の腕をシュナの右頬のあたりを指した。思わずシュナはあッと漏らし、示されたあたりを指で撫でた。ペタリと粘度の高い液体の感触が触れ、それがついた指を見てみると、赤い血で濡れていた。おそらくハッサムに叩(はた)かれたときに受けた傷だろう。今まで夢中になって気付かなかったが今になってピリっとした痛みが身体が思い出したように疼(うず)いた。シュナはハンカチを取り出し、それにポシェットに入れていたペットボトルの水を染み込ませ、怪我をしたところを拭う。
「でも、どうしてあのとき木が倒れてくるのを避けなかったの?」 「あん時ゃ、ちょっとまずっただけだ」 「嘘よ。あたし見てたわ。アルス、あのとき身構えて翼も広げて明らかに何かしようとしてたのに、途中でピタっと動きが止まったじゃない」
アルスはそう言われると、あーあと面倒くさそうに頭を掻くとどうしようかと考えるような仕草を見せて答えた。
「俺が埋まってた場所を見てみろ」
するとアルスは少し恥ずかしそうにシュナから背を向けた。 何事なのかとシュナは言われたとおりにアルスが埋まっていた場所へと行ってみる。倒れた木や枝葉が行く手を遮ってなかなかうまく進めなかったがようやく到達した。 アルスのいた場所の周りはやはり倒れた木々の中心あたりで、木の幹がそこを中心として放射状の線を描いていた。だが驚いたことに中心部分はよほどアルスが勢い良く飛び出したのか、そのあたりには特に折れた枝葉が転がっており、地面が見えていた。そして地面の上になにやら毬栗(いがぐり)が何倍かに大きくなったようなものが三つほど転がっており、よく見てみるとそれはおわんのような形に中心がくぼんでいた。 そしてシュナはあッと声をあげた。鳥の巣だ。 空から数羽の小鳥が舞い降りてきて、それぞれが自分の巣の上に立った。三つの巣のうちの二つは卵があり、残り一つの巣には雛が一羽ちょこんと座っていて帰ってきた親鳥に餌をねだっていた。 あのとき、アルスは倒れてくる木の上にある鳥の巣を見つけた。やろうと思えば大風を起こして木ごと吹き飛ばすことも可能だった。しかしそうすれば枝の上にある巣もただではすまない。だから彼は敢えて何もせずそして木が倒れてくる中ですばやく視界に入っていた三つの巣を掬い上げ、それをかばうようにして木の下に埋まったのだった。 動物の表情はよくわからないが、そのときのシュナの眼には帰ってきた親鳥は半ば絶望的に思っていた自分たちの卵や子供が無事だったことに安堵しているように映った。 いつの間にアルスが横に来ており、まだシュナが何も言っていないのになにやら言い訳がましく口を並べた。
「だってよ、なんかその巣を見たら自然に体が動いちまったていうか……、放っておけなかったていうか……」
それがあんまり照れくさそうに言うものだから、シュナはおかしく思った。そしてまるで堰が壊れたかのように別の感情が溢れ出してくる。
「アルス……ごめんね。きついこと言っちゃって」
アルスはすぐにあの屋敷での彼女の激昂のことを言っているのだと察する。
「んあ? 気にすんなよ。俺もちょっと無神経にポンポン言っちまったしな……。って、おい。どうした? 俺、なんかまずいこと言ったか?」
アルスはシュナの見せている反応を眼にし、思わず慌てうろたえてしまった。 見るとシュナは眼から次々と止めどなく涙を流し、自分の中で溢れる感情を抑えることが出来ず、嗚咽をもらしていた。アルスは自分が何か彼女を泣かせるようなことをしてしまったのかと狼狽する。シュナは必死にそれを否定しようとするが、涙と激しい嗚咽によってうまく言葉に出来ない。
「違うの……、ちが……う、……うっううううぅぅぅう……」
そして彼女はまるで導かれるようにアルスに寄りかかると、ついに我慢することも出来ずに声を上げて慟哭した。バーンズロウの屋敷に来てからソフィアにさえも見せず、心の中に封印してしまっていた涙を、シュナはまるで堤防が決壊したかのように流した。 アルスは自分に寄りかかってきたシュナをどうすればいいのか分からず、誰かから教えられたわけでもなくいつのまに彼はその大きな手をシュナの頭を覆うようにポンと載せた。そしてそのまま「どうすりゃいいんだ」と思いながら、彼はシュナが泣き止むのを待つのだった。
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